さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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カラヴィスタワー 探索記

第二百七十三話 老人は若者に期待する

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 扉を開いて入って来た新しい客達の姿に静まりかえっていた酒場兼食堂だが、それもすぐに音を取り戻して、あちこちでドライセンの連れている少年に対する推測やドラゴニアン達が今回持ち帰って来た成果に対する推測が交わされ始める。
 インラエン周辺に限った話でも、塔の外で一般的な冒険者や傭兵として稼ぐよりも大金を稼ぐのにはるかに向いているのは、インラエンに三日も滞在すればまず誰でも理解できる。

 その大金の稼ぎ方の中でも、特に桁違いの金額が動くのは塔の中に眠る宗教遺跡の発掘や未知の技術や物質で作られた神代や異界の品々だ。
 その希少性に比例して入手は困難を極めるが、見事それを成し遂げてベルン男爵領から多大な報酬を得た実績を築いたのが、ドライセン達であった。

 またこのカラヴィスタワーという特異な環境もあって、インラエンではドラグサキュバス達の鋳造した独自の貨幣が使用されており、アークレスト王国で使用されている貨幣と合わせて利用されている。
 探索者達に関わりの深いところで言うと、ドラグサキュバス達からの依頼の報酬のほとんどにはこの独自貨幣である『ドラス』が用いられ、ベルン男爵領経由の依頼の報酬にはアークレスト王国の貨幣が用いられている。

 ドライセンとジルグ達は岩窟鬼から採取した魔力を含んだ泥と岩窟鬼の体を構成していた岩石を換金するべく、酒場から殺到する視線を振り切って窓口側へと足を向ける。
 ドライセンらは兎も角、戦士としても探索者としても新米がいいところのジルグなどは怯んでもよさそうなものだったが、周囲を超級の実力者達に囲まれている上に、リリエルティエルをうっとりと見つめている所為で、視線に伴う重圧に気付いていない。
 九死に一生の所をドライセン達に救われた事と言い、妙な強運に恵まれているらしい。

 酒場とは特に仕切りのない支部側へと足を踏み入れ、何人もの見目麗しいドラグサキュバス達が受付を受けている窓口に、ドライセン達とジルグはいったん別れて向かった。
 今回、ジルグは特定の依頼を受けたのではなく魔物の素材を換金するべく、ヘグナヘル洞窟に潜ったので、そのまま袋に詰めた泥を受付のドラグサキュバスに提示する。

 ドライセン達に救われた際に、彼らがその場で始末した岩窟鬼の泥や素材の提供の申し出もあったのだが、ジルグはこれを最低限持ち合わせていた矜持から丁重に礼を述べた上で断っており、あくまで自分が倒した岩窟鬼の分の素材のみを提出する。
 あちこち泥だらけの傷だらけで、情けないところを見せたばかり。しかも圧倒的な力を前にして体の震えを隠せないジルグが、断る言葉を口にした時、ドライセンが少しだけ嬉しそうにしていたのを、この少年だけが知らない。

「ヨルエルさん、この分の換金をお願いします。岩窟鬼二体分の素材です」

 ジルグが受付の机の上に置いたのは、探索者の身分を証明する金属板シーカープレートと黒い渦巻き模様のある茶色い皮の袋だった。
 素材の回収や運搬用にインラエン支部や管理本部から供与されている魔法具で、見た目以上の収納量と収納した物体の重量を大幅に軽減してくれる、探索者にとって涙が出る程ありがたい品だ。
 一流の魔法使いや錬金術師なら同じものを制作する事は出来るし、名の知れた冒険者や傭兵ならば同じ効果を持つ魔法道具を購入する事も出来るが、カラヴィスタワーに夢を見てやって来た田舎者やひよっこ探索者達からすれば、到底手に出来ない品でもある。

 ジルグの選んだ窓口を担当しているドラグサキュバスは、色香が目に見えそうな程濃厚で、肌の露出の少ない制服に身を包んでいるのは共通しているが、春の日差しのように暖かな印象を受ける色素の薄い金の髪と穏和な印象を受ける下がり気味の目尻と翡翠色の瞳をしていた。
 人類に対して友好的なドラグサキュバス達の中でも、とりわけ穏和な雰囲気を持っている為に、探索者達の中でもとりわけ冒険者や傭兵の経験もない新人に人気がある。

「はい、確かに受け取りました。岩窟鬼の泥、骨、外殻……残念、二体分には少しだけ足りないみたいですね。これが今回の報酬ね、一万八千ドラスよ」

 ヨルエルが手元にあった箱型の物体にシーカープレートを差しこみ、箱の正面にはめ込まれているボタンを操作してから、シーカープレートをジルグに返却した。
 このシーカープレートは所有者の氏名や顔、探索者としてのランク等の身分証明書としての機能に加えて、財布としての機能も併せ持っている。

「二体分には足りませんか」

 傍目にも明らかに散歩に連れて行って貰えなかった犬のようにしょんぼりとするジルグを、ヨルエルは一瞬、涎が零れ落ちそうな顔になったが、すぐにそれを引き締めて偽りのない同情の顔を浮かべる。
 新人探索者の少年少女達は美醜の区別なくヨルエルにとって目の保養だが、その中でもこのジルグはとびっきりのお気に入りだった。
 いつか逞しく成長した姿を見せて欲しいような、このままどこか頼りない幼さを残し続けて欲しいような、そんな葛藤を抱く相手である。

「ジルグ君の力量と装備を考えたら、二体を倒せただけでも立派なものよ。幸い、装備を失くしているわけでもないようだし、補充する必要はないのでしょう? それなら今日はお腹いっぱい食べて、体を綺麗にして、ゆっくりと眠るのが一番よ。
 疲労っていうのは意外と体に残るものだから、二、三日は戦闘以外の依頼をこなすか休むのをお勧めするわ」

「はい。今回もそうだったんですけれど、やっぱりナイフじゃ岩窟鬼とは戦い辛いですね。もっとハンマーみたいに相手を砕くような武器の方が相性は良さそうです。岩窟鬼ばっかりが敵じゃないのは分かっているんですけど」

「ジルグ君が足を運べる範囲で効率がいいのは、今のところヘグナヘルでの岩窟鬼岩窟鬼狩りか土壌採取だものね。先に進めている実感がないと、随分と焦ってしまうでしょうけれど、今はしっかり腰を据えて進む為の準備をするのよ?」

「はい。そうですね。ぼくだけじゃなくって他にも一緒に戦ってくれる仲間を見つける事も、考えた方がいいかもしれませんね!」

 そういってにっこりと笑うジルグの笑顔の眩しさに、ヨルエルは机の下に隠れてジルグからは見えない太ももを勢いよくすり合わせる。
 全身で身悶えするのを、なんとか足だけに抑え込んだ彼女の努力は、同胞のドラグサキュバスからすれば拍手をしたくなる程のものだった。

「仲間と言えば、ジルグ君、ドライセンさ――ん達とはどこで出会ったの? たまたま一緒に入ってきただけなのかしら」

「ええっと、実は、ヘグナヘルでぼくがちょっと失敗した時に助けて貰ったんです」

「まあ、あれだけ慎重にやりなさいって口を酸っぱくしていったのに、ジルグ君たらポカをしたの!?」

「いや、ちょっと、その、二体目の岩窟鬼を仕留めた時に曲がり角の先に岩窟鬼の群れが居たのに気付かなくて、それに追いかけ回されて危ういところをですね……」

「ポカどころじゃないじゃない。もう! そんな幸運は滅多にないのですから、次はもっと慎重にやるのよ。冒険をするのは十分な準備と実力が揃ってから!」

 幸いにしてカラヴィスタワーには安全装置『アリアドネ』がある為に、命を落とした探索者は新人の中にも居ないが、迷宮を探索中に落命に等しい事態に陥って、外の管理本部に転移した者は居る。
 命こそ助かったが、その時の恐怖の体験が元で武器を手に出来なくなり、探索者を引退した者がその中には居た。
 ヨルエルは、未来への夢と希望に瞳を輝かせるジルグがそうならないで欲しいと、ジルグが想像も出来ない位に強く想っていた。

「はい!」

 勢いよく返事をするジルグが果たしてどこまでヨルエルの想いを理解していたものか。
 ヨルエルは、あどけなさを残す子犬めいた少年を、この場で押し倒して裸にひん剥きたかったが、他の同僚達も同じように我慢している中で自分だけ抜け駆けは出来ないと、理性を総動員して刹那的な衝動を抑え込む。
 探索者達からはドラグサキュバスの中でもとりわけ温厚で安全だ、と思われているヨルエルだが、実際には割とそうでもなかった。まあ、命の危険はないのだけれども。

「もう、本当に分かっているのかしら。でも、君の運は本当に強いわ。ドライセンさんとハンマさんは特に面倒見が良くて心配性だから、これから何くれとなくジルグ君の手助けをしてくれるわ。
 あの方達、いえ、あの人達は実力も経験も他の探索者達とは隔絶した実力者よ。見本にするのには、全く向いていないけれど本当にどうしようもなくなった時に頼るのには、これ以上ない位にうってつけだから」

「大絶賛ですね。ぼくもタワーの中で一、二を争うパーティーだって聞いた事がありますよ!」

 本当はぶっちぎりの一位なのだけれどね、とヨルエルは微笑みの裏で呟いた。タワーどころか世界中を見回しても、あの面々に勝る戦闘能力や探知能力を備えたパーティーは存在すまい。

「あら、君を呼んでいるみたいよ。この後、食事の約束でもしたの?」

「はい。出会ったのも何かの縁だからって」

「そう。あちらの方が探索者として先輩なのだし、遠慮なく甘えると良いわ」

 はい、とヨルエルに頷き返し、トコトコとドライセン達の下へと向かうジルグの背を見送り、ヨルエルは他の探索者達には気付かれないようにこっそりとリリエルティエルを含むドライセン達に頭を下げた。
 ジルグを窮地から助けた事それ自体にはなんら他意はないのだろうが、ドライセン達が関わった以上はただでは済まないだろう、とドラグサキュバスという新種族誕生の経緯を思い返しながら、ヨルエルはそう確信していた。

 ジルグを含め、ドライセン、ハンマ、ドーベン、クイン、本名は明かさずにリリという愛称を告げたリリエルティエルが同席し、酒場側のテーブルに同席する。
 酒場にたむろしていた探索者達のみならず給仕をしているドラグサキュバス達も、彼らのテーブルに意識と視線を集中させる。タワー内部で最も名の知れた探索者達と実績も何もない新米との相席が気になって仕方ないのである。

 一方でジルグからすれば思わず女神かと呟いたリリが同じテーブルについている事態に、既に舞い上がって思考がふわふわとおぼつかない状態に陥っている。
 周囲からの注目を気にしなくて済む、という意味では幸いと言えただろう。クインは元々の性格もあって、ジルグの同席を疎んでいる――のではなくそもそも眼中に入れず、注文したストロベリーシェイクをがぶ飲みしている。
 全員の手に注文したビールやコーヒー、チョコレートドリンク等が行き渡ると、パーティーのまとめ役であるドライセンが音頭を取った。

「では無事に探索を終えられた事と新たな出会いを祝して、乾杯!」

 乾杯とクイン以外の声が唱和して、全員がカップやジョッキに口を付けてから、それぞれの安堵の声が零れる。
 厨房のドラグサキュバスや魔法生物の料理人達が次々と手早く注文の入った料理を作り上げ、ドライセン達のテーブルにもタワー内部に住む殺角牛マーダンホカウの部位を使った各種の肉料理や、インラエン周囲に広がる果樹園で栽培されている神代の果実を使ったデザートまで。
 いずれもこのタワー内部でのみ飲食できる品ばかり。場合によっては、値の付けられない料理もあるのだが、ジルグや探索者のほとんどはそれを知らない。

 育ち盛りである上に体力仕事の探索者、それもヘグナヘル洞窟での切ったはったの後で、すっかりお腹の減っていたジルグが勢いよく料理をお腹の中におさめて行く。
 ドライセンを始め、ジルグ以外の全員は存在の維持に飲食が必要ない事もあり、本当に美味しそうに飲んで食べるジルグの姿に、微笑ましいものを覚えていた。クインは、ま、別だが。

「ところでジルグ」

「んぐ、んん、は、はい」

「少し急かしたか、すまないな。なに、ヘグナヘルでは出来なかった世間話でもしようかと思っただけさ。君はこのタワーを一人で探索しているのか? 今日だけたまたま別行動だったか」

「いえ、ぼく一人です。田舎からはぼくだけで上がってきましたし、ここに来てからも一緒にパーティーを組んでくれる相手が見つからなくって。なので、今はぼく一人で出来るところまでやっていこうと頑張っています」

「ふぅむ、それで岩窟鬼と予想外の遭遇をしてあの事態に陥ったか。予想の範疇なら一人で対処できる実力はあっても、予想外の事態ではまだまだ無理があると言うわけだな」

「うう、自分の未熟さがお恥ずかしい限りです」

 ヨルエルの前でそうしたように、ドライセンからの痛い指摘にジルグはしょんぼりと落ち込む。如何にも素朴で純真な少年だ。ドライセンやハンマにとって、好ましい人物の最上位に位置づけられる傾向にある。

「君のように一人でこのインラエンに来た者が、他にいくらでもいそうなものなのだけれどな」

 ドライセンは竜の顔なりに困った表情を浮かべて、ポリポリと頬の鱗を鋭い爪で掻く。
 少し考える素振りを見せてから、この管理支部とインラエンの管理を委ねられているリリエルティエルが口を開く。

「ドライセン様の言われる通りですが、引き手数多と言えるのは何かしらの技能を持つ者に限られます。
 魔法が扱える者、精霊の声が聞こえる者、神の奇蹟を起こせる者、影働きに明るい者、戦士として経験を積んでいる者。
 正直に告げるのは申し訳ないところもありますが、ジルグにはそういった特筆したものがないように見受けられます。正直に言えば、一番有り触れていて、目立つところのない者なのです」

 一目見た瞬間から心を奪われていたリリからの容赦のない言葉に、ジルグはますますしょぼくれる。リリの言葉に申し訳なさが滲んでいるのが、余計にジルグには辛い。
 今にも消えてしまいそうなジルグの様子に、給仕をしていたドラグサキュバス達が捕食者の目になるが、ごほん、と気まずそうなドライセンのわざとらしい咳が彼女達の正気を取り戻させる。

「村に居たアルデス神の神官様に剣を振る基礎は習ったんですけど、鍵を開けたりとかわなを見つけたりとか出来ませんし、魔法なんて以ての外です。リリさんの言う通り、このタワーの中では平凡中の平凡なので……」

 どうも精神の方も未成熟なようで、いささか繊細過ぎるというか打たれ弱いらしい。これは言われた相手がジルグにとって悪すぎたのもあるが、これからのタワー探索の新しい芽には是非とも育ってほしいのが、ドライセンの偽らざる本音だ。
 言葉を操るのが下手くそなドライセンなりに、ジルグを励まそうと口を開く。

「自分で自分の可能性を狭めるような事を口にしてどうする。君にはまだまだ多くの可能性があるとも。その可能性が眠っている扉を開く鍵は、自分自身の手で掴むしかない。
 何時か、どこかで、誰かが鍵を与えてくれるのを待つだけの者には、そのような都合のよい機会など巡ってはこないものだ。
 努力の全てが報われるものではない。徒労だった、無駄に終わったと感じる事もあるだろう。だが成果が実を結んだ者、結果を残した者は努力する事を止めなかった者達だ」

「努力する事を止めなかった……」

「ああ。あるいは結果が出るまでするのが努力だと考える事も出来るな。
 こうまで言っておいてなんだが、努力の方向性を間違えると随分な回り道になるから、どうなりたくて、そうなるにはどうするのが良いのか、努力を始める前に考えるのも大切だ。
 まだ出会ったばかりの私に言うのは気が引けるかもしれないが、君はここで何になりたい? ここでどうしたいのだ? 私達は、ま、老後の生活を送るのに必要な分の蓄えの確保かな」

「ドライセンさん達なら、もっと大きな事が出来そうですけど。……ぼくは、ぼくは名声を得たいです。たくさんの人にぼくの名前を知って貰って、歴史にだって名前を刻みたい。
 ぼくの故郷は、その、滅んだとかじゃないんですけれど人がどんどん外に出て行って、隣のもっと大きな村に飲みこまれる形で消えてしまったんです。
 新しい地図からはもう名前も消えてしまっています。でも、ぼくにとっては生まれ育った村ですから、思い入れがたくさんあります」

 クインばかりはジルグの話に興味の『き』の字も見せていなかったが、ドライセン達が静かに聴き入っている状況の為、音を立てずに大蛇海老の身をほじくりだす作業に没頭する。

「ぼくの頭じゃどうやって村を再興しようとか、新しく村を作ってそこに同じ名前をつけようとか、どうしても思いつかなくって。せめてぼくがコサト、あ、ぼくの生まれ故郷の村の名前なんですけれど、そのコサトの名前を広めようって考えたんです」

 ジルグがここまで語り、ドライセンは彼がどうして名声を得る事にこだわっているのかをおおよそ察した。故郷への思い入れという点では実に似通った二人だからこそ、というのもドライセンの察しの良さの理由の一つだろう。

「さしずめ、実績を重ねて二つ名でも広まる頃に、『コサトのジルグ』とでも名乗るつもりだったか。それなら、地図から消えても君の名前と共に故郷の名前が残る事になる」

「は、はい。その通りですけど、今日の感じだとまだまだ先になりそうです。でも、ドライセンの言う通り、ぼくは諦めません! まだこのタワーに来てから一カ月も経っていないんです。まだまだこれからですよ!」

「ふむ、その意気だな。なら一つ助言をしておこう。探索者の手引書に、インラエンの管理支部に支援要請をするのも一つの手だぞ」

「支援要請、ですか? 確か一カ月以上パーティーが組めなかったり、装備や財産がなくなったりした緊急事態なんかに助けてくれるっていう……」

「その支援要請だ。そうだったな、リリ?」

 外の世界に存在する冒険者ギルドや迷宮都市よりも、随分と手厚いカラヴィスタワー管理支部の特徴の一つが、ドライセンの口にした『支援要請』だ。他にも特別な装備を一時的に貸し出しする『お試し体験』等もある。
 アリアドネによる生命の保証とインラエンを始めとした迷宮内部の絶対安全圏を筆頭に、カラヴィスタワー探索における独自色は徐々に深まりつつあった。

「はい。もちろん、要請するしないは個々の判断によりますが、探索に行き詰まった時やこれからの自分の探索者としての将来に思い悩んだ時でも、何時でも受け付けていますよ。
 将来に関わるような重大な内容でも、ささやかな事でも、何でも構いません。支援要請とは言いますが、お悩み相談と考えて貰っても構いませんし」

「ははは、はい。そ、そうですね。来週で一カ月が経ちますし、それまでにパーティーを組めないか、ヘグナヘルの探索に進展がなかったら、考えてみます」

「ふむ、年寄りの冷や水か、いや、それとも老婆心か。まあ、そういうものから口にしたことだ。頭の片隅にでも覚えておいてくれると嬉しい。君自身が本当に納得の行くまで考えて考えて、それから決断すると良い。そうすれば、少なくとも決断を他者に委ねた事への後悔だけはしないで済む」

「はい。自分でやれるだけやってそれでもどうしても駄目だった時に、頭から湯気が出る位に考えてみます」

 素直にそう答えるジルグに、ドライセンは、そうか、と微笑のような短い呟きで答えるのだった。



 そして、更に二週間後、支援要請を受けられる期間を一週間越えてから、ジルグは泣く泣くこの支援要請システムの利用に踏み切った。
 ありゃまあ。
 この二週間、ジルグは十分に安全を配慮した上でお金を稼ぐ事に奔走し、自分の装備と道具の充実に苦心し、並行して仲間探しを根気強く続けたのだが、前者は兎も角として後者はまったくもって上手く行かなかった。

 ジルグが最善の努力をしたように、他の新人探索者達の多くも自分に出来る最善を尽くしており、全員が探索者として成長していた為、結局ジルグは平凡から一歩抜け出す事が叶わなかったのである。
努力するのがジルグだけでないのは、考えるまでもなく当たり前の事だったわけだ。
 彼が悪いわけではないし、探索者全体を見れば平均的な力量が着実に向上しているので、管理側としては歓迎すべき状況だ。
 惜しむらくはジルグに頭一つ抜けた何かしらの才能がなかった事だろう。

 ただ、彼には窮地をドライセン達に救われた時のように、いよいよもって追いつめられると望外の幸運に恵まれる、という最悪への一線を越えない強運めいたものが確かに存在していた。
 こうなったら背に腹は代えられないと決断を下し、恥を忍んでインラエン支部を訪れたジルグは、慈母の笑みを浮かべるヨルエルに支援要請システムの利用を申し込んだ。
 半ばジルグの担当受付嬢の地位を強引に確保しているヨルエルにしてみれば、ここ最近のジルグの窮地は承知の上だから、支援要請システムの利用が申し込まれるのは時間の問題だと分かりきっていた。

「ヨルエルさ~~ん」

「はいはい、ジルグ君はとても頑張ったわ。まだまだ頑張りが結果には繋がっていないけれど、その過程はきちんと分かっていますよ」

「ありがとうございます~~~」

 受付の窓口から支部の内部に在る個室に案内されたジルグは、対面のソファに腰かけたヨルエルの前で机に突っ伏して轟沈している。
 ドライセンからの励ましもあって、今日に到るまでの彼の努力はまさしく彼なりに出来る全てを尽くしたと言えるものだったが、残念ながら状況を好転させるには到らなかった。
 状況を維持できただけでも大したものだ、と彼の愛らしい仕草やらなんやらを抜きにしても、ドラグサキュバス達からの評価は高い。探索者を引退したら、私が養う、と宣言する者が複数いる位には、そっち方面の評価も高いけれども。

「ジルグ君の状況を手っ取り早く変えるには、やっぱり手札を増やす事ね。率直に言って仲間を得る事よ」

「うう、でも、今日まで色んな人に声を掛けてきましたけれど、だいたいパーティーが組まれているか、ぼくは必要ないって」

「それは、まあ、私も見ていたから分かるわ。ドライセンさん達なら貴方をパーティーに入れてくれる可能性もあるけれど、正直に言って、あの方達と肩を並べられる実力の探索者は、ジルグ君に限らず誰も居ないからパーティーを組まない方が貴方の為ね。
 そういうわけで、今回はお試し体験と合わせて貴方には私達の方で、お試しとしてパーティーを組む相手を用意しました。ヴィテ、入りなさい」

「ええ?」

 予想もしていなかったヨルエルの発言にジルグが思わず戸惑う間に、入って来た時とは別の個室の奥にある扉が開いて、ヨルエルと同じドラグサキュバスの少女が姿を見せる。
 同年代の少年と比べて小柄なジルグとそう変わらない体格の少女だ。ドラグサキュバスの特徴である白い角や翼、尾は一回りも二回りも小さく可愛らしいサイズで、小麦色に焼けた肌はお臍や太もも、首周りが露出した黒い何かの革製らしい衣服で覆っている。

 足元は脛までを覆う装甲を縫いつけたブーツで、指先から肘までは黒い手甲で守っている。武器はベルトの腰裏に括りつけた二振りの短剣だろう。
 肩にかかる長さの金色の癖っ毛に、悪戯好きな猫を思わせる表情でジルグを値踏みしている。

「はぁい、あんたがジルグ? 私はヴィテラエル。皆はヴィテって呼ぶわ。これからしばらくお試しとして、あんたとパーティーを組む事になったドラグサキュバスよ。前衛、後衛だけじゃなく偵察、潜入、鍵開けまで何でもできるんだから!」

 ドラグサキュバスには珍しい陽気で元気良い挨拶に、ジルグは豆を投げつけられた鳩のような顔をしていたが、本能的にヴィテとヨルエルのとある部分を見比べてこう思っていた。

 あ、小さいな、と。もし口に出していたら、ジルグとヴィテの関係は初対面にして崩壊していただろう。
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