さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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26巻

26-3

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「して、どのような名前で通していくのだい? アムリア達にも今は名前を伏せて通しているし、早めに決めておくに越した事はないから」
「つきましては、今後、私をベリラトゥとお呼びください」
「ベリラトゥ、ベリラトゥ、と。これでようやくアムリア達にきちんと紹介が出来る。しかし、これから魔王軍とさらに激戦を繰り広げる時機に私を訪ねてくるとは、君も運が悪いというか、間が悪いというか……」
「私としましては、いついかなる場であろうとも、グヴェンダン様のお役に立つ為に務める事に変わりはございませんから、さしたる問題ではございませんよ」

 柔らかく微笑むタナトスちゃん――もといベリラトゥには、確かに口にした通り問題はないのだろう。
 レニーアにも見られる傾向だが、私に対する執着やこだわりが強い分、その他の面々に対する興味が薄いのだ。これはこれで問題だと思う。
 ベリラトゥに比べれば遥かに他者に対する接し方がまともなリネットは、話が落ち着いた事で、この場にいないアムリア達を案じる言葉を口にした。

「ところでアムリア達は大丈夫でしょうか。アステリアとの対話のみならず、帝都にいるはずのハウルゼン大将軍までいるとは、尋常じんじょうな事態ではありません。リネットは大いに心配です。八千代達やちよたちも会談の場には同席を許されなかったといいますし」

 いつも付き従っている獣人の八千代と風香ふうこが離れる事も、アムリアにとっては心細いだろう。

「なに、アステリアとハウルゼンから危害を加えられる可能性は考えなくていいと思っているよ。アステリアは自分の為にもアムリアを〝効率的に活用しなければならない〟し、ハウルゼンもアムリアと話す事が目的だ。この場で争う利益が誰にもない」
「ですが、利益がなくても争いを起こすのが人間では?」
「それを言われると反論が難しくなるな。だがリネット、あの場にいる三人で人間らしいのはアムリアくらいのものだよ。アステリアはその精神性が、ハウルゼンは存在そのものが人間とは言い難い」

 私の答えに、リネットはそう言えばそうでした、と安堵するように小さく笑った。
 やれやれ、人間がいない方が安心出来るとは、な。


     †


 同時刻、バロルディ城の地下、図面からも削除された隠し部屋に、アムリア、アステリア、ハウルゼンの姿があった。
 上位の帝位継承権保有者やごく一部の皇帝の側近のみが存在を知るこの隠し部屋は、天井と壁に設えられた、水晶の中に魔力の光を閉じ込めた照明器具によって照らされている。
 調度品のたぐいは少なく、大理石の床に敷いた分厚い無地の赤い絨毯じゅうたんと、部屋の中央に巨大な瑪瑙めのうを削り出した天板を張り合わせた丸机と象牙ぞうげの椅子が四脚あるだけだ。
 今回はアステリアの方で、自分とアムリアの為に硝子の水差しとグラスを用意していたが、本来は人目を避ける為に短時間のみの利用を想定した部屋なのである。
 部屋への唯一の入口である鋼鉄の扉の前には緊張した面持おももちの八千代と風香が立っている。そしてその隣で泰然たいぜんと腕を組んでいるのは、ロマル帝国の『十二翼将じゅうによくしょう』の一人、カイルスだ。
 一応は敵対関係にない両者であるが、実力では圧倒的にまさるカイルスに対して〝わんわん〟と〝こんこん〟はどうしたって緊張せずにはいられない。
 一方でカイルスは警戒心から牙をしにする小動物のような二人の態度に、少しだけ困っていたりする。敵対者には容赦しないが、そうでない相手に対しては冷徹れいてつに振る舞えない青年なのだ。
 部屋の外で三者が耐えがたい沈黙に包まれている中、部屋の中にいるアムリアは困惑こんわく気味ぎみの様子でハウルゼンを見ていた。ハウルゼンはそんなアムリアを観察し、アステリアはその両者を観察する、という構図が出来上がっている。
 なおアムリアとアステリアの双子皇女が椅子に腰かけている中、ハウルゼンだけが立っている。

「如何かしら、ハウルゼン大将軍。アムリアは正真正銘しょうしんしょうめい、私の血の繋がった妹であると確認出来まして?」

 本日は長い髪をみにしてからお団子状にまとめているアステリアが、答えを分かり切っている調子でハウルゼンに問う。
 ちなみにアムリアも同じ髪型をしていて、両者の外見の違いはアステリアが青いドレスを、アムリアが緑色のドレスを着ている点だけだ。
 太く長い角を生やしたかぶとよろいも相変わらず真っ赤な帝国の生き字引――ハウルゼンは、アステリアへと視線を転じて、姉皇女に淡々と応じる。

「うむ。アステリア皇女の言う通り、こちらの女性はまぎれもなく貴殿の血縁である。ロマル帝国皇族の一員であり、帝位継承権の保有もまた認めよう。ロマル帝国の現状に合わせてかんがみれば、秘事を通達する条件を満たしているものとする」
「ハウルゼン大将軍には私と姉上や皇室との血の繋がりを確認するすべがあるのですか?」

 姉と同じ髪型で、当然の疑問を口にするアムリアに、ハウルゼンは直立したまま小さく首肯する。

「肯定する。初代皇帝より先代皇帝に到るまで、全ての皇族に初代皇帝の血統が受け継がれているかの確認と、帝位継承権保有の是非ぜひは私が行っており、必要な技術と道具も私に装備されている」

〝装備?〟と、アムリアはハウルゼンの言い方に首を傾げる。

「……時々、ハウルゼン大将軍こそが帝国を真に支配しているですとか、そのような噂を耳にしていましたけれど、本当の事なのですね。そうなりますと、大将軍は帝国の始まりから今に到るまでずっと生き続けていらっしゃるのですか? 不躾ぶしつけですが、その鎧の中身が気になります」

 思っていた以上にアムリアがズバズバとハウルゼンに切り込むものだから、アステリアは面白がって二人のやり取りを見守る事に決めた。他人事ひとごとと言わんばかりの態度だ。
 アステリアとしては、ハウルゼンがアムリアの帝位継承権を認めれば、それでもう用事のほとんどは済んだのも同然というのが大きな理由だ。

「肯定する。私は初代皇帝と出会う以前からこの地にて活動を継続している。アムリア、貴殿にも分かるように言えば、この装甲の中身は、金属製の管や骨格、そして歯車等を組み合わせたもので成り立っている。私と近衛隊は、ゴーレムと人形の技術を現代よりもさらに発展させた産物であると理解されよ」
「つまり誰かによって作り出された存在であると?」

 人工的に作り出され、独自の知性を持った存在ならば、リネットとガンデウス、キルリンネという例が身近にあるが、アムリアは彼女らの詳細な素性すじょうまでは知らない。

「しかり。私は現在に到るまで稼働かどうし続けている、いわゆる『天人てんじん』の遺産である。初代皇帝ロマルは待機状態にあった私達と接触し、契約を締結して使用権限を得た。そうして私達の力を使ってこの地方を武力で統一し、ロマル帝国を建国した」

 建国の父として歴代皇帝の中で最も神聖視され、崇拝すうはいすらされる初代皇帝と直に面識があると告げるハウルゼンの言葉に、さしものアムリアも目を見開いて驚きをあらわにする。

「初代皇帝ロマルの死後は、生前の彼との契約に基づき、彼の血統を受け継ぐ者達を次の〝契約者〟とする事を繰り返して現在に到る。今回、私がこの地を訪れたのはアムリア、貴殿が帝位継承権――すなわち私達との契約権を保有する資格の有無を裁定する為である。契約権の裁定は現契約者であろうと干渉を許されない。故に私のバロルディ来訪はライノスアート大公も承知している」

 ハウルゼンが言った通り、アステリアと帝位を争う政敵である先帝の弟ライノスアートも、この件には口出し出来ないのだ。

「天人の遺産ですか。書物などではよく目にしますが、実際に目にする機会が訪れるなんて。東の轟国ごうこくにはまだ生きている天人の遺産が多いらしいですけれど」
「そうは言うが、アムリアよ。貴殿の周囲には稼働中の天人の遺産がいる。人間に酷似こくじした機種であるから気付かなかったか?」

 このハウルゼンの発言には、口を閉ざしていたアステリアも、おや、という顔になり、当のアムリアは予想外の発言に目を丸くする。

「私の周囲に、ですか? 八千代さんと風香さんは……まず違うでしょうし、グヴェンダン様も違うはず。なら……」
「グヴェンダンなるドラゴニアンは私達でも解析しきれない未知数の存在であるが、彼の傍に侍り、アムリアの守護も兼任している三人の使用人達だ。ガンデウスとキルリンネと呼称されている二個体は、私よりも後期に開発された機体である。開発用途もまったく異なるとはいえ、装備、本体共に状態は良好である。素晴らしい保存状態だったのだろう。なお、〝トルネ〟と名乗っている個体は、天人の技術を現代の者が利用した為、完全な天人の遺産ではないと分析している」
「大将軍もそうですけれど、ガンデウスさんもキルリンネさんも、人間と話をしているのと変わらないですね。それほど昔の方々の技術が優れていたという証拠ですか。あの……今、帝位は姉上と大公で争っていますが、大将軍が大公の側についている理由はあるのですか?」

 現在、アムリアの持っている情報から推察出来るのは、大公が帝都を押さえているからか、またあるいは皇帝のみが所有を許される道具を大公が持っているから、といったところである。

「アムリア、私が大公側についているのは帝位継承権保有者が争い合う場合、契約を結んだ我々を、両者に均等に割り振る為の処置である」
「契約を結んだ我々……天人の遺産? では、姉上の側にも遺産があると?」

 アムリアから目を向けられて、アステリアは微笑の仮面をそのままに頷く。

「ええ。父上の健康状態が悪化してから、父上と大将軍から直接伺いました。建国帝が直接契約を結んだのは大将軍ですが、本来、大将軍は〝守護者〟という立場であらせられるのです。そうですよね?」
しかり。私は契約の内容と契約を結んだ対象を守護するのが私の本来の役目である」
「守護者であるハウルゼン大将軍は大公に。そして最初の契約を受け継いでいる契約者達の子孫は、私の側につきました。それがザナドやアスラムといった十二翼将に勝るとも劣らぬごうの者達です」

 この場にはいないザナドやアスラム、さらに彼女ら以外にもいる守護者達が契約に従って、アステリアの手足となっているのだという。
 グヴェンダンがガリリウスとの戦闘で得た情報から立てた推測は、ハウルゼンとアステリアの語る内容とほぼ一致していた。
 アムリアは与えられた新たな情報を自分の中で整理し、次の情報を得るべくハウルゼンに問いを重ねる。
 ロマル帝国の歴史に隠されてきた秘事を知るには今が最大の好機であると、誰にだって分かるだろう。

「では何故、魔王軍との戦いにおいて守護者も契約者も積極的に戦いには出ないのですか? 姉上はザナドさんやアスラムさんを動かしていないと思っていましたが、実際には動かせないのですか? 外敵との戦いには守護者も契約者も動かす事が出来ないのが、契約なのでしょうか」
「ふむ、これはアステリアと大公にも伝えてあるが、ロマル帝国が建国されて以降、基本的に守護者と契約者が動くのは、帝位継承に関する内部での戦いに限られる。魔王軍のような外敵との戦いにおいては、傍観ぼうかんしている場合が多い。契約者かその候補者の身に危険が及べば守護するが、国家の危機に対しては動かないか、極めて限定された状況においてのみ行動すると解釈してもらって構わない」

 ハウルゼンの説明に納得がいかなかったのか、アムリアは驚きの声を上げる。

「帝位争いには関与して、帝国の外からの脅威には動かないのですか!? 私の勝手な想像ですけれど、外部の脅威にこそ動くべきものなのでは?」
「そこは初代皇帝の考えだな。私達の力を使って他者を屈服させて支配するのは国を作るまで、と定めたのだ。それに、外からの脅威にはその時代の帝国の者が当たるべし、それで滅びるのならば仕方がないと考えたからだ」
「でしたら、継承権争いにも大将軍達は不介入となさればよろしかったのに。そちらの方がより公平な契約内容だと思わずにはいられませんよ。ああでも、そうしたら契約を結ぶ意味もありませんか……」
「人間、立場や年齢が変われば考えも変わる。契約を結んだ時はそれでよくても、後年では後悔こうかいしていたかもしれん。初代のロマル皇帝はそんな素振そぶりを見せていなかったが、内心がどうだったかまでは私の知るところではない。ただ若干、出会った頃から阿呆あほの類ではあった。馬鹿ばかと言い換えても良い」

 まさかハウルゼンからそんな辛辣しんらつな評価が出てくるとは、あまりにも予想外すぎて、たまらずアステリアが小さく笑う。

「んふふふ、初代皇帝を阿呆呼ばわりに馬鹿呼ばわりですか。ふふふ」

 アステリアは口元を両手で隠したが、それでも笑い声は漏れ聞こえてくる。
 意外にも人間味のある姉の反応は気にせず、アムリアは自分の祖先について呟く事しか出来なかった。

「阿呆で馬鹿、ですか……」
「人望はあった。ゴロツキの類だが」
「ゴロツキ。阿呆で馬鹿でゴロツキですか……」
「褒められた人格の主ではないが、地下で待機していた我々を発見する強運と運用する機転の主だったのは確かだ。世の中を動かすのはいつも賢人や勇者ばかりではないのだよ、アムリア」

 おそらく慰めらしいハウルゼンの言葉を聞いても、アムリアは大きな溜息がこぼれるのを止められなかった。
 まあ、初代皇帝がハウルゼン達と契約しなければ、その子孫である自分もこうして生を授かる事はなかったのだから、悪くは言うまい。

「既に亡くなられた方の人品じんぴんをとやかく言っても仕方がありませんね。それでは大将軍と契約者の方々は、魔王軍との戦いでは戦力として期待は出来ないのですね?」

 念を押して尋ねたアムリアに、ハウルゼンが重々しく答える。

「貴殿らに危害が加わる状況でなければ。それが初代皇帝との契約によるものだ。契約内容の変更は受け付けていないので、変更を希望する交渉は無意味である」
融通ゆうずうが利かないのですね。ないものをねだっても仕方ないですから、それはよしとしましょう。考えるだけ無駄なようですし。姉上も元から大将軍と守護者抜きでの戦いを想定していらっしゃるのでしょう?」
「うふふ……んん、失礼をいたしました。ええ、貴方よりもずっと早く大将軍から事情を聞いていましたから。それに魔王軍との戦いには期待出来なくても、帝国内部の問題である反乱勢力に対しては別ですわ」

 反乱勢力がいないという一点においては、アークレスト王国の方がロマル帝国よりも遥かに上手く国家運営を行っていると、アステリアも認めるところだ。

「南部の反乱は叔父上にお任せしますが、ザナド達に陰から協力するように伝えておりますし、動かせる十二翼将を全て魔王軍戦に投入しても、帝国の守りは揺るぎません。今更、南部の諸勢力が一つにまとまる可能性はありませんしね。あの地には傑物けつぶつはちらほらといますが、種族と思想と慣習の違いを越えて纏め上げられるほどの大傑物はいませんもの」

 このアステリアの発言に、アムリアは沈黙した。
 南部の諸勢力が実際に事を起こすまでは、アークレスト王国や西の諸国家等から支援を受けていたのは、表沙汰おもてざたになってはいないだけで確かな事実だ。
 しかしアムリアの知る限りにおいて、少なくともアークレスト王国側からの支援は打ち切られている。
 さらに国内が三分割されてなお、ライノスアートとアステリアの勢力が、反乱を起こした者達の想定を超える強大さを維持していた事で、反乱側の足並みは乱れ、不和が生じた。
 このまま無数の勢力がひしめくか、魔王軍撃退後にライノスアートかアステリアに倒されて再び屈服するのが、最も可能性の高い反乱諸勢力の辿たどる未来である。

(エルケネイの方々にはそうであってほしくないと思うのは、私の我儘わがままですね。でも、その我儘を通す機会を得る為に、私は姉上のたくらみに乗ったのです)

 アムリアは反乱を起こした都市の一つエルケネイで出会った人々の顔を思い出したが、すぐに意識を切り替えた。
 ロマル帝国に侵攻してきた魔王軍はすでに大きく戦線を後退させている。時期を同じくしてアークレスト王国を攻めた別の軍団も同様だ。
 次は守る戦いではなく、攻める戦いを行うのは明白。
 となると、問題は何を目的とするか。そしてそれを達成する為の物資、情報、条件、戦力など、細々とした要素の確保が必要になる。

「……こほん、では改めて確認いたしますが、今後、魔王軍との戦闘において大将軍他ザナドさん達の協力はまず見込めない。その代わりと言ってはなんですが、十二翼将の大部分を戦場に投入出来ると。姉上と大公の兵を合わせたとして、動かせるのは二十万から三十万ほどになるでしょうか?」

 アムリアの確認に、アステリアは首を横に振りながら答える。

「まず魔王軍の根拠地に攻め入って決定的な敗北を与えるのは無理でしょう。相手方には魔六将と呼ばれる実力者がまだ二人控えていますし、それに準じる高位魔族でも、十二翼将に迫るかそれに勝る実力です。こちらにとっては未知の土地を行く事態になりますし、さらに基本的な技術力ではあちらが上ときては、無謀に近い遠征と言う他ありません」

 アステリアはバッサリと勝てないと断じた。
 彼女らにはまだ残る魔六将と魔王ヤーハームの実力も未知であるし、魔王軍の母体であるムンドゥス・カーヌスにどれだけの戦力が残っているのかも分かっていないのだ。
 その未知数を考慮すれば、ロマル帝国単独では後退したガリリウスとザンダルザの軍団を相手取るのがせいぜい。合流するだろうアークレスト王国方面軍とムンドゥス・カーヌス本国の戦力を相手にするのは厳しいと考えるのは無理もない。

「姉上もそうお考えになりますか。ではやはりアークレスト王国と共闘姿勢をとる他ありませんね。かの地のアークウィッチをはじめ、魔王軍を退けた精強な北部諸侯の力があれば勝ちの目も出てきますから」
「貴方の後ろ盾ですね。ふふ、父上が隠していた貴方の存在が、巡り巡ってロマル帝国を生き延びさせる為の重要な鍵となるなんて、私にも分からない事がなんて多いのでしょう。うふふふ」

 楽しげに笑う姉を他所よそに、アムリアは姉の失言に気付いて、顔色を青くしながらハウルゼンを見た。
 よりにもよってロマル帝国建国に関わった大人物に、自分がアークレスト王国と繋がっているのを知られてしまったではないか。
 何を考えているのだ、この姉は……と、アムリアが思うのも当然である。
 アステリアがそのような失態を犯すわけもなく、言っても問題ないから口にしたと思いつかないあたり、この瞬間、アムリアは本気であせっていた。
 アムリアの焦りに対して、ハウルゼンはこの部屋で対峙たいじしてからずっと変わらぬ雰囲気ふんいきのままだった。
 ハウルゼンは声を荒らげる事もなく、アムリアを数百年以上守ってきた帝国をアークレスト王国に売り渡す売国奴と断罪する気配など見せず、淡々と告げる。

「アムリアよ、焦る気持ちは分かるが、別に構わぬ。外からの脅威に対し、我らが極力動かぬ契約下にある以上、皇族が国外の者とどう手を結ぼうと、また帝国の未来をどう変えようと構わぬ。そもそも勘違いしているかもしれんが、私達の契約には、いつまでも帝国を存続させるなどという項目は含まれていない。契約の範囲内で最大限の助力はするが、滅びるものはいつか滅びるのだ」
「ええっと、思わぬ発言を耳にした気がしますが、本当にそれでよろしいのですか?」
「よろしいのである。何故ならばロマルとの契約の大部分は、帝国の建国が成った時点でほぼ達成されているからだ。故に内憂外患ないゆうがいかんのほとんどを私達は無視する」
「んん? ……ああ! ひょっとして、いえ、考えたくはないのですが、初代皇帝は建国した後の事はあまりというか、ほとんど考えていなかった?」
「そういう事だ。契約内容の変更は認めなかったので、帝国の存続に関する項目はほとんどないに等しい。今回のような内乱で帝国の血筋ちすじが絶えないように、我々が傍で監視兼護衛をするくらいのものだ。私達の側の融通の利かなさも相当だと自覚しているが、ロマルの頭の中身も相当だったのでな」

 それでは阿呆呼ばわりさえても仕方がないと、アムリアは遠い先祖に対する敬意を失うのであった。

「それに」
「それに?」
「昨今、ロマルとの契約をいつまでも守り続ける事にも、それほどの意義を見出みいだせなくなってきた。ここは一つ、帝国に大きな変革がもたらされたあかつきには、契約の更新を終了するのも良いかもしれぬと考えてもいるのだ」
「ええ? 帝国の生き字引にも等しい貴方がですか?」
「私達は人造物であるが故に人間よりも遥かに耐久年数が長いが、その私達でもそろそろ違う事をしてもよいのでは、と考えるくらいはする。ロマルとの契約がなくなったとしても、私達本来の役目が残っているからそうそう好き勝手は出来ぬが、私達にも自由意思はあるのだよ」

 そう、ハウルゼン達は初代皇帝ロマルに発見される以前から稼働し、待機していたという。その時点ですでに何か別の目的があって待機していた可能性だって充分にあるではないか。
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