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24巻
24-1
しおりを挟む第一章―――― 反乱勢力
「ふむ」
古神竜の魂を持つ転生者――ドランの口癖を零したのは、彼の分身体の一人である、人間寄りのドラゴニアン・グヴェンダンだった。
彼は今、ロマル帝国の隠された姫君アムリアの護衛として、リビングゴーレムのリネット、人造少女キルリンネとガンデウス、犬人の八千代、狐人の風香と共に行動している。
現在ロマル帝国では、崩御した前皇帝の娘であるアステリア皇女と、その叔父のライノスアート大公の間で次期皇帝の座を巡る内紛が起きている。さらにその混乱に乗じて、これまで被支配者層として虐げられてきた亜人達が武装蜂起し、国内は三つ巴の争いとなっていた。
アステリア皇女の双子の妹でありながら、その出自から存在を秘匿されて長年軟禁状態にあったアムリアは、ドラン達に救出され、アークレスト王国にて手厚く保護されていた。
そんな中、ロマル帝国の惨状を耳にした彼女は、自らの目で実情を確かめようと、ドラン――グヴェンダン達の協力を得て、帝国の各地を巡っている。
ほどほどな、あるいはまあまあな顔立ちの、それでいて風格と威厳のあるドラゴニアンの青年は、思案するように顎を右手で撫でている。
彼らが今いる場所は、ロマル帝国の版図の中で最も強大な反乱勢力の根拠地となっている帝国南方。かつては無数の亜人達が群雄割拠していたヒシメルク海岸を見下ろす丘の上だ。
彼らは、遠方の諸国家との海洋貿易を担う重要な港湾都市の一つ、ウミナルを訪れようとしているところだった。
ロマル帝国に反旗を翻した反乱都市エルケネイでの戦いを終え、反乱勢力の最大戦力がいるこの南方の地に足を運んだグヴェンダン一行。しかし、これまでの道程で見てきたモノが、彼らの足を鈍らせている。
ロマル帝国支配時代に敷かれた立派な街道からやや離れたところに停めた馬車の傍で、彼らはそれぞれ椅子に腰かけ、車座になって今後の予定を話し合っている。
既に目的地であるウミナルは目前なのだが、実際に都市の中にまで足を踏み入れるべきか否か、海から届く潮風を浴びながら、何度目かになる協議を重ねている。
一行は基本的にアムリアの意思を最大限尊重する為、行動方針はすぐさま決まるのが常であるから、これはいささか珍しい事態だ。
いよいよウミナルを目前に控え、最終意思決定を行うこの場面で口火を切ったのは、むすっとした顔の八千代であった。
「某はやはり、このウミナルに入るのは反対でござる! ウミナルに近づけば近づくほど、この考えはより強固なものになったと言わざるを得ぬ」
狐人の風香が苦い顔で同意を示す。
「拙者もハチと意見を同じくするでござるよ。エルケネイではまだ帝国の支配を受けた者同士という事で、亜人種も純人間種も共に暮らしていたけれど、この辺りはどうにもこうにも……」
二人が、外見上は純人間種であるアムリアやリネット達を伴ってウミナル入りするのを反対するのには、理由がある。それは、ウミナルを含む近隣一帯を勢力下に置く反乱勢力『太陽の獅子吼』の支配体制によるものだ。
亜人種や非ロマル民族は、ロマル帝国によって武力で制圧され、被支配階級に落とされた歴史がある。その屈辱と非業の歴史に対する反動が暴力的な形で表れているのが、この太陽の獅子吼並びに彼らの傘下の勢力なのだ。
「ロマル民族に対して過敏になるのは、これまでの歴史を考えれば分かる話でござる。そもそも現状、戦争状態であるからして、過剰に警戒するのは当然でござろうとも」
八千代はまだ彼女自身が理解出来る話をする。
もし話がその範囲に収まるものだったなら、八千代と風香もウミナル入りを断固として反対はしなかっただろう。しかし問題はまだ、理解も納得も出来る範疇を超えた部分にあった。
「ロマル民族に対する憎しみや憤りが高じて、純人間種憎しにまでなってしまっているのでは、アムリア殿を連れてなど行けんでござるよ。絶対にいちゃもんをつけられるに決まっているでござるもん」
八千代が深々と諦めを含んだ溜息を吐いた。エルケネイを出立してからこのウミナルに近づくにつれて、純人間種に対する敵意と憎悪の感情の濃度が増していくのを、肌で感じてきた為だ。
アムリアとてそれは同じだろうに、彼女があくまでウミナルの内情を知りたいと希望し続けている事に、反対派の八千代と風香は頭を痛めていた。
風香もここに到るまでの旅路を思い出して、耳をペタンと前に倒す。
「同じ歴史背景を持つロマル民族ではない人間に対しても、排他的を超えて攻撃的になっているほどでござるからなあ。ロマル帝国とまとめて、今度は自分達が支配してやろうという考えが末端の兵士にまで行き渡っておるし……」
その発言を否定出来ずに、アムリアはしょんぼりとした様子で俯く。グヴェンダンと、彼につき従うリネット、キルリンネ、ガンデウスのメイド三姉妹達も、これといった反論の言葉を口にしなかった。
反対派の二人に対して、賛成派のグヴェンダン達――メイド三姉妹は単にグヴェンダンに従うだけなのだが――は、そこまで強く意思を表示していない。それは、あくまでアムリアの意思を最優先に尊重するという態度を、一貫してとり続けているからだろう。
「アムリア殿、せめて、外見を某のような犬人にするとか、風香のような狐人にするとか、なんならグヴェンダン殿のようなドラゴニアンでもいいと思うでござるよ?」
「リネット殿達も同じでござるねぇ。うーん、リネット殿達はグヴェンダン殿に倣ってドラゴニアンに変装して、〝お兄ちゃんと三姉妹で、悪い帝国に反旗を翻した勇気ある人達を見に来た〟としてはいかがでござろうか」
風香の提案に三姉妹は大きく心が動いたらしく、感情表現の豊かなキルリンネばかりでなく、情動の起伏が控えめなリネットやガンデウスまで体を揺らして反応していた。
グヴェンダンの手にかかれば、いかなる魔眼や霊視能力を有している相手も騙し通せる幻術を行使し、偽装を維持し続けるのは容易い。
それを知っているからこその、八千代達の発言である。
アムリアは顔を上げ、自分を想ってくれている犬人と狐人を、意思の強さを感じさせる瞳で見つめる。
「確かに、そうすれば私でも穏便にウミナルに入れる事は間違いないでしょう。でも、八千代さんも風香さんも分かっておいででしょう? 私は〝人間を相手〟に、彼らがどんな目を向けるかを知りたいのです」
あくまで人間としてウミナルに入り、どんな目を向けられるのか、どんな感情に晒されるのか、どんな扱いを受けるのか、アムリアはそれを知りたがっている。そうでなければわざわざウミナルを訪れる意味がない事も、八千代と風香は分かっていた。
二人としては、そこはアムリアに妥協してもらって、せめて姿だけでも変えてほしいところなのだが、この隠されていた皇女はなかなかどうして頑固者だ。
「う~~~、やっぱりそこが肝心要でござるかあ。アムリア殿の意志の固さは買いでござるけれど、そこはほら、生きる上での賢さという事で妥協というか、状況に応じた適切な判断をするのがいいと思うんでござるよぉ」
そう言う八千代の方こそ、賢い生き方など到底出来っこないのだから、説得力の欠片もない。
それでも尻尾と体を左右にくねらせて精一杯説得を試みる姿は、彼女なりに必死である事の表れではあった。
風香も同じく、八千代の隣で同じように尻尾をふりふりして愛嬌を振りまくが、残念ながら色気はあっても、アムリアの意志を揺らがせるには可愛げの成分が足りなかった。
「ごめんなさい。八千代さんと風香さんがとっても心配してくださっているのも、きっとたくさん迷惑をかけてしまうのも分かっているのに。でも、私はこうしたいと思うのです。私にロマル帝室の血が流れている事実は望んだものではありませんが、その血の流れる私だから出来る事を本当に見つける為には、必要なのです。きっと」
「きっとでござるぅ? でもアムリア殿の〝きっと〟は絶対という意味だって、拙者はもう学習したでござるよお。もう、アムリア殿の頑固者ン!」
ぷうぷう、と風香は頬を膨らませて抗議するが、口で言うほどに怒っていないのは誰の目にも明らかだった。なんだかんだで八千代と風香が最もアムリアに甘く、過保護なのだから。
八千代と風香が降参の意思表示をしたのを見届けてから、これまで黙っていたグヴェンダンがようやく口を開いた。
分かり切ってはいたが、やはりきちんと結果が示されてから行動しなければ、小さいしこりが残ると判断し、成り行きを見守っていたのである。
「結論は出たな。アムリアはその姿のままでウミナルに入る。ふむ、リネット達もそのままで行かせるとして……これまでとは少し立場を変えておいた方がよかろうよ。エルケネイやここに来るまでの途中の都市だったなら、人間のお嬢様とその護衛で話を通せたが、ウミナルではそれで通じないだろう」
どんな形であれ、人間が亜人の上に立つ立場をとっては、火に油を注いで周囲からの過剰な反応を招くだけだ。言外にそう告げるグヴェンダンに、アムリアが悲しげに柳眉を寄せて首肯する。彼女とてそれくらいは理解している。
グヴェンダンに続き、事前に収集しておいたウミナルと近隣の諸事情をまとめた書類を手にしたリネットが、仕事の出来る才女の気持ちで、こう提案した。
「ウミナル並びに近隣の沿岸地帯は、全て太陽の獅子吼勢力が奪い返しています。ロマル民族でない人間種は、元々暮らしていた地域にこそ残っていますが、主要な都市部への出入りは禁じられています。蜂起時に取り残されたロマル帝国民達は、労働力として拘束され、様々な労働に従事させられているようです。実質、この辺りは太陽の獅子吼によって亜人至上主義の国家として再構築されつつあると言えるでしょう」
これまでの都市で見てきた光景とリネットの報告を照らし合わせて、八千代は早々に陰鬱な表情を浮かべる。根が陽性の八千代にしては珍しい、翳りを含んだ表情だ。
「なんだか、ロマル帝国時代と立場を逆転した扱いをしているみたいで、聞いても楽しくなさそうな話でござるなあ」
特に女子供や老人等、力の弱い者が虐げられる話にはめっぽう弱い八千代なので、その陰鬱さは自然と増してしまう。
「自分達がやられた事をやり返す。過ちを犯しても同じ歴史を繰り返す。人類の基本行動ですね――と、リネットも同意します。ただ、そっくりそのままやり返すのでは、ロマル帝国となんら変わるところはないと考えているのか、枷を嵌めて、鞭を振るって休まず働かせるといった行為は行われていないようですよ」
「では、家族を人質にとって最前線で肉の盾として使い捨てにしているでござるか?」
「蜂起以降散発的にロマル帝国と戦闘が発生していますが、人間の盾が用いられたという記録はありません。万が一の事態を危惧して、拘束した帝国民を戦闘に投入するのと重要な施設への立ち入りは、禁止しているようですね」
リネットの答えを聞いて、八千代は少し安心した様子を見せる。
「ほー、それは思ったよりもマシな扱いでござるな。我ながら他人の立場だから言える呑気な発言ではござるが、支配しているという状況が得られれば、どのように支配するかという点には拘泥していないのでござるかね?」
「帝国の軍勢を追い払い、父祖の土地を取り返した時点で、ある程度留飲が下がったのは確かでしょう。この二つを声高に主張して士気と結束を高めていたようですから、その後の具体的な行動については、末端にまで話が通っていないようです。理不尽な暴力がまかり通っていないという点においては、歓迎出来るかと」
「ふーむ、想像していたよりはひどくなさそうで、ちょっぴり安心したでござるけれど、それでも嫌なものを見るのは避けられないのでござろうなあ」
「見下していいと思える理由と、暴力を振るっても許されると思える背景があれば、人間はいくらでも暴力的になれますので」
ロマル帝国も反乱を起こしたものも関係なく、総じて人間はそういう生き物だと断言するリネットに、八千代は悲鳴に近い抗議の声を発した。
「リネット殿、ちょっと不穏な事を真っ正直に言いすぎでござるよぉ!」
「リネットは常に正直な言動と誠実な態度を心掛けております」
ツンと澄ました顔でそう言うリネットに、八千代はぐうの音も出なかった。
その後、グヴェンダン達はそれぞれの偽名や設定を確認し直してから、港湾都市ウミナルへと向かった。
――ちなみに、アムリアはアナ、リネットはトルネ、八千代はハッチ、風香はフウと名乗っている。
ウミナルはロマル帝国の支配以前から海洋貿易の要衝であり、商業・貿易都市として大きく発展してきた場所である。
ウミナルへ繋がる主な街道は三つ存在しており、グヴェンダン達の乗る馬車はエルケネイ方面と繋がる北側の道から町に入った。
街道の途中にある検問所を守る兵士達は、屈強な獅子人や猫人の男女が複数おり、前線から遠い立地とはいえ、反乱側の最大勢力としての見栄を張っている様子が見受けられた。
一目で亜人と分かる者達は滞りなく街道を進み、ウミナル入りを許されていったが、やはりグヴェンダン達の番となると、はいどうぞ、というわけにはいかない。
御者はグヴェンダンと八千代が務めていたが、馬車の中を改める段になれば、当然アムリアとリネット達の姿を見られる。隠さないと決めた以上、これは仕方のない流れだった。
馬車の中を見た獅子人の兵士が険しい目つきで御者台のグヴェンダン達を睨みつけ、手にした槍の穂先をいつでも突き出せるように重心をずらしはじめる。
その様子に他の兵士達も敏感に反応して、いつでも包囲出来るように何人かが動きはじめていた。散発的な戦闘が続いていた程度とリネットは言ったが、当の兵士達はまだまだ気を抜いてはいないようだ。
「お前達、この者達はなんだ? 詰所で詳しく聞かせてもらおうか」
〝この者達〟とは無論、アムリア達だ。一行の統率者役を担うグヴェンダンが、なんら負い目を感じていない態度で堂々と応じる。
「ふむ、彼女達が君らにとって見逃しがたい存在である事は重々承知している。こちらとて時間は惜しいが、いつまでにと制約があるわけでもなし。ウミナルの治安を乱すつもりはないのでな。そちらの求めにはもちろん応じるとも」
グヴェンダンのドラゴニアンという希少性もさることながら、纏う風格と堂々たる態度から、自分が何か間違いを犯したのではないかと、兵士の方が判断を一瞬、迷うほどだった。
グヴェンダン達一行は武器を取り上げられ、兵士達の監視の下、ウミナルを訪れた目的とアムリア達についての説明を行う。
そのまま平屋の詰所に連行され、一行の数が多かった事から軒先で尋問を受ける。
アムリアとリネット達四名を守るようにしてグヴェンダンが後ろに、左右には八千代と風香が立つ。そしてその周囲を武装している兵士達十余名が取り囲んでいる。
いささか過剰な人数とも思えるが、わざわざこの時期にロマル民族と分かる人間をウミナルに連れてきたのを警戒しての対応だろう。
尋問を担当したのは先程の兵士の上役らしき、縞柄の虎人の女兵士だった。左頬から首筋にまで及ぶ斬痕と隙のない気配から、歴戦の猛者であるのが見て取れた。
黄色い毛並みに黒い模様のある髪の下から覗く顔つきはむしろ穏やかであるが、これはなかなか危険だと思わせる雰囲気がある。
「どうも、こんにちは。当検問所の責任者を務めております、サザミナと申します。部下から聞きましたが……ええ、本当にロマル民族の方と、そうでない人間の方を連れているのですね」
アムリアとリネット達を見るサザミナの視線は、今のところは激しさも穏やかさもない。
「当然、ロマル帝国の現状は知っていますでしょう? ですのに、どうしてこの方達を伴ってウミナルへ。怪しまれて当然ですから、貴方達も相応の事情を抱えているのですよね?」
正面から堂々とウミナルの検問所を訪れたのだから、何かあるのだと勘繰られるのは当然だ。その為に設定を練り直してあるので、返答するグヴェンダンはもちろんアムリア達にも動揺はない。
「ああ。ウミナルを訪れたのは、まだこの都市が他国との貿易を継続して行っているからだ。この地からより遠方に向けて離れるのには、ここから船に乗るのが手っ取り早い。君らはロマル帝国の人間は強く敵対視しているが、貿易相手に関しては別の話と、分けた対応を取っていると耳にしたからね」
ロマル帝国支配時代からヒシメルク海岸各地の港湾都市には、国外から多くの船が訪れており、その中には当然ながら純人間種も含まれていた。
それは今も同じで、反乱発生後も貿易の為の船舶は訪れていて、太陽の獅子吼は彼らを相手に、ロマル帝国時代よりも関税を緩和するなど好条件での商取引を続けている。
こういった対応に関しては、純人間種への憎悪や攻撃性をロマル帝国に限定し、利益を生む国外貿易に関しては矛先が向かないように内部で情報統制をしていると考えられる。あるいは、対応に当たる人員を限定しているのだろう。
ロマル帝国を打倒した後の未来を考えれば、純人間種と亜人種が共存している他国家との繋がりまでも断ってしまうのは、あまりに損失が大きい。
帝国時代より貿易の条件を良くしているのも、帝国とは違うという分かりやすい意思表示と、なるべく多くの繋がりを残しておきたいという太陽の獅子吼の意向であろう。
「それで、どうしてそちらの女性達を連れてウミナルを訪れる話になるのです。国外へ行くだけなら、貴方とそちらのハッチさんとフウさんの三人で船主に相談すればよいだけの話では?」
サザミナからの再びの問いに、グヴェンダンが悠然と答える。
「そう考えるのはごもっとも。足を使って時間をかければ、あるいはお金を積めば、乗せてくれる相手も見つかるだろうが、効率を優先した結果だよ。彼女の家は国外のとある商会との繋がりがある。家それ自体はもう没落したも同然だが、商会との繋がりはまだまだ活かせる。そこで帝国を出ようと考えていた私、ハッチ、フウと、道中の護衛とウミナル入りの手段を求めていたアナとの思惑が合致して、こうして一緒に行動しているわけだ」
アムリアの家というのは、今まさに国を三つに分けて内戦中のロマル帝国の事であり、国外の商会というのはアークレスト王国が密かに使っている商会を指す。
実際に間諜経由でウミナルに入っている商会とは事前に連絡を済ませており、情報の裏を取られても、何も問題がないように手配してある。
「ハッチとフウは見ての通り、外国の生まれだ。一度国元に戻ろうかという話になって、帝国を離れる術を探していた。私の場合は、単純に見聞を広める為だな。君らが帝国に反旗を翻さなかったら、海路ではなく陸伝いに東か西のどちらかに向かっていたところだよ」
言外に君達の行いの影響で、このウミナルを訪れたのだと皮肉を告げるグヴェンダンに、周りの兵士達が僅かに殺気立つが、サザミナは穏やかな表情を変えずに言葉を重ねる。
「では、確認を取りますので、商会の名前を伺っても?」
「ああ。アナ」
グヴェンダンに促されて、アムリアが口を開く。
「はい。私達が向かうのはアルダム商会です。今、こちらに寄港しているかは存じませんが、なんとか船に乗せていただいて、ここから離れようと……」
「なるほど、アルダム商会ですか。私でも聞き覚えのある商会ですね。では確認が取れるまで、しばしこちらでお待ちいただきますよ。よろしいですね?」
拒否を許さぬサザミナの静かな威圧を込めた言葉に、アムリアは臆する事なく正面から向き合い、頷いた。
†
アルダム商会からの使いが、私――グヴェンダン達の前に姿を見せるのに、それほど時間は必要なかった。
サザミナの部下によって連絡の届いた商会から、すぐさま商会の代表であるグドという穴熊人の大男が駆けつけて、私達の身柄を保証したのである。
こういう時の為にアークレスト王国が何十年も前から用意してきた商会なのだから、当然の結果と言えば当然の結果だ。
ロマル帝国への反乱の流れに便乗し、なかなかの商売上手と知られるグドは、その評判に相応しい裕福な身なりの男だった。
良質の絹と希少な染料をふんだんに使い、青に赤、黄に白と派手な色彩のバルーンパンツと、同じ色彩の袖なしのチョッキに白いシャツ姿。肩からは金糸の刺繍がびっしりと施された帯をかけている。
いかにも、気風の良い大店の主人然とした衣装だが、そのくせ穴熊の毛皮を首周りや胸元に纏った体は横幅も厚みも凄まじく、背も今の私の体より頭一つ大きいほどだ。
衣服を脱ぎ捨てて肉体を晒せば、誰もが屈強な戦士と信じて疑わない逞しさだが、穴熊らしい愛嬌を感じさせるグドの顔には、にこにこと人好きのする笑みが浮かんでいる。
初対面の相手を極力威圧しないように配慮しながら、グドがアムリア達について説明する。
「サザミナ殿、この方々は間違いなく私共アルダム商会の客人ですよ。ええ、こちらのアナさんのご両親とは良い商売の付き合いをさせていただいておりました。サザミナ殿達にとっては、そのう……あまり良い印象を持たれないのは百も承知ですが……」
「そうですか。いえ、グド殿の言葉を疑うわけではありませんが、ウミナルの現状を知るロマル人が足を踏み入れるというのが、どうにも腑に落ちませんでしたので」
「いやいや、私共が事前に話を通し、アナさんをお迎えに参上していれば、このような事態は防げましたでしょう。こちらの手落ちでございますので、どうぞお気になさらずに。アナさんも、申し訳ありませんでしたなあ。もう少しウミナルの外でお待ちくだされば、店の者を大急ぎで走らせましたのに。いやいや、これは言い訳ですな。失礼を申し上げました」
「私の方こそ配慮が足りていませんでした。グド様だけでなく、サザミナ様達にもご迷惑をおかけしてしまいました」
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