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11巻
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しおりを挟む第一章―――― 憂いのドラミナ
夏季休暇を故郷のベルン村で過ごした私――ドランは、二学期の開始までわずかとなったある日、一足早くガロア魔法学院に戻っていた。
この休暇中に婚約を結んだバンパイアの元女王ドラミナを、新たな使い魔として学院に滞在させる許可を得る為である。
同じく私の婚約者であり、使い魔として学院で共同生活をしているラミアの美少女セリナを加えて、三人での共同生活が始まる事になる。
学院長室で黒薔薇の精ディアドラと衝撃的な再会を果たした後、私はオリヴィエ学院長を立会人としてドラミナと使い魔の契約を交わした。
セリナの前例に倣って、私は契約神ラ・ヴェンタに頼んでこの使い魔の契約の内容を通常のものとは変更しており、主人である私への服従をドラミナに強制しないものになっている。
滞りなく契約が終わった後、学院長が用意してくださった使い魔のメダルを受け取ったドラミナは、セリナ同様、これをペンダントのようにして首から下げる事にしたらしい。
主人である私と使い魔となった自分の名前が刻まれたメダルを、嬉しそうに見つめるドラミナの姿が印象的だった。
さて、長かった夏季休暇が終わって、ガロア魔法学院は二学期に入った。
一部の遠方に住まう者を除き、実家に帰省していた生徒達もほとんど学院に戻ってきている。
始業式を終えて教室に入ると、実家での土産話に花を咲かせていた級友達は、私がセリナだけでなくドラミナを伴っている事に気付き、瞬く間に彼女の話題で持ちきりになった。
ドラミナの素顔はヴェールによって秘されていて、彼女の絶世の美貌が我が級友達の意識を奪う事態を防いでいる。
既に私の席の隣には、級友の少女、ファティマとその親友のネルネシア、そしてファティマの使い魔である、半バンパイアのシエラの姿があった。
三人とも、私の傍らにいるドラミナの姿に気付くと、大小の違いはあるが驚きの表情を浮かべる。
特に、一時はドラミナと敵対関係にあったシエラなど、フードで隠した顔が驚きで凝固しているのがはっきり分かるほどだ。
セリナが床を這う小さな音と共に自分の席に着いた私は、再会の挨拶を口にした。
「ゴルネブへの旅行以来だな、皆、変わりはないかな?」
「やっほー、ドラン、セリー、元気そうで良かったよ~。ドラミナさんも一緒なんだ~。お久しぶりです」
「こうしてまた無事に会えて何より」
にこにこといつも通りの笑みを浮かべているファティマと、こちらもまた『氷花』の二つ名に相応しい無表情のネル。対照的な二人だが、どちらも好意がこれでもかと込められた挨拶を返してくれた。
ただシエラだけは、ドラミナを凝視したまま一言も発しない。
半バンパイアと化しているシエラが、バンパイアの頂点に君臨するドラミナを前にした時に、一体どれほどの畏敬の念が胸の内に湧き起こるかは計り知れない。
たとえどんな大蛇に睨まれた蛙でも、ここまではならないだろうと思えるほど緊張した状態のシエラに助け船を出したのは、他ならぬドラミナだった。
「シエラ、貴女が壮健な様子で安心しました。ファティマさんの使い魔になっていると耳にしていましたが、こうして直に目にすると、やはり安心の度合いが違うものです」
「は、ははっ。陛下、私などにそのようなお気遣いは――」
「シエラ」
「はい!」
大仰に傅こうとするシエラの言葉を遮って、ドラミナは〝しっ〟とヴェールの上から唇に人差し指を当てる。
そもそもドラミナにはもう女王であるという意識はないし、周囲に彼女の素性が知られては、国家規模の大問題に繋がりかねないからだ。
「私はただのドラミナです。ここでは貴女と同じ、使い魔という身の上の女にすぎませんよ。対等に接してください――というのはいささか酷かもしれませんけれど」
すっかり萎縮しているシエラの様子を見て、ドラミナは微苦笑を零した。
「最大限努力いたします」
それがシエラの精一杯の返事だった。
シエラはファティマの事をどこか妹のように思っており、友好な関係を築いているが、いくらなんでもドラミナと対等に接するのは、たとえ急な話でなくても無理があるというものだ。
「そうしてくださるとありがたいですね」
そう言って、ドラミナは肩から力を抜く。
そこで、先程のドラミナの言葉の中に聞き逃せない単語があった事に気付いたファティマが、不思議そうに小首を傾げた。
ふうむ、一ヵ月ぶりくらいに見るが、相変わらずファティマは愛くるしい小動物めいた仕草をする娘だな。
「ねえねえ、ドラン、どうしてドラミナさんがドランの使い魔になっているの~? ゴルネブに行った時は、そんな事全然話してくれなかったよねぇ」
「ああ、あの後ドラミナから連絡があってね。故郷でやるべき事は全てやり終えたから私の所に遊びに来るという話になり、まあ色々とあって私の使い魔になって、こうして傍に居るわけさ」
「ふうん。でもドラミナさんが使い魔って……ひょっとしなくても~、すっごい事じゃないのかなぁ? 魔法学院にはちゃんと届けてあるの?」
「事前に学院長に伝えてあるよ。競魔祭に使い魔の出場が認められていなくて良かったかもしれない、と零していたな」
「ん? ああ、そっかあ。ドラミナさんとセリーがドランと一緒に出場したら、誰も勝てる人なんていないもんね~」
ファティマはしみじみと頷いて納得を示す。
彼女が言うように、仮に私が出場せず、セリナとドラミナだけが代理として競魔祭に出場したとしても、この二人に勝てる者はまずおるまい。
「ああ。そうなったら、いくらなんでも不公平すぎる。大人と子供の喧嘩どころの話ではないからね」
当のセリナとドラミナは、そもそも私が出場する時点で、弱い者いじめにしかならないと言わんばかりに苦笑を浮かべていた。
ふむむう、確かにそれは否定出来んが、神造魔獣の魂を持つレニーアと、超人種で勇者の末裔であるクリスティーナさんだってその域ではないか。
私が若干不平を込めた唸り声を出していると、ネルが少しだけ表情を変えて呟いた。
「でも、ベルン村が無事にゴブリンを撃退出来た理由の一つが分かった。ドラミナさんなら単独でも倒せただろうし」
ふむ、グーマ氏族による襲撃の件を知っていたか。
武闘派アピエニア家の長女だけあって耳が早い――と言いたいところだが、何しろ一気に話題になった出来事だったから、概要くらいなら王国全土に広まっていてもおかしくなさそうだ。
「ああ、そうだよぉ! ドラン、大変だったね。私も詳しい事は知らないけれど、ドランの故郷が襲われたっていう話は聞いたよぉ。やっぱりドランも戦ったの? 怪我した人とかはいなかったの? 大丈夫~?」
ネルの話を聞いて、ファティマも慌てた様子で私に捲し立てる。
「ふむ、もう終わった事だから、今焦る必要はないぞ、ファティマ。私も戦ったが、数が頼みの連中で、大した脅威ではなかったよ」
実際にはこれまでのゴブリンでは考えられない事もいくつかあったが、わざわざそれを伝えてこの愛らしい級友を不安がらせる必要はあるまい。
私は、担任のアルネイス先生が来るまでの間、級友達にゴーゴ・グーマが率いていたゴブリン達との戦いを―― 一部誤魔化して―― 話した。
アルネイス教師の授業が終わった後、私とネルは学院の四強の一人、『金炎の君』ことフェニアさんからの呼び出しを受けて、魔法学院の中庭の一つに面したテラスに集合していた。
フェニアさんに呼ばれていないファティマとシエラも同行しているが、そのくらいで目くじらを立てる方でもあるまい。
私、セリナ、ドラミナ、ネル、ファティマ、シエラという組み合わせは随分と目立つ為、移動中もすれ違う生徒達の視線を集める事になった。
私達が中庭に到着すると、既にテラスにはフェニアさん、クリスティーナさん、レニーアという、これまた人目を引く三人の姿があった。
遠目にもはっきりと分かる黄金の髪の煌めきを纏って、フェニアさんが通りの良い声で呼びかけてくる。
「お久しぶりですわね、皆さん。そちらは……噂のドラミナさんでよろしいのかしら? クリスティーナさんとレニーアさんからお話は伺っておりましてよ。私はフェニア・フェニキシアン・フェニックス。ドランさんの学友ですわ」
初対面の相手にもまるで物怖じしないフェニアさんの図太さと社交性の高さは、間違いなく美点だと思う。
彼女とクリスティーナさんは私よりも一学年上だが、二人とも先輩後輩といった線引きはせず、親しく接してくれる。
フェニアさん達のテーブルに近づいたところで、ドラミナは足を止めて、アークレスト王国とはやや異なる作法で腰を落とし、頭を下げてフェニアさんに挨拶を返した。
バンパイアの歴史が磨き抜いた、誰もが見惚れる優美の極みと言える所作である。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります、ミス・フェニックス。はじめまして、ドランの使い魔ドラミナと申します」
ドラミナの見せた一連の動作の優美さ、そして彼女の纏う高貴そのものの雰囲気と物腰を目の当たりにしたフェニアさんは、緋色の扇子を開いて、驚きに染まる自身の口元を隠した。
「まあ、ドランさんはどうやって貴女のような方を使い魔となさったのか、実に興味深いですわね。ドラミナさん、私の事はフェニアで構いません。戦友であり、可愛い後輩であるドランさんの使い魔であれば、そう構えていただかなくても結構ですわ。……それにしても、人類の中でも最上位種の一つに数えられるバンパイアを使い魔にしたばかりか、そのバンパイアの方がかくも高貴な淑女でいらしたとは……。それでも〝まあドランさんなら〟と思える辺りが、ドランさんの非凡極まりないところですわね」
ドラミナの噂を耳にしていたらしいフェニアさんは、実物のドラミナを前にして、噂以上だったと感じたらしい。
フェニアさんが思わず口走った言葉を聞き、セリナは妙に嬉しそうに同意を示した。
「〝ドランさんなら〟と納得出来るようになられたのなら、フェニアさんもすっかりドランさんに慣れましたね」
ふむん、これまで散々私に驚かされてきたからか、セリナは自分と同じ心境に至る者が増えるのを歓迎している節がある。
しかし、その反応は正しいだろうか?
ともあれ、バンパイアであるドラミナが忌避されずに受け入れられるというのなら、私としてはありがたい話である。
「さて、いつまでも立ち話ではなんですわ。皆さん、お座りになって。少々周囲の視線が気になるかもしれませんが、クリスティーナさんがいる以上は自然の摂理にも等しき事。甘んじて受け入れましょう。それに、皆さん多少の事は気になさらない胆力の持ち主と、このフェニアは知っておりますわ」
私達が椅子に座り、控えていた魔法学院の使用人の方々によりお茶が供されるのを待ち、フェニアさんが改めて口を開く。
「こうして皆さんをお呼び立てしたのは、まず久しぶりに皆さんの元気なお顔を拝見したかったというのが一つ。特にドランさん達は、故郷であるベルン村がゴブリン達に襲われたそうではないですか。ほとんど怪我人もなく撃退したと伺いましたが、こうして無事な姿を見られて何よりですわ」
「レニーアやクリスティーナさん、それにエンテの森の方々も力を貸してくれましたから、そのお蔭です。ご心配をお掛けしてしまったようですが、誰一人として死傷者は出ませんでしたよ」
芝居がかった調子の喋り方ではあるが、それが社交辞令でもからかいでもなく、心の底からこちらを気遣っていると分かる辺りは、フェニアさんの人徳であろうか。
「やはりご本人からその言葉を聞けると、安心出来ますわね。さて、二つ目は……いよいよ近づいてきた競魔祭に向けて、改めて意識統一を図り、士気を高める為ですわ!」
競魔祭とは、アークレスト王国の五つの魔法学院の代表が魔法の技を競い合う催しである。
私達の中で最もこの大会に情熱を燃やしているフェニアさんらしい、実に熱の籠もった言葉だった。
ネルも並々ならぬ情熱を抱いているが、彼女は去年自分を打ち破ったエクスを倒す事に集中している。
「ふむ、となりますと、いよいよ特訓の再開ですか、フェニアさん?」
「ええ、そのつもりですわ。とはいえ、皆さんを無理に拘束するつもりはございません。私にそのような権利はありませんから。ですので、ご都合のつく限りにおいて、特訓への参加をお願いしたいと思っているのです。今日は学院の映写室の使用許可を取っておりますから、そちらで私達が戦う事になる他校の精鋭達を分析し、対策を練りたいと思っておりますの。皆さんのご予定はいかがかしら?」
「私とセリナ、ドラミナは大丈夫です。ただ、訓練に関しては、まだヴァジェや瑠禹達に声を掛けていませんから、明日以降いつ時間が取れるかは分かりません。彼女らの予定が確認出来るまでは、私達だけで模擬戦をする事になるでしょう」
夏季休暇前は、深紅竜のヴァジェや水龍皇龍吉の娘である瑠禹らも私達の訓練に付き合ってくれていた。
そして、龍吉本人も、リュー・キッツという偽名を使って参加していたのである。
「ドランさんの伝手を頼みに、特訓のお相手をお願いしておりましたから、仕方ありませんわ。クリスティーナさん、レニーアさん、ネルネシアさんはいかがかしら?」
黙々とお菓子を頬張っていたレニーアは、フェニアさんに問いかけられると、やたらと凛々しい表情で答える。
「私はドランさんに従うのみよ」
レニーアの美しく透き通った声音と、実に男勝りな態度の落差が酷い。このような声の持ち主ならば、歌声で船乗りを惑わすセイレーンという魔物の如く、甘く美しい歌こそが似合うと万人が思うだろうに、当のレニーアの発言はこれときた。
彼女と同様にお菓子に集中していたクリスティーナさんとネルも、続けてフェニアさんに応じる。
「私は特に予定はないからね。それに競魔祭の事なら、ある程度優先しなければいけないだろう」
一息にお菓子を呑み込んだクリスティーナさんは、至極真面目な顔をして告げ、まだ頬が膨らんでいるネルもまた言葉短かに頷く。
「右に同じく」
「皆さんの都合がついて何よりですわ。でもクリスティーナさん、ネルネシアさん、お二人とも食べっぷりが少々はしたないですわよ。お気を付けあそばせ」
「ん、分かった」
ネルは素直に従い、カップを傾けて口の中の物を流し込む。
それを見たフェニアさんは満足げな表情で、映写室への移動を提案した。
「では、皆さんお茶は堪能なさりましたでしょう。そろそろ腰を上げようではありませんか。それに、クリスティーナさん目当ての見物客が集まりはじめていますわよ」
クリスティーナさんとネルはまだお菓子に未練がありそうだったが、フェニアさんが言う通り、他のテラスの利用客や、校舎の窓に顔をべったりと押し付けた生徒達が、こちらに熱い視線を向けていた。
クリスティーナさんにとっては入学した時から続いている日常的な光景に違いないが、競魔祭の打ち合わせをするのに適した状況ではないわな。
クリスティーナさんの美貌に腰砕けになっている生徒達を尻目に、私達は映写室に向かった。
映写室は、夏季休暇の前に昨年の競魔祭の様子を見る為に使用した事がある。
私達が普段使っている教室と同じ広さがある部屋には、黒板の代わりに、マジックアイテムである長方形の鏡が設置されていた。
『観察者の記憶』と呼ばれるこのマジックアイテムは、対となる『観察者の瞳』という手鏡に映した光景を投影出来る。
観察者の記憶の脇にある台座は、観察者の瞳を設置する為のものであり、既にフェニアさんが手ずから魔法の手鏡を置いていた。
このマジックアイテムの優れたところは、映像のみならず大気の振動も記録して、音を再現出来る事だ。
「よく最新の映像が手に入りましたね。この時期、どの学院も情報流出には相当敏感になっていると思いますが」
「そこは学院長をはじめとした先生方の交渉の成果ですわ。お互いに持っていない情報を交換しあったり、あえて自分達の情報を開示したり、希少な魔法素材や研究成果を対価にするなど、交渉のやり方はいくらでもあったでしょう。もっとも、本当に隠すべき部分は隠しているでしょうけれどね。私達の場合でしたら、今年初参戦のドランさんとレニーアさんの実力は、他の学院には知られたくないところですわ。予選会でのお二人の決勝戦の映像や情報は、よほどの事がない限りは他所に漏れないでしょう」
「ふむ、知られて困る事ではないとも思えますが……なるほど、既に競魔祭の戦いは水面下で始まっているというわけですね」
「そういう事ですわ。では映し出しますわね。東のエレノア魔法学院、南のジエル魔法学院、西のタルダット魔法学院、そして王都のアークレスト魔法学院、それぞれの代表選手達のおおよそ一ヵ月前の様子だとか」
日頃から各校の噂を耳にするが、東のエレノア魔法学院は東方の陰陽術や風水術、仙術などを取り込んだ特有の魔法研究が盛んで、異文化交流の地でもある。
南のジエル魔法学院は去年競魔祭を制した優勝校で、その最大の原動力となった生徒が今年も在籍している為、優勝候補の筆頭なのだという。
西のタルダット魔法学院には昨年ネルを敗北の泥濘に突き落とした、天才精霊魔法使いエクスが在籍している。王国最大の仮想敵国であるロマル帝国が西に存在している事もあって、実戦を想定した魔法研究が盛んである。
そして王国の名を冠するアークレスト魔法学院は、魔法全般に関する研究が総じて高水準で、最近では付与魔法や創造魔法、錬金術などを組み合わせて開発した魔装鎧の運用に力を入れているという話だ。
また、アークレスト魔法学院は一昨年の優勝校でもあり、今年こそは優勝すると執念を燃やしているのだとか。
私は映し出された映像の中で、注目に値する二人の名前を口にした。
「やはり目立つのは西のエクスと南のハルトですね」
全員十代である事を考慮すれば、競魔祭出場者は皆かなりの実力者ばかりと言えるが、ネルを負かしたエクスと、二刀流の魔法剣士ハルトは明らかに抜きんでている。
フェニアさんとネルはどちらも分かりやすいくらいの一芸特化型で、ほぼ全属性の精霊の力を高水準で扱えるエクスのような者には弱点を突かれてしまう為、相性がよろしくない。
映像の中のエクスは、聡明だが険の強そうな雰囲気の少年だ。巻き癖のある翡翠色の髪の毛と同色の瞳が目を引き、男とも女ともつかぬ中性的な容姿をしている。
私がエクスと戦うとしたら――と軽く想像していると、ネルが忌々しそうにぼそっと呟く。
「生意気小僧。去年よりも憎らしい顔になった」
「ネル、私情を口にされても困るよ」
とは言ったものの、去年よりも着実に強くなっている宿敵に対し、〝そうでなくては困る〟とネルが闘争心を燃やしているのは、雰囲気で分かる。
「ネルちゃんはぁ、エクス君の事が、本当~に嫌いだからねぇ」
そんな親友の様子を見て、ファティマが珍しく困り顔で言う。
昨年の試合の映像を見た限り、かなりの接戦を演じた上での敗北だったようで、ネルの意気込みは並々ならぬものがある。
試合の組み合わせは当日になるまで分からない為、もしもエクスと戦う事が出来なかったら、ネルの機嫌はすぐさま下限に達するだろう。
「ハルトさんとクリスティーナさんが戦ったら、かなり見応えがあると思いますよ。派手な攻撃魔法が飛び交う事はないにしても、滅多に見られない剣技の応酬になるでしょうから。それに、クリスティーナさんも最近双剣使いになりましたもんね」
映像を見たセリナの感想に、フェニアさんが意外そうに反応する。そういえばフェニアさんにとっては、初耳の情報が含まれていたな。
「あら、クリスティーナさんは双剣使いに鞍替えなさいましたの? てっきりエルスパーダ一本で戦うものとばかり思っておりましたわ」
「ああ。良い剣を手に入れてね。これからはそれも使うつもりなのさ。剣を二本同時に使うのにはまだ慣れていないが、競魔祭までに恥ずかしくない程度には仕上げるよ」
「競魔祭では特に武器に関する制限はありませんから、問題にはなりませんわね。それにしても、クリスティーナさんのエルスパーダは高位の魔剣ですわよ。二つめの剣はそれに釣り合うような業物ですの?」
「ああ、ちょっとした経緯で手に入れたのだが、実にしっくりとくる剣なのさ」
「そうですか。クリスティーナさんがそのように仰るのでしたら、何も言う事はありませんわね。競魔祭での活躍を期待するばかりですわ。ところで、その剣はなんという名前ですの?」
「ああ、銘はドラッドノートだよ。以前は別の名前があったのだが、縁起が悪いから私が考えた名前を付けた」
「ドラッドノートですか。聞いた事のない名前ですわね。神話や伝承とは関係のない名前ですかしら?」
「ああ、神々や英雄の名前ではないよ。私の思いつきだから、特に意味があるというわけでもないしね」
とは言うものの、ドラッドノートとは、クリスティーナさんの母方の一族が伝承し続けた姓である。いつかドラゴン殺しの罪を贖う時まで名乗る事を禁じていたのだという。
私の記憶にも存在する姓だ。
私殺しの因果を背負った勇者セムトもドラッドノート姓を名乗っていて、それが新たな名前としてドラゴンスレイヤーに与えられるとは、少なからぬ感慨を覚える。
「なに、エクスやハルトと戦う事になったら、エルスパーダとドラッドノートで斬り伏せてみせるとも」
ふむ、それにしても……我がガロア魔法学院の競魔祭出場者の面々は、古神竜ドラゴンである私、私と大邪神カラヴィスの因子を持つ神造魔獣の生まれ変わりであるレニーア、ドラゴン殺しの因子を持つ覚醒超人種クリスティーナさん、不死鳥の因子持ちのフェニアさんに、フェンリルと契約を結んでいるネルか。
これは、下手をしなくても弱い者いじめと言われてしまうのではないだろうか?
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