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23巻
23-3
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「いやいやいや、珍味美味でお腹いっぱいいっぱいでござるなあ、まこと、ご馳走でござった!」
「その後のお風呂も絶品でござるよ、お蔭で耳の先から尻尾の先まで毛艶の良い事、良い事。心地の好い香りがふんわ~りで、八も拙者も満足満足満々足でござる」
人懐っこい犬と狐を強く印象付ける二人の笑みに、これから至極真面目な話をすると肩に力を入れていたクリスティーナは、程良く緊張感が抜け、自然と頬を緩めた。
「大切なお客人であるお二人にそう感じていただけたのなら、奔走した甲斐があったというものだ。スペリオン殿下、フラウ殿下、何かご不満を感じられた事や不足がございましたら、遠慮なくお申し付けください。臣下として最善を尽くしましょう」
スペリオンも八千代達の言動に少し目を丸くしていたが、クリスティーナからの呼び掛けによって表情を切り替えて、鷹揚に応えた。
「いや、こちらに来てからの熱烈な歓待に不満はないとも。私達の方こそ、この領地の人々を落胆させる振る舞いは出来ないなと、フラウと兄妹揃って気を引き締め直していたほどだよ」
「私の祖父と共にベルンの地を拓いた世代の方々にとって、殿下達の来訪はとても大きな意味がありますから、どうしても熱が入ってしまうようです。さあ、こちらへお掛けください。少しばかり長いお話になるでしょうから、まずはお茶などいかがでしょうか。もう夏になっているとはいえ、夜ともなれば少々寒気を感じる事もあります。お風呂で温まった体を冷やす必要はないでしょう」
促されたスペリオンとフラウが腰かけるのに続き、クリスティーナとドランがその対面に腰を下ろす。
ドランの隣にドラミナがその隣に座って、アムリアはスペリオンの右隣に、シャルドとラディア、八千代と風香達護衛は背後につく。
程なくしてリネット、ガンデウス、キルリンネが手際よく用意したエンテの森産のハーブティーが長椅子に腰かけた全員の前に並んだ。
緊張に身を固くしていたアムリアがハーブティーの香りにほっと安らいだ吐息を零す。
その姿にスペリオンとフラウが微笑を浮かべ、彼らもまた自分達に用意された白磁のティーカップに口を付けた。
スペリオンはハーブティーの味を堪能しながらも、執務室の調度品の中に、父たる国王の執務室にあるそれらよりも上等な品がある事実に感心し、感想を口にする。
「明日からの視察が楽しみだよ。ベルン以外にも、国内外の色んな土地を見てきたが、ここほど刺激的な場所は他にないだろうからね」
「お兄様の仰る通り、王宮でもベルンの事はとても話題になっているのですよ。ベルンの地が栄えたお蔭で国内に広まった品がたくさんありますし、影響力は増すばかりだと、もっぱらの噂ですもの」
スペリオンとフラウの口からは、王宮の中で交わされるベルンに対する評価や噂話が次々と伝えられ、クリスティーナは明らかに照れた顔になって縮こまる。
誰かに褒められるのに慣れていない彼女が羞恥に身悶えする姿に、皆がほっこりとした気持ちになる。
中でもクリスティーナに慕情を募らせているガンデウスなど、変な声が漏れそうになるのを全力で堪えなければならなかった。
「キルリンネ、少しガンデウスのお尻を抓ってください。皆さんには見えないように、お願いします」
あまりに唐突な申し出だったが、キルリンネはすぐに痛みでなんとか堪えようとしているのだと姉妹機の真意を見抜いた。
そして苦笑しつつも望み通りにしてやったものの――
「はぁん」
結局ガンデウスの口からは嬉しさしかない声が零れた。
おい、と叱るつもりでさらに強めに抓ると、彼女はようやく黙った。
この姉妹機の性癖は本当にどうしようもない方向に捻れたな――と、能天気なキルリンネですら少々呆れている。
そしてガンデウスとは、一度本気で殴り合いを含めた〝お話〟をしなければならないと、固く心の中で決めていた。
妹的な立場に落ち着いているとはいえ、キルリンネもそれなりに苦労はしているらしい。
メイド三姉妹の次女と三女の間で誰も知らない方がいいやり取りがされている間にも、クリスティーナとスペリオン達の世間話は続いていた。
お互いにこれからのアークレスト王国を支える世代だし、控えめに見積もっても国政に大きく関わる立場にある。
今から友好を深めておいて損になる事は――ドランが時々駆り出される以外には――なかろう。
このまま和やかに会話が終わればよかったが、それだけでは終わらないと知っているクリスティーナが、自主的に話の核へと言葉の手を伸ばした。
若さゆえ、あるいは経験の少なさゆえ、老獪さとは程遠い、まっすぐで小細工のない、馬鹿正直さの発露だった。
「若輩者がどうにか四苦八苦しながらやっているだけとはいえ、そのように評価していただけるのなら、これまでの苦労が報われるというものです。今回の視察だけでも私達としましては一大事ですが、何かここだけでしか出来ないお話があるのではと……」
ずばりと切り込んできたクリスティーナに、スペリオンとフラウは改めて表情を引き締める。そして、アムリアが頷き返すのを見て、スペリオン意を決した。
「視察それ自体ももちろん重要だが、今回、アムリアを同道したのは彼女の気晴らし以外にも考えがあっての事だ。ロマル帝国の情勢が大きく動いた件については、君達の耳にも届いているだろう。次期皇帝としての正統性と権威を高めたライノスアート大公が、アステリア皇女と反乱勢力への攻勢を強めている。日和見だった帝国貴族も多くが大公派について、戦力が大幅に増している。大公が舵取りを間違えなければ、帝国が再統一されるのはそう遠い話ではないだろう」
クリスティーナもその辺りは把握しており、驚いた様子もなく頷く。
「ええ、事情通の商人や就職を希望する耳聡い遍歴騎士などが、売り込みの一環として伝えてくれています。戦災を逃れようとした難民達が、国境を守っている十二翼将を頼って集まっているとも」
「その通りだ。東西の国境を守る十二翼将は基本的に中立だし、皇女と大公のどちらも旗幟をはっきりとさせるように強制もしないので、比較的安全地帯だからね。さて、その帝国の情勢の変動はアムリアの耳にも届いていたというのが、事の始まりだ。なるべくそうした話が届かないように配慮していた――いや、手回しをしていたというのが正しいが、アムリアが独自に情報を集めたのだよ」
そう告げるスペリオンは、半分は困り、半分は面白がっている顔だった。
アムリアの潜在能力と行動力が予想を超えていたのが嬉しくもあり、さりとて諸手を挙げて歓迎するわけにもいかず、複雑な心境なのだろう。
その話にクリスティーナとドランが揃って、ほう、と短い称賛の声を漏らし、アムリアは恥ずかしさで縮こまらせる。褒められるのに慣れていないのはクリスティーナばかりでなく、アムリアも同じらしい。
それでもこれは自分から切り出さなければならないと、アムリアは小さく頷いて己を鼓舞する。
その様子を八千代と風香は、ハーブティーと一緒に出されたクッキーをもしゃもしゃ食べながら、呑気に見守っていた。
どこまでいっても、平常運転のわんわんとこんこんであった。ここまでくればいっそ大物と褒めてあげた方がいいかもしれない。
決意を固めたアムリアが、口を開いた。
「私が差し出がましくもお願い申し上げました。私の叔父にあたるライノスアート大公と姉のアステリア皇女が、これからより激しい戦いを繰り広げる事になれば、多くの方々が苦しい目に遭うでしょう。ですから、その苦しみに襲われる方々を一人でも多く助ける為に、私をどうお使いになっても構わないとお伝えしたのです。スペリオン様は、最初は私をベルン村に預けて、身の安全を確保してくださるおつもりだったそうですが、クリスティーナ様達にもその事を伝えた方が良いという話になり……」
それを聞き、小さな溜息と共に言葉を発したのはドランだった。
「アムリアの身柄を預かるという提案は想定していたが、そういう話になっていたとはね。アムリア、君の決意は尊いものだと思うけれど、安易に自分を好きに使って構わないなどと、自らを軽んじる発言は控えなさい。相手がスペリオン殿下だったからよかったものの、場合によっては体よく利用されるだけでなく、誓約や呪縛の術に利用されかねない、危うい言葉だ」
この時、スペリオンを見るドランの眼差しは温度こそ失われていないものの、これまでとは比較にならないほど厳しいものがあった。
アムリアが自ら言い出した事とはいえ、王国が彼女を政治の道具として使うというならば、それは看過出来ない。
アムリアの態度を見る限り、スペリオンは明確な返答をしていないし、今後も人道に悖る判断をする可能性は限りなく低いだろう。それを理解していても、多少態度が厳しくなるのは仕方がないと、ドランは自己を弁護していた。
スペリオンの方もドランとその周囲の女性陣からの視線を甘んじて受け入れている。
「それはスペリオン様にもお叱りを受けました。私は私自身の価値をまだ理解しきっていないのだから、そのような事を安易に口にしてはならない、そうでなくとも女性がそんな言葉を口にしてはいけないと」
「ふむ、まあそうなるだろう。それで結局のところ、アムリアからのお願いを受けて、殿下はどうなさるおつもりでいらっしゃるのですか? 彼女の身柄を狙う帝国の者達から守る為に、このベルンの地で預かるとお考えでしたら、男爵共々謹んでお受けするつもりでした。しかし、予想外のお話が出てきた以上は、まず殿下のご意向をお伺いしたい」
「うむ、当然だな。アムリアの言葉は、私達アーレクスト王国がロマル帝国の内乱に介入する口実になる。しかし、彼女は今までその存在を隠されていた事に加え、帝国では凶兆とされる双子だ。大義名分としてはいささかならず弱い。彼女を旗印に王国が帝国に攻め込むにしても、帝国の内情がより凄惨なものとならなければ、単なる領土的野心に基づいた侵略戦争にしかならない。ドランやアムリアにとっては不愉快な話だろうがね」
スペリオンはアムリアの顔をちらりと見てから続ける。姉妹や大公との骨肉の争いは、アムリアの望む者でないのは、誰から見ても明らかだ。
「王国は別に戦争を否定しているわけではないし、損よりも得が上回ればそういう手段も辞さないのは事実だ。たとえ大義名分が弱くとも、周辺国や自国内からの批判よりも、得られる利益が多ければ、いずれは帝国に攻め込んだだろう。だが、なるべく被害を出さないようにと、アムリアからお願いされているからね……。私も出来る限りの協力はすると約束したし、王国の介入がある方が被害の少なくなる方法を、どうにか考えるよ」
ここまでは従来の王国の方針と、スペリオンの個人的な方針を語っただけだ。
ベルン男爵領への〝頼み事〟は、これからだろう。
「そこで本題だが……実のところ、君らにしてもらう事は変わらない。アムリアの身柄の保護、これだよ。ベルンでは北の魔王軍の存在が問題になっているだろうが、彼女を王都に置いておくよりは、ドラン達の傍にいさせた方が良いと判断した。無論、最高戦力であるアークウィッチ・メルルを常にアムリアの傍に置いておけるのなら、王都でも安全を確保出来る。しかし、今回は流石に彼女を動かす事態になるだろうから、そうもいかないのだ」
「アークウィッチを動かしますか。彼女はどこにいるかだけでも戦略を左右する規模の実力者ですから、大公も皇女も細心の注意を払って所在を確認しているでしょうね。ふーむ、アムリアの身柄の保護ですか。それは問題ありません。不届き者には指一本触れさせない警護態勢を整えます。しかし……アムリア、帝国の民草を気に掛けるのは良いが……」
「ドランさんの仰りたい事は分かります。私は帝国の方々を気に掛けるほどの知識もなければ、彼らと触れ合った経験もありません。ただ伝聞で知った事から勝手にそう思って、無力なままにスペリオン様にお願いしているのですから」
「多少卑下がすぎるが、やはり君はただ大人しく深窓のご令嬢をしているだけの女性ではなさそうだ。ただベルンの地で穏やかに過ごすだけでは、気が済まないだろうな。アムリア、君はまだ殿下達に言っていない秘密があるのではないかな? これは私の経験則だが、君のような人間は、こういう時にまず考える事が一つある」
前世での経験則だが……とまでは、ドランは口にしなかった。
この発言を受けて、スペリオンとフラウはあくまで穏やかな眼差しでアムリアを見た。
幽閉生活の影響と生来の性格から、気の弱さが抜けきらないアムリアは、慣れた相手であっても、強く見つめられるとどうしても萎縮してしまう。スペリオン達はそれをよく知っていた。
なお、八千代と風香はクッキーを片付け終えて、ゴマ入りドーナツに手を伸ばしてモグモグしている。王都で贅沢な暮らしを覚えたからか、どうにも愛玩動物化が進行している。
「アムリア、遠慮せずに言ってごらん。それ次第で私も対応を考える。まずは君の友達として、そしてベルン男爵領の補佐官として、それからアークレスト王国の臣下として。優先順位をちょっと変えてね」
それを私達の前で言ってくれるなよ――と、スペリオンとフラウはドランの正直な告白に苦笑を浮かべる。
臣下が主人への忠誠以外に優先するものがあると平然と口にしているのだが、ドラン相手だととりたてて問題視する気になれないのだから困ったものだ。
これは、ドランが絶妙にスペリオンの許容範囲の限度を見極めているからこそ許される話術だ。
スペリオンの苦笑に気付く余裕もないアムリアは、僅かな間を置いてから口を開いた。
「私は……私は、直にこの目で確かめたい。ロマル帝国の人々がどう苦しんでいるのか、何を思っているのか、どう生きているのか、そして、どんな未来を望んでいるのか、本当はそれを直接確かめたいのです!」
ドランが納得の表情を浮かべるのに対して、スペリオンとフラウは揃って本気で焦った様子で、アムリアに問いかける。
「アムリア、そんな事を――いや、君らしい考えではある。だが、それは君の身を危険にさらすと分かって口にしているのか?」
「はい。スペリオン様達が私の身の安全を考えて、このベルンに連れて来てくださったのに、私は皆様のお心遣いを無下にしてしまう願いを抱いていたのです。その自覚はあったので、ドランさんにご指摘されるまで、言わないでおこうと考えていたのですけれど……」
アムリアの心中を読み切れなかった事実に、スペリオンが額に手をやって後悔する。その一方で、ドランは殿下はアムリアの事になると感情を御しきれない時があるな、と冷静に観察していた。
「ふむ、私がアムリアの心の鍵を開いたわけだな。これを藪蛇というのかな? だが予想通り、アムリアは直に帝国の人々の現状を知りたいと願っていたか。自分自身を何も知らないとか現実を見た事がないとか……自分の欠点を改善しようと考えるのは自然な展開だろうさ。さて、アムリア、私は君の考えに賛成だ。君が本当に望んでいる事をする為に、必要だと思う行動をするといい」
「ドランさん!」
ぱああっとアムリアが明るい表情になるのと引き換えに、スペリオンとフラウ、さらに背後のシャルドとラディアの表情が曇る。
八千代と風香も流石にここは表情を引き締めて、成り行きを見守る構えだ。ただし口元には、ドーナツの食べカスがついている。
「もちろん、殿下達のご懸念は当然のものです。アムリアをあえて帝国に入れるというのならば、アークウィッチ級の力があるか、十二翼将複数名を同時に相手に出来る力量の主が必要でしょう」
ドランの指摘に、スペリオンが頷く。
「ああ。過剰かもしれないが、それくらいの用意をしなければ、彼女を危険な敵地に連れ出す事は認められない。ドランとドラミナ殿達が揃ってアムリアの護衛につくと言うのなら、一考の余地はあるかもしれないが、北の脅威がある現状で、君がベルンを離れるわけにはいくまい?」
「あちら側も暗黒の荒野の西にある大国との戦いが一段落したら、こちらへ攻め込む為の準備を始める、といったところです。長ければ数ヵ月の猶予がありますが、こちらも相応の準備をする必要があるので、私は動けません。ですので……私と同等の力を持つ用心棒を用意しましょう。その者が殿下のお眼鏡に適えば幸いです」
「君と同等の実力者? そんな強者がいるのかい?」
スペリオンの疑問はこの場にいたドラン以外の全員に共通するものだった。
ドランと同等となると他の始原の七竜になるが、いくら彼の頼みでも、見知らぬアムリアの護衛を引き受けるだろうかと、ベルンの女性陣は疑問符を浮かべている。
「とは言いましたものの、その用心棒もまた私なのです」
ベルンから離れないと言いつつ、アムリアにつける用心棒は自分だと告げた奇妙な内容に、皆が首を傾げる中、執務室の奥にある書斎に繋がる扉が開いて、大柄な男性が足を踏み入れてきた。
体の線を隠すフード付きの白いローブという簡素な服装だが、ローブの裾からは白い鱗に包まれた尻尾が伸びている。露わになっている白い髪の合間からは白い角が長々と伸び、縦に裂かれたような瞳孔の青い瞳が目を引く。
触れる事すらはばかられる神秘的な雰囲気を纏う、人間寄りのドラゴニアンの男性だ。
カラヴィスタワーの探索の為に、以前作り出した分身のドライガンが人間の体格をした竜だったのに対し、こちらは角や尻尾など竜の特徴を持った人間の見た目をしている。
古神竜ドラゴン時代にドランがドラゴニアンへ変化した際の姿を模したものだが、この場でそれを知るのは、当のドランのみだった。
「私がたった今作った分身です。ロマルに入るのなら、人間としての姿とこのように亜人としての姿を使い分けられる分身の方がいろいろと便利でしょう。それにこの分身なら、アークレスト王国のベルンと関係があると知られずに済みます。名前は、そうですね……グヴェンダンとしておきましょう」
そう告げる本体に追従して、グヴェンダンと名付けられた分身は柔和に笑い、スペリオン達に頭を下げた。
とはいえ、グヴェンダンを護衛にアムリアをロマル帝国に連れて行く話は、当然ながら紛糾した。
そもそもアムリアを連れて行く事を王国が認めるのか、また、護衛がグヴェンダンと八千代、風香の三名で本当に足りるのかどうかといった問題がある。
一時的な保護者となっているスペリオンらアークレスト王家と、アムリア、八千代、風香達は、今回のロマル帝国行きの是非を論議している。
一方、セリナやドラミナらといったベルン男爵領の面々は、ロマル行きが許される前提の上で、グヴェンダンと共に護衛に赴く者の選出で大絶賛議論中だ。
スペリオン達が書斎で話し合いを進める中、執務室に残った者達もそれぞれに意見を交換していた。
アムリアとグヴェンダンのロマル帝国行きに強く同行を希望しているのはセリナで、控えめに希望しているのがディアドラとドラミナ。
クリスティーナも前回ロマル帝国に行けなかったので、今回こそはと思うところを、領主としての立場から自粛し、情勢を見守っている。
審判役を務めるドランはと言えば、即興で作りだしたグヴェンダンと肩を並べ、腕を組んだ同じ体勢で女性陣の意見に耳を傾ける。
本体であるドランがベルンに残る以上は、セリナ達がグヴェンダンに同行する事にあまり熱意を燃やさない可能性もあった。しかし、今回は見知ったアムリアが危険な場所に赴くのが気掛かりでならないという動機から、護衛を希望しているようだ。
ドランの分身であるグヴェンダンが同行する以上は、戦力的に不安な要素は欠片も存在しないが、それはそれである。
また、グヴェンダン――ひいてはドランが、全力を発揮出来ない状況にあるという僅かな不安要素も存在している。
「前回、ドランさんと一緒にロマル帝国に行きましたし、変身魔法で人間さんに化けられる私が適切だと思います。それに、少しだけですけれど、帝国の中も見て回りましたもの」
ふんふん、と少し鼻息荒く意見を口にするセリナに、ドランは考える素振りを見せる。
アムリアをロマル帝国に連れて行くにあたって、八千代と風香は必ず付いていくものとして、そこにグヴェンダンを含めれば、この時点で最低四人の団体となる。
ライノスアート大公とアステリア皇女になるべく見つからないように行動するべきと考えるのならば、なるべく増員しない方がよいが……。
「南の異種族達の地域に足を運ぶかまでは決まっていないが、万が一変身魔法が解けた時の事を考えると、セリナはいささか厳しいな」
申し訳なさを含むドランの言葉に、セリナは〝そんなぁ……〟と、分かりやすくしょげた。セリナと同じく同行を希望していたドラミナも、ドランの危惧を察して同行を諦めたようだ。
「その後のお風呂も絶品でござるよ、お蔭で耳の先から尻尾の先まで毛艶の良い事、良い事。心地の好い香りがふんわ~りで、八も拙者も満足満足満々足でござる」
人懐っこい犬と狐を強く印象付ける二人の笑みに、これから至極真面目な話をすると肩に力を入れていたクリスティーナは、程良く緊張感が抜け、自然と頬を緩めた。
「大切なお客人であるお二人にそう感じていただけたのなら、奔走した甲斐があったというものだ。スペリオン殿下、フラウ殿下、何かご不満を感じられた事や不足がございましたら、遠慮なくお申し付けください。臣下として最善を尽くしましょう」
スペリオンも八千代達の言動に少し目を丸くしていたが、クリスティーナからの呼び掛けによって表情を切り替えて、鷹揚に応えた。
「いや、こちらに来てからの熱烈な歓待に不満はないとも。私達の方こそ、この領地の人々を落胆させる振る舞いは出来ないなと、フラウと兄妹揃って気を引き締め直していたほどだよ」
「私の祖父と共にベルンの地を拓いた世代の方々にとって、殿下達の来訪はとても大きな意味がありますから、どうしても熱が入ってしまうようです。さあ、こちらへお掛けください。少しばかり長いお話になるでしょうから、まずはお茶などいかがでしょうか。もう夏になっているとはいえ、夜ともなれば少々寒気を感じる事もあります。お風呂で温まった体を冷やす必要はないでしょう」
促されたスペリオンとフラウが腰かけるのに続き、クリスティーナとドランがその対面に腰を下ろす。
ドランの隣にドラミナがその隣に座って、アムリアはスペリオンの右隣に、シャルドとラディア、八千代と風香達護衛は背後につく。
程なくしてリネット、ガンデウス、キルリンネが手際よく用意したエンテの森産のハーブティーが長椅子に腰かけた全員の前に並んだ。
緊張に身を固くしていたアムリアがハーブティーの香りにほっと安らいだ吐息を零す。
その姿にスペリオンとフラウが微笑を浮かべ、彼らもまた自分達に用意された白磁のティーカップに口を付けた。
スペリオンはハーブティーの味を堪能しながらも、執務室の調度品の中に、父たる国王の執務室にあるそれらよりも上等な品がある事実に感心し、感想を口にする。
「明日からの視察が楽しみだよ。ベルン以外にも、国内外の色んな土地を見てきたが、ここほど刺激的な場所は他にないだろうからね」
「お兄様の仰る通り、王宮でもベルンの事はとても話題になっているのですよ。ベルンの地が栄えたお蔭で国内に広まった品がたくさんありますし、影響力は増すばかりだと、もっぱらの噂ですもの」
スペリオンとフラウの口からは、王宮の中で交わされるベルンに対する評価や噂話が次々と伝えられ、クリスティーナは明らかに照れた顔になって縮こまる。
誰かに褒められるのに慣れていない彼女が羞恥に身悶えする姿に、皆がほっこりとした気持ちになる。
中でもクリスティーナに慕情を募らせているガンデウスなど、変な声が漏れそうになるのを全力で堪えなければならなかった。
「キルリンネ、少しガンデウスのお尻を抓ってください。皆さんには見えないように、お願いします」
あまりに唐突な申し出だったが、キルリンネはすぐに痛みでなんとか堪えようとしているのだと姉妹機の真意を見抜いた。
そして苦笑しつつも望み通りにしてやったものの――
「はぁん」
結局ガンデウスの口からは嬉しさしかない声が零れた。
おい、と叱るつもりでさらに強めに抓ると、彼女はようやく黙った。
この姉妹機の性癖は本当にどうしようもない方向に捻れたな――と、能天気なキルリンネですら少々呆れている。
そしてガンデウスとは、一度本気で殴り合いを含めた〝お話〟をしなければならないと、固く心の中で決めていた。
妹的な立場に落ち着いているとはいえ、キルリンネもそれなりに苦労はしているらしい。
メイド三姉妹の次女と三女の間で誰も知らない方がいいやり取りがされている間にも、クリスティーナとスペリオン達の世間話は続いていた。
お互いにこれからのアークレスト王国を支える世代だし、控えめに見積もっても国政に大きく関わる立場にある。
今から友好を深めておいて損になる事は――ドランが時々駆り出される以外には――なかろう。
このまま和やかに会話が終わればよかったが、それだけでは終わらないと知っているクリスティーナが、自主的に話の核へと言葉の手を伸ばした。
若さゆえ、あるいは経験の少なさゆえ、老獪さとは程遠い、まっすぐで小細工のない、馬鹿正直さの発露だった。
「若輩者がどうにか四苦八苦しながらやっているだけとはいえ、そのように評価していただけるのなら、これまでの苦労が報われるというものです。今回の視察だけでも私達としましては一大事ですが、何かここだけでしか出来ないお話があるのではと……」
ずばりと切り込んできたクリスティーナに、スペリオンとフラウは改めて表情を引き締める。そして、アムリアが頷き返すのを見て、スペリオン意を決した。
「視察それ自体ももちろん重要だが、今回、アムリアを同道したのは彼女の気晴らし以外にも考えがあっての事だ。ロマル帝国の情勢が大きく動いた件については、君達の耳にも届いているだろう。次期皇帝としての正統性と権威を高めたライノスアート大公が、アステリア皇女と反乱勢力への攻勢を強めている。日和見だった帝国貴族も多くが大公派について、戦力が大幅に増している。大公が舵取りを間違えなければ、帝国が再統一されるのはそう遠い話ではないだろう」
クリスティーナもその辺りは把握しており、驚いた様子もなく頷く。
「ええ、事情通の商人や就職を希望する耳聡い遍歴騎士などが、売り込みの一環として伝えてくれています。戦災を逃れようとした難民達が、国境を守っている十二翼将を頼って集まっているとも」
「その通りだ。東西の国境を守る十二翼将は基本的に中立だし、皇女と大公のどちらも旗幟をはっきりとさせるように強制もしないので、比較的安全地帯だからね。さて、その帝国の情勢の変動はアムリアの耳にも届いていたというのが、事の始まりだ。なるべくそうした話が届かないように配慮していた――いや、手回しをしていたというのが正しいが、アムリアが独自に情報を集めたのだよ」
そう告げるスペリオンは、半分は困り、半分は面白がっている顔だった。
アムリアの潜在能力と行動力が予想を超えていたのが嬉しくもあり、さりとて諸手を挙げて歓迎するわけにもいかず、複雑な心境なのだろう。
その話にクリスティーナとドランが揃って、ほう、と短い称賛の声を漏らし、アムリアは恥ずかしさで縮こまらせる。褒められるのに慣れていないのはクリスティーナばかりでなく、アムリアも同じらしい。
それでもこれは自分から切り出さなければならないと、アムリアは小さく頷いて己を鼓舞する。
その様子を八千代と風香は、ハーブティーと一緒に出されたクッキーをもしゃもしゃ食べながら、呑気に見守っていた。
どこまでいっても、平常運転のわんわんとこんこんであった。ここまでくればいっそ大物と褒めてあげた方がいいかもしれない。
決意を固めたアムリアが、口を開いた。
「私が差し出がましくもお願い申し上げました。私の叔父にあたるライノスアート大公と姉のアステリア皇女が、これからより激しい戦いを繰り広げる事になれば、多くの方々が苦しい目に遭うでしょう。ですから、その苦しみに襲われる方々を一人でも多く助ける為に、私をどうお使いになっても構わないとお伝えしたのです。スペリオン様は、最初は私をベルン村に預けて、身の安全を確保してくださるおつもりだったそうですが、クリスティーナ様達にもその事を伝えた方が良いという話になり……」
それを聞き、小さな溜息と共に言葉を発したのはドランだった。
「アムリアの身柄を預かるという提案は想定していたが、そういう話になっていたとはね。アムリア、君の決意は尊いものだと思うけれど、安易に自分を好きに使って構わないなどと、自らを軽んじる発言は控えなさい。相手がスペリオン殿下だったからよかったものの、場合によっては体よく利用されるだけでなく、誓約や呪縛の術に利用されかねない、危うい言葉だ」
この時、スペリオンを見るドランの眼差しは温度こそ失われていないものの、これまでとは比較にならないほど厳しいものがあった。
アムリアが自ら言い出した事とはいえ、王国が彼女を政治の道具として使うというならば、それは看過出来ない。
アムリアの態度を見る限り、スペリオンは明確な返答をしていないし、今後も人道に悖る判断をする可能性は限りなく低いだろう。それを理解していても、多少態度が厳しくなるのは仕方がないと、ドランは自己を弁護していた。
スペリオンの方もドランとその周囲の女性陣からの視線を甘んじて受け入れている。
「それはスペリオン様にもお叱りを受けました。私は私自身の価値をまだ理解しきっていないのだから、そのような事を安易に口にしてはならない、そうでなくとも女性がそんな言葉を口にしてはいけないと」
「ふむ、まあそうなるだろう。それで結局のところ、アムリアからのお願いを受けて、殿下はどうなさるおつもりでいらっしゃるのですか? 彼女の身柄を狙う帝国の者達から守る為に、このベルンの地で預かるとお考えでしたら、男爵共々謹んでお受けするつもりでした。しかし、予想外のお話が出てきた以上は、まず殿下のご意向をお伺いしたい」
「うむ、当然だな。アムリアの言葉は、私達アーレクスト王国がロマル帝国の内乱に介入する口実になる。しかし、彼女は今までその存在を隠されていた事に加え、帝国では凶兆とされる双子だ。大義名分としてはいささかならず弱い。彼女を旗印に王国が帝国に攻め込むにしても、帝国の内情がより凄惨なものとならなければ、単なる領土的野心に基づいた侵略戦争にしかならない。ドランやアムリアにとっては不愉快な話だろうがね」
スペリオンはアムリアの顔をちらりと見てから続ける。姉妹や大公との骨肉の争いは、アムリアの望む者でないのは、誰から見ても明らかだ。
「王国は別に戦争を否定しているわけではないし、損よりも得が上回ればそういう手段も辞さないのは事実だ。たとえ大義名分が弱くとも、周辺国や自国内からの批判よりも、得られる利益が多ければ、いずれは帝国に攻め込んだだろう。だが、なるべく被害を出さないようにと、アムリアからお願いされているからね……。私も出来る限りの協力はすると約束したし、王国の介入がある方が被害の少なくなる方法を、どうにか考えるよ」
ここまでは従来の王国の方針と、スペリオンの個人的な方針を語っただけだ。
ベルン男爵領への〝頼み事〟は、これからだろう。
「そこで本題だが……実のところ、君らにしてもらう事は変わらない。アムリアの身柄の保護、これだよ。ベルンでは北の魔王軍の存在が問題になっているだろうが、彼女を王都に置いておくよりは、ドラン達の傍にいさせた方が良いと判断した。無論、最高戦力であるアークウィッチ・メルルを常にアムリアの傍に置いておけるのなら、王都でも安全を確保出来る。しかし、今回は流石に彼女を動かす事態になるだろうから、そうもいかないのだ」
「アークウィッチを動かしますか。彼女はどこにいるかだけでも戦略を左右する規模の実力者ですから、大公も皇女も細心の注意を払って所在を確認しているでしょうね。ふーむ、アムリアの身柄の保護ですか。それは問題ありません。不届き者には指一本触れさせない警護態勢を整えます。しかし……アムリア、帝国の民草を気に掛けるのは良いが……」
「ドランさんの仰りたい事は分かります。私は帝国の方々を気に掛けるほどの知識もなければ、彼らと触れ合った経験もありません。ただ伝聞で知った事から勝手にそう思って、無力なままにスペリオン様にお願いしているのですから」
「多少卑下がすぎるが、やはり君はただ大人しく深窓のご令嬢をしているだけの女性ではなさそうだ。ただベルンの地で穏やかに過ごすだけでは、気が済まないだろうな。アムリア、君はまだ殿下達に言っていない秘密があるのではないかな? これは私の経験則だが、君のような人間は、こういう時にまず考える事が一つある」
前世での経験則だが……とまでは、ドランは口にしなかった。
この発言を受けて、スペリオンとフラウはあくまで穏やかな眼差しでアムリアを見た。
幽閉生活の影響と生来の性格から、気の弱さが抜けきらないアムリアは、慣れた相手であっても、強く見つめられるとどうしても萎縮してしまう。スペリオン達はそれをよく知っていた。
なお、八千代と風香はクッキーを片付け終えて、ゴマ入りドーナツに手を伸ばしてモグモグしている。王都で贅沢な暮らしを覚えたからか、どうにも愛玩動物化が進行している。
「アムリア、遠慮せずに言ってごらん。それ次第で私も対応を考える。まずは君の友達として、そしてベルン男爵領の補佐官として、それからアークレスト王国の臣下として。優先順位をちょっと変えてね」
それを私達の前で言ってくれるなよ――と、スペリオンとフラウはドランの正直な告白に苦笑を浮かべる。
臣下が主人への忠誠以外に優先するものがあると平然と口にしているのだが、ドラン相手だととりたてて問題視する気になれないのだから困ったものだ。
これは、ドランが絶妙にスペリオンの許容範囲の限度を見極めているからこそ許される話術だ。
スペリオンの苦笑に気付く余裕もないアムリアは、僅かな間を置いてから口を開いた。
「私は……私は、直にこの目で確かめたい。ロマル帝国の人々がどう苦しんでいるのか、何を思っているのか、どう生きているのか、そして、どんな未来を望んでいるのか、本当はそれを直接確かめたいのです!」
ドランが納得の表情を浮かべるのに対して、スペリオンとフラウは揃って本気で焦った様子で、アムリアに問いかける。
「アムリア、そんな事を――いや、君らしい考えではある。だが、それは君の身を危険にさらすと分かって口にしているのか?」
「はい。スペリオン様達が私の身の安全を考えて、このベルンに連れて来てくださったのに、私は皆様のお心遣いを無下にしてしまう願いを抱いていたのです。その自覚はあったので、ドランさんにご指摘されるまで、言わないでおこうと考えていたのですけれど……」
アムリアの心中を読み切れなかった事実に、スペリオンが額に手をやって後悔する。その一方で、ドランは殿下はアムリアの事になると感情を御しきれない時があるな、と冷静に観察していた。
「ふむ、私がアムリアの心の鍵を開いたわけだな。これを藪蛇というのかな? だが予想通り、アムリアは直に帝国の人々の現状を知りたいと願っていたか。自分自身を何も知らないとか現実を見た事がないとか……自分の欠点を改善しようと考えるのは自然な展開だろうさ。さて、アムリア、私は君の考えに賛成だ。君が本当に望んでいる事をする為に、必要だと思う行動をするといい」
「ドランさん!」
ぱああっとアムリアが明るい表情になるのと引き換えに、スペリオンとフラウ、さらに背後のシャルドとラディアの表情が曇る。
八千代と風香も流石にここは表情を引き締めて、成り行きを見守る構えだ。ただし口元には、ドーナツの食べカスがついている。
「もちろん、殿下達のご懸念は当然のものです。アムリアをあえて帝国に入れるというのならば、アークウィッチ級の力があるか、十二翼将複数名を同時に相手に出来る力量の主が必要でしょう」
ドランの指摘に、スペリオンが頷く。
「ああ。過剰かもしれないが、それくらいの用意をしなければ、彼女を危険な敵地に連れ出す事は認められない。ドランとドラミナ殿達が揃ってアムリアの護衛につくと言うのなら、一考の余地はあるかもしれないが、北の脅威がある現状で、君がベルンを離れるわけにはいくまい?」
「あちら側も暗黒の荒野の西にある大国との戦いが一段落したら、こちらへ攻め込む為の準備を始める、といったところです。長ければ数ヵ月の猶予がありますが、こちらも相応の準備をする必要があるので、私は動けません。ですので……私と同等の力を持つ用心棒を用意しましょう。その者が殿下のお眼鏡に適えば幸いです」
「君と同等の実力者? そんな強者がいるのかい?」
スペリオンの疑問はこの場にいたドラン以外の全員に共通するものだった。
ドランと同等となると他の始原の七竜になるが、いくら彼の頼みでも、見知らぬアムリアの護衛を引き受けるだろうかと、ベルンの女性陣は疑問符を浮かべている。
「とは言いましたものの、その用心棒もまた私なのです」
ベルンから離れないと言いつつ、アムリアにつける用心棒は自分だと告げた奇妙な内容に、皆が首を傾げる中、執務室の奥にある書斎に繋がる扉が開いて、大柄な男性が足を踏み入れてきた。
体の線を隠すフード付きの白いローブという簡素な服装だが、ローブの裾からは白い鱗に包まれた尻尾が伸びている。露わになっている白い髪の合間からは白い角が長々と伸び、縦に裂かれたような瞳孔の青い瞳が目を引く。
触れる事すらはばかられる神秘的な雰囲気を纏う、人間寄りのドラゴニアンの男性だ。
カラヴィスタワーの探索の為に、以前作り出した分身のドライガンが人間の体格をした竜だったのに対し、こちらは角や尻尾など竜の特徴を持った人間の見た目をしている。
古神竜ドラゴン時代にドランがドラゴニアンへ変化した際の姿を模したものだが、この場でそれを知るのは、当のドランのみだった。
「私がたった今作った分身です。ロマルに入るのなら、人間としての姿とこのように亜人としての姿を使い分けられる分身の方がいろいろと便利でしょう。それにこの分身なら、アークレスト王国のベルンと関係があると知られずに済みます。名前は、そうですね……グヴェンダンとしておきましょう」
そう告げる本体に追従して、グヴェンダンと名付けられた分身は柔和に笑い、スペリオン達に頭を下げた。
とはいえ、グヴェンダンを護衛にアムリアをロマル帝国に連れて行く話は、当然ながら紛糾した。
そもそもアムリアを連れて行く事を王国が認めるのか、また、護衛がグヴェンダンと八千代、風香の三名で本当に足りるのかどうかといった問題がある。
一時的な保護者となっているスペリオンらアークレスト王家と、アムリア、八千代、風香達は、今回のロマル帝国行きの是非を論議している。
一方、セリナやドラミナらといったベルン男爵領の面々は、ロマル行きが許される前提の上で、グヴェンダンと共に護衛に赴く者の選出で大絶賛議論中だ。
スペリオン達が書斎で話し合いを進める中、執務室に残った者達もそれぞれに意見を交換していた。
アムリアとグヴェンダンのロマル帝国行きに強く同行を希望しているのはセリナで、控えめに希望しているのがディアドラとドラミナ。
クリスティーナも前回ロマル帝国に行けなかったので、今回こそはと思うところを、領主としての立場から自粛し、情勢を見守っている。
審判役を務めるドランはと言えば、即興で作りだしたグヴェンダンと肩を並べ、腕を組んだ同じ体勢で女性陣の意見に耳を傾ける。
本体であるドランがベルンに残る以上は、セリナ達がグヴェンダンに同行する事にあまり熱意を燃やさない可能性もあった。しかし、今回は見知ったアムリアが危険な場所に赴くのが気掛かりでならないという動機から、護衛を希望しているようだ。
ドランの分身であるグヴェンダンが同行する以上は、戦力的に不安な要素は欠片も存在しないが、それはそれである。
また、グヴェンダン――ひいてはドランが、全力を発揮出来ない状況にあるという僅かな不安要素も存在している。
「前回、ドランさんと一緒にロマル帝国に行きましたし、変身魔法で人間さんに化けられる私が適切だと思います。それに、少しだけですけれど、帝国の中も見て回りましたもの」
ふんふん、と少し鼻息荒く意見を口にするセリナに、ドランは考える素振りを見せる。
アムリアをロマル帝国に連れて行くにあたって、八千代と風香は必ず付いていくものとして、そこにグヴェンダンを含めれば、この時点で最低四人の団体となる。
ライノスアート大公とアステリア皇女になるべく見つからないように行動するべきと考えるのならば、なるべく増員しない方がよいが……。
「南の異種族達の地域に足を運ぶかまでは決まっていないが、万が一変身魔法が解けた時の事を考えると、セリナはいささか厳しいな」
申し訳なさを含むドランの言葉に、セリナは〝そんなぁ……〟と、分かりやすくしょげた。セリナと同じく同行を希望していたドラミナも、ドランの危惧を察して同行を諦めたようだ。
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