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23巻
23-2
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そうして綺麗に掃除されたガロアに立ち寄った王太子らは、総督府の役人達総出で出迎えられた。
市街の目抜き通りの両脇には、将来の自分達の国王の姿を一目見ようと、多くのガロア市民達がずらりと並んでいる。
ベルンへと向かう人々など、去年よりも外部から流入する人間が増加し、ガロアの人口密度は増えていた。そこに王子と王女の来訪という一大行事に引き寄せられた人々が加わり、大変な混雑が生じていた。
物珍しさに集まった人々の中には、ドランとクリスティーナの母校――ガロア魔法学院の現役の生徒達も相当数が含まれている。意外な事に、王太子には一片の興味も抱きそうにないレニーアも見物に来ている。
神造魔獣の魂を持つ彼女の気性からして、人混みの中に紛れるなど、火薬と油をたっぷり撒いた上に松明を持っていくようなもので、いつ爆発するか分からない。
本人も彼女と親しい周囲も、それはよく理解していたから、事前に通りに面した喫茶店の二階の個室を貸し切り、その部屋から王太子一行の様子を眺めている。
部屋の中には、レニーアの数少ない友人であるイリナの姿がある。二人は魔法学院の生徒達からはいつも一緒にいると認識されていた。
紙に包まれた軽食を手に、固い表情で眼下の行進を眺めるレニーアとは対照的に、イリナは王太子の姿におお、と感嘆の吐息を零している。
「レニーアちゃん、レニーアちゃん」
親愛なるイリナの呼び掛けに、レニーアは口の中のお肉を呑み込んでから言葉を返す。
口に物を入れたまま話してはならないと、人間に生まれ変わってから施された教育をきちんと守っているのだ。
「なんだ、イリナ? もう王太子達を眺めるのに飽きたか?」
「そういうわけではないのだけれど……あのね、レニーアちゃんが王太子殿下の御一行を見物するって言って、本当にそうしたのが、ちょっと不思議だなって思って。何か理由があるのでしょう? それが気になったの」
この場にネルネシアやファティマといった他の友人達がいれば、この疑問に同意を示しただろう。
「そんな事か。いや、私の普段の態度を考えれば、その疑問は当然だが、別に王太子兄妹に興味があるわけではない。あの一行の中に特別な関心のある相手がいるわけではないのだ。ただあの一行の素性というか、彼らが持つ因縁の方が少々気になっている。それがベルンの地に多少なり騒動を持ち込む可能性があるのだ。知らない方が、お前の胃と神経の為になるだろうがな」
それを聞いて、イリナは即座に深い事情を問うのを諦めた。
レニーアが常人離れした感性と価値観に基づいて、知らない方がいいと言うのだから、凡人であるイリナがそれを知れば、良くて卒倒、悪ければ吐血だろう。
実に賢明かつ迅速な判断だったが、これが出来るようになるまでレニーアに振り回されてきたその苦労は想像するに余りある。
それでも、イリナは好きでレニーアと一緒にいるのだから、不幸どころか幸福なので、問題はない。
「ベルンかあ……そうなると、ドランさんやクリスティーナ先輩に累が及ぶものね。レニーアちゃんが気に掛けるのも納得だよ。危ない事にならないといいけれど……」
「ドランさんがおられる以上、万が一もあり得ぬ。しかしあのお人柄だ、罪のない領民に怪我人の一人でも出たら負けだと考えて気を揉んでいらっしゃる可能性はある。あのお方に余計な心労を抱かせるような因縁が傍らを通り過ぎるのを、何もせずに見送るのは業腹だが、せめてこの目で確かめてやろうと思い立ったまで。あれらへの対処はドランさんがなされるであろうから、私が余計なちょっかいを掛けてはならぬと、必死に自分に言い聞かせている。それでなんとかこの場に留まっていられるのだ」
「そっか、たとえ善意からでも、レニーアちゃんが今何かしちゃったら、ドランさん達の予定とか計画が崩れちゃう可能性があるものね」
「そうだ、イリナ、その調子で私があの一行に関わる事で生じるドランさん達の不利益を述べ続けろ。お前からも言い聞かされれば、私自身を戒める理屈の鎖は数を増し、私の愚挙を止める重りとなる」
レニーアは切々と語る。どうやら冷静に見えているのは顔だけで、その心の中ではかなりの葛藤が繰り広げられているらしいと、イリナは察した。
そして希望通り、思いつく限りのレニーアが介入してはならない理由を列挙し続けるのだった。
さて、レニーアがスペリオン達に注目したのは、彼女の超越者としての超感覚から半ば未来予知に近い形でドラン達に絡みつく因縁を察知したからだ。
それに加えて、ここ数日の間、ガロアとベルン近辺で活発化した暗闘を明敏に感知した為でもある。これはロマル帝国の大公と皇女の二陣営から派遣された間諜と、アークレスト王国側の間諜との、決して表には出ない戦いの話だ。
しかし、自分が関わらずとも、ベルンの地には、黒薔薇の精ディアドラやリネットをはじめとした――レニーアの言うところの『見事な女達』がいる。
それにレニーアには、終焉竜の消滅で調和を欠いた世界を支えるという役割があった。
ドラン達高位の竜種や神々がその力を自由に使えない現状で、保険として力を温存した状態で地上に残っている。
不測の事態が生じた際に、ドランに代わって対処するという大役を任せられたレニーアは、常よりもはるかに慎重な思考を心掛けていた。
†
スペリオン一行のベルン男爵領到着が迫る中、レニーアが一定の信頼を寄せるディアドラ達は、最後の大掃除に勤しんでいた。
精霊石の採掘場やカラヴィスタワーへと続く道からも外れて、大小の岩石と赤茶けた土ばかりが続く一画。そこに、拘束と麻痺の魔法を付与された荒縄でぐるぐる巻きにされた人影がいくつも転がっていた。
その前には、メイド服姿のガンデウスが立っている。
スペリオン一行の到着という期限が訪れる直前に一斉掃除を行い、新しく発見した間諜達を一旦この場に集めたのだ。
猿轡を噛まされて舌を噛んで自害する事も出来ない間諜達を前に、ガンデウスは麗しい顔に氷の微笑を浮かべる。
「私のご主人様が統治するこのベルンの地に断りもなく踏み入り、ご主人様と領民の皆様の不利益となる行いを試みられた皆様。こうしてなんの成果も挙げられず、逃げる事も出来ず、自害する事も出来ず、為す術なく拘束されて、今、どんなお気持ちですか? ふふ、まだ統治を始めたばかりで、情報戦に関して他勢力に後れをとるやもと、ご主人様達は危惧なさっておられましたが……いざ蓋を開けてみれば、皆様程度の手合いばかり」
価値のないゴミへと向ける眼差しで間諜達を見ながら、ガンデウスは話し続ける。
「ああ、いえ、決して皆様を――というよりは皆様の背後におられる方々を侮っているわけではございませんよ。ええ、でも、どうか、この程度かと落胆してしまう私をお許しください。ご主人様のもとに引き取られてから初の実戦と、恥ずかしながら胸を高鳴らせておりましたのに……。ええ、ええ、刃を交わしてみれば、二合ともたぬ弱者ばかりとなれば、これはもう戦いではなく弱い者いじめでしかありません。……それでは戦働きを果たしましたなどと、どうして口に出来ましょうか」
当然ながら、猿轡を噛まされた間諜達は一言も言葉を発する事は出来なかったが、ガンデウスの宝石のような瞳に浮かぶ侮蔑と嘲笑の光は見間違えようがない。
生まれてから――あるいは起動してから――まだ一年と経っていない彼女が口にする言葉の数々に、誰も彼もが怒りで身を震わせている。
何人かは我を忘れて怒っているふりをして、どうにか隙を見出そうと演技をしているが、ガンデウスはそれすらも見抜き、その悪足掻きに愉悦を覚えていた。
そんな感情を心の内に押し込めて、ガンデウスは最も近いところに転がっている、遍歴騎士を装っていた中年男性に目を向けた。
装っていたとは言うものの、実際に何代も昔に没落した家の出であるのは事実で、家の再興の為に働く遍歴騎士は、各地で情報を探るには体の良い隠れ蓑だったろう。
ガンデウスはまだ心の折れていない様子に、実によいと心の中で舌なめずりする。
尖った靴のつま先で男の顎先をくいっと持ち上げて、相手が最大の屈辱を感じる角度を計算しながら、より一層挑発の色を濃くした眼差しを向ける。
「屈辱に燃えている瞳をしていますね。ですが今の貴方に何が出来ますか? 服の中はおろか体の中にまで小型のナイフや針を仕込んでいたのは見事なものでしたが、それらも全て没収済み。ご主人様特製のその縄に縛られている以上、精々が身じろぎ一つするのが限界。瞳に呪詛を乗せて私を呪う事すら出来ず、異能を有しているわけでもない。もはや貴方は私達に命と情報を握られ、任務を失敗した間諜失格の敗者なのです。自らの敗北と境遇を受け入れ、潔く自分の知る全ての情報を吐き出せば、今ならカラヴィスタワー内部での強制労働で済みますよ?」
せめて猿轡がされていなかったなら、遍歴騎士はガンデウスに唾を吐くか、あるいは白いレースガーターストッキングに包まれた足に噛みつくなりしていただろう。それほどに彼の瞳には怒りの炎が燃えている。
だが、現実にはうつ伏せに転がされた体勢で、首を横にずらすのもままならない。
どれだけ心の中で怒りの炎が燃えていても、目の前のメイドに指一本触れる事すら出来ない状況に、男の頭には今にも血管が切れそうな勢いで血が昇っている。
ただ屈辱に耐えるしかない遍歴騎士の様子に、ガンデウスはつい〝たまらない……〟と零しそうになり、慌ててその一言を呑みこんだ。
彼女自身、どうして誰かが屈辱に身悶える姿を見ると、体の芯から昂ぶり、喜んでしまうのかと不思議だった。しかしそれも、この愉悦を前にしては大して気にならなくなる。
「ふふふ、本当にみっともない姿。皆様、それなりに訓練を受け、それなりに経験を積んでおられたでしょうに、私のような、生まれて――」
嘲弄の言葉を重ねようとしたガンデウスだったが、いつの間にか背後から近付いて来ていた、妖美なる黒薔薇の精ディアドラに声をかけられて、口を閉ざした。
「こら、ガンデウス。あなたっていう娘は、また意地の悪い真似をしていたのね?」
呆れた色を隠さぬディアドラの背後には、愛用のメイスを肩に担いだリネットと、身の丈を上回る大剣を背負ったキルリンネが続いている。
キルリンネは、〝ガンちゃんはいつも通りだー〟と、のほほんとした顔だが、リネットは遺憾の極みだと全身で主張している。
何しろガンデウスとキルリンネを教育したのは、他ならぬリネットであるからだ。
「ああ、お母様、申し訳ございません。はしたないところをお見せしてしまって」
そう口にするガンデウスは、どうやら口だけで謝っているわけではなく、本気で恥ずかしがっているようで、ディアドラの顔を正面から見られずに視線を伏せている。
かねてからリネットは、ディアドラを暗に母親として見ていたが、ガンデウスとキルリンネもその影響を受けたらしい。
同じようにディアドラを自分達の母として敬い、接していた。
しかも、リネットがまだディアドラを面と向かって母と呼んでいないのに対して、ガンデウスとキルリンネは堂々と母と呼ぶほどである。
「罪のない弱者とか、戦意のない相手を必要以上に嬲っているわけではないからまだいいけれど、それでも捕虜を不必要な場面で精神的に痛めつけるのは感心しないわよ。ま、そこに転がっている連中に同情も憐憫も一欠片も感じないのは、私も同じだけれど」
ディアドラに窘められ、ガンデウスが反省の色を見せる。
「多少、仕事に私情を挟んでしまいました」
「貴方達がドランやクリスティーナの為に明確な功績を挙げて褒めてもらいたがっているのも分かっているわ。気持ちも理解出来るしね。でも最後よ。彼らはこのまま後でガロアに輸送する手筈になっているから、まとめて運ぶわよ。そこから先は、もう私達の知った話ではないわ。いいわね?」
基本的にディアドラには絶対服従のガンデウスは、先程までの冷笑を消し去り、従順なメイドの顔となり、素直に従う。
だが、心まではすぐに素直になれなかったのか、ついこんな事を口にしていた。
「はい、お母様の仰る通りにいたします。ああ、それでもやはりご主人様達にもっと誇らしい勲をお見せしたかった。次の機会はいつ訪れるでしょうか。いえ、ただ待っているだけではいけませんね。それは怠惰というもの。むしろ私達自身が機会を作り出せるよう努力しなければ」
「あのね、ガンデウス……。そこまでドランやクリスティーナの役に立とうとする献身さは褒めてあげるけれど、自分で機会を作り出すなんて、危うい言葉を口にするのは自重なさいな。ドラン達に褒めてもらう為にあえて修羅場を作ったとしても、そんな危険な真似をした事を叱られるだけで、褒められたりはしないわよ? 私もドランもクリスティーナも、貴方達が怪我をしないで無事に日々を過ごせる事の方が嬉しいの。いい?」
嘘偽りなく自分達を思ってくれているディアドラの言葉に、ガンデウスばかりでなく、リネットもキルリンネも、頬を緩ませる。母の愛情を感じて喜ばぬ子供はいないという事だろうか。
ただ残念ながら、この場合の子供は、少々特殊だった。
「お母様、ガンデウスはお母様の愛を感じて大変嬉しく思います。私はリネットお姉様とエドワルド教授達に見つけていただいて、本当に良かったと、心から思います。ところでお母様」
「何?」
「ご主人様とクリスティーナ様が私を叱ってくださるとの事ですが、具体的にはどのように叱ってくださるのでしょうか? お二人が悲しげなお顔をされるのは大変に心苦しいのですが、私に対して怒りの感情を向けて頭に拳骨を落としてくれたりだとか、お尻を叩いたりだとかしてくださるのでしょうか!? 想像するだけでも頬に血が上ってしまいますぅ!」
ガンデウスの口からは、願望が洪水となって次々と出てくる。
ディアドラは欲望の羅列を極力認識しないように努めながら、ディアドラは教育係であるリネットを見た。
リネットはまだまだ人生経験が少ないなりに、周囲に協力を仰ぎつつ、まっとうな教育を施していたはずだ。
それがどうしてこんな事に――と、視線に込めれば、当のリネットは両手で顔を覆いながら天を仰いでいた。
どうやら彼女にもガンデウスが何故こうなってしまったのかさっぱり分からないらしい。
「貴方って、男でも女でもいいのね」
と、ディアドラは赤い唇から大きめの溜息を零した。
「殿方はご主人様だけ、女性はクリスティーナ様、セリナ様、ドラミナ様、お母様、リネットお姉様だけが対象です! いくらお母様とはいえ、誰でもよいと思われるのは心外です!」
「あ、そう」
それ以外、ディアドラに何が言えただろう。いや、リネット共々、まさか自分もガンデウスの守備範囲に入っていたのかと、ますます気持ちを落ち込ませはしたが。
かくして――ベルン遊撃騎士団に所属するメイドの言動により、一部の人材に甚大な精神的外傷を負わせつつ――他国からの間諜を一掃する大掃除は、ひとまず終わりを迎えた。
もちろんそれは、ロマル帝国とアークレスト王国の命運を大きく左右する、大いなる流れの始まりに含まれる些事にすぎなかった。
そしてこの後、スペリオンら一行を迎えたドランの提案によって、時代の流れはさらに激しく加速していく事になるのだった。
†
ベルン男爵領とガロア領の境目でスペリオン王太子一行を出迎えたのは、領主であるクリスティーナをはじめとする男爵領の重鎮達だった。
当然ながら補佐官と家宰、遊撃騎士団団長など諸々の重職を兼任しているドランの他、ベルン騎士団団長バランも顔を連ねている。
普段はベルンを目指す通行人の激流と化す街道だが、この時ばかりはガロアとベルンから派遣された兵士達が街道の両脇に立ち、通行人達の行き来を厳しく制限している。
アークレスト王国で国王の次に尊重される王太子と『可憐なる王国の花』と謳われるフラウ王女の姿を一目見ようと、兵士に制止されながらも通行人達は首を伸ばしている。
以前、この地域では国家を挙げての開拓計画があったとはいえ、それは何十年も前の話だ。
そんな最北の辺境の地に、わざわざ王太子と王女が訪れる。
その現実は、新米領主を迎えて開拓を再開したベルンの地の現在進行形の発展が確かなものであると、居合わせた人々に印象付けるには充分すぎただろう。
もっとも、発展が著しすぎるベルン男爵領を危険視して、釘を刺しに来たのだろうと邪推する者も少なからず存在したのは否定出来ないが。
そして、こうした考えはまったく的外れというわけでもない。
スペリオン本人の心情はどうあれ、王家の人間という立場上、独立や反乱に繋がる動きは警戒しなければならないのだ。
王家に反旗を翻すつもりなど髪の毛一本分もないドランやクリスティーナからすれば、困った話でしかないけれど。
だが、そんな思惑を誰が有していようとも、変わらない事実がある。
かつて荒れ果てた土と砂と岩、それに容赦なく襲い来る魔獣や魔虫を相手に奮闘し、開拓の歴史を重ねてきたベルン村にとって、王太子一行の来訪が空前絶後の大行事である事だ。
ベルン側の参加者達は、皆自分達がこの上なく名誉な場面に立ち会っていると自覚し、目を宝石のように輝かせ、夢見る少年少女のように頬を赤くしている。
今の彼・彼女らは、幼い頃に聞かされた華やかな騎士や冒険者のお話と同じ立場にあるのだ。決して主役というわけではないが、登場人物の一人であるのは確かだ。胸を弾ませるのも当然だろう。
そんな大人達の様子に、ドランとクリスティーナなどは、心の中では密かに微笑んだ。
それからベルン騎士達の先導によって王太子一行は移動を再開した。
街道を飾るドラン謹製の生きた石像達の精悍さや迫力に感嘆しながら、一行はついにベルンの地へと足を踏み入れたのである。
スペリオン一行がベルン村へと着くと、元からの住人達、後に移住してきた者達もほとんど総出で、クリスティーナ達の屋敷に続く道や南門へと集った。
彼らはまさに熱狂と呼ぶに相応しい熱意で王太子らを迎えている。
この視察の裏にある思惑など知らぬ住人達の無邪気とも言える歓待には、密かに緊張の糸を張っていたスペリオンとフラウも随分と慰められた。
スペリオンらの視察の期間は一週間の予定で、ベルン村内部の商業区画や研究区画、エンテの森やモレス山脈の各種族の使節とも顔を合わせる予定となっている。
ただし、旅の疲れを考慮して、初日はクリスティーナの屋敷に着いた後に警備態勢の再確認をして、スペリオンとフラウの体を休める事が最優先される。
夕食会に提供されたのは、以前レニーア達が合宿に来た際に試食が行われた、ベルン男爵領の独自色を前面に押し出した――一部癖の強い――料理。そして最後にはドラン監修のもと、来賓用に予算を度外視かつ徹底して快適さを追求したお風呂が一行をもてなした。
こうして、初日に歓待は終わりを迎えた。
しかしこの後こそが、スペリオン達が視察を名目にベルン村を訪れた真の目的について、話を進める時間である。
クリスティーナの執務室に通されたのは、スペリオン、フラウ、アムリア、八千代、風香、シャルド、ラディアの七名。
ベルン側からはいつもの通りクリスティーナ、ドラン、セリナ、ディアドラ、ドラミナのアムリアの事を知っている五名。加えて、給仕としてリネット、ガンデウス、キルリンネの三名が顔を揃えている。
執務室の外はもちろん、屋敷の内外にベルン・王太子一行双方の護衛達が控え、いかなる侵入者も見逃さないように目を光らせている。
状況を考えれば、他者に一切情報を漏らしてはならない類の密会なのだが、八千代と風香はいつも通りの平常運転の満面の笑みで、入室するなりこう言った。
市街の目抜き通りの両脇には、将来の自分達の国王の姿を一目見ようと、多くのガロア市民達がずらりと並んでいる。
ベルンへと向かう人々など、去年よりも外部から流入する人間が増加し、ガロアの人口密度は増えていた。そこに王子と王女の来訪という一大行事に引き寄せられた人々が加わり、大変な混雑が生じていた。
物珍しさに集まった人々の中には、ドランとクリスティーナの母校――ガロア魔法学院の現役の生徒達も相当数が含まれている。意外な事に、王太子には一片の興味も抱きそうにないレニーアも見物に来ている。
神造魔獣の魂を持つ彼女の気性からして、人混みの中に紛れるなど、火薬と油をたっぷり撒いた上に松明を持っていくようなもので、いつ爆発するか分からない。
本人も彼女と親しい周囲も、それはよく理解していたから、事前に通りに面した喫茶店の二階の個室を貸し切り、その部屋から王太子一行の様子を眺めている。
部屋の中には、レニーアの数少ない友人であるイリナの姿がある。二人は魔法学院の生徒達からはいつも一緒にいると認識されていた。
紙に包まれた軽食を手に、固い表情で眼下の行進を眺めるレニーアとは対照的に、イリナは王太子の姿におお、と感嘆の吐息を零している。
「レニーアちゃん、レニーアちゃん」
親愛なるイリナの呼び掛けに、レニーアは口の中のお肉を呑み込んでから言葉を返す。
口に物を入れたまま話してはならないと、人間に生まれ変わってから施された教育をきちんと守っているのだ。
「なんだ、イリナ? もう王太子達を眺めるのに飽きたか?」
「そういうわけではないのだけれど……あのね、レニーアちゃんが王太子殿下の御一行を見物するって言って、本当にそうしたのが、ちょっと不思議だなって思って。何か理由があるのでしょう? それが気になったの」
この場にネルネシアやファティマといった他の友人達がいれば、この疑問に同意を示しただろう。
「そんな事か。いや、私の普段の態度を考えれば、その疑問は当然だが、別に王太子兄妹に興味があるわけではない。あの一行の中に特別な関心のある相手がいるわけではないのだ。ただあの一行の素性というか、彼らが持つ因縁の方が少々気になっている。それがベルンの地に多少なり騒動を持ち込む可能性があるのだ。知らない方が、お前の胃と神経の為になるだろうがな」
それを聞いて、イリナは即座に深い事情を問うのを諦めた。
レニーアが常人離れした感性と価値観に基づいて、知らない方がいいと言うのだから、凡人であるイリナがそれを知れば、良くて卒倒、悪ければ吐血だろう。
実に賢明かつ迅速な判断だったが、これが出来るようになるまでレニーアに振り回されてきたその苦労は想像するに余りある。
それでも、イリナは好きでレニーアと一緒にいるのだから、不幸どころか幸福なので、問題はない。
「ベルンかあ……そうなると、ドランさんやクリスティーナ先輩に累が及ぶものね。レニーアちゃんが気に掛けるのも納得だよ。危ない事にならないといいけれど……」
「ドランさんがおられる以上、万が一もあり得ぬ。しかしあのお人柄だ、罪のない領民に怪我人の一人でも出たら負けだと考えて気を揉んでいらっしゃる可能性はある。あのお方に余計な心労を抱かせるような因縁が傍らを通り過ぎるのを、何もせずに見送るのは業腹だが、せめてこの目で確かめてやろうと思い立ったまで。あれらへの対処はドランさんがなされるであろうから、私が余計なちょっかいを掛けてはならぬと、必死に自分に言い聞かせている。それでなんとかこの場に留まっていられるのだ」
「そっか、たとえ善意からでも、レニーアちゃんが今何かしちゃったら、ドランさん達の予定とか計画が崩れちゃう可能性があるものね」
「そうだ、イリナ、その調子で私があの一行に関わる事で生じるドランさん達の不利益を述べ続けろ。お前からも言い聞かされれば、私自身を戒める理屈の鎖は数を増し、私の愚挙を止める重りとなる」
レニーアは切々と語る。どうやら冷静に見えているのは顔だけで、その心の中ではかなりの葛藤が繰り広げられているらしいと、イリナは察した。
そして希望通り、思いつく限りのレニーアが介入してはならない理由を列挙し続けるのだった。
さて、レニーアがスペリオン達に注目したのは、彼女の超越者としての超感覚から半ば未来予知に近い形でドラン達に絡みつく因縁を察知したからだ。
それに加えて、ここ数日の間、ガロアとベルン近辺で活発化した暗闘を明敏に感知した為でもある。これはロマル帝国の大公と皇女の二陣営から派遣された間諜と、アークレスト王国側の間諜との、決して表には出ない戦いの話だ。
しかし、自分が関わらずとも、ベルンの地には、黒薔薇の精ディアドラやリネットをはじめとした――レニーアの言うところの『見事な女達』がいる。
それにレニーアには、終焉竜の消滅で調和を欠いた世界を支えるという役割があった。
ドラン達高位の竜種や神々がその力を自由に使えない現状で、保険として力を温存した状態で地上に残っている。
不測の事態が生じた際に、ドランに代わって対処するという大役を任せられたレニーアは、常よりもはるかに慎重な思考を心掛けていた。
†
スペリオン一行のベルン男爵領到着が迫る中、レニーアが一定の信頼を寄せるディアドラ達は、最後の大掃除に勤しんでいた。
精霊石の採掘場やカラヴィスタワーへと続く道からも外れて、大小の岩石と赤茶けた土ばかりが続く一画。そこに、拘束と麻痺の魔法を付与された荒縄でぐるぐる巻きにされた人影がいくつも転がっていた。
その前には、メイド服姿のガンデウスが立っている。
スペリオン一行の到着という期限が訪れる直前に一斉掃除を行い、新しく発見した間諜達を一旦この場に集めたのだ。
猿轡を噛まされて舌を噛んで自害する事も出来ない間諜達を前に、ガンデウスは麗しい顔に氷の微笑を浮かべる。
「私のご主人様が統治するこのベルンの地に断りもなく踏み入り、ご主人様と領民の皆様の不利益となる行いを試みられた皆様。こうしてなんの成果も挙げられず、逃げる事も出来ず、自害する事も出来ず、為す術なく拘束されて、今、どんなお気持ちですか? ふふ、まだ統治を始めたばかりで、情報戦に関して他勢力に後れをとるやもと、ご主人様達は危惧なさっておられましたが……いざ蓋を開けてみれば、皆様程度の手合いばかり」
価値のないゴミへと向ける眼差しで間諜達を見ながら、ガンデウスは話し続ける。
「ああ、いえ、決して皆様を――というよりは皆様の背後におられる方々を侮っているわけではございませんよ。ええ、でも、どうか、この程度かと落胆してしまう私をお許しください。ご主人様のもとに引き取られてから初の実戦と、恥ずかしながら胸を高鳴らせておりましたのに……。ええ、ええ、刃を交わしてみれば、二合ともたぬ弱者ばかりとなれば、これはもう戦いではなく弱い者いじめでしかありません。……それでは戦働きを果たしましたなどと、どうして口に出来ましょうか」
当然ながら、猿轡を噛まされた間諜達は一言も言葉を発する事は出来なかったが、ガンデウスの宝石のような瞳に浮かぶ侮蔑と嘲笑の光は見間違えようがない。
生まれてから――あるいは起動してから――まだ一年と経っていない彼女が口にする言葉の数々に、誰も彼もが怒りで身を震わせている。
何人かは我を忘れて怒っているふりをして、どうにか隙を見出そうと演技をしているが、ガンデウスはそれすらも見抜き、その悪足掻きに愉悦を覚えていた。
そんな感情を心の内に押し込めて、ガンデウスは最も近いところに転がっている、遍歴騎士を装っていた中年男性に目を向けた。
装っていたとは言うものの、実際に何代も昔に没落した家の出であるのは事実で、家の再興の為に働く遍歴騎士は、各地で情報を探るには体の良い隠れ蓑だったろう。
ガンデウスはまだ心の折れていない様子に、実によいと心の中で舌なめずりする。
尖った靴のつま先で男の顎先をくいっと持ち上げて、相手が最大の屈辱を感じる角度を計算しながら、より一層挑発の色を濃くした眼差しを向ける。
「屈辱に燃えている瞳をしていますね。ですが今の貴方に何が出来ますか? 服の中はおろか体の中にまで小型のナイフや針を仕込んでいたのは見事なものでしたが、それらも全て没収済み。ご主人様特製のその縄に縛られている以上、精々が身じろぎ一つするのが限界。瞳に呪詛を乗せて私を呪う事すら出来ず、異能を有しているわけでもない。もはや貴方は私達に命と情報を握られ、任務を失敗した間諜失格の敗者なのです。自らの敗北と境遇を受け入れ、潔く自分の知る全ての情報を吐き出せば、今ならカラヴィスタワー内部での強制労働で済みますよ?」
せめて猿轡がされていなかったなら、遍歴騎士はガンデウスに唾を吐くか、あるいは白いレースガーターストッキングに包まれた足に噛みつくなりしていただろう。それほどに彼の瞳には怒りの炎が燃えている。
だが、現実にはうつ伏せに転がされた体勢で、首を横にずらすのもままならない。
どれだけ心の中で怒りの炎が燃えていても、目の前のメイドに指一本触れる事すら出来ない状況に、男の頭には今にも血管が切れそうな勢いで血が昇っている。
ただ屈辱に耐えるしかない遍歴騎士の様子に、ガンデウスはつい〝たまらない……〟と零しそうになり、慌ててその一言を呑みこんだ。
彼女自身、どうして誰かが屈辱に身悶える姿を見ると、体の芯から昂ぶり、喜んでしまうのかと不思議だった。しかしそれも、この愉悦を前にしては大して気にならなくなる。
「ふふふ、本当にみっともない姿。皆様、それなりに訓練を受け、それなりに経験を積んでおられたでしょうに、私のような、生まれて――」
嘲弄の言葉を重ねようとしたガンデウスだったが、いつの間にか背後から近付いて来ていた、妖美なる黒薔薇の精ディアドラに声をかけられて、口を閉ざした。
「こら、ガンデウス。あなたっていう娘は、また意地の悪い真似をしていたのね?」
呆れた色を隠さぬディアドラの背後には、愛用のメイスを肩に担いだリネットと、身の丈を上回る大剣を背負ったキルリンネが続いている。
キルリンネは、〝ガンちゃんはいつも通りだー〟と、のほほんとした顔だが、リネットは遺憾の極みだと全身で主張している。
何しろガンデウスとキルリンネを教育したのは、他ならぬリネットであるからだ。
「ああ、お母様、申し訳ございません。はしたないところをお見せしてしまって」
そう口にするガンデウスは、どうやら口だけで謝っているわけではなく、本気で恥ずかしがっているようで、ディアドラの顔を正面から見られずに視線を伏せている。
かねてからリネットは、ディアドラを暗に母親として見ていたが、ガンデウスとキルリンネもその影響を受けたらしい。
同じようにディアドラを自分達の母として敬い、接していた。
しかも、リネットがまだディアドラを面と向かって母と呼んでいないのに対して、ガンデウスとキルリンネは堂々と母と呼ぶほどである。
「罪のない弱者とか、戦意のない相手を必要以上に嬲っているわけではないからまだいいけれど、それでも捕虜を不必要な場面で精神的に痛めつけるのは感心しないわよ。ま、そこに転がっている連中に同情も憐憫も一欠片も感じないのは、私も同じだけれど」
ディアドラに窘められ、ガンデウスが反省の色を見せる。
「多少、仕事に私情を挟んでしまいました」
「貴方達がドランやクリスティーナの為に明確な功績を挙げて褒めてもらいたがっているのも分かっているわ。気持ちも理解出来るしね。でも最後よ。彼らはこのまま後でガロアに輸送する手筈になっているから、まとめて運ぶわよ。そこから先は、もう私達の知った話ではないわ。いいわね?」
基本的にディアドラには絶対服従のガンデウスは、先程までの冷笑を消し去り、従順なメイドの顔となり、素直に従う。
だが、心まではすぐに素直になれなかったのか、ついこんな事を口にしていた。
「はい、お母様の仰る通りにいたします。ああ、それでもやはりご主人様達にもっと誇らしい勲をお見せしたかった。次の機会はいつ訪れるでしょうか。いえ、ただ待っているだけではいけませんね。それは怠惰というもの。むしろ私達自身が機会を作り出せるよう努力しなければ」
「あのね、ガンデウス……。そこまでドランやクリスティーナの役に立とうとする献身さは褒めてあげるけれど、自分で機会を作り出すなんて、危うい言葉を口にするのは自重なさいな。ドラン達に褒めてもらう為にあえて修羅場を作ったとしても、そんな危険な真似をした事を叱られるだけで、褒められたりはしないわよ? 私もドランもクリスティーナも、貴方達が怪我をしないで無事に日々を過ごせる事の方が嬉しいの。いい?」
嘘偽りなく自分達を思ってくれているディアドラの言葉に、ガンデウスばかりでなく、リネットもキルリンネも、頬を緩ませる。母の愛情を感じて喜ばぬ子供はいないという事だろうか。
ただ残念ながら、この場合の子供は、少々特殊だった。
「お母様、ガンデウスはお母様の愛を感じて大変嬉しく思います。私はリネットお姉様とエドワルド教授達に見つけていただいて、本当に良かったと、心から思います。ところでお母様」
「何?」
「ご主人様とクリスティーナ様が私を叱ってくださるとの事ですが、具体的にはどのように叱ってくださるのでしょうか? お二人が悲しげなお顔をされるのは大変に心苦しいのですが、私に対して怒りの感情を向けて頭に拳骨を落としてくれたりだとか、お尻を叩いたりだとかしてくださるのでしょうか!? 想像するだけでも頬に血が上ってしまいますぅ!」
ガンデウスの口からは、願望が洪水となって次々と出てくる。
ディアドラは欲望の羅列を極力認識しないように努めながら、ディアドラは教育係であるリネットを見た。
リネットはまだまだ人生経験が少ないなりに、周囲に協力を仰ぎつつ、まっとうな教育を施していたはずだ。
それがどうしてこんな事に――と、視線に込めれば、当のリネットは両手で顔を覆いながら天を仰いでいた。
どうやら彼女にもガンデウスが何故こうなってしまったのかさっぱり分からないらしい。
「貴方って、男でも女でもいいのね」
と、ディアドラは赤い唇から大きめの溜息を零した。
「殿方はご主人様だけ、女性はクリスティーナ様、セリナ様、ドラミナ様、お母様、リネットお姉様だけが対象です! いくらお母様とはいえ、誰でもよいと思われるのは心外です!」
「あ、そう」
それ以外、ディアドラに何が言えただろう。いや、リネット共々、まさか自分もガンデウスの守備範囲に入っていたのかと、ますます気持ちを落ち込ませはしたが。
かくして――ベルン遊撃騎士団に所属するメイドの言動により、一部の人材に甚大な精神的外傷を負わせつつ――他国からの間諜を一掃する大掃除は、ひとまず終わりを迎えた。
もちろんそれは、ロマル帝国とアークレスト王国の命運を大きく左右する、大いなる流れの始まりに含まれる些事にすぎなかった。
そしてこの後、スペリオンら一行を迎えたドランの提案によって、時代の流れはさらに激しく加速していく事になるのだった。
†
ベルン男爵領とガロア領の境目でスペリオン王太子一行を出迎えたのは、領主であるクリスティーナをはじめとする男爵領の重鎮達だった。
当然ながら補佐官と家宰、遊撃騎士団団長など諸々の重職を兼任しているドランの他、ベルン騎士団団長バランも顔を連ねている。
普段はベルンを目指す通行人の激流と化す街道だが、この時ばかりはガロアとベルンから派遣された兵士達が街道の両脇に立ち、通行人達の行き来を厳しく制限している。
アークレスト王国で国王の次に尊重される王太子と『可憐なる王国の花』と謳われるフラウ王女の姿を一目見ようと、兵士に制止されながらも通行人達は首を伸ばしている。
以前、この地域では国家を挙げての開拓計画があったとはいえ、それは何十年も前の話だ。
そんな最北の辺境の地に、わざわざ王太子と王女が訪れる。
その現実は、新米領主を迎えて開拓を再開したベルンの地の現在進行形の発展が確かなものであると、居合わせた人々に印象付けるには充分すぎただろう。
もっとも、発展が著しすぎるベルン男爵領を危険視して、釘を刺しに来たのだろうと邪推する者も少なからず存在したのは否定出来ないが。
そして、こうした考えはまったく的外れというわけでもない。
スペリオン本人の心情はどうあれ、王家の人間という立場上、独立や反乱に繋がる動きは警戒しなければならないのだ。
王家に反旗を翻すつもりなど髪の毛一本分もないドランやクリスティーナからすれば、困った話でしかないけれど。
だが、そんな思惑を誰が有していようとも、変わらない事実がある。
かつて荒れ果てた土と砂と岩、それに容赦なく襲い来る魔獣や魔虫を相手に奮闘し、開拓の歴史を重ねてきたベルン村にとって、王太子一行の来訪が空前絶後の大行事である事だ。
ベルン側の参加者達は、皆自分達がこの上なく名誉な場面に立ち会っていると自覚し、目を宝石のように輝かせ、夢見る少年少女のように頬を赤くしている。
今の彼・彼女らは、幼い頃に聞かされた華やかな騎士や冒険者のお話と同じ立場にあるのだ。決して主役というわけではないが、登場人物の一人であるのは確かだ。胸を弾ませるのも当然だろう。
そんな大人達の様子に、ドランとクリスティーナなどは、心の中では密かに微笑んだ。
それからベルン騎士達の先導によって王太子一行は移動を再開した。
街道を飾るドラン謹製の生きた石像達の精悍さや迫力に感嘆しながら、一行はついにベルンの地へと足を踏み入れたのである。
スペリオン一行がベルン村へと着くと、元からの住人達、後に移住してきた者達もほとんど総出で、クリスティーナ達の屋敷に続く道や南門へと集った。
彼らはまさに熱狂と呼ぶに相応しい熱意で王太子らを迎えている。
この視察の裏にある思惑など知らぬ住人達の無邪気とも言える歓待には、密かに緊張の糸を張っていたスペリオンとフラウも随分と慰められた。
スペリオンらの視察の期間は一週間の予定で、ベルン村内部の商業区画や研究区画、エンテの森やモレス山脈の各種族の使節とも顔を合わせる予定となっている。
ただし、旅の疲れを考慮して、初日はクリスティーナの屋敷に着いた後に警備態勢の再確認をして、スペリオンとフラウの体を休める事が最優先される。
夕食会に提供されたのは、以前レニーア達が合宿に来た際に試食が行われた、ベルン男爵領の独自色を前面に押し出した――一部癖の強い――料理。そして最後にはドラン監修のもと、来賓用に予算を度外視かつ徹底して快適さを追求したお風呂が一行をもてなした。
こうして、初日に歓待は終わりを迎えた。
しかしこの後こそが、スペリオン達が視察を名目にベルン村を訪れた真の目的について、話を進める時間である。
クリスティーナの執務室に通されたのは、スペリオン、フラウ、アムリア、八千代、風香、シャルド、ラディアの七名。
ベルン側からはいつもの通りクリスティーナ、ドラン、セリナ、ディアドラ、ドラミナのアムリアの事を知っている五名。加えて、給仕としてリネット、ガンデウス、キルリンネの三名が顔を揃えている。
執務室の外はもちろん、屋敷の内外にベルン・王太子一行双方の護衛達が控え、いかなる侵入者も見逃さないように目を光らせている。
状況を考えれば、他者に一切情報を漏らしてはならない類の密会なのだが、八千代と風香はいつも通りの平常運転の満面の笑みで、入室するなりこう言った。
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