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23巻
23-1
しおりを挟む第一章―――― 加速する運命
アークレスト王国のスペリオン王太子一行の来訪に向けて、ベルン男爵領地では歓待の準備が進んでいた。
一方で、領主補佐官のドランには、古神竜ドラゴンとしてやるべき事があった。
世界を滅ぼす終焉竜との死力を尽くした戦いに勝利した代償として、現在、ドラゴンを含む始原の七竜全てが、力の調整が覚束ない状態に陥っている。
問題なのは、彼らが単体で全ての神々を相手にして勝利する力を持つ真の超越者達である点だ。
その超越者達が揃いも揃って力加減が出来ないとなると、彼ら以外の存在にとっては、いつ何時、回避不可能な災厄が降り注ぐか分かったものではない。
たとえば、七竜達が花を摘もうと指を伸ばしたら、うっかり花畑はおろか周辺の土地を丸ごと吹き飛ばすなど。こんな理不尽が、竜界や天界、魔界、さらには地上世界を含む全世界規模で発生しかねない。
これまでは七竜同士がお互いの抑止力となり、過剰な力の行使や想定外の余波を防ぐ壁となっていたが、現在はそれを期待出来ない非常事態になっている。
幸い、七竜全員が自分達の置かれた状況を危惧しており、むやみに力を行使するのを控えているが、未だ明確な解決手段が見つからずにいる。
一時的な対処法として、他の真の竜種達に枷を作らせ、力加減を間違えた時の保険を用意する算段が立てられた。
そうしてドランは分身体にベルンでの政務を任せ、本体は古神竜としての姿となって竜界に赴き、始原の七竜の兄妹達と再会していた。
「かねての約束通りと言うには、いささか空気が硬く感じられるが、何か不都合な出来事でもあったか?」
竜界に入ったドランは、顔を合わせたバハムートやアレキサンダーら兄妹の雰囲気の違いを敏感に察して、率直に問いかけた。
地上世界に常駐しているドランよりも、竜界で過ごす彼らの方がより深刻な情報を、より正確に得られるのは明白であった。
それに、知恵ではバハムートの方が、視る力ならばヨルムンガンドの方が、ドランよりも勝る。
ドランの問いかけにバハムートが答えた。黒い鱗に覆われたその顔は、竜種なりの苦渋が浮かんでいる。
「まずはよく来た、ドラン。かねてから話していた通り、お前を含めた我ら全員に枷を嵌める予定だったが、状況が我らの想定していなかったモノに変わったのだ。ヨルムンガンド――」
「ああ。ドラン、あちらを見るといい。状況がすぐに分かる」
「ふむ」
ヨルムンガンドに促され、その視線を追った先には原初の混沌が広がっている。その色彩蠢く雲のような外見が、いくらか薄いのにドランは気付いた。
始祖竜から引き継いだ最古の記憶の中にも存在していた光景と比較しても、やはり薄いと感じる。始祖竜以外の万物は原初の混沌から生じ、今もまた新しいナニカがそこから誕生しているが、この具合では誕生するものの数は減っているだろう。
「原初の混沌が薄い……。終焉竜が取り込んだ分が、減っているのか?」
ドランの呟きにヨルムンガンドが頷く。
「ああ。終焉竜を倒しても、奴が取り込んだ分の原初の混沌がすぐさま還元されなかったのだ。還元そのものは遅々とだが進んでいる。しかし、完全に元に戻るまでの間、原初の混沌が減少した影響によって何が起きつつあるのか、詳しく語るまでもないだろう」
「天界、魔界、竜界、さらに地上世界に留まらず、既知世界全ての調和が崩れるか……。私が魔界を丸ごと吹き飛ばさずにいる意味がなくなるな、コレは」
嘆息するドランだが、現在の状態が続いた時にもたらされる被害は甚大であり、事態が切迫しているのは間違いない。
原因は終焉竜にあるのだから、根源を同じくする始原の七竜が対処するのが筋であろう。
ドランはバハムートへと視線を転じる。
自分よりも先にこの状況を知った知恵者ならば、対処方法の一つくらいは考えているだろうという、強い信頼があった。
「竜種の犯した不始末は竜種が贖うべきであろう。加減の効かぬ今の我らが、世界を支える為に力を割けば、世界間の調和が取り戻されるまでの間くらいは現状を維持出来る」
「なるほど、それは私達くらいにしかやれそうにない役目だ」
切迫中の事態は既知世界全ての崩壊。その対処方法は、始原の七竜による原初の混沌の代役。
改めて整理してみて、ドランは実に分かりやすいと安堵した。
しかし、そうなると自分達の力が暴走しないように枷を嵌めるという話はどうなるのか……と、考えが移る。
「私達が全力を垂れ流しにしても差し障りはないのか? 原初の混沌の還元が済んだ段階で、私達からの力の供給を停止出来なければ、今度は私達が世界破滅の元凶となるが、そちらについての対策は?」
「我らの枷の用途を変更して対応する。我らが発する力を原初の混沌が目減りした場所に注ぎ込み、専用に組んだ術式によって、世界そのものを支える力場を発生させる。我らの力を燃料にして、世界を支える竜語魔法を発動させると思えばよい」
「ふむ、それならば暴走の危険性も限りなく無に近づけられるか……。ところで、竜界に留まる君達ならば問題はないと思うが、私の場合はどうしたものかな。地上の私の周りはまだ騒がしい。いくらか力を揮う必要が出てきそうな情勢だ。人間としての能力だけで戦うとなると……少し、困る」
ドランにとって、ここまで情けない気持ちになるのは、滅多にない事だった。
純粋な人間としての彼は、決して突出した才能を持っているわけではない。
古神竜の魂がなかったら、魔法使いになるのも不可能――それが、人間としてのドランの能力だ。
魂は古神竜のものであるから、魂や精神に作用する魔法、特殊能力に対しては、生まれ持った格の高さにより無敵の防御性能を発揮するが、特筆するべき点はそれだけである。
そんな地上世界で暮らすドランの都合については、当然、バハムートも考えていた。
これは、ドランにとって何よりの幸いだった。
「今回の件はすぐに対処するべきではあるものの、汝が地上世界で揮う力くらいは残しておいて構うまい。当然、それも暴走しないように抑えるべきであるが、汝が世界を支える為に供出する力の流れから、ほんの僅かな支流を作る形で対処する。ただ、竜界や天界とは比較にならないほど脆い地上世界の強度を考えれば、その支流に流し込む力は極めて微量にしなければなるまい」
「そうだな……。私がいなくても、私の恋人達――クリスとドラミナがいれば、大抵の相手は問題にならんし、星の海を越えてやってくる者達に対しては、龍吉やコンクエスター達三竜帝三龍皇が対処するだろうし……ふむ。それでも、ちょっと心配なので、龍吉と同程度くらいには力を揮えるようにしておきたいな」
「それくらいあれば、汝が人間としての寿命を終えるまで、とりあえず困りはしないだろう。また、我らも一刻も早く力の制御を取り戻すべく励むべきだ。元通りに制御出来るようになれば、世界を支えながらかつてのように力を揮うのも難しくはあるまい。特に力の制御にかけて、汝は我ら七竜の中で最も長けているのだからな」
「だな。しかし、ちょうどアークレスト王国の周りがキナ臭い時期にこんな事態になるとは、巡り合わせの悪さに文句の一つも言いたくなるものだ」
ドランは堪えきれずに嘆きの吐息を零す。
バハムートも同じ考えだったようで、まったくだ、と心からの同意の言葉を口にするのだった。
†
その力の大部分を、調和を失った世界の崩壊を防ぐ為に注ぎ、全力を出せない状態になったドランがベルンへ帰還した。
彼が村の主だった面々に状況を説明しているその間にも、王都を出立したスペリオン王子一行は、着実にベルンへ近づきつつあった。
彼らは飛行船による空の旅を楽しんだ後、ガロア近郊の港町ワーグレールで下船。以降は陸路を進んでいる。
王家の紋章が描かれた旗を掲げた騎士達が一行の先頭に立ち、中央からやや後方寄りの位置に、八頭立ての豪奢かつ巨大な馬車が配置されている。これが、スペリオン達が乗っている馬車だ。
騎乗した護衛騎士と徒歩の兵士達に身の回りの世話をする女官や使用人達を含めて、おおよそ百名の集団である。
王族による他領への視察――いわゆる行幸は、視察を受ける側としては大変な名誉だが、同時に、単純に喜べるものではなかった。
領地運営の不備を指摘される恐れもあるし、王族が領地にいる間に何かあった場合に負わねばならぬ責任も重い。
ベルン男爵領までの経由地である王家の直轄領――ガロア総督府にとっても、僅かな滞在時間とはいえ、かなりの重圧だった。
街道を進む馬車の中で、スペリオンはふと、ドラン達の事を考える。
「ドラン達なら私達が顔を見せた時に、本心ではなんと思うのだろうね。クリスティーナ男爵による統治が始まったばかりの時に面倒な、と思うか、それともようこそと歓迎してくれるのか」
豪奢な内装の馬車には、スペリオンの妹のフラウ王女や、故あってアークレスト王国が保護しているロマル帝国皇女アムリアと、その護衛を務める八千代、風香らが同乗していた。
専任騎士であるシャルドとラディアは馬上の人となって、馬車の左右に控えている。
スペリオンの呟きに反応したのは犬人の八千代であった。
「ドラン殿なら礼儀を弁えた上で多少遠回しな言い方で、チクリと釘を刺してこられると思うでござるよ。でも、クリスティーナ殿ともども、殿下達を歓迎してくれるのは間違いないでござる。度量の大きい方でござるし、考え方も面白い方々ですからな!」
八千代は初めてスペリオン達と会った時と比べると、随分と上等な生地を使った筒袴姿だ。白地に桜の花びらを散らした生地に深い藍色の筒袴の組み合わせで、愛用の大小は腰から抜いて左肩にもたせ掛けている。
アムリアを挟んで反対側に腰かけている狐人の風香は、動きやすさを重視してか、アークレスト王国の女性騎士と同じ軍服姿だ。異なるのは腰のベルトにクナイや棒手裏剣、小太刀の類を差している事だろうか。
二人ともドラン達と出会った時は、実力は大目に見てもいま一つだったが、今は王族の護衛として評価した場合、とりあえず一人前という程度には成長している。
アムリアの護衛という名目でアークレスト王国に滞在している二人だが、その関係性は護衛というよりも友人のままであるのは、喜ばしい事だろう。
「王都も楽しかったでござるが、クリスティーナ殿が治めるベルンは最近発展著しいとはいえ、自然に囲まれた地であると聞き及んでおります。気分転換にはもってこいでござるな。ねえ、アムリア殿」
確かに、ベルンは自然に囲まれているのは間違いないが、決して牧歌的な雰囲気ではなく、猛獣のうろつく荒野に囲まれているのが事実だ。
最近ではドラン達の開発によって随分と様変わりしているとはいえ、八千代が思い描いている光景とは別物に違いない。
「そうですね、八千代さん。アークレスト王国の皆様には大変良くしていただいて、お世話になってばかりです。ドランさんやセリナさん達にも帝国を離れる時に大変なご迷惑をおかけしてしまいましたし、改めてお礼を伝えないと」
ドランやその恋人のラミアの少女を思い出し、アムリアが微笑んだ。
彼女は以前、山中の城館に閉じ込められていたが、その頃に比べれば、随分と感情表現が豊かになった。
それに、八千代と風香の賑やかさにつられて笑う機会も増えている。
それでも相変わらず生真面目なアムリアの発言に、八千代と風香が顔を見合わせて笑う。
「アムリア殿は気遣いしいでござるなあ、風の字」
「気遣いしいでござるなあ、八の字。ドラン殿は一回お礼を言えばそれでいいと、笑って済ませる御仁でござるぞ。あまりこちらが気にしていては、むしろあちらに気を遣わせてしまうというもの。これからも仲良くしてくださいと正直に伝えて、悪い事をしてしまったらごめんなさいと謝り、良い事をしてもらったらありがとうございますと感謝する。それを忘れなければ、大丈夫でござるとも。にんにん」
「そういうものでしょうか、でも、風香さんがそう仰るのなら、きっとそうなのでしょうね。なんとか頑張ってみます」
「そうそう、その意気、その意気でござるよ。何も今すぐに直す必要はないから、覚えておくだけで大丈夫、大丈夫。ドラン殿達とのお付き合いは、これからも長く続くのでござるからねえ」
「その通りでござるぞ、アムリア殿。アムリア殿のような真面目さんは、どこかで緊張と力を抜かんといかんのでござる」
この風香と八千代のゆるさは、今のところアムリアに良い方向に働いており、彼女の笑顔に大きく繋がっている。
こればかりは風香達の右に出る者はいないと、スペリオンとフラウだけでなく、王城で三人と関わり合いのある全員が認めるところである。
そんな〝わんわん〟と〝こんこん〟ののほほんとした雰囲気に包まれて、アムリアは春の日だまりのように穏やかな笑みを浮かべていた。
そんな中、余人の耳のないこの場ならと、彼女はかねてから考えていた〝とある事情〟を、スペリオンとフラウに切り出した。
聡明で心優しいが、国家の利益を優先する公人としての覚悟を併せ持った兄妹ならば、自分の言葉に応えてくれるだろうという信頼と共に言葉は紡がれた。
「八千代さんと風香さんには窘められてしまいましたけれど、私はどうしても自らの責務として、スペリオン殿下にお尋ねしなければならない事があります」
雰囲気の変化を察し、八千代と風香は唇を固く結んで成り行きを見守る。
スペリオンと傍らのフラウは、かつて母国からその存在を秘匿された皇女からの言葉を、黙って待った。
「帝国で……ロマル帝国で、私の叔父にあたる方が、いよいよ皇帝としての座を固めたと耳にいたしました。それによって、これから帝国内での争いがより大規模で、激しいものになると。そしてそのせいでたくさんの力の無い、弱い立場にある方々が亡くなられるとも」
それはスペリオン達が極力アムリアの耳に入らないようにしていた、ロマル帝国の直近の事情についてだった。
意図的に帝国の未来と、予想される惨状を彼女に伝えて、皇族としてアークレスト王国の介入を請うように促すという案が、王国内部で検討されなかったわけではない。
だが、それはスペリオンの強い反対と、帝国の情勢の変動性を危惧した国王と大多数の重臣達によって却下されている。
そうなると、アムリアは自分自身でどうにかしてロマルの情報を城内から集めたのだろう。
「一体、誰からそのような話を?」
世迷言だとスペリオンが否定的な言葉を口にしなかったのは、アムリアが既にそれを事実として認識しているのが、表情と眼差しから理解出来たからだ。
ここでつまらぬ嘘をついても、アムリアからの信頼を損なうだけで、得られるものは何もない。
「私とて歩き回れる足も、目も耳も口もあります。お城の中を歩き回って、色んな方とお話をして、知らない事を教えていただければ、後は自分の頭を働かせるだけで、それくらいは分かるものです」
「なるほど、言われてみれば確かに。一人の時は勉学に励んでいるとばかり聞いていたが、意外と行動力のある女性だったのだね」
「あのお城にいた頃と比べると、こちらの王国に来てからは出来る事がたくさん増えたものですから、どうしても好奇心が抑えきれなくて」
恥じらうように頬を赤らめて俯くアムリアの姿は、同性のフラウが見ても大変に愛らしいものだった。
双子の姉だろうアステリアはどこか浮世離れした印象を受ける美女だったが、印象は正反対でも妹もまた姉と遜色ないものを有しているのかもしれない。
「なに、咎めるような事ではないさ。むしろ城内を自由に出歩くのさえ制限している現状に、こちらとしては申し訳なく思っている」
「事前に申請すれば、遠乗りや城下へのお出かけも許してくださっております。私はずっと感謝しています。スペリオン殿下、フラウ様、私は自分が何者なのかも知らず、親が誰なのかも知らずに生き続けてきた人間です。ですが、たとえ自分を知らなくても、私にはどうやらそれなりの価値があるらしいとは分かります。それにあの城では閉じ込められてはいましたけれど、食べ物にも着る物にも困る事はありませんでした。暖かなベッドに、書斎には読み切れぬほどの書物が溢れ、家庭教師の方もおられました」
アムリアがなんの意図をもって、かつての暮らしについて語るのか。四人は黙って耳を傾け続けた。
「スペリオン殿下と八千代さん達に連れ出されるまで、私は帝国の人々のお蔭で衣食住の全てを賄ってきました。そして今はアークレスト王国の人々のお蔭で生きていられます。殿下、私は帝国の民と呼ばれる方々の事を知りません。同時にアークレスト王国民の方々の事も知りません。それでも、今日まで生かしていただいた恩義があると、勝手に感じています」
アムリアは一呼吸置いて、改めてスペリオンの目をまっすぐ見た。
「スペリオン殿下、フラウ様……世界の事、人間の事、何も知らぬ愚かな女の愚かな問いかけです。私がロマル帝国の民とアークレスト王国の民に、恩返しをする方法はございませんか? その為ならば、私をどのように使ってくださっても構いません」
図らずも、アークレスト王国側がロマル帝国の皇女から、救いを求められた形になる。
これで、ロマル帝国の戦乱に介入する口実が得られたとも言える。
しかし、アムリアの真摯な眼差しを受け、スペリオンもフラウもそのような考えを抱く事は出来ずにいた。
二人の内心を知らず、アムリアは必死に言葉を重ねる。
彼女自身、まだ完全に自分の利用価値や、帝国と王国の関係や諸外国の情勢を理解しているわけではない。それでも、自分にしか出来ない事をしなければという衝動に突き動かされている。
「民の顔を知らぬ女が何を……と、笑ってくださっても構いません。でも、私はどうやらそういう性格のようなのです。これから私の生まれた故郷の人々が多くの苦難に襲われると知って、何もせずにはいられない程度に、私はロマルの人間みたいなのです。どうかお願い申し上げます」
そう告げて深く頭を下げるアムリアの姿を見て、スペリオンはこの皇女はただの世間知らずの女性ではないと、認識を改めた。
彼女は自分の言葉がどういう意味を持つのかを分かった上で、余人の目のないこの場所で頼んできた。
場合によってはロマル帝国の名前と枠組みが消える事も、アークレスト王国がアムリアの望んだ通りに動くわけではない事も承知した上で。
しかし、スペリオンとフラウが可能な限り、アムリアの意向に沿ってくれると信じてもいる。
なかなかどうして、したたかな女性ではないかと、スペリオンは思う。
「あの、出来れば、どちらの国の人達もなるべく困らない方向でお願いします」
アムリアが心底困った調子でそう付け加えてきたのには、思わず噴き出しそうになったけれども。
ああ、なんと無欲で強欲な姫君か! これはドランやクリスティーナが気に入るのも当然だ――と、スペリオンは笑った。
†
スペリオンとフラウ、そして隠された同行者として、アムリア、八千代、風香を伴った王太子一行のベルン村への道程は、平穏かつ順調なものだった。
アークレスト王国の暗部を司る特殊な騎士団と魔法使い達の連携により、国内での敵対勢力による大規模な活動は牽制されている。
そのお蔭もあって、王都からガロアまでの間、スペリオンら兄妹を守る精鋭中の精鋭達は幸いにも仕事がない状態だった。これには警戒を最大限に高めていたアークレスト王国側としてはいささか拍子抜けだった。
ロマル帝国側にしても、アークレスト王国の王太子に危害を及ぼす意図まではまだ有していない。望まぬ事故や突発的事象で王族が死亡、ないしは負傷して、それを口実に宣戦布告されてはたまったものではないからだ。
道中に襲撃があるとすれば、皇位を争うライノスアート大公とアステリア皇女が、互いに相手方を陥れる為に偽装工作を行う場合だろう。
しかしこれも、大公側と皇女側の間で牽制が発生していた為、どちらも計画を実行出来なかった。
また、先んじてベルン男爵領に潜入していた――あるいはしようとした両陣営の間諜達が根こそぎ消息を絶った事で、互いに慎重になったというのも理由だ。
ベルン近辺の間諜達に対処したのは、リネット、キルリンネ、ガンデウスらリビングゴーレムの三姉妹を筆頭としたベルン遊撃騎士団だ。
帝国側にはその情報すら伝わっておらず、彼らの警戒をいっそう深いものにさせていた。
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