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10巻
10-2
しおりを挟む「それは私から言うよ、ニクス」
荒ぶる不死鳥を制したのは、優しげに微笑むクリスティーナさんだった。自分の為に、こうまで感情を昂らせるニクスに対する感謝と喜びの滲む笑みである。
「クリスティーナ、うん。昨日は体調が悪かったみたいだから遠慮したけど、今日はしっかり聞かせてもらうからね」
「ああ。といっても……驚きすぎてお前の心臓が止まりやしないかと心配かな。ここにいる皆には私の一族の秘事を話してある。ニクス、お前も私と一緒に母さんから聞かされたのは覚えているな?」
「うん。凄く真剣な顔で話してくれたよね。でも、同じ勇者の子孫以外には決して言ってはいけないって、注意されていたじゃない。それをここにいる皆に話すなんて……よっぽど信頼出来る人達って事なのかな。それにしても、その話が関連するとは思わなかったな。本当に、何があったのさ」
クリスティーナさんは手を伸ばして、首を傾げるニクスの首筋を覆う、ふんわりとした羽毛を優しく撫でる。
そうする事で、この不死鳥だけでなくクリスティーナさん自身も、心を落ち着かせているのだろう。お互いに対する思いやりが見て取れる一人と一羽だ。
「私達はバストレルという魔法使いと戦う事になったのだが、彼は私の祖先の罪の象徴たる……この剣を持っていた」
そう言って、クリスティーナさんは鞘に収まったドラゴンスレイヤーを軽く掲げてみせた。
「そう、はるか古の時代に古神竜ドラゴンの心臓を貫いた、ドラゴンスレイヤーだ。そして、このドランこそが、古神竜ドラゴンが生まれ変わった人間であると発覚したんだよ」
ニクスはクリスティーナさんから告げられた情報を理解するのにしばし時間を要したらしく、私とドラゴンスレイヤー、それとクリスティーナさんと、順々に視線を巡らせる。
とりあえず私は、どうだとばかりに胸を張って、ニクスの視線を受け止めてみた。
「え、は!? え、ええええええ~? ドラゴンって、あのドラゴン!? クリスティーナのお母さんが話してくれた、あのドラゴン? そのドラゴンの生まれ変わりって……ドラン君が? でもって、ドラゴンの心臓を貫いた剣が、今はクリスティーナの手の中にあるって……! 一体何がどうなったらそうなるの!? ますます理解出来ないよ」
クリスティーナさんは苦笑しながらニクスに応える。
「いやあ、まったくもって、私もニクスと同意見だよ。噂のドラミナさんを助けに行くのだと思ったら、あれよあれよという間にこうなっていたからね。一生分の驚きに見舞われた気分だよ。でもまあ、悪い結果にならなかったのが幸いだ。ドランにはこれまで通り接してほしいと言ってもらえたしね」
「カラヴィスの名前が出た時も思ったけれどさ、それって本当の話なわけ?」
「嘘だと思いたくなるような話だが、本当の話さ。お前だって、ドランとレニーアの霊格の高さが尋常じゃないって、ぼやいていたじゃないか。その理由がこれさ。良かったな、ニクスの目に狂いはなかったと証明されたわけだ」
「う~ん……そういう問題なのかな、これは? あ、じゃ、じゃあ、ドラン君がドラゴンの生まれ変わりだとして、クリスティーナの一族の事は許してもらえたの? それとも、昨日寝込んでいたのって、ドラン君が何かしたから?」
ニクスは恐る恐るこちらに目を向けて様子を窺っている。
まあ、昨日のクリスティーナさんは明らかに普通の状態ではなかったから、私がかつて自分を殺した勇者の子孫に何かしたのでは――と、ニクスが疑うのも当然だろう。
「いや、私としては勇者の……セムトの子孫がここまで苦しんでいたとは予想もしていなかった。クリスティーナさんには何度も言ったが、勇者達に対する恨みや憎しみは欠片もない。今となっては自身の至らなさから、要らぬ苦しみを与えてしまったと、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいなくらいだ」
私がそう言うと、ニクスは少し緊張を解いたようだ。
「それからもう一つ。クリスティーナさんが受け継いでいる〝私殺しの因子〟は、大分沈静化しつつある。ただドラゴンスレイヤーの方は、まだそうもいかない様子だな。因子同様、この剣にもセムトの後悔と自責の念がこれでもかというくらいに込められている。それをどうにか鎮めなければ、今後もクリスティーナさんに幾許かの負荷を与えてしまうだろう。幸い、ドラゴンスレイヤーは、かつての主と重ねているのか、クリスティーナさんを今の主と認めている。時間は掛かるかもしれないが、クリスティーナさんがドラゴンスレイヤーと対話し、宿っている思念を浄化していくのが最良の道だろう。どれほどの時間が必要かは分からないがね」
「私の先祖の後悔の念か……。確かに、それならば子孫である私自ら晴らすのが筋だ。対話と言うが、念話の応用で大丈夫かな?」
「念話でも良いが、それよりは念読の方が適しているだろう」
「分かった。折角ドランに許してもらえたのだから、この剣にも楽になってほしいと思うよ」
クリスティーナさんはそう言って柔らかく微笑んだ。
ふむ、彼女がそんな風に望むのならば、もう一つ私には考えがあった。
すっかり冷めたお茶を一気に飲み干し、私はクリスティーナさんの赤い瞳を見つめ返して考えを口にする。
「なら、剣の名前も変えた方がいい。かつて私を殺す為だけに造り出されたその剣は、もう役目を果たしたのだから、いつまでもそれにとらわれる必要はあるまい。これからは私殺しの剣ではなく、違う剣として在る方が良い。そうだな……名前はクリスティーナさんが考えるのが良いだろう。剣と対話する時に、その名前を与えれば、ドラゴンスレイヤーは私殺しの因縁から解放されて、真の意味でエルスパーダ共々クリスティーナさんの頼もしい相棒になるはずだ」
「名前、名前か……」
クリスティーナさんは顎に手を当てて難しい顔をする。
「いつまでも〝私殺し〟という名前を聞かされては、正直私も愉快ではなくてね」
真剣に考え込むクリスティーナさんに対し、場の空気を緩めるようにおどけて言えば、クリスティーナさんは小さく笑みを零した。ふむん、どうやら上手くいったらしい。
「はは、それもそうか。確かに事あるごとにドラゴンスレイヤーなどと呼んでいては、ドランは面白くないな」
「そういう事だ。さてと……レニーアと私の関係、私の前世、クリスティーナさんの体調の変化の理由と、一通り重要な話は済んだか」
私が一息吐くと、セリナが私のコップにお茶のお代わりを注ぎながら同意してくれた。
「そうですね。なるべく早く話した方が良い事は、大体話し終えたんじゃないでしょうか。……ところで、ドラミナさんはこの後どうなさるんですか? しばらくベルン村に滞在するおつもりなら、この家で一緒に過ごされますか? 夏季休暇が終わったら、私達は魔法学院に戻らないとならないので……それまででよろしければ、ですけれど」
以前はドラミナの事を途方もない強敵として熱弁を振るったセリナであるが、こうして宿泊の提案をしている言葉に嘘はない。
本心からドラミナの事を歓迎しているであろうセリナのこういうところが、私にとって堪らなく愛おしく感じる。
セリナの言葉を受けて、私の左腕に縋り付いたままのドラミナが、私にじっと視線を向けてきた。ふむ、昨夜の件か……
ここは私の口から告げるのが、男の甲斐性というものだな。
「その事だが、実は昨日、ドラミナに結婚を申し込まれた。私としては喜んで承諾したいが、まだ学生という身分だし、地に足の着いた職を得ているわけでもない。だから、婚約という事で了承してもらった。それほど待たせるつもりはないよ」
ヴェール越しにもドラミナの頬が真っ赤に染まるのが見える。
そして、それ以上に家の中の空気が凍りついたかのように変化した。
ふむ、多かれ少なかれこうなるとは予想出来たが、先程までドラゴンスレイヤーの事で至極真面目な表情だったクリスティーナさんが、想像以上に唖然としているのは、意外だな。
そんな中、セリナの口からぽつりと呟きが漏れる。
「や、やっぱり……」
ドラミナに対して向けていた好意の笑みは崩壊し、セリナは尻尾の先に至るまで全身わなわなと震えはじめる。
「ドラミナさんが一番の強敵だった~。うわ~ん、ドランさんを取られちゃったよ~~!!」
私が宥める間もなく、セリナは両の眼に大粒の涙を浮かべ、びゃあびゃあと私達の目も憚らずに盛大に泣きじゃくる。
しかし、セリナがここまで泣く必要はないのだ。
我ながらなんとも強欲で自分勝手な願いである事は否定出来ないものの、私はドラミナだけでなく、セリナにも私と結婚してほしいと考えている。
実はその件でドラミナの了承も得ているのだが……さて、どう伝えたものか。私は思案に暮れた。
うわんうわんと大声を上げ、青い瞳から大粒の涙をぼろぼろと零すセリナを目にして、ドラミナがそっと私の肘を掴んできた。恋破れたと悲しみの涙を流すセリナの姿に、いたたまれなくなったのであろう。
私もドラミナと同じ気持ちだ。セリナにはこんな風に悲しみで涙を流してほしくない。
レニーアはまるで興味なさそうに口をへの字に曲げ、クリスティーナさんとニクスはどうすればいいのかとおろおろしながら、私に〝早くなんとかしてくれ〟と、視線で解決を求めている。
私は心の中で頷き返してから、泣きじゃくるセリナの両肩に手を置いて、力強く名前を呼んだ。
「セリナ、セリナ、泣き止んでくれとは言わないが、まだ私の話は終わっていないよ。とりあえず最後まで聞いてくれないか?」
自分でもどうしようもないくらいに心の中は乱れているだろうに、セリナは私の言葉をしっかり受け取ってくれたらしい。
彼女はひくひくとしゃくりあげながらも、私の瞳をまっすぐに見て、話の続きを待った。
すまない、セリナ。私の言葉が足りなかったばかりに、君に要らぬ不安と悲しみを与え、涙を流させてしまった。
「ドラミナと婚約したというのは嘘偽りなく本当の話だ。しかし、それ以前に、私の方からドラミナに伝えておいた事がある」
「ら、らんれすか?」
呂律が怪しいながらも返事をするセリナ。
「クリスティーナさんには以前聞かれた事だが……私はセリナとドラミナの二人を、お嫁さんにしたいと思っているのさ」
「ふぇ?」
私の口から出た言葉は、セリナにとってまるで予想していなかったものらしく、彼女は何度も目を瞬かせてから、真偽を確かめるようにクリスティーナさんを振り返る。
「ああ、本当の事だ。あの時セリナはレニーアと別の事を熱く語り合っていたから、耳に入っていなかったみたいだが、ドランは前からセリナとドラミナさんの二人をお嫁に欲しがっていたよ。……罪深い事にね。普通ならセリナとドラミナさんの二人とも愛想を尽かして、ドランは一人寂しく生きる事になるところだろうけれど……」
そこまで言ってクリスティーナさんは困ったように笑う。
普段のセリナの様子とドラミナの態度からして、幸いな事に私が二人に見捨てられる可能性はないと判断したのだろう。
「ドランさん」
「うん?」
「本当に、私の事、好きなんですか? その……使い魔としてとか、友達としてとかじゃなくて……」
それまでの涙はどこへやら、セリナは不安と期待を紛らわせるように尻尾の先端を両手で握り、ちらちらと私の方を何度も窺い見る。
「そんなオチはつけないよ。私は一人の男として、セリナという女性を好いている。今の今までそれを告げる機会はなかったし、まだそれを言うべき時ではないと思っていた。それに、使い魔の契約でお互いの心が、ぼんやりとではあるが伝わっているはずだ。言葉にして告げるまでもない――そう、心のどこかで考えていた節があるのは否定出来ない。ただ、それでも、改めて言わせてほしい。セリナ、私は君の事が好きだ。愛している」
嘘偽りなど欠片もない私の言葉を受けて、セリナはしばし絶句する。そのまま顔を俯けると、また新しい涙を零しはじめた。
だが、私もクリスティーナさんも、今度は慌てる必要はなかった。
今セリナの流している涙が、悲しみに由来するものではないと、誰もが分かっていたからである。
「ううう、うわあ~~んん」
セリナは先程までよりもさらに激しく、大声で泣き出した。
風に吹かれただけで壊れてしまうほどに繊細な硝子細工を扱うように、私はそっとセリナを抱きしめる。
左手をセリナの腰に回し、右手で豊かな金髪に触れ、優しく、優しく、赤ん坊をあやす要領で、愛情を込めて撫でる。
「わ、私も、ドランさんの事、大好きです。世界で一番、大好き。ドラミナさんにだって、負けないくらい大好きです!」
セリナは私の胸元に顔を押し付けながら、私に負けじと自分の心の中にある愛を口にした。
彼女の瞳から零れる熱い涙は途切れる事を知らず、私のシャツを濡らし、その言葉は私の心に歓喜の爆発を無限に生じさせる。
「うん、うん。私もセリナの事が大好きだよ」
そうしてまたセリナは大きな声で泣いてしまい、私は長い事セリナを抱きしめ続けたのだった。
ドラミナはその様子を最初は微笑ましく見守っていたが、やがてセリナの事を羨ましそうに見ているのがヴェール越しにも分かった。
小声で〝いいなぁ〟と呟いているのはご愛嬌だろう。
さて、ようやくセリナが落ち着きを取り戻したものの、私はまだ彼女から離れていなかった。
一応、向かいあって抱き合う体勢から、私の右腕にセリナが両腕を絡ませる体勢に変わっている。何か喋る度にセリナの耳に吐息を吹きかける事はなくなった。
「セリナさんの機嫌が良くなって何よりですね、ドラン」
たとえどんな名器とされる鈴を鳴らそうとも、欠片も及ばぬほどに美しい声色で、ドラミナはころころと笑う。
この声を聞けば、世界で最も優れ、最も美しい音を出す楽器は、この女性の咽喉であると誰もが痛感する事だろう。
「そうだね。ドラミナとセリナ、二人の海よりも深く寛容な心に感謝しなければならないな」
泣き止んでからは終始満面に笑みを浮かべているセリナが、ふと何かに思い至った調子でドラミナに対してこう尋ねた。
「えへへ、お騒がせしました。あのぉ、ところでドラミナさんは、私達二人を欲しいっていうドランさんのお考えは、構わないのですか? ドラミナさんの方から告白したくらいですし……なのに、私もドランさんの、おく、おく、おく……奥さんになるのは、色々と不満もあるんじゃないかと思いますけど……」
おそらく、セリナは自分がドラミナの立場だったらそう思うのではないか、と考えて質問したのだろう。
どこか遠慮がちな口調ではあったものの、決して答えを聞き逃すつもりはないという、セリナの不退転の覚悟を感じさせる問いであった。
それを受けて、ドラミナはヴェールを取り払い、降り注ぐ日射しが恥じ入るほどの美貌を露わにする。
たとえその太陽光が、彼女にとって肉を焼き、血を腐らせ、骨を砕くものであろうとも、顔と眼差しを隠したままではセリナに対して礼を失すると考える、ドラミナの意思の表れた行いであった。
「私のような立場ですと、夫ないしは妻を複数持つ事は珍しくないのです。無論、私も女ですから、自分ただ一人を愛でてほしい気持ちもあるのですけれど、ドランの愛は一人で受け止めるにはいささか大きすぎますから。とはいえ、〝二人が好き〟から、〝私の事が一番好き〟と言ってもらえるように大いに努力はする所存ですよ。……ふふ、もちろん、セリナさんの事は一人の友人として好ましく思っていますし、同じ殿方を愛した方という親近感もあります」
そう言って柔らかに微笑むドラミナに一瞬ぽうっと見惚れて、セリナは耳の先端まで真っ赤に染まったが、わざとらしいくらい大きく咳払いをすると、どこか嬉しそうに言い返す。
「おっほん! むむむ、そうですか。やっぱりドラミナさんは強敵です。いいでしょう、今は私もドラミナさんもドランさんの婚約者で、未来のお嫁さんですが、ドランさんにとっての一番の座まで共有するつもりはありません」
「お互い、それくらいの気構えでよろしいかと思いますよ。ね、ドラン?」
セリナの宣言を受けて、ドラミナも頷き私に問いかける。
「ふむ、私としては願ったり叶ったりというか、都合が良すぎるくらいだ。二人に注文する事は何もない。二人とも、これからは結婚を前提とした交際をお願いする」
深く腰を折って頭を下げようとする――セリナに巻き付かれているので実際には下げられなかった――私に、セリナとドラミナは小さく首肯してくれた。
何度も好意を伝え、交際を申し込む言葉を口にしても、二人はまだ慣れないらしく、さっきからセリナとドラミナの頬は赤く染まり、口元は緩み切ったままだ。
「はい! でも、ドランさんの事だから多分、私達と同じような事を望む人がまだまだ出てくると思いますよ……三人、あるいは四人かなぁ」
セリナは元気に頷きつつも、わずかに表情を曇らせて、心配事を口にした。
……四人か。自惚れの誹りを覚悟して、私と関わり合いのある女性陣で候補を考えてみるに、黒薔薇の精ディアドラ、水龍皇の龍吉あたりはまあ、なんだ……固いだろう。
後は龍吉の娘の瑠禹と、深紅竜のヴァジェだが、瑠禹が私に向けている親愛の情は大部分が父兄に寄せるそれのように感じられるし、ヴァジェは果たして……
それにしても、もしディアドラ達に告白されたならば、私はどんな返事をするのか――こういう事があると、つい考えてしまう。
「ところでセリナ。セリナはラミアの里の掟に従って、夫となる人物を求めて外に出たわけだろう? となると、いずれ私を連れて里に戻らないといけないのだと思うが、そこのところはどうなんだい? 私としては、出来ればこのままベルン村に残って、この地の発展に生涯を尽くしたいところなのだが……」
私がセリナのもとに婿入りして、彼女の故郷に住まなければならないのか、という問題を、セリナがどう考えていたかは……
「ああっ!?」
――という、セリナの声で分かるというものだ。
この問題を解決しないままに、私とセリナが結ばれる事はあるまい。
「ええと、ええっと――だ、大丈夫です。私がパパとママを説得してみせます」
セリナは意気込んで胸を張ってみせるが、時々目が泳いでおり、具体的な方策がないのは傍目にも明らかだ。
「ふむん。セリナの御両親に挨拶に伺うのは、魔法学院を卒業して、結婚する時期が確定する頃が妥当か。セリナと御両親が許してくれるならば、このままベルン村で暮らしていきたいが、こればかりはラミアの掟もあるから、そう簡単にはいかないかもしれないな。私も今から説得の材料がないか考えておくよ」
「よ、よろしくお願いします!!」
結局、私が頼みの綱といった様子だな。
とはいえ、こうして私とセリナとドラミナは――当事者の間でではあるが――晴れて婚約者という立場を得たのである。
すっかり浮かれきっていたセリナも落ち着きを取り戻し、ようやく私に巻き付けていた胴を放した。
「私の問題は先送りと言いますか、とりあえずこれで良いとして、ドラミナさんはどうされるんですか? これからずっとドランさんと一緒にいるには、考えなければならない事があると思います」
私とドラミナを交互に見るセリナに頷いて、続きを促す。
「ベルン村にいる間は問題ないと思いますけれど、魔法学院に戻った後はどうしましょう。やっぱり、私みたいに使い魔の契約を結んで、魔法学院の中に入れてもらうんですか? でも、ドラミナさんくらい凄いバンパイアとなると、簡単にはいかないと思いますけれど……。ドラミナさんの存在は王国にも報告が行っていると思いますし」
「こういう時、頼りになるのは権力のある知人だ。オリヴィエ学院長に骨を折ってもらうとしよう。バンパイアの狂王ジオールらがフラウパ村を襲った一件では、ドラミナの協力なくして解決はなかった。それに、頼めばファティマやネルといった級友達も力を貸してくれるだろう。まあ、いざとなったらこっそり連れ込んでしまえばいい。私もドラミナも、それくらいの事は出来る能力がある」
「最後の一手が力押しというのは、なんとも貴方らしいですね、ドラン。もっとも、貴方が古神竜ドラゴンの魂を持つ者と聞かされれば、それもそうかと納得してしまいますけれど」
ドラミナは口元に手を当てて、さもおかしそうに笑う。
クリスティーナさんは私達が醸し出している甘い雰囲気にあてられて、居心地悪そうにもじもじしていたが、ここで小さく左手を挙げて口を開いた。
「ええっと――なんだ、私としてもセリナとドラミナさんとドランの仲が良い事は、大変喜ばしいが、レニーア、君はなんとも思わないのか?」
確かに、これまで私の事を強烈なまでに崇敬してきたレニーアが、この話題で沈黙を続けている事はおかしいと言えばおかしい。
これまでレニーアは、腕を組んで唇をきつく結び、私達の様子を見ているだけだったが、クリスティーナさんから話を振られて面倒臭そうに口を開く。
「お父様のなされる事に私がとやかく言う道理はない。私はお父様の御意思を最大限に尊重するまでだ。強いて言うならば、セリナとドラミナは見る目があったという事だな。それに、誰がお父様の妻の座に就こうとも、私は一向に構わぬ」
レニーアは真剣そのものの瞳で語る。
「ただし、誰が妻になろうとも、私が魂の母と崇め奉るのは、破壊と忘却を司る大いなる女神カラヴィス様のみよ。私に義母扱いを強要しない事と、セリナもドラミナもお父様の妻として相応しい振る舞いを心掛け、誠心誠意、髪の毛一本、血の一滴、肉の一片、魂の全てに至るまで捧げる事を疎かにしなければ、私が制裁を加える必要は感じぬ」
ふうむ、レニーアはカラヴィスの事を〝お母様〟とは呼んでいないから、母親扱いする事に抵抗があるのかと思っていたが、内心ではきちんと母として認識していたのか。
少しばかりその辺に気を遣う必要がありそうだな。それに、カラヴィスの方もレニーアが娘である事を利用して既成事実がある、と私に対して夫としての振る舞いを強要したり、セリナ達に自分こそが私の最愛の妻である、と宣言したりしてきそうだ。
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