さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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レニーアと愉快な仲間達

第四話 小物界の大物

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「思いがけず生き残った生贄の再利用とは、ずいぶんとご趣味がいいようで。それとも合理的な考えだと言ってやろうか?」

 嫌味を隠さず口にするレニーアに、ゼベは気分を害した様子はなく、むしろ同意だと言わんばかりに微笑を浮かべ続けている。

「それを決めたのはわたくしではありませんのよ? 強いて言えば合理的かもしれませんけれど」

 ゼベの発言にはっきりと苛立ちを見せたのはアースィマだった。ぎりぎりと歯の軋る音が聞こえてくるような表情を浮かべている。

「だからといってハディーヤの命を蔑ろにし、その意思を慮る事もしない決定など、そうやすやすと通っていいわけもない」

「大戦士の称号を贈られた方にしては、ずいぶんと入れ込んでおられますのね? そうでもなければあなたほどの方が出奔されるわけもありませんけれど、わたくしの父母もたいそう驚いておりましたのよ?」

「わしにも理性で抑え込めない感情があったという話よ。ある意味ではわしが一番驚いておる」

 少なくとも最初にハディーヤが生贄として捧げられた時、アースィマはそれを静観していたわけだ。
それなのにアースィマは彼女を連れて出奔したのは、せっかく助かったハディーヤの命を、また捧げものにするという決定に我慢の糸が切れたからに他ならない。
 レニーアの目から見てもアースィマとハディーヤがそれなりに濃い時間を共有してきたのは、簡単に分かる。一度目の犠牲は耐えられても、助かったという望外の幸運に安堵した分、二度目の犠牲には耐えられなかったのだ。
 ゼベはハディーヤの扱いを決定できる立場にはないようだが、それでもハディーヤを連れ戻す側であるのには変わらない。レニーアは頬杖を突き、すっと目を細めて艶やかで鮮やかな目の前の美女を見る。
 たったそれだけなのに、ゼベの心臓が一瞬止まりかけたのを、ゼベ本人とレニーアだけが知っている。

「ふん、それでこの国の連中はこの二人を何としても外に逃がさないように、多数の追手を送り込んでいるわけか。まあ、手っ取り早い国外脱出の手段は海路だな。この国では空路はそう発達しておらんようだし」

「二人が船に乗られる前にこうして接触する事が叶い、ひとまずは胸を撫で下ろしておりましてよ? ただレニーアさん、あなたのような方が傍らにいらっしゃるのは想定外でしたけれど。
 わたくしとしましてはここまでお話した以上の事は詮索されずに、このままアースィマ様とハディーヤ様を連れ戻すのを、邪魔しないでいただきたいのですけれど?」

「悪いがそうは行かん。まだ途中ではあるが、この二人はなかなかの有望株のように思えるのでな。これから個人的に交渉する予定があるのだ。それをお前達の下に連れ戻されては私にとって都合が悪い」

「正直、あなたがどうしてお二方に協力しているのか、それが分からなくて、こちらとしても交渉の手立てを立てるのに困っておりますの。よろしければどうしてお二人を助けるのか、お二人と交渉する内容について、お話しいただけません?」

 ゼベの言葉は、アースィマとハディーヤの二人にとっても気になっていたものだ。たまたま窮地を見かけたから助けた、というにはレニーアの醸す雰囲気には危ういものが強く、また心の奥底に恐怖を抱かせるモノがある。
 二人はレニーアに悪いとは思うのだが、善意だけで自分達を助けたとはどうしても思えないのだ。実際、レニーアの行動は善意のみで行われたわけではないのだから。

「なあに、私の動機など大したものではないし、どこにでもありふれたものだとも。ただの人材勧誘だ。個人的な理由で有能かつ独創的な人材を求めているのだが、追手から逃げているこの二人の様子を見て、勧誘に値すると判断したのでこうして力を貸している」

「人材勧誘ですか。もし本当にそうであるのなら、この国の秘事を求めて助力しているわけではないと思っていいのかしら?」

「私の言葉の真偽はお前達が好きに解釈するがいい。私にとって肝心なのはアースィマとハディーヤに信用されることの方だからな」

「レニーアさんが私達に目を付けたのは、アースィマの戦士としての技量を求めてだったんですね」

 アースィマに対する信頼から、ハディーヤは蜥蜴人の戦士がレニーアに評価されている事で勧誘が目的というレニーアの言葉に納得した様子だったが、発言者のレニーアは少し呆れた様子で隣の席に座るハディーヤに向けて顎をしゃくる。

「お前も勧誘相手だぞ。自覚しているのか、それともしていないのかは知らんが、お前もまた強い精霊の加護を受けている。贈り子としてそれなりの修練もしているのだろう? 偏っていそうだが、これから専門的な修練を重ねれば、精霊使いとして大成する見込みが高い」

「私も? でも私は精霊と心を重ねる修練は続けていたけど、それも贈り子としての義務だったし」

「これから先は義務とは関係なしに、自分の為に精霊の力を借りればいいという話だ。気に入らん奴に危害を加える為だとか、私欲に駆られた使い方をするとしっぺ返しが来るから、節度は弁えるべきだがな」

 レニーアの見たところ、ハディーヤの生来の素質と贈り子として積み重ねてきた修行により、能力だけなら既に優れた精霊使いと言っていい。レニーア式の鍛え方をすれば、そこからさらに伸びるだろう。
 流石にドランやメルルのような規格外は無理にしても、レニーアのお眼鏡にかなう程度には成長する余地が残されている。

 そしてまたレニーアが二人を勧誘するのには、ドランの真似事をしたいという欲求以外にもきちんと理由が存在している。
 現在、アークレスト王国は北方を警戒しつつ、西方のロマル帝国の併合と統治に注力している状態だ。
 皇位継承に端を発したロマル帝国の内乱によって、これまでロマル民族至上主義だったロマル帝国に征服された異民族、異種族がこれを好機とみて一斉に蜂起した。
 皇位継承戦争が終結した現在では、蜂起した異民族と異種族はそれぞれが独立を認められて、第一の目標を果たした状態にある。

 そうなると残るは長年に渡る支配と搾取に対する復讐か、独立後の勢力拡大が主な目的となる。
 現在はアークレスト王国がロマル帝国を併合する事となり、ロマル帝国への復讐は断念されているが、水面下の暗躍、策謀が行われる可能性は高く、アークレスト王国はそちらの対策に力を入れている。
 さてそんなアークレスト王国にあって、各地の領主が領地を発展させ、より富と力を得ようとするとなると外部への戦争はあり得ず、隣接する領地への侵攻などますますあり得ない。
 内政と他領との交流が王道なのだが、ここでベルン領が注目を集めた。ベルン領内にデデンと聳えるカラヴィスタワーである。

 天に角突く巨大な建造物だが、内部は更に広く、第一階層だけでも惑星アーカディアに匹敵する面積がある。
 内部には神代や異次元、超古代の遺物や異文明の産物、今も生きている生命が多数存在しており、このタワー内部を冒険する事によって得られる利益が王国内部の人々の注目を集めたのである。

 タワーそれ自体はベルン領にあり、ベルン家が所有権を持つがタワー内部においては、真正の女神であるリリエルティエルが存在する事もあり、明確に所有権や所属を明らかにするのは難しいところだ。
 タワーが前触れもなく大女神カラヴィスによって出現して以来、ドランやクリスティーナ達が頭を悩ませた結果、現在ではタワー内部での開拓と土地の所有権の主張がそれを行った者に認められており、国外の大海原に漕ぎ出したり、広大な山脈や地平線を超えたりするまでもなく、領地を広げる事が可能となったのだ。

 一般の探索者達が活動するのとは異なり、正式な開拓団がタワーに入るのには厳重な審査と内部においてはドラグサキュバス達による厳重な監視と定期報告が義務付けられるなど、制限が大きく重ねられている。
 また同じ国に所属する者とはいえ、他国の軍を通行させ常駐させる事はさしものベルン領も歓迎しかねており、開拓の為にカラヴィスタワーに派遣できる正規軍の人数は現在、百名前後にまで制限されている。

 まあ探索者と偽らせた者達を多数潜り込ませるだとか、抜け道はあるし、ベルン側もある程度はそれを許容している。
 そうして大多数の軍勢を送り込めない状況が出来上がっている為、現在、カラヴィスタワーに送り込まれる他領の正規軍は必然的に『質』が求められる。

 現在、カラヴィスタワーはどれだけ優秀な人材を抱えているか、それをアピールする場としても機能しているわけだ。
 そうして活動している者達の中にはレニーアの生家に所属している者達も含まれている。レニーアの生家は交通の要衝としての発展と治安維持などを重視している為、カラヴィスタワー内部での活動はそれほど重視していないが、だからこそレニーアはこれに目を付けた。

 自分で集め、鍛え上げた精鋭を揃えてカラヴィスタワーの攻略に送り出し、名声と実績を得ようと考えたのである。
 レニーアの頭の中では『自分の集めた精鋭が活躍する→生家の声望が高まる→今の両親とお父様が褒めてくださる→とても嬉しい』という流れが出来上がり、こうして分身とはいえ国外にまで足を伸ばす事態となったのである。

「私としてはこの二人がまたお前達の下に戻り、命を浪費するのは避けたいところだ。二人が望んで戻るのなら、まあ、考えんでもないが、今のところ、二人にその意思がないのは確かだ。
 よって、私はマッファ氏族に限らず、このシャンドラ全てを相手取ったとしても、ハディーヤとアースィマの意志を優先するし、まとめて相手にするつもりでいるぞ」

 ここまで言い切るレニーアにアースィマとハディーヤは驚きを隠さない。自信満々に言い切るレニーアの言葉に嘘がないのは、はっきりとわかる。
 ゼベもここまでレニーアが強気な発言をすることには驚いたようだが、これはレニーアがシャンドラの力を知らない無知ゆえの発言と解釈した。だが、それで済まない何かがある、ともゼベは感じており、彼女の危機察知能力はなかなか優秀な用である。

「大きなことを口にされたもの。でも本気で国を相手にするつもりであるし、負けるつもりは欠片もないのね?」

「ああ。ハディーヤ達の追手とネガジンとかいう粗悪な悪霊を叩きのめしてやったが、あの程度の水準の敵ならば一万でも十万でも、何も変わらん。私からすれば赤子の手を捻るよりも容易く無力化できる。
 一ついい事を教えてやる。私は無益な殺傷は好まんのでな。出来る限り、襲ってくる阿呆を殺さないでおいてやる」

「あなたをこうして前にしているから、鼻で笑い飛ばさずにいられるのは幸いかしら? わたくしでもあなたが並みでないのは分かりますもの。
 ではアースィマ様ほどではないにせよ、腕の立つ者を十名、あなたの命令に絶対服従という条件を付けて提供する、と申し出たらお二人を連れ戻すのを邪魔しないでくださる? 例えわたくしを殺せとあなたに命じられても従う。そんな者達をご用意できるのだけれど?」

「ほぉん? くく、曲がりなりにも交渉から始めるあたり、今、階段を上ってきている物々しい連中よりはよほど賢い」

 この時、レニーアは足音を隠さず堂々と階段を上ってくる集団の足音と気配を捉えており、話をしようという意思を見せたゼベの次にはどんな奴が来るのかと、楽しみにしていた。
 レニーアの発言に遅れて、アースィマが右手を耳に当てるような仕草をする。精霊に接近する者達の有無を問いかけたのである。

「……精霊達もそう言っておるが、ここまできてようやく気付くとなると相手側も相当な精霊使いか魔法具を所持しておるようだのう」

「精霊魔法に長けているのなら、それを阻害する技術も長けていて当たり前だな。アースィマ、お前は精霊魔法は補助で剣技が主なのだろう? ならばハディーヤが先に気付けるように努力するべきだな。役割分担はしっかりとしておいた方がいい」

 レニーアとしては別に皮肉でもなんでもなかったのだが、自分でも薄々自覚していたハディーヤは胸を打たれたようにビクッと体を震わせる。アースィマが体を張って敵の前に躍り出て盾と剣の役を担うのなら、それを助ける弓矢と杖などの役はハディーヤが担うべきだろう。

「はう!? おっしゃるとおりです。ごめんね、アースィマ。甘えてばっかりでごめん……」

「いや、まあ、緊張から解放された状況だったから気が緩んでも仕方あるまい。ハディーヤは戦いに身を置いていたわけでもないのだし」

「お前がハディーヤを庇うのは構わんが、いつまでも甘やかしていてはそいつの為にならんぞ。お前とてそれくらいの事は理解しているだろう? 一人でも生きていける強さと逞しさは、戦場でなかろうと必要とされるものだ」

「正論であるな。レニーア殿がそのような事を口にされるとは意外じゃが……」

 レニーアはアースィマからの評価に声を荒げる事もなく、緩く腕を組んで淡々と答えた。

「出会って間もないからな。これから長い付き合いになるのだから、お互いの人となりはおいおい理解して行けばいい」

 どうやらレニーアの中では、二人の勧誘が既に成功するものと決まっているらしい。
 三人のやり取りを見守っていたゼベが不意に嘆息した。レニーア達が話をしている間に、新たな乱入者達が部屋の扉を開いて、押し入ってきたからである。
 大岩から削り出したような圧力を持った禿頭の巨漢二名を先頭に、朱色の衣装をまといゼベ同様に宝飾品で着飾った背の高い青年が続く。

 圧倒的な肉の質量を備える巨漢と比べれば半分も筋肉はないが、貧弱な印象はない。下半身のズボンは大きく膨らんだ造りだが、上半身に巻き付けるようにして身に着けた上衣を鍛え抜かれた肉体の線を描いている。
 頭に巻いたターバンから黒い巻き毛が幾筋か零れ落ちている。青年のエメラルドの瞳がアースィマ、ハディーヤ、レニーアを順に映し、最後にゼベを映したところで止まる。

「これはこれは、ゼベちゃん。思わぬところでお会いしましたねぇ」

 どこか粘っこく、鼓膜にべっとりと貼りつくような青年の声だった。ゼベはうっすらと微笑を浮かべて応じる。この間にレニーアはアースィマに目配せをして知り合いか? と無言で尋ねたが、答えは横に振られた首だった。
 これを見て、レニーアは静観を決め込んだ。新たな情報源が来たと考えて、青年に対して冷淡な瞳を向ける。青年の連れている護衛だろう巨漢達に対しては、一瞥しただけだった。

「ええ、お久しぶり。ロメル・シジャ。今日もご自慢の護衛を連れてこちらに?」

「相変わらずつれないなぁ。僕は君と仲良くしたいのに。まあいいか。アースィマさん、贈り子ちゃん、お初です。ロメル家のシジャってもんです。よろしくお願いしますわ」

 シジャはアースィマとハディーヤへ向けてにっこりと笑い、軽く頭を下げた。なんとも軽い調子の青年だ。顔立ちも身なりも良いが、人品は外見ほどよくはなさそうだ。
 部屋の借り主であるレニーアに断りなく、護衛の巨漢に命じて椅子を取ってこさせてそれに座ると、再び口を開いてペラペラと喋り出す。

「いやいや、このデザルタもそうなんですけど、お二人が出奔したゆうて国中てんやわんやなんですよぅ? ぼくんところのロメル家もね、あらゆる伝手を伝ってお二人の行方を追っていたんですよ。
 そしたら外国の女の子と一緒にこの宿に入ったって聞きましてねえ。これは急がなければとこうして駆け付けたんです。ゼベちゃんの方が一足早くって、僕は二番目になっちゃったんですケド」

 はははは、と形だけの笑い声をあげるシジャを見て、アースィマが目を細める。そこには警戒と嫌悪の感情がわずかに滲んでいる。噂だけは知っていたロメル氏族の問題児を前に険しい表情を浮かべるアースィマの脳裏にレニーアの声が響いた。
 念話である。卓越した魔法使いや精霊術士などが居ると、念話の内容を盗聴したり、念話が行われている事を感知したりできるが、レニーアともなればこの地上でドラン以外の誰にも気付かせずに、目的の相手といくらでも思念の会話が出来る。

(おい、ロメル・シジャというのはどういう人間だ。性格はいかにも小物だが、少しは使える奴なのか? 少なくとも奴自身はお前を敵にしても渡り合える自信があるようだが?)

(あ、ああ。念話か。盗聴の恐れは……)

(私がそんなヘマをするか。気になるなら聞かれても構わない事だけを話せ)

(いや、レニーア殿を信じよう。ロメル氏族はマッファ氏族と同じシャンドラの大氏族の一つじゃ。シジャは族長筋の人間でな。精霊の扱いも巧みで、色々と表に出ないところで戦いを重ねているという)

(ふぅん。いわゆる暗部だとか言われる奴か。人殺しには慣れているわけだな。いかにも人を小馬鹿にした態度をしているが、敵対者は可能な限り嬲ってきた口だな。まずろくでもないぞ。ああいうのは)

(そうじゃな。わしも直接目にしたのは今日が初めてじゃが、風の噂で聞く限り素行はよろしくない。実力があるからこそ目溢しされているといったところじゃよ。加えて汚れ仕事を厭わぬとも聞いておる。自分の実力と利便性を客観的に理解し、好き勝手出来る境を弁えるだけの知性もあるわけじゃ)

(少し砂を掘れば血が湧き出そうなこの国に相応しい人材か)

 レニーアとしては素直な感想を述べただけなのだが、この国の血生臭い歴史の暗部を知っているアースィマは何とも言えず、念話においても沈黙する。
 二人の念話など露とも知らずにシジャはゼベを相手に話を続けていた。ハディーヤ達に会いに来たという割に、彼の意識がゼベへと向けられているのはこの場においてもっとも邪魔な存在だと考えているからかもしれない。

(それでロメルとマッファは友好関係にあるのか、それとも敵対関係にあるのか? 私の目で見たところ、利害を食い合う間柄に見える。どちらがお前達の身柄を抑えるか牽制し合っているのだろう? ゼベは交渉で私に手を引かせようと試みたが、こいつは分かりやすく暴力に訴えそうだな)

(確かにその可能性は高いのう)

 アースィマはレニーア以外には気付かれぬよう、ハディーヤの背中に流れている髪に触れる。逃亡中の間に二人で決めた、いつでも逃げられるように備える、という合図の一つだ。

「地元とはいえゼベちゃんは動きが早いねえ。流石は情報通のマッファ氏族。けど交渉は失敗した感じだ。アースィマさんも贈り子ちゃんもロメルの家でお預かりしましょか。
 マッファは普段からデザルタの管理で忙しいでしょうし、二人を国外に逃がさない為に船の出入りを厳しく監視していて、人員に余裕もありませんでしょ? その点、うちなら戦闘は専門ですから、腕っこきが揃っとります。アースィマさんが大暴れしても、二度と逃がしはしませんよ」

「シジャ、わたくしはまだ交渉の条件を提示しただけで、お返事も頂戴していないのです。あなたの出番ではありませんのよ?」

「それを決めるんは僕。君の指図は受けない。僕はロメルの人間でマッファの人間ではないからね。それに贈り子さんに関しては早いもん勝ちだ。捧げても生きて帰ってきた贈り子、使い道はいくらでもある」

 あまりに冷酷なシジャの言葉にアースィマは欠陥が浮かび上がるほどの怒りを見せ、ハディーヤもどちらかといえば大人しい雰囲気だったが、自分の命を軽んじる発言には怒りを露わにしている。
 急激に緊張を増して行く空気の中で、ゼベは全員の指一本の動き、呼吸の変化も見逃さないように神経を巡らせる。

「おい、ロメル・シジャ」

 感情の籠らない声で呼びかけたレニーアをシジャは面倒くさそうに見た。彼からすればお前はお呼びではない、といったところだろう。
 それが分かるからレニーアもシジャがどんなに有能だとしても、勧誘候補から外す事を早々に決める。有能であるのに加えて可能な限り善性であるか、あるいは打算だろうと他者と強調できる者でなければ、勧誘対象からは外れる。

「なに、おチビちゃん。せっかく君は部外者いう事にして、この件から降ろさせてあげよ思って、無視しとったのに。人の好意を無碍にしたらいけないよぉ?」

「どうだか。私の扱いなど二人に対する人質か、人目のないところで始末する対象程度にしか思っていないのが透けて見える。お前は人殺しには向いていても、詐欺には向いていないな」

「上から目線で好き勝手に人のことを評価しないでくれる? 初対面の相手にそれはないわあ」

「最低限の礼儀を払う気にもなれんのでな。マッファ・ゼベはまだしも最初から敵意を隠さずに来て、勝手に椅子に座ってペチャクチャと囀る小物など視界に入れるのも不愉快だったが、この国の上層部の連中はハディーヤを国内の権力争いに利用するつもりでいるのが分かった。
 探せば一人くらいは例外がいるかもしれんが、マッファ氏族にもロメル氏族にも二人は渡せん。また生贄に捧げられるか、よくて飼い殺しの未来しかなかろう。ロメル氏族も最初に派遣する人間はもっと外面が良くて、舌の回る人間にすればよかったものを」

 はん、と特大の侮蔑を込めて鼻で笑うレニーアにシジャはにっこりと笑みを浮かべた。

「ちょびっと口が過ぎたなあ、おチビちゃん。わざわざ他所の国にまで来て他人様の事情にズカズカ踏み込むような礼儀知らずは僕がしつけたるわ」

 この瞬間にシジャの敵意は殺意に代わり、レニーアは思った通りの器の狭い小物だ、と内心でほくそ笑む。シジャの殺意に呼応して左右に侍っていた巨漢達が動き出し、右腕を振り上げる片割れにはアースィマが迅速に対応した。
 本来の利き手である左手でソレイガを逆手で抜き放ち、巨漢の腹から額までを容赦なく切り上げる。しかし、巨漢から噴き出したのは真っ赤な血ではなく、大量の砂であった。

「風よ!」

 アースィマは噴き出した砂が降りかかるよりも早く精霊に願い、腹部から左右に分かれた巨漢を吹き飛ばし、右手をハディーヤの腰に回してひょいっと抱え込む。ハディーヤも合図を送られていたこともあり、驚いた様子はなく彼女自身も精霊にいつでも呼びかけられるよう備えていた。
 そして残るもう片方は拳を振り上げた体勢から微動だにせず、そのままの体勢で固まっている。レニーアの強力な念動魔法により、全身を拘束されているのだ。レニーアは足を組み、優雅に腰かけたまま嘲笑を隠さずにシジャに話しかける。そこには命の危機など欠片も感じていない余裕があった。

「砂で出来た人間モドキがお前の自慢の技か。斬っても叩いても焼いても死なないという点は悪くないが、この程度では騙し討ちにしか役に立つまい」

「言うてくれるねえ。君が吠え面をかく姿が今から楽しみで仕方ないよ」

 ざあっと音を立ててアースィマに吹き飛んだ巨漢が無数の砂に変身し、レニーアの背後に回り込んだ。まさしく風に運ばれるような速度に対し、レニーアはくいっと小さく顎をしゃくり、同時に動きを止められていた方の巨漢の体が浮かび上がると背後に回っていた巨漢へと弾丸の勢いで叩きつけられる。
 再びぶちまけられる砂の全てをレニーアの思念魔法が捕捉し、まとめて二人分の砂を同じく思念魔法による念動力で開いた窓の外に放り投げた。指先一つ動かさず、念じるだけでこれだけの事をしてのけるレニーアに、改めてアースィマは脅威を覚える。

「私の吠え面か。お前がかく姿しか想像できんな?」

「そうかぃ。想像力が足りていないおチビちゃんだ!」

 さらさらと砂の流れる音がして、細い砂の筋がいくつもレニーアの足元から迫り、砂の蛇となり牙を剥いて襲い掛かる。シジャが隠し持つ毒を体内に仕込んだ砂の毒蛇は、一度噛みつけば敵対者の体内の毒と砂の双方を流し込んで確実に殺害する。
 砂の巨漢で仕留めきれない相手には、その隙を突いてこの砂の毒蛇をけしかける。これまで多くの対象を殺めてきた二段構えの攻撃だ。

「毒と砂が血管を流れる音を聞きながら死ね!」

「凄いな。ここまで小物発言を重ねられるのか。お前がどこまで小物に成り下がるのか、逆に興味が出て来たぞ」

 レニーアの首筋を正確に狙う砂の毒蛇達の牙が触れる寸前、見えないナニカに殴り飛ばされたように砂の毒蛇達が一斉に吹き飛び、毒混じりの砂がシジャへと叩きつけられる。

「んなくそ!」

 シジャが両腕を振るった瞬間、彼の服の襟や袖から新たな砂が流れ出し、彼の前面に砂の盾を作り出す。砂礫は全て盾が受け止めて、シジャへの被弾はない。その間にレニーアは立ち上がる。あくまでも優雅に、余裕を失わず、この世の全てを睥睨する女王のように。

「ふむ、咄嗟の判断は悪くない。余計な罵倒をするのは減点だが、自分を奮起させる為と考えれば余計というわけでもないか。よし、減点なしの加点もなしとしよう。良かったな?」

 まるで出来の悪い生徒に話しかける教師のような口調にレニーアに対して、シジャの表情が消える。純然たる殺意のみが彼の心を支配し、それ以外の感情を消し去った瞬間である。

「くくく、殺意に捕らわれるあまりに当初の目的を忘れる。素晴らしい小物らしさだ。お前は小物の中の小物だな? 褒めてやる」

 ぱちぱちぱち、とレニーアが乾いた拍手をする姿を、アースィマとハディーヤ、さらには座ったままのゼベも引いた顔で見ていた。

<続>

1 カラヴィスタワー探索用の有用な人材を集める
2 功績を上げる
3 今の人間の両親が喜ぶ
4 お父様(=ドラン)が褒めてくださる
5 私(レニーア)はとても嬉しい

レニーア 一石三鳥くらいの大名案! と考えています。
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