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6巻

6-3

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 以前、クリスティーナさんからどうやってフェニックスを使い魔にしたか教えてもらったのだが、なんとフェニックスとの出会いからして彼女の食欲が原因だったのである。
 なんでもまだ母親と暮らしていた時、祭りで見かけた怪しい出店で買った大きな卵から生まれたのがフェニックスのひなだったそうだ。
 最初は一抱えもある大きな卵だからお腹一杯卵料理が食べられると考えて、お小遣いのほとんどをはたいて買ったのだとか。
 クリスティーナさんは「あの頃は貧しかったからいつもお腹を空かせていたんだ」と、恥ずかしそうに私に告白した。
 天上世界の美姫びきかと見紛みまごう美貌と気品を兼ね備えたクリスティーナさんだが、顔も名前も知らなかった父親に引き取られるまでの間、かなり苦労していたのは、これまで聞いた話からも分かる。
 昔の話をするクリスティーナさん自身に悲壮の色はないからまだいいが、亡くなった母君の話をする時はさすがに悲しげな顔を見せるので、こちらも胸に痛みを覚えるものだ。
 ちなみに卵をどう料理しようかとクリスティーナさんが舌舐したなめずりをしたその瞬間に、卵はかえったそうだ。ピィピィと鳴くフェニックスの雛を前に、クリスティーナさんのお腹一杯大作戦はあえなくついえたのである。
 彼女の事だ、孵ってからしばらくの間は、フェニックスを大きく肥えさせてから食べてしまおうとでも考えていたのではないかと思う……
 ただ残念な事にクリスティーナさんとフェニアさんとの因縁いんねんは、セリナの曲がったへそを直すのに役立ってはくれなかった。

「焼き鳥って鳥だけに? 面白くありません!」

 ふんむ、使い魔の話はセリナにとっては決して軽々しく済ませて良い事ではなかったらしい。
 ぷんぷん、と可愛らしい怒気を振りまくセリナをさてどう宥めたものか。
 私が思案を巡らしていると、カツンカツン、と石畳を突くステッキの規則正しい音が鼓膜こまくに響いた。
 この音と規則正しさには聞き覚えがある。私は音のする方向へと視線を向けた。セリナも頬を膨らませたまま私の視線を追った。
 本校舎の方から銀のわしの握りが付いたステッキを右手に握り、頭のてっぺんから爪先つまさきに至るまで一分いちぶの隙もなく手入れの行き届いた身なりの男性が私達に近づいていた。
 私とセリナをこのガロア魔法学院へと導いた恩人であり、我が魔法の師であるマグル婆さんの長男にして我が兄弟子あにでしでもあるデンゼルさんだ。

「デンゼルさん、いえ、ここではデンゼル先生とお呼びすべきでしょうか」
「いやいや、どちらでも構わんよ。お前の評判はよく耳にしているぞ、ドラン。兄弟子として、またお前を推薦した身として誇らしく思う」
「村の皆の期待もありますし、マグル婆さんやデンゼル先生の顔に泥を塗るわけにはいきませんからね。勉学には常に全力を尽くしております」
「うむ、学生ならばかくあるべし、だな。二人きりのところすまないが、少し話をしても構わんか?」
「ええ。いいね、セリナ?」

 意識して柔らかい声を出し、すぐ傍のセリナに尋ねた。
 セリナとて時と場所を考える分別を持った大人だ。第三者の眼前で私に不満を訴えて困らせるわけにはいかないという事はわきまえていて、頬をしぼませて「はい」と小さな声で答える。
 ふむ、まだ不満そうな声の響きだな。これは思ったよりも根が深いかな?

「やれやれ、使い魔とはきちんと心を通わせておくのが魔法使いの心得だぞ、ドラン」

 デンゼルさんは呆れ半分、からかい半分の顔で言う。確かにセリナの手綱を握れていないのは事実なので、否定の言葉も出なかった。

「言い訳のしようもありません。今度の競魔祭予選会の事で機嫌をそこねてしまいまして」
「競魔祭? それは良い。模擬戦で随分と活躍しているのは耳にしていたが、やはりお前も出場を目指していたか。賞金は出んが賞品は希少な魔導書の複写本や実物の閲覧権、それに魔法素材だ。どれもこれも魔法使いとして得がたいものだぞ」
「ええ、それに競魔祭優勝の立役者という箔を付ければ、将来の展望もより広く開けるかと愚考ぐこうしました」
「なるほどな。母さんの言う通り、お前はきもわった奴だな。だが私の見立てでは、お前の相手になりそうなのは南と西の天才くらいだろう」

 昨年の競魔祭でネルを負かした生徒と、さらにその生徒を打ち破って優勝をかっさらって行った生徒か。同じ王国に属する魔法使いとして興味は尽きない。数ヵ月後に目にする実物はどうだろうか。

「評価して頂けているようで何よりです。ともあれ、まずは競魔祭に出場するところからですね。五人目の出場枠になんとしても入るつもりですよ」

 私がそう言った時、デンゼルさんがまゆを寄せて何やら思案する様子で口髭くちひげいじりだした。
 ふむ? 私は何かおかしな事を口にしただろうか? 私が視線でセリナに問いかけると、セリナも視線で問題ないとこたえてくれる。
 流石はセリナ、機嫌を損ねていても私の意図を読み取る能力は欠片も鈍らない。

「生徒ならば知らなくても仕方ないか。ドラン、お前はいわゆる四強、クリスティーナ、ネルネシア、フェニア、レニーアの全員が選出されたと思っているのだろう?」
「ええ。私の知る限りその四人が生徒の中では最高の実力の持ち主ですから。ひょっとして誰か出場を辞退したのですか?」

 妙だな、全員競魔祭への意欲に燃えていたはずだが……いや、レニーアとクリスティーナさんは私目当てだから少々違うか。ならその二人のどちらかが辞退したのか?

「いや、実はな……」

 デンゼルさんに事の次第を教えてもらった私は、大きな溜息を漏らすのを禁じ得なかった。
 その日の夜は、セリナの機嫌を直す為に私のベッドで一緒に眠る事にした。無論、いかがわしい事はしていない。


 翌朝、私達は大掲示板に貼り出された予選会出場者の一覧を確かめに向かった。
 大掲示板の前には既に他の生徒達が何人も集まっていて、競魔祭に出場する残りの選手が誰になるのかそれぞれ意見を口にしている。
 私の数少ない男友達であるゼノン、ベルク、ヨシュアの三人の姿も既に揃っていた。
 ゼノンとベルクに関しては、私を介してクリスティーナさんとお近づきになりたいという下心から付き合いが始まったわけだが、下級貴族の子弟していである二人は、暮らしぶりや価値観にさほど違いがなかったおかげで、今では対等な友人付き合いが出来ている。
 ただし、私の周りにばかり魔法学院の綺麗きれいどころが集まっている事に関しては、未だに激しい嫉妬の炎を燃やしてはいるけれど。

「やあ、ゼノン、ベルク、ヨシュア、面白いものでもあるのかね?」

 私に続いておはようございます、と挨拶するセリナに少し鼻の下を伸ばしながら、赤毛のゼノンが答えた。

「おう、競魔祭の予選会出場者の貼り出しさ。お前も出るんだな、ドラン」
「ふむ、ひとつ分かりやすい実績を作っておこうと思ってね。どれどれ……ゼノン達は出場しないのか?」

 冗談を言うなよ、とばかりにベルクが首を横に振った。

「出場を申し込めば誰だって出られるわけじゃないさ。戦闘系総合成績上位者や、授業を担当している先生方から推薦を受けた連中とかじゃなきゃ、予選会に出る事さえ出来ないんだぜ」
「そういう意味ではドラン、君の場合は申し込みをしなくても先生方から推薦が出ただろうね」

 ヨシュアはまるで我が事のように誇らしげに言う。
 模擬戦の授業でクリスティーナさんやネルと当たる事があるのだが、バンパイアとの戦いや天空遺跡での一件を経験して、最近では魔法学院に入学した時より自重じちょうかせゆるめている。その為私は常勝不敗街道を進んでいた。
 ガロア魔法学院四強のクリスティーナさんとネルを相手にしても負け知らずの私であるから、同じ授業を受けている生徒達や教師陣からの評価は推して知るべし、といったところだろうか。
 授業を担当している先生方とは別に、学院長は私が竜の転生者である事を既に知っているが、それを公にする気はないようだし、予選会出場に関しても特に干渉かんしょうはしていないようだ。今回の予選会は改めて私の実力を観察するいい機会とでも思っているだろう。
 私は軽く肩を竦めてヨシュアに応えた。

「推薦はどうだか分からないが、成績の方では難しかったのではないかと思うよ。結局のところ、私は魔法学院に籍を置いてまだ三ヵ月も経っていないのだから、実績の蓄積という点では他の生徒に大きく溝を開けられているだろう? 特に依頼となると、私はあまり討伐系を受注していないし、こなした数自体少ない。基本的にお風呂を作ったり馬のゴーレムを作ったりして日々を過ごしていたからね」

 何年も魔法学院に通っているゼノンやヨシュア達に比べれば、私が受けてきた授業の数やこなした依頼の数には大きな差がある。私はそう口にしたのだが、ゼノンやベルク達はどうにも納得のいっていない顔だ。
 ふむん? 三人の気持ちをヨシュアが代表して私に語ってくれた。

「ドラン、君はどうにも、自分がこの二カ月と少しの間にどれだけの事をしてきたかを理解していないようだ。たとえこの魔法学院に何年居たとしても、あのネルネシアやミス・アルマディアを相手に勝利し続ける生徒は、これまで一人もいなかったんだ。君は彼女達を相手に勝利を重ね続ける、史上初めての生徒なのさ。これまでの実績とは言うが、この一点だけでも君が競魔祭代表に選ばれてもおかしくはない」

 ふむぅ、まあ、確かにあの二人を含めた四強の生徒達は、ガロア魔法学院の生徒や教師を含めた上でも飛び抜けた実力を持っている。
 この王国全土を見渡してみても、彼女達の実力は上から数えた方が早いのは間違いない。
 特にクリスティーナさんは超人種として覚醒したなら、誇張こちょうでもなんでもなく、歴戦の猛者もさを相手に文字通り一騎当千いっきとうせんの活躍をする超人となるだろう。

「どうもガロアの女子は強いようだからね。一人くらいは男が意地を見せねばなるまい。代表になれるよう、私も頑張るよ」
「予選会の勝利者が君である事は揺るぎないと思うけれどね」
「そうですよ、ドランさんなら、クリスティーナさんやネルネシアさん相手にだって負けないんですから、誰が相手でも大丈夫です!」

 ヨシュアやゼノン達に加えて、セリナも、私が予選会を勝ち抜く事を信じて疑わない様子である。
 確かに、予選会出場者の一覧を見ても脅威きょういと感じる相手はいない。だが……ただ一人だけ、私と戦える生徒がいるのだ。ちょうどその生徒は私達と同じように掲示板を見に来ていたようで、すぐにその顔を見る事が出来た。

「ドランさん、おはようございます」

 普段は決して見せる事のない満面の笑みを浮かべ、周囲の生徒達に驚愕きょうがくを与えながら私だけに挨拶をしたのは、四強の一人である〝破壊者〟レニーア。
 その傍らには、レニーアにとってただ一人の友人であろうイリナ嬢の姿があった。それにしてもこの二人はどういった経緯けいいで付き合いが始まったのであろうか、ふむん?
 ついこの間まで怒りや不快などを除けば、あらゆる感情を見せた事のなかったレニーアが満面の笑みを浮かべている事に、周囲の生徒達は天変地異の前触れかと畏れおののいている者までいる。
 そりゃあ、これまで他の生徒に対する徹底的な無関心を貫いてきたレニーアがこうなったら、誰だって驚きもするだろう。
 ゼノンやベルクも面食らっているが、こちらは何度か目撃済みだから反応はいささか控えめだ。

「おはよう、レニーア、イリナ」

 私が挨拶を返すとイリナは恐縮した様子で頭を下げた。
 ふぅむ、この気の弱さというか人見知りぶりで、よくレニーアの傍に居られるな。それとも常識のまるでないレニーアだからこそ、傍に居られるのだろうか?
 実に大仰おおぎょうなヨシュアの挨拶が終わるのを待ってから、私は掲示板の方を指差して彼女らの用件を言い当てた。

「レニーアも予選会の出場者名簿が目当てかね?」
「はい。私は見る必要はないと言ったのですが、イリナがしつこく言うものですから。それにおと……ドランさんも居られるだろうと言われれば、来ないわけにはまいりません」
「もう、レニーアちゃんは自分に自信を持ちすぎだよ。誰と当たるか分からないんだよ?」
「お前は自信が無さすぎだ。それに、ふん、この魔法学院の者共の中でドランさん以外にこの私にかなう者などおらぬ。誰が相手だろうと負けるものか」

 そう……何を隠そうこのレニーアは競魔祭代表選手の選出から漏れていたのだ。
 無論、レニーアの成績は学院上位四名のうちに入っていたし、スラニアでの一件以降はその戦闘能力にも磨きがかかり、本来ならば選出されてしかるべきである。
 ところが彼女は、日頃からいくつかの授業を欠席し続けていた為に、進級に必要な単位が不足していたのだ。
 レニーア自身はさして気にも留めていなかったが、学生の本分である学業をおろそかにする者を魔法学院の代表として栄えある競魔祭に出場させるわけにはいかない、と学院側は判断したわけだ。
 とはいえ、学院の本音としては、競魔祭本戦をにらむと彼女の戦闘能力はあまりにも惜しい。せっかく本人がやる気になっているので、あえて出場禁止にはしなかった。
 学院からの推薦はしないが、他の生徒と同様に予選会に出場して、自ら代表選手の椅子を勝ち取った――という建前たてまえなら問題ないと、魔法学院側は考えたのであろう。
 そして、不足している単位は追試や補習を山ほど受けさせて補ったに違いない。

「自分の力に自信を持つのは良い事だが、学業を疎かにしていては、あまり感心は出来ぬぞ、レニーアよ」
「そうなんですよ、ドランさん。レニーアちゃんたら、受けなきゃいけない授業でも平気で休むから、受けさせるのがいつも大変なんです!」

 思わぬところで味方を得たと言わんばかりに声を大にするイリナ。
 一方レニーアは、魂の父と慕う私の前で普段の散々な体たらくを暴露され、あたふたし始める。私の前では見栄を張りたいお年頃らしい。

「イリナ、この方の前で余計な事を口にするな! どど、ドランさん、私には必要のない知識と判断したからこそ授業を受けなかっただけで、有用と思えるものは無論受けておりました。決してなまけていたわけではないのです」
「ないのですも何も、君とてまだご両親のお金を頼りに暮らしている身であろう。ならばそれに応える努力するのは当たり前の事だよ。私が親なら、子供が自己の判断で授業を放棄していたと知れば落胆するだろう」
「んな、あ……」

 ぐらっとレニーアの小柄な体が揺れたかと思うと、次の瞬間彼女はうなだれて膝を突いた。私の言葉にかなりの衝撃を受けた事が見て取れる。
 ふうむ、私を慕ってくれるのは良いのだが、いささか依存が過ぎるな。私の言動でこうもいちいち浮き沈みを繰り返していては、いつか心身の健康を損ないそうだ。
 ちと今後の対応を考える必要があるか……
 レニーアの奇行によってますます周囲の生徒達からの注目が集まり、私の背後でゼノンやベルクも軽く引いているのが分かった。
 彼らにとって、今のレニーアはもはや別人としか映らないのではないだろうか。
 ふむ、まあそれはそれとして、現実的な話もしなければなるまい。

「選手名簿のついでに試合表も見たが、出場者は私達二人を含めて八人にまで絞られている。私とレニーアが戦うとしたら、二人とも決勝に進出した場合だけだな。代表に確定しているのはクリスティーナさん、フェニアさん、ネルの三人だから、決勝に進出した時点で代表入り確定だ」
「は、はい。幸いにしてドランさんも私も代表入りは確実です。これを機に、他の魔法学院の者共にも我らの力を思い知らせる事が出来るかと」

 途端に復活して意気揚々いきようようと語るレニーアを見て、セリナが呆れ気味に私の耳に顔を寄せると声をひそめて話しかけてくる。

「ドランさん、レニーアさんは切り替えが早いですね。さっきまでこの世の終わりみたいな感じで落ち込んでいたのに、もう元気になっています。しかも空元気からげんきというわけじゃありませんよ」
「数少ないレニーアの長所だと思ってあげなさい。私は他人の悪いところではなく、良いところを見るようにと教わったよ」
「あ、私もパパとママにそう教わりましたよ。でもレニーアさんの場合はなんと言いますか……」

 言葉をにごすセリナだが、何を言いたいかは私にもよく分かる。
 悲しい事にレニーアの場合、その極端過ぎる性格が災いして、良いところはあまりに少なく、悪いところは山程あるのだ。セリナが口籠くちごもるのも無理からぬ事である。
 私達がこの新たな友人兼娘(仮)について同じ感想を抱いている事など露知らず、当のレニーアはふんふんと鼻息荒く、先程の失態をつくろうように熱を込めて弁舌を振るう。

「他の者共はいざ知らず、私とドランさんさえ居れば決勝でも二つの勝ち星は確定したのも同然。この度の予選会など通過点に過ぎません」

 公衆の面前で堂々と大言壮語たいげんそうごを放つレニーアであるが、実際に四強と呼ばれる実力者であるから、面と向かって否定出来る生徒はいないようだ。
 くぎを刺してレニーアに冷や水を浴びせるのも可哀想かわいそうかと思い、しばらくレニーアの口が動くままに任せる事にした。
 ふうむ、それにしても周囲から私とレニーアに降りそそぐ視線のなんと居心地が悪い事か。
 レニーアは悪い子では、いや、ううん……でも大邪神たるカラヴィスの因子を持っているし、魂が邪悪なのも確かなのだが、多分、きっと、そこまで悪い子ではないのだ。
 良い子だと断言出来ないのが、とても悲しいけれど。


     †


 予選会の開催日が近づき、出場選手達がそれぞれ準備に明け暮れている中、私はいつもと変わらぬ学院生活を送っていた。
 私の場合、四強に名を連ねるクリスティーナさんやネルとしょっちゅう模擬戦を行っているので、普段から戦い漬けの日々である。その為、他の生徒達と違って、予選会に向けて特別に何かする必要性を感じられなかった。
 セリナと同じ部屋で寝起きし、一緒に食事を取り、一緒に授業を受ける。放課後はクリスティーナさんやネル、レニーア達と模擬戦を行い、空いた時間で浴場の手入れをしたり、お茶をしたりと、これの積み重ねである。
 予選会並びに競魔祭本戦では自分の用意した装備や魔道具の使用を許可されている為、他の――レニーアは例外だが――予選会出場選手達は鍛錬以外にも装備集めに奔走ほんそうしている事だろう。
 私はいつも通り、魔法学院の学生服とベルン村から持ってきた長剣という組み合わせで、予選会と競魔祭本戦に臨む予定だ。
 ガロアで名剣や優れた魔道具の類を用意しようと思っても、私の人脈では自作する以外に入手する方法はない。
 元々魔法学院の制服は高品質の魔法の防具と言ってよい品であるから、これだけでもそこらの傭兵や冒険者などはよだれを垂らすほどの高水準の装備であったりする。
 それに、愛用の長剣は私が何度も魔力を込めて使用した事で、今やちょっとした魔剣と化しているのだ。
 こうして私が変わらぬ時を過ごしていても、やはり魔法学院の空気には少しずつ緊張感が満ち始めている。その変化は私とセリナの意思を無視する形で、一方的にこちらを巻き込んでくるのだった。


 その日の授業を終えた私とセリナは、クリスティーナさん達と模擬戦をするべく、ガロアの郊外へと向かっていた。
 私達が本校舎から正門へと向かう廊下ろうかの一つを進んでいると、向こうから見覚えのある少年少女を含む一団がやってきた。以前セリナに絡んできた生徒達である。
 左目の下にある泣き黒子ぼくろが特徴的な女生徒を見た時、セリナがかすかに肩を震わせたのを、私は見逃さなかった。
 以前から遠目に私達の姿を見ては、面白くなさそうにしていたが、ネルと行った模擬戦で四強にまさる私の実力を見せつけて以降は、向こうも余計なちょっかいを控えていたはずだ。
 しかし数が集まれば気が大きくなるのか、それとも頼りになる誰かがいるのか、こちらを見る彼女らの瞳はいつになく強気である。
 ふむ、女生徒の名前は確かミッタリアといったか。しかし、こんなところで無駄ないさかいはつまらん。
 私は廊下の端に寄って彼女達に道を譲ったが、すれ違いざまに、そのミッタリアがわざわざ足を止めて私達に声を掛けて来た。

「いやだわ、大きな蛇のいずり回る音が聞こえる。春からずぅっと聞こえていて、耳障みみざわりね」

 ふむん。そういう言い方をするか、そうか、そうか……
 不意に後ろに控えているセリナが、私の制服のすそを引っ張ってささやいた。

「ドランさん、怒らないでとは申しません。でも、私は平気ですから今はこらえてください」

 ああ、最も悲しんで――最も怒っているのはセリナ、君だろうに。
 私はセリナの言葉で全身の血が煮え立つほど熱くなっていた事に気付き、理性をもってそれらを冷やさなければならなかった。
 私が何も反応を見せなかった事がつまらなかったのか、ミッタリアは一団の中心人物らしき少年に視線を向けた。
 無駄な脂肪も筋肉も一切ついていないすらりとした長身、陽光を受けて輝く灰銀の巻き毛が目を引く秀麗な美貌の主で、涼しげな目元は年齢よりも大人びた知的な光をたたえている。
 そのたたずまいは実に凛然りんぜんとしており、貧弱さや愚鈍ぐどんさは感じられない。
 外見だけで判断するなら野蛮やばん粗野そやといった類の言葉とは一生縁がなさそうな少年だった。

「ねえ、グラーフ様、そうは思いません事?」
「ミッタリア、君の言葉を否定はしないけれど、面と向かって言うのはいささか礼を失するよ」
「あら、ごめんなさい、グラーフ様。私とした事が」

 口ではそう言ったものの、ミッタリアに反省の色は欠片もなく、その周囲の生徒達もへらへらとして腹立たしい表情を浮かべている。

「いいさ、ぼくは気にしない」

 そう言って、少年はこちらにさわやかな顔を向けた。

「さて、ミッタリアが失礼したね。君がベルン村のドランか。ぼくはグラーフ・エーゼン・カルロッサだ」

 声は穏やか、表情も友好的、ただし胸の内は……というやからだな。私は素直に首肯しゅこうした。
 上辺うわべだけのたしなめに上辺だけの反省。繕うのは上辺だけか。好きになれんな。
 建前上、魔法学院の中では身分の上下にこだわってはならないという事になっているが、生まれた時から誰かにかしずかれ、支配者として育てられた貴族達の中で、本心からそう思っている者は残念ながら大多数とは言えない。
 グラーフと名乗った少年は、表向きは魔法学院の暗黙の了解を守っている風だが、瞳のそう深くないところで〝農民風情が膝を突きもせずに〟と、苛立いらだちを募らせているのが見て取れた。
 普通に考えれば、このグラーフ少年のような態度こそが貴族の平民に対するものとしては当たり前であり、ファティマやネル、クリスティーナさん達のように分け隔てなく接してくれる者は珍しい部類なのだろう。

「こうしてお目に掛るのは初めての事ですね、グラーフ様」
「君の噂はかねがね耳にしていたし、ミス・アルマディアやミス・アピエニアとの凄まじい模擬戦の数々も、この目で見させてもらった。流石はデンゼル師が推薦するだけの事はある。同郷のよしみ故の入学かと勘ぐってしまった事もあったが、どうやらそれだけではなかったようだ。それにラミアのような魔物を使い魔にしている事も、君の実力をよく表しているよ」

 さてこれは褒められているのかけなされているのか。言わずもがな後者か。口では褒めて、内心では罵倒ばとうしているのだろう。

「ガロア魔法学院の生徒になるという、身に余る栄誉えいよを頂戴いたしました。これに恥じぬ結果を為せるよう、非才の限りを尽くして勉学にはげんでおります」

 我ながら冷たい声が出たものだと思う。
 静々しずしずと怒りを溜めこんでいる私の気配を敏感に察して、後ろのセリナが慌てている。私とした事が、これはいかんな。おごった子供の戯言ざれごとにこうまで心をかき乱されるとは、大人気ないにも程があるぞ。

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