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5巻

5-3

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 そうして日々を過ごすうちに、ガロアから調査隊がやって来た。
 調査隊は二百名に及び、フラウパ村を包囲して逃げ出す者がいないか油断なく監視の網を巡らしていた。
 一糸乱れぬ統制から、ガロアでもりすぐりの精鋭が派遣されたものと想像出来る。あるいは、ただの兵士でもこれだけの動きが可能なほど厳しい訓練が厳しいものなのか。
 ひと際見事な駿馬にまたがった三十代後半の騎士隊長は、マイラール教をはじめとしたき神々の教団に仕える高位の司祭や、神官戦士達を引き連れていた。
 バンパイア化の疑いを晴らすのは、陽光に身を晒すのが手っ取り早く、かつ確実な方法である。その為、畑仕事を中断し、村長の家の前で整然と並んで迎えた村人達に、騎士隊長や兵士達が疑いの目を向ける事はなかった。
 その後の調査は拍子抜ひょうしぬけするほど順調に進んだ。村人達は全員一人の例外もなく人間の身体のままであったし、ファティマも無事に健康な体を取り戻している。
 ファティマが中途半端なバンパイアであるシエラを使い魔にしている事は大いに驚かれたが、シエラの身体には使い魔の証拠である刻印が刻まれているから、それ以上事が荒立つ事はなかった。
 ことバンパイアの関わった事例としては異例なほど被害が少なく、迅速じんそくな解決に至った今回の件は、王国の歴史に残るかもしれない。
 幸い、ドラミナも騎士隊長が最低限以上の礼節をもって接したので、不愉快な思いはしていなかったが、日が経つにつれてどこか物憂ものうげな表情を見せるようになった。
 そして、調査隊に伝えるべき事を全て話し終えた日、ドラミナは私とセリナが滞在している宿屋の部屋を訪れて、村を発つ事を告げてきた。


 その日の夜、ドラミナは村の裏門からこっそり出立しゅったつする事になった。
 僅かに欠けた月が天上に輝き、夜風に流れた雲が星空の海に浮かぶ島のように点々としている。
 私は一人、門の外に出た馬車の傍らでドラミナと別れの挨拶あいさつを交わしていた。
 リタやセリナ、ファティマ達も見送りを申し出たが、あまり大勢で連れ立っては調査隊の目に付く可能性もあったので、彼女らには渋々納得してもらっている。
 調査隊の人々には黙っての出立だが、彼らにしてもドラミナは友好的なバンパイア、かつ一国の女王という事で、扱いには随分胃を痛めている様子だった。亜人種と共存している我が王国といえども、バンパイアの住人はまずいない為、扱いにきゅうするのも止むなしか。明日の朝、ドラミナの姿がない事に気付いた隊長も、失態半分安堵半分といったところだろう。
 バンパイアクイーンが国内を闊歩かっぽしているかもしれないという事態は、国家存亡級の緊急事態だが、ドラミナにはあらかじめ了承を得て、私や調査隊の魔法使い達が残留性の思念を付着させている。これで少なくともドラミナが王国の外へと出るのを確認出来るわけだ。

「皆、君を見送りたいと残念がっていたよ、ドラミナ」
「妾には過ぎた事です。この国の方々に我らの因縁いんねんで災いを招いた事に関しては、どれだけ頭を下げても足りません。そう言いながら、調査に来た方々の目を盗んで去るのですから、どの口がと思われても仕方ありませんね」
「ドラミナにはドラミナの都合があるさ。君が話せる事はもう全て話してあるし、後は私やリタ、ファティマが神々に誓って真実を明かすよ。君は気兼ねなく故郷へと戻りなさい」
「ありがとう。そう言ってくれると気が楽になります」
「しかし、これからどうするつもりだ?」
「そう、ですね。最後の始祖六家だったジオールとその子息が滅びた以上、故郷の南の大陸では新たなバンパイア国家の建国を巡る戦乱がいつ起きるとも分かりません。妾の生存が知られればかつぎ出そうとする者もいるかもしれませんが、妾にはもう国の上に立つ勇気などありません。臆病者おくびょうものと笑ってください。妾は既に治めるべき国も民も失ったのです。後はただ、歴史の中に愚かな敗残者として名を刻むのみ。あるいはグロースグリアの家臣達が、主君の仇討かたきうちに妾の心臓をえぐりに来るかもしれませんね」
「一人で大丈夫か?」

 私は心底心配になって問うたのだが、よほど情けない顔でもしていたのか、ドラミナは子供の我儘わがままを聞いた母親のような顔になっていた。

「ふふ、大丈夫ですよ。貴方の血を頂いてからは、すこぶる調子が良いのです。この力があれば、あの時、国を滅ぼされる事もなかったでしょう。……いえ、いけませんね。失ったものはもう二度と戻らないのですから、口にしても虚しいだけ。故国に戻ったら、皆に仇を討った事を報告し、野晒のざらしになっている皆のお墓を作り、いやしい盗掘者達が足を踏み入れられないように閉ざすつもりです。それが終わったら、もうする事がないというのだけは、困ったものですが」
「ふむ、なら一段落して気が向いたら私の所にでも顔を出してくれるとありがたい。君がどうしているかファティマやリタも知りたがるだろう。私はガロアにある魔法学院か、その北にあるベルンという村のどちらかにいるだろうから、探すのは難しくはないはずだ」
「それは、でも、妾が顔を見せては貴方に迷惑が掛かるかもしれません。なにしろバンパイアですから……」
「どうとでもするし、どうとでもなるよ。まあ、土産みやげの一つも持ってきてくれると嬉しい」
「まあ、ふふ、ではなにか見繕みつくろっておきましょう」
「ああ。適当に頼むよ」
「ふふ、まさかこんな和やかな気持ちになるなど、この地に辿たどり着くまでは夢にも思わなかった事。ドラン、ありがとう。貴方のお蔭です。ではそろそろ、妾は行きます」
「そうか。名残なごり惜しいが、今生こんじょうの別れというわけではない。また会える日を夢に見て待つとしよう」

 湿しめっぽいのはなしだ、と微笑む私に、ドラミナは少し躊躇ちゅうちょしてからすっと体を寄せて、頬に手を添えた。ドラミナの顔がぐっと近くなり、柔らかく濡れたものが触れる。

「これは、お礼です。殿方とこのようなことをするのは初めてです」

 唇を離してはにかむドラミナに、私はしばし見惚みとれて立ち尽くす。それほどまでに目の前の女性は美しく、あまりにも可愛らしかった。

「素敵なものを頂いてしまったな」

 私はようやくこれだけの言葉をしぼり出した。

「お礼ですから、気にしないでください。これ以上貴方と話していると、離れ難くなりますから、もう……」
「ああ」

 ドラミナが馬車に乗り込むと、スレイプニル達はそれぞれ嘶きを上げる。世話になったな、と彼らなりの別れの挨拶というわけだ。
 ゆっくりとスレイプニル達が歩き出し、車輪がきしむ音を立てて進み始める。徐々に夜の闇に沈む道の彼方へと去ってゆく馬車を見送り、私は別れの言葉を口にした。

「達者でな。またいつか、会おう」

 ふと空を見上げれば、欠けた月が変わらぬ美しさで世界の全てを照らしている。
 美しい者も、醜い者も、生ある者も、死せる者も分け隔てなくただ冷たく静かに。

「ああ、月が綺麗だなあ。でもやはり、君の方が綺麗だよ、ドラミナ」


 第二章―――― 空への道連れ




 私とセリナはフラウパ村で起きた悲劇から無事に魔法学院へ帰還したが、ファティマは念の為調査隊に同行した司祭達から治療を受ける事となり、私達に遅れて三日後にガロアへ戻って来た。
 結局、魔法花輸送の依頼は時間切れで失敗となったが、それを補填ほてんする形で多額の報奨ほうしょう金が支払われた。フラウパ村を襲ったバンパイアを撃退した功績が評価された形だ。
 私達は学院とガロアの総督府から密かにお褒めの言葉を頂く事となった。
 今回の騒動でバンパイア化の感染が防がれた事は確認されたが、学院や総督府のお歴々れきれきからは、事実をおおやけにして世の人々に要らぬ不安を与えるべきではない、との判断が下され、私もそれに同意した。あまり波風を立てない方がドラミナにとっても都合が良いだろう。
 問い詰められてクリスティーナさんにだけは事情を話したのだが、バンパイアと私達が戦ったと聞いた時の反応は、なんというか凄かった。
 食いかからんばかりの勢いで顔を近づけて私達の体にべたべたと触り、こちらが口を挟む暇もなく、やれ怪我はないか、血を吸われてはいないか、疲れてはいないか、と同じ事を何回も繰り返し尋ねたのである。
 いや、まあ、心配してくれるのはありがたいのだけれども、流石にこれには私達全員が辟易へきえきとして、ファティマでさえ困惑気味に笑うほどだった。
 そのファティマも、依頼を受けて何日も魔法学院に帰らなかったと思えば、バンパイア――正確には〝なりかけ〟だが――を使い魔として連れて帰って来た格好だ。その事に魔法学院が騒然そうぜんとなったのは言うまでもない。親しかった同級生や、ファティマの家に仕えている他の貴族の子女らは、目を見開いて事情説明を求めたが、ファティマがにこにこと人好きのする笑顔のまま「内緒」、と決して口を割ろうとしなかった為、真相を知り得た者はいない。
 そのシエラを見て、また顔色を青やら赤やら、と変えるクリスティーナさんを落ち着かせるのに、私達総出で説得して丸一日を要した。
 多少の慌ただしさと変化こそあれ、こうして私達はようやく平穏な魔法学院の生活へと帰って来る事が出来たのである。


 いつもの平穏を取り戻したある日の事、男子寮に帰ると玄関で寮母のダナさんが私達の事を待っていた。

「ああ、ドラン、セリナちゃん、お帰り。待っていたよ」
「ただいま帰りました。ところで私達を待っていたご様子ですが、何かありましたか?」

 ダナさんは厚みのある肩を竦める。どうしても今すぐに、というわけではなさそうだが、さりとて後回しにするわけにも、といった具合の事態と私は見た。

「あんたがお風呂を作った事が、使用人の子らの間で話題になっていてね。その事であたしを通してドランにお願いしたいって流れになったんだよ」

 何を頼むのか、ダナさんはまだ具体的に口にしていなかったが、話の流れでおおよそ想像出来た。

「使用人の方々用の浴場建設ですか?」

 ダナさんが浮かべた少し困った笑みが、正鵠せいこくを射た事を私に伝えた。

「建設とまではいかないけど、まあそうなんだよ。あたしを含めてここに奉公している使用人の子らは、普段蒸し風呂か小さな浴場の方を使っているんだけど、最近ガタが来ていてね。あんたに頼めば普通に修理を依頼するよりも格安で直してくれるんじゃないかって、若い女の子達の間で話になっていたのさ」
「ふむ、別に構いませんよ。さほど労力の要る事でもありませんし、ダナさんは勿論もちろん、皆さんには普段から何かと面倒を見ていただいていますから」
「ああ良かった。あんたなら引き受けてくれると思っていたよ。ただ、なんもかんもあんた任せじゃ悪いし、事務局の方への手続きや資材の手配はあたし達でやっとくよ。あと、これは正式な依頼として事務局に発注しとくから、後で受注手続きをしておいておくれ。少ないけれどあたし達で依頼料を用立てしておくから、それがお礼さ」

 そこまでしていただかなくても、と口にしかけたが、ダナさん達が用意したお礼とその気持ちを無下に断る方こそ失礼だろうと思い直した。

「分かりました。正式な仕事としてお引き受けいたします。非才の身ですが、依頼を受けるからには全力で完遂かんすいしてみせましょう」
「あっはっは、あんたがそう言ってくれるんなら安心して任せられるよ。それと、謙遜けんそんだってのは分かるけど、あんたが非才だって言ったら、この世の中に才能のある魔法使いなんて一人もいなくなっちまうよ。あたしは長い事魔法学院に勤めているけれど、あんたはアークウィッチにも引けを取らない才能の持ち主だと思っているんだからね」

 アークウィッチとは、王軍の魔法師団に所属している周辺諸国最強の魔法使いの二つ名である。その者は絶大な魔力と数多あまたの攻撃魔法を操り、単独で一個魔法師団にも匹敵ひってきする怪物だという。ただ、その評判の所為せいで二十歳を過ぎても結婚相手が見つからず、未だに独身らしい。貴族社会では後数年すれば、行き遅れ扱いされる年頃である。
 さて、ダナさんからのお願いを聞いた私は早速行動に移り、使用人の皆さんの代表人物と話をして、彼らの要望を取り纏めた。
 既に浴場建設を経験した私にとって、さほど要望の多くない使用人用の浴場修理は朝飯前。建築に必要な資材の確保が済んだのもつか、浴場内のいたんだ箇所の修繕作業を数刻で終わらせてしまったのである。
 あまりにも速すぎる浴場の修理は、依頼を出した使用人や事務局の方々を戸惑とまどわせるほどだったが、速いに越した事はあるまいて。
 こういった建築や修繕業務は故郷のベルン村に帰ったら確実に役立つ為、浴場の修理を終えた私は良い経験をしたと内心で喜んでいた。
 だが、この出来事は同時に予期せぬ結果を招きもした。
 魔法学院では一部の優秀な生徒には、その外見や使用する魔法などから生徒や教師がいつの間にか二つ名を付け、それが広まって定着する事が多い。
 たとえば、クリスティーナさんの『白銀の姫騎士』、ネルの『氷華』、レニーアの『破壊者』、そして未だ出会っていないガロア四強最後の一人の『金炎の君』などだ。
 ラミアを使い魔にしており、四強の一人であるネルと互角の戦いをし、もう一人の四強のクリスティーナさんと仲の良い私は、編入当初から良くも悪くも他の生徒の注目の的であった。
 その私が今回披露ひろうした浴場建設の腕の妙は、当然生徒達の間にもまたたく間に広がり、いつしか私はこのように呼ばれていたのである。
『お風呂屋さんのドラン』と。なんだねそれは……ふむん。


     †


 私はドラン。ベルン村のドラン。魔法学院生徒のドラン。そして――

「お風呂屋さんのドラン」
「ふふっ、ドランさん、いきなりそれは卑怯ひきょうですよ」

 唐突に呟いた私の台詞に、隣に立つセリナが思わず噴き出す。


 私とセリナは城塞じょうさい都市ガロアの中にあるいくつもの大衆浴場の一つを訪れていた。
 石造りの家屋がずらりと立ち並ぶ中に、長い煙突えんとつが屋根から飛び出た平屋の建物がある。ガロアの中でも老舗しにせに分類される大衆浴場だ。

「そんなに笑えるかい?」
「だってクリスティーナさんやネルさん達の二つ名と比べると職業ですよ? 確かにドランさんはお風呂を造ったり修理したりしましたけれど、安直と言えば安直じゃないですか。ふふ、お似合いですけれどね」
「なら、セリナは今後、お風呂屋さんのドランの使い魔と名乗らねばならないな」
「う~ん、ドランさんの使い魔を名乗るのは全然嫌じゃないですけれど、少し考えちゃいますね。でも、私はドランさんのお風呂が大好きですから、それでもいいと思いますよ。ドランさん自身はその二つ名を結構気に入っているんですか? それともお嫌ですか?」

 多分、最初にお風呂屋さんのドランと言い出した者に、私への悪意はなかったのではないかと思う。ただ、私を良く思わない一部の者達が、それを私の二つ名とするべく陰で面白おかしく言い立てて、気付いた時にはもう定着していたのだろう。

「ふむん。あからさまに侮蔑ぶべつを込めて言われればともかく、単に二つ名として見ればそれほど嫌というわけではないよ。ロマル帝国からの浴場文化の流入で、王国にも大衆浴場があちこちに出来ているし、浴場造りで名をせれば、そっち関連の仕事に恵まれる可能性もある。ベルン村に大浴場を造って、湯治場として発展させる事だって出来るかもしれない」
「ドランさんはいつもベルン村の皆さんの事を考えていらっしゃいますね」
「生まれ故郷だからね。私にとってあの村に生まれ、父母に育てられた事は最大の幸運だったよ」
「ふふ、家族と故郷を大切に思えるのは素敵な事ですよ。それじゃあ、今日も頑張りましょう」
「ふむ」

 さて、私達がこの場所に訪れた理由も『お風呂屋さん』絡みだ。
 私の浴場建設を目の当たりにした使用人の一人が、この大衆浴場を経営している親類に話を通し、私に依頼が回ってきたのである。
 まがりなりにも浴場経営の専門家が魔法学院の生徒に過ぎない私を指名したのは、依頼料が格安である事もさることながら、ついこの間、浴場を修理した実績からだ。この浴場に使用されている湯沸かし器は魔力を利用した物である為、まきを使う一般的な浴場の修理とは話が違ってくる。私は修理に必要な技能を持った少ない該当者だったわけだ。
 幸いにして、故障した湯沸かし器は私の知識でも充分に対応出来るもので、水と親和性の高いセリナの手伝いもあり、こちらも使用人用の浴場と同じくらい手早く修理を終える事が出来た。
 数日間は修理が完璧であるかを確かめる為に浴場は休業したが、湯沸かし器に異常は発生せず、むしろ以前よりもはるかに速く、そして低燃費でお湯を沸かせると依頼主も喜んだ。
 自分の仕事が上手くいった事に、私とセリナは揃ってほっと胸を撫で下ろしたが、この後、修理の評判が口コミで広がったらしく、私を指名した浴場修理の依頼が増えたのは、思わぬ誤算である。まさしく『お風呂屋さんドラン』の面目躍如めんもくやくじょといえよう。


     †


「ふんむー」

 魔法学院敷地内にあるセリナ用浴場の休憩室で、私は考え込む時の口癖を鼻息と共に盛大に吐いた。この浴場はセリナ用に建設したので、浴槽や更衣室に男が入れないのは当然だが、休憩室までなら入れるように造ってあるのだ。
 私とセリナがガロアを留守にしている間、浴場の管理をどうしていたかというと、建設の際に出た土を素材にして造ったゴーレム達に任せている。
 このゴーレム達は私の腰くらいまでの背丈で、大小の球体を縦に重ねた形状だ。胴体に相当する大きな球体から手足が伸びて、それぞれの先にまた五本の指を備えた球体がくっついている。頭部に当たる上の小さな球体には、目の代わりに青みがかった大ぶりの硝子ガラス玉をめ込み、円筒形の帽子を頭頂部に被せており、鼻や口のない雪だるまみたいな顔だ。私の魔力の影響で全体の色は雪のように真っ白である。
 私はこの小型ゴーレム達をテルマエゴーレムと名付けた。テルマエとは、西のお隣であるロマル帝国の古語で風呂や浴場を意味する。浴場建設の為に造り出し、特別に防水加工と釜場での作業を考慮して耐火加工を施したこのゴーレム達には似合いの名前だろう。
 後でこのゴーレムの作り方を纏めて事務局に提出すれば、私の成果物として評価してもらえるだろうか。
 今もテルマエゴーレム達はほうきやチリトリ、雑巾ぞうきんを手に浴場の清掃にいそしんでいる。
 さて、なぜ私がこの休憩室に居るかというと、なんだか最近、すっかりお風呂に縁の出来た我が身を思い返し、この経験を故郷に活かせぬものかと、改めて書面に起こす為だった。
 そんな私に、お風呂上がりの身体を椅子に落ち着けていたファティマとネルが声を掛けてきた。
 二人とも、今は風呂上がりの身体を前合わせのゆったりとしたシルクのガウンで包み、火照ほてった肢体を休ませている。同じ年ごろの男子生徒を前に何とも大胆な姿だが、この二人は私を異性として見ていない節があるからだろう。
 クリスティーナさんは近くに出現した猛獣退治に出かけているらしく、不在である。
 ファティマの使い魔となって以来、影のごとはべるシエラの姿は休憩室になかった。バンパイアは流れる水を弱点とするが、流れる事のない浴槽のお湯ならば大して問題にならないはずである。それでも、彼女は現在浴場の入り口で待機中だ。

「本当にドランはお風呂屋さんになっているんだね~」

 そう言って、ファティマは右手に持っていたグラスを傾けて冷水で唇を湿らせる。
 ネルは不思議そうに質問した。

「魔法工芸者にでもなるの? 君なら付与魔法使いか創造魔法使い、錬金術師あたりが本命だと思っていた」
「どれもこれも本命だよ。出来る事は全部やる。たまたまお風呂関係の事が続いただけだが、まあ、お風呂屋さんと二つ名を付けられたのも何かの縁と前向きに考えるよ」

 私が軽く肩を竦めると、ファティマは申し訳なさそうに眉根を寄せて、捨てられた子犬みたいな顔をした。

「実はねぇドラン、そのお風呂屋さんていう二つ名を最初に言い出したのは~私なの~」
「ふむ?」
「単純にお風呂を作るって言っても~、ドランの場合いくつもの属性の魔法を同時並行で発動させて、それでいて、それぞれの魔法が干渉しあって不都合を起こさないように~、ものすごい精度と正確さで発動しているでしょ~。その事を皆に知ってもらえればぁ、ドランの事を良く思っていない生徒達も見直してくれると思ったの。だからそう言い始めたんだけどぉ……」

 しょんぼりするファティマの様子から察すれば、よもや今のように揶揄を込めて私にその二つ名が贈られるとは想像もしていなかったのだろうし、そもそも二つ名にまでなるとはファティマにとっては全くの予想外だったに違いない。
 そんなファティマをネルが気遣わしげに見やり、私が怒り出しやしないかと、瞳に不安の影を揺らす。心配しなくても、ファティマを怒ったりはしないよ。

「ふむ、そういう事情があったか。なに、ファティマ、気にする事はないよ。確かに悪意をもって私にその二つ名を付けた者もいるようだが、私は存外気に入っている」
「ん~、分かったよぉ。でもやっぱり、もう一回謝るね。ごめんなさい、ドラン。私のせいで貴方に不愉快な思いをさせてしまって」
「ふむ、確かに謝罪は受け取った。では、これでこの話はおしまいだ。私自身、二つ名に相応しい事をしている自覚はあるからね。なんなら王国一の魔法の風呂屋にでもなるさ」

 おどけてそう言う私を、皆の笑い声が包み込んだ。

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