さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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前日譚

古の神なる竜

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 シンアース多元連合王国と呼ばれる国家がある。七勇者のリーダー、セムトの生まれ育った国であり、数多の次元と宇宙にまたがる既知世界最大最強の国家だ。
 銀河一つをまるまる改造した宇宙船や次元間航行船を無数に抱え、確認されているほとんど全ての知的生命体が所属し、最も神々の領域に近い国とも称される。

 セムトはそのシンアースの頂点に立つ王を前に、これからの自分達の行動を伝えていた。
 今や人類最高の霊格と戦闘能力を備えた七勇者の所在は、常に把握されていなければならない重大事となっている。
 果ての見えない白一色の大地は、凹凸が存在しない地平線が延々と続き、空もまた同じく白で染まっており、大地と空の境目はセムトの目でも判別がつかない。

 白ばかりの世界の中で、王国の仕官服姿のセムトの前に、この世界に相応しい白い人型が立っている。
 白い顔の中に金色の瞳だけが異なる色彩を輝かせ、長く伸びた髪や貫頭衣らしき衣服の裾が長々と床を張っているが、髪の生え際や衣服と肌との境目は見受けられない。ともすればそれらも全て皮膚の一部であるのか。

 シンアースの頂点に立ち、名目上の王位に就いているのが、目の前の白い人型シャクシャンシュだ。
 肉体を持たず精神と魂のみで存在する高次生命体イーセルス人の代表者であり、一部の個体が神に近い領域にある人類とは異なり、種そのものが神に近しい文字通り高次の種族だ。
 同種と精神で繋がり、物理的な方法では死が訪れる事のない上位種を前に、セムトは小さく会釈をした。

 目の前の相手は国王ではあるが、はるか昔にイーセルス人と遭遇した人間達が自分達を導く事を願い、律儀でお人よしな彼らがそれに応じた結果、国王という称号を冠しているだけで、人類が人類同士でよくやる優劣や貴賎の表れというわけではない。
 セムトの対応はシャクシャンシュ他イーセルス人全体が、大仰に構えて接せられるのを望んでいない為である。

「シャクシャンシュ様、セムト、御前にまかりこしました」

『ニーズヴァシャルの件は伝え聞いている。ご苦労だったな。相手は始祖ニーズヘッグに近い個体ゆえ、事は容易くは進むまいと分かっていたこと。しかれども、貴公らの手をそこまで煩わせるとは大したものというほかあるまい』

 声ではなく心に語りかけてくるシャクシャンシュに、セムトは悔しげに頷き返す。

「全ては我々の力が不足していたが為の事。ニーズヴァシャルも次こそはと必勝を期してくる事でしょう。ユーバ・ユグドラシル様を今度こそ守り抜いて見せます」

『ふむ、その意気や良し。我らも可能な限り貴公らの支援を約束しよう。古神竜ドラゴンの住まう惑星アオルテランへの次元ゲートの航行許可と、各国への通達と根回しはすでに行っている。
 また、シンアース多元連合王国勇者セムトに対し、禁忌級兵装・刀剣種・第二番『緋災天ひさいてん』の使用を許可する。
 セムト、既に既知宇宙各地で膨大な数の邪神や悪魔達による霊的災害の前兆が確認されている。人類最高戦力である貴公らに更なる活躍が期待されるのは言うまでもないが、ニーズヴァシャルの討伐を必ずや成し遂げ、改めて人々の希望の灯となる事を願う』

 禁忌級――扱い方によっては世界をひとつ破滅に追いやる危険性を備えた、魔剣や聖剣、霊槍のカテゴリーの一つだ。
 厳重に管理されるそれらは、シンアースにおいてシャクシャンシュの承認の他、イーセルス人の五分の三が使用に同意しなければ、使用を許可されない。
 幾度となく宇宙の危機を救ってきたセムトをして、片手の指に満たないほどしか使ったことのない、既知世界最強の兵器群である。

『今、開発中のアレを持たせてやりたかったが、扱うにはまだ問題のありすぎる品ゆえ、緋災天で我慢してくれ』

「いえ、ニーズヴァシャルを打倒するのに、十分な力を持っています。必ずや、古神竜ドラゴンの助力を得て、エルシリア達と共にかの悪竜を倒します!」

 意気込むセムトの眼差しを受けて、シャクシャンシュはかすかに唇の端を持ち上げて頷き返した。

『では、これまで通り、そなたらを信じ吉報を待とう。我らの勇者よ』

 シャクシャンシュのその言葉を最後に、彼あるいは彼女との精神の繋がりが閉ざされて、セムトは白一色の世界から、乗艦の謁見室に帰還していた。
 シンアースからセムトらに授与された最新鋭の戦艦の中には、先程のように遠隔地からでも精神のつながりによって、シャクシャンシュとコンタクトを可能とする謁見室が設けられている。

 精神の波動を増幅する特殊なガラス状の物質で覆われた部屋で、セムトは決意も新たに踵を返した。
 彼は知らない。一歩先を行く先達として人類の未来と進化を見守り続けてきたシャクシャンシュを筆頭とするイーセルス人達が、古神竜ドラゴンの完全抹殺を目論む邪神達によって、既にその精神を侵されつつある事実を。



 ハルミンは艦の展望室から臨む黒緑色の光景を前に、ポツリとこう呟いた。四方八方を粘っこい黒緑色の液体のようなものに囲まれて、それらがひどくゆっくりと波打っている。

「次元トンネルを抜けると、そこは生物のお腹の中だった」

 人工衛星を出立したセムト達一行の知恵袋、ハルミンが唐突にこう口にしたのには、無論、それなりの理由というものがある。
 世界樹を好んで食する悪竜ニーズヴァシャル打倒の為に、唯一地上世界に残る古神竜ドラゴンの助力を仰ぐべく、彼らはドラゴンが腰を落ち着けているという惑星を目指していた。
 その惑星がセムト達の滞在していた宇宙とは別の次元軸に存在している為、はるかな昔に各国が共同で開発した次元間航行ゲートを通っている最中に、とあるアクシデントに見舞われてしまった。

 次元と次元の狭間に生息する生物(?)ボルマーに、彼らの乗っている艦が飲み込まれてしまったのである。
 かねてより次元間航行の際に原因不明の行方不明事件が発生しており、調査と神託の結果、このボルマーの存在が明らかとなったのだが、次元の狭間に常駐し潜航するボルマーの発見は困難を極め、討伐ないしは捕獲は諦められていた。
 しかし、よりにもよってニーズヴァシャルの再来襲まで最長で一ヶ月という時間制限のあるセムト達が、この特異な生命体の腹の中に飛び込む形になってしまったのだ。

 セムト達の乗る艦の周囲には、ボルマーの犠牲となった無数の艦船が漂っており、中にはボルマーの腹の中で交戦状態に陥ったらしく、戦闘によって破壊された戦艦の類も数多く見られる。
 不幸中の幸いと言えるのは、セムト達と共に巻き込まれた者達はおらず、自分達の脱出にだけ気を遣えば良い事だろう。

 周囲を漂流している艦船の残骸を見ていると、まさにここが現代の船の墓場と言いたくなるような惨憺たる有様だが、死者への礼節を一時忘れればこれらの廃船は全て再利用できる資源だ。
 幸い、ボルマー内部の時間経過速度は、外部と比べてかなり緩やかなものとなっている。
 順調にドラゴンとの接触を行えた場合とそうは行かなかった時の時間的猶予を考えれば、ボルマーの腹の中で七日間ほどならば費やせると試算が済んでいる。

「ボルマーの生態には学術的興味を惹かれるが、私達にはそれほど時間がない。それが君にとっての不運」

 ハルミンがボルマーへの憐憫を隠さず呟いた。確かにボルマーは次元災害認定を受けた厄介な生物であるが、いかんせん、セムト達七勇者を飲み込んだ事はボルマーにとって不運に他ならないと、ハルミンは哀れまずにはいられない。
 七勇者の面子ならばボルマーを体内から撃退し、通常空間へと無事に復帰するなど朝飯前だ。
 またそうでなくとも、彼らの乗艦の性能ならばこれまでの艦船とは違い、生還の波に乗る事は難しくない。

 セムトの所属するシンアース多元連合王国が建造した、最新鋭のヴァールハイト級全領域戦闘母艦一番艦ヴァールハイト。それがこの艦の名前だ。
 寿命を迎えた宇宙の高エネルギーの残滓を結晶状に固め、燃料としてくべる事でエネルギーを得る新型の次元蒸気機関を心臓とし、搭載された各種兵器の数々は通常兵装の一個艦隊と正面から砲火を交えて勝利しうる予算度外視の高性能艦である。

 ハルミンがぼけっと展望室にいる間にも、艦橋に詰めているセムトとソウゲン達がボルマーの解析を終えて、行動を移そうとしていた。
 赤一色に染まったヴァールハイトの流線型の艦体の一部が開かれ、収納されていた砲身が現れる。
 空間そのものであるボルマーを切り裂く為に、万象切断兵装ゴルディアスの使用を決めたのだろう。

 空間の切断や破砕、貫通は七勇者ならば誰も出来るが、本命ですらないボルマーを相手に力を使わずに状況を打破できるのならば、それに越した事はない。
 一応、ゴルディアスによるボルマー切断が失敗したときの為に、通常空間へ安全に転移できるようハルミンが魔法の術式を汲み上げているところで、いつもと変わらぬ神官服姿のマイアルテが通路の向こうから姿を見せた。

「ハルミン、ここにいたの。もう準備は出来ているみたいだけれど、念の為、艦橋の方に集まってもらえるかしら。七人集っている方がいざという時の対処は容易でしょう?」

「うん。でも、心配は要らないと思う。敵性意識と生命を持った空間程度、これまでごまんと倒してきているし」

「それはそうなのだけれど、これだけ広い規模の相手は初めてでしょう。通常空間に復帰した時に、あちら側に被害が及ばないようにもしないと」

「配慮は大切。それにしても移動開始早々ボルマーに飲み込まれるなんて、ドラゴンの住んでいる惑星にたどり着くまでにも、まだまだ波乱が多そう」

「これまでもそうだったわね。何かを手に入れる為にどこかへ行こうとしたら通せんぼをされて、通して欲しかったらあれをしろ、これを取って来いって、そんな事が何度もあったし」

「今回はすんなりとドラゴンの元へ辿り着きたい。たまには順調に行く事があってもいいと思うの」

 マイアルテが、私もよ、と呟くのに遅れて一秒後、ゴルディアスから放たれた空間を断つ刃は、無数の巨大な三日月の形を取り、ボルマーの巨大な肉体を無数に切り刻んで見せた。

「あら、もう、私がハルミンを連れてくるまで待ってと言ったのに」

「アルガッツ辺りが痺れを切らしたに決まっている」

「目を閉じたら瞼の裏に浮かび上がるようだわ」

 普段からアルガッツの奔放な振る舞いに悩まされているマイアルテは、無意識に溜息を零して、こめかみを揉みしだく。
 ハルミンは、アルガッツとの付き合いで、マイアルテの寿命がストレスによって年単位で縮んでいるのではないかと真剣に疑っていた。

「いずれにしろ、ボルマーを退治できた。これで『ボルマーが原因の行方不明事件』は起きなくなる。ドラゴンへの助力の求め方に意識を切り替える方が建設的」

「そう、そうね。古神竜ドラゴン、いえ、ドラゴン様へのご助力について神託を求めても、普段通りに接すれば特に問題なし、としか返ってこないし、誠心誠意お願いしましょう」

 普段通りに接すれば、というのは実際のところドラゴンを相手にするのは、ドラゴンの実像を知っている神々や同族からすれば正しい選択肢なのだが、マイアルテ達からすると信仰する神々からの神託であっても、どうしても腰が引けてしまう。
 ドラゴンといえば最高神マイラールやケイオスらと親しく、数多の大魔界の邪神達を滅ぼした規格外の存在である。どうしていまだに地上に残っているのか、理解に苦しむほど次元の違う怪物だ。

 それを相手に普段通りに接すればよいといわれても、そう簡単に心から納得できるはずもない。
 ハルミンとしても、魔道の真髄を求める身として、高次領域である竜界に意識を接続した事があったが、その時にわずかに知覚できた高位の竜種達の凄まじさを知るが故に、頂点たるドラゴンがどれほどのものなのか、考えるだけでも鳥肌が立つ。
 アルガッツがドラゴンにいきなり襲い掛かからないように、何百本も言葉の釘を刺しておいたが、味方にする前に敵対するなどという最悪の結果にならないのを祈るばかり。

 七勇者の知恵袋二人は、これから出会わなければならぬ古神竜との邂逅を思い描きながら、紫色の螺旋状の星雲や金色の星の大河の流れる宇宙の光景に目を細める。
 どうやら、無事に通常の宇宙空間へと復帰できたようだ。問題はここが目的とどれだけ離れているのか、ドラゴンの住む星までどれだけ掛かってしまうかだ。

「さあ、ハルミン、今度こそ艦橋に向かいましょう。セムト達とこれからの行動について相談しないと」

「うん、分かっている。大丈夫、ドラゴンが住む宇宙と同じ次元軸に出ている。多分、そう時間を掛けずにゲートを見つけられる」

 魔法使いとして既知世界最高の位階に上り詰めているハルミンは、知覚能力に於いて七勇者の中でも群を抜いている。
 人間ならざる者達が住まう多次元や異世界へも知覚の網を巡らすハルミンは、時に最新鋭の探査装置郡を上回る情報を無意識に収集し、結論を出すことが度々あった。

「ハルミンがそう言うのなら、まず安心ね。アルガッツの直感より十倍は頼りになるわ」

「それは心外。百倍は頼りになるつもりだったのに」



 ハルミンの軽口の後、ドラゴンの住む惑星アオルテランへと向けて艦は舵を切ったが、その道中で巨人型生物兵器の率いる宇宙艦隊同士の戦闘のど真ん中を突っ切り。
 銀河の中心にある超巨大ブラックホールに封印されていた魔王が復活してその討伐を行ったり。
 太陽ほどの大きさのあるスペースサンサンマンゴーの密猟者を捕まえたり。
 第三千十七番天の川を泳ぐミルキーカッツオの一本釣りに参加させられたり。
 暴走した無限増殖細胞を持ち、素粒子にまで分解されても復活し、ごく短時間で進化を行う生物兵器の抹殺を依頼されたり。

 と実に勇者的な面倒に巻き込まれながら、一分一秒が惜しいセムト達は片手間に極めて迅速に解決しながら、アオルテランの衛星軌道上へと辿り着いた。
 アオルテランという星は、かつて星の生態系において頂点に人類種と、アオルテランという星そのものが争いを起こし、星対住人という構図の争いは双方が共倒れするという結末を迎えている。

 その際に人間種側が全生命の魂を奪い取り、強制的に融合する装置を起動した結果、人間種も他のあらゆる生物も、そして星自身の魂も奪われた挙句、融合は失敗した。
 その為にアオルテランの魂全てが失われるところだったが、それを大急ぎで冥界から派遣された高位の死神達が消滅する寸前の魂達を回収した事で、魂の消失という事態だけは免れている。

 そうした愚かとしか言いようのない結末を迎えたアオルテランは、風も水も大地も何もかもが死に絶えて、大地は水晶のごとく透き通って色彩と熱を失い、寿命などで迎えるのとは異なる歪な死を迎えた星へと変わっている。
 宇宙の闇に浮かぶ巨大なガラス球のような姿へと変わったアオルテランに、唯一、死を迎えていない存在がいる。それが古神竜ドラゴンであった。

 セムト達はアオルテランの衛星軌道上に浮かぶヴァールハイトから、ショートワープを行ってドラゴンの反応があった場所から一キロメートルほど離れた山腹に降り立った。
 四季の移ろいは失われ、差し恵む陽光の祝福を受ける生命はなく、闇の中にあって輝く月からの慰めの光を受ける生命もまた存在しない。
 ただただ、生命のない荒涼とした光景に心が途方もない寂しさに襲われるばかり。
 善意と悪意の生み出したあらゆる醜悪、凄惨な光景を見てきた七勇者をして心胆寒からしめる、あまりにも寂しい惑星だった。

「兵共が夢の跡、いや、夢見た者達の跡か。関係の無い者達を数多く巻き込んだ悪夢の」

 降りたつや否や、ソウゲンが厳かに呟いて無言のままに両手を合わせた。死後の安寧を祈るべき魂は既に全て冥界に招かれているとはいえ、鎮魂の念を抱かずにはいられなかったのであろう。
 アルガッツはそういった感情とは無縁であるから、狩るべき獲物の影すら見えないアオルテランが心底つまらないという顔になっていた。

「おう、ソウゲン、てめえの感情の始末はさっさとつけろや。ここにゃ弔う相手も無念を聞き届けてやる幽霊もいやしねえ。おれらが話をしなきゃならん、古い竜しかいねえんだ」

「うむ、アルガッツ殿の言うとおり。足を止めさせてすまなんだ」

 ソウゲンは、アルガッツの言葉こそ乱暴だが自分達のしなければならないことをきちんと理解しているがゆえに、眉をひそめる事もせず、その通りだと首肯する。
 だが、ソウゲンはそれでよくても普段からアルガッツと口喧嘩の絶えないエルシリアが口を挟む。

「アルガッツの言うことなんて気にしなくっていいのよ、ソウゲン。そこのスペースナンバーワンバーバリアンは、それらしい事を言っていてもドラゴンに挑戦しそうになる自分を抑えられるか、怪しいもんなんですから」

「へ、よく分かってんじゃねえか。古神竜なんて、これまで出会ったどんな奴よりもヤベエだろうが。
 あのニーズヴァシャルって奴も相当なモンだったが、話どおりなら古神竜ドラゴンの方がマジで桁違いの怪物だ。話し合いってのが残念だが、おれぁ、見るだけでも楽しみなんだぜ」

「貴方、ぜぇええったいに攻撃を仕掛けては駄目よ! もし怪しい素振りを見せようものなら、私のこの手で超重力の井戸の底か、因果の地平線の果てまで飛ばしてやるんだから」

「がははは、そいつぁいいや。どっちにもおれの知らねえバケモンが居そうで、楽しそうじゃねえか」

「貴方って本当に救いようがないわ。これでその腕っ節がなかったら、何の取り柄も無いただの戦闘狂ね。野垂れ死に確定の駄目人間だわ」

「わははは、間違いねえや」

 どういってもへこたれないアルガッツに、エルシリアは特大の溜息を零す事しかできなかった。
 古神竜ドラゴンは山腹にある洞窟に塒を構えており、そこまでは徒歩となる。まあ、七勇者の体力ならば軽い散歩程度の行程だ。
 洞窟の入り口まではあっという間だが、その間にも彼らは初めて出会う竜種の頂点について語り合っていた。ヴァールハイトの観測で得られたデータを思い出し、ハガミが愛刀星切丸の柄尻に添えながら口を開く。

「衛星軌道上から観測した時点では、ドラゴン殿の保有するエネルギー量は、そう大したものではなかったな。多く見積もっても太陽二つ分がいいところ。
 通常の生物であれば十分巨大なエネルギーといえるが、古神竜という種にしては少なすぎるとつい思ってしまうが、マイアルテ殿はどのようにお考えで?」

「まず間違いなくドラゴン様は私達に気づいていらっしゃるでしょう。そしてただ一柱、地上に残る事を決められたお方です。自分の存在が宇宙の調和を崩さぬように、力を抑えるくらいの配慮はなされているに違いありません」

「であるか、であろうなあ。かのニーズヴァシャルの力の底、限界もある程度は見抜けたものだが、さてさて、かのお方はここからではまるで計れぬ。
 さて、計らせてくださらぬのか、それとも我らが計れぬほど未熟であるからか。後者でありたくはないが」

「ハガミ、貴方までアルガッツのような真似はしないでくださいね?」

「ふふ、分かっておるよ。今はまだニーズヴァシャルの首を刎ねる事を第一義と考えておるともさ」

「その後が怖いものですね。もう」

 成体の竜でも問題なく通れる大きさの洞窟の入り口まで来たところで、セムト達は一旦足を止めた。
 こちらは特に隠蔽の魔法やステルス装備を用いていないから――あるいは用いていたとしても――確実にドラゴンには気づかれている筈なのだが、向こうからの反応は一向にない。
 警告なり挨拶なりがあっても良さそうなものだが、何もないという事実がセムトに困惑の念を抱かせた。

「ハルミン、マイアルテ、ドラゴン殿の最近の動向はどうなんだ? おれはあまり話を聞いた覚えがないんだけど」

「近いところでは、二十年前に紫星の枝葉銀河に出現しようとした十八次元の侵略者を、地上からの砲撃で丸ごと壊滅させたりとか、五十四年前に大邪神カラヴィスが全宇宙を湿度に満ちたナメクジの楽園に変えようとしたのを、大魔界の拠点ごと吹き飛ばしたりしている」

「ハルミンの言った事以外にも色々とあるけれど、近い話になるとそれくらいね。それくらいって言えるような話ではないのだけれど、それほどのことを簡単に行えるのが古神竜ドラゴンという存在よ」

「別におれ達が手を下さなくても、ニーズヴァシャルと戦ってもらえたら、それで全て解決してしまいそう、いや、解決する力の主だっていうのは、改めて認識できたよ。でも……」

「でも、何かね?」

 セムトの言葉を遮ったのは、マイアルテでもハルミンでもエルシリアでも、ソウゲンでもハガミでもアルガッツでもなかった。
 彼らがこれまで耳にした事のなかった男の声である。全員が洞窟の方向へと顔を向けた。
 それと同時に戦闘態勢を整え終えて、全力で戦える状態を整え終える。誰もが気付けなかった。彼ら自身の知覚能力だけでなく、あらゆる感知魔法や感知装置の全てがそれの接近に、あるいは出現に気付けなかった。
 気付いたらそこに居た、そうとしか言いようのない出現に、セムト達は久方ぶりの戦慄に背筋を貫かれていた。

「貴方が、貴方が古神竜ドラゴン殿ですか?」

 腰の緋災天に伸ばしていた手を動かすことも忘れ、セムトは洞窟の入り口に立つ白い竜を見上げて、放心しながら問いかけた。
 霊峰の頂を飾る雪の如く白い鱗に包まれた巨躯、その背からは三対六枚の翼が伸び、こちらを見つめる瞳は空にかかる虹の橋と同じ色に染まっている。

「しかり。次元すら越えて我が元を訪ね来るとはな。来客など久方ぶりゆえ、歓迎したいところだが、用件を尋ねた方が君らにとっても都合がよいかな?」

 その声は落ち着きに満ちていた。驚くほど理知的で、その巨体が醸す威圧感からは想像ができないほどに静かだ。だが、セムトはそれよりも、目の前の神域の頂点に立つ存在がまるで疲れ果てた老人のようだと、何故だかそんな感想を抱いていた。

《続》
ここまでは以前書いておいたものの細かい修正をした話です。これからの続きは少々お待ちを。
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