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20巻
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†
ドランとセリナが里の外で待機している使節団を呼びに行っている間、セリベアはベルン村からの一行を迎え入れるべく、指示を飛ばしていた。
元々、使節団を里の中へ招き入れる際の手順は取り決めてあったので、さして準備に時間は掛からない。
家の中で待機させていた里の者達に、野外へ出て使節団の為に用意した宿泊施設に続く道への飾りつけなどを行うように命令している。
セリナの帰省に伴ってよそから多数の男性が来訪するとあって、ジャルラの里は知らせが届いてからちょっとしたお祭りのような雰囲気になっていた。
特に、未婚のラミア達は大半が浮足立っていて、羽目を外しすぎないように、セリベアが何度か綱紀の引き締めを行わなければならなかったほどである。
「宿の手配はつつがなく行えているわね? 初めてのお客様よ。手抜かりがあっては末代までの恥だわ。使節団の馬は全てゴーレムですから、飼葉も水も用意する必要がないのは覚えているわね。いらぬものを用意して、必要なものの手配を疎かにしないように」
先程までドラン達と会合していた部屋では、セリベアの指示に従って、ラミアとその伴侶達が激しく出入りしている。
セリベアはジャルラの女王という地位に就いてはいるものの、王制国家における国王ほど権威があるわけではない。
ジャルラにおける女王は代々選挙で選ばれ、人口が千人前後の小さな社会を効率的に機能させる為の称号と機構にすぎなかった。そんな事情もあり、セリベアに命令される側の者達からの返答もそれほど堅苦しくはなく、見知った者に対する言葉遣いだ。
「宿の手配は済んでまーす。ドラン補佐官様とセリナちゃんと使節団の偉い人達は、この館でしたよね? 客室と食事の準備も大丈夫です!」
やや軽薄な口調で返事をしたのは、セリナよりもいくらか年上のラミアだ。彼女は報告を終えると、手に持っていた資料の紙を、他のラミアに手渡してさっさと部屋を後にした。
いくら他に仕事があるといっても、女王を相手にこのような態度を取るなど、周辺諸国の者達だったら目を丸くするだろう。
しかし、他のラミアはもとより、セリベア自身も気に留める様子はない。
ドラン達の前では全員、それなりに畏まった態度を取りもするが、内情を知るセリナがあちらに居る以上、あまり意味はないだろう。
「伴侶選びは向こうもある程度は理解を示してくれているけれど、無理強いをしては駄目よ! 魅了の魔眼なんてもっての外よ」
セリベアにそう釘を刺されたラミアの一人が、あっけらかんと聞き返す。
「お酒をたっぷり飲ませた後で誘うのはありですか?」
「意識が朦朧とするほど飲ませるのはやめておきなさい。それと、自分に自信があるのなら、そしてラミアであるのなら、素面の相手を堂々と正面から射止めなさいな。はい、次!」
「使節団の案内役の一覧表です。全員既に所定の位置についています。使節団が里に入ったらすぐにでも対応可能です。また、警備の方も人員の配置は万全です。グリフォンやワイバーンの襲来があっても、怪我人一人だって出しません」
「よろしい、そこまで断言するなら見事実現なさい。最近はワイバーン達が大人しいとはいえ、決して油断しないように。使節団の皆さんは暗黒の荒野を経由しての旅で、お疲れでいらっしゃるわ。夕餉にお出しする食事は、なるべく胃腸への負担の小さいものを手配するように。お酒も口当たりの優しいものを用意するのを忘れないで」
それから何度かの質疑応答と状況の報告、確認を終え、セリベアはようやく一息吐いた。
部屋の中には彼女以外に姿はなく、全員がそれぞれの仕事を果たす為に里の各所へと散っている。
ベルン側が魔物であるラミア主体のジャルラと交渉を持つのが初めてであるのと同様に、ジャルラ側もベルンほど大きな規模の人間種の集団との本格的な交渉は初めてだ。
セリナからの知らせが里に知れ渡った時には、まるで嵐でも起きたような騒ぎが生じ、それを鎮めるのに時間を随分と消費してしまった。
種族単位で強力な魔法使いでもあるラミアの集団であるジャルラは、モレス山脈の中でも強大な勢力と言える。
しかしながら、モレス山脈の隠れ里では、耕作面積の少なさや、種の特性としての人口増加の難しさ、環境的にどうしても閉鎖的になってしまうなど、問題もあった。
今回のベルン使節団の来訪は、それらの問題を全て解決とまではいかずとも、解決に向けて大きく前進させるきっかけになる。同時に、新たな問題を生じさせる可能性も秘めた、重要な転機だった。
セリベアにとって可愛い娘が伴侶を見つけてきた事は、母として、同じ女としてまことに喜ばしい。
しかし同時に、ジャルラの長として間違えられぬ決断を持ち帰ってきたのは、全くの想定外だったと言わざるを得ない。
余人の目がないのを確認し、セリベアは小さく息を吐いた。その瞬間を見透かしたかのように、小さくノックの音が響き、涼やかな男の声が続く。
「セリベア、入ってもいいかい?」
「ジークベルト? ええ、どうぞ入って」
入室してきたのは、カップ二つとティーポットを載せたお盆を手にした男性。セリベアの伴侶であり、セリナの父親であるジークベルトだ。
セリナと同じ黄金の髪を持ち、理知的な光を宿した瞳も娘とよく似ている。
セリナの年齢を考えれば、若くても三十代後半か四十代前半であろうが、落ち着き払った雰囲気と暖かな陽だまりを連想させる柔和な顔立ちは、実際の年齢より十歳は若く見える。
「流石の君でも疲れが隠せていないな。警備の方の配置は問題ないから、安心してほしい。成体の竜はともかく、ワイバーンの群れならなんとかなる」
「そう。そちらの心配はしていないわ」
ジークベルトはジャルラの警備の一端を担う立場にある。一見すると優男めいた風貌だが、なかなかどうして一通りの武器を一流の腕前で使いこなす。その上、補助魔法の類も巧みな猛者だ。
「それと、これは差し入れだ」
セリベアは傍らにまで来たジークベルトが差し出したカップを受け取る。
長い付き合いの夫は、妻がこの状況で欲しているものを理解していた。
セリベアはカップを持ち上げてしばし香りを楽しんだ後、ほのかな蜂蜜の甘さを感じる琥珀色の液体を口に含んだ。
「ありがとう、一息入れられたわ」
「ああ、それは良かった。セリナが思ったよりもずっと早く帰ってきてくれたのは喜ばしいが、まさか連れてきた相手が貴族で、しかもジャルラの里との交流を申し込んでくるとは。これは誰も考えていなかった展開だ」
「私の知る限り、ジャルラの歴史上、前例がなかった話ね。ベルン村は以前の開拓計画の時から注目していた場所だから、全く知らない相手ではないけれど……」
「北への開拓が進めば、必然的にジャルラを旅立つ子達と遭遇する可能性も増える。先代の女王達も対応に随分と悩んでいたそうだね」
「ええ。アークレスト王国はロマル帝国と違って、純人間至上主義というわけではないわ。亜人種が多く生息しているし、アラクネの集落とも交流があると知っていたから、周辺諸国の中では比較的接触しやすい相手だったもの。それに、彼らが暗黒の荒野へと開拓の方向を広げていくのなら、私達としても生活圏を大きく広げる機会になる。アークレスト王国の版図の中へと入っていくのは厳しくても、新しい領地になら話は別。共に開拓に汗を流した経緯があれば、私達を受け入れるのにも抵抗は少ないでしょうから」
セリベアの意見に同意して、ジークベルトが頷く。夫妻の見解は一致していた。
「私達のセリナが向こうの責任者の傍に居るのだから、以前よりももっと深く、そして穏やかな話が出来るだろう。里の皆が期待するのも無理はない。セリナもそれを望んで行動している。まだベルン男爵領の情報が足りていないのは確かだが、私個人としても、前向きに検討して悪くはないと思うよ」
「今回の来訪でどこまで相手側の胸の内と情報を得られるかが肝よ。人魚達もリザード達も、既に彼らと交流を持っているし、実績はもう積み重なっているとはいえ、私達は彼らを直接知っているわけではないのだもの。たとえ、里の皆にもどかしく思われても、慎重にいかせてもらうわ」
「危機管理を担う立場の君からすれば、正しい判断だよ、セリベア。さて、それではジャルラの代表者としての話はこれくらいにしておいて、親としての話をしようか。ああ、その前に、お代わりはいるかい?」
セリベアはジークベルトが手に取ったティーポットをちらりと見てから、首を横に振る。
「お代わりは結構よ。親としての話、ね」
「ああ。セリナが連れてきたドラン君は、君にはどう見えた? セリナは彼とどう接していたかな? といっても、お互い〝役目〟を前面に出した状態で話し合っていたのだし、深いところまではまだ分からないか」
「でも、セリナはとってもドラン君に懐いているわね。ベルン男爵から正式に派遣された使節団として必死に態度を繕っていたけれど、私から見たらとても隠しきれていなかったわ。ドラン君はそれをどっしりと構えて受け入れているって印象かしら? セリナと同い年くらいの割に、もっとずっと落ち着いて……いえ、老成しているわね。生まれ持った気質なのか、育った環境のせいなのか、セリナの事を手の掛かる妹か何かみたいに思っているかもしれない」
「私達が甘やかしすぎて育てたのは否定出来ないからな。セリナを年少者のように扱うのは、仕方ないさ。あの子に子供っぽいところがあるのは、君も私もあの子を旅立たせる時に一番心配した点だったね。子供が里を旅立つ時は、どんな親だって最悪の場合を想像して覚悟を固めるものだけれど、セリナが見世物にされたり殺されたりしなかったのには、正直安心したよ」
「それは私も。あの子はぽやぽやしているところがあるから、親としての感情を抜きにしても、外に出た子達の中では一番ざんね……心配な子だったもの。魔法の腕は里の中でも上から数えた方が早いのに、誘惑の類が軒並み下手なんて、本当にラミアなのかと疑われるような子だったわ」
セリベアの評価は、ジャルラの里を出る前のセリナを正しく評価したものだった。
セリナは若干気の弱いところはあるが、生命を脅かす危険が無数に存在するモレス山脈で育っただけあって、いざ戦闘となれば臆する事はそうそうない。
しかし、普段の生活においては、どうにも抜けているというか、詰めが甘いところがある。
「それだけに、セリナが見つけてきたドラン君は気になるわ。立場を考えれば、有能であるのは間違いないのでしょうけれど、彼がこちらに婿入りする可能性はまずないもの」
「だろうな。そうなればセリナは、所在のはっきりしている子の中で、よその土地に嫁入りする最初のラミアの例になる。正直、娘をどこかの誰かにやる覚悟は固めていたが、手元を離れてしまう覚悟までは固めていなかったよ」
「セリナが私達の不意を衝きすぎたのよ。でも、ベルン男爵領との交流が実現して、それなりに時間が経過すれば、ジャルラの外に出て家族を作るラミアも珍しくはなくなるわ。ジャルラの在り方を変える一大事を我が子が引き起こすなんて、まったく……」
「それでも、親として一番大切なのは、セリナが幸せになる事だよ。ドラン君と共に居るのがセリナにとっての幸せであるのなら、そしてドラン君がセリナを任せられる相手であるのなら、送り出してあげたいところだ」
「そうね、そういう相手なら良いのだけれど。母親としてだけでなく、女王としても判断しなければいけないのが、悩みどころねぇ」
†
「今度こそ大本番の話をする時でしょうか、ドランさん」
馬車の中で私の隣に座ったセリナが、少し興奮した様子で身を乗り出して話し掛けてくる。彼女が言う大本番とはもちろん、私達の婚姻についてだ。
そりゃあ、セリナも気合が入るというもの。
「滞在の話をしてからになるだろうから、夜半になってからではないかな?」
「焦らされているようで、交流の方の話にきちんと集中出来るか心配です」
「まあ、そこは意識を切り替えてもらわないと困るなあ」
「うふふ、気を付けます」
セリナと共に里の外まで使節団を呼びに行った私は、馬車に乗り込み、団員達を引き連れて改めてジャルラへと入った。
里の中では、先程まで家に引き籠もっていた人々が外に出て列をなし、私達に熱い視線を向けて、兄弟や知人と何やら囁き合っている。
ラミア達の姿が目立つが、その伴侶である異種族の男性達や幼い子供達の姿もあり、ラミア以外の種族はおおむね三割といったところだろうか。
ラミア達の視線は使節団の若い男性達に注がれていて、意図せずとも男の芯を揺さぶる色香が団員達の心に大いなる刺激を与える。
人間ならぬ大蛇の下半身を持つラミア達の妖しい視線を受けて、使節団の若者達――私も人間としての年齢は大差ないが――は程度の差こそあれ顔を赤くして動揺している。
ふむ、彼女達には、ぜひともジャルラとベルンの橋渡し役になってほしいものだ。
私とセリナ、ネオジオやシュマル他、一部の使節団員はセリベア殿と面会した館に部屋を用意してもらうが、一般の団員は館近くの家に宿泊させていただく手筈になっている。
護衛の為の団員達を残して二手に分かれる最中も、集落のあちこちから好奇と興味の視線が注がれ続けており、団員達の方も落ち着きのない者がいくらか見受けられる。
「ふむ、強すぎたか」
馬車の中でそう呟くと、隣のセリナが不思議そうな表情で首を傾げた。
「何が強すぎたんですか?」
「ラミアの皆さんが美人なのは、セリナを見れば一目瞭然だ。今回選抜した団員達にとっては、刺激が強すぎた、と判断したのさ」
セリナの母親であるセリベア殿も大層な美女であるし、里に入ってから見かけた方達も皆高水準の美女ばかりだ。ラミアの生態の都合上、そうならざるを得なかったとはいえ、大したものと言う他ない。
「ラミアですからね。そうでないと子孫を残すのが難しくなってしまいますし……」
私の率直な物言いにはセリナもすっかり慣れており、間接的に自分がとても美人だと褒められても、大きく動揺しなくなっていた。
これはこれで寂しいものである。
ふむん。まあ、ちょっぴり頬を赤く染めてくれる反応だけでも十二分に可愛らしいので、今はこれで満足しておこう。
何事も足るを知るのが肝要だ。ふむふむ。
私とセリナが外の団員達にはちょっと聞かせられない私的な会話を交わしている間に、使節団の列は目的の館へと到着した。
馬車を下りて、今度はネオジオとシュマルを含む四人で、セリベア殿達に迎え入れられる。
私達が案内されたのは先程よりも広い部屋で、中央には楕円形の机が置かれている。こちらの増えた人数に合わせて変えたのだろう。
交渉が始まる前の僅かな時間に、ネオジオが声を掛けてきた。
「補佐官殿、警備に就いている男の中にどうも軍人か、それに類する佇まいの者が見受けられます」
経験豊富な傭兵団の団長だっただけあって、目端が利く事よ。
「傭兵か没落した騎士とどこかで結ばれた、というだけの話だったら、わざわざ私に声を掛けてはこないか」
「左様で。受けた訓練の質がいささか高いように見えますな。該当する相手は、いずれも四十は超えております。ここらでは見ない顔立ちなので、ロマルや高羅斗とも雰囲気が異なりますし、山岳民か、ともすればモレス山脈の向こうに住んでいる者達かもしれません。しかし、伝え聞く山岳民の風貌とは一致しませんな。彼らはここらの者らよりも日に焼けた肌とがっしりとした顎や彫りの浅い顔立ちをしていて、暗黒の荒野のさらに西から流れてきた民族を祖にすると言われております。それに対して、あの警備の方々は鼻が高く、先端は鋭い。下顎は細く尖って、目と眉の幅も随分と狭い。明らかに山岳民とは人種が違います」
「モレス山脈の向こうか。まだ会った事のない民族か国の者だが、ジャルラの里の方達は遠くまで足を運んでいるのだな」
ふむん、山脈の向こうか。リネットが高羅斗で遭遇した未知の勢力の本拠地の候補だ。安易に結び付けるべきではないが、山脈の向こう側を調べるのにジャルラは中継地点として重要な位置関係にある。
何かあると思うか?
あえてそれを口にはせず、ネオジオに視線で問うと、実際の戦場や人生において私よりもはるかに多くの経験を積み重ねた男は、さてさてと呟いて、顎を撫でた。
ふーむ、思い過ごしであればよいが、不確定の情報ばかり増えてくれるものだ。
年齢的に、セリナの父君も彼らと同年代だろう。果たしてどんな素性の方なのか……
先程より人数の増えたセリベア殿達ジャルラの面々が、事前にこちらが渡した資料とあちら側の資料を手元に広げる。
ふむ、声こそ出さなかったが、セリナが小さく身じろぎして反応したところを見るに、セリベア殿の傍らにおられる男性はセリナの父君かな?
「セリベア殿、改めて紹介させていただきます。こちらがベルン騎士団騎士隊長ネオジオ・サイシェード、外務次官シュマル・ハシタル。今回の交渉に関しましてはこの二名を加えた合計四名にて行わせていただきます」
私の紹介に応え、セリベア殿がたおやかに微笑む。
「お初にお目に掛かります。ジャルラの当代女王セリベアでございます。どうぞお手柔らかにお願いいたします」
セリベア殿の艶やかな笑みを見ていると、どうしてセリナがあれほどまでに誘惑の所作がド下手なのか、不可思議でならない。まあ、それもセリナの良いところなのだけれどね。
ネオジオとシュマルに会釈し、セリベア殿が続ける。
「先程の会合でご提示いただいた話に関しまして、私共の方でもよく吟味させていただきました。大変、有意義な内容であると、皆が認めるところです。そして、お贈りいただいた素晴らしい品々に関しましても、皆が目の色を変えてしまいました。ベルンの方々は他者の欲する物を見抜く力に長けておられますのね」
リザード族やウアラの民の時の例に倣って、ジャルラの里では手に入りにくく、なおかつ興味を持ってもらえる品を選んできた。
モレス山脈の隠れ里という性質上、手に入れにくい衣類や薬種を中心に、魔晶石や各種の精霊石も、魔法を主要な自衛手段とするラミアである彼女らには喜んでもらえるだろう。
それに、ここまで馬車を引いてきたホースゴーレムも、有用な労働力になるはずだ。
ベルン村でも衣類は自前の分しか生産していないが、よそから取り寄せる事は出来る。
昨今の注目ぶりもあって、ベルンには急速に各地から様々な品物が流入してきており、これまではガロアに行かなければ手に入らなかった品物も買えるようになった。
このまま賑わいが増していけば、村から町、町から市と呼べる規模になる日も遠くはないかな?
「お気に召していただけたのなら幸いです。我が主からのせめてもの心尽くしでございます」
「ええ、私共にとってはある意味暴力的なほどに効果的でございました。それから、里の者が使節団の皆様に不躾な視線を送ってしまいました事を、先にお詫びいたしますわ。あのように若く健康な殿方達は、私共にとってあまりにも眩く、年若き者達にとっては、それこそ人間大の宝石に勝る宝物ですから。うふふふ……」
セリベア殿に釣られて、私もあはは、と声に出して笑う。
ねっとりとしているようで、妙に乾いた感じもする両者の笑顔を、セリナとネオジオとシュマルの三人は、どこか引いた顔で見ていた。
私だってセリナのご両親を前に正直心の余裕がないのだ。多少、奇行に走っても温かく見守ってほしいものだ。
ほどなく笑顔を引っ込めた私とセリベア殿は、建設的な意見の交換を始める。
先方が催してくださる歓迎の宴まで、あと二、三時間ほどか。
その宴の後にセリナとの婚姻について、ご両親と私的な話し合いもしなければならないだろう。
私は色々な意味で緊張感を持って、目の前の会談に臨んだ。
ジャルラとの交流の為の会談が、公的なものであるのに対し、婚姻に関する話し合いは極めて私的なもので、公私揃って緊張せねばならんとは。いやはや。
さて、それはそれとして、今は公的な場面だ。気持ちを切り替えよう。
今回の一件において、どうやらジャルラ側も自分達の現状の打破を考えていた節が見受けられ、個人的にはかなりの好感触を得た。
正式な回答を頂戴するのは後日ではあるが、まず里の者を数十人単位で先行してベルンに派遣してもらい、ベルン男爵領の実状を確かめていただく。その後に本格的な交流を始める、というこちらからの提案も同意してもらえそうだ。
政治的な交渉がどういったものであるか、私は他の例を知らないが、ネオジオやシュマルの反応を見る限り、それほど突拍子もない内容ではなかったようだ。
ただ、これから私が話す内容に関しては気を引き締めて掛からねばならぬと、ネオジオ達も表情を険しくしていた。
ドランとセリナが里の外で待機している使節団を呼びに行っている間、セリベアはベルン村からの一行を迎え入れるべく、指示を飛ばしていた。
元々、使節団を里の中へ招き入れる際の手順は取り決めてあったので、さして準備に時間は掛からない。
家の中で待機させていた里の者達に、野外へ出て使節団の為に用意した宿泊施設に続く道への飾りつけなどを行うように命令している。
セリナの帰省に伴ってよそから多数の男性が来訪するとあって、ジャルラの里は知らせが届いてからちょっとしたお祭りのような雰囲気になっていた。
特に、未婚のラミア達は大半が浮足立っていて、羽目を外しすぎないように、セリベアが何度か綱紀の引き締めを行わなければならなかったほどである。
「宿の手配はつつがなく行えているわね? 初めてのお客様よ。手抜かりがあっては末代までの恥だわ。使節団の馬は全てゴーレムですから、飼葉も水も用意する必要がないのは覚えているわね。いらぬものを用意して、必要なものの手配を疎かにしないように」
先程までドラン達と会合していた部屋では、セリベアの指示に従って、ラミアとその伴侶達が激しく出入りしている。
セリベアはジャルラの女王という地位に就いてはいるものの、王制国家における国王ほど権威があるわけではない。
ジャルラにおける女王は代々選挙で選ばれ、人口が千人前後の小さな社会を効率的に機能させる為の称号と機構にすぎなかった。そんな事情もあり、セリベアに命令される側の者達からの返答もそれほど堅苦しくはなく、見知った者に対する言葉遣いだ。
「宿の手配は済んでまーす。ドラン補佐官様とセリナちゃんと使節団の偉い人達は、この館でしたよね? 客室と食事の準備も大丈夫です!」
やや軽薄な口調で返事をしたのは、セリナよりもいくらか年上のラミアだ。彼女は報告を終えると、手に持っていた資料の紙を、他のラミアに手渡してさっさと部屋を後にした。
いくら他に仕事があるといっても、女王を相手にこのような態度を取るなど、周辺諸国の者達だったら目を丸くするだろう。
しかし、他のラミアはもとより、セリベア自身も気に留める様子はない。
ドラン達の前では全員、それなりに畏まった態度を取りもするが、内情を知るセリナがあちらに居る以上、あまり意味はないだろう。
「伴侶選びは向こうもある程度は理解を示してくれているけれど、無理強いをしては駄目よ! 魅了の魔眼なんてもっての外よ」
セリベアにそう釘を刺されたラミアの一人が、あっけらかんと聞き返す。
「お酒をたっぷり飲ませた後で誘うのはありですか?」
「意識が朦朧とするほど飲ませるのはやめておきなさい。それと、自分に自信があるのなら、そしてラミアであるのなら、素面の相手を堂々と正面から射止めなさいな。はい、次!」
「使節団の案内役の一覧表です。全員既に所定の位置についています。使節団が里に入ったらすぐにでも対応可能です。また、警備の方も人員の配置は万全です。グリフォンやワイバーンの襲来があっても、怪我人一人だって出しません」
「よろしい、そこまで断言するなら見事実現なさい。最近はワイバーン達が大人しいとはいえ、決して油断しないように。使節団の皆さんは暗黒の荒野を経由しての旅で、お疲れでいらっしゃるわ。夕餉にお出しする食事は、なるべく胃腸への負担の小さいものを手配するように。お酒も口当たりの優しいものを用意するのを忘れないで」
それから何度かの質疑応答と状況の報告、確認を終え、セリベアはようやく一息吐いた。
部屋の中には彼女以外に姿はなく、全員がそれぞれの仕事を果たす為に里の各所へと散っている。
ベルン側が魔物であるラミア主体のジャルラと交渉を持つのが初めてであるのと同様に、ジャルラ側もベルンほど大きな規模の人間種の集団との本格的な交渉は初めてだ。
セリナからの知らせが里に知れ渡った時には、まるで嵐でも起きたような騒ぎが生じ、それを鎮めるのに時間を随分と消費してしまった。
種族単位で強力な魔法使いでもあるラミアの集団であるジャルラは、モレス山脈の中でも強大な勢力と言える。
しかしながら、モレス山脈の隠れ里では、耕作面積の少なさや、種の特性としての人口増加の難しさ、環境的にどうしても閉鎖的になってしまうなど、問題もあった。
今回のベルン使節団の来訪は、それらの問題を全て解決とまではいかずとも、解決に向けて大きく前進させるきっかけになる。同時に、新たな問題を生じさせる可能性も秘めた、重要な転機だった。
セリベアにとって可愛い娘が伴侶を見つけてきた事は、母として、同じ女としてまことに喜ばしい。
しかし同時に、ジャルラの長として間違えられぬ決断を持ち帰ってきたのは、全くの想定外だったと言わざるを得ない。
余人の目がないのを確認し、セリベアは小さく息を吐いた。その瞬間を見透かしたかのように、小さくノックの音が響き、涼やかな男の声が続く。
「セリベア、入ってもいいかい?」
「ジークベルト? ええ、どうぞ入って」
入室してきたのは、カップ二つとティーポットを載せたお盆を手にした男性。セリベアの伴侶であり、セリナの父親であるジークベルトだ。
セリナと同じ黄金の髪を持ち、理知的な光を宿した瞳も娘とよく似ている。
セリナの年齢を考えれば、若くても三十代後半か四十代前半であろうが、落ち着き払った雰囲気と暖かな陽だまりを連想させる柔和な顔立ちは、実際の年齢より十歳は若く見える。
「流石の君でも疲れが隠せていないな。警備の方の配置は問題ないから、安心してほしい。成体の竜はともかく、ワイバーンの群れならなんとかなる」
「そう。そちらの心配はしていないわ」
ジークベルトはジャルラの警備の一端を担う立場にある。一見すると優男めいた風貌だが、なかなかどうして一通りの武器を一流の腕前で使いこなす。その上、補助魔法の類も巧みな猛者だ。
「それと、これは差し入れだ」
セリベアは傍らにまで来たジークベルトが差し出したカップを受け取る。
長い付き合いの夫は、妻がこの状況で欲しているものを理解していた。
セリベアはカップを持ち上げてしばし香りを楽しんだ後、ほのかな蜂蜜の甘さを感じる琥珀色の液体を口に含んだ。
「ありがとう、一息入れられたわ」
「ああ、それは良かった。セリナが思ったよりもずっと早く帰ってきてくれたのは喜ばしいが、まさか連れてきた相手が貴族で、しかもジャルラの里との交流を申し込んでくるとは。これは誰も考えていなかった展開だ」
「私の知る限り、ジャルラの歴史上、前例がなかった話ね。ベルン村は以前の開拓計画の時から注目していた場所だから、全く知らない相手ではないけれど……」
「北への開拓が進めば、必然的にジャルラを旅立つ子達と遭遇する可能性も増える。先代の女王達も対応に随分と悩んでいたそうだね」
「ええ。アークレスト王国はロマル帝国と違って、純人間至上主義というわけではないわ。亜人種が多く生息しているし、アラクネの集落とも交流があると知っていたから、周辺諸国の中では比較的接触しやすい相手だったもの。それに、彼らが暗黒の荒野へと開拓の方向を広げていくのなら、私達としても生活圏を大きく広げる機会になる。アークレスト王国の版図の中へと入っていくのは厳しくても、新しい領地になら話は別。共に開拓に汗を流した経緯があれば、私達を受け入れるのにも抵抗は少ないでしょうから」
セリベアの意見に同意して、ジークベルトが頷く。夫妻の見解は一致していた。
「私達のセリナが向こうの責任者の傍に居るのだから、以前よりももっと深く、そして穏やかな話が出来るだろう。里の皆が期待するのも無理はない。セリナもそれを望んで行動している。まだベルン男爵領の情報が足りていないのは確かだが、私個人としても、前向きに検討して悪くはないと思うよ」
「今回の来訪でどこまで相手側の胸の内と情報を得られるかが肝よ。人魚達もリザード達も、既に彼らと交流を持っているし、実績はもう積み重なっているとはいえ、私達は彼らを直接知っているわけではないのだもの。たとえ、里の皆にもどかしく思われても、慎重にいかせてもらうわ」
「危機管理を担う立場の君からすれば、正しい判断だよ、セリベア。さて、それではジャルラの代表者としての話はこれくらいにしておいて、親としての話をしようか。ああ、その前に、お代わりはいるかい?」
セリベアはジークベルトが手に取ったティーポットをちらりと見てから、首を横に振る。
「お代わりは結構よ。親としての話、ね」
「ああ。セリナが連れてきたドラン君は、君にはどう見えた? セリナは彼とどう接していたかな? といっても、お互い〝役目〟を前面に出した状態で話し合っていたのだし、深いところまではまだ分からないか」
「でも、セリナはとってもドラン君に懐いているわね。ベルン男爵から正式に派遣された使節団として必死に態度を繕っていたけれど、私から見たらとても隠しきれていなかったわ。ドラン君はそれをどっしりと構えて受け入れているって印象かしら? セリナと同い年くらいの割に、もっとずっと落ち着いて……いえ、老成しているわね。生まれ持った気質なのか、育った環境のせいなのか、セリナの事を手の掛かる妹か何かみたいに思っているかもしれない」
「私達が甘やかしすぎて育てたのは否定出来ないからな。セリナを年少者のように扱うのは、仕方ないさ。あの子に子供っぽいところがあるのは、君も私もあの子を旅立たせる時に一番心配した点だったね。子供が里を旅立つ時は、どんな親だって最悪の場合を想像して覚悟を固めるものだけれど、セリナが見世物にされたり殺されたりしなかったのには、正直安心したよ」
「それは私も。あの子はぽやぽやしているところがあるから、親としての感情を抜きにしても、外に出た子達の中では一番ざんね……心配な子だったもの。魔法の腕は里の中でも上から数えた方が早いのに、誘惑の類が軒並み下手なんて、本当にラミアなのかと疑われるような子だったわ」
セリベアの評価は、ジャルラの里を出る前のセリナを正しく評価したものだった。
セリナは若干気の弱いところはあるが、生命を脅かす危険が無数に存在するモレス山脈で育っただけあって、いざ戦闘となれば臆する事はそうそうない。
しかし、普段の生活においては、どうにも抜けているというか、詰めが甘いところがある。
「それだけに、セリナが見つけてきたドラン君は気になるわ。立場を考えれば、有能であるのは間違いないのでしょうけれど、彼がこちらに婿入りする可能性はまずないもの」
「だろうな。そうなればセリナは、所在のはっきりしている子の中で、よその土地に嫁入りする最初のラミアの例になる。正直、娘をどこかの誰かにやる覚悟は固めていたが、手元を離れてしまう覚悟までは固めていなかったよ」
「セリナが私達の不意を衝きすぎたのよ。でも、ベルン男爵領との交流が実現して、それなりに時間が経過すれば、ジャルラの外に出て家族を作るラミアも珍しくはなくなるわ。ジャルラの在り方を変える一大事を我が子が引き起こすなんて、まったく……」
「それでも、親として一番大切なのは、セリナが幸せになる事だよ。ドラン君と共に居るのがセリナにとっての幸せであるのなら、そしてドラン君がセリナを任せられる相手であるのなら、送り出してあげたいところだ」
「そうね、そういう相手なら良いのだけれど。母親としてだけでなく、女王としても判断しなければいけないのが、悩みどころねぇ」
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「今度こそ大本番の話をする時でしょうか、ドランさん」
馬車の中で私の隣に座ったセリナが、少し興奮した様子で身を乗り出して話し掛けてくる。彼女が言う大本番とはもちろん、私達の婚姻についてだ。
そりゃあ、セリナも気合が入るというもの。
「滞在の話をしてからになるだろうから、夜半になってからではないかな?」
「焦らされているようで、交流の方の話にきちんと集中出来るか心配です」
「まあ、そこは意識を切り替えてもらわないと困るなあ」
「うふふ、気を付けます」
セリナと共に里の外まで使節団を呼びに行った私は、馬車に乗り込み、団員達を引き連れて改めてジャルラへと入った。
里の中では、先程まで家に引き籠もっていた人々が外に出て列をなし、私達に熱い視線を向けて、兄弟や知人と何やら囁き合っている。
ラミア達の姿が目立つが、その伴侶である異種族の男性達や幼い子供達の姿もあり、ラミア以外の種族はおおむね三割といったところだろうか。
ラミア達の視線は使節団の若い男性達に注がれていて、意図せずとも男の芯を揺さぶる色香が団員達の心に大いなる刺激を与える。
人間ならぬ大蛇の下半身を持つラミア達の妖しい視線を受けて、使節団の若者達――私も人間としての年齢は大差ないが――は程度の差こそあれ顔を赤くして動揺している。
ふむ、彼女達には、ぜひともジャルラとベルンの橋渡し役になってほしいものだ。
私とセリナ、ネオジオやシュマル他、一部の使節団員はセリベア殿と面会した館に部屋を用意してもらうが、一般の団員は館近くの家に宿泊させていただく手筈になっている。
護衛の為の団員達を残して二手に分かれる最中も、集落のあちこちから好奇と興味の視線が注がれ続けており、団員達の方も落ち着きのない者がいくらか見受けられる。
「ふむ、強すぎたか」
馬車の中でそう呟くと、隣のセリナが不思議そうな表情で首を傾げた。
「何が強すぎたんですか?」
「ラミアの皆さんが美人なのは、セリナを見れば一目瞭然だ。今回選抜した団員達にとっては、刺激が強すぎた、と判断したのさ」
セリナの母親であるセリベア殿も大層な美女であるし、里に入ってから見かけた方達も皆高水準の美女ばかりだ。ラミアの生態の都合上、そうならざるを得なかったとはいえ、大したものと言う他ない。
「ラミアですからね。そうでないと子孫を残すのが難しくなってしまいますし……」
私の率直な物言いにはセリナもすっかり慣れており、間接的に自分がとても美人だと褒められても、大きく動揺しなくなっていた。
これはこれで寂しいものである。
ふむん。まあ、ちょっぴり頬を赤く染めてくれる反応だけでも十二分に可愛らしいので、今はこれで満足しておこう。
何事も足るを知るのが肝要だ。ふむふむ。
私とセリナが外の団員達にはちょっと聞かせられない私的な会話を交わしている間に、使節団の列は目的の館へと到着した。
馬車を下りて、今度はネオジオとシュマルを含む四人で、セリベア殿達に迎え入れられる。
私達が案内されたのは先程よりも広い部屋で、中央には楕円形の机が置かれている。こちらの増えた人数に合わせて変えたのだろう。
交渉が始まる前の僅かな時間に、ネオジオが声を掛けてきた。
「補佐官殿、警備に就いている男の中にどうも軍人か、それに類する佇まいの者が見受けられます」
経験豊富な傭兵団の団長だっただけあって、目端が利く事よ。
「傭兵か没落した騎士とどこかで結ばれた、というだけの話だったら、わざわざ私に声を掛けてはこないか」
「左様で。受けた訓練の質がいささか高いように見えますな。該当する相手は、いずれも四十は超えております。ここらでは見ない顔立ちなので、ロマルや高羅斗とも雰囲気が異なりますし、山岳民か、ともすればモレス山脈の向こうに住んでいる者達かもしれません。しかし、伝え聞く山岳民の風貌とは一致しませんな。彼らはここらの者らよりも日に焼けた肌とがっしりとした顎や彫りの浅い顔立ちをしていて、暗黒の荒野のさらに西から流れてきた民族を祖にすると言われております。それに対して、あの警備の方々は鼻が高く、先端は鋭い。下顎は細く尖って、目と眉の幅も随分と狭い。明らかに山岳民とは人種が違います」
「モレス山脈の向こうか。まだ会った事のない民族か国の者だが、ジャルラの里の方達は遠くまで足を運んでいるのだな」
ふむん、山脈の向こうか。リネットが高羅斗で遭遇した未知の勢力の本拠地の候補だ。安易に結び付けるべきではないが、山脈の向こう側を調べるのにジャルラは中継地点として重要な位置関係にある。
何かあると思うか?
あえてそれを口にはせず、ネオジオに視線で問うと、実際の戦場や人生において私よりもはるかに多くの経験を積み重ねた男は、さてさてと呟いて、顎を撫でた。
ふーむ、思い過ごしであればよいが、不確定の情報ばかり増えてくれるものだ。
年齢的に、セリナの父君も彼らと同年代だろう。果たしてどんな素性の方なのか……
先程より人数の増えたセリベア殿達ジャルラの面々が、事前にこちらが渡した資料とあちら側の資料を手元に広げる。
ふむ、声こそ出さなかったが、セリナが小さく身じろぎして反応したところを見るに、セリベア殿の傍らにおられる男性はセリナの父君かな?
「セリベア殿、改めて紹介させていただきます。こちらがベルン騎士団騎士隊長ネオジオ・サイシェード、外務次官シュマル・ハシタル。今回の交渉に関しましてはこの二名を加えた合計四名にて行わせていただきます」
私の紹介に応え、セリベア殿がたおやかに微笑む。
「お初にお目に掛かります。ジャルラの当代女王セリベアでございます。どうぞお手柔らかにお願いいたします」
セリベア殿の艶やかな笑みを見ていると、どうしてセリナがあれほどまでに誘惑の所作がド下手なのか、不可思議でならない。まあ、それもセリナの良いところなのだけれどね。
ネオジオとシュマルに会釈し、セリベア殿が続ける。
「先程の会合でご提示いただいた話に関しまして、私共の方でもよく吟味させていただきました。大変、有意義な内容であると、皆が認めるところです。そして、お贈りいただいた素晴らしい品々に関しましても、皆が目の色を変えてしまいました。ベルンの方々は他者の欲する物を見抜く力に長けておられますのね」
リザード族やウアラの民の時の例に倣って、ジャルラの里では手に入りにくく、なおかつ興味を持ってもらえる品を選んできた。
モレス山脈の隠れ里という性質上、手に入れにくい衣類や薬種を中心に、魔晶石や各種の精霊石も、魔法を主要な自衛手段とするラミアである彼女らには喜んでもらえるだろう。
それに、ここまで馬車を引いてきたホースゴーレムも、有用な労働力になるはずだ。
ベルン村でも衣類は自前の分しか生産していないが、よそから取り寄せる事は出来る。
昨今の注目ぶりもあって、ベルンには急速に各地から様々な品物が流入してきており、これまではガロアに行かなければ手に入らなかった品物も買えるようになった。
このまま賑わいが増していけば、村から町、町から市と呼べる規模になる日も遠くはないかな?
「お気に召していただけたのなら幸いです。我が主からのせめてもの心尽くしでございます」
「ええ、私共にとってはある意味暴力的なほどに効果的でございました。それから、里の者が使節団の皆様に不躾な視線を送ってしまいました事を、先にお詫びいたしますわ。あのように若く健康な殿方達は、私共にとってあまりにも眩く、年若き者達にとっては、それこそ人間大の宝石に勝る宝物ですから。うふふふ……」
セリベア殿に釣られて、私もあはは、と声に出して笑う。
ねっとりとしているようで、妙に乾いた感じもする両者の笑顔を、セリナとネオジオとシュマルの三人は、どこか引いた顔で見ていた。
私だってセリナのご両親を前に正直心の余裕がないのだ。多少、奇行に走っても温かく見守ってほしいものだ。
ほどなく笑顔を引っ込めた私とセリベア殿は、建設的な意見の交換を始める。
先方が催してくださる歓迎の宴まで、あと二、三時間ほどか。
その宴の後にセリナとの婚姻について、ご両親と私的な話し合いもしなければならないだろう。
私は色々な意味で緊張感を持って、目の前の会談に臨んだ。
ジャルラとの交流の為の会談が、公的なものであるのに対し、婚姻に関する話し合いは極めて私的なもので、公私揃って緊張せねばならんとは。いやはや。
さて、それはそれとして、今は公的な場面だ。気持ちを切り替えよう。
今回の一件において、どうやらジャルラ側も自分達の現状の打破を考えていた節が見受けられ、個人的にはかなりの好感触を得た。
正式な回答を頂戴するのは後日ではあるが、まず里の者を数十人単位で先行してベルンに派遣してもらい、ベルン男爵領の実状を確かめていただく。その後に本格的な交流を始める、というこちらからの提案も同意してもらえそうだ。
政治的な交渉がどういったものであるか、私は他の例を知らないが、ネオジオやシュマルの反応を見る限り、それほど突拍子もない内容ではなかったようだ。
ただ、これから私が話す内容に関しては気を引き締めて掛からねばならぬと、ネオジオ達も表情を険しくしていた。
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