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19巻

19-2

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「さて、当事者の私が言うのもなんだが、領主の結婚となると、我がベルン男爵領が始まってから、最大の祝い事になるね。なるべく縁起の良い日を見繕みつくろって、式の日取りを決めないと。それに、どこで式を挙げるのかは各教団との関係を踏まえて考えないといけなくなるか。私としては近しい人達を集めてつつましくするのが好みだけれど、お互いの立場を考えるとそうもいかなくなるのが悩みどころだね」

 友人である大地母神マイラールや、始原の七竜としての妹であるアレキサンダー達の名前を嬉しそうにつぶやくドラン。
 そんな彼の顔を見ていると、クリスティーナはますます何も言えなくなってしまう。

(いやいやいやいや、これでいいのか、私。さっきの言葉がドランへの告白の言葉でいいのか、クリスティーナ!? でも、正直、もう一度きちんとドランに告白し直すというのは、ものすごく勇気がいるし、今更告白を撤回なんて出来ないし……。これでセリナ達からかされる視線と圧力を向けられる事もなくなるなら……)

 このようにクリスティーナの内心では激しい葛藤かっとうが繰り広げられていた。結局のところ、ドラッドノートが〝ヘタレ〟と評した通り、クリスティーナは撤回の言葉を告げる事が出来ぬままに、話が進むのを黙って聞いているだけだった。

「ついつい熱が入って色々と話したけれど、皆を交えて話をするべきだろうね。クリスティーナさん、夕食の時にでも今回の話を改めて話したいと思うが、どうかな?」
「へ!? いや、ああ、うん、いいんじゃないかな?」

 慌てふためくクリスティーナに、ドランはくすりと小さな笑みを零した。
 もっとも、彼とて先程のクリスティーナの呟きが、自分に対して向けて口にされたものではなく、独り言であると分かっている。それでも、この機会を逃すとこの話が具体化するのは当分先になるだろうと確信していた為、若干気の毒に思いながらも、結婚の話を進めたのだった。
 これでセリナとの結婚に向けても一歩前進したので、彼女の実家であるラミアの里――ジャルラに挨拶に行く日がいよいよ近づいてきた。
 ドランがあれこれと考え事をしていると、執務室の扉を慎ましくノックする音がし、慌てた様子のセリナの声が聞こえてくる。

「失礼いたします!」

 声の調子といつもより速いノックに、どうやら何かあったに違いないと、ドランもクリスティーナも思考を切り替える。
 戦国乱世を治める統一勢力が興りつつある暗黒の荒野から侵略者の手が伸びたか、あるいはそこから大人数の難民が逃れて来たか。

「クリスティーナさん、ドランさん、今、街道を通ってお屋敷に馬車が来ているのですけれど、それが」

 一つ息を呑んで間を空けるセリナに、ドランが冷静な声で問い返す。

「ふむ。それが?」

 現在王国が保護しているロマル帝国の皇女の双子のアムリアと、そのお供を務める獣人の八千代やちよ風香ふうこあたりは訪ねてきてもおかしくはない。しかし、彼女達ならセリナはここまで慌てないだろう。となると……

「あの、王子様とアムリアさん達が馬車で来ています」

 その言葉で、ドランとの一件からどうにか落ち着きを取り戻したクリスティーナの心臓が、再び大きく跳ねる。
 クリスティーナとドラン、どちらもスペリオン王子には縁があるが、事前の連絡もなしにやってくるとは、ただ事ではない。
 クリスティーナは再び机の上で指を組み、今回のスペリオン来訪の意味を考える。

「殿下が? アムリアさんと一緒とはまた珍しい。ガロアまで転移陣を使ってきたとして、そこからは馬車か。直接ベルン村に来なかったのなら、そこまで緊急の事態ではないのかもしれないな。セリナ、それで殿下たちは今どこにおられるのかな?」
「今は賓客室ひんきゃくしつにお通ししてあります。来訪は内密にとおおせで、馬車もどの家のものか分からないようになさっていました」
「内密の話か。私とドラン、どちらが目的かな」

 落ち着いたクリスティーナの表情と声からは、先程までの動揺を抑制する事に成功したのが分かる。
 少しつつけば襤褸ぼろが出そうだが、ドランは悪戯心いたずらごころを心の奥の方に沈めて、真面目まじめな顔をこしらえる。

「すぐに分かるだろうけれど、今のベルンの忙しない状況を把握はあくしておられるのなら、クリスティーナさんの負担になるような提案はされないと思いたいな……」
「西のロマル帝国か、東の轟国ごうこくとの戦への参戦要請か兵力の派遣、物資の提供あたりか?」

 クリスティーナもドランも王国の貴族である為、王家から武力を求められればそれに応じなければならない。
 それが貴族階級の義務であるから仕方がないのだが、ない袖は振れないという現実もある。
 現状、ベルン男爵領が出兵や物資の供出きょうしゅつを命じられても、〝まともな手段〟では大したものは出せない。
 しかし……と、クリスティーナは思う。個人としての参戦ならば求められる可能性は充分にある。競魔祭きょうまさいでの戦いぶりや、邪竜教団アビスドーンを壊滅かいめつさせた一件などもあり、ベルン男爵領首脳陣の常識はずれの戦闘能力が知られている以上、ないとは言えない。
 なんにせよ、自国の王太子が来ているのだから、仕事の手を止めて話を聞きに行くしかあるまい。
 ドランが先陣を切って席を立つ。

「では、三人仲良く殿下達のお顔をおがみに行こうか。それと、クリスティーナさん」
「ん、な、何かな?」

 クリスティーナは、ドランが自分の名前を呼ぶ時に、少しだけ口角を吊り上げたのを見て、このまま流してしまおうと思っていた話題が切り出されるのを悟る。

「さっきの話はまた後で、落ち着いた頃にね」
「むぐ、うう、分かったよ」
「???」

 セリナは不思議そうに首と尻尾の先端をかしげたが、結局その会話の意味を知る事は出来なかった。


 間もなく賓客室に到着したドラン達は、近衛騎士このえきしのシャルドをそばに置いてソファに腰掛けるスペリオンと対面した。二人とはすっかり顔馴染かおなじみである。
 共に来たというアムリアやワンワンこと八千代と、コンコンこと風香達は、別室でディアドラやドラミナが応対中だ。
 クリスティーナが優雅ゆうがに一礼して、第一声を発する。

「殿下、ご連絡くださればもっと盛大に歓迎いたしましたものを。いえ、まずは我がベルン男爵領にお越しくださり、ありがとうございます。今、歓待の用意をしておりますので、しばしお待ちくださいませ」

 領主である彼女がベルン側では最上位の人間なのだから、スペリオンに一番に話しかけるのは当然だ。
 スペリオンとシャルドは、友好的な笑みを浮かべてクリスティーナとドランを見る。
 この程度の演技などいくらでも出来る王太子達だが、ドラン達に向ける表情に嘘がないのは明らかだ。これも、ドラン達の来歴と素性すじょうの成せるわざであろう。
 スペリオンはクリスティーナの挨拶に応え、謝意を表する。

「ベルン男爵、忙しいこの時期に突然訪問してしまいすまない。どうしても直接伝えたい話があってね」

 スペリオンの対面にクリスティーナが座し、ドランはその右に、セリナは二人の後ろに居場所を定めた。
 アムリア達がこの場に居ない以上は、彼女らには聞かせられない王国の重要な話なのだろうと、この時点で推察出来る。

「殿下自ら――しかも秘密裏に我が領を訪れたとあっては、心して聞かなければなりませんね。それでは、殿下、どのようなご用向きで我がベルンへ?」
「ああ。だがその話をする前に、まずここだけの話であると心してもらいたい。それと、礼を失する問いではあるが、この部屋はいらぬ目や耳に対する備えが充分か、答えてほしい」

 普段と変わらぬさわやかな雰囲気ふんいきまとう王太子であるが、心持ち目を細めて問う声には、やいばするどさが含まれていた。

「ドラン?」

 クリスティーナに促され、ドランが答える。

「導師級を何人揃えても透視、盗聴出来ない防諜ぼうちょうの魔法を、村と屋敷に何重にも重ねてかけてあります。ロマル帝国自慢の〝例の眼〟でも、見通せないでしょう。また、この部屋の前にも窓の外にも、誰もおりません。もし大声で話したとしても、それを聞く者はこの部屋に居る者だけとお考えください」

 実際、ドランはロマル帝国滞在中に、帝国十二翼将ていこくじゅうによくしょうの一人『千里時空眼せんりじくうがん』アイザによる遠隔透視を受けているが、その全てを遮断しゃだんしてきた実績がある。
 いくら〝る〟事に関しては最上級の異能といえども、そもそもドランとは立っている場所、見ている次元が違いすぎる。

「その言葉を信じよう。王国最強の魔法使い――『アークウィッチ』メルルがあれだけ買っている君の言葉だ。それに、私自身も君の実力を目にしているからね」

 スペリオンはお茶で口の中を湿らせてから、ドランをまっすぐに見つめて話を切り出した。

「詳細な日時と場所はまだ伏せるが、近々、秘密裏に高羅斗国こらとこくからの使者と会談を持つ事になっている。我が国が極秘に高羅斗へ行なっている支援の追加依頼か、それとも表立っての支援要請のどちらかだろう。この対応を陛下より任された」

 単純に国家としての格や国力を見れば、轟国の従属国と見做みなされている高羅斗よりも、アークレスト王国の方が上である。
 そのアークレスト王国の王太子がわざわざ出向くとなると、高羅斗からの使者は相当な大物なのだろう。

「頼みたいのは会談当日の私の護衛だ。戦力として、ドランを貸してほしい」

 クリスティーナはちらりとドランを見る。

「ドランをですか。彼に離れられるのはつらいところではありますが、殿下の頼みとあっては、断るわけにはまいりません。しかし、我が領の補佐官たる彼を殿下の護衛として連れていく名分が立てられるのですか?」
「陛下にも既に私の希望は伝えてあるし、その為の処置も許可を得ているよ。ドランには、正式に私の麾下きかの騎士団の一員としての席を用意する」
「以前、殿下がロマル帝国におもむかれた際に、ドランを一時的に近衛騎士団に加えたと耳にしましたが、それをさらに一歩進めた形式になるわけですね」
「ああ、そうなるね。騎士団に所属してもらうといっても、今回みたいな特異な事態に迅速じんそくに動いてもらえるようにする為の措置だ。ベルン村から離れるのを強要するものではないから、そこは安心してもらいたい。今後も助力を頼む事もあるかもしれないが、機会はそうありはしまいよ」

 近衛騎士団や宮廷の魔法使い達にも護衛を務めるのに適任な人材が居るはずだが、あえてドランを指名したという事は、王太子は高羅斗国との会談を警戒しているのだろう。
 高羅斗側が何かを仕掛けてくるのか、それともアークレストと高羅斗の会談を察した第三者――この場合は轟国が最も可能性が高いが――による襲撃か。
 しばらく黙って聞いていたドランが、ようやく口を開く。

「……まったく、殿下は私の断れない話を持ってくるのがお上手でいらっしゃる。わざわざ私をお使いになる以上、相手は高羅斗の王太子――確か、響海君きょうかいくん様でしたか、その方あたりがお出でになられるのでしょう。天恵姫てんけいきと呼ばれる複製人間の運用を主導しておられる方でしたね。その方の命を狙えるような相手が派遣される恐れがあると、覚悟しておけばよろしいですかな?」

 核心を突いた質問に、スペリオンはお手上げだといわんばかりに両手を上げて苦笑した。肯定の言葉こそ口にしなかったが、沈黙がその代わりと言ってよかった。

「なるほど、その覚悟を固めておくとしましょう」

 ドランはそう言って、小さく肩をすくめた。
 いずれにせよ、高羅斗の運用している天恵姫という名前の人造人間とおぼしき兵器については、確かめる必要があると思っていたのだ。
 それを向こうから持ってきてくれるのならば、〝色々な手間〟がはぶける。ドランはそう前向きに考えていた。


     †


 古神竜ドラゴンの転生者である私――ドランは、殿下の話を聞いた後、皆と共に、別室でディアドラ達と話をしているアムリアの所へと移動した。
 殿下はこのアムリアが不自由なく暮らせるように最大限配慮してくださっているそうだが、変わらず元気にやっているだろうかと、友人の一人として気掛かりだ。
 崩御ほうぎょしたロマル帝国皇帝の娘――秘された双子の片割れというアムリアの出自は、利用しようと考えれば大きな価値を持つ。
 ロマル帝国に領土的野心を持つ我が国の王室ならば、彼女の利用価値がなくなるまでは、国賓待遇こくひんたいぐうで生活の面倒を見るだろう。
 陛下と殿下のお二方と直接言葉を交わした時の印象から、仮に王国がアムリアを利用しないと判断を下したとしても、彼女を殺害するような事はしないと、私は思っている。
 ロマル帝国の密偵なりなんなりの手が届かないような僻地へきち隠遁いんとんさせるか、幽閉ゆうへいしてそこで生涯を過ごさせるのが妥当だとうなところか。
 もしそうなったら、がアムリアを誘拐する事件が発生するだけだ。
 ただなんとなく、どうなるにせよ、殿下がアムリアを自分の近くに置いておこうとするのではないかと思う。私の願望混じりの推測だけれども。
 殿下の背中を見ながら、そう思うのだった。

「アムリア、八千代、風香、お待たせしたね」

 応接室に入るなり、殿下は先程までの緊張感を一切排除した穏やかな声で、アムリアに話しかけた。

「スペリオン様、いいえ、ディアドラさんやドラミナさんとお話しするのは、とても楽しいですから。ドランさん達とのお話は、もうお済みになられたのですか?」

 春物の浅黄色あさぎいろのドレスに身を包んだアムリアは、殿下以上に優しい声で応える。
 誰かが傷付けば我が事のように悲しむ慈愛じあいに満ちた少女だと、この声を耳にしただけで万人が信じるだろう。


 殿下に声を掛けられるまで、彼女達は随分ずいぶんと熱の入った様子で話していたようだ。何しろ、扉の外までアムリア達の楽しげな声が聞こえてきたのだから。
 感情表現の豊かな八千代や風香がそうするのに違和感はなかったが、アムリアまでほお紅潮こうちょうさせて笑っているのを見ると、よほど楽しかったに違いない。
 彼女達は、日々変わり続けているベルン村やガロアから続く街道と、そこを行く人々の様子に興味を引かれたようだ。
 統治をになう人間の一人としては、アムリア達の笑顔を見ていると、実にほこらしい気持ちになる。
 まあ、殿下の顔を見てますます顔を輝かせているあたり……おや? と思うところもある。ふむん、なるほど……
 殿下は躊躇ちゅうちょせずアムリアの隣に腰掛け、彼女もごく自然にそれを受け入れる。
 お菓子を口一杯に頬張っている八千代と風香も、殿下とアムリアの態度にこれといった反応を見せていない。
 ふむふむ、どうやら普段から二人はこうらしいな。
 シャルドは殿下の背後について、護衛の任をまっとうする。
 アムリア達の相手をしていたディアドラ達は、殿下に挨拶した後、クリスティーナさんと私の為に座る場所を空けてくれた。

「ディアドラ、ドラミナ殿、アムリアと八千代と風香の相手をしてくれてありがとう。三人とも好奇心が強くて、城でもあちこちに行きたがったり話を聞きたがったりするのだが、相手は大変ではなかったかな」

 殿下の問いかけに、ドラミナが優雅な微笑を浮かべて小さく首を横に振る。

「そのような事はありません。ガロアからベルンまでの道中で、気になった事について尋ねていただくのは、とても有意義なのです。私達の立場からでは気付かない、見えにくいものが見えてきますから。それにアムリアさん達が、お城で大切にされているのがよく分かりました。特に八千代さんや風香さんは、毛並みのつやが大変良くなられていますね」

 毛並みを褒められた八千代と風香がはにかみながら顔を見合わせる。

「いやあ、殿下のお心遣いにすっかり甘えてしまって、お恥ずかしい」
「ハチの言う通りで。このままではいかんと、二人揃って一念発起いちねんほっきして、騎士団の訓練などに参加させていただいたからまだ良いものの、そうでなかったら、タプタプとお肉が付いていたでござろう」

 なるほど、ドラミナの言う通り、八千代と風香の髪の毛はもちろん、耳や尻尾を覆う犬と狐の毛は、窓から差し込む陽光を浴びて艶々と輝きの粒を纏っている。また、二人の衣服は出身地である秋津風あきつふうだが、以前と違って絹の光沢を持つ、見事ながらのものに変わっていた。
 仮にも殿下の賓客として王城に逗留とうりゅうしているのだから、八千代達の人生においてはかつてないほど衣食住が充実しているのかもしれない。
 改めて二人の容姿を見ると、ほんの少しふくよかになったかな、と思わないでもなかった。気のせいで済む程度の差異だが。
 もっとも、二人の年齢と食生活の変化を考えれば、より健康的になったと言うべきだろう。

「自制出来たようで何よりだね。アムリアの護衛役でもある二人が、体が重くて刃を振るえなくなっては、洒落しゃれにもならない」
「ドラン殿は手厳しい……と、言いたいところでござるが、まったくもってその通り。アムリア殿の護衛としての務めをきちんと果たせるように、努力はおこたらないでござるよ!」

 犬人の八千代はフンフンと小さく鼻を鳴らし、耳と尻尾もピクピクと小さく動かす。
 ……駄目だな、飼い犬が飼い主にほめてもらおうと胸を張っているようにしか見えない。
 犬人いぬびとの種としての性質も多少はあるのかもしれないが、それ以上に彼女の性格が、飼い犬っぽく見せるのだろう。

「君達がアムリアの事を変わらず大切に思っているようで、安心したよ。何しろ私達は仕事が忙しくなっている上に、立場上王城に赴くのは難しい。私達の方からはなかなかアムリア達に会いに行けなくてね」
「ついこの間まで学徒であったのに、クリスティーナ殿は男爵に、ドラン殿はその補佐官となり、セリナ殿やドラミナ殿達もその手伝いをしているでござるものな」

 八千代の言葉に頷いて、アムリアが続ける。

「皆さんとお会いするのが難しくなったのは、ハチさんも風香さんも、もちろん私も残念ですけれど、そういった事情があるのでしたら我侭わがままは言えませんね」

 どことなく気落ちしている様子のアムリアを見ると、なんとも言えない罪悪感が胸の内に湧いてくる。
 外界から隔離された山中の城に幽閉されて育ったこの少女の精神年齢は、見た目以上に幼い。アムリアとは違う意味で精神年齢の低い八千代と風香とは、とても相性が良いのだろう、きっと。

「アムリアは王城の方で友達は出来ていないのか? そうするのが難しい環境だろうが……」
「フラウ王女殿下は良くしてくださいますよ。それに殿下の母上も。あとは何人か侍女の方達ともお話をする機会も増えました。ふふ、今ではあの山の中での暮らしが嘘だったかのように思うほどです」
「ふむ、アムリアがそう感じているのなら、これ以上野暮やぼな事は聞くまい。それで、殿下、この後のご予定はどうなっているのですか? お泊りになられてもいいように、屋敷の部屋を用意しておりますが」

 私の質問に、殿下は申し訳なさそうに首を横に振る。

「心遣い、痛み入る。だが、君に話した件の事で予定が詰まっていてね。大急ぎで城に戻らねばならない。アムリア達もゆっくりしたかっただろうに、すまない」
「いえ、ベルン村に行かれるというお話を聞いて、私が無理を言って殿下とご一緒させていただいたのです。感謝しかしておりませんわ」
「アムリア殿の言われる通りですぞ、殿下。我ら三人、日ごろの衣食住で世話になっているばかりか、このように離れた地に住まう友人を訪ねる事をお許しいただいて、心の中の天気は感謝感激の雨模様でござる」

 八千代の言葉の選択に首を傾げながら、風香もアムリアに同意を示す。

「ハチの言っている事は、ちと迷走気味でござるが、殿下に感謝しているのは本当でござるから、あんまり気にしないでほしいでござる。それに、ドラン殿のところへもう二度と来られなくなるというわけでもなし。そう気にしないでいただくのが一番でござる」

 三人の言葉を聞いた殿下は、演技などではなく心から安堵あんどした様子で、一度だけ息を吐いた。
 ふんむ、どうも殿下はこの三人に嫌われたくないようだ。
 下心や二心にしんたぐい欠片かけらもない三人であるから、日々化かし合いの政治の世界に身を置く殿下にとっては、清涼剤かあるいは癒やしとも言える存在となっているらしい。
 やはり三人の身柄を預けるのに足る方であったな。


     †


 殿下とアムリア達が屋敷を出られた後、私達は一旦解散し、それぞれ残っている仕事の処理に向かった。
 そんな中、私はクリスティーナさんに声を掛けた。
 当然、殿下達が来られる前に二人の間で交わしていた話の続きをする為だ。
 私に話しかけられたクリスティーナさんは大仰おおぎょうなくらいに肩を揺らす。
 やはり聞かれていると知らずに口にした一言で結婚が決まるのは思うところがあったか。
 再び執務室で二人きりになって向かい合ったのだが、うつむいたままのクリスティーナさんはそわそわして落ち着きがない。
 隠せるはずもないのに私の視線から自分の体を隠そうとしているとは、なんとも可愛らしい。

「クリスティーナさん、とても居心地が悪そうだが、有耶無耶うやむやのままで終わらせられる話ではないからね」
「うう、うん、そうだな」
「聞かれたくないだろうけれど、改めて聞く。私としては全く問題ないけれど、さっきのあの言葉……アレは正直に言って、クリスティーナさんからすれば独り言だったろう。聞かせるつもりのなかった独り言を私が受け入れてこうなっているが、それでいいのかどうか、本音を聞かせてほしい」

 私には、クリスティーナさんが何気なにげなく零したあの一言で充分すぎる。
 だが、それはあくまで私の側の話。彼女にとっては不本意なもので、彼女が改めて私に結婚を申し込みなおす事を望んでいるのかどうか、私はそれを確かめずにはいられなかった。
 クリスティーナさんは二度、三度と深く息を吸っては吐いてを繰り返し、まっすぐに私の瞳を見つめる。
 私は口を閉ざして、彼女の中の覚悟と決意が固まるのを待つ。


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