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18巻
18-3
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「なんなら、ドラッドノートで一気に掌握出来そうだしな。正直に言うと、私はまだ理解しきれていないのだけれど、この剣に使われている技術は相当なものなのだろう?」
「ああ、それは間違いないよ。私の前世の中での話に限るが、ドラッドノートには魔法と科学どちらの面でも最新最高の技術を投じられている。私を倒すのが主目的だったが、その副産物として凄まじい万能性を保持しているからね。古代の天人文明の遺物や、まだ生きている設備を支配して利用するのも簡単だよ。もっとも、あまりそれに頼ってばかりでは、楽すぎて怠けてしまいがちになるかもしれんがね」
かつてその剣を振るった勇者の末裔でもあるクリスティーナさんが、しみじみと呟く。
「改めて思うが、えらいものを腰に提げているのだな、私は。となると、私も塔の探索に加わるべきかな? ドランや天上の神々だけで探索している時はともかく、いずれ来る調査団の方達と私が塔に行く機会もあるだろうし、領主自ら探索に赴くとあれば、信用性も高くなるんじゃないかな」
ふむ、単に苦手な事務仕事から離れられると考えているわけではないようだ。
彼女がそんな怠惰な考えを抱くわけもないが、書類の束を前にした時に、明らかに〝苦手だなあ〟という気配を出しているから、ついつい邪推してしまうのはよくないな。
「クリスティーナさんの同行は有用な手の一つだけれど、ドラッドノートの真の性能を知らしめるのは良い手とは言えないね」
諸国で出回っている魔剣の類と比較しても、いかんせん、ドラッドノートの性能は桁外れに高すぎる。
メルルがその知識と技術の粋を凝らして開発したディストールでさえ、足元にも及ばないのだから。
私の言わんとするところを理解したディアドラが、クリスティーナさんを見つめながら嘆息する。
「世界をひっくり返したみたいな騒ぎを起こす品物ってわけね。昔のドランを殺してしまうくらいなのだから、それだけでもとんでもない剣なのは確かね」
練習用の空間ではドラッドノートの一振りでどれだけの星々が消し飛んだ事か。これは剣と呼ぶには大いに語弊のある品だ。
また、性能とは別の話になるが、この剣は固有の人格を有している為、単なる道具として扱うのも憚られる。リネットなどドラッドノートの事を先輩扱いしているらしく、時々かなり親しげに話しかけている姿を目にしている。
同じ意思を持つ器物として、お互いの事を分類しているのだろう。
そのリネットが、ディアドラに追従する。
「リネットがマスタードランとミスタ・マノスに賜った騎乗型ゴーレム〝ガンドーガ〟も、その詳細が明らかになれば問題視される品です。しかし、クリスティーナ様の所持するドラッドノート先輩はそれどころではありません。非常時以外はただ頑丈で切れ味の良い剣として扱うのが賢明であると、リネットは進言いたします」
リネットに〝様〟付けで呼ばれ、クリスティーナさんは、面映そうではあったが、今の言葉を真剣に受け止めたようだ。
「ドラッドノートに制約を課したままとなると、この報告書にある塔内部の配置換えに期待しないと、私では通用しそうにないなあ」
クリスティーナさんは自分の力が及ばぬ悔しさを隠さないが……こればかりはな。
まだ塔内には全武装と全魔法を解禁したメルルや、全ての神器で武装したドラミナでさえ厳しいのが居るからな。
「仕方ないさ。そもそも、クリスティーナさんでさえ通用しない場所なら、この世の戦士や冒険者達はほぼ全員が通用しないだろう。そんな場所を探索させる許可を出せるわけもないし、気にしないのが一番だよ。塔の内部を収入源として運用するのは、王国と各教団を納得させてからだが、今のうちから法律などの検討も始めないとね」
これから押し寄せてくる方々への対応や、各方面との調整その他諸々を想像したのか、クリスティーナさんはトホホと天を仰ぐ。
彼女がこのように何かを諦める仕草を見せるのは珍しいが、私もその気持ちは分かる。
「どれもしなければならない事だし、予め備えておけるのだから、そうするべきだな。うん。それに、各教団に関しては、マイラール神をはじめとした皆様がご助力くださるのではないか?」
マイラール……マイラールか。
ううん、こっちも困り事と言っては、彼女に失礼か。
マイラールに関しては、うーん、幸せな悩み事とでも評しておくか。
「そうだな。マイラールは少し厳しいかもしれんが、本当に困った時なら一言言ってもらうのもありかもしれないね。ただ、それをしたら、ますます神々から注目されている場所なのだと思われてしまいそうなのが困ったところさ」
「利益と不利益が分かっているのなら、後は使いどころを見定めれば大丈夫だろう。それにしても、マイラール神が〝少し厳しい〟とは、一体どういうわけだ、ドラン? あの方は特に君に対して親しいお方ではないか。全力で助力するという意味では、君を崇めているクロノメイズ神が勝るかもしれないが、君達はお互いに最良の友だと思っているのだろう? 塔で何か気まずくなるような事があったのか?」
ふむむ。〝気まずく〟か……クリスティーナさんは鋭いな。
いや、別に鋭くなくても察しがつくか。
後でマイラールがどうして話してしまうのですか、と怒らなければいいのだけれど、この話は黙っておくわけにはいかないな。
私はある種の覚悟を決めて口を開こうとするが……
それよりも早く、面白そうに、けれどもどこか怖い笑みを浮かべたディアドラが、暴露してしまった。ああ、もう。
「マイラール神も私達と同じで、ドランのお嫁さんになってもいいかなあって思っていたみたいなのよ。無自覚にね」
「そうか……ん? ……はあっ!? マイラール神がか!?」
ディアドラが何を口にしたのかを理解した直後、クリスティーナさんの口から本日一番の大声が発せられた。
「そうなのよ。男女の間で友情は成り立たないとは言わないけれど、いつの間にかそれが愛情に変わる可能性もあるわけねえ。カラヴィスが変なちょっかいを出さなければ、この爆弾の導火線に火がつくのは、しばらく先の話だったでしょうに」
「カラヴィス神が? ああ、また何か余計な事を口にしたのか。だからドランがマイラール神は厳しいと……。得心はいったが、ドラン、君はもう本当にあれだな。始祖竜の心臓というだけではなくて、色気とか、そういうのも受け継いでいるのではないか?」
呆れ気味にそう口にしたクリスティーナさんに、私はあまり説得力はないだろなあ、と自嘲しつつ、一応反論する。
「そういうのは受け継いでいないはずだよ。マイラールが私に友人として以上の好意を寄せてくれていた事に関しては、私自身、誰よりも驚いている。それはマイラール本人もだろうけれど。彼女は心の整理の為に、一度、天界に戻ったよ。ひょっとしたら、千年くらい自問自答を繰り返すかもしれないな」
「女神の時間感覚だとそういう事もあるかもしれないが、ラミアに黒薔薇の精にバンパイアに竜種、大邪神と来て、今度は大地母神か。ドラン、君は本当に女性関係に節操がないと言うか、幅が広すぎる。古神竜ドラゴンという存在の格を考えると、大邪神と大地母神以外では釣り合いが取れないのは確かだが……これでは私などが君に結婚を申し込むのは躊躇われるな」
ふむ、クリスティーナさんは私に告白するという話を忘れたわけではなかったらしい。安心したよ。
しかしマイラールの件で大声を出すのがクリスティーナさんだけ、というのはいささか妙である。マイラールに多大な恩義を感じているセリナが何かしら反応すると思っていたのだが……
そう思ったのは私ばかりではないらしく、ディアドラやリネットも訝しみはじめる。
セリナは自らに集中する視線に気付いて顔を上げた。書類の最後の最後に記されていた情報に釘付けになっていた視線を。
ああ、それを読んで固まっていたのか。
クリスティーナさんは先に別の事に意識を奪われて顔を上げてしまったからなあ。
セリナはいかにも不満げな表情になり、拗ねと怒りと嫉妬を絶妙に混ぜた視線の矢を私に浴びせかけた。
それは当然の事であったから、私は甘んじてそれを受ける。
「ドランさん、ドラグサキュバスさんって、一体どちら様ですか?」
その発言に、クリスティーナさんはまだ自分の目を通していない情報があると気付き、慌てて書類を読み直し、セリナと同じものに気付いて目を止める。
「ドラグサキュバス……塔内部に巻き込まれてしまったサキュバス達が、ドランの古神竜の力を深く受け入れて誕生した新種族。総数九百七十四名。全員がドランの眷属として仕える事を希望……? ド、ドラン?」
「眠っていた彼女達を目覚めさせて、その後、応急処置のつもりで私の精気を渡したのだが、彼女達の側から力を持っていかれてしまった。彼女達はそれを使って自らを作り変えたのだ。私の意思で新種族を誕生させたわけではないと、情けない事この上ないが言い訳をさせてほしい」
とはいえ、いきなり千人近い眷属を得た上に、よりにもよってそれがサキュバスである事が、クリスティーナさんとセリナには大いに問題視された。
それはそうだ。私だってそう思う。
幸いにして、リリ達は極めて友好的で、私と、ひいてはベルン村に命がけで尽くすと本気で約束してくれているが、セリナ達にとっての問題はそこではなかった。
私がまた新しい女性を、しかも大量にひっかけてきたと認識されているのだ。
これが私にとっても彼女らにとっても、問題でなくて一体なんだろうか。
リリ達が私に忠誠を誓った場に居合わせたディアドラとリネットは、私が彼女達と男女の関係になる事を拒否するのを目撃しているが、セリナ達は話が違う。
私としては、有能なリリ達ドラグサキュバスの存在はありがたい面が多いとはいえ、それ以上に人間関係に波乱を及ぼす部分もある。
確かに、諸手を挙げて歓迎は出来ない存在だ。
私は、マイラールの一件以上に看過出来ない事態だと息巻くセリナとクリスティーナさんに対して、必死に弁明せねばならなかった。
第二章―――― ベルン村の変化
クリスティーナさんを頂点に戴くベルン村新体制が始まってからというもの、予め村長達と打ち合わせておいた新しい計画が次々と実行に移されはじめた。
私もまた、領主直属の遊撃騎士団長兼魔法部門の筆頭と、領主補佐官の役職を得ている。
アムリアとその護衛である風香と八千代、そしてメルル達の襲撃――もとい、来訪も慌ただしく終わり、彼女らが王都アレクラフティアに帰還してから既に四日が経過した。
それにしても、メルルは最近別の意味で怖い目で私を見るようになったな。
彼女の視線はねっとりとした執念が乗っていて、あの目で見られると背筋がぞっとするほどの恐怖と、同時にどうしようもない哀れみの念が湧いてくる。
あの方も決して魅力のない女性ではないのだが、短所が長所を覆い尽くして余りある自己主張の激しさを持っている為、どうしても異性との縁に恵まれないようだ。
私の竜眼をもってしても、メルルには一部の運命を司る神々が結ぶ運命の赤い糸がどこにも見えないくらいである。
遠い未来に結ばれる場合でも、うっすらとは見えるものなのに。
贈り物を持って来てくれたし、気配りも出来る方だけに、残念で仕方がない。
だが、そこまで追い詰められたからといって、私を怖い目で見るのはやめていただきたいものである。
さて、話を本筋に戻そう。
クリスティーナさんの授爵とベルン拝領に対する各地からのお祝いの品や書状もようやく絶え、就任式に叙任式といった目玉となる行事も済んだ。
これで、カラヴィスタワーの件で王都や各地の教団からの問い合わせが来るまでは、落ち着いて仕事が出来る。
既に塔の内部の掌握と今後の管理体制に関しては、リリ達が非常に奮起してくれているので、一任してしまっても問題はなさそうだ。しかし、それを公的な記録として各地に報告する為には、やはり各教団と王国の合同調査隊のようなものを内部に入れる他ない。
そうなったら、宿や装備の手配に指揮系統の問題、各教団の力関係への配慮やらと、気苦労を強いられる時間が訪れるだろう。
調査に協力してくれた神々からの口添えも、あまり大々的にやってしまえば、人々からベルン村が神聖視、あるいは逆に危険視されてしまう可能性がある。
あくまで神々の助力はほどほどにしてもらわなければならないのが、痛し痒しといったところだ。
そんな日々の中で、クリスティーナさんやセリナ達と出会ってからもう一年が経過し、再び春が訪れて、王国最北のベルン村にも暖かな日差しが降り注ぐようになっていた。
芽吹いた花々の香りを乗せた風を感じながら、私は新設間もないベルン騎士団の訓練を見学しに来ていた。
騎士団設立に伴い、ガロアからの異動組以外にもベルン村在住の農家の次男坊や三男坊、近隣の町で職にあぶれていた者、傭兵や冒険者の類が安定した職を求めて来ている。
その為、騎士団設立の初動で鉄の規律を構築し、騎士団の兵員の練度を上げる目的で、かなり厳しめの訓練が課せられている。
そうして厳しい訓練をすると、それに用いられる道具の消費などが激しくなるわけで、その確認も兼ねて、私はここに来た。
といっても、ベルン男爵領の財布の紐に関しては、村長の娘のシェンナさんを会計の責任者に任命しているので、私が足を運ぶ必要はないのだけれど。
今私が居るのは、ベルン村南西部を開拓して設けられた訓練場。ここを造る為に、荒れ果てていた土地を整地したのも騎士団である。
村の内外の見回り以外ではこれが初仕事になった者が多く、面食らっていたのではないだろうか。
好奇心に駆られた子供達が足を踏み入れないように、石壁で厳重に囲った訓練場の中では、鎧兜姿の兵士達がバランさん監督のもと、ぐるぐると同じところを何周も走っていた。
毎日生えてくる雑草の始末も兵士達の仕事のうちで、今日も起床後すぐに草むしりをした結果、訓練場は綺麗なものだ。
私は腕を組んで大声を発しているバランさんに近づき、その背中に声を掛けた。
彼も走っている兵士達と同じく鎧姿だ。
バランさんが鎧を着込む必要はないのだが、監督役としての責任感がそうさせているのか。あるいは、騎士に任命されて支給された新品の鎧に袖を通したくて着用しているのかもしれないな。
「バランさん、新人達の調子はどうですか?」
私の声に振り返ったバランさんの鎧は、降り注ぐ太陽の光を鏡のように跳ね返し、キラキラと輝いている。自分か、あるいは愛妻であるミウさんがいつも磨いているのだろう。
「おう、ドラン――いや、補佐官殿とでも呼ぶべきなのかな?」
「身内しかいない時は今まで通りドランで構いません。そうでない時は、どうしましょうか……」
ううむ、改めて考えると、私もさてなんと呼ばれればよいのやら……
「バランさんはベルン騎士団の騎士団長ですし、公的には対等な立場と言えますね。なら、ドランと呼び捨てのままでもよいのでは?」
私が苦し紛れにひねり出した答えを聞き、バランさんは日に焼けた厳めしい顔に笑みを浮かべる。
「お前がドラン殿や補佐官殿と呼ばれるのが嫌だから、というのが理由のほとんどじゃないのか?」
流石に付き合いが長いだけあって、私の性格を把握しているな。
クリスティーナさんの家臣となった事で、村の皆との関係に少なくとも表向きには多少の変化が生じてしまうのは、私にとっては居心地の悪いものがある。
「バランさんも隊長呼びから騎士団長や団長と呼ばれるようになって、まだむず痒い思いをしているのでは?」
「まあな。上手い具合に生まれ故郷に配属されて、兵士隊の隊長という責任ある立場を拝命し、万事順調だと思っていたが、まさか騎士の位を頂くとは、予想外もいいところだ」
バランさんは気恥ずかしそうに新品の鎧を軽く撫でた。
騎士の鎧は兵士のそれよりも上質な物が用意されるのだが、バランさんに支給された鎧をはじめとした装備一式は、私自ら製作した一品だ。
通常では考えられないほど膨大かつ高度な付与魔法が施され、材質もちょっと公言出来ない代物を使っている。
普段はただの魔法の防具の範疇に収まる性能だが、緊急時にはそこらの神器を蹴散らせる性能を発揮する特別仕様である。
新興男爵家の小規模騎士団長の鎧が神器を上回るか……
ふむ、どう考えてもおかしいし、不要な火種になりそうだが、バランさんや周囲の人々の命には替えられん。
「責任は重いですからね。ですが、まだまだ潰されるほどの重さではないでしょう。……今の発言は生意気すぎましたかね?」
「まさか! お前さんはおれよりもずっと年下だが、先に騎爵位を得た貴族の先輩だ」
バランさんは気にするなと言わんばかりに私の問い掛けを笑い飛ばした。
「おれがお前さんに偉そうに講釈を垂れる事が出来るとしたら、せいぜい夫とか父親としての心構えくらいのものさ。それにしたって、お前さんには親父のゴラオンと兄のディランって手本が身近に居るから、わざわざおれに意見を求める事もなかろう。ますますもって歳を食っているからと偉そうな物言いは出来んな。お前さんはおれよりもっと責任のある立場だが、いつもと変わらん様子だしな」
「私の場合は前々から覚悟を固めていましたし、頼りになる知り合いが周りにたくさんいますから。いざとなれば、そちらを頼ろうと開き直っているだけですよ。それで、新人組はどうですか? ベルン村出身の次男坊三男坊や元傭兵、冒険者組なら、体力は問題ないとは思いますが」
前者はともかくとして、後者の方は素行に問題のある連中がチラホラ交じっている可能性は否定出来ない。
戦慣れしていて有事の際には頼りになるが、一方で自分の経験を基準に判断して、勝手な行動を取る恐れもある。まさに一長一短。
無論、元々村に居た元冒険者やバランさんの腕っ節と胆力があれば、そういった連中を掌握するのは難しくはない。
とはいえ、これだけの人数を統率する経験はバランさんにとっても初めての事だし、いつも以上に負担はあるだろう。
見たところ、もともとベルン村に駐在していた五名の兵士の中で見当たらないのは、クレスさんと、元は副隊長だった現ベルン騎士団副団長のマリーダさんか。
「先輩面をしたクレスの奴が新兵を連れて採掘場の方に、マリーダはガロアからの異動組を連れてクラウゼ村との間の街道警備に行っている。他所から来た自由労働者や訳あり組には、ちょいと体力に不安のある奴も居るが、ここに自分の居場所を求めてやって来た奴らだから根性はある。ちょっとやそっとじゃ辞めたりはせんよ」
それは何より。間違いなく私達の生きている間に北方からゴブリンなどの脅威が来襲するだろうし、その時までにはまともに戦える戦力を、数と質を併せて揃えておかねばならん。
私が戦闘用ゴーレムを量産するのもいいが、私が天寿によってこの世を去った後の事を考えると、そればかりに村の防衛を委ねるわけにはいかんわな。
「使いものになるのは早ければ早いほど良いですからね。後は魔法使いの数も揃えたいところです。そちらは、魔法学院の生徒や中途退学した者に声を掛ければ、頭数を揃えられそうです」
「クリスティーナ様の名前があれば、いくらでも寄ってきそうだな。だが、そうなると、それはそれで質の均一化が難しいだろう。それと、ドラン達は銃火器の導入も考えているのだったな。おれも訓練兵時代に一通りの扱いは習ったが、昔の話だ。新しくこの村で導入するとなれば、専門家を招いて、専用の工房を用意する必要もある。弾や銃の材料になる鉛や鉄はもとより、火薬も調達せねばなるまい。魔法銃ならば魔晶石か精霊石が弾になるが……それにしても、金ばかり掛かるな」
バランさんの言う通り、私とクリスティーナさんが辺境の僻村に過ぎなかったベルン村にもたらそうとしている変革には、どれだけお金が掛かるか計り知れないものだ。
しかし幸いにも、私達はお金なら腐るほどあると言える状況にある。
男爵領の財布の紐を握る事になったシェンナさんは、金庫室に納められた財貨の目録と実物を目の当たりにして、しばらくの間、その場から動けなくなったのは記憶に新しい。
新興の男爵家としては異常なほどの財力を有するこのベルン男爵領に、早急に必要とされているのは、即戦力級の人材だな。
「火薬の銃にしろ、魔晶石を使う魔法銃にしろ、誰が使っても効果が安定していて、運用しやすいですし、その射程の長さは何よりの魅力です。槍よりも矢、矢よりも銃、銃よりも大砲といった具合に、遠くから敵を一方的に攻撃出来る手段を持っているに越した事はありませんよ」
「お前さんやセリナの使う魔法なら、銃や大砲を百単位で揃えるよりもよっぽど恐ろしい気もするがね。しかし、いずれ銃火器が発達すれば、魔法使いが戦場に出る事は少なくなるかもしれんな」
バランさんが口にした通り、科学技術の発達に反比例して魔法が戦場での出番を減らしていく事例は多い。
また、魔法と科学の両方を高度に発達させる文明は、どちらかの技術のみを発達させた文明に比べるとずっと少ない。
さて、この星の今の文明が遠い未来で魔法と科学のどちらかを選ぶのか、それとも両方を選ぶのか。それは後世の人々に委ねるが、気にならないと言えば嘘になるな。
「魔法も極めた達人が使えば凄まじい破壊力を見せますが、そこまで至れる使い手は少ないですから、バランさんの言う通り、戦闘魔法が衰退する可能性は充分にあります。でも、それはこれから百年、二百年と時間が経過してからの事になると思いますよ」
「そうか、そこまでおれもお前さんも生きちゃいまい。せいぜい子供らに任せられるくらい頑張れればいいさ。お前さんはまだ子供がいないが、どうせすぐに出来るだろう。それはともかく、ドランよ……女性の扱いにはいつも気を配れよ。今後、多くの事がお前さんの肩に乗っかってくる。色恋のいざこざしかり、男爵領の発展を疎ましく思われてのいざこざしかり、補佐官であるお前さんが大怪我でもしたら色んな物事の流れが滞りかねん」
「多くの方に同じ忠告を頂いていますよ。そうならないように、私なりに気を付けていますし、私が居なくても領内の運営が滞らない態勢を作るべく、人材集めも疎かにはしませんとも」
「恐怖を知らないかと思えるほど大胆な割に、奇妙なくらいに慎重なところもあるお前さんなら、その程度は考えているか。ま、好きにすればいい。お前さんならば、支えてくれる相手には事欠かないだろう」
バランさんの言う通り、私一人でなんでもかんでもやる必要はない。
セリナにドラミナにディアドラにクリスティーナさんにリネット……ベルン村に常駐しているだけでもこんなに頼りになる面々が揃っているのだ。
私はなんと恵まれている事か。
それに、バランさんをはじめ、魔法の師であるマグル婆さんにその娘のディナさん、村長にシェンナさんと、ベルン村の皆の存在も心強い。
これからの未来が明るいものであると、私には幼い子供のように無邪気に信じられた。
「ああ、それは間違いないよ。私の前世の中での話に限るが、ドラッドノートには魔法と科学どちらの面でも最新最高の技術を投じられている。私を倒すのが主目的だったが、その副産物として凄まじい万能性を保持しているからね。古代の天人文明の遺物や、まだ生きている設備を支配して利用するのも簡単だよ。もっとも、あまりそれに頼ってばかりでは、楽すぎて怠けてしまいがちになるかもしれんがね」
かつてその剣を振るった勇者の末裔でもあるクリスティーナさんが、しみじみと呟く。
「改めて思うが、えらいものを腰に提げているのだな、私は。となると、私も塔の探索に加わるべきかな? ドランや天上の神々だけで探索している時はともかく、いずれ来る調査団の方達と私が塔に行く機会もあるだろうし、領主自ら探索に赴くとあれば、信用性も高くなるんじゃないかな」
ふむ、単に苦手な事務仕事から離れられると考えているわけではないようだ。
彼女がそんな怠惰な考えを抱くわけもないが、書類の束を前にした時に、明らかに〝苦手だなあ〟という気配を出しているから、ついつい邪推してしまうのはよくないな。
「クリスティーナさんの同行は有用な手の一つだけれど、ドラッドノートの真の性能を知らしめるのは良い手とは言えないね」
諸国で出回っている魔剣の類と比較しても、いかんせん、ドラッドノートの性能は桁外れに高すぎる。
メルルがその知識と技術の粋を凝らして開発したディストールでさえ、足元にも及ばないのだから。
私の言わんとするところを理解したディアドラが、クリスティーナさんを見つめながら嘆息する。
「世界をひっくり返したみたいな騒ぎを起こす品物ってわけね。昔のドランを殺してしまうくらいなのだから、それだけでもとんでもない剣なのは確かね」
練習用の空間ではドラッドノートの一振りでどれだけの星々が消し飛んだ事か。これは剣と呼ぶには大いに語弊のある品だ。
また、性能とは別の話になるが、この剣は固有の人格を有している為、単なる道具として扱うのも憚られる。リネットなどドラッドノートの事を先輩扱いしているらしく、時々かなり親しげに話しかけている姿を目にしている。
同じ意思を持つ器物として、お互いの事を分類しているのだろう。
そのリネットが、ディアドラに追従する。
「リネットがマスタードランとミスタ・マノスに賜った騎乗型ゴーレム〝ガンドーガ〟も、その詳細が明らかになれば問題視される品です。しかし、クリスティーナ様の所持するドラッドノート先輩はそれどころではありません。非常時以外はただ頑丈で切れ味の良い剣として扱うのが賢明であると、リネットは進言いたします」
リネットに〝様〟付けで呼ばれ、クリスティーナさんは、面映そうではあったが、今の言葉を真剣に受け止めたようだ。
「ドラッドノートに制約を課したままとなると、この報告書にある塔内部の配置換えに期待しないと、私では通用しそうにないなあ」
クリスティーナさんは自分の力が及ばぬ悔しさを隠さないが……こればかりはな。
まだ塔内には全武装と全魔法を解禁したメルルや、全ての神器で武装したドラミナでさえ厳しいのが居るからな。
「仕方ないさ。そもそも、クリスティーナさんでさえ通用しない場所なら、この世の戦士や冒険者達はほぼ全員が通用しないだろう。そんな場所を探索させる許可を出せるわけもないし、気にしないのが一番だよ。塔の内部を収入源として運用するのは、王国と各教団を納得させてからだが、今のうちから法律などの検討も始めないとね」
これから押し寄せてくる方々への対応や、各方面との調整その他諸々を想像したのか、クリスティーナさんはトホホと天を仰ぐ。
彼女がこのように何かを諦める仕草を見せるのは珍しいが、私もその気持ちは分かる。
「どれもしなければならない事だし、予め備えておけるのだから、そうするべきだな。うん。それに、各教団に関しては、マイラール神をはじめとした皆様がご助力くださるのではないか?」
マイラール……マイラールか。
ううん、こっちも困り事と言っては、彼女に失礼か。
マイラールに関しては、うーん、幸せな悩み事とでも評しておくか。
「そうだな。マイラールは少し厳しいかもしれんが、本当に困った時なら一言言ってもらうのもありかもしれないね。ただ、それをしたら、ますます神々から注目されている場所なのだと思われてしまいそうなのが困ったところさ」
「利益と不利益が分かっているのなら、後は使いどころを見定めれば大丈夫だろう。それにしても、マイラール神が〝少し厳しい〟とは、一体どういうわけだ、ドラン? あの方は特に君に対して親しいお方ではないか。全力で助力するという意味では、君を崇めているクロノメイズ神が勝るかもしれないが、君達はお互いに最良の友だと思っているのだろう? 塔で何か気まずくなるような事があったのか?」
ふむむ。〝気まずく〟か……クリスティーナさんは鋭いな。
いや、別に鋭くなくても察しがつくか。
後でマイラールがどうして話してしまうのですか、と怒らなければいいのだけれど、この話は黙っておくわけにはいかないな。
私はある種の覚悟を決めて口を開こうとするが……
それよりも早く、面白そうに、けれどもどこか怖い笑みを浮かべたディアドラが、暴露してしまった。ああ、もう。
「マイラール神も私達と同じで、ドランのお嫁さんになってもいいかなあって思っていたみたいなのよ。無自覚にね」
「そうか……ん? ……はあっ!? マイラール神がか!?」
ディアドラが何を口にしたのかを理解した直後、クリスティーナさんの口から本日一番の大声が発せられた。
「そうなのよ。男女の間で友情は成り立たないとは言わないけれど、いつの間にかそれが愛情に変わる可能性もあるわけねえ。カラヴィスが変なちょっかいを出さなければ、この爆弾の導火線に火がつくのは、しばらく先の話だったでしょうに」
「カラヴィス神が? ああ、また何か余計な事を口にしたのか。だからドランがマイラール神は厳しいと……。得心はいったが、ドラン、君はもう本当にあれだな。始祖竜の心臓というだけではなくて、色気とか、そういうのも受け継いでいるのではないか?」
呆れ気味にそう口にしたクリスティーナさんに、私はあまり説得力はないだろなあ、と自嘲しつつ、一応反論する。
「そういうのは受け継いでいないはずだよ。マイラールが私に友人として以上の好意を寄せてくれていた事に関しては、私自身、誰よりも驚いている。それはマイラール本人もだろうけれど。彼女は心の整理の為に、一度、天界に戻ったよ。ひょっとしたら、千年くらい自問自答を繰り返すかもしれないな」
「女神の時間感覚だとそういう事もあるかもしれないが、ラミアに黒薔薇の精にバンパイアに竜種、大邪神と来て、今度は大地母神か。ドラン、君は本当に女性関係に節操がないと言うか、幅が広すぎる。古神竜ドラゴンという存在の格を考えると、大邪神と大地母神以外では釣り合いが取れないのは確かだが……これでは私などが君に結婚を申し込むのは躊躇われるな」
ふむ、クリスティーナさんは私に告白するという話を忘れたわけではなかったらしい。安心したよ。
しかしマイラールの件で大声を出すのがクリスティーナさんだけ、というのはいささか妙である。マイラールに多大な恩義を感じているセリナが何かしら反応すると思っていたのだが……
そう思ったのは私ばかりではないらしく、ディアドラやリネットも訝しみはじめる。
セリナは自らに集中する視線に気付いて顔を上げた。書類の最後の最後に記されていた情報に釘付けになっていた視線を。
ああ、それを読んで固まっていたのか。
クリスティーナさんは先に別の事に意識を奪われて顔を上げてしまったからなあ。
セリナはいかにも不満げな表情になり、拗ねと怒りと嫉妬を絶妙に混ぜた視線の矢を私に浴びせかけた。
それは当然の事であったから、私は甘んじてそれを受ける。
「ドランさん、ドラグサキュバスさんって、一体どちら様ですか?」
その発言に、クリスティーナさんはまだ自分の目を通していない情報があると気付き、慌てて書類を読み直し、セリナと同じものに気付いて目を止める。
「ドラグサキュバス……塔内部に巻き込まれてしまったサキュバス達が、ドランの古神竜の力を深く受け入れて誕生した新種族。総数九百七十四名。全員がドランの眷属として仕える事を希望……? ド、ドラン?」
「眠っていた彼女達を目覚めさせて、その後、応急処置のつもりで私の精気を渡したのだが、彼女達の側から力を持っていかれてしまった。彼女達はそれを使って自らを作り変えたのだ。私の意思で新種族を誕生させたわけではないと、情けない事この上ないが言い訳をさせてほしい」
とはいえ、いきなり千人近い眷属を得た上に、よりにもよってそれがサキュバスである事が、クリスティーナさんとセリナには大いに問題視された。
それはそうだ。私だってそう思う。
幸いにして、リリ達は極めて友好的で、私と、ひいてはベルン村に命がけで尽くすと本気で約束してくれているが、セリナ達にとっての問題はそこではなかった。
私がまた新しい女性を、しかも大量にひっかけてきたと認識されているのだ。
これが私にとっても彼女らにとっても、問題でなくて一体なんだろうか。
リリ達が私に忠誠を誓った場に居合わせたディアドラとリネットは、私が彼女達と男女の関係になる事を拒否するのを目撃しているが、セリナ達は話が違う。
私としては、有能なリリ達ドラグサキュバスの存在はありがたい面が多いとはいえ、それ以上に人間関係に波乱を及ぼす部分もある。
確かに、諸手を挙げて歓迎は出来ない存在だ。
私は、マイラールの一件以上に看過出来ない事態だと息巻くセリナとクリスティーナさんに対して、必死に弁明せねばならなかった。
第二章―――― ベルン村の変化
クリスティーナさんを頂点に戴くベルン村新体制が始まってからというもの、予め村長達と打ち合わせておいた新しい計画が次々と実行に移されはじめた。
私もまた、領主直属の遊撃騎士団長兼魔法部門の筆頭と、領主補佐官の役職を得ている。
アムリアとその護衛である風香と八千代、そしてメルル達の襲撃――もとい、来訪も慌ただしく終わり、彼女らが王都アレクラフティアに帰還してから既に四日が経過した。
それにしても、メルルは最近別の意味で怖い目で私を見るようになったな。
彼女の視線はねっとりとした執念が乗っていて、あの目で見られると背筋がぞっとするほどの恐怖と、同時にどうしようもない哀れみの念が湧いてくる。
あの方も決して魅力のない女性ではないのだが、短所が長所を覆い尽くして余りある自己主張の激しさを持っている為、どうしても異性との縁に恵まれないようだ。
私の竜眼をもってしても、メルルには一部の運命を司る神々が結ぶ運命の赤い糸がどこにも見えないくらいである。
遠い未来に結ばれる場合でも、うっすらとは見えるものなのに。
贈り物を持って来てくれたし、気配りも出来る方だけに、残念で仕方がない。
だが、そこまで追い詰められたからといって、私を怖い目で見るのはやめていただきたいものである。
さて、話を本筋に戻そう。
クリスティーナさんの授爵とベルン拝領に対する各地からのお祝いの品や書状もようやく絶え、就任式に叙任式といった目玉となる行事も済んだ。
これで、カラヴィスタワーの件で王都や各地の教団からの問い合わせが来るまでは、落ち着いて仕事が出来る。
既に塔の内部の掌握と今後の管理体制に関しては、リリ達が非常に奮起してくれているので、一任してしまっても問題はなさそうだ。しかし、それを公的な記録として各地に報告する為には、やはり各教団と王国の合同調査隊のようなものを内部に入れる他ない。
そうなったら、宿や装備の手配に指揮系統の問題、各教団の力関係への配慮やらと、気苦労を強いられる時間が訪れるだろう。
調査に協力してくれた神々からの口添えも、あまり大々的にやってしまえば、人々からベルン村が神聖視、あるいは逆に危険視されてしまう可能性がある。
あくまで神々の助力はほどほどにしてもらわなければならないのが、痛し痒しといったところだ。
そんな日々の中で、クリスティーナさんやセリナ達と出会ってからもう一年が経過し、再び春が訪れて、王国最北のベルン村にも暖かな日差しが降り注ぐようになっていた。
芽吹いた花々の香りを乗せた風を感じながら、私は新設間もないベルン騎士団の訓練を見学しに来ていた。
騎士団設立に伴い、ガロアからの異動組以外にもベルン村在住の農家の次男坊や三男坊、近隣の町で職にあぶれていた者、傭兵や冒険者の類が安定した職を求めて来ている。
その為、騎士団設立の初動で鉄の規律を構築し、騎士団の兵員の練度を上げる目的で、かなり厳しめの訓練が課せられている。
そうして厳しい訓練をすると、それに用いられる道具の消費などが激しくなるわけで、その確認も兼ねて、私はここに来た。
といっても、ベルン男爵領の財布の紐に関しては、村長の娘のシェンナさんを会計の責任者に任命しているので、私が足を運ぶ必要はないのだけれど。
今私が居るのは、ベルン村南西部を開拓して設けられた訓練場。ここを造る為に、荒れ果てていた土地を整地したのも騎士団である。
村の内外の見回り以外ではこれが初仕事になった者が多く、面食らっていたのではないだろうか。
好奇心に駆られた子供達が足を踏み入れないように、石壁で厳重に囲った訓練場の中では、鎧兜姿の兵士達がバランさん監督のもと、ぐるぐると同じところを何周も走っていた。
毎日生えてくる雑草の始末も兵士達の仕事のうちで、今日も起床後すぐに草むしりをした結果、訓練場は綺麗なものだ。
私は腕を組んで大声を発しているバランさんに近づき、その背中に声を掛けた。
彼も走っている兵士達と同じく鎧姿だ。
バランさんが鎧を着込む必要はないのだが、監督役としての責任感がそうさせているのか。あるいは、騎士に任命されて支給された新品の鎧に袖を通したくて着用しているのかもしれないな。
「バランさん、新人達の調子はどうですか?」
私の声に振り返ったバランさんの鎧は、降り注ぐ太陽の光を鏡のように跳ね返し、キラキラと輝いている。自分か、あるいは愛妻であるミウさんがいつも磨いているのだろう。
「おう、ドラン――いや、補佐官殿とでも呼ぶべきなのかな?」
「身内しかいない時は今まで通りドランで構いません。そうでない時は、どうしましょうか……」
ううむ、改めて考えると、私もさてなんと呼ばれればよいのやら……
「バランさんはベルン騎士団の騎士団長ですし、公的には対等な立場と言えますね。なら、ドランと呼び捨てのままでもよいのでは?」
私が苦し紛れにひねり出した答えを聞き、バランさんは日に焼けた厳めしい顔に笑みを浮かべる。
「お前がドラン殿や補佐官殿と呼ばれるのが嫌だから、というのが理由のほとんどじゃないのか?」
流石に付き合いが長いだけあって、私の性格を把握しているな。
クリスティーナさんの家臣となった事で、村の皆との関係に少なくとも表向きには多少の変化が生じてしまうのは、私にとっては居心地の悪いものがある。
「バランさんも隊長呼びから騎士団長や団長と呼ばれるようになって、まだむず痒い思いをしているのでは?」
「まあな。上手い具合に生まれ故郷に配属されて、兵士隊の隊長という責任ある立場を拝命し、万事順調だと思っていたが、まさか騎士の位を頂くとは、予想外もいいところだ」
バランさんは気恥ずかしそうに新品の鎧を軽く撫でた。
騎士の鎧は兵士のそれよりも上質な物が用意されるのだが、バランさんに支給された鎧をはじめとした装備一式は、私自ら製作した一品だ。
通常では考えられないほど膨大かつ高度な付与魔法が施され、材質もちょっと公言出来ない代物を使っている。
普段はただの魔法の防具の範疇に収まる性能だが、緊急時にはそこらの神器を蹴散らせる性能を発揮する特別仕様である。
新興男爵家の小規模騎士団長の鎧が神器を上回るか……
ふむ、どう考えてもおかしいし、不要な火種になりそうだが、バランさんや周囲の人々の命には替えられん。
「責任は重いですからね。ですが、まだまだ潰されるほどの重さではないでしょう。……今の発言は生意気すぎましたかね?」
「まさか! お前さんはおれよりもずっと年下だが、先に騎爵位を得た貴族の先輩だ」
バランさんは気にするなと言わんばかりに私の問い掛けを笑い飛ばした。
「おれがお前さんに偉そうに講釈を垂れる事が出来るとしたら、せいぜい夫とか父親としての心構えくらいのものさ。それにしたって、お前さんには親父のゴラオンと兄のディランって手本が身近に居るから、わざわざおれに意見を求める事もなかろう。ますますもって歳を食っているからと偉そうな物言いは出来んな。お前さんはおれよりもっと責任のある立場だが、いつもと変わらん様子だしな」
「私の場合は前々から覚悟を固めていましたし、頼りになる知り合いが周りにたくさんいますから。いざとなれば、そちらを頼ろうと開き直っているだけですよ。それで、新人組はどうですか? ベルン村出身の次男坊三男坊や元傭兵、冒険者組なら、体力は問題ないとは思いますが」
前者はともかくとして、後者の方は素行に問題のある連中がチラホラ交じっている可能性は否定出来ない。
戦慣れしていて有事の際には頼りになるが、一方で自分の経験を基準に判断して、勝手な行動を取る恐れもある。まさに一長一短。
無論、元々村に居た元冒険者やバランさんの腕っ節と胆力があれば、そういった連中を掌握するのは難しくはない。
とはいえ、これだけの人数を統率する経験はバランさんにとっても初めての事だし、いつも以上に負担はあるだろう。
見たところ、もともとベルン村に駐在していた五名の兵士の中で見当たらないのは、クレスさんと、元は副隊長だった現ベルン騎士団副団長のマリーダさんか。
「先輩面をしたクレスの奴が新兵を連れて採掘場の方に、マリーダはガロアからの異動組を連れてクラウゼ村との間の街道警備に行っている。他所から来た自由労働者や訳あり組には、ちょいと体力に不安のある奴も居るが、ここに自分の居場所を求めてやって来た奴らだから根性はある。ちょっとやそっとじゃ辞めたりはせんよ」
それは何より。間違いなく私達の生きている間に北方からゴブリンなどの脅威が来襲するだろうし、その時までにはまともに戦える戦力を、数と質を併せて揃えておかねばならん。
私が戦闘用ゴーレムを量産するのもいいが、私が天寿によってこの世を去った後の事を考えると、そればかりに村の防衛を委ねるわけにはいかんわな。
「使いものになるのは早ければ早いほど良いですからね。後は魔法使いの数も揃えたいところです。そちらは、魔法学院の生徒や中途退学した者に声を掛ければ、頭数を揃えられそうです」
「クリスティーナ様の名前があれば、いくらでも寄ってきそうだな。だが、そうなると、それはそれで質の均一化が難しいだろう。それと、ドラン達は銃火器の導入も考えているのだったな。おれも訓練兵時代に一通りの扱いは習ったが、昔の話だ。新しくこの村で導入するとなれば、専門家を招いて、専用の工房を用意する必要もある。弾や銃の材料になる鉛や鉄はもとより、火薬も調達せねばなるまい。魔法銃ならば魔晶石か精霊石が弾になるが……それにしても、金ばかり掛かるな」
バランさんの言う通り、私とクリスティーナさんが辺境の僻村に過ぎなかったベルン村にもたらそうとしている変革には、どれだけお金が掛かるか計り知れないものだ。
しかし幸いにも、私達はお金なら腐るほどあると言える状況にある。
男爵領の財布の紐を握る事になったシェンナさんは、金庫室に納められた財貨の目録と実物を目の当たりにして、しばらくの間、その場から動けなくなったのは記憶に新しい。
新興の男爵家としては異常なほどの財力を有するこのベルン男爵領に、早急に必要とされているのは、即戦力級の人材だな。
「火薬の銃にしろ、魔晶石を使う魔法銃にしろ、誰が使っても効果が安定していて、運用しやすいですし、その射程の長さは何よりの魅力です。槍よりも矢、矢よりも銃、銃よりも大砲といった具合に、遠くから敵を一方的に攻撃出来る手段を持っているに越した事はありませんよ」
「お前さんやセリナの使う魔法なら、銃や大砲を百単位で揃えるよりもよっぽど恐ろしい気もするがね。しかし、いずれ銃火器が発達すれば、魔法使いが戦場に出る事は少なくなるかもしれんな」
バランさんが口にした通り、科学技術の発達に反比例して魔法が戦場での出番を減らしていく事例は多い。
また、魔法と科学の両方を高度に発達させる文明は、どちらかの技術のみを発達させた文明に比べるとずっと少ない。
さて、この星の今の文明が遠い未来で魔法と科学のどちらかを選ぶのか、それとも両方を選ぶのか。それは後世の人々に委ねるが、気にならないと言えば嘘になるな。
「魔法も極めた達人が使えば凄まじい破壊力を見せますが、そこまで至れる使い手は少ないですから、バランさんの言う通り、戦闘魔法が衰退する可能性は充分にあります。でも、それはこれから百年、二百年と時間が経過してからの事になると思いますよ」
「そうか、そこまでおれもお前さんも生きちゃいまい。せいぜい子供らに任せられるくらい頑張れればいいさ。お前さんはまだ子供がいないが、どうせすぐに出来るだろう。それはともかく、ドランよ……女性の扱いにはいつも気を配れよ。今後、多くの事がお前さんの肩に乗っかってくる。色恋のいざこざしかり、男爵領の発展を疎ましく思われてのいざこざしかり、補佐官であるお前さんが大怪我でもしたら色んな物事の流れが滞りかねん」
「多くの方に同じ忠告を頂いていますよ。そうならないように、私なりに気を付けていますし、私が居なくても領内の運営が滞らない態勢を作るべく、人材集めも疎かにはしませんとも」
「恐怖を知らないかと思えるほど大胆な割に、奇妙なくらいに慎重なところもあるお前さんなら、その程度は考えているか。ま、好きにすればいい。お前さんならば、支えてくれる相手には事欠かないだろう」
バランさんの言う通り、私一人でなんでもかんでもやる必要はない。
セリナにドラミナにディアドラにクリスティーナさんにリネット……ベルン村に常駐しているだけでもこんなに頼りになる面々が揃っているのだ。
私はなんと恵まれている事か。
それに、バランさんをはじめ、魔法の師であるマグル婆さんにその娘のディナさん、村長にシェンナさんと、ベルン村の皆の存在も心強い。
これからの未来が明るいものであると、私には幼い子供のように無邪気に信じられた。
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