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17巻
17-1
しおりを挟む第一章―――― 時勢の激流
アークレスト王国で騎爵位を賜った私――ドランは、アークレスト王国王太子スペリオン殿下の護衛として同伴する形で、隣国のロマル帝国を訪れた。
帝国では現在、ギスパール皇帝の崩御をきっかけに、アステリア皇女とライノスアート大公が次代皇帝の座を争って一触即発の緊迫した状況が続いている。
表向きは弔問という名目だったものの、私達には帝国の各地を巡り、その内情に探りを入れる目的があった。
そんな中、身分を隠して帝国南部の城塞都市エルケネイに立ち寄った私達は、帝国政府に弾圧される三等臣民が起こした反乱に巻き込まれてしまう。
この街で知り合った犬人の八千代、狐人の風香を連れて王国へと脱出を図った私達だったが……その道中、山奥の城で思いもかけない女性を保護する事になった。
アステリア皇女の隠された双子の妹、アムリアである。
アムリアは自分の出自については何も知らされておらず、山中に幽閉されていた身であるが、彼女の存在が公になれば、帝国の後継者争いに与える影響は計り知れない。
この重大な秘密を闇に葬らんとする皇女や大公らの干渉を退け、私達は無事に王都から派遣された迎えの近衛騎士団と合流したのだった。
寂れた街道を埋め尽くす完全装備の近衛騎士団の威容に、八千代と風香は盛大に驚き、アムリアも少しだけびっくりしたようだ。
三人には殿下の素性を説明してあったとはいえ、一国の王太子など普通なら雲の上の人物である。なかなか実感出来ないのも無理はない。
しかし、頑強なる装備で全身を固め、一糸乱れぬ立ち居振る舞いを見せる近衛騎士団を目の当たりにして、ようやくこれが現実だと理解したのだろう。
殿下は真っ先に馬車から降りて、出迎えの近衛騎士一人一人に〝待たせたな、大儀である〟と声を掛けていく。
その傍らを歩く専任騎士のシャルドも、無事に殿下を帰国させられた安堵を噛み締めながら、同僚達と二言三言交わしている。
そんな近衛騎士達の間から、一際質の良い装備を纏った、風格ある壮年の騎士が進み出てきた。
彼は殿下の前で膝を突き、恭しく頭を垂れて、出迎えの口上を述べた。
流石に騎士団長は国王陛下のお傍に残っているはずだから、彼はいくつかある騎士隊の隊長といったところか?
私達は少し距離を置いたところでその様子を見守っていた。ラミアの少女セリナ、バンパイアの元女王ドラミナ、黒薔薇の精ディアドラと、リビングゴーレムの少女リネット――皆、心配そうな面持ちだ。
しかし、この状況で私が口を挟む理由はない。後は殿下にお任せしていいだろう。
ほどなくして、殿下はこれまでの経緯などを話し終えたらしく、殿下とシャルド、騎士隊長が揃って私達とアムリアを見た。
まさかこの弔問団が帝国の後継者問題に関するとんでもない爆弾を手に入れて帰ってくるなど、王国の誰も予想していなかったに違いない。
騎士隊長の顔がかすかに引き攣るのが見えた。
ふむん、流石に高位の騎士隊長級でも驚かずにはいられんわな。この調子だと、王国のお偉方もさぞ頭を悩ますだろう。
アムリアはここまでの旅路で私達に対しては心を開いていたが、物々しい雰囲気の近衛騎士達を前にして、すっかり萎縮している。
騎士隊長につられた他の近衛騎士達から視線を向けられると、小さくお辞儀して、八千代の背中に隠れてしまった。
私や殿下を相手に自分の生まれや私達の素性を問うた時の度胸はどこへやら、初めて会った時と同じ、人見知りさんに戻ってしまっているな。
近衛騎士隊長達との打ち合わせが終わり、殿下とシャルドは騎士団が用意した別の馬車に乗り換えて、王都へ向かう事になった。
私達は近衛騎士団の最後尾に馬車をつけ、隊列に加わった。
御者台に座る私の左右には、ディアドラとリネットが陣取っている。私は二人と車内のアムリアの今後について話しながら、近衛騎士団の後についていく。
かすかに憂いを帯びた表情で、ディアドラが口を開いた。
「王子様は決してアムリアを悪用しないって約束したけれど、どこまで本気だと思う? あの王子様は自分の気持ちまで騙してものを言う人間ってわけではなさそうだから、今も本心でそう考えているとは思うのだけれど」
あまり他人に関心を向けない黒薔薇の精だが、一度関わりを持った相手には――浅い深いはともかく――情を抱く傾向がある。
ディアドラに追従するようにして、リネットもひょこっと首を伸ばして私の表情を窺いながら、自分の意見を口にする。
「リネットが観察したところ、脈拍、体温、呼吸のいずれも虚偽を口にしている状態のものではありませんでした。口にした通りの事を実行出来るかどうかは別として、スペリオン王子は本心を語っておられたと判断いたします」
「私もその意見に同意するよ。陛下や重臣のお歴々が、アムリアの利用を殿下に無理強いしないように祈るばかりだ」
殿下の誠意に嘘偽りはないとしても、王国の最高権力者である国王陛下や、重臣連中が圧力を掛けたら、どうなるかは分からない。殿下の意思に反して強硬手段に出る事だって考えられる。
殿下がどこまでアムリアを守れるのか? 図らずも、今回の弔問行では殿下が主君として担ぐに値する方かどうかを確かめる機会に恵まれてしまったな。
「まあ、エンテの森代表って事で来ている私の前での発言だったのだから、そう簡単には撤回させないわよ。難癖のつけ方はオリヴィエに相談した方が良さそうねえ」
おやおや、ディアドラはガロアに来てからいつの間にか強かになっていたようだな。
確かに、彼女やオリヴィエ学院長はアークレスト王国の民ではなく、王国東方に広がる広大な森――エンテの森に属している。
特にハイエルフのオリヴィエはエンテの森の重鎮に当たり、アークレスト王国の建国王とも関わりがあるという、絶妙な立場にある。
当然、王国としてはこの一大勢力の意向を無視するわけにはいかない。
殿下が意識していたかどうかは知らないが、ディアドラの前での発言は非公式のものであれ、そうそう撤回出来るような軽さにはならないのだ。
ふむ、改めて考えてみるとディアドラは実に複雑というか、面倒な立場にあるな。
ディアドラの言葉を受け、リネットがハッと顔を上げた。
「マスタードラン、ひょっとしてスペリオン王子はあえてディアドラの前で発言する事で、王国がアムリアを庇護しなければならない状況を作ろうとしたのでしょうか?」
「あれで殿下は王族らしく計算されるところもあるから、リネットの言う通り、狙った可能性は否定出来ないよ。もしそうであるのなら、殿下が自分の口にした事を守る為にあらゆる手立てを講じようとしているとも言えるな。私としては、悪い気はしない」
振り返って、車内の様子が覗ける小窓を見てみると、アムリアは八千代と風香と楽しそうに談笑していた。
アムリアにとってあの二人は何よりの癒やしといったところかな。
「それにしても、八千代達はどうなるのだろうな。当初はエルケネイの外に連れ出すというだけの約束だったはずなのに、今ではこうして王国にまで連れてきて、根の深い話に絡んでしまったが……」
八千代と風香の二人は故郷を出奔して帝国に流れ着いた身であるから、身柄の重要性はアムリアとは比較にならないほど低い。
口止めなりなんなりの名目で大量の金子を渡して、解放するのが妥当なところだろうか? とはいえ、殿下もアムリアと八千代達の関係の深さは目の当たりにしているわけだし、そう安易に彼女達を離れ離れにしないはずだが……
そこも殿下の誠意と覚悟の見せどころか。
これはガロアに戻ってからも王都の動きから目が離せないな。
†
近衛騎士団に守られながら王都に戻った私達は、用意された王城の一室で待機を命じられた。
帝国の宮殿と比べると、王城の調度品は随分と落ち着いたものに感じられる。
王都に着いてから殿下と話をする機会はなかったものの、アムリアと八千代達も一緒だったのは幸いだ。
王城に滞在している間、時々呼び出しを受けては帝国で起きた事件の報告をしたりもしたが、陛下や重臣方の前に呼び出されたりはしなかった。
いくら当事者とはいえ、私みたいな農民騎爵風情やラミア、バンパイアを陛下の前に連れ出すわけにはいかんのだろうなあ。
そんな事を考えながらドラミナの淹れてくれたハーブティーを堪能していたところ……扉が控えめにノックされた。
「ベルレスト騎爵、陛下よりお声が掛かっております。至急お越しを」
文官の男性が口にした言葉を聞き、私は少しばかり驚いた。
ドラミナだけはこうなるのを予測していたらしく、気にした素振りはなかったが、セリナやアムリアは私が何か責めを受けやしないかと心配そうだ。
ふうむ、今回の弔問団への同行では特に問題は起こして……いや、起こしたようなそうでないような結果に終わったのだったか。
そういえば、アムリアを救出する際に、帝国の最大戦力である十二翼将を退けたが、これは王国としては非常に大きな出来事だな。
呼び出されるのも不思議ではないか。
「分かりました。すぐに参ります」
幸いにして、王城滞在中は場所に見合う〝それなりの衣服〟を提供されているので、このまま陛下の御前に出ても問題ない格好だ。
こう言っては奇妙な話になるのかもしれないが、大地母神マイラールや、混沌を司る大神ケイオスらと接する時よりも、人間である陛下を前にする時の方が緊張するな。
この心境はセリナも似たようなものらしく、彼女は私よりもはるかに緊張している様子だった。
「やっぱり、帝国でやりすぎてしまったのでしょうか?」
「私達の行動を顧みて、何か問題視されるとしたら、セリナの言う通りに〝やりすぎた〟事だろうな」
私ばかりか、名目上は私の使い魔であるセリナとドラミナまで十二翼将を退け、エルケネイでは反乱軍側にかなり肩入れした形になった。
しまいにはアムリアを王国に連れ帰ってしまったのだから、よくも短期間の間にこれだけ濃密な経験をしたものだと思える。
セリナに負けず劣らず心配そうな表情でこちらを見ている八千代やアムリアに軽く手を振り返してから、私は呼び出しに来た男性に従って部屋を後にした。
殿下の護衛に指名されたとはいえ、まさか国王陛下に謁見する事になるとは思わなかった。
……まあ、なるようになるだろう。
私が案内されたのは、謁見の間とは異なる部屋だった。
しかし、両開きの扉の前には完全武装した騎士が十名ほど控えている。その上、隣室や天井裏、隠し部屋に至るまで騎士や魔法使い達が控えているのが感じられる。
現在、王城の中で最も厳重に守られているこの部屋の中に、陛下が居るのは明白であった。
しかし、護衛の中に王国最強の魔法使い、アークウィッチ・メルルの気配はないな。王城の別の部屋で転移封じの結界でも張っているか?
案内役の文官は警護の騎士達の険しい視線を浴びながら、扉の向こうの貴人達へ頭を垂れ、恭しく口上を述べる。
「陛下、恐れながら申し上げます。ドラン・ベルレスト騎爵をお連れいたしました」
その声に返事はないが、代わりに部屋の中で待機していた係の者が扉を開いた。私達の入室が許されたのだろう。
私が話せる事と言ったら、大公や皇女の印象、十二翼将の手応えくらいなのだが、それは既に殿下が伝えているはずだ。いったい何を聞かれるやら……
自分なりに真剣な表情を拵えて部屋の中へ入り、膝を突く前にざっと室内の人々を見回して、顔ぶれを確かめておく。
部屋の中央には艶やかに輝く焦げ茶色の円卓が置かれ、入り口の正面に陛下と思しき壮年の男性が座している。
その右隣に殿下が控え、他に四名ほどの男女の姿がある。彼らの役職や名前は分からないが、いずれもこの国の舵取りを担う重臣に違いない。
皆仕立ての良い最高品質の身なりだが、やはり正面に座す国王陛下は別格だ。
真っ白な毛皮の付いた赤いマントを羽織り、黄金の王冠を戴いた四十代くらいのその男性は、どことなく殿下と顔立ちが似ている。
いや、殿下の方が陛下に似ていると言うべきか。やはり親子である。
殿下に渋さと威厳を何重にも加えていけば、陛下が出来上がるだろうな。
私は膝を突き、陛下方への敬意を示して言葉を待つ。
私を案内してきた男性は立ったまま頭を下げる。
それに応え、陛下が口を開いた。
帝国のライノスアート大公に劣らぬ、威厳に満ちた声が響く。
「イチダル、大儀であった」
イチダルというと……確か、陛下付きの筆頭秘書官の方か。陛下に近い人物という意味では、下手な王城勤めの貴族よりも上だな。
「さて、ドラン・ベルレスト騎爵、貴公の勇名は余の耳にも届いておるぞ。さあ、面を上げよ」
陛下の言葉に従って頭を上げると、陛下の傍らで悪戯っぽく微笑する殿下の顔が目に入った。
ふうむ……さては殿下、この状況を楽しんでいるな?
他のお歴々からは好奇と猜疑の視線が向けられるのを感じる。
「ドラン・ベルレスト、お呼びと聞き、まかり越しました」
「うむ。この度はスペリオンの命令により、遠く帝国まで足を運んだとか。実に大儀であった」
「ありがたきお言葉。王国の民として当然の責務を果たしたまででございます」
まあ、これくらいは社交辞令だ。陛下もこの程度は日常茶飯事らしく、特に気にした素振りもない。
さて、陛下やお偉方は私に何を聞きたいのかね。
セリナや八千代達がやきもきしているだろうから、早めに用事を済ませてくれると助かるのだが……
「ふふ、まだ若いのに、弁えているようだな。その上、萎縮も緊張もしていない。なかなか見所のある若者を見つけたな、スペリオン」
「競魔祭の折から注目しておりましたが、邪竜教団アビスドーンを壊滅させた一件以来、全幅の信頼を寄せています。陛下がおっしゃられたように、見所のある若者です。その腕前のほども、まだ早い話かもしれませんが、次世代のアークウィッチ――いえ、アークウィザードと呼べるだけのものを持っています」
ふうむ、そこまで言われるとなあ……
案の定、周囲の重臣方からの視線が一気に熱を増し、私の肌から内臓までを貫くかのような鋭さになってしまう。
殿下の目の前で十二翼将を呆気なく退けた私に全面的に非がある事は認めざるを得ないが、やはりこうなるか。
よもや陛下から直々に殿下の傍付きになるようにとか、宮廷の魔法師団に入れとか言われやしないだろうな?
もしそうなったら、どれだけ不興を買ったとしても断らざるを得なくなる。ぐむむ。
「そうか。お前がそう言うのならば、本当なのだろう。そして、それほどの力のある者が居るのならば、それは我が国にとって大変に喜ばしい。あの大魔女は男運が壊滅している所為で、その血統を残すのはどうにも期待出来そうにないからな。……いや、このような事を口にしては、女性達から不満の声が万雷の如く上がってしまうか」
そう言って、陛下は自嘲した。
確かに、今の発言が周囲に漏れたならば、王妃様やフラウ王女だけでなく、女性重臣達からも槍玉に挙げられるのは目に見えている。
我が国は一時期男女比が大きく女性に偏った歴史がある為、周辺諸国よりも女性の権利や立場がずっと強く、男性とほとんど変わりがないくらいだ。
当然、女性を軽視するような発言は身分を問わず非難される。
「私には過ぎた評価にございます。陛下、恐れながらお尋ねしますが、私などにどんなご用がおありなのでしょうか?」
「おう、いささか話が横道に逸れてしまったな。許せよ。なに、そう大した話ではない。スペリオンからも色々聞いているが、やはり直に貴公から見聞きしたものを聞かせてもらいたくてな。何しろ、あの十二翼将を単騎で、それも命を奪わぬように手加減した上で退けた猛者なのだ。その顔を見てみたくもあった」
正直な方だな。まあ、私など相手に腹芸をするまでもないか。
「恐れ入ります。私の話などでお役に立てばよいのですが……」
「貴公の立場で見えたものを教えてくれればよい。立場が違えば、同じものを見ても違って見える事がある。聞いたものも感じたものも同じよ」
ふむ、聞いた話が役に立つかどうか判断するのは、陛下達に任せろと。ならば私は請われるままに話すだけだな。
「それでは僭越ながら……」
そうして私は陛下や重臣方の注目を浴びながら一連の出来事について語り、時折挟まれる質問に答えていった。
十二翼将を退けた場面に関しては、この部屋にいる全員が熱心に耳を傾けた。特に、帝国が保有する中で最も脅威となる武力の話となると、必然的に関心が集まる。
一方、意外にもアムリアについてはそこまで深く追及されなかった。
アステリアと顔が全く同じである事や、相手方にその身柄を求められたという状況証拠を元に素性を推測しただけであり、確実な証拠はないからだろう。
ある意味、王国にとっては彼女が本当にアステリアの双子の姉妹でなくともよいのかもしれないが、そうなると彼女の今後に対する心配の度合いが増してしまうな……
私の話を一通り聞き終え、陛下が重々しく口を開く。
「俄かには信じ難いが、貴公の申す通り、十二翼将を撃退したのだな。帝国との戦争が長年発生していなかったとはいえ、これは王国の歴史上稀有な事態である。して、ドラン・ベルレスト騎爵――我が王国に誕生した新星たる少年よ。貴公はこの先の時勢を如何に見る? なに、戯れの問いよ。そう気負わずに答えよ」
そう言う割には、陛下の目の奥に真剣な光が瞬いている。
……ああ、やはりこの方は殿下の父親だ。国王としての役割を果たす事を厳格に自分に課している。
ふむ、どこまで期待されているのかは知らないが、とりあえず正直にお答えするか。
失望されるのやら評価されるのやら……
「ご満足いただける答えかどうか自信は持てませんが……」
私はそう前置きした上で、自分の考えを述べる。
「帝国内ではしばらく睨み合いが続くでしょう。大公も皇女も表に出ている勢力は拮抗しています。南の反乱軍が一枚岩なら、もう少し時勢の変化は速いでしょうが、そうでない以上三つ巴の状態が続くのは必定です。ただ、国を割って国土を荒らしてでも争う事を選ぶだけの切り札を、大公と皇女が持っているのは間違いありません。隣国である我が国が誇るアークウィッチという途方もない武力を無視出来るだけの戦力か、あるいは後ろ盾を持っているはずです。しかも、厄介なのは両者共に〝そう〟である点でしょう」
正直に言って私が述べた事は、この場に同席するだけの地位と学識を持っている方々にとっては自明である。
王国とて、領土拡大の野心がないわけではない。帝国が内輪の争いにかまけて疲弊し、隙を見せれば、領土を切り取る好機になる。
しかし帝国が、国を割り、アークウィッチを敵に回しても勝算があるのだと考えているのだとすれば、それは王国にとって極めて頭の痛い問題だ。
私の話を聞き、ほぼ全員が苦虫を噛み潰したような表情になる。
もっとも、彼らはメルルの真の実力を知らないだろうが。
そんな中、私は西のロマル帝国から、東側の轟国周辺の事情に話を転じる。王国周辺の争いの火種はロマル帝国だけに留まらないのだ。
「東の事につきましては恥ずかしながら、大した見識を持ってはおりませんが……」
王国の東に位置する大国、轟国は、属国の高羅斗や近隣のガンドゥラと緊張状態にある。
普通であれば、小国の高羅斗が轟国に楯突くなど正気の沙汰ではないのだが、こちらも何か切り札を隠し持っていると思われる。
「ガンドゥラで神器を真に使う者が現れたのならば、高羅斗の強気の理由と相まって、轟国の四凶将、四霊将とも渡り合えるのではと見立てております」
轟国の四凶将は、帝国の十二翼将に勝るとも劣らぬ強さとして知られている。
――ちなみに、以前私が四凶将の一人をディアドラと共にさくっと倒し、記憶をちょろっと弄ったのは内緒にしてあるので、この場にいる方々が知る由はない。
対して、ガンドゥラに伝わる太陽神と天空神の神器は、ドラミナが持つ六神器には劣るとはいえ、地上世界では絶大な力を誇る。
ガンドゥラの王子達がその使い手になったというが、それが真であるのならば、メルルが本気にならざるを得ない強者の出現と言っていい。
私の話を聞き、陛下の眉がぴくりと動いた。
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