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星の海
第三百二十三話 婿候補との面通し
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魔王軍の本陣は、陸上戦艦と同じ機関で浮遊している移動要塞と呼ぶべき城塞だった。ネイバーンや偽竜達が離発着する為の甲板を左右に持ち、移動要塞の各所に対空火器と大口径の連装砲塔が何基も設置されている。
移動要塞を中心に陸上戦艦が輪になる形で陣を敷いているが、はるか高空から甲板の上に立つヤーハーム達を目掛けて転移してこられては、対処のしようもあるまい。
「転移を防ぐ結界を巡らせているのだが、それが意味をなさないほどの技術か」
甲板に降り立った私達に向けて、微苦笑と共に呟いたのは誰あろう魔王ヤーハーム。いずれも神の気配を感じさせる具足と大剣を身に帯びており、感じ取れる霊格からしても彼がヤーハームで間違いあるまい。
彼の他にはこれまでさんざん顔を合わせてきた魔六将達が姿を見せており、私達が上空に陣取った頃には私達を察知していたかな?
「ムンドゥス・カーヌス国主ヤーハーム様ですね? 私はアークレスト王国ベルン男爵領を預かるクリスティーナ・アルマディア・ベルンと申します」
固まって転移してきた私達の中から、クリスが進み出てエルスパーダとドラッドノートを背後に回し、恭しく頭を下げた。ヤーハームは自身を暗殺しに来たとしか思えない私達に対して、鷹揚に構えて応じる。
「うむ、魔王の位を預かるヤーハームで間違いない。貴殿の活躍は我が配下達より幾度となく聞かされているとも。そちらのアークウィッチ殿も含め、貴国は素晴らしき強敵であると、軍神の眷属として嬉しく思っている」
「過分なお言葉です。先ぶれもなく御身の前に姿を晒した非礼はお詫びいたします。しかしながら、それ以外の非礼はそうもいきません。お許しくださらなくとも結構」
言うが早いか、クリスは頭を上げ、背に回していたエルスパーダとドラッドノートを優美な白鳥の翼の如く広げる。麗しき我が主君の体と精神の放つ闘争の意志は、この場にいる全員の肌を打つほどに強い。
ヤーハームが喜びを隠しきれない様子で笑い、だらりと下げている大剣の切っ先をぶらぶらと動かす。私達の間に二十歩程の距離が開いているが、これは“無い”に等しい。
「なるほど、では許さぬ。我が命を狙う不届き者共には手ずから死を馳走してやろう」
ヤーハームが大剣を持ち上げて、肩に担ぐように構えなおした時、それが戦闘開始のきっかけとなった。
こちらは私、クリス、ドラミナ、メルルの四名、あちらはヤーハーム、ガリリウス、ザンダルザ、トラウルー、ドラゴニアンに変化したマスフェロウ、ヴェンギッタ、クインセの七名。
さて、数で劣っている分は私がまとめて相手取って相殺しようか、ふむん。
ヤーハームが先陣を切りそうなものだったが、真っ先に私達に先生の一撃を見舞ったのはクインセであった。
これは私からしても意外であったが、この古き時代の気配を纏う小さな蜘蛛が見る間にその右前脚を成体の竜種よりもさらに巨大化させて、突き込んできたのだ。
音などはるか後方に置き去る速さの突き――前蹴り? の標的は私達の左端に居たメルルだった。咄嗟にニヒトヘイトを横に構え、防御障壁を展開する。青白く光る半球形の障壁にクインセの右前脚が激突し、そのまま彼女を甲板の外へと押し出した。
メルルは受け止めきれると判断していたようで、障壁ごと自分が押し出された結果に、本気で驚いた表情を浮かべていた。
「ええ、うっそ!?」
「アナタニ暴レラレルト、船ガイクラアッテモ足リマセンカラネ」
クインセは全身を巨大化させ、人間など一飲みに出来る巨体のまま、はるか遠方でようやく体勢を立て直したメルルへと襲い掛かる。セリナを相手にしても使わずにいた、とっておきといったところか。
ただメルルには申し訳ないが、クインセの判断は私達にとってもありがたい点がある。メルルが暴れれば、鹵獲できそうな陸上戦艦やこの移動要塞を跡形もなく壊してしまいそうだからね。
「クインセだけでは荷が重かろ。わしもあちらへ行くかね」
こうヤーハームへと告げたのは、三つの頭から六本の腕に至るまでヤーハーム同様に極めて神器かそれに準ずる地上では最高格の装備で固めたザンダルザだ。
ふわりと煙のようにとらえどころのない動きで甲板を蹴り、クインセに遅れてメルルへと襲い掛かっていった。ふむ、少しは手助けした方が……
「わっひょい!」
直後、太陽が生じたかと錯覚するような巨大な黄金の火球が数珠繋がりに発生し、手助けの必要がない事がよく分かった。うん、まあ、メルルが楽しそうな声を出しているからいいか。
一方でクリスにはこれまでの執着の通りにヴェンギッタが相手をし始めている。ヴェンギッタは宵闇色の優美な燕尾服の上に黄金の装飾で縁を飾ったマントを纏い、右手には小さな小刀、いや彫刻刀を握っている。
ただの彫刻刀と侮るなかれ。小さな黒い刃に纏わりつく魔力と執念のなんと濃密なことか。アレでヴェンギッタが彫られ、そして自我を得たヴェンギッタもまたあの彫刻刀で外の自分を彫刻してきたのだろう。
彼の操る人形には魂が宿っていたが、このヴェンギッタに宿る魂の格と存在した歳月の長さは別格で、このヴェンギッタこそが始まりの個体なのだと判断するのに十分だった。
「籠に自ら入った鳥を私は傷つけてでも閉じ込めよう。籠の蓋を閉めよう。鍵をかけよう。鳥よ、麗しき君よ、閉じ込められたくないのならその無粋な鉄の棒を振るいたまえ」
「相変わらず舞台に上がった役者のような物言いをする。いいだろう、無粋な鉄の棒と謗った我が愛剣達の切れ味をその身で味わえ。魂を斬り捨てれば、さしもの貴殿も復活はできまい」
「ああ、君は声も、決意の光を宿す瞳も。私は君を作れないかもしれないが、たどり着けないかもしれない美こそ追い求める価値がある。らら!」
月まで飛ぶように軽やかにヴェンギッタはその場で真上に飛んだ。ここが戦いの場である事を忘れるような、舞踏者の全てが理想とする跳躍であった。どうやら歓喜の表現らしい。
「高い評価を受けるのはいいが、その評価の仕方はごめん被るよ!」
今度こそヴェンギッタを完膚なきまでに倒す好機と、クリスの闘志は奇襲前よりもさらに猛々しく燃え盛っていた。あの調子ならば彼女一人に任せて問題はあるまいて、と言いたいのだが、これに加えてトラウルーまでもクリスを相手にするつもりらしかった。
「ありゃまあよう、これまた亜神の域に片足を突っ込んどる霊格の持ち主て。これではわしの魔法もあんまり効果がないぞ、ヴェンギッタよう。いやまあ、どれもこれも目を疑うような実力者ばかり。誰が相手でも苦労するがなあ……」
「老いたる岩の賢者よ。長き時を風雨に晒された大岩の如くまろやかなる老トロール、構えたまえ。瞳を逸らしてはならぬ。耳を塞いではならぬ。意識を闇に落としてはならぬ。彼女の輝きを魂に焼き付けるのだ。我が掌中に収まるべき玉、我が手の内に閉じ込めるべき宝を」
「あれを直視しろって、それまた無体な。あんなんをまともに見たら、しばらく使い物にならなくなるとわかるわい」
敵陣に乗り込むにあたり、クリスとドラミナはアグルルアの腕輪を外して、本来の美貌を露にしている。月の光も恥じらって触れるのを避けようとするだろ美貌を、トラウルーは決して直視しないように努めていた。
とはいえクリスが魔六将二名を同時に相手どるのは、いささかならず荷が重い。ふむ、この場でドライセンなりグワンダンを召喚するか、それとも新しい分身を作るか? 私が一瞬ほど思案している間に、クリスの方がこの事態に対処していた。
「ドラッドノート」
エルスパーダの切っ先はヴェンギッタへと向けたまま、左手に握っていたドラッドノートを軽い調子で放り投げたのである。
攻撃の動作とは見えず、では何を狙っての事かとヴェンギッタとトラウルーが注視する中、ドラッドノートは薄桃色の光を発して、光は小柄な子供の姿を取った。桃色の長い髪を翻し、黄金の瞳で二名の魔六将を睨むその子供は、ドラッドノート自身が変化したものだ。
元来性別を持たぬ器物であるため、少年とも少女とも取れる中性的な容姿の主だが、今回は戦闘を目的としての顕現である為、首から上だけが露出した銀色のピッタリとしたスーツを着ている。確か、ドラッドノートが製造された文明で、あのような戦闘服が使われていた記憶があるな。
「はい、クリスティーナ。どうぞご命令を。私は貴女の命令に全身全霊でもって従います」
「そこまで固く受け止めなくていいのだが、片方は任せてもいいかな?」
「任せる、とどうぞご命令ください。老賢者たるトロールでも魂持つ生き人形であろうと、貴女の敵は私の敵です」
「私の剣は実に頼もしい。では、任せる」
ドラッドノートが華やかな笑みを浮かべる程、喜ぶ言葉を口にして、クリスはヴェンギッタを目掛けて、比喩ではなく雷光よりも速く踏み込んだ。物理法則を超越する神通力の持ち主ならではの踏み込みだ。
これで魔王軍は残り三名。こちらは二名。すっと月光に背を押されるように軽やかにドラミナが私の前へと出た。地に落ちる影はなく、月と夜の闇に愛された種族の女王は、私を一瞥してこう告げた。
「ちょうど私達三名で魔六将を相手に出来る展開ですし、魔王殿は貴方にお任せします。偽竜の女王を片付けてしまっては、ヴァジェさんが悔しがるかもしれませんが、この場に居なかったことを不運と諦めていただきましょう」
「ふむ、ドラミナならばと任せておきたいところだが、あちらの古ゴブリンはかなり手強い。手持ちの武器も君の神器と刃を合わせられる代物だ。今回ばかりは君の不死身性を当てにしない方がよい。なにより君の傷つく姿は見たくない。慎重に」
「あら、ふふ、嬉しいことを言ってくださるもの。ええ、こうして対面しているだけでも神器越しにも重圧を感じる程ですから。油断も慢心も出来ません」
言うなりドラミナは“何も握っていない右手”を振るった。先ほどまで握ってい たヴァルキュリオスはこの瞬間、無数の刃へと変わりガリリウスとマスフェロウを横殴りに襲い掛かっていたのだ。
無数の刃へと変じたヴァルキュリオスがさながら銀色の嵐の如くガリリウス達を飲み込まんとしたが、ガリリウスの右手に握られた黄金の短槍ガナギーヤが風車の如く旋回して半分を弾き、マスフェロウが紫色の毒霧を放出することによって残る半分の軌道を逸らした。
「あら、ふふふ、すぐに片づけてドランの戦いを見学するとはいかなくなりました」
油断を感じさせるドラミナの発言だが、ガリリウスらに自分は甘い考えで戦える敵ではないぞ、と印象付ける為の試しの一撃だろう。戦いの合間にクリスやメルル、私への横やりを入れさせない為の牽制かね。
するとガナギーヤを構え直したガリリウスが微笑ましそうな表情で、ドラミナに語り掛けた。ドラミナより桁の多い年月を生きてきた古強者にはドラミナの意図などすべてお見通しであったものか。
「吾らの目を向けさせる挑発にしては随分と下手な物言いだ。だが、うむ、貴殿に集中しなければならなくなったのは事実だ。
実際に目にするのは初めてだが、貴殿を飾るそれらの神器、本来ならば海の向こうの大陸にある筈のものが、こうしてこの場にあるとはいかなる次第だ?
しかも六つすべての神器を同時に所有する傑物が、人間の下についているなどますますもって奇妙奇天烈。ふふふ、おかしいが面白く楽しい縁だ。実に素晴らしい国と時代に巡り合ったものだ」
「本当に楽し気に笑われる方々です事。ではお互いの大将の一騎討ちを邪魔せぬよう、お二人は私の相手をしていただきましょう」
そうして凄絶に笑うドラミナに対し、ガリリウスは笑みを深め、マスフェロウは悍ましさを抱いたような顔へと変わる。
バンパイアに伝わる六つの神器すべてを使いこなす史上最強のバンパイアクイーンが相手と考えれば、マスフェロウの反応の方がまだ正しいのだろうな。
さて私と魔王以外がそれぞれ戦う相手を定め、甲板上に尋常ならざる殺気と魔力を発生させる中、私は竜爪剣を右手に魔王ヤーハームと相対する。
「残りもの同士、戦うとしましょうか。私はベルン男爵領補佐官兼遊撃騎士団団長のドラン・ベルレストです。以後、お見知りおきを、魔王陛下」
ヤーハームは角もまとめて兜を被り、防御を完全に固めると柔和に笑いながら大剣を構える。ガリリウスのガナギーヤ同様、サグラバース関係の神器か。
ふむ、ふむ、やはり奇襲部隊の面子でなければ殺気だけで下手をすれば殺されるな。セリナとディアドラでも、顔色を青くするか。
「構わんともさ、ドラン。バンパイアの彼女の言うとおりであるなら、貴殿が大将なのであろう? この状況で大将と評するのなら、もっとも強きは貴殿に他ならぬと解釈しているが訂正は必要であるかな?」
「いいえ、訂正の必要はありませんよ。我が主君クリスティーナ、ドラミナ、そしてアークウィッチ・メルル殿。彼女らよりも私の方が強い」
私がヤーハームに安心するように微笑みながら告げるや、彼はたまらんとばかりに大笑いして、私達の奇襲を察知してから練りに練っていた闘気と魔力を爆発させた。瞬時に彼の身体能力が強化され、こちらの意識を外す巧妙な動きを交えて私に斬りかかってくる。
「はははははは! それはよい!」
彼の踏んだ鋼鉄の甲板が粉となって砕け散る。彼が私に斬りかかるのに要したのはたったの一歩。大上段に振りかぶられた大剣が私を頭から真っ二つにせんと振り下ろされる!
ふむ、といつもの口癖と共に、私は横一文字に構えた竜爪剣であっさりと受け止めた。二つの刃の激突と共に生じた衝撃が甲板を走り、あちこちに亀裂を走らせている。これでは暫く使い物になるまい。
涼しい顔のままの私を、ヤーハームは“だろうな”と言わんばかりに笑みを浮かべて、交差する刃越しに見ている。
「よい剣ですね。神器であることを差し引いても、使い手によく応えている」
私と違って、ヤーハームとガランダインはよい剣とよい使い手の組み合わせの最たるものだ。クリスとエルスパーダのように双方にとって幸福な組み合わせと言える。
クリスとドラッドノートの組み合わせは、因縁としがらみが絡まり過ぎていて、何とも言葉にしづらいものがある……
「ガランダインという。代々の魔王が受け継いできた神器だ。うむ、にしても貴殿の剣は拵えは平凡だが、通す魔力一つでここまで頑強になるとは、おれもまだまだ未熟と思い知らされたぞ」
「貴方にこれ以上成長されても困る。ここで貴方の命運を絶つ為に、私達はこの場に立っているのですよ」
「うむ、であろうよ。しかし、な。おれも妻に迎えたいと思う女が出来たばかりで、そうそうと首をくれてやるわけにはいかなくなったのだ!」
ふむん、この御仁の目に叶う女性とは、かなり敷居は高そうだが、世の中には魔王の心を射止める女性がいるものなのだな。
ヤーハームの握るガランダインから膨大な神気と魔力が溢れ出し、竜爪剣に宿した竜の魔力と衝突しあい、私達の周囲に不可視の嵐が生じたような惨状が巻き起こる。甲板上に居るのが魔六将や奇襲部隊の面子でなかったら、これだけで全滅ものだな。
「貴方のついでにこの要塞やら陸上戦艦やら片付けようと思っていましたが、余計な考えをする余裕はなさそうだ」
「ふふ、戦いに集中してもらわなければな。それにこの艦一隻を取っても我が国の民の血税の結晶だ。そう簡単に壊されてはたまらん」
本音を言えば鹵獲するつもりなのだけれどね。ヤーハームの両足に更に力が込められて、竜爪剣を巻き取るようにガランダインを動かして鍔迫り合いの状況を崩し、私の首を左から跳ね飛ばすべく神剣を振るう。
ふむ、クリスやドラミナとこれまで何度となく手合わせをしてきたが、ヤーハームの剣技は二人を上回りかねんな。どうにも私に剣技の才能はないようで、ヤーハームの足元にも届きそうにない。
その為、技で及ばぬ分は古神竜の力に頼んだ能力の底上げで補うしかない。今回も私は強化した肉体と古神竜の知覚能力頼みで、首を狙う一撃を受け止める。と同時にガランダインの柄を手放したヤーハームの左手が、私の腹部を狙って突き出されていた。
私もまた竜爪剣を握っていた左手を放して、彼の籠手ごと纏めて受け止めた。ふむ、ヴァジェや瑠禹が彼の相手でなくてよかった。成長著しい彼女らでも、ヤーハームの相手は無理だな。
私は場違いかもしれない安堵を抱き、そのまま降りぬかれたヤーハームの左拳の勢いによって甲板の上から叩き出され、そこへ容赦ないヤーハームの追撃が加えられる。
メルルの魔法四つを叩き切った飛ぶ斬撃が、私の視界一杯を埋め尽くすほど放たれている。ふむん、私を倒す攻撃ではない。
「豪勢な目くらましだ」
神器の威力込みとしてもメルルの渾身の一撃並みの威力を、こうも連射できるか、ヤーハーム!
「エクスプロージョン!」
私は左手を斬撃の嵐へと向け、詠唱を破棄したエクスプロージョンによって、まとめて吹き飛ばす。
周囲では主にメルルが絶え間ない爆発と閃光、轟音を量産しており、私の生み出した爆発による衝撃波と高熱にすべての斬撃が飲まれる中、頭上から迫りくる気配へ竜爪剣を一閃する。
弾丸の如く斬りかかってきたヤーハームは、私の一撃で右方へと弾き飛ばされて、私と同時に着地する。ヤーハームが力ある言葉を紡ぐ。私もまた同じく魔法を行使する為に。
「神剣ガランダインよ、汝が威を示せ。我は軍靴の音を鳴らして神の領域へ進む! 神解至」
ほう、亜神を超えて神の域に達する霊格の向上とは。そしてそれに耐える魂を持つとは。
「セレスティアルジャベリン!」
私が習得している地上の魔法の中でも特に使用頻度の高い魔法は、光り輝く大槍となってヤーハームへと襲い掛かる。一本一本が山一つ貫く威力を持つ光の大槍を、ヤーハームは正面からすべて斬り砕きながら進んでいる。
「いやはや、度胸のある事で」
「顔色一つ変えずによくも言う! 刃よ力を帯びよ 魔衝刃!」
ヤーハームは稲妻のように直角の動きを見せて、私の左方から濃密な白い魔力を纏う刃を振り上げて斬りかかってくる。速い。転移を交えた移動法か。クリスより上の神通力の主ときたか。
「ふん、む!」
私の正面と見せて右、左、後ろ、上と来て右袈裟に斬り下ろしに来た一撃を竜爪剣ではじき返し、心臓を狙って放った右手一本の突きをヤーハームはガランダインの刃に沿って逸らし、刃の間で無数の魔力の火花が散る。
「ちい、これもあっさりと受け止めるか」
「いやいや、大したものですよ。竜種でも三竜帝三龍皇でなければ、陛下の相手は務まりますまい」
魔衝刃を維持したままのヤーハームの連撃を捌きつつ、感嘆を込めた感想を告げればヤーハームは興味深げに問い返してくる。
「ほう、かの最強達を知る口ぶりだな?」
「モレス山脈の竜種達との関係を考えれば、おかしな話ではないでしょう?」
「どうかな。あの山脈は竜帝らの領土ではあるまい。その竜の力といい、貴殿を人間として認識してはならんようだな」
「人間として生まれ、人間として生きて、人間として死ぬつもりなのですがね」
「それは、さすがに無理があるなあ」
何故だ。本気で呆れられているぞ。私は本気なのに。
「まあ、よかろうて。時に貴殿、小柄で妖精のように愛らしいが凶悪無残極まりない雰囲気の少女を知らんか? 年のころは貴殿と同じか、一つ二つは下だろうな」
なぜ、そんな質問を? しかし、何というか、思い当たる節のある質問なのだが……。いや、彼女がなにやらしていたのは察していたが、こうまで魔王と直接的に関わっていたのか?
「ふむ」
まあ、情報漏洩をするわけには行きませんわな。ヤーハームはレニーアらしき人物の情報収集について、そこまで執着はしていないようで、私が真顔で呟いたのを見て苦笑するだけだった。ありゃ、何かしら察せられてしまったかな?
「なにやら問題のある人物のようだな。アークレスト王国は思う以上に魔境らしい。歓迎しかせんがね」
「呆れる程前向きですね」
「長い生だ。下を向いて生きてばかりいてはつまらん時間が増えるだけだろう?」
「敵対関係でなければ、素直に同意できるのですがね」
「なに、敵だ味方だと気にせず、賛同できる時には賛同するものだ。器量の小さいことを言うものではないぞ!」
そう言いながら、私の体を腰から上下に分断しようとしてくるガランダインの刃を左膝でかちあげ、反撃に左袈裟に斬り下ろすべく竜爪剣を叩きつける。
「殺しあいながら言うことではないでしょうに」
ヤーハームは竜爪剣が鎧の表面に触れた瞬間、その場でくるりと回転し、彼の右肘が私の顔面の中央へと迫っていた。上体を逸らした私の鼻先を右肘が過ぎ去り、直後、私の振り上げた右足と彼の左拳が激突して二人の体を後方に跳ね飛ばす。
共に足から着地し、ガランダインと竜爪剣の切っ先は共に右下段、奇しくも腰を低く落とした姿勢で向かい合う。
「まったく、貴殿は呆れる強さだな。この鎧に傷をつけられるとは、その竜の力といい余程高位の竜が化けているか、生まれ変わっていると警戒をすべきなのだろう。まあ、今更の話だ。ははは、たとえここで朽ち果てても祖神によく戦い、よく死んだと胸を張れそうだ」
そうヤーハームは笑い飛ばすが、実際に私達の戦いを大魔界でサグラバースが押し掛けてきたアルデスと一緒に見ていると告げたら、流石の魔王も顔色を変えただろうか。
移動要塞を中心に陸上戦艦が輪になる形で陣を敷いているが、はるか高空から甲板の上に立つヤーハーム達を目掛けて転移してこられては、対処のしようもあるまい。
「転移を防ぐ結界を巡らせているのだが、それが意味をなさないほどの技術か」
甲板に降り立った私達に向けて、微苦笑と共に呟いたのは誰あろう魔王ヤーハーム。いずれも神の気配を感じさせる具足と大剣を身に帯びており、感じ取れる霊格からしても彼がヤーハームで間違いあるまい。
彼の他にはこれまでさんざん顔を合わせてきた魔六将達が姿を見せており、私達が上空に陣取った頃には私達を察知していたかな?
「ムンドゥス・カーヌス国主ヤーハーム様ですね? 私はアークレスト王国ベルン男爵領を預かるクリスティーナ・アルマディア・ベルンと申します」
固まって転移してきた私達の中から、クリスが進み出てエルスパーダとドラッドノートを背後に回し、恭しく頭を下げた。ヤーハームは自身を暗殺しに来たとしか思えない私達に対して、鷹揚に構えて応じる。
「うむ、魔王の位を預かるヤーハームで間違いない。貴殿の活躍は我が配下達より幾度となく聞かされているとも。そちらのアークウィッチ殿も含め、貴国は素晴らしき強敵であると、軍神の眷属として嬉しく思っている」
「過分なお言葉です。先ぶれもなく御身の前に姿を晒した非礼はお詫びいたします。しかしながら、それ以外の非礼はそうもいきません。お許しくださらなくとも結構」
言うが早いか、クリスは頭を上げ、背に回していたエルスパーダとドラッドノートを優美な白鳥の翼の如く広げる。麗しき我が主君の体と精神の放つ闘争の意志は、この場にいる全員の肌を打つほどに強い。
ヤーハームが喜びを隠しきれない様子で笑い、だらりと下げている大剣の切っ先をぶらぶらと動かす。私達の間に二十歩程の距離が開いているが、これは“無い”に等しい。
「なるほど、では許さぬ。我が命を狙う不届き者共には手ずから死を馳走してやろう」
ヤーハームが大剣を持ち上げて、肩に担ぐように構えなおした時、それが戦闘開始のきっかけとなった。
こちらは私、クリス、ドラミナ、メルルの四名、あちらはヤーハーム、ガリリウス、ザンダルザ、トラウルー、ドラゴニアンに変化したマスフェロウ、ヴェンギッタ、クインセの七名。
さて、数で劣っている分は私がまとめて相手取って相殺しようか、ふむん。
ヤーハームが先陣を切りそうなものだったが、真っ先に私達に先生の一撃を見舞ったのはクインセであった。
これは私からしても意外であったが、この古き時代の気配を纏う小さな蜘蛛が見る間にその右前脚を成体の竜種よりもさらに巨大化させて、突き込んできたのだ。
音などはるか後方に置き去る速さの突き――前蹴り? の標的は私達の左端に居たメルルだった。咄嗟にニヒトヘイトを横に構え、防御障壁を展開する。青白く光る半球形の障壁にクインセの右前脚が激突し、そのまま彼女を甲板の外へと押し出した。
メルルは受け止めきれると判断していたようで、障壁ごと自分が押し出された結果に、本気で驚いた表情を浮かべていた。
「ええ、うっそ!?」
「アナタニ暴レラレルト、船ガイクラアッテモ足リマセンカラネ」
クインセは全身を巨大化させ、人間など一飲みに出来る巨体のまま、はるか遠方でようやく体勢を立て直したメルルへと襲い掛かる。セリナを相手にしても使わずにいた、とっておきといったところか。
ただメルルには申し訳ないが、クインセの判断は私達にとってもありがたい点がある。メルルが暴れれば、鹵獲できそうな陸上戦艦やこの移動要塞を跡形もなく壊してしまいそうだからね。
「クインセだけでは荷が重かろ。わしもあちらへ行くかね」
こうヤーハームへと告げたのは、三つの頭から六本の腕に至るまでヤーハーム同様に極めて神器かそれに準ずる地上では最高格の装備で固めたザンダルザだ。
ふわりと煙のようにとらえどころのない動きで甲板を蹴り、クインセに遅れてメルルへと襲い掛かっていった。ふむ、少しは手助けした方が……
「わっひょい!」
直後、太陽が生じたかと錯覚するような巨大な黄金の火球が数珠繋がりに発生し、手助けの必要がない事がよく分かった。うん、まあ、メルルが楽しそうな声を出しているからいいか。
一方でクリスにはこれまでの執着の通りにヴェンギッタが相手をし始めている。ヴェンギッタは宵闇色の優美な燕尾服の上に黄金の装飾で縁を飾ったマントを纏い、右手には小さな小刀、いや彫刻刀を握っている。
ただの彫刻刀と侮るなかれ。小さな黒い刃に纏わりつく魔力と執念のなんと濃密なことか。アレでヴェンギッタが彫られ、そして自我を得たヴェンギッタもまたあの彫刻刀で外の自分を彫刻してきたのだろう。
彼の操る人形には魂が宿っていたが、このヴェンギッタに宿る魂の格と存在した歳月の長さは別格で、このヴェンギッタこそが始まりの個体なのだと判断するのに十分だった。
「籠に自ら入った鳥を私は傷つけてでも閉じ込めよう。籠の蓋を閉めよう。鍵をかけよう。鳥よ、麗しき君よ、閉じ込められたくないのならその無粋な鉄の棒を振るいたまえ」
「相変わらず舞台に上がった役者のような物言いをする。いいだろう、無粋な鉄の棒と謗った我が愛剣達の切れ味をその身で味わえ。魂を斬り捨てれば、さしもの貴殿も復活はできまい」
「ああ、君は声も、決意の光を宿す瞳も。私は君を作れないかもしれないが、たどり着けないかもしれない美こそ追い求める価値がある。らら!」
月まで飛ぶように軽やかにヴェンギッタはその場で真上に飛んだ。ここが戦いの場である事を忘れるような、舞踏者の全てが理想とする跳躍であった。どうやら歓喜の表現らしい。
「高い評価を受けるのはいいが、その評価の仕方はごめん被るよ!」
今度こそヴェンギッタを完膚なきまでに倒す好機と、クリスの闘志は奇襲前よりもさらに猛々しく燃え盛っていた。あの調子ならば彼女一人に任せて問題はあるまいて、と言いたいのだが、これに加えてトラウルーまでもクリスを相手にするつもりらしかった。
「ありゃまあよう、これまた亜神の域に片足を突っ込んどる霊格の持ち主て。これではわしの魔法もあんまり効果がないぞ、ヴェンギッタよう。いやまあ、どれもこれも目を疑うような実力者ばかり。誰が相手でも苦労するがなあ……」
「老いたる岩の賢者よ。長き時を風雨に晒された大岩の如くまろやかなる老トロール、構えたまえ。瞳を逸らしてはならぬ。耳を塞いではならぬ。意識を闇に落としてはならぬ。彼女の輝きを魂に焼き付けるのだ。我が掌中に収まるべき玉、我が手の内に閉じ込めるべき宝を」
「あれを直視しろって、それまた無体な。あんなんをまともに見たら、しばらく使い物にならなくなるとわかるわい」
敵陣に乗り込むにあたり、クリスとドラミナはアグルルアの腕輪を外して、本来の美貌を露にしている。月の光も恥じらって触れるのを避けようとするだろ美貌を、トラウルーは決して直視しないように努めていた。
とはいえクリスが魔六将二名を同時に相手どるのは、いささかならず荷が重い。ふむ、この場でドライセンなりグワンダンを召喚するか、それとも新しい分身を作るか? 私が一瞬ほど思案している間に、クリスの方がこの事態に対処していた。
「ドラッドノート」
エルスパーダの切っ先はヴェンギッタへと向けたまま、左手に握っていたドラッドノートを軽い調子で放り投げたのである。
攻撃の動作とは見えず、では何を狙っての事かとヴェンギッタとトラウルーが注視する中、ドラッドノートは薄桃色の光を発して、光は小柄な子供の姿を取った。桃色の長い髪を翻し、黄金の瞳で二名の魔六将を睨むその子供は、ドラッドノート自身が変化したものだ。
元来性別を持たぬ器物であるため、少年とも少女とも取れる中性的な容姿の主だが、今回は戦闘を目的としての顕現である為、首から上だけが露出した銀色のピッタリとしたスーツを着ている。確か、ドラッドノートが製造された文明で、あのような戦闘服が使われていた記憶があるな。
「はい、クリスティーナ。どうぞご命令を。私は貴女の命令に全身全霊でもって従います」
「そこまで固く受け止めなくていいのだが、片方は任せてもいいかな?」
「任せる、とどうぞご命令ください。老賢者たるトロールでも魂持つ生き人形であろうと、貴女の敵は私の敵です」
「私の剣は実に頼もしい。では、任せる」
ドラッドノートが華やかな笑みを浮かべる程、喜ぶ言葉を口にして、クリスはヴェンギッタを目掛けて、比喩ではなく雷光よりも速く踏み込んだ。物理法則を超越する神通力の持ち主ならではの踏み込みだ。
これで魔王軍は残り三名。こちらは二名。すっと月光に背を押されるように軽やかにドラミナが私の前へと出た。地に落ちる影はなく、月と夜の闇に愛された種族の女王は、私を一瞥してこう告げた。
「ちょうど私達三名で魔六将を相手に出来る展開ですし、魔王殿は貴方にお任せします。偽竜の女王を片付けてしまっては、ヴァジェさんが悔しがるかもしれませんが、この場に居なかったことを不運と諦めていただきましょう」
「ふむ、ドラミナならばと任せておきたいところだが、あちらの古ゴブリンはかなり手強い。手持ちの武器も君の神器と刃を合わせられる代物だ。今回ばかりは君の不死身性を当てにしない方がよい。なにより君の傷つく姿は見たくない。慎重に」
「あら、ふふ、嬉しいことを言ってくださるもの。ええ、こうして対面しているだけでも神器越しにも重圧を感じる程ですから。油断も慢心も出来ません」
言うなりドラミナは“何も握っていない右手”を振るった。先ほどまで握ってい たヴァルキュリオスはこの瞬間、無数の刃へと変わりガリリウスとマスフェロウを横殴りに襲い掛かっていたのだ。
無数の刃へと変じたヴァルキュリオスがさながら銀色の嵐の如くガリリウス達を飲み込まんとしたが、ガリリウスの右手に握られた黄金の短槍ガナギーヤが風車の如く旋回して半分を弾き、マスフェロウが紫色の毒霧を放出することによって残る半分の軌道を逸らした。
「あら、ふふふ、すぐに片づけてドランの戦いを見学するとはいかなくなりました」
油断を感じさせるドラミナの発言だが、ガリリウスらに自分は甘い考えで戦える敵ではないぞ、と印象付ける為の試しの一撃だろう。戦いの合間にクリスやメルル、私への横やりを入れさせない為の牽制かね。
するとガナギーヤを構え直したガリリウスが微笑ましそうな表情で、ドラミナに語り掛けた。ドラミナより桁の多い年月を生きてきた古強者にはドラミナの意図などすべてお見通しであったものか。
「吾らの目を向けさせる挑発にしては随分と下手な物言いだ。だが、うむ、貴殿に集中しなければならなくなったのは事実だ。
実際に目にするのは初めてだが、貴殿を飾るそれらの神器、本来ならば海の向こうの大陸にある筈のものが、こうしてこの場にあるとはいかなる次第だ?
しかも六つすべての神器を同時に所有する傑物が、人間の下についているなどますますもって奇妙奇天烈。ふふふ、おかしいが面白く楽しい縁だ。実に素晴らしい国と時代に巡り合ったものだ」
「本当に楽し気に笑われる方々です事。ではお互いの大将の一騎討ちを邪魔せぬよう、お二人は私の相手をしていただきましょう」
そうして凄絶に笑うドラミナに対し、ガリリウスは笑みを深め、マスフェロウは悍ましさを抱いたような顔へと変わる。
バンパイアに伝わる六つの神器すべてを使いこなす史上最強のバンパイアクイーンが相手と考えれば、マスフェロウの反応の方がまだ正しいのだろうな。
さて私と魔王以外がそれぞれ戦う相手を定め、甲板上に尋常ならざる殺気と魔力を発生させる中、私は竜爪剣を右手に魔王ヤーハームと相対する。
「残りもの同士、戦うとしましょうか。私はベルン男爵領補佐官兼遊撃騎士団団長のドラン・ベルレストです。以後、お見知りおきを、魔王陛下」
ヤーハームは角もまとめて兜を被り、防御を完全に固めると柔和に笑いながら大剣を構える。ガリリウスのガナギーヤ同様、サグラバース関係の神器か。
ふむ、ふむ、やはり奇襲部隊の面子でなければ殺気だけで下手をすれば殺されるな。セリナとディアドラでも、顔色を青くするか。
「構わんともさ、ドラン。バンパイアの彼女の言うとおりであるなら、貴殿が大将なのであろう? この状況で大将と評するのなら、もっとも強きは貴殿に他ならぬと解釈しているが訂正は必要であるかな?」
「いいえ、訂正の必要はありませんよ。我が主君クリスティーナ、ドラミナ、そしてアークウィッチ・メルル殿。彼女らよりも私の方が強い」
私がヤーハームに安心するように微笑みながら告げるや、彼はたまらんとばかりに大笑いして、私達の奇襲を察知してから練りに練っていた闘気と魔力を爆発させた。瞬時に彼の身体能力が強化され、こちらの意識を外す巧妙な動きを交えて私に斬りかかってくる。
「はははははは! それはよい!」
彼の踏んだ鋼鉄の甲板が粉となって砕け散る。彼が私に斬りかかるのに要したのはたったの一歩。大上段に振りかぶられた大剣が私を頭から真っ二つにせんと振り下ろされる!
ふむ、といつもの口癖と共に、私は横一文字に構えた竜爪剣であっさりと受け止めた。二つの刃の激突と共に生じた衝撃が甲板を走り、あちこちに亀裂を走らせている。これでは暫く使い物になるまい。
涼しい顔のままの私を、ヤーハームは“だろうな”と言わんばかりに笑みを浮かべて、交差する刃越しに見ている。
「よい剣ですね。神器であることを差し引いても、使い手によく応えている」
私と違って、ヤーハームとガランダインはよい剣とよい使い手の組み合わせの最たるものだ。クリスとエルスパーダのように双方にとって幸福な組み合わせと言える。
クリスとドラッドノートの組み合わせは、因縁としがらみが絡まり過ぎていて、何とも言葉にしづらいものがある……
「ガランダインという。代々の魔王が受け継いできた神器だ。うむ、にしても貴殿の剣は拵えは平凡だが、通す魔力一つでここまで頑強になるとは、おれもまだまだ未熟と思い知らされたぞ」
「貴方にこれ以上成長されても困る。ここで貴方の命運を絶つ為に、私達はこの場に立っているのですよ」
「うむ、であろうよ。しかし、な。おれも妻に迎えたいと思う女が出来たばかりで、そうそうと首をくれてやるわけにはいかなくなったのだ!」
ふむん、この御仁の目に叶う女性とは、かなり敷居は高そうだが、世の中には魔王の心を射止める女性がいるものなのだな。
ヤーハームの握るガランダインから膨大な神気と魔力が溢れ出し、竜爪剣に宿した竜の魔力と衝突しあい、私達の周囲に不可視の嵐が生じたような惨状が巻き起こる。甲板上に居るのが魔六将や奇襲部隊の面子でなかったら、これだけで全滅ものだな。
「貴方のついでにこの要塞やら陸上戦艦やら片付けようと思っていましたが、余計な考えをする余裕はなさそうだ」
「ふふ、戦いに集中してもらわなければな。それにこの艦一隻を取っても我が国の民の血税の結晶だ。そう簡単に壊されてはたまらん」
本音を言えば鹵獲するつもりなのだけれどね。ヤーハームの両足に更に力が込められて、竜爪剣を巻き取るようにガランダインを動かして鍔迫り合いの状況を崩し、私の首を左から跳ね飛ばすべく神剣を振るう。
ふむ、クリスやドラミナとこれまで何度となく手合わせをしてきたが、ヤーハームの剣技は二人を上回りかねんな。どうにも私に剣技の才能はないようで、ヤーハームの足元にも届きそうにない。
その為、技で及ばぬ分は古神竜の力に頼んだ能力の底上げで補うしかない。今回も私は強化した肉体と古神竜の知覚能力頼みで、首を狙う一撃を受け止める。と同時にガランダインの柄を手放したヤーハームの左手が、私の腹部を狙って突き出されていた。
私もまた竜爪剣を握っていた左手を放して、彼の籠手ごと纏めて受け止めた。ふむ、ヴァジェや瑠禹が彼の相手でなくてよかった。成長著しい彼女らでも、ヤーハームの相手は無理だな。
私は場違いかもしれない安堵を抱き、そのまま降りぬかれたヤーハームの左拳の勢いによって甲板の上から叩き出され、そこへ容赦ないヤーハームの追撃が加えられる。
メルルの魔法四つを叩き切った飛ぶ斬撃が、私の視界一杯を埋め尽くすほど放たれている。ふむん、私を倒す攻撃ではない。
「豪勢な目くらましだ」
神器の威力込みとしてもメルルの渾身の一撃並みの威力を、こうも連射できるか、ヤーハーム!
「エクスプロージョン!」
私は左手を斬撃の嵐へと向け、詠唱を破棄したエクスプロージョンによって、まとめて吹き飛ばす。
周囲では主にメルルが絶え間ない爆発と閃光、轟音を量産しており、私の生み出した爆発による衝撃波と高熱にすべての斬撃が飲まれる中、頭上から迫りくる気配へ竜爪剣を一閃する。
弾丸の如く斬りかかってきたヤーハームは、私の一撃で右方へと弾き飛ばされて、私と同時に着地する。ヤーハームが力ある言葉を紡ぐ。私もまた同じく魔法を行使する為に。
「神剣ガランダインよ、汝が威を示せ。我は軍靴の音を鳴らして神の領域へ進む! 神解至」
ほう、亜神を超えて神の域に達する霊格の向上とは。そしてそれに耐える魂を持つとは。
「セレスティアルジャベリン!」
私が習得している地上の魔法の中でも特に使用頻度の高い魔法は、光り輝く大槍となってヤーハームへと襲い掛かる。一本一本が山一つ貫く威力を持つ光の大槍を、ヤーハームは正面からすべて斬り砕きながら進んでいる。
「いやはや、度胸のある事で」
「顔色一つ変えずによくも言う! 刃よ力を帯びよ 魔衝刃!」
ヤーハームは稲妻のように直角の動きを見せて、私の左方から濃密な白い魔力を纏う刃を振り上げて斬りかかってくる。速い。転移を交えた移動法か。クリスより上の神通力の主ときたか。
「ふん、む!」
私の正面と見せて右、左、後ろ、上と来て右袈裟に斬り下ろしに来た一撃を竜爪剣ではじき返し、心臓を狙って放った右手一本の突きをヤーハームはガランダインの刃に沿って逸らし、刃の間で無数の魔力の火花が散る。
「ちい、これもあっさりと受け止めるか」
「いやいや、大したものですよ。竜種でも三竜帝三龍皇でなければ、陛下の相手は務まりますまい」
魔衝刃を維持したままのヤーハームの連撃を捌きつつ、感嘆を込めた感想を告げればヤーハームは興味深げに問い返してくる。
「ほう、かの最強達を知る口ぶりだな?」
「モレス山脈の竜種達との関係を考えれば、おかしな話ではないでしょう?」
「どうかな。あの山脈は竜帝らの領土ではあるまい。その竜の力といい、貴殿を人間として認識してはならんようだな」
「人間として生まれ、人間として生きて、人間として死ぬつもりなのですがね」
「それは、さすがに無理があるなあ」
何故だ。本気で呆れられているぞ。私は本気なのに。
「まあ、よかろうて。時に貴殿、小柄で妖精のように愛らしいが凶悪無残極まりない雰囲気の少女を知らんか? 年のころは貴殿と同じか、一つ二つは下だろうな」
なぜ、そんな質問を? しかし、何というか、思い当たる節のある質問なのだが……。いや、彼女がなにやらしていたのは察していたが、こうまで魔王と直接的に関わっていたのか?
「ふむ」
まあ、情報漏洩をするわけには行きませんわな。ヤーハームはレニーアらしき人物の情報収集について、そこまで執着はしていないようで、私が真顔で呟いたのを見て苦笑するだけだった。ありゃ、何かしら察せられてしまったかな?
「なにやら問題のある人物のようだな。アークレスト王国は思う以上に魔境らしい。歓迎しかせんがね」
「呆れる程前向きですね」
「長い生だ。下を向いて生きてばかりいてはつまらん時間が増えるだけだろう?」
「敵対関係でなければ、素直に同意できるのですがね」
「なに、敵だ味方だと気にせず、賛同できる時には賛同するものだ。器量の小さいことを言うものではないぞ!」
そう言いながら、私の体を腰から上下に分断しようとしてくるガランダインの刃を左膝でかちあげ、反撃に左袈裟に斬り下ろすべく竜爪剣を叩きつける。
「殺しあいながら言うことではないでしょうに」
ヤーハームは竜爪剣が鎧の表面に触れた瞬間、その場でくるりと回転し、彼の右肘が私の顔面の中央へと迫っていた。上体を逸らした私の鼻先を右肘が過ぎ去り、直後、私の振り上げた右足と彼の左拳が激突して二人の体を後方に跳ね飛ばす。
共に足から着地し、ガランダインと竜爪剣の切っ先は共に右下段、奇しくも腰を低く落とした姿勢で向かい合う。
「まったく、貴殿は呆れる強さだな。この鎧に傷をつけられるとは、その竜の力といい余程高位の竜が化けているか、生まれ変わっていると警戒をすべきなのだろう。まあ、今更の話だ。ははは、たとえここで朽ち果てても祖神によく戦い、よく死んだと胸を張れそうだ」
そうヤーハームは笑い飛ばすが、実際に私達の戦いを大魔界でサグラバースが押し掛けてきたアルデスと一緒に見ていると告げたら、流石の魔王も顔色を変えただろうか。
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