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16巻
16-3
しおりを挟む第二章―――― 密談
意外にも、道中、賊や魔物の襲撃、不自然な事故などはなく、私達はすんなりと帝都に辿り着いた。
本来、何もない方が当たり前なのに、今回は向かう先の事情が怪しすぎて、つい警戒してしまう。
それはさておき、帝都ロンマルディアは帝国の規模に相応しい、巨大な都市だった。
百万近い住人の住む都市部をぐるりと囲む白亜の城壁は天高くそびえ立ち、都市部には城壁よりも高い高層建造物の一部が覗いている。
堅牢な城壁には無数の魔法による防護が施され、上部に備え付けられた無数の大砲が外敵を威嚇している。
帝国有数の大河の近くに建てられたこのロンマルディアは、建国初期から少しずつ増築を繰り返して拡大してきた都市だ。
時には異民族や亜人達に攻め込まれた歴史もあり、その辺りはガロアと似ている。
ただ、ガロアや王都アレクラフティアと決定的に異なるのは、城壁の外にへばりつくように粗末な作りの小屋が無数に建ち並んでいる事――いわゆる貧民街が形成されている事だった。
城壁に囲まれた都市部に住めるのは、帝国に籍を持つ純人間種の帝国民だけで、亜人種や、純人間種であっても被征服国出身者は、城壁の外で暮らすしかない。
彼らは都市部の労働に従事する間だけ帝都の中に立ち入りが許されるのだという。
私達弔問団は、主に城壁の南側に広がる貧民街を避け、城壁の東門へ回るように帝国側から指示を受けた。
東門では、武装した兵士達を複数連れた豪奢な身なりの男性が、私達を待っていた。
この男性が皇女派の人間か大公派の人間かすら定かではないが、いよいよ虎穴に入るわけか。
迎えの使者とこちら側の使者とが言葉を交わし合い、一団を帝都の中へと先導しはじめる。
城壁の中の通路を進み、都市部へと足を踏み入れれば、徹底的に整理された街並みをまっすぐに貫く巨大な大通りが見えてきた。
大通りの左右には兵士達が並び立ち、私達へと無機質な視線を向けている。住民達の姿もあったが、いずれも顔を伏せて沈痛な表情を浮かべており、自分達の行く末への不安で胸を一杯にしている様子だった。
ふむ、数だけで考えれば、帝国の人間が殿下を拘束するのは難しくはないか。
仮に殿下を帝都から脱出させるとなると、南門を経由して貧民街に紛れて追手の目を眩ませるのが定石かね。
私が非常事態を想定している間にも弔問団は進み、帝都を貫く大通りの先にそびえる皇帝の住居――帝国の頭脳と心臓も兼ねる皇宮を目指す。
帝都の三分の一に及ぶ広大な敷地面積を持つ皇宮の中には、いくつもの宮殿が建立されていて、中には植物園や動物園なども含まれている。
私はいざとなったら皇宮を吹き飛ばすのも辞さないが、帝都の住民や植物園や動物園には被害が及ばないように気をつけよう。
ギスパール皇帝の葬儀自体は既に終了しているそうで、殿下が墓前に献花し、お悔やみの言葉を伝えれば、表向きの目的は達せられる。ふむ、後継者が定まらず、南部には不穏の種を抱え、東西の仮想敵国は虎視眈々と付け入る隙を狙っているとなると、皇帝の死を極力外部に漏らすまいと工作してもおかしくはないか。
後は帝国の次の皇帝の座がどうなるか、情報収集に熱を入れる事になる。
私達は少し多すぎる気のする帝国兵に囲まれながら皇宮へと足を踏み入れ、国外からの来客の宿泊するサロル宮殿へと案内された。
厩舎に馬を入れている間、人間に姿を変えたセリナと、そのままのディアドラ、ドラミナ、リネットも馬車を降り、私や殿下達と一緒に宮殿内に入る。
サロル宮殿の外観と内装には、床から壁、天井、柱、窓硝子に至るまで一つの例外もなく帝都付近に群生する花や歴代皇帝の逸話をモチーフにした装飾が施されていた。
あまりの自己主張の強さに、これでは国外からやってきた客の疲れを癒やすどころか、さらに疲れさせる事を目的としているのではないかと疑いたくなってくる。
この宮殿も征服した国々や亜人種から長年搾り取ったお金や労働力で建てられたのかと思うと、私はますます気が重くなった。
帝国民にとっては、自分の国の偉大さの象徴の一つであるのだろうが、よそから来た身としては、純粋にそうとは思えんな。
宮殿内には帝国の侍従達がいるが、殿下や同行している高位の文官達の周りは王国側の人間で固めるので、セリナ達もその中なら少しは出歩ける。
殿下は少しの休憩をとった後、すぐに皇帝への献花と弔辞を捧げる為に、皇宮の北西にある皇帝陵へと向かわれた。
殿下の応対をする豪華な身なりの男性が少し慌てるくらいの行動の早さである。
私もまた従士風の装いのリネットを伴って護衛として同道したが、特に問題は発生しなかった。
ただ、私達が皇帝陵へと足を運んでいる間に、サロル宮殿に次期皇帝候補の片割れであるライノスアート大公が訪れていたのは予想外だった。
とはいえ、いつかは向こうから接触してくるだろうと思っている相手だ。殿下達に動揺の色はない。先に大公が来たかという程度の感想で、特に臆した様子もなく大公とお会いになる事を即決された。
大公は見事な体格と綺麗に整えられた顎髭、柔らかな茶髪を持った四十代ほどの男性で、黒一色の喪服に袖を通している。
いかにも皇族といった威厳に満ちた佇まいで、皇帝の座を求める野心に燃えるのも当然に思える。
殿下と大公が簡単に挨拶を交わした後、互いの文官や近衛に席を外させ、二人だけで内密の話をする事になった。
どちらの側近も主人を二人きりにするのを渋ったものの、二人揃っての希望とあっては引き下がる他ない。
宮殿の周りには大公派の兵士達が待機しているが、皇宮内で問題を起こせば皇帝警備隊が飛んできて、大公派だろうが皇女派だろうが容赦なく拘束するという。
皇宮内でのいざこざは、むしろ帝国側の方が避けようとするだろう。
私は念の為セリナ達にいつでも動けるようにと念話で伝え、殿下と大公が内密の話をしている部屋の外で待機した。
すると、専任騎士のシャルドが声を潜めて話しかけてきた。
殿下の誘拐事件の際に私の実力を目の当たりにした経験からか、彼は帝都までの道中でも折を見ては声をかけてきて、いざという時の動きについて相談をしていた。
さて今回の話題は何かね?
「ドラン、大公が連れて来た騎士の中に、真っ白い外套で姿を隠している女性が居るだろう」
ふむ。私はシャルドの言う女性に視線を向ける。
そこには他の屈強な騎士達とは異なり、金の糸で複雑な魔法文字の刺繍が施されたフードを頭からすっぽりとかぶった、小柄な女性の姿がある。
魔法使いか神官の類と思っていたが、シャルドがわざわざ話題にするほどの相手らしい。
「ええ。他の騎士達から畏怖の視線を向けられている様子ですね。ひょっとして、十二翼将の一角ですか?」
「ああ。千里の彼方まで見通すという『千里時空眼』アイザ将軍だろう。特殊な力を持った目――魔眼の中でもとびきり希少な千里眼の持ち主だ。普段は人目を避けて厳重に警護されていると聞いていたが、大公派だったとはな」
空間の距離を無視する遠隔視能力の持ち主というわけか。距離を無視して望んだものを見るのか、それとも単純にどこまででも遠くを見通せるのか、はてさて。
私が見た限り、アイザは現在は魔眼を使っておらず、きちんと自分の能力を制御出来ているようだ。
この状況でその魔眼を使っていては、国際的な常識に反する行為とも言えるので、事前に大公が使用を禁じたのだろう。
「相手の手の内を全て見通せるような魔眼だとしたなら、なんとしても味方に引き込みたい方ですね。彼女を失えば、ライノスアート大公の有用な手駒の損失という枠を超えて、帝国全体にとっての損失につながるほどでしょう」
皇女派であっても、アイザは生かしたまま捕らえて、味方につけたいと考えるのではなかろうか。
「能力の希少さから、ハウルゼンと同じく皇帝が決まるまでは動かないか、動けないと推測していたのだが……こうして同行しているという事は、大公がどうにかして味方に引き入れたらしいな。派閥の不明な七将軍のうち、特に厄介なのが大公側についたわけだ」
「直接的な戦闘能力は高くなさそうですけれど、その目だけでも有用ですね。遠隔視や透視の魔法はあるにはありますが、本当に千里の先まで望むものを見通せるのならば、とてつもない価値がありますよ」
以前、ベルン村にゴブリンの軍勢が襲ってきた時、相手の情報が筒抜けだったため、私達は実に戦いやすかった。その時に情報収集能力の有無は戦争の行方を左右するものだと、私は改めて実感したものだ。
アイザが敵に回るのならば、相手側はそれを嫌というほど思い知らされるだろう。
「少なくとも、情報収集という点では、大公側が一歩先んじた形だ。アイザ将軍は領地持ちの貴族というわけではないから、彼女が派閥についても兵力が増すわけではないけれどな」
「残る六将軍の動向も気になりますね。ですが、それ以上に今は殿下と大公の話し合いの内容が気掛かりです。やはり、共闘なり協力要請を持ちかけてくるでしょうか?」
「その辺りが妥当だが、さてどうだろうな。大公がおれ達の思っていた以上の大物か、そうでないのか――殿下が今まさに体感しているところだろうさ」
殿下と大公が密談している部屋には、当然ながら何重にも防音処置が施されている。しかし、私ならば少し耳を傾ければ聞こえない事はない。
さてさて、二人はどんな話をしているのかな。
『この度はかくもお早くご足労いただき、かたじけない。スペリオン殿下』
深みのある声で社交辞令を口にしているのは大公だ。向かいあって腰掛けた二人が、共に友好的な笑みを浮かべながら、互いの腹の内を探りはじめた。
『いえ、貴国と我が国の関係を考えれば、何をおいても駆けつけるのが道理です。むしろ、我々の来訪についてお知らせするのが遅れてしまった事を、お詫び申し上げなければなりません……』
実際、突然の来訪を不快に思っている者も少なくないようで、幾人かの役人は明らかに厳しい視線をこちらに向けてきた。
大公も少なからずそう思っている面はあるだろうが、それをおくびにも出さない。
『はは、それだけ我が国との関係を重んじてくださっている事の表れでしょう。気になされますな』
『そう言っていただけると、安心出来ます。しかし、貴国もこれからが大変でしょうね。ギスパール皇帝陛下の四十年にも及ぶ治世を引き継ぐなど、想像しただけで身が縮む思いがいたします』
『はっはっは、アークレストに暗君なしと謳われる血筋の方のお言葉とは思えませんな。確かに、偉大なる先帝の治世はそれを継ぐ者にとって重圧になりかねません。しかし、それ以上にその素晴らしい歴史を受け継ごうという気概に繋がるもの。どうぞご心配めさるな』
今のところは軽い言葉の応酬か。
そんな中、殿下が一歩踏み込んだ。
『しかし、どうか気分を害されずにお聞きいただきたいのですが……アステリア皇女殿下はまだお若い。その支持母体も決して盤石とは言えぬと、聞き及んでおります』
『確かに、我が姪は若輩。いささか逸る傾向にあります。思想も行動も待つという事をあまり知らない。また、母親の血筋ゆえに軽んじている貴族も少なくはありません。だからこそ、それを補佐し、帝国をより正しい道へと導けるように、私が彼女を支えるつもりですよ』
ほう、大公も早めに本音を吐露したな。ぐずぐずしていては、話を耳にした皇女が来る可能性を考慮してか。
皇女を支えるとはいっても、そう穏便な話ばかりではあるまい。
摂政として政治の舵取りをするのならまだしも、心身の病気と偽って幽閉したり、あるいは適当な時期に暗殺したりする事も考えられる。
後腐れのないよう暗殺するのが、最も可能性が高いかね。
『なるほど。余計なお世話と分かってはいても、隣人として貴国の行く末について案じずにはいられませんでした。私が皇女殿下と同じ立場であったなら、大公閣下のように政治を良く知り、国を良く知る方が傍に居れば、安心して玉座に座れます』
『そのように評価していただけると、鼻が高いというものです。時に殿下、我が国のゴルテア地方はご存じで?』
ん? 少し話の流れが変わったな。
『我が国の西部にほど近い、貴国の領地でしたね。水源に恵まれた風光明媚な土地と聞き及んでおります』
『ええ。私はかの地の風景を特に気に入っておりましてな。殿下やお国の方々にも、かの地の趣のある風景を見ていただきたいと願ってやみません。特に、春から夏にかけての山や大地を彩る木々や花々の艶やかな色彩、そして冬に凍る湖や河川の変わりようときたら。四季の移ろいに伴う光景の変化は、何度繰り返し眺めても飽きる事はないでしょう。兄の死の動揺から帝国が何事もなく立ち直った時には、是非とも私自ら殿下を案内させていただきたいものです』
『大公閣下自らとは、なんとも畏れ多い。一刻も早く貴国が偉大なるロマル帝国に相応しい皇帝を見出す事を、切に願っております』
ゴルテア地方、帝国が何事もなく動揺から立ち直ったら、何度繰り返し眺めても……か。
万が一の盗聴か録音を恐れて迂遠な物言いをしているが、私の推測が正しいのなら、この会話には言外の意味が込められていそうだ。
大公が政争に勝利し、次期皇帝としての座を確立するまでの間、本格的な介入を見送るのならば、ゴルテア地方を対価として王国に差し出す、と解釈出来なくもない。
既に王国が南部に干渉している事を把握されていてもおかしくはないが、帝国にとっては直接介入の方がよほど頭の痛い事態。
ならば国土の一部を対価にしてでもそれを防ぐ方が重要と、大公は判断したのだろう。
確かゴルテアは深山幽谷と大小無数の河川が存在する複雑な地形をしていたはず。一見すると守るに易いと見えても、良く知らぬ者にはかえって守り難い地。
どうしたって大軍を動かすのには向かない地形であるし、ゴルテアを押さえても侵攻の足がかりになるとは言い難い。
もっとも、山々からは豊富な鉱物資源を採掘出来るから、そういった難点に目を瞑ってでも手に入れる価値はある。
大公には自分が皇帝の座に就いた暁に、知り尽くしたゴルテア地方を取り戻す算段が立っているのか?
口約束など信用には値しないし、何よりお互いに直接の言及を避けているが、後の事を全く考えていないとは思えない。
内乱が起きれば帝国の最大戦力である十二翼将の数は確実に減るだろうし、兵力も国力も衰えるはずだ。そんな状態で、万全な態勢の王国を相手に勝てるのか?
相当難しい話になるはずだが、この御仁には何やら隠し球がありそうだ。
その後も二人はあくまで気軽な世間話を装った会話を続けた。
大公は最後まで自信と余裕に満ちた笑みを浮かべて宮殿を去っていった。
これでようやく一息つける――そう思ったのも束の間。
大公と入れ違うようにして、残る重要人物アステリア皇女が、数人の侍女と十二翼将の一人『竜穿槍』カイルスを伴って訪ねてきた。
ふむん、帝都についたその日のうちに随分さくさくと話が進むものだ。この様子だと、帝国の内乱は思ったよりも早く勃発するかもしれないな。
†
ドラン達の滞在しているサロル宮殿を後にしたライノスアートは、広大な皇宮内の移動に利用する馬車の中で、『千里時空眼』のアイザと向かい合って座っていた。
主人であり次期皇帝候補であるライノスアートを前にしても、彼女の全身を隠す外套はそのままだ。しかし、ライノスアートは気にする素振りを見せない。少なくともこの二人の間では、暗黙の了解のうちなのだろう。
どこの王侯貴族の寝室かと錯覚しかねないほどに広く豪勢な造りの馬車の中で、ライノスアートは深い青色のクリスタルグラスに注いだ赤ワインで口を湿らせた。
「アークレスト王国のスペリオン……。かの王国に暗君なしという噂は真だと思わせる若者だったな」
「アステリア皇女よりも、手強い、ですか?」
独り言とも取れるライノスアートの呟きに、アイザは律儀に応じた。
スペリオンに見せていた柔和さを欠片も残していない主を、彼女は外套の生地越しにまっすぐ見つめている。
一方のライノスアートも、千里の彼方のあらゆる情景や、人間の表情、些細な仕草すら暴き立てる異能者の視線を堂々と受け止めた。
「ふ、姪とでは立場が違いすぎて同列には扱えんよ。ただ、忌まわしきあの大魔女を抱える王国の方が、厄介なのは間違いない。加えて、あちらは盤石な一枚岩で出来ている。まったく、羨ましい限りだ。それでアイザ、あの場にお前の目に留まるような相手はいたか? そういえば、王子が連れていた護衛達の中に、例の少年の姿があったな」
単なる臣下以上の存在だからか、ライノスアートは幾分砕けた調子で問いかけた。
アイザは小さく頷き返し、一言ずつ区切る独特の口調で答える。
「はい。ドラン、という少年、いました。とても、普通。サロル宮殿、入る前も後も、普通に見えました」
「ほう、普通。普通ときたか! 〝競魔祭〟であれだけの力を見せた傑物が、普通か。十二翼将候補に比肩する力を持つ若者達があれほど揃う王国の中でも、頭一つ抜けている少年が、普通。お前の目をもってしても普通に見えるように偽装出来る技術の主というわけか。ますますもって羨ましく、そして厄介な相手だ」
まさにライノスアートの言う通りだと、アイザは首肯した。
王国にある五つの魔法学院の頂点を決める祭典――競魔祭は、次代の才能を見出す場として帝国も注目している。
苦労して手に入れた試合映像を分析し、帝国の重鎮達が次代の怪物と注目したのは五人。
ガロア魔法学院のドラン、レニーア、クリスティーナ、ジエル魔法学院のハルト、タルダット魔法学院のエクス。その中でも飛び抜けて厄介と誰もが認めたのが、ドランだ。そんな怪物が普通であるはずがない。
他にも、ライノスアートにはドランに関して気になる点があった。
「かの少年には使い魔が居たはずだな? それらはどうした?」
「はい、でも、ラミアは下半身、大蛇ではなく、人間。バンパイアも居たけれど、顔隠していて、見えませんでした」
「ラミアは変身の魔法を使っているとして、バンパイアの顔が見えなかっただと? お前の『千里時空眼』でも見えぬとは……」
「とても、とても強い力と高い神格の加護、ありました。あのバンパイア、途方もなく、凄い女の人、です」
アイザの『千里時空眼』でも見通せなかったという事実は、ライノスアートに警戒度を数段階引き上げさせるのに充分な情報だ。
しかし、彼はドランに対して特別嫌悪感は抱かなかった。
そもそも、ライノスアートにとって魔物のラミアは、人間、亜人という括りに入れる以前の存在である。また、亜人であるバンパイアは人間と同列に語る価値のない存在だ。
もしドランがセリナとドラミナを人間と同列に扱っているといった情報が耳に入れば、ライノスアートは侮蔑と嫌悪を露わにしただろう。
しかし、ドランがセリナ達を使い魔として従属させているという前提だけを見て、人間よりも下の扱いをしていると、都合良く解釈したのである。
「よくもそのような存在を使い魔に出来たものだ。バンパイアが神の加護を受けているとすると、創造主である月の女神か夜の神あたりであろう。今後戦場で戦うような事になったら、太陽神の力を借りるのが妥当だが、それはまだ先の話よ」
「王国、手を組みそう、ですか?」
「ふん、どうかな。アステリアが何を言うか容易に想像はつくが、あの賢しい王子は体の良い甘言も充分に吟味した上で判断を下すぞ。それに、もし私が王子と同じ立場であったなら、腹の内でほくそ笑みながら我々の争いが起きるのを悠長に待つだろうよ。隣国の内乱は、領土を掠め取るのに絶好の機会以外のなんだというのだ」
「美味しいところ、持っていき放題、です」
配下ながら躊躇なく耳に痛い言葉を口にしてくるアイザに、ライノスアートは口をへの字に歪めた。
彼は二杯目のワインをグラスに注ぎながら、それでも、と続ける。
「それでも、私とアステリアの争いは止まらん。あのような小娘に我らの歴史ある帝国を簒奪されるなど、あってはならん。代々の皇帝にも民達にも顔向けが出来んわ。それから、攻め滅ぼさずにおいてやった南部のケダモノ共にも、我らの温情を知らぬ振る舞いの報いを与えてやらねばならぬ」
ライノスアートは反乱を企てる南部の亜人達に対しても怒りを滲ませる。亜人を見下す彼だったが、謀反の動きを想定していなかったわけではないらしい。
亜人達がいつまでも自分達に従っているはずがないと、十二分に理解していたようだ。
「だが亜人達の反乱は起きるべくして起きる事だ。当たり前だ。国が興り、発展し爛熟した後は、腐った果実のように落ちて新たな種が芽吹くのがこれまでの世の習いよ。だが私はこれに諾々と従いはせん。今回は亜人達が革命を起こす立場だが、この局面を乗り越えれば、帝国は新生し、次の数百年を生き抜く活力を得る切っ掛けになる。……しかしアステリアめ、口では亜人達の待遇の改善こそが帝国の発展に繋がる、などとほざいているが、彼奴の腹の内を真に理解している者がどれだけいる事か」
「半分は、大公様と同じ血、です」
「私を前にしてそれを言える度胸があるのは、お前くらいのものだぞ。畏れを知らん奴め。……まあいい。アイザよ、その目はスペリオン王子の所在を確かめる程度に留めておけ。常時観察する必要はない」
「アステリア皇女の、手の者、接触するかも、です」
「それはお前の目を使わんでも分かる。私以外の誰かが王子の身柄を手中に収めようとさえしなければ、後は予定通りの展開で今回の弔問団の来訪は終わる」
自分からスペリオンの身柄を押さえる事はしないというライノスアートの言葉は、アイザにとって意外なものであったようで、外套がかすかに揺れる。
どうやら小さく首を傾げたらしい。
「王子、身柄押さえると、ウハウハ?」
「平穏のぬるま湯に浸かっていた割に、アークレスト王国は王族への教育が行き届いている。あの王子、国益を損なうとなれば、自害すら辞さない目をしていた。上辺の覚悟だけならいくらでも崩せるのだがな……。王国の方も、王子がこちらの傀儡になっていると判断すれば、国の方から切り捨てるだろう。あるいは、王子を救出するなどと大義名分を掲げて意気揚々と攻めてくるぞ。敵国が有能だと、こうも面倒か」
ライノスアートが苦笑いを浮かべている間に、スペリオン達は残る次期皇帝候補のアステリア皇女との会見に臨んでいた。
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