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16巻
16-2
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神造魔獣の転生者で、私を魂の父と慕うこの子の扱いは、細心の注意を払わねばならない。ガロアを離れるにあたっての最難関である。
フェニアさんに呼び掛けられて、ようやくレニーアは顔を上げ、妙にすっきりとした表情で口を開いた。
「ああ、なんでもないぞ。ドランさんがガロアを離れるのであれば、私も共に行くのが道理、真理、常識と思ったが……どうもそれは許されぬご事情だ」
いつもなら是が非でも同行しようとするであろうレニーアが、意外にも聞き分けが良い事を言ったので、皆少し拍子抜けした様子だ。
「ええ、良かった。てっきり何がなんでもついていくと言い出すのではないかと思って、このフェニア、心臓がドッキンコいたしましたわ。そうなったら、力尽くでもレニーアさんをお引き留めしなければならないところでした。私でどうにか出来るかどうかは別の話ですが」
ドッキンコ? フェニアさんは時折、このように珍しい言葉を使う。ご実家の方の方言か何かかな?
それにしてもレニーアを引き留めるにあたって、まず〝力尽く〟という手段が出てくるあたりは彼女らしい。
しかし、魔法学院の代表とも言える生徒のフェニアさんがこれでは、よそ様から〝ガロア魔法学院は、生徒の脳味噌を筋肉に変える〟と揶揄されても否定出来んわい。
レニーアは何故か自慢げに鼻息を鳴らす。
「ふふん。まあ、私もドランさんの事となる頭に血が上ってしまうからな。だが、私とて日々成長し、学習するのだ。無理を通してついて行けば、他ならぬドランさんにご迷惑をおかけする事になる。それくらいは、最近、どうにか想像出来るようになってきた」
最近、どうにか、か。どちらか一方だけでもかなり残念なのだが、まさか二つも出てくるとは。
レニーア、我が娘ながら……うん、まあ、うん、うん……。何しろ魂の親が私と、破壊と忘却の大邪神カラヴィスなのだから、仕方ないよな。
隣に座っているイリナが諦めの視線を向けているのには気付かず、レニーアは力強く目を見開いて自分の考えを口にする。
「だからだな、誰にも迷惑のかからない方法でどうにかしようと思ったのだ。ドランさん達に発覚するのは避けられないが、他の者達にはバレないようについていけばよいではないか!」
レニーアは、これこそまさに完全無欠の完璧なる計画と言わんばかりに、自信満々の顔で宣言した。
レニーアが何を口にしたのかを理解した――あまり理解したくなかった――私達が、これは酷い、と視線で語り合っているとも知らず、彼女はえっへんと胸を張りながら立ち上がる。
ああ、レニーア、君は本当に私とカラヴィスの因子を見事に受け継いでいるな。私達の受け継がない方が良かったであろう〝残念なところ〟を、これでもかと持っている。
私はなんだか泣きたい気分になって、そっと目を手で覆った。
そんな私の肩に、セリナとドラミナが優しく手を置いてくれた。
二人の気遣いが身に染みた、冬の一幕である。
こんなレニーアでも可愛いと思えるのだから、私もつくづく親馬鹿だな、ふんふむ。
クリスティーナさんの事もあるし、いっそガロアに分身体を置いていっちゃえばいいかもしれんな……
†
さて、久々に再会したばかりの学友達に一時の別れを告げた私達は、ガロアの総督府内にある転移陣を使って王都アレクラフティアへ赴いた。
重要人物の避難や緊急性の高い情報の伝達、機密資料の輸送などに用いられる魔法陣は、殿下の根回しのお蔭で、今回特別に使用が許可された。
なお、あれだけ自信満々に同行を宣言したレニーアは、私達からの説得という名の総攻撃を受け、大人しくガロアでお留守番である。
私達が転移した先は、王都郊外にある秘匿された屋敷の一室のようだ。
掃除の行き届いた清潔な部屋の外には、係の者が私達の到着を待っていた。殿下から言い含められていたようで、彼はすぐに用意してあった着替え一式を私に手渡した。
弔問団の護衛なら、それらしい格好をするのが当然だろう。流石に魔法学院の制服のままというわけにはいくまい。
私が着替えをしている間、セリナ達には一旦部屋の外で待ってもらう。
白を基調とした近衛の騎士服に葬儀用の黒いマント、黒手袋を身につける。
腰の長剣だけはガロアから持ち込んだものをそのままに、胸元に喪章をつけるのも忘れない。
脱いだ学院の制服は、【シャドウボックス】の魔法で収納空間へと変えた私の影の中だ。
着替えを終えて部屋を出た私の姿を見て、セリナが目を輝かせた。
「わあ、いかにも騎士様って感じになりましたね。凛々しさがいつもよりも三割増しです」
「ふむ、ありがとう、セリナ。身の丈に合わない物を着ているせいか、いささか気恥ずかしいよ」
「そうは言っても、ドランさんは立派な騎爵様なのですから、騎士様の格好でもおかしくはないですよ」
「騎士は騎士でも、近衛は別格だけれどね」
多少の贔屓はあるにせよ、褒めてもらって悪い気はしないものだ。
一方、ドラミナは頭のてっぺんからつま先、さらに後ろに回って背中までじっくり確認してから、よし、と一つ頷いた。
「着こなしに間違った点はありませんね。喪章をつける位置も正しいです。それにしても、一時の護衛とはいえ、近衛騎士の服装をさせるとは、スペリオン王子も思い切った事をされたものですね」
「ドラミナの見立てなら間違いはないな。おかしな着こなしをしていたら、殿下にも恥をかかせてしまうところだからね」
「ふふ、貴方はどんな王侯貴族が相手でも堂々たる態度で臨まれるでしょうけど、服装も相まって、今日はますます美々しい騎士ぶりです」
こうして騎士らしい格好をすれば、少しは元女王のドラミナの隣でも見た目の釣り合いが取れるかな?
ドラミナに続いて、リネットも感想を述べる。
かつて宮廷に勤めていた創造主の記憶を持つ彼女には、見覚えのある騎士服だったらしく、少しだけ嬉しそうな顔だ。
「マスタードラン、いつものお姿も素晴らしいですが、今の騎士姿もまたお似合いです。お仕え出来る事を誇りに思えます。帝国への道中、いかなる危難が襲いかかろうとも、このリネットが必ずやお守りしてみせます」
「頼もしい限りだな。しかし、持ち込んでおいてなんだが、できればこの旅ではリネット用の装備を使わずに済ませたいものだ。それに、今回は殿下の護衛が目的だからね。有事の際には私よりも殿下の身の安全を優先してくれるかな?」
「それは、大変に葛藤せざるを得ない事案です……。しかし、マスタードランのご命令とあらば、スペリオン殿下の御身に掠り傷一つ付かないように、全機能を行使します」
「少々酷なお願いかもしれないけど、よろしく頼む。相手が人類の国家である以上、この面子で対処出来ない事態は発生しないだろうが、念には念を入れておこう」
「はい。リネットは新参なので、これまでセリナやドラミナのように、何かしらの敵性体と戦った経験がありません。こういう考えは不適切ではありますが、リネットが腕力でお役に立てる場面があるかもしれないと、密かに気合が入っております」
言われてみれば、リネットを預かってから荒事に直接関与した事はないか。
メルル級の使い手が来るといささか厳しいかもしれんが、リネットの戦闘能力ならロマル帝国の最大戦力――十二翼将の相手をしても大丈夫だろう。
「今から気合を入れすぎて、肩が凝らないようにな」
私の発言に乗じて、リネットの両肩にそっと優しく手が置かれた。
ふわりと淡く漂って来た黒薔薇の官能的な香りが、私達の鼻孔をくすぐる。
何かとリネットに懐かれている、黒薔薇の精、ディアドラだ。
学院長からの助言通り、彼女も今回の弔問団護衛に参加している。
「リネットは生真面目すぎるわね。私達と一緒に居るのなら、適度に力を抜く事を覚えないと疲れてしまうわよ?」
「ディアドラ。ですが、リネットはこの胸の内に灯るやる気の炎を鎮められそうにありません」
「あらそう、やる気がありすぎるのも困ったものね。その分、私達が適当に力を抜いておこうかしら。ねえ、ドラン?」
「緊迫した場面でも、いつもの調子を崩さないのが私達の持ち味ではあるな」
程なくして、スペリオン殿下が専任騎士のシャルドを伴ってお見えになった。
「皆、よく来てくれた。慌ただしくてすまないが、早速出発しよう」
殿下は私達に感謝の言葉を告げると、すぐに別の屋敷に移動した。そこに弔問団の待つ国境近くの都市と繋がっている転移陣があるわけだ。
王都内部や郊外にはこうした王国の一部の者のみが存在を知っている、秘匿された転移陣がいくつかあるらしく、火急の事態の際に使用されているそうだ。
弔問団が待機していたのは、ロマル帝国との国境沿いに建設された城塞都市の一つで、既にいつでも出立出来るように準備が整っていた。
私は影の中から引っ張り出したドラミナの馬車に、転移魔法で呼び寄せたスレイプニル達を繋いで、弔問団の列の最後尾につける。
ドラミナ、セリナ、ディアドラが馬車に乗り込んで、御者はリネットが務める。
いつもなら御者席は私の定位置なのだが、今回そうならなかったのには理由がある。
私には馬が用意されていて、それに跨って弔問団の列の左右を守る近衛騎士の中に加わる事になったのだ。
もっと列の端っこに回されるのかと思ったら、殿下の馬車のすぐ近くとは……。随分目立つ配置をされたものだ。
セリナ達とは少し距離が離れてしまうが、念話で彼女達の会話に参加するので、これといって寂しさは感じない。
殿下が馬車に乗り込み、出発の号令を発した。
王国と帝国の旗、それに弔問の意を示す弔旗を掲げた一団が動きだす。
列の中央よりやや前の位置を進む殿下の馬車には、専任騎士のシャルドや殿下の秘書官、お付きの魔法使いが同乗している。
初めて顔を合わせた馬は大変賢く、周りに上手く歩調を合わせてくれるので、操るのが楽だ。
「ふむ」
「どうかしたか、ドラン?」
馬上でいつもの口癖を零した私に、右隣を進む馬車の窓から殿下が顔を覗かせ、話しかけてきた。
貴い方から声をかけられた場合には、こちらから馬を寄せるのが礼儀と習っていたので、躊躇なく殿下との距離を詰める。
「いえ、私よりもこの位置に並ぶべき方が他におられるのでは、と愚考した次第です」
「なに、帝都ロンマルディアまでの道中、話し相手になってもらおうと思ってね。それに、護衛の中には君の実力を疑う者は居ないさ」
「それも少し意外でした。こういう場合、よそ者や新人には、先達から一言あるのが定番と思い込んでいたものですから」
「全員が時と場を心得ているとも。そうだな……夜にでも少し話をしようと声をかけられるかもしれないが、せいぜいそんなものだろう」
「よく知りもしない者が縄張りに踏み込めば誰であれ気分を害するものです。その自覚があります故、少々肩身が狭いです」
「その割には背筋をピンと伸ばしているな。うむ、綺麗な馬の乗り方だぞ」
「仮にも殿下の護衛ですので、精一杯見栄を張っております」
私としては嘘偽りのない心情を言葉にしただけなのだが、何が面白かったのか、殿下は小さく笑った。
「ふふふ、君らしい言い回しだ。ところで、十二翼将の話は憶えているかい?」
「複数でかかれば、王国最強の魔法使いアークウィッチをも抑え込めると噂の、ロマル帝国の最大戦力ですね。能力で選ばれるから、時には欠員が出る代もあったそうですが、当代十二翼将は全員が揃っているとか」
もっとも、メルルの真の戦闘能力を考えれば、十二翼将が束になっても敵わないだろう。
しかし、私も実物を見ていない以上は断定しない方がいいか。ううん……でもやはり無理だと思うな。
私の記憶と照らし合わせてみても、メルルは進化前の人間としては最強の一角に数えられるくらいだからなあ。
「ああ。我が国との国境近くには『堅壁百年』ハイゲン、『千里霧中』グリムアの二名が、軍勢を率いて常駐している。反対側のロマル帝国の西側に控えるのは『幻灯』メルセグ。これら三名はたとえ国を割る内乱になったとしても、まず動かないと言われている」
「内輪で揉めている間によそからやってきた者に征服され、ロマル帝国の名前が消えるのを防ぐ為ですか。その三名が外患を防ぐ絶対の守りという事ですね」
「もし皇女か大公がこの三者に参戦を命じたなら、その前提すら理解しておらぬ愚物と、国中から笑いものにされるだろう。あるいは、そこまでせねばならぬほど追い込まれていると、自ら宣言しているようなものだ。いずれにしても、絶対にしてはならぬ禁じ手だよ」
なるほど。それをしてしまえば、皇帝の座に相応しい見識はないという認識が帝国内外に広まってしまうわけか。
王国が帝国の内乱に武力介入しようとするなら、ハイゲン、グリムアなる二人の将軍が第一の関門なのだな。多分、私は関わらないとは思うが、ひょっとしたら領地が帝国と近いネルやフェニアさんが戦う未来はあるかもしれん。
「他に動きが確実に予測出来るのは二人。皇帝直属の皇帝警護隊隊長である、『大山不動』ハウルゼン。かの御仁はあくまで皇帝に仕える事を重視していて、皇帝候補には見向きもしないはずだ。皇女と大公、どちらか皇帝の座に就いた方に従うだろう。内乱中は皇宮の守備を最優先にして部隊を動かさないと見て間違いない」
「それはまた分かりやすいというか、融通が利かないというか」
「自分の立ち位置をはっきりと表明しているから、日和見されるよりは分かりやすいと、皇女も大公も思っているさ。それに、彼が臣従すれば、帝国の誰もが皇帝であると認めるに等しい忠臣なのだよ。そしてもう一人は、帝国空軍征竜師団長『竜穿槍』カイルス。彼は皇女と恋仲だと、我が国にまで噂が届いている。だからまあ、その噂に相応しい動きを見せると思っていい」
「ふむん、となると、残る七名の将軍の派閥が気になるところですね」
「それを確かめる意味もあっての、今回の弔問だよ。少し南に寄る経路だから、行きはやや遠回りになる。帰りはまっすぐ最短経路で王国に帰る予定だ」
南……ああ、なるほど。帝国内部に燻る〝火種〟達に、皇帝が亡くなられたのは本当ですよ、何しろ王国から弔問団が来ているのだから――と、宣伝して回るわけか。
まあ、王国側も劇的な効果はないと分かっているだろうから、帝国に対する地味な嫌がらせだな。
ふうむ、こうなると、皇女も大公も王国の懐柔は考えないのではないか? どちらも覇権を握った後は王国を潰そうと考えてもおかしくはない。
「帝都ではあまり歓迎されないでしょうね。誰も彼も、心の内では〝よくもぬけぬけと来られたものだ〟と悪態をついていてもおかしくありません」
「政治の世界ではごく当たり前の事だよ。私はそれに慣れねばならぬ立場だ。そして君も同じだ。君が望む道は、矛盾した建前と本音の使い分けを重視しなければならぬ世界なのだから」
「私としては、大邪神カラヴィスの首を獲ってこいと言われる方が、百万倍は楽です」
私は苦笑混じりに溜息を零した。
「ははははは。よりにもよって、かの大邪神の名を出して、そこまで言い切るとは! これはなんとも頼もしいな、ドラン」
カラヴィスにとってはとんでもない話だろうが、実際にその方が私としては楽なのは、本当である。
後で聞いたが、この発言と同時刻に、カラヴィスはとんでもない寒気を感じていたらしい。彼女にとってはとんだとばっちりだったわけで、これにはさすがの私も申し訳なく思った。
こうして私は近衛騎士に扮して、時折殿下の話し相手をしながら、一路、ロマル帝国帝都ロンマルディアへと向かうのだった。
†
ロマル帝国のギスパール皇帝崩御に際し、慣例よりも早く出立したアークレスト王国弔問団一行は、帝国の主要な街道の一つを進んでいた。
街道ですれ違う帝国民は皆、私達の姿を認めるとぎょっとした顔で道を開ける。そして、私達の掲げる弔旗に気付いて、一様に不安げな表情を浮かべた。
情報伝達の速度や帝国内部の情報統制の度合いは推測するしかないが、まだ皇帝崩御の情報は帝国民全員に知れ渡ってはいないようだ。
殿下と話した通り、弔問団は帝国南部を経由して中央部に位置する帝都ロンマルディアを目指す。
帝国南部にはかつて武力によって併合された亜人種の国家が多い。日頃から帝国への不満を抱えている彼らへ、いち早く皇帝崩御を触れ回り、これから帝国が割れるかもしれないぞ、と言外に伝えるのも、私達の目的だ。
これが政治というものかと思いつつも、私の心の内には、こういう駆け引きに慣れなければならない事への気後れが確かに存在した。
帝都に近づくにつれて、人々の反応も少しずつ変わってくる。
皇帝崩御の確かな報せが土地の人々に伝わっているらしく、私達を目撃した際に〝やはり〟という確信めいた表情を見せる者が増えた。
あるいは、これから隣国がどう動くのか見定めようと目を光らせる者も多い。
私達は行く先々でその土地の領主や執政官達から歓待を受けるわけだが、帝都まで近づくと、本来の領主ではなく、代理を名乗る者が出てくる機会が増えていった。
殿下やドラミナの見解によれば、私達の動きを察知した皇女か大公が、こちらの人員や意図を把握すべく、自分達の派閥の人間を派遣してきたのだろうとの事だ。
それで、本来表に出るべき領主達が下がらされたわけだ。
ふむ、流石に次代の皇帝の座を争う者達だけあって、駒を動かすのが早い。殿下達は無難に対応したように見えたが、さて相手側にどんな報告が上げられているやら。
もう一つ、私が気になったのは、帝国における亜人達に対する扱いだ。
かつて亜人達の国家があった地域は、亜人達がそのまま統治を任されている所と、中央から派遣された総督が統治している所がある。
亜人が主導して統治している地域は日程の都合もあってそれほど回れなかったが、すぐ近くには相応の戦力を備えた帝国の軍勢が常駐して睨みをきかせている。
一方、帝国主導で統治されている地域では、やはりと言うべきか、そこで暮らす亜人種の方々の瞳からは、心の深いところに黒々とした感情が渦を巻いているのが見て取れた。
弔問団として行動している以上、彼ら一人一人に声をかけるわけにはいかないが、それでも亜人種側の不満ははっきり分かるほどだ。
同時に、彼らを下に見る意識や態度を隠さない帝国民の姿も、数多く目にした。
私達を出迎えた領主達にしても、帝国とは違う思想を持ったアークレスト王国の弔問団の来訪とあって、綺麗に見える上辺だけを見せようとしていたのは間違いない。
亜人種の方々が、私達が見たよりもさらに劣悪な扱いを受けている事は想像に難くない。
それに、純人間種でも被征服国の民は、就労、婚姻、納税、文化など、ありとあらゆる面で制限が課せられ、劣悪な生活環境を強いられている。
彼らが不満を抱かぬはずがない。
少ないながら回る事の出来た亜人種主導の地域では、他の地域とは決定的に異なる点が一つあった。
同じ亜人種であっても、彼らが私達に向ける眼差しには、期待に近い色が含まれていたのである。
当然、私達が面会を許される亜人種は、王太子の応対に顔を出せるくらいに地位の高い者に限られる。
彼らが王国と反抗勢力の繋がりを知った上で期待の目を向けているのだとしたら、この地域にも王国の手は伸びているわけか。
いやまあ、まだ殿下から我が国がロマル帝国の反抗勢力に手を貸している、とはっきりと聞かされたわけではないので、推測ではあるが。
南部の反抗勢力が丸ごと反帝国に傾いたら、常駐している軍勢だけでは抑え込めまい。
反抗勢力も一枚岩ではないだろうが、帝国も無視出来ない勢力であるのは間違いなさそうだ。
実際に帝国民と征服された異民族や亜人の方々を見て、これまでは可能性の話でしかなかった帝国南部の蜂起が、確実に起きるものだと確信出来た。これも弔問団の護衛に指名された成果の一つか。
南部の蜂起で流れる血の量を考えると、手放しで喜べるような事態ではないがな。
帝国南部の実情は充分把握したので、後は帝国二大重要人物、皇女と大公の人となりを知る事が出来れば、弔問団の目的は達せられると言えよう。
フェニアさんに呼び掛けられて、ようやくレニーアは顔を上げ、妙にすっきりとした表情で口を開いた。
「ああ、なんでもないぞ。ドランさんがガロアを離れるのであれば、私も共に行くのが道理、真理、常識と思ったが……どうもそれは許されぬご事情だ」
いつもなら是が非でも同行しようとするであろうレニーアが、意外にも聞き分けが良い事を言ったので、皆少し拍子抜けした様子だ。
「ええ、良かった。てっきり何がなんでもついていくと言い出すのではないかと思って、このフェニア、心臓がドッキンコいたしましたわ。そうなったら、力尽くでもレニーアさんをお引き留めしなければならないところでした。私でどうにか出来るかどうかは別の話ですが」
ドッキンコ? フェニアさんは時折、このように珍しい言葉を使う。ご実家の方の方言か何かかな?
それにしてもレニーアを引き留めるにあたって、まず〝力尽く〟という手段が出てくるあたりは彼女らしい。
しかし、魔法学院の代表とも言える生徒のフェニアさんがこれでは、よそ様から〝ガロア魔法学院は、生徒の脳味噌を筋肉に変える〟と揶揄されても否定出来んわい。
レニーアは何故か自慢げに鼻息を鳴らす。
「ふふん。まあ、私もドランさんの事となる頭に血が上ってしまうからな。だが、私とて日々成長し、学習するのだ。無理を通してついて行けば、他ならぬドランさんにご迷惑をおかけする事になる。それくらいは、最近、どうにか想像出来るようになってきた」
最近、どうにか、か。どちらか一方だけでもかなり残念なのだが、まさか二つも出てくるとは。
レニーア、我が娘ながら……うん、まあ、うん、うん……。何しろ魂の親が私と、破壊と忘却の大邪神カラヴィスなのだから、仕方ないよな。
隣に座っているイリナが諦めの視線を向けているのには気付かず、レニーアは力強く目を見開いて自分の考えを口にする。
「だからだな、誰にも迷惑のかからない方法でどうにかしようと思ったのだ。ドランさん達に発覚するのは避けられないが、他の者達にはバレないようについていけばよいではないか!」
レニーアは、これこそまさに完全無欠の完璧なる計画と言わんばかりに、自信満々の顔で宣言した。
レニーアが何を口にしたのかを理解した――あまり理解したくなかった――私達が、これは酷い、と視線で語り合っているとも知らず、彼女はえっへんと胸を張りながら立ち上がる。
ああ、レニーア、君は本当に私とカラヴィスの因子を見事に受け継いでいるな。私達の受け継がない方が良かったであろう〝残念なところ〟を、これでもかと持っている。
私はなんだか泣きたい気分になって、そっと目を手で覆った。
そんな私の肩に、セリナとドラミナが優しく手を置いてくれた。
二人の気遣いが身に染みた、冬の一幕である。
こんなレニーアでも可愛いと思えるのだから、私もつくづく親馬鹿だな、ふんふむ。
クリスティーナさんの事もあるし、いっそガロアに分身体を置いていっちゃえばいいかもしれんな……
†
さて、久々に再会したばかりの学友達に一時の別れを告げた私達は、ガロアの総督府内にある転移陣を使って王都アレクラフティアへ赴いた。
重要人物の避難や緊急性の高い情報の伝達、機密資料の輸送などに用いられる魔法陣は、殿下の根回しのお蔭で、今回特別に使用が許可された。
なお、あれだけ自信満々に同行を宣言したレニーアは、私達からの説得という名の総攻撃を受け、大人しくガロアでお留守番である。
私達が転移した先は、王都郊外にある秘匿された屋敷の一室のようだ。
掃除の行き届いた清潔な部屋の外には、係の者が私達の到着を待っていた。殿下から言い含められていたようで、彼はすぐに用意してあった着替え一式を私に手渡した。
弔問団の護衛なら、それらしい格好をするのが当然だろう。流石に魔法学院の制服のままというわけにはいくまい。
私が着替えをしている間、セリナ達には一旦部屋の外で待ってもらう。
白を基調とした近衛の騎士服に葬儀用の黒いマント、黒手袋を身につける。
腰の長剣だけはガロアから持ち込んだものをそのままに、胸元に喪章をつけるのも忘れない。
脱いだ学院の制服は、【シャドウボックス】の魔法で収納空間へと変えた私の影の中だ。
着替えを終えて部屋を出た私の姿を見て、セリナが目を輝かせた。
「わあ、いかにも騎士様って感じになりましたね。凛々しさがいつもよりも三割増しです」
「ふむ、ありがとう、セリナ。身の丈に合わない物を着ているせいか、いささか気恥ずかしいよ」
「そうは言っても、ドランさんは立派な騎爵様なのですから、騎士様の格好でもおかしくはないですよ」
「騎士は騎士でも、近衛は別格だけれどね」
多少の贔屓はあるにせよ、褒めてもらって悪い気はしないものだ。
一方、ドラミナは頭のてっぺんからつま先、さらに後ろに回って背中までじっくり確認してから、よし、と一つ頷いた。
「着こなしに間違った点はありませんね。喪章をつける位置も正しいです。それにしても、一時の護衛とはいえ、近衛騎士の服装をさせるとは、スペリオン王子も思い切った事をされたものですね」
「ドラミナの見立てなら間違いはないな。おかしな着こなしをしていたら、殿下にも恥をかかせてしまうところだからね」
「ふふ、貴方はどんな王侯貴族が相手でも堂々たる態度で臨まれるでしょうけど、服装も相まって、今日はますます美々しい騎士ぶりです」
こうして騎士らしい格好をすれば、少しは元女王のドラミナの隣でも見た目の釣り合いが取れるかな?
ドラミナに続いて、リネットも感想を述べる。
かつて宮廷に勤めていた創造主の記憶を持つ彼女には、見覚えのある騎士服だったらしく、少しだけ嬉しそうな顔だ。
「マスタードラン、いつものお姿も素晴らしいですが、今の騎士姿もまたお似合いです。お仕え出来る事を誇りに思えます。帝国への道中、いかなる危難が襲いかかろうとも、このリネットが必ずやお守りしてみせます」
「頼もしい限りだな。しかし、持ち込んでおいてなんだが、できればこの旅ではリネット用の装備を使わずに済ませたいものだ。それに、今回は殿下の護衛が目的だからね。有事の際には私よりも殿下の身の安全を優先してくれるかな?」
「それは、大変に葛藤せざるを得ない事案です……。しかし、マスタードランのご命令とあらば、スペリオン殿下の御身に掠り傷一つ付かないように、全機能を行使します」
「少々酷なお願いかもしれないけど、よろしく頼む。相手が人類の国家である以上、この面子で対処出来ない事態は発生しないだろうが、念には念を入れておこう」
「はい。リネットは新参なので、これまでセリナやドラミナのように、何かしらの敵性体と戦った経験がありません。こういう考えは不適切ではありますが、リネットが腕力でお役に立てる場面があるかもしれないと、密かに気合が入っております」
言われてみれば、リネットを預かってから荒事に直接関与した事はないか。
メルル級の使い手が来るといささか厳しいかもしれんが、リネットの戦闘能力ならロマル帝国の最大戦力――十二翼将の相手をしても大丈夫だろう。
「今から気合を入れすぎて、肩が凝らないようにな」
私の発言に乗じて、リネットの両肩にそっと優しく手が置かれた。
ふわりと淡く漂って来た黒薔薇の官能的な香りが、私達の鼻孔をくすぐる。
何かとリネットに懐かれている、黒薔薇の精、ディアドラだ。
学院長からの助言通り、彼女も今回の弔問団護衛に参加している。
「リネットは生真面目すぎるわね。私達と一緒に居るのなら、適度に力を抜く事を覚えないと疲れてしまうわよ?」
「ディアドラ。ですが、リネットはこの胸の内に灯るやる気の炎を鎮められそうにありません」
「あらそう、やる気がありすぎるのも困ったものね。その分、私達が適当に力を抜いておこうかしら。ねえ、ドラン?」
「緊迫した場面でも、いつもの調子を崩さないのが私達の持ち味ではあるな」
程なくして、スペリオン殿下が専任騎士のシャルドを伴ってお見えになった。
「皆、よく来てくれた。慌ただしくてすまないが、早速出発しよう」
殿下は私達に感謝の言葉を告げると、すぐに別の屋敷に移動した。そこに弔問団の待つ国境近くの都市と繋がっている転移陣があるわけだ。
王都内部や郊外にはこうした王国の一部の者のみが存在を知っている、秘匿された転移陣がいくつかあるらしく、火急の事態の際に使用されているそうだ。
弔問団が待機していたのは、ロマル帝国との国境沿いに建設された城塞都市の一つで、既にいつでも出立出来るように準備が整っていた。
私は影の中から引っ張り出したドラミナの馬車に、転移魔法で呼び寄せたスレイプニル達を繋いで、弔問団の列の最後尾につける。
ドラミナ、セリナ、ディアドラが馬車に乗り込んで、御者はリネットが務める。
いつもなら御者席は私の定位置なのだが、今回そうならなかったのには理由がある。
私には馬が用意されていて、それに跨って弔問団の列の左右を守る近衛騎士の中に加わる事になったのだ。
もっと列の端っこに回されるのかと思ったら、殿下の馬車のすぐ近くとは……。随分目立つ配置をされたものだ。
セリナ達とは少し距離が離れてしまうが、念話で彼女達の会話に参加するので、これといって寂しさは感じない。
殿下が馬車に乗り込み、出発の号令を発した。
王国と帝国の旗、それに弔問の意を示す弔旗を掲げた一団が動きだす。
列の中央よりやや前の位置を進む殿下の馬車には、専任騎士のシャルドや殿下の秘書官、お付きの魔法使いが同乗している。
初めて顔を合わせた馬は大変賢く、周りに上手く歩調を合わせてくれるので、操るのが楽だ。
「ふむ」
「どうかしたか、ドラン?」
馬上でいつもの口癖を零した私に、右隣を進む馬車の窓から殿下が顔を覗かせ、話しかけてきた。
貴い方から声をかけられた場合には、こちらから馬を寄せるのが礼儀と習っていたので、躊躇なく殿下との距離を詰める。
「いえ、私よりもこの位置に並ぶべき方が他におられるのでは、と愚考した次第です」
「なに、帝都ロンマルディアまでの道中、話し相手になってもらおうと思ってね。それに、護衛の中には君の実力を疑う者は居ないさ」
「それも少し意外でした。こういう場合、よそ者や新人には、先達から一言あるのが定番と思い込んでいたものですから」
「全員が時と場を心得ているとも。そうだな……夜にでも少し話をしようと声をかけられるかもしれないが、せいぜいそんなものだろう」
「よく知りもしない者が縄張りに踏み込めば誰であれ気分を害するものです。その自覚があります故、少々肩身が狭いです」
「その割には背筋をピンと伸ばしているな。うむ、綺麗な馬の乗り方だぞ」
「仮にも殿下の護衛ですので、精一杯見栄を張っております」
私としては嘘偽りのない心情を言葉にしただけなのだが、何が面白かったのか、殿下は小さく笑った。
「ふふふ、君らしい言い回しだ。ところで、十二翼将の話は憶えているかい?」
「複数でかかれば、王国最強の魔法使いアークウィッチをも抑え込めると噂の、ロマル帝国の最大戦力ですね。能力で選ばれるから、時には欠員が出る代もあったそうですが、当代十二翼将は全員が揃っているとか」
もっとも、メルルの真の戦闘能力を考えれば、十二翼将が束になっても敵わないだろう。
しかし、私も実物を見ていない以上は断定しない方がいいか。ううん……でもやはり無理だと思うな。
私の記憶と照らし合わせてみても、メルルは進化前の人間としては最強の一角に数えられるくらいだからなあ。
「ああ。我が国との国境近くには『堅壁百年』ハイゲン、『千里霧中』グリムアの二名が、軍勢を率いて常駐している。反対側のロマル帝国の西側に控えるのは『幻灯』メルセグ。これら三名はたとえ国を割る内乱になったとしても、まず動かないと言われている」
「内輪で揉めている間によそからやってきた者に征服され、ロマル帝国の名前が消えるのを防ぐ為ですか。その三名が外患を防ぐ絶対の守りという事ですね」
「もし皇女か大公がこの三者に参戦を命じたなら、その前提すら理解しておらぬ愚物と、国中から笑いものにされるだろう。あるいは、そこまでせねばならぬほど追い込まれていると、自ら宣言しているようなものだ。いずれにしても、絶対にしてはならぬ禁じ手だよ」
なるほど。それをしてしまえば、皇帝の座に相応しい見識はないという認識が帝国内外に広まってしまうわけか。
王国が帝国の内乱に武力介入しようとするなら、ハイゲン、グリムアなる二人の将軍が第一の関門なのだな。多分、私は関わらないとは思うが、ひょっとしたら領地が帝国と近いネルやフェニアさんが戦う未来はあるかもしれん。
「他に動きが確実に予測出来るのは二人。皇帝直属の皇帝警護隊隊長である、『大山不動』ハウルゼン。かの御仁はあくまで皇帝に仕える事を重視していて、皇帝候補には見向きもしないはずだ。皇女と大公、どちらか皇帝の座に就いた方に従うだろう。内乱中は皇宮の守備を最優先にして部隊を動かさないと見て間違いない」
「それはまた分かりやすいというか、融通が利かないというか」
「自分の立ち位置をはっきりと表明しているから、日和見されるよりは分かりやすいと、皇女も大公も思っているさ。それに、彼が臣従すれば、帝国の誰もが皇帝であると認めるに等しい忠臣なのだよ。そしてもう一人は、帝国空軍征竜師団長『竜穿槍』カイルス。彼は皇女と恋仲だと、我が国にまで噂が届いている。だからまあ、その噂に相応しい動きを見せると思っていい」
「ふむん、となると、残る七名の将軍の派閥が気になるところですね」
「それを確かめる意味もあっての、今回の弔問だよ。少し南に寄る経路だから、行きはやや遠回りになる。帰りはまっすぐ最短経路で王国に帰る予定だ」
南……ああ、なるほど。帝国内部に燻る〝火種〟達に、皇帝が亡くなられたのは本当ですよ、何しろ王国から弔問団が来ているのだから――と、宣伝して回るわけか。
まあ、王国側も劇的な効果はないと分かっているだろうから、帝国に対する地味な嫌がらせだな。
ふうむ、こうなると、皇女も大公も王国の懐柔は考えないのではないか? どちらも覇権を握った後は王国を潰そうと考えてもおかしくはない。
「帝都ではあまり歓迎されないでしょうね。誰も彼も、心の内では〝よくもぬけぬけと来られたものだ〟と悪態をついていてもおかしくありません」
「政治の世界ではごく当たり前の事だよ。私はそれに慣れねばならぬ立場だ。そして君も同じだ。君が望む道は、矛盾した建前と本音の使い分けを重視しなければならぬ世界なのだから」
「私としては、大邪神カラヴィスの首を獲ってこいと言われる方が、百万倍は楽です」
私は苦笑混じりに溜息を零した。
「ははははは。よりにもよって、かの大邪神の名を出して、そこまで言い切るとは! これはなんとも頼もしいな、ドラン」
カラヴィスにとってはとんでもない話だろうが、実際にその方が私としては楽なのは、本当である。
後で聞いたが、この発言と同時刻に、カラヴィスはとんでもない寒気を感じていたらしい。彼女にとってはとんだとばっちりだったわけで、これにはさすがの私も申し訳なく思った。
こうして私は近衛騎士に扮して、時折殿下の話し相手をしながら、一路、ロマル帝国帝都ロンマルディアへと向かうのだった。
†
ロマル帝国のギスパール皇帝崩御に際し、慣例よりも早く出立したアークレスト王国弔問団一行は、帝国の主要な街道の一つを進んでいた。
街道ですれ違う帝国民は皆、私達の姿を認めるとぎょっとした顔で道を開ける。そして、私達の掲げる弔旗に気付いて、一様に不安げな表情を浮かべた。
情報伝達の速度や帝国内部の情報統制の度合いは推測するしかないが、まだ皇帝崩御の情報は帝国民全員に知れ渡ってはいないようだ。
殿下と話した通り、弔問団は帝国南部を経由して中央部に位置する帝都ロンマルディアを目指す。
帝国南部にはかつて武力によって併合された亜人種の国家が多い。日頃から帝国への不満を抱えている彼らへ、いち早く皇帝崩御を触れ回り、これから帝国が割れるかもしれないぞ、と言外に伝えるのも、私達の目的だ。
これが政治というものかと思いつつも、私の心の内には、こういう駆け引きに慣れなければならない事への気後れが確かに存在した。
帝都に近づくにつれて、人々の反応も少しずつ変わってくる。
皇帝崩御の確かな報せが土地の人々に伝わっているらしく、私達を目撃した際に〝やはり〟という確信めいた表情を見せる者が増えた。
あるいは、これから隣国がどう動くのか見定めようと目を光らせる者も多い。
私達は行く先々でその土地の領主や執政官達から歓待を受けるわけだが、帝都まで近づくと、本来の領主ではなく、代理を名乗る者が出てくる機会が増えていった。
殿下やドラミナの見解によれば、私達の動きを察知した皇女か大公が、こちらの人員や意図を把握すべく、自分達の派閥の人間を派遣してきたのだろうとの事だ。
それで、本来表に出るべき領主達が下がらされたわけだ。
ふむ、流石に次代の皇帝の座を争う者達だけあって、駒を動かすのが早い。殿下達は無難に対応したように見えたが、さて相手側にどんな報告が上げられているやら。
もう一つ、私が気になったのは、帝国における亜人達に対する扱いだ。
かつて亜人達の国家があった地域は、亜人達がそのまま統治を任されている所と、中央から派遣された総督が統治している所がある。
亜人が主導して統治している地域は日程の都合もあってそれほど回れなかったが、すぐ近くには相応の戦力を備えた帝国の軍勢が常駐して睨みをきかせている。
一方、帝国主導で統治されている地域では、やはりと言うべきか、そこで暮らす亜人種の方々の瞳からは、心の深いところに黒々とした感情が渦を巻いているのが見て取れた。
弔問団として行動している以上、彼ら一人一人に声をかけるわけにはいかないが、それでも亜人種側の不満ははっきり分かるほどだ。
同時に、彼らを下に見る意識や態度を隠さない帝国民の姿も、数多く目にした。
私達を出迎えた領主達にしても、帝国とは違う思想を持ったアークレスト王国の弔問団の来訪とあって、綺麗に見える上辺だけを見せようとしていたのは間違いない。
亜人種の方々が、私達が見たよりもさらに劣悪な扱いを受けている事は想像に難くない。
それに、純人間種でも被征服国の民は、就労、婚姻、納税、文化など、ありとあらゆる面で制限が課せられ、劣悪な生活環境を強いられている。
彼らが不満を抱かぬはずがない。
少ないながら回る事の出来た亜人種主導の地域では、他の地域とは決定的に異なる点が一つあった。
同じ亜人種であっても、彼らが私達に向ける眼差しには、期待に近い色が含まれていたのである。
当然、私達が面会を許される亜人種は、王太子の応対に顔を出せるくらいに地位の高い者に限られる。
彼らが王国と反抗勢力の繋がりを知った上で期待の目を向けているのだとしたら、この地域にも王国の手は伸びているわけか。
いやまあ、まだ殿下から我が国がロマル帝国の反抗勢力に手を貸している、とはっきりと聞かされたわけではないので、推測ではあるが。
南部の反抗勢力が丸ごと反帝国に傾いたら、常駐している軍勢だけでは抑え込めまい。
反抗勢力も一枚岩ではないだろうが、帝国も無視出来ない勢力であるのは間違いなさそうだ。
実際に帝国民と征服された異民族や亜人の方々を見て、これまでは可能性の話でしかなかった帝国南部の蜂起が、確実に起きるものだと確信出来た。これも弔問団の護衛に指名された成果の一つか。
南部の蜂起で流れる血の量を考えると、手放しで喜べるような事態ではないがな。
帝国南部の実情は充分把握したので、後は帝国二大重要人物、皇女と大公の人となりを知る事が出来れば、弔問団の目的は達せられると言えよう。
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