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星の海

第三百十七話 メグゼス会戦

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 アークレスト王国王都にて競魔祭の決着を見届け、ドラン達との私的な会話を楽しんだ後、瑠禹は龍宮国へと帰還し、主君にして母たる龍吉へ帰還の報告を行っていた。
 龍宮城には本来の龍としての姿で謁見を行う間と、人間大に変化して謁見を行う間がどちらも複数あるが、今、瑠禹が母と対面しているのは後者の人間大で謁見を行う間の一つだ。
 龍宮国の家臣には島よりも大きな烏賊や蛸、鯨に海巨人なども含まれるが、そういった者達の中には変化の術を会得していない者もおり、極端に大きさの異なる謁見の間が用意されているのは、こういった事情がある為だ。
 謁見の間にて多くの家臣達の見守る中、玉座に腰掛ける龍吉を前に瑠禹は立ったまま深く頭を下げる。親子であろうともこの場では主君と家臣としての関係が、第一にある。

「陛下、龍宮国第一皇女・巫女頭瑠禹、アークレスト王国よりただいま戻りましてございます」

「よく戻りました、瑠禹。面を上げなさい」

 帰還を告げる娘の声音も、それに応じる母の声音も親子の情よりもそれぞれの立場を重んじる堅さと重さが強く込められている。

「貴女がアークレスト王国の競魔祭を観戦するのは、これで二度目のこと。今年の見応えはいかがでしたか?」

「かの国の次世代の要となる方々の熱意と努力が、肌を打つほどに強く感じられ、またお招きくださったフラウ王女も大変よくしてくださいました。解説役としてドラン殿を招かれたのも、わたくし共龍宮国とかの方の関係を含めた上でのご配慮かと存じます」

「ずいぶんと心を砕いてくださったようで、なによりです。アークレスト王国からの我らに対する厚遇、ありがたい事です。
 我らにとって地上の人類国家との継続的な国交開設は前例がありません。ドラン殿の存在により、アークレスト王国は極めて特別な例ではありますが、それ故に初めて国交を結ぶ相手として幸運といえる相手でもあります。 
 瑠禹、これからの我が国を担う貴女達の世代が正しい縁を結ぶべく、努力することを怠ってはなりません。また、私が言うまでもなくそのように努力してくれていることは、この龍吉、龍宮国の国主として理解しておりますよ」

「はっ。この胸に刻みます。陛下、僭越ではありますが、つきましてはこの度のアークレスト王国とムンドゥス・カーヌス国との戦において、我が国の姿勢は変わらぬまま通されるのでしょうか。軍神の血統に連なるかの国の力は強大です。ドラン殿がおられる以上、決定的な敗北は免れるにしても、被害は小さなものでは済まないものかと。
 アークレスト王国からの軍事に関する支援要請はないと聞き及んではおりますが、我が国からの申し出は今後も行われないのでしょうか?」

 これには言外に、瑠禹と龍吉が変装してベルンの軍勢に紛れるなり、モレス山脈の竜種に混ざるなり、といった行動も行わないのか、という確認を含んだ問いかけである。
左右に分かれている家臣の列の内、瑠禹から見て右手側のもっとも龍吉に近い位置にいる、年経た海亀の変化である宰相がたしなめる言葉を口にした。
 ゆったりとした官服をまとう二足歩行の亀、という風体の宰相の声音はその立場に相応しい重みがある。

「殿下、この場は陛下の決定に意見を述べる場ではありません」

 次期龍宮国国主であり次期水龍皇の瑠禹は、龍宮国で龍吉に次ぐ立場にあるが、だからといって時と場所を選ばずに、自分の意見を口にするのが許されているわけではない。今回はドラン達への思い入れから、場にそぐわぬ発言をしたと責められるのは妥当だ。
 瑠禹の親衛隊長を務める蒼月は、瑠禹の左後ろに控えていたが、宰相の発言を受けて悔しげに少しだけ顔を俯かせる。
 対する瑠禹は己の失言を素直に認めて、宰相と玉座の君主へ頭を垂れた。

「申し訳ございません。場を弁えぬ愚かな発言をいたしました」

 潔い瑠禹の態度に、龍吉は表情を変えぬまま口を開く。内心ではドラン様とお話しできて、少し浮かれたままだったのかしら? と母としての立場から見た感想を抱いていたが、それを表に出さぬ程度には場を弁えていた。

「分かっているのならよろしい。既に海魔の脅威が大きく減じ、我らの祖先が代々望んでいた平穏が海の中に訪れたことで、我らに多くの余裕が生まれたのは事実。それ故、地上にて友誼を結んだかの国に肩入れをしたいという考えが生じる事もありましょう。
 しかし、まるで施すようにこちらから協力を申し出るのは好ましい振る舞いではありません。アークレスト王国が隣国のロマル帝国と共にムンドゥス・カーヌス国との戦争に臨む動きを見せている以上、この時期に我らが口を出せば彼らの戦争の展望に、よからぬ波紋を立てることになりかねません。
 それに、海の中はずいぶんと穏やかになりましたが、星の海の方にいささか気を払わねばならぬ時期が来ているかもしれません」

 星の海となると、これはかつて天人と争った星人達につながる事案だ。昨年も別銀河からこの星を跡形もなく消滅させるべく、大規模な宇宙艦隊がわざわざやってきたが、これは既に龍吉を含む三竜帝三龍皇が文字通り全滅させている。
 それ以外にも時折外宇宙から、かつて天人達に敗北した星人達の襲来はあり、それを三竜帝三龍皇や月の竜王と兎人、蟹達と共に撃退している。
 基本的にドランが転生するまではこの星の最大戦力だった三竜帝三龍皇達は、星の外に出ずあくまで襲ってきた相手を撃退する専守防衛に務めていたため、外宇宙の情勢については詳しくない。
 そのような状況の中での龍吉の発言だ。新たな星人の襲来か、あるいはその逆。三竜帝三龍皇や月の兎人達を中心とした外宇宙の調査でも計画されているのか、と瑠禹は瞬時に考える。

「それは、また新たな戦乱の襲来を意味するものでしょうか、陛下」

「それに近しいものですが、ある意味では新たなとは言えないかもしれません。私達が血眼になって探し、それでも見つけられず滅んだとした過去の遺物。それが雌伏の時を終えるかもしれぬと、古い知己から連絡があったのですよ」

「古い知己でございますか?」

「時には敵として合間みまえた事もありましたが、今は一応の協力関係にある相手です。魂を得るまで存在し続けた、とても古い機械仕掛けの知己ですよ」

 魂を得た機械仕掛けの知己となると、付喪つくもだろう。その知己が何者であるかは、知る必要があれば龍吉自身の口から語られるだろうと、瑠禹は問いかけなかった。



 アークレスト王国・ロマル帝国連合軍の戦いには、連合といえるほどの協調性があったわけではない。
 同時期に両国の軍が暗黒の荒野の仮想交戦地点“メグゼス”を目指して、それぞれが進軍の時期を重ねるというだけのものだ。
 魔王軍がまとまって行動して各個撃破に動くか、戦力を分割するかは分からないが、どちらの選択肢を魔王軍が選ぶにせよ消耗を与える事はできる他、得られる利益から良しとされた程度の共闘関係である。
 そうして事前にいくつも想定された事態は、現実では魔王軍がメグゼス区にて南西と南東から進軍してきた両国を迎え撃つという形に結実した。

 魔王軍三十二万に対してアークレスト王国軍十六万七千、ロマル帝国軍十八万、合わせて三十四万七千とわずかではあるが連合軍の方が数で上回るが、種族単位での実力差と技術差を考慮すれば、意味のない数の差だ。
 また魔王軍の総大将は王都より出立し、合流した魔王ヤーハーム。
 アークレスト王国の総大将は、秘密裏にロマル帝国へと赴き、同じように秘密裏に帰国していた王太子スペリオン。
 ロマル帝国の総大将は、帝国南部の反乱諸勢力による大攻勢を叔父ライノスアート大公に任せた、皇女アステリア。
 いずれも戦場で討たれるような事があれば、国を揺らがす緊急事態へと直結する超重要人物達が名を連ねている。

 戦場となったメグゼス区に集った重要人物は、三国それぞれの国主ないしは次期国主ばかりでなく、魔王軍においては各種族の長が多い魔六将、アークレスト王国では最大戦力であるアークウィッチ・メルル、ロマル帝国では軍事の要たる十二翼将の過半数が投入されている。
 これらの人物がどれだけ落命するかあるいは再起不明に陥れば、仮に三国間での戦争が終わったとしても、その次の戦争において多大な影響を与えるのは確実だ。
 第一にこの戦場での勝利があり、欲を言えば次の戦いに繋げられる戦果と他国には大きな被害を、そう考える者はどの陣営においても多かった。

 では実際の戦闘はどうなったか?
 数多くの飛行型魔獣を有する魔王軍は、空戦において両国に圧倒的優位にあるが、それを覆すモレス山脈の竜種の戦力と、竜種に対する偽竜達の執着もあって、航空戦力の大部分がアークレスト王国側へと振り分けられている。
 偽竜ではない魔王軍の航空戦力を構成する者達からすれば、わざわざ強大な竜種を相手に戦わなければならなくなったのには、文句の一つもあってもおかしくはない。
 ないのだが、軍神の末裔たる彼らは強敵との戦いを歓迎する意思を見せて、偽竜の同輩達に対して、正統な竜殺しの名誉を得る機会だ、と笑いかける豪胆な者もいるほどだった。

 魔王軍側のこの動きに関して、実際に偽竜と真性の竜種との戦いを目撃しているアークレスト王国側にとっては、予定調和にも等しいものだったが、ロマル帝国側にとっては実際に戦場に出るまではどうなるか分からず、少ない空中戦艦の搭乗員や竜騎士達は不安と興奮に襲われていたものだ。

 アークレスト王国軍と魔王軍の上空で行われている真贋の竜達を中心とした戦いは、アグラリア戦役をさらに上回る苛烈さで繰り広げられている。
 アークレスト王国軍の陣営に名を連ねる諸侯らがかき集めた航空戦力は、地上戦力とモレス山脈の竜種達の支援に徹し、主な空の戦場からは距離をとっている。

 そうでなくとも膨大な数の流れ弾が様々な高度で立体的に交わされており、彼らはまともに交戦する前に流れ弾をもらって、そのまま戦死する危険性が小さくはないという状況に置かれていたからだ。
 竜種の膨大な魔力と高い霊格によって生み出された炎が、氷が、水が、風が、雷が、毒が、重力が、熱が、光が、闇が、さらには竜語魔法に偽竜達の行使する邪神達の奇跡までもが、交戦開始からひっきりなしに放たれている。

 もし最初から竜種と偽竜の攻撃が地上めがけて放たれていたなら、メグゼス区はとっくに原形をとどめない巨大な穴だらけの大地へと変わっていただろう。もっとも、前から丈の短い草花が広がるきりで、後はただただわずかな起伏のある荒野だったけれども。
 モレス山脈の竜種達は、アグラリア戦役において持てる全力を尽くしたが、後世において“メグゼス会戦”と呼ばれる本戦闘において、さらにその上を行く意気込みで戦いに臨んでいた。
 全力の上を行く死力を尽くした戦いぶりは、味方である筈のアークレスト王国兵や距離はあったが、戦闘の様子を確認できたロマル兵に、畏怖の念を心の奥深くにまで刻み付けるものだった。

 モレス山脈の竜種達が死力を尽くすほどの戦いを見せたのには、自分達と劣らぬ数の忌まわしい偽竜共が雁首並べて姿を見せたのに加えて、偽竜達の中に女王として君臨する魔六将の一角マスフェロウが自ら先陣を切って空の死闘を演じていたためであった。
 肌を切る冷たい風が吹き、わずかな救いである太陽の光は分厚い灰色の雲に遮られて、冬のもたらす冷気を和らげるぬくもりは戦場のどこにもない。
 暗黒の荒野のみならずアークレスト王国にもロマル帝国にも訪れている冬は、この日のメグゼス区の空ばかりは到来を断固として拒否しただろう。あまりに苛烈。あまりに凶悪。あまりに暴力に満ちていたから。

 邪竜と偽竜、そしてネイバーンらを率いるマスフェロウは、この戦場においては竜人への変化を解除して、紫を中心に縁は赤い鱗を持った彼女は巨大な翼を広げ、竜王級の膨大な魔力と練り上げられた高度な術式により、モレス山脈の竜種達へと強烈な病毒と魔法を浴びせかけている。
 マスフェロウを始め、彼女の側近級の高位の偽竜達により、主にワイバーン達の輸送していた誘導飛翔体――ミサイルゴーレムの第一波から第三波までもがことごとく撃墜され、アークレスト王国側は種の割れた兵器の脆弱さを見せつけられている。

「始祖竜の残りかすである竜種風情が、群れをなした程度で我らに勝てると思い上がったか。我が病毒にて腐り果てるがいい!」

 マスフェロウは大型帆船にも匹敵する巨体から疫病の元となる毒素を噴出させ、それを視界に捉えた風竜達へと放つ。
 空の一角を毒々しい紫色に染めながら、マスフェロウの毒は哀れな風竜へと迫る。その風竜は、知恵ある竜として下位の竜とは一線を画するが、マスフェロウは竜王にも匹敵するより上位の個体だ。彼女の病毒は萌黄色の鱗を持ったその風竜を瞬殺するのに十分な威力を持っていた。
 萌黄色の風竜が、自分を正面から包み込むように迫る病毒の波に死を覚悟したその瞬間、彼女の背後から深い紅色の炎が器用に彼女を避けて二股に分かれ、病毒の波と激突してその高熱を持って病毒を消滅させる。

「そこのお前、確か、イビラ! あれの相手はお前では務まらん。さっさと下がってネイバーン共を始末しろ。下の人間達への爆撃をワイバーンばかりでは抑えきれておらん!!」

 それはまるで鎧のように全身に深紅の炎をまとうヴァジェであった。アグラリア戦役においてその名を上げたヴァジェからの一方的な物言いにも、命を救われた直後とあって、萌黄色の風竜イビラは素直に従った。
 同性であり年の近いヴァジェが自分よりも圧倒的な強者であるのを、これまでの戦いとたったいま行われた攻防で理解していたから、反発心のようなものは欠片も生まれなかった。

 ヴァジェにとってマスフェロウは魔王ヤーハームを除けば、この場でもっとも討つべき価値の高い存在である。魔王軍側の偽竜を束ねる存在など、ヴァジェをはじめとした始祖竜から生まれた竜種達からすれば忌々しいという概念が具現化したようなものだ。
 そういった種族としての因縁を抜きにしても、マスフェロウの戦闘能力は空の戦いにおいて最大の脅威だ。全身からただ放つ病毒だけでも、人類は即死を免れず、人類よりも遙かに強靱な肉体と免疫力を有する竜種でもただでは済まない。
 一方、マスフェロウにとってもヴァジェは、優先度の高い敵だった。アークレスト王国の空の戦力の要は言うまでもなくモレス山脈の竜種、その竜種の中でもヴァジェによって討たれた偽竜と邪竜は多い。
 討たれた同胞の仇であり、忌まわしい始祖竜の系譜に連なる竜であるヴァジェを相手に、マスフェロウの敵意は天井知らずに高まっていた。

 お互いの敵意を察した二体の竜達は、深紅と紫の魔力に殺意を乗せて全方位へと放出しながら、瞬時に互いの位置を変えあい、苛烈な魔力の砲撃とブレスの応酬を始める。彼女らほどの格ともなれば、流れ弾一つで都市が壊滅する域に達している。
 戦場が、住民が誰もいない暗黒の荒野の一角であったことは、後々この地域の開拓を考えているムンドゥス・カーヌスにもベルン男爵領にも、幸いなことであった。
 少なくともまあ、土を掘り起こす手間は省けるだろから。

「偉大なる始祖竜がおらねば、対抗する為の存在であるお前達は作り出されもしなかったくせに、その恩義にむせび泣けば可愛げのあるものを、よくもまあ恩知らずの敵意を燃やせるな、紫の!」

「魔六将マスフェロウと覚えておけ、深紅の小娘。お前の骨の髄、心臓までもが我が病毒によって蝕まれ、苦痛の中で死ぬその瞬間までの間だけな」

「はん、名乗られて名乗り返さぬでは、始原の七竜様にたしなめられてしまうか。私の名前はヴァジェ。貴様を灰に変える竜の名前と覚えておくがいい。
 どうせ死ねば生み出した邪神の胃袋に収まるか、おもちゃにされるだけの使い捨ての玩具だろうが、それくらいは知っておきたいだろうからな!」

 実際、ヴァジェの告げたマスフェロウの死後の魂の行く先については、決して間違いではない。
 創造主から死後には自らの糧となるように作り出された魔族や魔物ならば、余程のことがなければ避けられぬ運命なのだから。
 マスフェロウの死を確定事項として語るヴァジェに対し、マスフェロウはさらなる怒りを見せてもおかしくはないのだが、マスフェロウは何かを悟ったような顔で、病毒を固めて作った槍を無数に放ちながら告げた。

「貴様、友がいないだろう? その口の悪さと気の強さでは、番となる男もおるまい」

 憐れみを含んでいるとはっきりわかるマスフェロウの言葉を理解した瞬間、ヴァジェは激高した。そんなことはない、と断固たる意志と共に絶叫に超高温の火炎を混ぜて反論する。

「友達位、いるわ!!」

 この時に放ったヴァジェの火炎は、戦闘開始から最も熱いものだった。

*****

これまでの外伝系統をひとまとめにして、別の作品として投稿しなおしています。さようなら竜生で検索すれば該当するはずです。お読みになりたいときはお試しください。
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