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神と魔と人と
第三百十五話 ドランの心残り
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アークレスト王国の諸侯らが魔王軍との戦争に於いて、ロマル帝国と共同戦線を張る事を知らされるよりも数日ほど遡る。
ロマル帝国西方の大都市にしてアステリア皇女の根拠地であるバロルディ城は、アムリアを秘密裏に招き入れた時と同じか、それ以上の緊張感を孕み、城内は事情を知らされていない者でもそうと分かる程、硬くひりついた空気が満ちていた。
もっとも、その空気が作り出される原因である張本人は、わりと呑気なものだったが。
アムリアの為に用意された一室に、極秘も極秘、本当に限られた重臣にのみ来訪を伝えられた超重要人物が案内されていた。場合によってアムリアと同等かそれ以上に重要なその人物は、隣国アークレスト王国王太子スペリオンその人であった。
その傍らにはいつものように言動は軽めだが、聡明さと力量を兼ね備えた優秀な騎士たるシャルドの姿がある。
ロマル帝国と共同戦線を張るべく、アークレスト王国から使わされた使者こそ、このスペリオンに他ならない。既にロマル帝国東部を支配するライノスアート大公に話を通した後だが、これは優先順位ではなく単純に地理上の問題である。
少しずつ肌寒さを増してゆく風はあるが、中庭に出てお茶会など楽しみたいという欲求が顔を覗かせるうららかな昼下がりに、最高の腕を持つ庭師の整えた庭の美しさを眺めながら、スペリオンはいまやロマル帝国を三分する皇女と直接対面していた。
グワンダンが反射的にいくらになるのだろう、とついつい考えてしまう豪奢なテーブルにはホストであるアステリアとゲストのスペリオン、そしてアムリアが着き、シャルドやグワンダン達はその周囲に立って警護の任に着いている。
珍しくカイルスの姿はなく、給仕をしているアステリア付きのメイド達がアステリア側の人員だ。
リネットやガンデウス、キルリンネ、そしてタナトスもメイドとしてこの場に同席しているが、アステリアが連れてきたのが彼女らにとっての師匠や姉弟子にあたる為、黙って自分達よりも洗練された所作を目に焼き付けている。
ベルン男爵領に戻ればメイド技術を振るう機会もあるリネット達は兎も角、死を司る偉大な女神タナトスまでがそこまで熱中する必要があるのかと言えば大いに疑問だが、グワンダンは特に意見はないようだった。
身内と認めた相手には大いに甘い彼だ。タナトスが好きでしている分には、大目に見るとでも考えているのだろう。
「この度は貴国との共闘の約定を交わす事が叶い、感謝の念に堪えない。これで国の家臣達も胸を撫で下ろすでしょう。改めて感謝を、アステリア皇女」
お伽噺の王子像そのままの微笑を浮かべるスペリオンが、発言の主である。大役を果たして肩の荷を下ろし、ロマル帝国に来た直後の緊張感の薄れた様子だ。次期国王をよくも仮想敵国の首都に送り出したものだと、ロマル帝国の人間でさえ呆れている者は少なくないだろう。
スペリオンに話の矛先を向けられたアステリアは、仮面として完成された微笑をスペリオンへと返し、手に持っていた白磁のカップをソーサーに戻した。この二人の素性を知らない第三者がこの場に居たなら、身分もさることながら何と見目麗しく、気品に満ちていて、これ程似合いのカップルが居るだろうかと感心しただろう。
ただ、アステリアの内面を知るグワンダンやリネット達は、贔屓目があるかもしれないが、スペリオンはともかくとしてアステリアはちょっと、と言葉を濁すだろう。
「双方にとって利益のあるお話であっただけです。スペリオン殿下が何度も感謝をされる程の事ではありません。この件に関しては私達が戦っている間、国の守りを引き受けてくださった叔父上にこそ、本当に感謝しなければならないでしょう。
叔父上も今回に限っては、私が居ない間の隙を狙う真似はなさりません。この機会を狙って帝位をさらっては、あまりに大きな悪評が立ち、帝国の統治に差し障りが出ますから。私の不在を狙って動く南の方々を片付ける良い機会だ、と考えてはおいででしょうけれど」
そうしてアステリアは意味ありげに笑っていない瞳で、スペリオンの心の底まで見通そうとするかのように見る。
暗にアークレスト王国が反乱勢力に助力するかどうか、という問いを含んでの視線であるのを、この場の八千代と風香以外の全員が理解していた。こういう言外のやりとりに遭遇する度、グワンダンは心の中でうへえ、とげんなりしている。
「大公閣下もアステリア皇女も恐ろしい方だ。出来得る限り敵対したくないと、私も父も心から思っておりますよ」
「私と叔父も思いは同じくしていますよ。貴国の大魔女メルル殿もそうですが、近年はとても優れた人材が発掘され、育成されています。
三つに分裂してしまった我が帝国と違って、アークレスト王国は盤石の一枚岩として歴史を重ねられ、かの龍宮国やエンテの森の諸種族とも友好関係を築いておいでです。魔王軍との戦いではモレス山脈の竜種とも共闘関係を構築されたのですから、飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさに貴国の為にある言葉と言っても過言ではありません」
「ははは、これもすべては先達と民のお陰ですよ。とはいえ聡明なるアステリア皇女にそのように言っていただけると、私としても鼻が高い」
「うふふふ、これからも貴国とは良いお付き合いを続けて行きたいものです。特にアムリアを迎えた事で我が国は大きく変わりますでしょうし、アムリアを預かってくださっていた貴国との橋渡しになってくれると期待しておりますの」
「ええ、アムリア殿にはご不便をおかけしたが、私達に出来る最善を尽くしたと自負しています。アステリア皇女に言われるまでもなく、私はより良好な関係を築いてゆきたいと心から願っています」
スペリオンから望んだ通りの、あるいは望んだ以上の言葉を引き出して、アステリアは意識して作ったものではない、本物の喜色を美貌に浮かべて双子の妹を見た。
スペリオンからの美辞麗句と告白にも似た言葉を浴びせられ続けたアムリアは、耳まで赤くして両手で可愛らしく持ったカップに視線を落としている。妹は姉の想像を越えてアークレスト王国で大事にされていたようだった。ロマル帝国の後継争いに都合の良い駒としての価値だけを見出されていたなら、わざわざスペリオンがここまで感情の伴う言葉を口にはすまい。
これには傍から聞いていたグワンダンも、心の中でにっこりである。
「ええ、その為にもこの度の魔王軍との戦いには何としても勝利しなければなりません」
「既に大まかな所は話を通しましたが、貴国と我が国とが東西より集結しつつある魔王軍へ攻撃を仕掛ける、簡潔に言えばそれに尽きますな。いえ、大まかと言うのも憚られる程、大まか過ぎるものですが」
「これまでの両国の関係と現状を考えれば、両国の誰が指揮を執っても順調とは行かないでしょう。また魔王軍の侵攻に向けた準備の速度を考えれば、我々が足並みを揃えていては、主導権をあちらに取られます」
「アステリア皇女の分析では、魔王軍の準備が整うまでおよそ二カ月。季節は冬に入る頃合いですか。冬は何処でもそうですが、暗黒の荒野の冬となると、ことさら進軍するには厳しい季節になりますね」
飛行船団による空輸を考慮しても、国を挙げて戦力を集めるだけでも二カ月は厳しい期間だ。集めるだけでなく軍勢の指揮系統の構築や物資の手配、それらに掛る費用も考慮すれば国家の運営に関わっている者達は頭を抱えたくなるだろう。
ましてや今回の戦争は防衛戦争としての面が大きい。国家と国民を守る大義名分はあれども、戦争に勝利して得られる土地はなく、また魔王軍の領内深くにまで侵攻するのは時期尚早ないしは不可能と両国とも判断している。
占領はできなくとも魔王軍の壊滅、あるいは国家基盤に重大な損傷を与える侵攻計画が唱えられていないわけではないが、まずはこちらの眼前に突きつけられた魔王軍という刃を退けなければ、お話にもならないというのも両国で共通の認識である。
「難敵であるとそう評価する他ないでしょう。兵も技術も国も気質も、更に言えば価値観もこれまで私達が相手をしてきた敵とは異なる方々ですから。ふふ、いけませんね、せっかくのお茶会ですのに、このようなお話ばかり。
アムリア、こうしてスペリオン殿下と久しぶりにお会いできたのですから、貴女が帝国に来てから見聞きしてきた事をお話して差し上げてはいかがかしら? いくら友好国の王太子殿下相手でも、お聞かせ出来ない話をしてしまいそうになったら、私が止めてあげますから気にせずにお話しなさいな」
「……あ、は、はい。姉上のお気遣いに感謝いたします。えっと、ではスペリオン殿下、お話したい事はたくさんございます。もし御迷惑でなかったら、聞いていただけますでしょうか?」
おずおずと問いかけるアムリアに対して、スペリオンが断る筈もなかったが、アムリアは万が一のその可能性が気にかかるようで、小動物のようにおどおどしている。その様子が可愛らしくて、ガンデウスなどは涎を垂らしそうになって、キルリンネに思いっきりお尻を抓られていた。
一応、ガンデウスの顔には出ていないので見逃してあげてもよいのでは、とついグワンダンは思うのだが、キルリンネとリネットはそこまで甘くないのだ。
このガンデウスの困った性癖に関してだけは、メイド三姉妹の下の立場にあるタナトスもといベリラトゥも容赦はしなくてよい、とリネット達に許可を得ている。
これも個性というには問題があるか、とグワンダンは初々しいアムリアとの違いに苦笑しそうになった。まあ、我が子のように可愛いガンデウスに関して、中々厳しく出来ない分はリネットとキルリンネが補ってくれているから、これでよかろう、とグワンダンは結論付けた。
そしてアステリアとスペリオンの言う通り、次に本格的に魔王軍と激突するのが二ヶ月後となるのなら、それまでの間に気掛かりとなっていた一つの事が終わるなとグワンダンは心底安堵した。なにしろ彼の気掛かりとは、愛しい娘レニーアの晴れ舞台の事なのだから。
*
ドラン、クリスティーナ、フェニアの卒業したガロア魔法学院はレニーアとネルネシアこそ残ったものの、戦力が大きく低下したと他の四つの魔法学院が判断したのはなにも間違いではなかったろう。
いかんせんドランとクリスティーナが、競魔祭での戦闘だけで判断しても、競魔祭の歴史上、五指に入る実力者だったのだから、戦力低下は他のどこよりもガロア魔法学院の代表生徒達が痛感している。
特にレニーアが痛感しているから、夏季休暇ではマノスらにああも過酷な特訓が課せられたわけだ。
魔王軍との決戦前に設けられた猶予期間を利用し、ドランは自分そっくりの分身をクリスティーナと共に諸侯らの元へと残し、彼自身は後輩達の活躍を直にその眼で確かめるべく、昨年は自分が選手として立った王都へと足を伸ばしていた。
昨年と異なり、ドランの身分が騎爵でありベルン領の正式な騎士である事から、彼は貴族として遇されている。
またガロア魔法学院の選手として、当時、魔法生徒最強を争っていた西の天才エクスと南のハルトを下した戦いは競魔祭関係者の記憶に新しく、競技場に集った他の貴族からの視線は選手ばかりでなくドランにもたびたび向けられていた。
毎回、王族の照覧があるのだが、今年はスペリオンが国内外を忙しく飛び回っている事から、臨席を賜ったのはフラウ王女一人である。ドランはそのフラウ王女と同じ照覧席に居た。
貴族としてはほぼ底辺に位置するドランが、そう簡単に同席を許されるような相手ではないが、そこはそれ、昨年の競魔祭で最も名を挙げ、魔王軍との前哨戦で名を挙げ、フラウ王女と懇意のクリスティーナの婚約者という諸々の事情がドランを後押しした。
なによりもドランの同席を願ったのが、フラウ本人であったのが大きな理由だろう。おりに触れてメルルがドランを称賛していた事もあって、父の国王やスペリオンから簡単に了承を得られたし、また、友好国の国賓もそれを望んだのであった。
この時、照覧席に居たのはドラン、フラウ王女とその護衛達の他に正式に招待されてやってきた龍宮国皇女瑠禹と蒼月を筆頭とする護衛、それに両国の侍従達である。
フラウは国賓の相手をするとあって、さわやかな萌黄色のドレスに龍宮国から送られた海底で産出された宝石類をアークレスト王国の職人が手がけたネックレスや指輪を身につけ、誰もが夢見るようなお姫様姿となっている。
招待を受けた瑠禹もまた龍宮国の代表として、ドランの記憶にある巫女服ではなく八千代と風香の生国である秋津風の前合わせの豪奢な衣服に身を包んでいる。淡い桜色の生地にそれ自体が財宝のように輝く刺繍が施され、その上に薄い水色の打掛を重ね、長い黒髪は螺鈿の台座に大小の真珠をあしらった髪飾りにより、後頭部で束ねられている。
大地の上と海の中に生を受けた異なる姫君達の揃う姿は、競魔祭の試合が始まるまで観客と選手達の注目をこれでもかと集めたものだ。
瑠禹とフラウ、共に国家元首の娘という立場にある二人が横並びに座る一方で、ドランはフラウと瑠禹の真ん中後方に用意された椅子に腰かけている。
ドランよりも身分の高い護衛達が立ったままであるから、自分だけ座るのは落ち着かない気分のドランだが――古神竜という中身の割に未だ小市民感覚が抜けていない――解説として招かれた立場であるからと説きふせられて大人しく座っている。
フラウは次期国王であるスペリオンは勿論、彼女自身も多少の縁があり、また次代の王国に重要という評価が必要不可欠というものに変わりつつあるドランとは繋がりを持っておきたい思惑があった。なにより、フラウの慕うクリスティーナの旦那となる人物であるし。
そして瑠禹はもっと単純だ。アグラリア戦役では何時でも助力できるようにと、母ともども変装し、偽名を用意してこっそりとベルン男爵領に居たが、今回は堂々と公的な理由で母を交えずドランと顔を合わせられるのだ。
アークレスト王国基準の身分と立場を弁えた言動で接しなければならないのは、いささかならず窮屈で恐れ多かったが、ドランと直に顔を合わせ、言葉を交わせる喜びの方が勝る。
今、競魔祭の会場では、決勝戦の大将戦が行われており、試合開始から加熱し続ける試合内容に会場の選手達も観客達も我を忘れたように見入り、歓声を挙げている。
フラウはこれまでの試合の攻防一つ一つに初々しく反応していた一方で、瑠禹は試合を行っている選手のほぼ全員が自分よりも戦闘能力で大きく劣る事実から、そう仰々しく反応はしていない。むろん、人類基準で考えれば優秀な生徒達だと認めてはいる。
ドランは魔法に明るくない者では分からない攻防や、優れた魔法使いでも咄嗟には判断のつかない細かい部分に到るまで、求められるのを事前に察して解説している。案外、誰かに教鞭を振るうのが向いている性格なのかもしれない。
決勝戦大将戦の出場選手は、レニーアとハルトの二名。素性を知る者達からすればレニーアの勝利は絶対不動だが、それを知らぬ観客達からすれば昨年の敗北から実力を磨きあげたハルトの激闘に熱を上げている。
ここまでの戦いでガロア魔法学院は二勝二敗という戦績で、この大将戦で今年の優勝校が決定する重要な試合だ。
ハルトはますます二刀流の魔法剣士としての練度を高め、傍目にも明らかに実力を高めている。ドランが戦った際には自分以外にクロノメイズとアルデスを即席ゴーレムに憑依させて戦ったが、レニーアは自分のみで戦っている。
優勝のかかった一戦だが、余裕のある笑みを浮かべているレニーアを見て、瑠禹がにこやかにドランに話しかける。友好国の次期国王が成り上がりの一貴族に向けるには、いささか親愛の情が深い声だったかもしれない。
「レニーアさんはドラン殿を大層慕っておいでというお話ですから、ハルトさんを相手にドランさんの戦い方を真似されるかと思っておりましたが、これまでと変わらない戦い方をされていますね」
レニーアのドランに対する心酔ぶりを生で見た経験のある者ならば、瑠禹の言い分に理解を示すだろう。
そうでなければまさか戦い方まで真似するなど、いくらなんでも、と否定するのが普通だ。レニーアとドランとでは競魔祭で見せた戦い方が違いすぎて、レニーアがドランの戦い方を真似するのでは効率が悪すぎる。実際、この場に居るアークレスト王国側の侍従達などは、内心でそう思っている。
「彼女からの信頼は時に重すぎる程に感じるものでもありますが、彼女は決して私になろうと考えているわけではありませんよ。あの戦い方が今の彼女にとってはもっとも馴染み深く、効率の良いものですから」
「いわゆる超能力を魔法で再現した思念魔法。天然の超能力に比べて魔力の消費量、精神と脳への負担の大きさから、あまりに効率が悪いと決して評価の高いわけではない魔法体系ですが、その魔法であれだけの力を見せるレニーアさんの精神力には感服いたします」
「思念魔法に限って言えば、レニーアは我が国の誇る最強の大魔法使いメルル様をも上回ると、御本人からのお墨付きですから」
我が子を褒められて喜ばぬドランではない。彼自身と同様に、次世代魔法使いの中でも、戦闘能力では最強なのではと噂されているのがレニーアだ。
アークレスト王国としても対応に過剰なまでの繊細さを要求される龍宮国の皇女に、自国の戦力を示し、評価する言葉を引き出せたのは上々だろう。
これでレニーアの真の素性を知る瑠禹からすれば、この程度の称賛ではまるで足りないと思っているのが知られれば、アークレスト王国の関係者は驚きのあまりひっくり返りそうだ。
それを言ったらドランの素性もなかなかどうして大したものだが、さて、アークレスト王国の人々はドランとレニーアの素性を知った方が幸いなのか、知らない方が幸いなのか?
「メルル殿でしたら何度かお会いした事はございますが、ええ、確かに。純人間種の限界に到達し、その限界の壁を自力で突破しつつある御方と母は大層驚いておりました。あの方ほどの逸材のいらっしゃる貴国が、我が国との友好を望んでくださったのも、始原の七竜のお導きでしょう」
具体的に言うと、解説役としてこの場に招かれた成り上がりのなんちゃって貴族の関与が大きな原因である。それを知っているのは当の本人と瑠禹を含む龍宮国の一部だけなので、それを知らぬフラウは国賓の相手をする者として、素直に称賛の言葉を受け取った。
「メルル卿は我が国の自慢ですから。あの方は自身の評価に対してあまりに過分であると、萎縮するのが常になってしまっていますが、瑠禹殿下と龍吉陛下にそのように評価されていたと知ったなら、その場で気を失ってしまうかもしれません」
ドランとしては半分同意、半分異論だ。メルルの事だから萎縮はするだろうが同時に瑠禹と龍吉を相手に一戦交えられないだろうか、と心の片隅、いや三隅くらいで考えそうだと思ったからである。戦闘狂ともまた微妙に異なる、メルルの困った拗らせっぷりを知っているのは、この場ではドランだけであった。
「あらあら、メルル殿の意外な弱点を知ってしまいました。昨年と同じく実況席でお仕事に熱中している、今の真面目なお姿を見ますと、いささか想像が付きませんね。うふふ、ひかえめなお人柄なのですね」
いや、あれは控えめと言っていいのかなあ、と心の中でドランは呟く。
昨年、メルルから競魔祭後のパーティーで、言葉足らずに模擬戦に付き合ってくれと言われ、その後の模擬戦が終わった時には弟子にしてくれと言われ、顔を合わせる度に食いつかんばかりの勢いで模擬戦や弟子入りを申し込まれてきたドランからすれば、ひかえめという概念はメルルから遠いものだった。
「ついメルル殿のお話に移ってしまいましたが、決勝戦の方もそろそろ終わりが見えてまいりましたね」
古き龍の血脈を受け継ぐ少女の瞳には、舞台上で腰から上を顕現した思念竜の体内で腕を組み、傲岸不遜にハルトを見下ろすレニーアの姿が映っている。
これまでのハルトの戦いはレニーアが手加減しているとはいえ、実力差を考えればドランとしては称賛の声と拍手を盛大に送りたい程なのだが、レニーアがガロア魔法学院の競魔祭優勝を固く誓っている以上、彼に勝ち目がないのは揺るがぬ事実。
もし仮にこの場に神々が降臨して競魔祭の進行を妨害しようとしたら、レニーアは凍えるような怒りと共に神々すら蹂躙してのけるだろう。それ程の決意の固さであった。
(まあ、残念ながら全試合全勝とはいかなかったが、そこまではレニーアの許容範囲だったのがせめてもの救いか)
ドランばかりはしみじみと親心めいた気持ちで、レニーアとハルトの最後の戦いを見ていたのを、レニーアですら知らなかった。
ロマル帝国西方の大都市にしてアステリア皇女の根拠地であるバロルディ城は、アムリアを秘密裏に招き入れた時と同じか、それ以上の緊張感を孕み、城内は事情を知らされていない者でもそうと分かる程、硬くひりついた空気が満ちていた。
もっとも、その空気が作り出される原因である張本人は、わりと呑気なものだったが。
アムリアの為に用意された一室に、極秘も極秘、本当に限られた重臣にのみ来訪を伝えられた超重要人物が案内されていた。場合によってアムリアと同等かそれ以上に重要なその人物は、隣国アークレスト王国王太子スペリオンその人であった。
その傍らにはいつものように言動は軽めだが、聡明さと力量を兼ね備えた優秀な騎士たるシャルドの姿がある。
ロマル帝国と共同戦線を張るべく、アークレスト王国から使わされた使者こそ、このスペリオンに他ならない。既にロマル帝国東部を支配するライノスアート大公に話を通した後だが、これは優先順位ではなく単純に地理上の問題である。
少しずつ肌寒さを増してゆく風はあるが、中庭に出てお茶会など楽しみたいという欲求が顔を覗かせるうららかな昼下がりに、最高の腕を持つ庭師の整えた庭の美しさを眺めながら、スペリオンはいまやロマル帝国を三分する皇女と直接対面していた。
グワンダンが反射的にいくらになるのだろう、とついつい考えてしまう豪奢なテーブルにはホストであるアステリアとゲストのスペリオン、そしてアムリアが着き、シャルドやグワンダン達はその周囲に立って警護の任に着いている。
珍しくカイルスの姿はなく、給仕をしているアステリア付きのメイド達がアステリア側の人員だ。
リネットやガンデウス、キルリンネ、そしてタナトスもメイドとしてこの場に同席しているが、アステリアが連れてきたのが彼女らにとっての師匠や姉弟子にあたる為、黙って自分達よりも洗練された所作を目に焼き付けている。
ベルン男爵領に戻ればメイド技術を振るう機会もあるリネット達は兎も角、死を司る偉大な女神タナトスまでがそこまで熱中する必要があるのかと言えば大いに疑問だが、グワンダンは特に意見はないようだった。
身内と認めた相手には大いに甘い彼だ。タナトスが好きでしている分には、大目に見るとでも考えているのだろう。
「この度は貴国との共闘の約定を交わす事が叶い、感謝の念に堪えない。これで国の家臣達も胸を撫で下ろすでしょう。改めて感謝を、アステリア皇女」
お伽噺の王子像そのままの微笑を浮かべるスペリオンが、発言の主である。大役を果たして肩の荷を下ろし、ロマル帝国に来た直後の緊張感の薄れた様子だ。次期国王をよくも仮想敵国の首都に送り出したものだと、ロマル帝国の人間でさえ呆れている者は少なくないだろう。
スペリオンに話の矛先を向けられたアステリアは、仮面として完成された微笑をスペリオンへと返し、手に持っていた白磁のカップをソーサーに戻した。この二人の素性を知らない第三者がこの場に居たなら、身分もさることながら何と見目麗しく、気品に満ちていて、これ程似合いのカップルが居るだろうかと感心しただろう。
ただ、アステリアの内面を知るグワンダンやリネット達は、贔屓目があるかもしれないが、スペリオンはともかくとしてアステリアはちょっと、と言葉を濁すだろう。
「双方にとって利益のあるお話であっただけです。スペリオン殿下が何度も感謝をされる程の事ではありません。この件に関しては私達が戦っている間、国の守りを引き受けてくださった叔父上にこそ、本当に感謝しなければならないでしょう。
叔父上も今回に限っては、私が居ない間の隙を狙う真似はなさりません。この機会を狙って帝位をさらっては、あまりに大きな悪評が立ち、帝国の統治に差し障りが出ますから。私の不在を狙って動く南の方々を片付ける良い機会だ、と考えてはおいででしょうけれど」
そうしてアステリアは意味ありげに笑っていない瞳で、スペリオンの心の底まで見通そうとするかのように見る。
暗にアークレスト王国が反乱勢力に助力するかどうか、という問いを含んでの視線であるのを、この場の八千代と風香以外の全員が理解していた。こういう言外のやりとりに遭遇する度、グワンダンは心の中でうへえ、とげんなりしている。
「大公閣下もアステリア皇女も恐ろしい方だ。出来得る限り敵対したくないと、私も父も心から思っておりますよ」
「私と叔父も思いは同じくしていますよ。貴国の大魔女メルル殿もそうですが、近年はとても優れた人材が発掘され、育成されています。
三つに分裂してしまった我が帝国と違って、アークレスト王国は盤石の一枚岩として歴史を重ねられ、かの龍宮国やエンテの森の諸種族とも友好関係を築いておいでです。魔王軍との戦いではモレス山脈の竜種とも共闘関係を構築されたのですから、飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさに貴国の為にある言葉と言っても過言ではありません」
「ははは、これもすべては先達と民のお陰ですよ。とはいえ聡明なるアステリア皇女にそのように言っていただけると、私としても鼻が高い」
「うふふふ、これからも貴国とは良いお付き合いを続けて行きたいものです。特にアムリアを迎えた事で我が国は大きく変わりますでしょうし、アムリアを預かってくださっていた貴国との橋渡しになってくれると期待しておりますの」
「ええ、アムリア殿にはご不便をおかけしたが、私達に出来る最善を尽くしたと自負しています。アステリア皇女に言われるまでもなく、私はより良好な関係を築いてゆきたいと心から願っています」
スペリオンから望んだ通りの、あるいは望んだ以上の言葉を引き出して、アステリアは意識して作ったものではない、本物の喜色を美貌に浮かべて双子の妹を見た。
スペリオンからの美辞麗句と告白にも似た言葉を浴びせられ続けたアムリアは、耳まで赤くして両手で可愛らしく持ったカップに視線を落としている。妹は姉の想像を越えてアークレスト王国で大事にされていたようだった。ロマル帝国の後継争いに都合の良い駒としての価値だけを見出されていたなら、わざわざスペリオンがここまで感情の伴う言葉を口にはすまい。
これには傍から聞いていたグワンダンも、心の中でにっこりである。
「ええ、その為にもこの度の魔王軍との戦いには何としても勝利しなければなりません」
「既に大まかな所は話を通しましたが、貴国と我が国とが東西より集結しつつある魔王軍へ攻撃を仕掛ける、簡潔に言えばそれに尽きますな。いえ、大まかと言うのも憚られる程、大まか過ぎるものですが」
「これまでの両国の関係と現状を考えれば、両国の誰が指揮を執っても順調とは行かないでしょう。また魔王軍の侵攻に向けた準備の速度を考えれば、我々が足並みを揃えていては、主導権をあちらに取られます」
「アステリア皇女の分析では、魔王軍の準備が整うまでおよそ二カ月。季節は冬に入る頃合いですか。冬は何処でもそうですが、暗黒の荒野の冬となると、ことさら進軍するには厳しい季節になりますね」
飛行船団による空輸を考慮しても、国を挙げて戦力を集めるだけでも二カ月は厳しい期間だ。集めるだけでなく軍勢の指揮系統の構築や物資の手配、それらに掛る費用も考慮すれば国家の運営に関わっている者達は頭を抱えたくなるだろう。
ましてや今回の戦争は防衛戦争としての面が大きい。国家と国民を守る大義名分はあれども、戦争に勝利して得られる土地はなく、また魔王軍の領内深くにまで侵攻するのは時期尚早ないしは不可能と両国とも判断している。
占領はできなくとも魔王軍の壊滅、あるいは国家基盤に重大な損傷を与える侵攻計画が唱えられていないわけではないが、まずはこちらの眼前に突きつけられた魔王軍という刃を退けなければ、お話にもならないというのも両国で共通の認識である。
「難敵であるとそう評価する他ないでしょう。兵も技術も国も気質も、更に言えば価値観もこれまで私達が相手をしてきた敵とは異なる方々ですから。ふふ、いけませんね、せっかくのお茶会ですのに、このようなお話ばかり。
アムリア、こうしてスペリオン殿下と久しぶりにお会いできたのですから、貴女が帝国に来てから見聞きしてきた事をお話して差し上げてはいかがかしら? いくら友好国の王太子殿下相手でも、お聞かせ出来ない話をしてしまいそうになったら、私が止めてあげますから気にせずにお話しなさいな」
「……あ、は、はい。姉上のお気遣いに感謝いたします。えっと、ではスペリオン殿下、お話したい事はたくさんございます。もし御迷惑でなかったら、聞いていただけますでしょうか?」
おずおずと問いかけるアムリアに対して、スペリオンが断る筈もなかったが、アムリアは万が一のその可能性が気にかかるようで、小動物のようにおどおどしている。その様子が可愛らしくて、ガンデウスなどは涎を垂らしそうになって、キルリンネに思いっきりお尻を抓られていた。
一応、ガンデウスの顔には出ていないので見逃してあげてもよいのでは、とついグワンダンは思うのだが、キルリンネとリネットはそこまで甘くないのだ。
このガンデウスの困った性癖に関してだけは、メイド三姉妹の下の立場にあるタナトスもといベリラトゥも容赦はしなくてよい、とリネット達に許可を得ている。
これも個性というには問題があるか、とグワンダンは初々しいアムリアとの違いに苦笑しそうになった。まあ、我が子のように可愛いガンデウスに関して、中々厳しく出来ない分はリネットとキルリンネが補ってくれているから、これでよかろう、とグワンダンは結論付けた。
そしてアステリアとスペリオンの言う通り、次に本格的に魔王軍と激突するのが二ヶ月後となるのなら、それまでの間に気掛かりとなっていた一つの事が終わるなとグワンダンは心底安堵した。なにしろ彼の気掛かりとは、愛しい娘レニーアの晴れ舞台の事なのだから。
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ドラン、クリスティーナ、フェニアの卒業したガロア魔法学院はレニーアとネルネシアこそ残ったものの、戦力が大きく低下したと他の四つの魔法学院が判断したのはなにも間違いではなかったろう。
いかんせんドランとクリスティーナが、競魔祭での戦闘だけで判断しても、競魔祭の歴史上、五指に入る実力者だったのだから、戦力低下は他のどこよりもガロア魔法学院の代表生徒達が痛感している。
特にレニーアが痛感しているから、夏季休暇ではマノスらにああも過酷な特訓が課せられたわけだ。
魔王軍との決戦前に設けられた猶予期間を利用し、ドランは自分そっくりの分身をクリスティーナと共に諸侯らの元へと残し、彼自身は後輩達の活躍を直にその眼で確かめるべく、昨年は自分が選手として立った王都へと足を伸ばしていた。
昨年と異なり、ドランの身分が騎爵でありベルン領の正式な騎士である事から、彼は貴族として遇されている。
またガロア魔法学院の選手として、当時、魔法生徒最強を争っていた西の天才エクスと南のハルトを下した戦いは競魔祭関係者の記憶に新しく、競技場に集った他の貴族からの視線は選手ばかりでなくドランにもたびたび向けられていた。
毎回、王族の照覧があるのだが、今年はスペリオンが国内外を忙しく飛び回っている事から、臨席を賜ったのはフラウ王女一人である。ドランはそのフラウ王女と同じ照覧席に居た。
貴族としてはほぼ底辺に位置するドランが、そう簡単に同席を許されるような相手ではないが、そこはそれ、昨年の競魔祭で最も名を挙げ、魔王軍との前哨戦で名を挙げ、フラウ王女と懇意のクリスティーナの婚約者という諸々の事情がドランを後押しした。
なによりもドランの同席を願ったのが、フラウ本人であったのが大きな理由だろう。おりに触れてメルルがドランを称賛していた事もあって、父の国王やスペリオンから簡単に了承を得られたし、また、友好国の国賓もそれを望んだのであった。
この時、照覧席に居たのはドラン、フラウ王女とその護衛達の他に正式に招待されてやってきた龍宮国皇女瑠禹と蒼月を筆頭とする護衛、それに両国の侍従達である。
フラウは国賓の相手をするとあって、さわやかな萌黄色のドレスに龍宮国から送られた海底で産出された宝石類をアークレスト王国の職人が手がけたネックレスや指輪を身につけ、誰もが夢見るようなお姫様姿となっている。
招待を受けた瑠禹もまた龍宮国の代表として、ドランの記憶にある巫女服ではなく八千代と風香の生国である秋津風の前合わせの豪奢な衣服に身を包んでいる。淡い桜色の生地にそれ自体が財宝のように輝く刺繍が施され、その上に薄い水色の打掛を重ね、長い黒髪は螺鈿の台座に大小の真珠をあしらった髪飾りにより、後頭部で束ねられている。
大地の上と海の中に生を受けた異なる姫君達の揃う姿は、競魔祭の試合が始まるまで観客と選手達の注目をこれでもかと集めたものだ。
瑠禹とフラウ、共に国家元首の娘という立場にある二人が横並びに座る一方で、ドランはフラウと瑠禹の真ん中後方に用意された椅子に腰かけている。
ドランよりも身分の高い護衛達が立ったままであるから、自分だけ座るのは落ち着かない気分のドランだが――古神竜という中身の割に未だ小市民感覚が抜けていない――解説として招かれた立場であるからと説きふせられて大人しく座っている。
フラウは次期国王であるスペリオンは勿論、彼女自身も多少の縁があり、また次代の王国に重要という評価が必要不可欠というものに変わりつつあるドランとは繋がりを持っておきたい思惑があった。なにより、フラウの慕うクリスティーナの旦那となる人物であるし。
そして瑠禹はもっと単純だ。アグラリア戦役では何時でも助力できるようにと、母ともども変装し、偽名を用意してこっそりとベルン男爵領に居たが、今回は堂々と公的な理由で母を交えずドランと顔を合わせられるのだ。
アークレスト王国基準の身分と立場を弁えた言動で接しなければならないのは、いささかならず窮屈で恐れ多かったが、ドランと直に顔を合わせ、言葉を交わせる喜びの方が勝る。
今、競魔祭の会場では、決勝戦の大将戦が行われており、試合開始から加熱し続ける試合内容に会場の選手達も観客達も我を忘れたように見入り、歓声を挙げている。
フラウはこれまでの試合の攻防一つ一つに初々しく反応していた一方で、瑠禹は試合を行っている選手のほぼ全員が自分よりも戦闘能力で大きく劣る事実から、そう仰々しく反応はしていない。むろん、人類基準で考えれば優秀な生徒達だと認めてはいる。
ドランは魔法に明るくない者では分からない攻防や、優れた魔法使いでも咄嗟には判断のつかない細かい部分に到るまで、求められるのを事前に察して解説している。案外、誰かに教鞭を振るうのが向いている性格なのかもしれない。
決勝戦大将戦の出場選手は、レニーアとハルトの二名。素性を知る者達からすればレニーアの勝利は絶対不動だが、それを知らぬ観客達からすれば昨年の敗北から実力を磨きあげたハルトの激闘に熱を上げている。
ここまでの戦いでガロア魔法学院は二勝二敗という戦績で、この大将戦で今年の優勝校が決定する重要な試合だ。
ハルトはますます二刀流の魔法剣士としての練度を高め、傍目にも明らかに実力を高めている。ドランが戦った際には自分以外にクロノメイズとアルデスを即席ゴーレムに憑依させて戦ったが、レニーアは自分のみで戦っている。
優勝のかかった一戦だが、余裕のある笑みを浮かべているレニーアを見て、瑠禹がにこやかにドランに話しかける。友好国の次期国王が成り上がりの一貴族に向けるには、いささか親愛の情が深い声だったかもしれない。
「レニーアさんはドラン殿を大層慕っておいでというお話ですから、ハルトさんを相手にドランさんの戦い方を真似されるかと思っておりましたが、これまでと変わらない戦い方をされていますね」
レニーアのドランに対する心酔ぶりを生で見た経験のある者ならば、瑠禹の言い分に理解を示すだろう。
そうでなければまさか戦い方まで真似するなど、いくらなんでも、と否定するのが普通だ。レニーアとドランとでは競魔祭で見せた戦い方が違いすぎて、レニーアがドランの戦い方を真似するのでは効率が悪すぎる。実際、この場に居るアークレスト王国側の侍従達などは、内心でそう思っている。
「彼女からの信頼は時に重すぎる程に感じるものでもありますが、彼女は決して私になろうと考えているわけではありませんよ。あの戦い方が今の彼女にとってはもっとも馴染み深く、効率の良いものですから」
「いわゆる超能力を魔法で再現した思念魔法。天然の超能力に比べて魔力の消費量、精神と脳への負担の大きさから、あまりに効率が悪いと決して評価の高いわけではない魔法体系ですが、その魔法であれだけの力を見せるレニーアさんの精神力には感服いたします」
「思念魔法に限って言えば、レニーアは我が国の誇る最強の大魔法使いメルル様をも上回ると、御本人からのお墨付きですから」
我が子を褒められて喜ばぬドランではない。彼自身と同様に、次世代魔法使いの中でも、戦闘能力では最強なのではと噂されているのがレニーアだ。
アークレスト王国としても対応に過剰なまでの繊細さを要求される龍宮国の皇女に、自国の戦力を示し、評価する言葉を引き出せたのは上々だろう。
これでレニーアの真の素性を知る瑠禹からすれば、この程度の称賛ではまるで足りないと思っているのが知られれば、アークレスト王国の関係者は驚きのあまりひっくり返りそうだ。
それを言ったらドランの素性もなかなかどうして大したものだが、さて、アークレスト王国の人々はドランとレニーアの素性を知った方が幸いなのか、知らない方が幸いなのか?
「メルル殿でしたら何度かお会いした事はございますが、ええ、確かに。純人間種の限界に到達し、その限界の壁を自力で突破しつつある御方と母は大層驚いておりました。あの方ほどの逸材のいらっしゃる貴国が、我が国との友好を望んでくださったのも、始原の七竜のお導きでしょう」
具体的に言うと、解説役としてこの場に招かれた成り上がりのなんちゃって貴族の関与が大きな原因である。それを知っているのは当の本人と瑠禹を含む龍宮国の一部だけなので、それを知らぬフラウは国賓の相手をする者として、素直に称賛の言葉を受け取った。
「メルル卿は我が国の自慢ですから。あの方は自身の評価に対してあまりに過分であると、萎縮するのが常になってしまっていますが、瑠禹殿下と龍吉陛下にそのように評価されていたと知ったなら、その場で気を失ってしまうかもしれません」
ドランとしては半分同意、半分異論だ。メルルの事だから萎縮はするだろうが同時に瑠禹と龍吉を相手に一戦交えられないだろうか、と心の片隅、いや三隅くらいで考えそうだと思ったからである。戦闘狂ともまた微妙に異なる、メルルの困った拗らせっぷりを知っているのは、この場ではドランだけであった。
「あらあら、メルル殿の意外な弱点を知ってしまいました。昨年と同じく実況席でお仕事に熱中している、今の真面目なお姿を見ますと、いささか想像が付きませんね。うふふ、ひかえめなお人柄なのですね」
いや、あれは控えめと言っていいのかなあ、と心の中でドランは呟く。
昨年、メルルから競魔祭後のパーティーで、言葉足らずに模擬戦に付き合ってくれと言われ、その後の模擬戦が終わった時には弟子にしてくれと言われ、顔を合わせる度に食いつかんばかりの勢いで模擬戦や弟子入りを申し込まれてきたドランからすれば、ひかえめという概念はメルルから遠いものだった。
「ついメルル殿のお話に移ってしまいましたが、決勝戦の方もそろそろ終わりが見えてまいりましたね」
古き龍の血脈を受け継ぐ少女の瞳には、舞台上で腰から上を顕現した思念竜の体内で腕を組み、傲岸不遜にハルトを見下ろすレニーアの姿が映っている。
これまでのハルトの戦いはレニーアが手加減しているとはいえ、実力差を考えればドランとしては称賛の声と拍手を盛大に送りたい程なのだが、レニーアがガロア魔法学院の競魔祭優勝を固く誓っている以上、彼に勝ち目がないのは揺るがぬ事実。
もし仮にこの場に神々が降臨して競魔祭の進行を妨害しようとしたら、レニーアは凍えるような怒りと共に神々すら蹂躙してのけるだろう。それ程の決意の固さであった。
(まあ、残念ながら全試合全勝とはいかなかったが、そこまではレニーアの許容範囲だったのがせめてもの救いか)
ドランばかりはしみじみと親心めいた気持ちで、レニーアとハルトの最後の戦いを見ていたのを、レニーアですら知らなかった。
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