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魔改造神器

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 小型ラグナラクの出現によって戦場の天秤は傾き、数十体に周囲を囲まれたザンエイではシールドを突破しようとするソレらと直掩部隊との間で、新たな戦闘の光と衝撃が次々と生まれている。
 戦線各地で小型ラグナラクとの戦闘が発生し、ラグナラク本体への攻撃の手がどうしても緩む中、ブリッジには新たな情報が、それも耳にしたくない類のものが次々と送られてくる。

「デイジー中隊、損耗率二十パーセントを超えました。ポイントD-68、戦況、芳しくありません」

「コットン3、8大破! 敵小型種、尚、増大中。総数、二百を突破! ラグナラクの小型種の放出継続中、止まりません!」

 洪水のような情報の中でマルザーダは優先順位を間違えず、重すぎる程の重責を肩に乗せられながら、指示を出す。出さなければならない。それが直接戦場に出ない彼の戦いであるのだから。

「敵新型と接敵した部隊は撃退に全力を注ぐよう指示を。D68にはクレマチス小隊、ヴァイオレット小隊を向かわせて対応させろ。
 ソルグランドを中心にラグナラク本体への攻撃を継続。敵新型に奪われたプラーナを本体に送られては厄介だ。ラグナラクの観測は常に怠るな。特に内包するエネルギーと表皮の耐性変化は、戦闘の趨勢を占うぞ」

 マルザーダが次々とこれ以上、戦況が不利にならないよう指示を出す一方で、ラグナラク本体は黙々と新たな小型種をばらまき、プラーナを搾取するべく行動し続けている。
 近い所にいる魔法少女ばかりでなく、遠距離から支援に徹する魔法少女とマジカルドール、妖精達までラグナラクは分け隔てなく、資源を無駄にしないよう機械的に行動していた。

 戦況が明らかに不利な方向へ動けば、アタッカー組の魔法少女達にも否応なく焦りの色がわずかずつ浮かび始める。
 ソルグランドは真上大我としては同じように焦りを覚えていたが、神々の要素がそれを宥め、あくまで冷静な思考と判断を行えていた。本体への攻撃を続行するか、それとも小型種の増殖を防ぐか。

「手を止めないで、ソルグランド!」

「ダンシングスノーか!?」

 空中に生み出した氷の道の上を滑るダンシングスノーが、髪をなびかせながら頭上のソルグランドへ鋭い言葉でソルグランドの迷いを断つように告げる。
 通常の魔法衣装の上にうっすらと青みがかった半透明の羽衣を纏ったその姿は、天の羽衣『雪華氷翔せっかひしょう』を発動させたものだ。
 ラグナラクの周囲を音よりもはるかに速く滑走するダンシングスノーが両手を振るうと、手首に巻かれた薄布が際限なく長く伸び、更に空中で何枚にも分裂して、槍の発射台となっていた触手へ次々と巻き付いてゆく。

 見る間に薄布に包まれた触手はそれでも槍の発射を継続し、内部から圧迫された薄布が今にも貫かれそうだ。それをダンシングスノーの意地と根性が乗り移った薄布は、かろうじて貫かれるのを耐える。
 もって数分と見えるダンシングスノーの行為だが、その数分が宝石よりも貴重な状況である。他の魔法少女達は、ダンシングスノーの行動に合わせて攻撃の矛先を素早く変更していた。

「っ、布一枚だからって簡単に貫けると思われたのなら心外だわ。少しは私の踊りを見ていきなさいな。今ならお代は結構よ」

 ダンシングスノーは薄布を巧みに操り、氷の道から美しく跳躍すると、空中で素早く両足を振り上げ、更に着氷するまでの間に右足を伸ばしたまま三度回転してのけた。
 彼女の足が優雅に、そして力強く躍動する度に、スケート靴のブレードから冷気を圧縮した刃渡り十メートル超の刃が放たれる。
 ダンシングスノーの魔法によって生み出された冷気の刃は、ラグナラクへ命中するのと同時にふわりと淡雪のように砕けて、見る間にラグナラクを包み込んで、その全身を白く凍てつかせる。

 宇宙空間での活動も可能なラグナラクに対し、ダンシングスノーの冷気はさしたる効果を示さなかった。あっという間にラグナラクの凍結は解除され、全身は白から銀色の色彩へと戻る。
 だがダンシングスノーとて、天の羽衣でパワーアップした自分の攻撃でも、ラグナラクに通じないのは、悔しいが百も承知。その上で冷気の刃を放ったのは、解凍される瞬間のムラを確かめる為だ。

「ソルグランド、貴方なら見えるでしょう!」

 ソルグランドの眼と権能だからこそ知覚できる、ラグナラクの全身に生じた小さすぎる差異を、ソルグランドは過たず確かに捕捉した。

「見えたぞ!」

 ダンシングスノーの奮闘に答えるように吠えて、ソルグランドの掌中に闘津禍剣に代わる膨大な力が生み出される。光輪を背負う魔法祖父が稲光と変わって、ラグナラクの正面中心部よりやや下を目指す。
 人間ならば腹腔、あるいは丹田に相当するだろうか。
 体表を覆っていた冷気を消し去ったラグナラクの頭部が動いて、ソルグランドの姿を確かに認識する。もっとも強大かつ異質なプラーナの塊であるソルグランドは、ラグナラクにとって極めて魅力的な資源であった。
 他と比べて少しばかり抵抗が激しいが、ラグナラクに持たされた機能と与えられた役割を考えれば、然したる問題ではないはずだった。

「馬鹿みたいに餌に食いついちゃってさ! こっちも眼中に入れて損はないわよ!」

 ラグナラクの首? らしい箇所へスタープレイヤーの足首から伸びた鎖が何重と絡みつき、わずかに動きを拘束する。
 攻撃手段である松明を消し、その分のプラーナを膂力に回したスタープレイヤーが腕やこめかみに太い血管を浮かび上がらせ、必死に動きを止めようと足掻く。

「ぐぐぐ、まったく、ネクストになって浮かれていた昔の自分をぶん殴りたいわね。なにを勝った気になっているんだってね!」

 スタープレイヤーがプラーナを加速度的に燃焼させて、必死に力を振り絞ってもラグナラクの動きを拘束できるのは、もって数分。その間にどれだけのダメージを与えられるかが人類側の勝利の鍵だ。
 ソルグランドの狙う一点については、念話を通して戦場の魔法少女やマジカルドール達に共有されていて、ラグナラクの意識をそこから逸らすこと、そして自分達の手でもダメージを与えることに行動は集約された。

 槍の発射台である触手を拘束していたダンシングスノーの薄布が、いよいよ耐久の限界を超えて、槍の穂先が次々と薄布を貫いて穂先が覗き始める。ラグナラクはソルグランドへの対処と小型種の増殖を同時に行う腹積もりであった。
 ダンシングスノーがきつく唇を噛んで自分の非力を嘆くその一方、この状況を正確に見ていたザンアキュートは斬撃を繰り出す腕を止めて、周囲の六振りと手にした大太刀の合計七振りの刀剣にプラーナを凝縮、凝縮、凝縮!

「『天与七賜刀』出力制限全解除、最大稼働!!」

 ザンアキュートは天の羽衣のオーバーヒートも覚悟の上で、自らのプラーナを細胞の核に至るまで絞り出し、生み出し、増幅させた上で魂と共に七振りの刀剣へ注ぎ込む。
 狙いは薄布の拘束を抜け出したばかりの触手、その付け根!

「奥義……“七刃斬苦しちじんざんく”!」

 同時に繰り出された七つの斬撃が空間を跳躍してラグナラクへと襲い掛かり、ザンアキュートの全身全霊を乗せた斬撃はラグナラクの触手のうち、七本の根元を半ばまで斬り裂き、鏡のように研ぎ澄まされた断面が覗く。

「全霊の太刀でも斬り落とせないとは……!」

 自らの力量が届かなかった結果を前に、ザンアキュートが臍を噛み、失神寸前の状態にまで消耗する。一時的に行動不能に近い状態に陥った彼女を、近くにいた魔法少女が慌てた助けに行く中、ザンアキュートに続く魔法少女の姿があった。
 巨大なナルト状の乗り物の上に立つアワバリィプールだ。ワイルドハントの正規メンバーとして、支援に徹してきた彼女は今もその役目を忠実に果たそうとしていた。
 すうっと息を大きく吸い込んで、鳴門海峡の大渦を頭と心に強く、正確に思い描く。

「あたしの、全力だぁあ!! 持ってけ、ドロボー!! 巻き巻き渦巻、うずうず渦潮!! ハイパーラセンボルテックス!!」

 自分でももう少しどうにかならないかと思う名前の魔法を発動させ、触手を中心としたラグナラクの体表に膨大な量の水による大渦が発生する。
 アワバリィプールの力量では、ラグナラクに水に含まれるプラーナを吸収されてしまうが、それよりも半ばまで断たれた触手を大渦でへし折るべきだと、アワバリィプールは直感的に理解していた。

「ううううぅぅぅう、うああああああ!!」

 恥も外聞もない、お腹の底からの叫びをあげて、アワバリィプールが突き出した両手で大きく何度も渦を描き、その動きに連動してラグナラクの上に出来た大渦の動きが加速してゆく。

「いい加減、折れろぉおおお!!」

 しぶといんじゃあ!! という大きな叫びと共にアワバリィプールの腕が大きく振られ、ついに触手が次々と引き千切られて、勢いを失った大渦と共に地上へと落下してゆく。
 ザンアキュートとの連携でようやくダメージらしいダメージが入ったことに、目撃した魔法少女達が顔色を明るくする中、精魂尽き果てたアワバリィプールは足場の巨大ナルトごとゆっくりと落下していた。

「へへへ、どんなもんだい」

 だらだらと汗を流し、顔色を青くするアワバリィプールの前方を燃える人型がかっとんでいった。

「お見事でした。凄かったです!!」

 一度だけ振り返り、心からアワバリィプールを賞賛したのはソルブレイズだ。多くの魔法少女達が死力を尽くす姿を目にして、彼女自身、闘志を際限なく燃やしている。
 天の羽衣『大火女』もまたソルブレイズの闘志に呼応して、全身に纏う温度は太陽の最高温度に達していた。ソルブレイズの狙いは触手の根元だ。大渦にもぎ取られたことで、表皮がわずかに抉れている。
 ソルグランドは既に目標を正面に捉え、攻撃を行う寸前だ。ラグナラクの注意を逸らす為にも、ソルブレイズはこのまま攻撃の続行を決断!

「地球をこの星の二の舞には出来ないの。だから、貴女はここでお終い!!」

 ラグナラクまで残り三百メートルの地点で、ソルブレイズの全身から太陽の炎が消え、その代わりに振り被った右の拳に全炎熱が籠手の形をもって顕現する。
 ソルブレイズもモモットも知らないことだが、大火女形態のソルブレイズの炎熱には天照大神の神通力が含まれており、ラグナラクのプラーナ・物理防御に対する抜け道として機能していた。

「天の羽衣『大火女』限界駆動! 私の魂まで燃やせ! 必殺のぉおお! 天破烈光拳てんはれっこうけん!!」

 ラグナラクが異質なプラーナはソルグランドばかりではない、と気づいた時には既に遅かった。後のことなどお構いなしの太陽の一撃は触手の断面の一つを正確に捉え、ソルブレイズの拳が触れた箇所を一瞬で赤く染め上げる。

「えぇえええいい!」

 ごぼっとラグナラクの表皮が泡を噴いた瞬間、一気に融解してそのままソルブレイズの右腕が肘まで埋まり、ラグナラク内部へと向けて神通力を含む超高熱が容赦なく解き放たれる。
 その反動を活かし、ソルブレイズは一気にラグナラクから距離を取り。ラグナラクの右胸部に開いた大穴を見て、自分の成果を確認し、急激なプラーナの消耗で遠くなりそうな意識を必死に繋ぎ止める。

「どんなもんだい」

 にへっと笑うソルブレイズの誰に聞かせるでもない呟きを、ソルグランドの耳だけはしっかりと拾っていた。孫娘を始めとした魔法少女達の奮闘に、ソルグランドは自然と笑みが浮かび上がるのを堪えられなかった。
 ここまで孫娘達が頑張っている姿を見せられたら、どうしたって自分も燃え上がって来るってものだ。全身の細胞から魂に至るまで、かつてない勢いでプラーナを生み出してゆく。

「ははは! あんまり頼もしいもんだから、笑いが込み上げてくらあ!」

 ラグナラクの最も脆弱な箇所を前に、思わず笑いの零れるソルグランドの手にはこれまで作り出した神器とはまったく異なる武器が握られていた。
 日本神話以外の神々より賠償品として提出された伝説の武具の一つ、アルスター神話の英雄フェルグス・マック・ロイの所有する剣カラドボルグ。

 そのコピーをヒノカミヒメが手を加えて鍛え直した逸品である。
 カラドボルグまたはカラドコルグ、硬い稲光、硬い鞘、硬い刃などの意味を持ち、エクスカリバーの原型ともされる剣であり、その刃から光を発し、三つの丘を斬り裂いたという。
 ヒノカミヒメによる魔改造を施されたコピーカラドボルグは、その名を禍羅弩黒虹剣からどこくこうけんと改められた。

「黒き虹の下で、悪鬼羅刹の生きる術なし! 禍羅弩黒虹剣!!」

 ソルグランドが両手で握り、稲光となって突き込んだ禍羅弩黒虹剣は、その切っ先をラグナラクの表皮にずぶりと突き込む。
 魔法少女達の怒涛の連続攻撃でラグナラクにダメージが蓄積され、防御にプラーナを消費したことが、ソルグランド渾身の一撃が通った理由であった。切っ先から二十センチほどが突き刺さった時点で、ソルグランドは剣を手放して別の魔改造神器をその手に持つ。

「迸れ、轟雷! 天の全ては汝の道なれば! 金剛轟鉄鎚こんごうごうてっつい!!」

 もとはオーディン以上の格を持っていたとも言われるトール神の武器ミョルニル。そのコピーの魔改造品が、短かった柄を長く伸ばしたこの金剛轟鉄鎚だ。
 地球全土を覆いつくす規模の雷を鉄鎚部分に纏い、禍羅弩黒虹剣の柄尻に叩き込まれる。禍羅弩黒虹剣を通じて金剛轟鉄鎚の雷がラグナラクの体内へと流れ込み、更に禍羅弩黒虹剣の黒い虹もまた怨敵の体内で解放されて、大暴れを始める。

 ボコボコとラグナラクの表皮が内側から膨れ上がり、大小無数の亀裂が生まれ始める。
 苦痛を耐えるようにラグナラクが身もだえて、その巨体を大きく捩じった。
 一気に大きなダメージを負ったことで、資源確保から防衛行動を優先する行動へと変更したラグナラクは背中の突起型の翼にエネルギーを集中させて、ソルグランドを叩き落そうとした。

「その前にもう一つ、これも喰らっとけ! 打ち出の小槌も使いようってな!」

 ソルグランドの左手に握られた小槌は、特に『一寸法師』の物語で名高い『打ち出の小槌』だ。打ち出の小槌そのものは多くの物語に登場し、大黒天の持ち物としても知られている。
 その打ち出の小槌が勢いよく叩いたのは、禍羅弩黒虹剣。一寸法師が姫に小槌で小さな体を大きくしてもらったように、禍羅弩黒虹剣は見る間に二倍、五倍、十倍、二十倍と巨大化してゆく!
 巨大化する禍羅弩黒虹剣に体内、いや機体内部をズタズタに斬り裂かれ、押し潰されて、ラグナラクの全身に走る亀裂はより大きくなっていた。

「ま、これで終わるわけねえよな?」

 一見すれば大きなダメージを与えたように見える状況だが、それでもソルグランドはここで終わるわけがないと確信していて、こちらを見下ろすラグナラクとにらみ合った。
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