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神冗句

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 人類も妖精も魔物も次の戦いに向けた準備に余念がない。だが、そんな日々が長く続くわけもないのを、どの勢力の者達もおおむね理解していた。
 この魔物との戦いにおいて、人類と妖精は守勢に回らざるを得ず、魔物側に攻撃の主導権がある為、次の戦いの始まりも魔物が引き金を引く。

 魔物側の次の攻撃の準備が整えば、人類と妖精側の都合などお構いなしに攻勢が始まるという事実は、確かなもので、いつだって魔物側がイニシアチブを握るのは、この数十年に渡って人類側を苦しめてきた大きな要因だ。
 それを理解しているから、人類はファンタスマゴリアの数を増やすべく血道をあげ、妖精と八百万の神々は魔法少女の質と量の向上、さらに非魔法少女の戦力化を急いでいる。

 そしてもう一つ、人類側の事情により牛歩の速度ではあるが、国際魔法管理局で進められている話があった。
 燦との嬉しい・楽しいランチを終えた翌日のこと、大我は真神身神社を囲う山々の一角を切り払い、薪ボイラー式の風呂を作ろうと袖をたすき掛けをしようしたところで、社の縁側に立つ夜羽音から大事な話があると切り出された。

「魔法少女がいないか、数の少ない国家を救援する多国籍魔法少女部隊の創設?」

 縁側に腰を下ろして夜羽音と向かい合うと、八咫烏の末席に属する神の烏はそう告げた。

「ええ。フェアリヘイムと国際魔法管理局から、それとなく話が流れてきました。魔法少女は概ね所属する国家の人口に比例して数が多いものですが、魔物の襲撃に対して魔法少女の数が足りていない国家も存在します」

「ああ~確か、適性は女の子の感性に依存するところが多いから、育ってきた文化や宗教観によって、妖精を受け入れるのが難しかったり、別の何かに変身することに拒否感を抱いていたりすると、魔法少女の数が少なくなりがちになるんでしたか」

 キリスト教圏を例に挙げると『魔法』に対する抵抗感を強く示す人々が居る一方で、イギリスでは昔から妖精を身近なものとして育つ為、比較的、魔法少女化を受け入れやすい傾向にある。
 魔物の被害が何十年と続いた結果、人類単位で切羽詰まり、文化的な要因での魔法少女化に対する拒否感は、薄れてきているが……

「まあ、単純に人口が少ないか魔物の被害による行政機能の停滞により、適性検査が行われず国に魔法少女が十人も居ないという事例も珍しくはありません。
 近隣の国家に魔法少女が多く居れば、有償で助けを求められますが、そうするだけの資源も資金もない国家もまた珍しくないわけです」

「前から国連でも話題になっていましたけど、国際魔法管理局がいよいよ本腰を上げたってわけですか。それで新たな勢力であるヤオヨロズに協力要請が来たと。
 魔法少女の量産化とプラーナ兵器の開発をフェアリヘイムと共同で行いつつ、更に遊撃戦力の供出とは、すっかり頼りにされたものですね」

「魔物少女の出現と魔物の統率者の存在がなければ、まだそこまでは申し込まれなかったかもしれませんが、ファンタスマゴリアの発明だけでは手が回らないのを、どの国も理解しているものと思います」

 魔法少女の一時的な貸与と引き換えに膨大な料金や資源、あるいは法外な条件での土地の租借など、悪辣な条件で利益を得ている大国もあり、一致団結しえぬ人類の業は長年問題視され、今に至るまで解決できずにいる。
 よくまあ、妖精から見放されないもんだな、と大我はしみじみと思う。誰が見ても滅亡する、という段階まで追い詰められなければ、人類は団結できないのかもしれない。

「それでこちらに話が来たとなると、国家に所属していない俺をその部隊にスカウトしたいって話で間違いございませんか?」

「ええ。あちらももし可能なら、と随分と腰の低い丁寧な話の切り出し方でした。私としてはこの国の魔法少女こそ優先しますが、余力があるのならもちろん他国のいたいけな少女達を助けたく思います」

「それはもちろん俺も同じ気持ちです。例えば俺が百人に分身出来たなら、そうですね、三人は日本に残して、残りの九十七人は世界中に応援として回していいと思いますから。
 分身云々は絵に描いた餅として、他国への移動はフェアリヘイムを経由すれば、さっさと移動出来て問題はない。……そうなると、俺自身が問題になるのでは?」

 大我はすぐに思いついた疑問を尋ねる。ソルグランドの肉体に宿ってから、純粋な人間だったころよりも頭の回転が速くなったと感じるのは、気のせいではあるまい。

「と申しますと?」

 夜羽音は大我の疑念を理解しているだろう。だがそれを大我の口から言わせたいようだ。

「俺のこの肉体は日本神話群の精髄、その結晶と言っても過言ではありません。日本での戦闘に特化していると言えなくもない。そんな存在が他国で戦うとなれば、果たして本来の能力を発揮できるでしょうか?
 それに語弊のある言い方かもしれませんが、他国はその国の神々の領土というか、縄張りになるでしょう。そこにソルグランドという日本神話の産物を持ち込むのは……非常にまずいのでは?」

 神対神。あるいは神話対神話。日本神話群の生み出したソルグランドという存在を考えれば、他の神話群も同様の存在を生み出す可能性はある。ソルグランド対ソルグランドもどきという可能性も、決して否定はできない。
 魔法少女を助ける為のソルグランドが、却って人類や魔法少女に害を及ぼしてしまっては、本末転倒もいいところだ。極まった美貌の一つを歪めて、腕を組む大我に夜羽音はうむうむ、と頷いて見せる。

「その辺は抜かりなく。私どもで根回しをしておきましたとも。地球上のどこであっても、ソルグランドの活動に口を挟む神話群はおりません。
 まあ、上層部の意向を無視した者や血の気の多い者が、独断で襲ってくる可能性もありますが、単独で挑まれる分にはまず負けませんとも」

 過去に魔物に食われた日本の名も無き神を倒した経験はあるが、れっきとした真正の神に戦いを挑まれるのは、問題ないのだろうか?
 それとも滅ぼすまでしなければ問題はないのか? 本当に超えてはならない一線に関しては、夜羽音が止めてくれるだろうと大我は期待したいところだった。

「根回しが済んでいるのならなによりではありますが、いや、本当に手際が良いとしか言えませんわ。
 宗教を理由に大きな戦争を経験した土地もあると思いますが、日本との間は良いとして、他国間では問題になったりはしませんかね?」

 ソルグランドが各国を飛び回った結果、下手に神々を刺激し、人類への積極的な関与を決めて、世界規模で神代に逆戻りとなってしまっては、ソルグランドが素性を秘密にして自粛する意味がない。もちろん、人類の滅亡よりははるかにマシではあるが……

「なにも問題はございませんよ。異なる信仰を持つ者が争った歴史は確かにあります。ですが、それは信者達の争い。人間同士の争いです。異なる神話の神々が争った歴史ではないのですよ。
 土着の神々を取り込んで、踏み台にするというのは新しい宗教ではよくある手段ですが、それもまた人間の行いの内。我々の行いではないのです」

「……う~ん。その話は……あ~、俺以外には内緒でお願いします。あれですね。うん、こう、信仰の篤い方ほどというか、熱心な方ほど気の毒になる話なので」

「やっぱり?」

「やっぱりです。そりゃまあ、歴史なんてものは勝った側が都合よく捏造するものだとは言いますが、人間のやったことと神々がの行いは別と断言されますとね……。いっそここまで淡泊というか冷厳とした対応ですと、受け入れるほかありませんわ」

「ははは、土地を問わず我々の声を聞いたとうそぶく者は数多いですが、本当に声を聞いた者は圧倒的に少ないですよ。
 居ないわけではありませんが、神の声だと自分の為に思い込んでいる者、心の弱さに付け込まれて悪しき存在に囁かれた者、そもそも聞いてもない者の方が、圧倒的に多いのが事実ですよ」

 烏の風貌なりに穏やかに微笑んで告げる夜羽音に、大我は額に手を当てて痛々しい顔になる。ますますもって、世界中の人々には聞かせられない話を聞いてしまった。
 人々はこんな時代だからこそ信仰を放棄する者、むしろそれ以外に縋れずに信仰を深める者に両極化する傾向にある。
 そこに来てこの夜羽音の話は、威力の高すぎる爆弾だ。まあ、夜羽音の言葉を最初から信じない者の方が、圧倒的に多いだろうけれども。
 いずれにせよ大我にとっては、頭の痛い話に変わりはない。彼に出来るのは強引にでも話を変える事だった。

「俺が他国でも問題なく行動できるのは分かりました。朗報です。で、もう一つの問題はどんなものでしょうか。俺は日本国内と同じように戦えますかね?」

「ふむ。その点はですね。ソルグランドの仕様に関わりますが、現在、あなたに向けられる親愛や崇敬の念は、真神身神社の居住性と環境に注ぎ込まれていますから、信仰を受けられずに弱体化する心配はありません」

「他所でも同じように戦えるのなら、安心です。ところで他所で頑張った結果、信仰を向けられたら、問題になりませんかね?」

「人類の宗旨替えなど今に始まった話ではありませんから、ご心配なく。真に神と呼べる存在は、信仰の有無に左右されないものです。人間が誕生してから、人間の空想によって誕生した他称『神』はともかくとしてね」

 現在、地球上で人類が幅を利かせているのは、単純に神々が世代交代のような感覚で、明け渡したということなのだろうか?
 あるいは神々にとって地球は、例えば数ある水槽の一つにすぎず、人類を含めた地球上の生物は水槽の中で飼育された生き物にすぎないのかもしれない。

「また聞かなかったことにしたい情報が一つ……。俺の強さに信仰の影響がないのは分かりましたが、よその土地と人々に根付いた神話の影響もないので?」

「ええ。あなたの肉体はすでに女神として完成しています。他の信仰の影響が付け入る隙はもはやありません。あなたの神としての強度は、我ら八百万の神々の分霊の総量に相当する。それが敗れるというのなら、日本神話の敗北と同義。易々と後れを取りはしませんとも」

「……つくづく途方もない肉体に間借りしてしまったものだと、思い知らされますよ。願わくば敵は魔物だけであって欲しいもんです」

「あなたは特例ですから、叶うかどうかは別としていくらでも神頼みしてくださって構いませんよ。なんならあなた自身に願うのも、神頼みなのですから」

「ソレって、気休めってことじゃないですかぁ~」

「はっはっは、人間は神を恨み、神に縋り、神に祈ればよいのですが、神はそうもいかないのです。
 世は真に無常なり。おっと、無常は元を辿れば仏教の概念、大陸では死神の名でしたか。私がみだりに口にするべきではありませんでしたね。反省と自戒をせねば」

 ひょっとしたら夜羽音なりの神冗句ゴッドジョークだったのかもしれない。大我は微塵も笑えなかったが。
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