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父にして母 母にして父
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武装こそ解除しているが、魔法少女姿であるから、ザンアキュートはおそらく出現した魔物を討伐したその帰りなのだろう。フルマラソンを最初から最後まで全力疾走しても余裕の魔法少女が、こうも肩を上下させているのだからよほど急いできたに違いない。
魔物に追い詰められでもしない限り乱れないザンアキュートの長髪が乱れている様子に、燦は目を丸くしている。大我も似たようなものだ。
夜羽音はモモットと少し話があるから、とこの場を離れているところだった。
「ああ、ソルグランド様。私の女神様、またお会いできました」
エレベーターを出て目を宝石のように輝かせるザンアキュートには、流石に面食らって祖父と孫娘そろって、ほんの少しだけぎょっとした顔になったけれども。
「も、申し訳ありません。感動のあまり失礼を働いてしまいました。ああ、あの時と同じ、いえ、それ以上の輝き、美しさ……」
どうも燦の存在は認識していないらしく、ザンアキュートの視覚をはじめとした五感の全ては大我もといソルグランドへと向けられているのは明白だった。
ザンアキュートも自分の感情を処理しきれていないのか、溢れる感情を抑え込もうと自分の顔を両手で挟んで、ハアハアと荒い息を整えようと努力している。
心底から崇敬するソルグランドを前にして、無様な姿を晒している自覚が少しはあるのだろう。
「お、おおう。ええと、ザンアキュートだったか。一度、会った事があるな。その様子なら……うん、元気みたいでなによりだ。しかし、ずいぶんと急いでいた様子だが、なにか用事があったのかい? 俺達に構わず用事を済ませると良い」
大我が親切心からそう告げると、ザンアキュートは大きく取り乱すように頭を振る。なにしろ彼女の目的は目の前のソルグランドなのだ。その彼女を置いて優先するべきことなど、いったいなにがあるというのか。
「いいえ、いいえ。他に何もありはしません! ソルグランド様、私はあの時、鎧王鬼達から救っていただいた瞬間から、この身も心も貴方の為に使うと決めたんです」
「……ええ!? いやいやいやいやいや、それは若気の至りと言うか、思い切りが良すぎるだろう! あのな、そういうのはちょっとした思い込みだよ?
吊り橋効果って知っているか? 命の危機を前にした恐怖で不安定になった精神状態だったから、勘違いしただけだよ。それに身も心もなんて口にするもんじゃない」
大我はいきなり何を言っているんだ、この子!? と内心で驚きながらなんとかザンアキュートを翻意させようと言葉を尽くすが、ザンアキュートの耳にはそれほど届いていないようだった。
それでもザンアキュートとて、自分の言動がおかしいものであるのは自覚があり、言い淀みながら、精いっぱいの勇気を振り絞るように言葉を紡いでゆく。
「たった一度、あなた様にお会いしただけなのにとそう思われているのは分かります。ですが、魔法少女として、決して負けられない戦いを続けて、いつまで戦えばいいのか、いつ戦いが終わるのかも分からなくて……」
途端にザンアキュートの声は震えを帯び始めていった。それはザンアキュートほどの強者ですら抱かずにはいられない絶望、恐怖、不安だった。
大なり小なり、一人の女の子が抱くには重すぎて、冷たすぎて、暗いものと共に魔法少女は戦い続ける。戦い続けなければならない。
初めからそれを覚悟している者も、戦う中で気付く者もいる。そうして心が折れる者もいる。折れないまま魔法少女を終える者もいる。それでもきっと誰もが口にするだろう。あんな思いはもう二度と味わいたくない、と。
「それでも、それでも私は戦い続けていました。魔法少女としての自分に誇りを抱いていたし、自分に力があることが嬉しかった!
顔も名前も知らない相手でも、誰かの役に立っているっていう実感は、自分にしかできないことをしているって、喜びを与えてくれるから! 自分が生きていていいんだってそう思えるから!」
あまりに切実すぎるザンアキュートの言葉に、大我は反論の言葉を持たなかった。様子のおかしいザンアキュートをどう止めようかと考えていた燦も、必死な彼女の様子とあまりに共感できる告白に、動けなくなっている。
燦もソルブレイズとして戦う日々の中で、祖父を守れなかった罪悪感と後悔が大きな原動力になっているが、それでもふとした瞬間に恐怖にお腹の奥から冷たくなる感覚に襲われて、眠れない夜を幾度も経験している。
「ああ、でも、そう、やっぱり、死んでしまうかもしれないという恐怖は、思っていたよりもずっと冷たくて、恐ろしいものでした。
でも、それでも、まだ、あの時の私は体の動く限り死ぬまで戦えた。でも、もう駄目なんです。もうあそこまで戦えない! あなたに救われたから!」
「俺が君を助けたから?」
「私は、救われた。救われる事を知ってしまいました。あなたの美しさ、強さ、神々しさを、ああ! 私は、私はもうあなたを忘れられないのです。
あなたという救い主がこの世界に存在しているから、私はこれまでよりも強くなれる。これまでよりも戦える。私はまだ諦めずにいられる。まだ立っていられる」
事実、ザンアキュートはソルグランドに助けられて以降、プラーナの生成量と回復量を向上させており、総合的な戦闘能力を高めている。肉体に大きな変化がない以上、その理由は彼女のメンタルの変化にこそある。
だが変化は単純な戦闘能力の向上だけではなかった。これまで緊張の糸を限界まで張り詰めて、皆の為に、戦えない誰かの為にと自分に言い聞かせてきたザンアキュートの緊張の糸を切ったのが、ソルグランドに他ならなかった。
切れた糸はもう二度と元には戻らない。歪な形で結び直すか、新しい糸を張り直す他にない。
「けれど、同時にどうしようもなく弱くもなってしまいました。こんなに頼れる存在が、縋れる存在が! 太陽みたいに眩しいあなたを知ってしまったから!
わ、わた、私も、まもられ、守られていいんだって! 守らなければいけない私が、守られたから、助けてもらえたから! これまで皆を守ってきた私は、負けちゃいけなかったのに、死んでも勝たなきゃいけなかったのに。
私が負けても、勝てなくても、代わりに守ってくれる人が居るの、を、知ってしまったら、私、私はもう、まえ、みたいに戦えないよ。……みんなを、皆を私、守る、から、だからお願いです。私を守ってください。
どうか、私の弱さを許してください。私は、あなたと言う光に焼かれてしまって、もう暗闇の中を一人では歩けないの……お願い、お願い、お願いします」
先ほどまでの恍惚としていた表情は消え去り、今のザンアキュートは暗闇の中を一人でさ迷う小さな子供のようだ。
大我に、いや、あくまでソルグランドに懺悔するように両手を握りしめて、溢れ出す感情を一気に吐き出した。
どんなに巨大な魔物が相手でも、魔物の群れを前にしても一刀を手に凛と立つザンアキュートの姿はもうそこには無かった。
せめてもの救いはエレベーターホールを含め、この階層からソルグランドを迎えるとあって、人払いがされていたことだろう。
JMGランキング第七位という切り札の一つであるザンアキュートが、こんなにも弱々しい姿を晒しているなんて。
目撃した者が居たなら、自分達がこのような少女に戦いを強いているのだと改めて思い知らされ悲嘆にくれる他なかったろう。
目の前で弱弱しく涙さえ流す少女を前に大我に出来ることなど、その手を取る以外に何があったろう。大我の、ソルグランドの両手がザンアキュートの固く握りしめた両手を優しく包み込む。疲れ果て、傷ついた我が子を優しく包み込む慈母のように。
「許すよ。何回だって助ける。伸ばしたその手を俺が握ってやる。支えて欲しいというのなら、いくらでも支えよう。
暗闇から救い出して欲しいというのなら、いくらでも救い出してやる。絶望とか、恐怖とか、そんなもんが作り出す闇なんざ、俺が全部照らし出してやるとも。
ああ、そうだ、そうとも。俺は魔法少女を助ける為にソルグランドになったんだから。ちょっと見栄はあるが、いくらでも頼んな。頼りがいはあるつもりなんでね」
小さくではあるが確かな笑みを浮かべるソルグランドの姿は、正しく救いを求める弱者に救いの手を差し伸べる女神以外のなにものでもなかった。
実際、この場面を間近で目撃している燦は、あまりの神々しさに思考を忘れ、息を呑んで見守る以外に何もできずにいる。
もしこの場面を神の筆によって絵画にできたなら、百代を超えて残すべき宗教画が出来上がるだろう。
女神の肉体が備える母性と中身である大我の父性が合わさり、縋りつくほどに弱くなってしまったザンアキュートの心に、深く深く染み入る。
「ごめ、ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
ザンアキュートは自分の手を包み込む女神の手のぬくもりに、声色の優しさに、自分の弱さを受け入れてくる慈悲深さに、ただただ謝罪の言葉を重ね続ける。
他に何をすればいいのか分からない。何を言えばいいのか分からない。どうすれば良かったのかも分からない。だから感謝を込めて、申し訳なさを込めて、許しを乞う為に謝罪し続ける。
堪えきれない嗚咽と共にザンアキュートの瞳から大粒の涙が零れ落ち、一度、零れてしまうともう止まらない。止められない。
あまり血色の良くないザンアキュートの頬を次々と涙が流れて、数えきれないくらいの涙の跡が描かれる。それをザンアキュートの手を離したソルグランドの右手が、袖を使って優しく拭った。
いとし子の涙を、それに込められた悲しみや苦しみ、寂しさを少しでも脱ぎ取れるようにと、願いを込めて。
「こういう時には、謝るよりもずっと良い言葉があるんだぜ。分かるかい?」
どこまでも優しいソルグランドの声に慰められて、ザンアキュートはこれまでとは違う涙を新たに流しながら、ソルグランドの問いかけに応えた。
「はい、はい。ありがとう、ございます」
ザンアキュートのたくさんの涙に濡れた、くしゃくしゃの笑顔は、誰が見ても百点満点の笑顔だった。
「うん。いい笑顔だ。泣いているより笑っている方が百倍いい。これからは君がもっと笑っていられるように頑張るからよ、肩の力を抜いてほどほどに頑張んな」
「ふふ、うふふふ。はい、頑張り過ぎないように頑張ります」
「おかしな話だが、ま、それくらいから始めんのがいいわな」
わっはっはとソルグランドはザンアキュートの百点満点の笑みにも負けない、明るい励ましの笑顔を浮かべるのだった。
魔物に追い詰められでもしない限り乱れないザンアキュートの長髪が乱れている様子に、燦は目を丸くしている。大我も似たようなものだ。
夜羽音はモモットと少し話があるから、とこの場を離れているところだった。
「ああ、ソルグランド様。私の女神様、またお会いできました」
エレベーターを出て目を宝石のように輝かせるザンアキュートには、流石に面食らって祖父と孫娘そろって、ほんの少しだけぎょっとした顔になったけれども。
「も、申し訳ありません。感動のあまり失礼を働いてしまいました。ああ、あの時と同じ、いえ、それ以上の輝き、美しさ……」
どうも燦の存在は認識していないらしく、ザンアキュートの視覚をはじめとした五感の全ては大我もといソルグランドへと向けられているのは明白だった。
ザンアキュートも自分の感情を処理しきれていないのか、溢れる感情を抑え込もうと自分の顔を両手で挟んで、ハアハアと荒い息を整えようと努力している。
心底から崇敬するソルグランドを前にして、無様な姿を晒している自覚が少しはあるのだろう。
「お、おおう。ええと、ザンアキュートだったか。一度、会った事があるな。その様子なら……うん、元気みたいでなによりだ。しかし、ずいぶんと急いでいた様子だが、なにか用事があったのかい? 俺達に構わず用事を済ませると良い」
大我が親切心からそう告げると、ザンアキュートは大きく取り乱すように頭を振る。なにしろ彼女の目的は目の前のソルグランドなのだ。その彼女を置いて優先するべきことなど、いったいなにがあるというのか。
「いいえ、いいえ。他に何もありはしません! ソルグランド様、私はあの時、鎧王鬼達から救っていただいた瞬間から、この身も心も貴方の為に使うと決めたんです」
「……ええ!? いやいやいやいやいや、それは若気の至りと言うか、思い切りが良すぎるだろう! あのな、そういうのはちょっとした思い込みだよ?
吊り橋効果って知っているか? 命の危機を前にした恐怖で不安定になった精神状態だったから、勘違いしただけだよ。それに身も心もなんて口にするもんじゃない」
大我はいきなり何を言っているんだ、この子!? と内心で驚きながらなんとかザンアキュートを翻意させようと言葉を尽くすが、ザンアキュートの耳にはそれほど届いていないようだった。
それでもザンアキュートとて、自分の言動がおかしいものであるのは自覚があり、言い淀みながら、精いっぱいの勇気を振り絞るように言葉を紡いでゆく。
「たった一度、あなた様にお会いしただけなのにとそう思われているのは分かります。ですが、魔法少女として、決して負けられない戦いを続けて、いつまで戦えばいいのか、いつ戦いが終わるのかも分からなくて……」
途端にザンアキュートの声は震えを帯び始めていった。それはザンアキュートほどの強者ですら抱かずにはいられない絶望、恐怖、不安だった。
大なり小なり、一人の女の子が抱くには重すぎて、冷たすぎて、暗いものと共に魔法少女は戦い続ける。戦い続けなければならない。
初めからそれを覚悟している者も、戦う中で気付く者もいる。そうして心が折れる者もいる。折れないまま魔法少女を終える者もいる。それでもきっと誰もが口にするだろう。あんな思いはもう二度と味わいたくない、と。
「それでも、それでも私は戦い続けていました。魔法少女としての自分に誇りを抱いていたし、自分に力があることが嬉しかった!
顔も名前も知らない相手でも、誰かの役に立っているっていう実感は、自分にしかできないことをしているって、喜びを与えてくれるから! 自分が生きていていいんだってそう思えるから!」
あまりに切実すぎるザンアキュートの言葉に、大我は反論の言葉を持たなかった。様子のおかしいザンアキュートをどう止めようかと考えていた燦も、必死な彼女の様子とあまりに共感できる告白に、動けなくなっている。
燦もソルブレイズとして戦う日々の中で、祖父を守れなかった罪悪感と後悔が大きな原動力になっているが、それでもふとした瞬間に恐怖にお腹の奥から冷たくなる感覚に襲われて、眠れない夜を幾度も経験している。
「ああ、でも、そう、やっぱり、死んでしまうかもしれないという恐怖は、思っていたよりもずっと冷たくて、恐ろしいものでした。
でも、それでも、まだ、あの時の私は体の動く限り死ぬまで戦えた。でも、もう駄目なんです。もうあそこまで戦えない! あなたに救われたから!」
「俺が君を助けたから?」
「私は、救われた。救われる事を知ってしまいました。あなたの美しさ、強さ、神々しさを、ああ! 私は、私はもうあなたを忘れられないのです。
あなたという救い主がこの世界に存在しているから、私はこれまでよりも強くなれる。これまでよりも戦える。私はまだ諦めずにいられる。まだ立っていられる」
事実、ザンアキュートはソルグランドに助けられて以降、プラーナの生成量と回復量を向上させており、総合的な戦闘能力を高めている。肉体に大きな変化がない以上、その理由は彼女のメンタルの変化にこそある。
だが変化は単純な戦闘能力の向上だけではなかった。これまで緊張の糸を限界まで張り詰めて、皆の為に、戦えない誰かの為にと自分に言い聞かせてきたザンアキュートの緊張の糸を切ったのが、ソルグランドに他ならなかった。
切れた糸はもう二度と元には戻らない。歪な形で結び直すか、新しい糸を張り直す他にない。
「けれど、同時にどうしようもなく弱くもなってしまいました。こんなに頼れる存在が、縋れる存在が! 太陽みたいに眩しいあなたを知ってしまったから!
わ、わた、私も、まもられ、守られていいんだって! 守らなければいけない私が、守られたから、助けてもらえたから! これまで皆を守ってきた私は、負けちゃいけなかったのに、死んでも勝たなきゃいけなかったのに。
私が負けても、勝てなくても、代わりに守ってくれる人が居るの、を、知ってしまったら、私、私はもう、まえ、みたいに戦えないよ。……みんなを、皆を私、守る、から、だからお願いです。私を守ってください。
どうか、私の弱さを許してください。私は、あなたと言う光に焼かれてしまって、もう暗闇の中を一人では歩けないの……お願い、お願い、お願いします」
先ほどまでの恍惚としていた表情は消え去り、今のザンアキュートは暗闇の中を一人でさ迷う小さな子供のようだ。
大我に、いや、あくまでソルグランドに懺悔するように両手を握りしめて、溢れ出す感情を一気に吐き出した。
どんなに巨大な魔物が相手でも、魔物の群れを前にしても一刀を手に凛と立つザンアキュートの姿はもうそこには無かった。
せめてもの救いはエレベーターホールを含め、この階層からソルグランドを迎えるとあって、人払いがされていたことだろう。
JMGランキング第七位という切り札の一つであるザンアキュートが、こんなにも弱々しい姿を晒しているなんて。
目撃した者が居たなら、自分達がこのような少女に戦いを強いているのだと改めて思い知らされ悲嘆にくれる他なかったろう。
目の前で弱弱しく涙さえ流す少女を前に大我に出来ることなど、その手を取る以外に何があったろう。大我の、ソルグランドの両手がザンアキュートの固く握りしめた両手を優しく包み込む。疲れ果て、傷ついた我が子を優しく包み込む慈母のように。
「許すよ。何回だって助ける。伸ばしたその手を俺が握ってやる。支えて欲しいというのなら、いくらでも支えよう。
暗闇から救い出して欲しいというのなら、いくらでも救い出してやる。絶望とか、恐怖とか、そんなもんが作り出す闇なんざ、俺が全部照らし出してやるとも。
ああ、そうだ、そうとも。俺は魔法少女を助ける為にソルグランドになったんだから。ちょっと見栄はあるが、いくらでも頼んな。頼りがいはあるつもりなんでね」
小さくではあるが確かな笑みを浮かべるソルグランドの姿は、正しく救いを求める弱者に救いの手を差し伸べる女神以外のなにものでもなかった。
実際、この場面を間近で目撃している燦は、あまりの神々しさに思考を忘れ、息を呑んで見守る以外に何もできずにいる。
もしこの場面を神の筆によって絵画にできたなら、百代を超えて残すべき宗教画が出来上がるだろう。
女神の肉体が備える母性と中身である大我の父性が合わさり、縋りつくほどに弱くなってしまったザンアキュートの心に、深く深く染み入る。
「ごめ、ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」
ザンアキュートは自分の手を包み込む女神の手のぬくもりに、声色の優しさに、自分の弱さを受け入れてくる慈悲深さに、ただただ謝罪の言葉を重ね続ける。
他に何をすればいいのか分からない。何を言えばいいのか分からない。どうすれば良かったのかも分からない。だから感謝を込めて、申し訳なさを込めて、許しを乞う為に謝罪し続ける。
堪えきれない嗚咽と共にザンアキュートの瞳から大粒の涙が零れ落ち、一度、零れてしまうともう止まらない。止められない。
あまり血色の良くないザンアキュートの頬を次々と涙が流れて、数えきれないくらいの涙の跡が描かれる。それをザンアキュートの手を離したソルグランドの右手が、袖を使って優しく拭った。
いとし子の涙を、それに込められた悲しみや苦しみ、寂しさを少しでも脱ぎ取れるようにと、願いを込めて。
「こういう時には、謝るよりもずっと良い言葉があるんだぜ。分かるかい?」
どこまでも優しいソルグランドの声に慰められて、ザンアキュートはこれまでとは違う涙を新たに流しながら、ソルグランドの問いかけに応えた。
「はい、はい。ありがとう、ございます」
ザンアキュートのたくさんの涙に濡れた、くしゃくしゃの笑顔は、誰が見ても百点満点の笑顔だった。
「うん。いい笑顔だ。泣いているより笑っている方が百倍いい。これからは君がもっと笑っていられるように頑張るからよ、肩の力を抜いてほどほどに頑張んな」
「ふふ、うふふふ。はい、頑張り過ぎないように頑張ります」
「おかしな話だが、ま、それくらいから始めんのがいいわな」
わっはっはとソルグランドはザンアキュートの百点満点の笑みにも負けない、明るい励ましの笑顔を浮かべるのだった。
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