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妬み嫉み
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「さて、いつまでも立ちっぱなしと言うのもなんです。そちらにお掛けになられては? 真上大我さん」
紳士的な八咫烏の申し出を断る理由はなかった。大我はドームテントの傍らに組み立てたキャンプ用椅子に腰かけ、八咫烏はと言うとキャンプ用テーブルの上に脚を下ろして羽を休める。
「ところで貴方のことはなんとお呼びすればよいでしょうか? 八咫烏が種族名であるのなら、貴方だけを指す御名がおありのはず。もちろん、俺などがやすやすと呼んではならないものであるのなら、先ほどの言葉はどうかお忘れください」
「いえいえ、私はそこまで高尚な存在ではありませんとも。私は夜羽音、八咫烏の夜羽音です。
古今東西を問わず名前とはその者の存在を示し、時に縛るもの。半ば以上、この国の神に近しき者となった貴方なればこそお伝えしました。余人の前ではみだりに口になさらぬようご注意を」
そう言って夜羽音は、器用に左の翼を嘴の前で立てて見せる。人間が唇の前で指を立てて、しーっと口にするジェスチャーだろう。
「なるほど、真名とか真名とか言霊とか言われるものですか」
「ふふ、昨今のサブカルチャーでは、便利なのか随分と見かけるようになった単語ですね。扱いに注意が必要なことを理解してくださるのに役立つのなら、幸いです。
ようやくお互いに真実の名前を知れましたが、魔法少女ソルグランドと共に行動をする上では、魔法少女のパートナーらしい名前が別に必要でしょう。ちょうど私の名前を隠すのにも都合がいい」
なるほど、魔法少女のパートナーか、と大我は納得する。夜羽音という名前を隠す上で確かに都合がよい。生前、テレビ画面の向こうの魔法少女達の活躍を見ていたが、傍らにデフォルメされた動物やゆるキャラのような存在を連れていた子を見た覚えがあった。
「確か、スカウトを行っている妖精は複数の魔法少女を担当していて、パートナーとして行動するのは、初心者をフォローする為の一時的な措置、でしたか。
一見、パートナーに見えても魔法少女が作り出した使い魔だった、なんて話も多いと耳にしました。
たまに専属担当として一人の魔法少女の傍で、本当にパートナーとして活動している妖精もいるようですが、夜羽音様はその専属パートナーという体裁になさるのですね」
「夜羽音様などと大仰な。呼び捨てで構いませんよ。フェアリヘイム側からすれば貴方はスカウトの履歴が存在しない謎の魔法少女、私もまた経歴が一切不明のパートナー妖精となるわけです。
行動そのものは日本国民とフェアリヘイムの益となるものですが、謎が多すぎて一概に信頼できるものではないでしょう。幸い貴方に助けられた童らは、貴方を命の恩人として慕っている様子ですから、友好的に接触してくれましょうや」
友好的に、と言われて大我がすぐに思い出すのは、徳島ラーメンを奢ってくれたアワバリィプールだ。いつかラーメンと餃子の代金に色を付けて返さなければ、と固く心に誓っている。
それに孫娘の燦がいつから魔法少女として活動していたのかは知らないが、少なくともあの子が無事に魔法少女としての活動を終えるまでは、大我も戦いを止めるつもりはない。
何年後か、何十年後か分からないが戦わずに済むその日まで戦い続けるには、他の魔法少女と日本政府、フェアリヘイムと最低限の友好的な関係は維持しなければ難しい、ということは大我でも容易に想像できる。
「見返りを求めて助けているわけではないんですが、命懸けで助けているのに敵視されたら、きっと、いや、まず間違いなく俺は不満を抱くでしょう。自分を聖人君子だとは思えませんし、そこまで清廉潔白にも出来ていない」
「そういうものですよ。貴方が人間らしい人間だからというのが、選ばれた一因でもありますからね。
見返りを求めず自己の犠牲を厭わぬ者は、それはそれで稀有でありますし称すべきところも、諫めるべきところもありますが、私達の求めた神の肉体に収めるべき者ではありませんでしたから。
神と呼ばれる我らからして妬み、嫉み、恨み、怒り、憎みますからね。この日ノ本の神々は、全ての罪や過ちを赦す性質ではないのです」
「何と言いますか、そこまであけすけに言われますか。もう少し、こう、言葉は悪いかもしれませんが神としての威厳や神聖さを誇示する為の物言いをなさるものかと思いましたが……」
相手が本物の神だけに、言葉を選びながら尋ねる大我に夜羽音は彼の心配など露知らずといった調子で、あっけらかんと答える。
「見栄も虚栄も張るような状況でもなければ、神が威光を振りかざす時代でもありませんよ。ましてや我々は貴方の魂を利用しているのです。それを偉ぶって、上からああだこうだと指示を出すような面の皮の厚さは、流石に持ち得てはおりませんとも」
「そう言えば話が横道に逸れるかもしれませんが、他の国々でも神々は行動を起こされているのですか? 仏教やキリスト教をはじめ、現代に至るまで信仰が続いている例はありますけれども」
それとも日本の神々のみが実在していて、その他の神話に語られる神々は偽りなのか、あるいは苦境に陥った人類に慈悲を示したのがこの国の神々のみであるのか。一人の人間として、大我はどうしても尋ねずにはいられなかった。
「ふむ。神と呼ばれる存在と人間との関わり方によりけりですね。我々に等しい肉体を用意するという例は、今後、滅多には生まれないでしょうが、特別な加護や信託を授けた魔法少女の出現はあり得るでしょう。
ですが例えばギリシャ・ローマの神々は地上世界が鉄の時代に入ったのを皮切りに、最後まで人間の正義を訴え続けていた女神アストライアー殿が、ついには人間に背を向けて世界を去ったこともあり、人間に関わりますまい。
まあ、昨今、かの地の神々を取り扱う芸術作品が増えて、再び見向きするようになっているかもしれませんが、神が人を見限る、あるいは決別する逸話が語られる神話群においては、干渉はまずないですね」
「ははあ、左様でございますか。古くから語られる世界中の神々は実在していたのですか……そりゃあ、夢のある話? ですね?」
「必ずしも神話の内容が正確とは限りませんし、都合の良い解釈、誤った伝承も含まれておりますよ。まさに話半分程度に受け止めればよろしいかと」
自分達を含めての話なのだろうが、夜羽音はさして気にしている素振りはなく、さらりと話しているが他の日本の神々も同じなのだろうか? 大我は自分の疑問に応じて、頭の獣耳がハタハタと動いているのに気付いていなかった。
「ところで真上大我さん」
「はい? ああ、それといつまでもフルネームではなくて、大我とお呼びください」
「ではお言葉に甘えて、大我さん。そろそろ私のパートナーとしての名前を一緒に考えてくださりませんか? やはり横文字の方が通りがよいのでしょうねえ」
どことなくウキウキしている様子の夜羽音に、大我は案外愉快なお方らしい、と少しだけ緊張を和らげるのだった。
*
大我が思いがけない形でパートナー? を獲得し、孤独を癒してから、数日後のとある市街地の一角で出現した魔物の群れを相手に、大太刀を手にした魔法少女ザンアキュートが立ち回りを演じていた。
周囲十キロメートルから一般人の避難は成功しており、ザンアキュートは思う存分戦える状況にある。だが凍えるような夜の月を思わせる横顔には、苦渋の色がありありと浮かび上がっている。
それは目の前で群れを成す九十九鬼が原因ではない。九十九鬼は単体としての戦闘能力は三級程度だが、最低でも十体、最高で九十九体の数で出現する特性を持ち、かつ一分以内に出現した全個体を倒さない限り、一瞬で復活する特性を有する。
もし九十九体で出現したなら、九十九鬼は常に九十九体存在する、という概念によって成り立つ為、たとえ高ランクの魔法少女でも相性によっては太刀打ちできない可能性がある。
九十九鬼は三メートル近い筋骨隆々とした巨躯と頭部から一本以上の角を生やしている点は共通するが、それ以外は例えば肌が緑や赤、灰や黒色に染まっていたり、またあるいは両肘から先が刃やハンマー、斧、鞭になっているなどの差異がある。
仮に現代兵器が通じるならば対戦車ロケット弾で片づけられる相手だが、時速四百キロ超の移動速度と五百馬力相当の怪力は相応の手強さだ。
今回、ザンアキュートが邂逅した九十九鬼は八十七体。平均出現数四十四体とされる中では、大きく上回る出現数と言える。
魔物も魔法少女も平等に照らし出す太陽の光を浴びながら、ザンアキュートは既に抜き放った大太刀を両手でしっかりと握りしめ、肩から担ぐように大きく構える。
「有象無象の小鬼ども。お前達にかかずらっている暇は、無い!!」
細められた瞳が怒気を放ち、それに呼応して肉体が膨大なプラーナを噴出し、彼女を人型の火山のように変える。その熱量と怒気の凄まじさを全身で浴びた九十九鬼達は、生命ではないにも関わらず、命の危機を感じたように足を止めて、踵を返そうとした。
「遅い!」
大地を踏みしめる爪先から膝、腰、背骨、肩、肘、手首、指先から切っ先に至るまで、回転によって生じたエネルギーが伝達し、プラーナによって常識を超える魔法少女の肉体が渾身の斬撃を放つ。
音の壁を容易く超える斬撃はその刃の届くところに、九十九鬼が一匹も居ないというのに、突撃してきた個体も背を向けようとしていた個体を区別することなく、八十七体その全てを寸分違わぬ袈裟斬りで真っ二つにした。
並みの銃弾など皮膚の表面を凹ませることすらできない九十九鬼達の体が、ずるりとずれ落ちて、滑らかな断面から粒子状にほどけたプラーナを放出しながら消滅してゆく。
「愚かとは言いません。私の魔法を知る由もないのなら、背を向けて逃げ出すのも無理からぬこと。私の視界、その全てが我が刃の間合い……」
刀身に恨みがましく纏わりつく九十九鬼のプラーナの残滓を血振りをするように振り払い、ザンアキュートは左手で作った輪の中へと大太刀を納めて行く。
彼女の大太刀に鞘はなく、その代わりに左手の輪を通るのに合わせて切っ先から刀身が消え去り、鍔まで来たところで残るすべてが消え去った。
ザンアキュートの固有魔法は、彼女の視界に収めた敵対者に対して距離を無視して、彼女の斬撃を届けるというもの。
『千里眼』ならぬ『千里斬』。視界に収まる限り、どれだけの数だろうと斬撃を届けられ、一対一にも一対多にも対応できる強力な魔法だ。
場合によっては甚大な被害を齎しただろう九十九鬼を、ソルグランドもかくやの速度で討伐したザンアキュートは、そろそろと糸のように細い吐息を零す。
「我が一刀を持って悪鬼羅刹をことごとく斬り捨てん、故に私は斬悪鬼刀なのだから」
ザンアキュートはそれまでの戦いの険しさはどこへやら。九十九鬼が完全に消滅し、新たな魔物の追加が現れないのを確認してから、いそいそと魔法少女専用の携帯端末マジートフォンを取り出す。
ザンアキュートのプラーナを感知したマジートフォンが起動し、ザンアキュートの思念を読み取って、すぐさま各種魔法少女用SNSを立ち上げる。ザンアキュートが欲したのは、ただ一つ。ソルグランドだ。
アワバリィプールがソルグランドに実家の中華料理屋でご馳走したという話題と、どうもソルグランドが魔法少女として当然の恩恵にまるで与っていないという情報は、既に特災省と日本中の魔法少女に周知されている。
ソルグランドが徳島ラーメンと餃子を嬉しそうに頬張っている姿は、ザンアキュートの中に描かれたソルグランド像の輝きを少し陰らせたが、食事中の様子の愛らしさは即座にリカバリーを果たしたので、結果的にはプラスになっていたりする。
「あの方へのお供え物は私が一番に差し上げたかった……」
そうザンアキュートにとって一番の問題は、ソルグランドへ自分が一番にお供え物を奉げられず、ご馳走できなかったという点にある。
アワバリィプールは地元のグルメをご馳走していたが、ザンアキュートだったら貯金を切り崩してでも、ソルグランドの望む限りご馳走しただろう。
むろん食事だけではなく、衣服も、娯楽も、宿泊先もなにもかも、女神に捧げるお供え物なのだ。なにを惜しむことがあるだろうか、と本気でザンアキュートは考えている。ちょっと思い込みが激しい子のようだ。
「それに、これは、ソルグランド様の使い魔? それともパートナー妖精? アムキュに問いたださないと」
ザンアキュートのマジートフォンは、ソルグランドの傍らにたたずむ、首に注連縄のような飾りを付けた、二頭身にデフォルメされた大きなカラスが映し出されていた。
パートナー妖精に扮した夜羽音である。八咫烏の特徴である三本目の脚を隠し、頭身を大きく変えて、いかにもそれらしい姿になってデビューを果たしていたのである。
魔物相手の戦いでは相変わらずソルグランドの過剰火力により、一方的な戦いが続いたが、夜羽音のアドバイスにより細かい出力調整や新しい技の開発、人除けや魔物を逃がさない為の結界の構築など、およそ万能のサポーターぶりを発揮している。
魔法少女の固有魔法かプラーナを加工して誕生する使い魔としては、破格の万能性であり、またパートナー妖精としても極めて優秀という他ない夜羽音の存在は新たな波紋を起こしている。大昔に地球へと渡った妖精の末裔か? という憶測が出てくるといった具合にだ。
「いえ、アムキュだけじゃなくって、他の魔法少女達と担当妖精達からも情報を得なければ。個人的なワガママではあるけれど、少しでもソルグランド様のお力になって、あの瞳に私を映していただきたい。あの指で私に触れていただきたい。私は、私は……」
まさか以前、一度助けた少女の心が嫉妬と独占欲、尊敬、憧れ……いくつもの感情が混濁とし、静かに、轟々と、熱く、冷たく、ザンアキュート本人ですら制御できないモノへと肥大化しつつあるのを、ソルグランドこと真上大我は知る由もなかった。
紳士的な八咫烏の申し出を断る理由はなかった。大我はドームテントの傍らに組み立てたキャンプ用椅子に腰かけ、八咫烏はと言うとキャンプ用テーブルの上に脚を下ろして羽を休める。
「ところで貴方のことはなんとお呼びすればよいでしょうか? 八咫烏が種族名であるのなら、貴方だけを指す御名がおありのはず。もちろん、俺などがやすやすと呼んではならないものであるのなら、先ほどの言葉はどうかお忘れください」
「いえいえ、私はそこまで高尚な存在ではありませんとも。私は夜羽音、八咫烏の夜羽音です。
古今東西を問わず名前とはその者の存在を示し、時に縛るもの。半ば以上、この国の神に近しき者となった貴方なればこそお伝えしました。余人の前ではみだりに口になさらぬようご注意を」
そう言って夜羽音は、器用に左の翼を嘴の前で立てて見せる。人間が唇の前で指を立てて、しーっと口にするジェスチャーだろう。
「なるほど、真名とか真名とか言霊とか言われるものですか」
「ふふ、昨今のサブカルチャーでは、便利なのか随分と見かけるようになった単語ですね。扱いに注意が必要なことを理解してくださるのに役立つのなら、幸いです。
ようやくお互いに真実の名前を知れましたが、魔法少女ソルグランドと共に行動をする上では、魔法少女のパートナーらしい名前が別に必要でしょう。ちょうど私の名前を隠すのにも都合がいい」
なるほど、魔法少女のパートナーか、と大我は納得する。夜羽音という名前を隠す上で確かに都合がよい。生前、テレビ画面の向こうの魔法少女達の活躍を見ていたが、傍らにデフォルメされた動物やゆるキャラのような存在を連れていた子を見た覚えがあった。
「確か、スカウトを行っている妖精は複数の魔法少女を担当していて、パートナーとして行動するのは、初心者をフォローする為の一時的な措置、でしたか。
一見、パートナーに見えても魔法少女が作り出した使い魔だった、なんて話も多いと耳にしました。
たまに専属担当として一人の魔法少女の傍で、本当にパートナーとして活動している妖精もいるようですが、夜羽音様はその専属パートナーという体裁になさるのですね」
「夜羽音様などと大仰な。呼び捨てで構いませんよ。フェアリヘイム側からすれば貴方はスカウトの履歴が存在しない謎の魔法少女、私もまた経歴が一切不明のパートナー妖精となるわけです。
行動そのものは日本国民とフェアリヘイムの益となるものですが、謎が多すぎて一概に信頼できるものではないでしょう。幸い貴方に助けられた童らは、貴方を命の恩人として慕っている様子ですから、友好的に接触してくれましょうや」
友好的に、と言われて大我がすぐに思い出すのは、徳島ラーメンを奢ってくれたアワバリィプールだ。いつかラーメンと餃子の代金に色を付けて返さなければ、と固く心に誓っている。
それに孫娘の燦がいつから魔法少女として活動していたのかは知らないが、少なくともあの子が無事に魔法少女としての活動を終えるまでは、大我も戦いを止めるつもりはない。
何年後か、何十年後か分からないが戦わずに済むその日まで戦い続けるには、他の魔法少女と日本政府、フェアリヘイムと最低限の友好的な関係は維持しなければ難しい、ということは大我でも容易に想像できる。
「見返りを求めて助けているわけではないんですが、命懸けで助けているのに敵視されたら、きっと、いや、まず間違いなく俺は不満を抱くでしょう。自分を聖人君子だとは思えませんし、そこまで清廉潔白にも出来ていない」
「そういうものですよ。貴方が人間らしい人間だからというのが、選ばれた一因でもありますからね。
見返りを求めず自己の犠牲を厭わぬ者は、それはそれで稀有でありますし称すべきところも、諫めるべきところもありますが、私達の求めた神の肉体に収めるべき者ではありませんでしたから。
神と呼ばれる我らからして妬み、嫉み、恨み、怒り、憎みますからね。この日ノ本の神々は、全ての罪や過ちを赦す性質ではないのです」
「何と言いますか、そこまであけすけに言われますか。もう少し、こう、言葉は悪いかもしれませんが神としての威厳や神聖さを誇示する為の物言いをなさるものかと思いましたが……」
相手が本物の神だけに、言葉を選びながら尋ねる大我に夜羽音は彼の心配など露知らずといった調子で、あっけらかんと答える。
「見栄も虚栄も張るような状況でもなければ、神が威光を振りかざす時代でもありませんよ。ましてや我々は貴方の魂を利用しているのです。それを偉ぶって、上からああだこうだと指示を出すような面の皮の厚さは、流石に持ち得てはおりませんとも」
「そう言えば話が横道に逸れるかもしれませんが、他の国々でも神々は行動を起こされているのですか? 仏教やキリスト教をはじめ、現代に至るまで信仰が続いている例はありますけれども」
それとも日本の神々のみが実在していて、その他の神話に語られる神々は偽りなのか、あるいは苦境に陥った人類に慈悲を示したのがこの国の神々のみであるのか。一人の人間として、大我はどうしても尋ねずにはいられなかった。
「ふむ。神と呼ばれる存在と人間との関わり方によりけりですね。我々に等しい肉体を用意するという例は、今後、滅多には生まれないでしょうが、特別な加護や信託を授けた魔法少女の出現はあり得るでしょう。
ですが例えばギリシャ・ローマの神々は地上世界が鉄の時代に入ったのを皮切りに、最後まで人間の正義を訴え続けていた女神アストライアー殿が、ついには人間に背を向けて世界を去ったこともあり、人間に関わりますまい。
まあ、昨今、かの地の神々を取り扱う芸術作品が増えて、再び見向きするようになっているかもしれませんが、神が人を見限る、あるいは決別する逸話が語られる神話群においては、干渉はまずないですね」
「ははあ、左様でございますか。古くから語られる世界中の神々は実在していたのですか……そりゃあ、夢のある話? ですね?」
「必ずしも神話の内容が正確とは限りませんし、都合の良い解釈、誤った伝承も含まれておりますよ。まさに話半分程度に受け止めればよろしいかと」
自分達を含めての話なのだろうが、夜羽音はさして気にしている素振りはなく、さらりと話しているが他の日本の神々も同じなのだろうか? 大我は自分の疑問に応じて、頭の獣耳がハタハタと動いているのに気付いていなかった。
「ところで真上大我さん」
「はい? ああ、それといつまでもフルネームではなくて、大我とお呼びください」
「ではお言葉に甘えて、大我さん。そろそろ私のパートナーとしての名前を一緒に考えてくださりませんか? やはり横文字の方が通りがよいのでしょうねえ」
どことなくウキウキしている様子の夜羽音に、大我は案外愉快なお方らしい、と少しだけ緊張を和らげるのだった。
*
大我が思いがけない形でパートナー? を獲得し、孤独を癒してから、数日後のとある市街地の一角で出現した魔物の群れを相手に、大太刀を手にした魔法少女ザンアキュートが立ち回りを演じていた。
周囲十キロメートルから一般人の避難は成功しており、ザンアキュートは思う存分戦える状況にある。だが凍えるような夜の月を思わせる横顔には、苦渋の色がありありと浮かび上がっている。
それは目の前で群れを成す九十九鬼が原因ではない。九十九鬼は単体としての戦闘能力は三級程度だが、最低でも十体、最高で九十九体の数で出現する特性を持ち、かつ一分以内に出現した全個体を倒さない限り、一瞬で復活する特性を有する。
もし九十九体で出現したなら、九十九鬼は常に九十九体存在する、という概念によって成り立つ為、たとえ高ランクの魔法少女でも相性によっては太刀打ちできない可能性がある。
九十九鬼は三メートル近い筋骨隆々とした巨躯と頭部から一本以上の角を生やしている点は共通するが、それ以外は例えば肌が緑や赤、灰や黒色に染まっていたり、またあるいは両肘から先が刃やハンマー、斧、鞭になっているなどの差異がある。
仮に現代兵器が通じるならば対戦車ロケット弾で片づけられる相手だが、時速四百キロ超の移動速度と五百馬力相当の怪力は相応の手強さだ。
今回、ザンアキュートが邂逅した九十九鬼は八十七体。平均出現数四十四体とされる中では、大きく上回る出現数と言える。
魔物も魔法少女も平等に照らし出す太陽の光を浴びながら、ザンアキュートは既に抜き放った大太刀を両手でしっかりと握りしめ、肩から担ぐように大きく構える。
「有象無象の小鬼ども。お前達にかかずらっている暇は、無い!!」
細められた瞳が怒気を放ち、それに呼応して肉体が膨大なプラーナを噴出し、彼女を人型の火山のように変える。その熱量と怒気の凄まじさを全身で浴びた九十九鬼達は、生命ではないにも関わらず、命の危機を感じたように足を止めて、踵を返そうとした。
「遅い!」
大地を踏みしめる爪先から膝、腰、背骨、肩、肘、手首、指先から切っ先に至るまで、回転によって生じたエネルギーが伝達し、プラーナによって常識を超える魔法少女の肉体が渾身の斬撃を放つ。
音の壁を容易く超える斬撃はその刃の届くところに、九十九鬼が一匹も居ないというのに、突撃してきた個体も背を向けようとしていた個体を区別することなく、八十七体その全てを寸分違わぬ袈裟斬りで真っ二つにした。
並みの銃弾など皮膚の表面を凹ませることすらできない九十九鬼達の体が、ずるりとずれ落ちて、滑らかな断面から粒子状にほどけたプラーナを放出しながら消滅してゆく。
「愚かとは言いません。私の魔法を知る由もないのなら、背を向けて逃げ出すのも無理からぬこと。私の視界、その全てが我が刃の間合い……」
刀身に恨みがましく纏わりつく九十九鬼のプラーナの残滓を血振りをするように振り払い、ザンアキュートは左手で作った輪の中へと大太刀を納めて行く。
彼女の大太刀に鞘はなく、その代わりに左手の輪を通るのに合わせて切っ先から刀身が消え去り、鍔まで来たところで残るすべてが消え去った。
ザンアキュートの固有魔法は、彼女の視界に収めた敵対者に対して距離を無視して、彼女の斬撃を届けるというもの。
『千里眼』ならぬ『千里斬』。視界に収まる限り、どれだけの数だろうと斬撃を届けられ、一対一にも一対多にも対応できる強力な魔法だ。
場合によっては甚大な被害を齎しただろう九十九鬼を、ソルグランドもかくやの速度で討伐したザンアキュートは、そろそろと糸のように細い吐息を零す。
「我が一刀を持って悪鬼羅刹をことごとく斬り捨てん、故に私は斬悪鬼刀なのだから」
ザンアキュートはそれまでの戦いの険しさはどこへやら。九十九鬼が完全に消滅し、新たな魔物の追加が現れないのを確認してから、いそいそと魔法少女専用の携帯端末マジートフォンを取り出す。
ザンアキュートのプラーナを感知したマジートフォンが起動し、ザンアキュートの思念を読み取って、すぐさま各種魔法少女用SNSを立ち上げる。ザンアキュートが欲したのは、ただ一つ。ソルグランドだ。
アワバリィプールがソルグランドに実家の中華料理屋でご馳走したという話題と、どうもソルグランドが魔法少女として当然の恩恵にまるで与っていないという情報は、既に特災省と日本中の魔法少女に周知されている。
ソルグランドが徳島ラーメンと餃子を嬉しそうに頬張っている姿は、ザンアキュートの中に描かれたソルグランド像の輝きを少し陰らせたが、食事中の様子の愛らしさは即座にリカバリーを果たしたので、結果的にはプラスになっていたりする。
「あの方へのお供え物は私が一番に差し上げたかった……」
そうザンアキュートにとって一番の問題は、ソルグランドへ自分が一番にお供え物を奉げられず、ご馳走できなかったという点にある。
アワバリィプールは地元のグルメをご馳走していたが、ザンアキュートだったら貯金を切り崩してでも、ソルグランドの望む限りご馳走しただろう。
むろん食事だけではなく、衣服も、娯楽も、宿泊先もなにもかも、女神に捧げるお供え物なのだ。なにを惜しむことがあるだろうか、と本気でザンアキュートは考えている。ちょっと思い込みが激しい子のようだ。
「それに、これは、ソルグランド様の使い魔? それともパートナー妖精? アムキュに問いたださないと」
ザンアキュートのマジートフォンは、ソルグランドの傍らにたたずむ、首に注連縄のような飾りを付けた、二頭身にデフォルメされた大きなカラスが映し出されていた。
パートナー妖精に扮した夜羽音である。八咫烏の特徴である三本目の脚を隠し、頭身を大きく変えて、いかにもそれらしい姿になってデビューを果たしていたのである。
魔物相手の戦いでは相変わらずソルグランドの過剰火力により、一方的な戦いが続いたが、夜羽音のアドバイスにより細かい出力調整や新しい技の開発、人除けや魔物を逃がさない為の結界の構築など、およそ万能のサポーターぶりを発揮している。
魔法少女の固有魔法かプラーナを加工して誕生する使い魔としては、破格の万能性であり、またパートナー妖精としても極めて優秀という他ない夜羽音の存在は新たな波紋を起こしている。大昔に地球へと渡った妖精の末裔か? という憶測が出てくるといった具合にだ。
「いえ、アムキュだけじゃなくって、他の魔法少女達と担当妖精達からも情報を得なければ。個人的なワガママではあるけれど、少しでもソルグランド様のお力になって、あの瞳に私を映していただきたい。あの指で私に触れていただきたい。私は、私は……」
まさか以前、一度助けた少女の心が嫉妬と独占欲、尊敬、憧れ……いくつもの感情が混濁とし、静かに、轟々と、熱く、冷たく、ザンアキュート本人ですら制御できないモノへと肥大化しつつあるのを、ソルグランドこと真上大我は知る由もなかった。
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