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1.訪れの時

15.デーモン女子高生からの挑戦(沖縄合宿編)

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 神波達は、夏期を迎えるにあたり講習以外にも、自主的に学力強化合宿を執り行うことにした。合宿の場所はいろいろと提案が出たが、結局恋町の家の別荘のある沖縄に決め、あとは日程や合宿の内容等の詰めを協議している。
「日程は2週間ね。で、初日は午後から化学と数学ⅠA、2日目は午前が英語と数学ⅡBで・・・。」と恋町が主導で取りまとめられていく。もちろん、武装対策もバッチリだ。それに沖縄でのギルドクエストもやろうということになり、神波達4人は連れ立って受験者ギルドの窓口まで足を運んだ。
「今でしたら、いろいろと科目ごとにクエストの照会ができるので、タブレット端末をご覧になってください。」と受付嬢に案内されて、神波達は理科系科目のクエストの照会告知の画面を次々と見ていった。いろいろなクエストが各科目ごとにあったが、注目なのは物理のクエストで『太陽光発電による電気エネルギーの充電』で一番人気だった。神波達もオーソドックスではあるがそのクエストを選択することにした。あまりクエストに時間をかけていられない事情もあったからである。

 沖縄に到着し、那覇空港から車で20分も走った所に合宿地はあった。恋町家の別宅として申し分のない居住空間のある建物で一行はすぐに着替えるとフロアでミーティングを兼ねた勉強会を催すことにした。予定のスケジュールと自由時間や学習カリキュラム等を確認した後、早速今日の学習として数学の勉強に取り掛かった。
「去年の共通一次テストの数学Ⅰ・A、史上最悪の平均点だったんですって・・。」と恋町が改めて去年の国公立試験について、眉をひそめながら口にする。去年の国公立大学の共通一次テストと呼ばれる、一次試験の数学が過去始まって以来の平均点37点という最悪点を更新したことで受験界でも話題にはなっていた。
神波も去年の共通一次テストの数学Ⅰ・Aの問題に目を通していたが、その中にこんな問題があった。
【数学Ⅰ・A】
5人の人が集まり、プレゼントの交換会を抽選形式で行う。5人が持ち寄ったプレゼントの内、誰か1人でも自分の持ってきたプレゼントにあたった場合、交換会は何度でも繰り返し行い、全員が自分の持ち寄った以外のプレゼントを受け取るまで行う。この場合、1人だけが自分のプレゼントを受け取る場合の数は、□(ア)である。交換会が4回以内で成功する確率は□(イ)%である。1回目で交換会が成功する場合の数は□(ウ)でその確率は□(エ)%である。以上、アからエまでの数字を埋めよ(小数点第2位まで求めそれ未満は切り捨て)。

この問題は、いわゆる完全順列とか攪乱順列とか、人によっては乱列とかモンモール数と言ったりする場合の数・確率系の問題である。
この問題は、一般的な現役高校1年生が数学Ⅰ・Aの科目の一環として学習、履修するにあたりその解法や考え方を包除原理からちゃんと理解するにはレベルが高すぎる(数学を趣味としているマニアックな者、超一流高校で数学が得意な者や天才的な頭脳を持った一部の者等を除いて)と思う。攪乱順列なんて教科書にも出ていないし、そもそもモンモール数そのものは大学へ行ってから理解し学ぶべき事項であって、いくら大学入試とはいえ大学入学前に大学で学ぶべき内容レベルの試験を高校生に解かせるのは、試験と言うよりも「試練・・」と呼んだ方がいい。
大学で学ぶべき事項を大学に入学する前に学習者に求めるのであれば、大学で勉強する意味は無い。大学はそもそも不要であろう。やる気のある者だけによる独学自習で十分だ。
高校1年生がこの問題を解くにあたっては、組合せを学んでいないうちに解く場合には「樹形図」利用の解法しかない。組合せ論を学ぶと補集合の考えを利用した解き方を考えられる様になるが、それでも特にこの手の問題を意識した解き方というのは通常、授業としては学ばないかも知れない。
組合せ論を学んでいないなら樹形図を書いてみるしかない。(ア)はどの1人なのか特定していないのだから、5人をA,B,C,D,EとするとAの場合、Bの場合、Cの場合・・と5パターンあることが考えられる(対等性とかいう)。その上でまず、Aの場合を考えてみる。交換プレゼントもAのはa、Bのはb、Cのはc・・とするとAだけaで後の4人は全て自分のプレゼントとは異なるプレゼントを手にしているわけで、それはB、C、D、Eの4人の「攪乱順列」となるのだが、A→aの場合の樹形図を書くと「B→c、C→b、D→e、E→c」、「B→c、C→e、D→c、E→d」、「B→c、C→d、D→e、E→b」、「B→d、C→b、D→e、E→c」、「B→d、C→e、D→c、E→b」、「B→d、C→e、D→b、E→c」、「B→e、C→d、D→b、E→c」、「B→e、C→b、D→c、E→d」、「B→e、C→d、D→c、E→b」の9通りある。これが対等性により他のB、C、D、Eにも9通りあるから、全部で5×9=45通りとなり、これが(ア)の答えとなる。ただ、これはまだ5パターンの攪乱順列だから樹形図でも対応できるが、6パターン、7パターン、8パターン、9パターン・・と数が増えるにつれ樹形図対応では厳しくなる。ましてや入試という制限時間内での勝負では時間切れで苦労することは火を見るよりも明らかだ。こういう息切れ確実な問題を5パターンとはいえ、出題する入試出題者の意図はよく分からない。これ程の「試練」やストレスを生徒に与えてまでして、一部の天才や優秀な人間を入学させたいということの表れなのだろうが、この問題を解くことが優秀さを象徴する意味に果たしてなるのだろうか。この点、大学ではモンモール数を求める公式の様なものが出てきて、すぐ解ける。もっともその理解には包除原理という集合論の中の個数定理や第2種スターリング数の理解が前提という下地や準備が必要になるのだが(その理解も凡庸な一般人にとって簡単なものとは思われないが)。
次に4回目で成功する確率(イ)だ。(ア)は最初の1回目で成功する場合の数と同じだから、全ての場合の数から1回目で成功する場合の数を引いた残りの数が、成功しない場合の数となる。それを利用して全ての場合の数は、5!=5×4×3×2×1で120。成功する場合の数が既に述べたとおり45通りあるので、45/120が成功する確率となり、不成功の確率は補集合の求め方から「1ー45/120」で求まるわけで、結果として75/120つまり5/8が1回あたり不成功の確率となる。これが4回以内に成功するわけだから、積の法則により4回とも不成功の確率である(75/120)⁴=(5/8)⁴を全確率1から引いた確率が4回以内に成功する確率となるわけだから、1-625/4096=3471/4096となり0.847・・つまり84%が答えだ。ほぼ4分の3の確率で4回以内に成功するわけだ。
最後に(ウ)と(エ)。1回目で交換が成立するのはAからEまでの5人全員が自分以外のプレゼントを受け取った場合だから、5人を並べた攪乱順列ということでその場合の数を求める。ただし注意するのは、例えばAは自分のプレゼントを受け取らないわけだから、必然的にAが受け取る可能性のあるパターンはb、c、d、eの4パターンしかない。同様にBも自己以外の4つのプレゼントのどれかしか受け取らないし、C、Dについても同様であるということだ。つまり、どの人物も受け取る可能性のあるプレゼントは4パターンしかない、したがってまずAを基準に考えるとAについて完全順列が成立するのが11通りであるので、11×4=44(通り)が(ウ)の正解となり、確率は44/5!で44/120=0.36666・・、つまり36%(エ)の確率となる。

 神波達も守を除いて現役高校生ではなかったが、苦労して入試過去問を解いている。彼らの労苦が報われるのを本当に祈るばかりだ。
こうして1日目午後の合宿が終わり、夕方になったので神波と守の二人は連れ立って、那覇市内の街の繁華街で食事を摂ることにした。繁華街の中華レストランに入ると奥のテーブルに通された。向かいにもテーブル席があって神波達と同じ年頃の女性達数名が陣取っている。神波達が料理を注文し終わると、女性陣のうちの1人が神波に目くばせをしてきた。最初、神波は無視しようかなと思ったりもしたのだが、誘いに乗ることにしてみた。
「君達、沖縄に観光で来てるの?。」と目くばせした女性のもとに行き、声をかけてみる。すると意外な事にテーブル席に同席している別の女性から反応があった。
「いいえ、アタシ達は予備校主催の大学受験合宿で来てるのよ。セミナーの受講も兼ねているわ。」と女性陣の中でも先輩格の様子のポニーテールにタンクトップ姿のメガネ女子が答えたのだ。
「あなた達もそうなんでしょ。雰囲気と着ている服や背恰好から地元の人じゃないってすぐ分かったわ。御同業ってことで、声をかけたのよ。」と言う。
「そうなんだ。奇遇だね。僕達も今、今日の日課が終わって食事している所さ。一緒にチャでもどう?。」と誘う神波。
二つの集団は一つになったが、男子は2名、女子は4名という構成で数の比率から自然と男子を中心に話がはずむ。神波は森澤という先ほどのメガネ女子と藤波という背の高いスポーツ系の日焼けして小麦色の肌が健康的な女性と話をし、守は背の小さな小柄で色白な雪野という女性と黒髪を腰まで伸ばしたルックスのいい相村という女性達と会話に花を咲かせた。

 神波の左側には藤波が座り、時折彼の体を手でまさぐる様な仕草をしてくる。なんだかとてもくすぐったい感じがする。右手には森澤が座って受験の話や最近の流行の話をしていたが、いつの間にか、メガネを外しポニーテールの髪を解き、美しい長髪を肩まで垂らして、色っぽい表情で顔を近づけてくる。誘惑をしているかの様な表情だ。
「実はアタシ、桃園女子学園の高等部3年なの。まだ現役なのよ。神波サンは、一流校目指して一浪なのよね。どう?アタシに勉強とか教えてくれないかなあ?。」と流し目をくれながら、媚をうるかの様に甘い香水の香りのする顔を近づけてくる。
神波もタジタジになりながらも、油断しないでなんとか理性を保っていた。
「いやあ、桃園なら中高一貫の進学校でしょ。僕なんか教えること、ありませんよ。」とかわしていたが、心臓はドックン、ドックンと早鐘の様に鳴っている有様だ。
しかしメガネを外した姿をよく見ると、この森澤という女性は以前、虹色学園の男子高校生鳶鷹拓哉を誘惑して電気攻めにし、失神させてオンナのオモチャにしてしまったあの電流人間の女子高生に顔も姿も声もソックリだった。あの女性がこの彼女だとしたら、一体何を企んでいるのだろうか。
食事が終わり、会話もひととおり済んで、なし崩し的に店を出る。6人は最初まとまって行動していたが、いつしか神波と先ほどの2人の女子の集団と早瀬と残りの女子達との二集団に分かれ、互いの距離も掴めぬままに離れ離れになってしまった。もう日はとっぷり暮れて既に夜と化していたが、左右の腕をそれぞれの女子につかまれ、まるで連行されていくかの様にどこかに連れ立って歩いて行く。
「オイオイ、一体どこへ行くんだ。」とさすがに神波も暗がりの見知らぬ人気の無い場所まで来ると声をあげざるを得なかった。
「ウフフ、引っ掛かったわね。」と先ほどの声音とはうって変わったドス黒い変化に思わず、背筋がゾッとする。
「ここまでアナタをおびき寄せるのがアタシ達の狙いだったのよ!」とファイティングポーズをとりながら鋭い眼光で見据えるメガネ女子。しかし、神波も落ち着いたものでふふんと鼻で笑うと「これで俺たちをおびき寄せたつもりなのかい。見え透いた挑発にタダで乗ってやっただけなのにさ。」と開き直ったかの様な態度をとる。

「なんですって!アタシ達の企みに気づいていたとでも?そ、そんなバカな。」と小麦色の肌のスポーティ女子は少したじろんでいた様だったが、すぐに凶悪な面構えになり、神波の背後に回り込む。
「そんな強気な態度がいつまでアタシ達に通用するかしら。ソレッ!」とメガネ女子が両腕に装着した通電極針を神波めがけて突き出した。それをサポートすべくスポーティ女子が神波の背後から彼の体を羽交い絞めにする。とても素早い行動だった。一瞬、身動きが取れない状態になってしまったかの様に見えたところへ、メガネ女子の高電圧高電流攻撃が迫りくる。形勢は神波の不利な状況と思われたが・・・。
突き出された両腕を頭を低くして躱すと神波は両足を蹴って背後のスポーティ女子の体を背負って前に投げ出した。
「くっ・・・ああっ!」スポーティ女子は神波の背中で一回転して前方へ投げ出されてしまった。体は引き締まり、瘠せてはいたが敏捷な体型がかえって筋肉質の神波の膂力にとっては格好の相手となってしまった。おそらく、彼女は体重も相当絞っていたのに違いない。足の蹴り上げの反動で体全体が軽々と持ち上げられてしまったのだ。こうして逆にもんどりうってころがるスポーティ女子を背後から締め上げ、メガネ女子と対峙する神波。
「俺の体術を甘く見るなよ。」と不敵な笑みを浮かべる神波。神波も普段からこういう事態に備えて対応がいつでもできる準備と覚悟はできていた。アマゾンでの経験等も彼のそうしたスタンスの形成には十分生かされていたのだ。
神波は、懐からパーティ共通の武器である特殊スタンガンを取り出し、小麦色の肌の首の部分に電極を押し当てた。
カクッと小麦色女子が白目をむいて悶絶した。残るはメガネ女子だけである。

「やるわね。でもここからが本番ってとこね。」とメガネを外し、髪留めを取り去ってすっかり凛々しい女戦士の姿がそこにはあった。「ああ、俺も最初から気づいていたんだ、キミと俺とは似たもの同士だってね。」と神波もやり返す。一瞬、二人の体が目にも止まらぬ速さで互いに交差する。バチバチッと電流同士がスパークする。次々と繰り出される斬撃に火花が飛び散る攻防戦が繰り広げられる。体を躱し、相手の懐に飛び込んで電流を放射しようとする両者の戦いは凄まじい電流スパークの妖しいまでに美しい光芒を産みだしながらも、互いの激しい戦闘情動を反映するかの様にいつ果てることなく、続けられていった。物理学的には電気は、素粒子間に働く電磁相互作用として4つの相互作用の中でも2番目に強い力と位置づけられており、それ故に電気エネルギーは比較的強力な力と言える。それだけに相手に与えるダメージや威力は相当な破壊力を伴う。その電気を武器に闘う両者は、電気の凄まじいパワーを十分に熟知しているからこそ、相手の力量や武器の性能、それを操る技術力、体力、気力を見極めながら、戦闘を継続しないと命取りになることは百も承知している。今回は、どうも互いに互角の様で、なかなか、決着が着かず、長期戦の様相を帯びてきたのだった。
しかし、そんな中にあっても神波は、必死に攻撃を繰り出し汗を飛び散らせながらも神波を倒さんと闘志をたぎらせて挑んでくる彼女の顔を見ているうちに、何か美しい憧れの様な感情が芽生えてくるのを感じざるを得ないのだった。(美しい・・・)と心の中で思った。あんなにも必死になって戦おうとする清々しいというか神々しいまでの闘志の美しさ。何か魅力的なものを感じるのだ。
(それに・・俺はコイツと死闘をする理由が一体、どこにあると言うんだ?。コイツがなんで俺、いや俺たちをカタキと襲ってくるんだ?。互いに何か妥協できる接点があるんじゃないのか?。)と次には疑念がいろいろと湧いてくる。それは自分にとって都合の良い理由探しの様なものではあったが。そう思うと、攻撃よりも受け身をとって相手の出方を見るのも一興だと思い、すっと相手のパンチを躱し相手の背後を取ろうとした瞬間、何かに躓いたのか、女子の方が神波の体に倒れ込む様にぶつかって、両者は抱きあう様に重なったままゴロゴロと地べたを転げまわった。はずみで神波も森澤女子の体を抱きすくめる体制で転がり、大きな木の根元で回転が止まった時に、自分の唇が何か柔らかい湿ったブヨブヨしたモノに塞がれたことを感覚した。
「ム・・・むむう。」しばらくして気づくと、神波は相手の唇と自分のソレとが重なっていることに気がついた。「あ、アレ?。」彼女はまだ目を閉じて、しっかりと神波の体に抱きついている。いわゆる、キスって奴だ、こりゃあ!と動揺するが、もう後の祭りだった。しばらくして、パッと女子も目を開け、どういう状況になったのか悟った様だが、神波はその時突然、彼女の体をさらに固く抱きしめて、より深く接吻をし続けてしまう。ビックリした表情のまま、固まる森澤女子。そのまま10分、いや20分は経過しただろうか・・・。最初は多少身じろぎし抵抗さえしていたが、彼女は段々、トロンとした目つきになり今や両者とも敵同士のキスを堪能している。月明かりが綺麗に夜空や周囲を照らし出すが、一体化した男女の姿は、そこはかとなく一種異様な光景ではあった。やがて、神波は女子の胸をさすり始める。女子の方ももう抵抗すらしない。むしろ気持ち良さそうに体をのけぞらして、挑発的なプロポーションを取ってくる。神波にはもう彼女の全てが愛おしく、狂おしいまでに受け入れたいという衝動で心が張り裂けんばかりになった。
(アア、オレはこの女にファーストキスと最初のアレ・・を・・)とそれでも抵抗するかのごとくそう思い始めたが、体はもう止まらない。森澤女子も顔を真っ赤にしながらも(ああ・・・アタシのバージンをか、彼に・・)とか思っているのだろうか。二人ともまだ二十歳前ではあったが、性欲を満たそうとしている若い野獣の様に、互いを求め純粋にむさぼりあうのだった。さっきまで敵同士であった彼らの関係は、全く別の「愛」という関係に変質し支配されようとしていたのだった。
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