上 下
13 / 27
1.訪れの時

11.巨大カンディルの来襲

しおりを挟む
 早瀬とシンディとの情事の翌日、パーティ一行は再びボートに乗り込み水上の人となっていたが、早瀬だけはボンヤリとどこか心ここにあらず、といった感じで行動していた。今日は午前中からシトシト雨が降っていたが、天候の状況から出航することにした。だが、川の水も赤茶けた色を呈してきており、上流からの増水が増えてくれば、途中中止もあり得るとのことで皆、了解していた。当初よりは捕獲ポイントも下流で捕獲することが多くなり、ノルマも半分はもう達成しつつあった。川の増水により水嵩が増しつつあったが、昼頃までは、何回か捕獲を続けていた。しかし、昼過ぎからは波も高くなり、ボートがかなり揺れ動くこともしばしば現れる様になった。船の周囲には撒き餌におびき寄せられて、いまだに赤く群れ集まった魚の大群が取り巻いていたが、突然ザザツとひときわ大きい波のうねりとともに、巨大な魚影が水面からヌッと姿を現した。
「でかい!カンディルだ。」と誰かが叫んだ。ザバッと水しぶきを高く上げて、真っ赤な巨大な何かが甲板に躍り出てきた。体長2メートルはあろうかと思われる巨大カンディルだ。通常、カンディルはせいぜいデカイものでも5,60センチ位が相場と思われていただけにそいつの巨大さは、並大抵な代物ではないのは確かだった。このカンディルは何かの異常現象か突然変異で生じたものであろうか、と思わせる程巨大な怪魚であった。
そいつが甲板へと急に飛び出て来たのだ。ヌタヌタと泳ぐように進んできた赤いカンディルは、この状況に茫然自失という風に突っ立っていた早瀬めがけて突進して行った。
「アッ!危ない!。」と誰かが叫んだ時には、その怪魚がスルスルっと這いずり回り早瀬と恋町の方へと向かっていった。元々、ボンヤリフラフラしていた早瀬のみならず恋町までもが巨魚の突進に巻き込まれ、共に吹き飛ばされて川の中へと落ちていった。
「ああっ!2人が落ちたぞ。」とマティスさんが叫んだが、2人ともウジャウジャいるカンディルの大群の中へもう頭から突っ込んでしまっている。
「う、うぎゃああ!。」と悲鳴を上げる早瀬。「きゃあ~っ。た、助けて~っ。」と恋町も両手で周囲をバタバタ叩いて迫りくるカンディル達を撃退しようとしている様だが、真っ赤に染まった水面には獲物が最後の抵抗をしている場面にしか見えなかった。
巨大魚はほおっておいて、神波はすぐに救命用の浮き輪と共に自ら、川へ下半身から飛び込んだ。たちまち全身にムタムタとした気色悪い感触が伝わってきたが、急いで恋町を右手に抱きかかえ、2メートルほど離れた早瀬の所まで泳ぎ、二人を浮き輪につかまらせて何とか微速前進でボートの船べりまで泳ぎつけた。
2人ともグッタリとして浮き輪につかまっている。マティスさんと人形坂、神波、ジュリアの4人がかりで甲板に引き上げる。急いで、体に纏わりついているカンディルを払いのけた。
「ううっ・・痛い・・痛いよお~。」と早瀬が苦痛に顔をゆがめ、弱々しく叫ぶ。見ると短パンがモッコリと膨らんでいる。中でカンディルが溢れかえっているのだ。急いで短パンを脱がすとグチャグチャと赤黒い怪魚の群れがどっと出て来た。魚を取り除き、グッタリしている早瀬を肩で支えて、キャビンのベッドへ連れていく。幸い、体内に侵入しようとした段階で何とか防げた様だった。恋町も同様の状態で同じくキャビンに運び込まれた。カンディルどもがケツの穴や尿道に何とか潜り込もうとしたらしく、早瀬の体中の穴という穴の周りは腫れあがってブクブクとした肉塊の様に変化していた。

 それにしても巨大な怪魚だった。あんなデカイのは見たことも聞いたこともない。怪魚はまだ甲板でしばらくのたうち回っていたが、やがて動かなくなりどうやら死んでしまった様だ。後日、この怪魚は大学の生物学研究所で詳しい調査がされることになった。そして幸い救助された2人は、体内に侵入されなかったため、しばらく休養すれば大丈夫だろうということになった。恋町の面倒は人形坂とマティスさんが、早瀬の方はジュリアと神波とで見ることになった。
しかしその日の夜のこと。早瀬が自室のベッドで寝ていた時、夜遅く早瀬の部屋に彼を訪ねる者がいた。シンディだ。彼女は部屋で早瀬と二人きりになると、まだ熱でうなされて寝ている早瀬の顔を両手で覆い、そっと唇を重ね合わせる。そして全裸になった彼女は早瀬のベッドに蛇の様に潜り込む。
「ウフフフ。今度はアタシがマモルを治してあげる。」と艶やかな声でそう言うと自分から早瀬の体に覆いかぶさっていった・・・。その様子は、さながら弱った哀れな獲物に飛びつくサキュバスかバンバイヤ、あるいは今日のカンディルのごとくに思われた。

 こうして2週間ほど経過して、神波達は目標としていた捕獲量を達成したのだった。一方、シンディ達別パーティも目標を達成したとかで、神波達よりも2,3日前には現場を引き揚げていた。恋町や早瀬も傷は2,3日で回復しもう既に現場には復帰していたが、早瀬だけは傷が癒えてもどこか魂や精気を抜かれた抜け殻のごとく、時々虚ろな瞳でボーッとしていることが多くなった。

 日本に帰国後、例の巨大カンディルの調査結果が報告されてきた。その資料を読んだ神波は、目を見張る程に驚いたのである。あのカンディルの遺伝子を解析したところ、自然界には決して存在しない遺伝子配列があることが分かったのだ。つまりあのカンディルは人為的にゲノム編集され、遺伝子を組み替えられあるいは変異させられた巨大化生物だったということを意味する。しかし、一体誰が何の目的で、となると皆目見当も付かなかった。しかもあの凶暴で獰猛な性格すらもどうやら人為的な性質変更を加えられたものであることも判明し、さながら生物兵器としての遺伝子改竄を行った形跡がある。神波はそういった報告を受けた時に、例のインドネシアのジャングルで遭遇した財団Zの研究施設での体験を思い出さざるを得なかった。あそこでも、様々な生物が遺伝子に変更を加えられ従来とは異なった新種の生物が実験的に次々と産み出されていたのだった。今回のカンディルも同じような境遇から作成された生物だったに違いないと神波は確信していた。
そして、もう一つ別の疑問も新たに湧いた。それは今回のクエストの依頼主だ。当初は増えすぎたカンディルの処理に困った生息地の政府か地方自治体あたりかと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。詳細は不明だが、どこかのバイオテクノロジー企業だということだ。それも何らかの研究目的でカンディルの個体そのものを欲しているのだという。道理でわざわざ生簀まで用意して参加者に生きた個体を捕獲し持ち帰らせていたわけだ、と神波は心の中で思ったのだった。

 ともかく、神波達のパーティもアクシデントはあったものの、目的は達成されお目当ての品々を人数分入手することはできたのだった。とはいえ帰国後、神波はすぐに忙しくなった。第2回全国模試の準備に迫られていたからである。神波は理系なので、試験科目の一部に選択制がある。特に理科は「化学基礎・化学」と「生物基礎・生物」とを選択した。英語と数学は必修になる。旅行中も毎日欠かさず学習はしていたので、あまり不安は感じなかったが、模試とはいえ、本番はいつも緊張はするのだ。神波が受けた模試の中で今回は、「化学基礎・化学」の問題の一部を見てみよう。
【問題】硫黄から硫酸を製造する過程は次の反応式で表される。この反応式を参考に以下の問いに答えよ。
 S  + O₂ → SO₂  2SO₂ + O₂ → 2SO₃  SO₃ + H₂O → H₂SO₄
ただし、原子量はH=1.0、O=16、S=32とする。
(1)上記の3つの反応式を1つにまとめた化学反応式で示せ。
(2)16kgの硫黄から生成する98%硫酸は、理論上何kgになるか。
(3)16kgの硫黄を全て硫酸にするのに必要となる酸素の体積は、標準状態で何ℓか。

(1)は、Sと最終生成物のH₂SO₄に着目すれば、中間生成物のSO₂とSO₃を省いて反応式をまとめた方が見通しが良くなると分かる。そこで各生成物の係数に留意して中間生成物を消去する連立方程式として計算してみる。
S+O₂→SO₂の式のSO₂を消去するため、これを2倍して次式の「2SO₂」に代入する。すると2S+3O₂=2SO₃が導かれる。そしてこの式と最後の式であるSO₃+H₂O→H₂SO₄との係数を比較して、最後の式を3倍して先ほどの導いた式に足してみる。すると2S+3O₂+2H₂O→2H₂SO₄となる。これが(1)の解答となる式だ。この手の化学反応式の計算には、各物質の構成比や式の係数を比較して反応式を求める方法が重要になる(未定係数法など)。これもある程度、問題数をこなして訓練しないと正解できない場合が多い。
(2)は、モル質量と物質量、質量との関係式から98%硫酸の質量を求める問題だ。物質量〔mol〕=質量〔g〕÷モル質量〔g/mol〕の関係式に単位に気をつけながら当てはめて考えていく。S1molにつきH₂SO₄1molが生成されるので、Sのモル質量は32g/mol、H₂SO₄のモル質量は98g/mol。98%硫酸をX〔㎏〕とおくと
16×10³/32=X×10³×0.98/98と恒等式として立式できるので、式変形でXを求めればよい。
答えは50kg。
(3)は、これも(1)の反応式の各係数に注目する。S2molにつきH₂SO₄2molが生成するが、それにはO₂3molが必要なので、Sの物質量にO₂の係数比(3/2)を掛けてO₂の物質量を求める。答えは1.7×10⁴ℓ。
 
 「化学基礎・化学」の問題は、「前提」として単位、指数、基本定数、原子量には特に注意しないといけない。あまりにも基礎的なことだが、そこを軽視して計算につまずく初学者が多いのも事実。問題を解きこなす中で注意する姿勢を養う必要がある。神波もあらためてそう思いながら、答案を再チェックして行くのだった。
しおりを挟む

処理中です...