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1.訪れの時
7.メンデルの法則を使って子供創造の設計図を作ることは可能か
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守が中務に襲われた日から数日後、神波は予備校に姿を現し授業に復帰した。再び生物の授業だったので、予習をしていた問題の解答を見たり講師との解説を聞いたりしながら、いろいろと考えに耽っている。授業内容は「メンデルの法則」のところだった。
メンデルの法則。これも不思議と言えば不思議な法則だ。というのも、以前も神波が言っていた様に「有性生殖」というメンドクサイやり方でヒト等の場合子供を作るわけだが、わざわざ手間暇かけて作った子供には両親からの遺伝子のどちらかの性質(これを「生物学」では形質という。)しか発現されない。つまり2人の親からそれぞれ遺伝子をもらっても、どちらか一方の片方の親の遺伝子からしか、ヒトとしての性質は現れないのだ。必ずしも全てではない(「中間雑種」の場合)が、2つの親の性質のうちどちらか1つの性質しか発現しないので、イイトコ取りはできないし、もちろん自由にどちらか選択もできない。折角、遺伝子を2つも貰って持っていても、宝の持ち腐れとなる場合があるのだ。
これを掟づけているのがメンデルの法則の一つである「優性の法則」と呼ばれているものだ。1対の対立する形質の遺伝子に着目し、例えば♂AAと♀aaという2つの遺伝子型での組み合わせは、全てAaの1種類のみ(Aaを「ヘテロ接合」と呼んだりする。)となる。しかしAの性質とaの性質が両方いっぺんに現れることはなく、この場合Aのみの性質しか現れない。aの方は「劣性形質と」呼ばれ、Aは「優性形質」と呼ばれる。
そして、対立する1組の形質にはいろいろある。有名なのは、エンドウマメの場合、草丈が「高い」「低い」とかマメの皮の色が「緑色」「黄色」、マメの形「丸」「しわ」等々である。問題なのはどれが優性でどれが劣性なのか、どの形質とどの形質が対立する関係にあるのかを決めている「基準」がよく分からないということだ。種にとって生存に有利な形質のみが優性形質になるんじゃないかと思われがちだが、必ずしもあながちそうとも限らないからややこしい。加えて、何をもって対立形質とするかはよく見極めないと誤解を産むだけだ。例えば相応しくない例をあげると、仮定として「知能指数が高い」「知能指数が低い」というのが対立形質であるとするなら、そして「知能指数が高い」が優性となるのなら、世の中の大多数(もちろん「知能指数が低い」者も雑種第2代、3代と世代を重ねれば一定数出ては来ると思われるものの)は「知能指数が高い」者が占めるはずだが、そもそも「知能指数が高い」つまり何をもって高いというのかは、ヒトの間での一指標に過ぎず、どの程度の知能指数の高さが優性になるのかの客観的な基準を意味しない。知能指数自体も遺伝的というよりは、個人の環境や努力という後天的な原因による高低の違いも大きい。なので世界には知能の高い者も低い者もありふれていっぱいいるけれども、それらの平均値から「高い」「低い」を言っても、それが形質として優勢か劣性かを決める基準にはなりえていないのだ。それにそもそも「知能指数が高くなる」遺伝子とか逆に「低くなる」遺伝子とかいうものがあるとは、聞いたことがない。
次に問題なのが、現在の生物の授業では、突然変異は進化にとって必要な過程とか進化の原動力とか教わるけれども、変異した染色体や遺伝子による形質というのは残念ながら、特にヒトの場合、種の進化や生存にとっては中立か不利なものばかりが多いという事実(不利な例としてダウン症候群とかフェニルケトン尿症等々。様々なガンも遺伝的変異としての一例とも言える。)。
つまり変異が進化にとって必要と言うのは、「多大なる犠牲や無駄を要求するけれども」というリスク条件付きの必要性を意味するのだ。このことは、少なくとも今を生きる生物にとって遺伝子や染色体の変異は「百害あって一利なし」と考えても、決して過言ではないかも知れない。
神波もそんな事を考えながら授業を受けていたが、ふと視線を感じて横を向くと人形坂がこちらに視線を向けている。慌てて目をそらしたが、自分でもなぜか顔が赤くなるのを感じざるを得なかった。
(オレもいつかは、誰かと生殖行為や交尾をするのだろうか・・・。)何となく恥ずかしさと共に自分の魂が汚れてしまう様な罪悪感にも似た感覚に襲われる。それを嫌だと思う自分と思わない自分とが混じりあった妙な気持になるのだった。
(オレも本能のままに生きる野生動物と同じなんだろうか・・・。)時々、体から無性に異性と「やりたい」という欲望に駆られることがある。この前のニューギニアでの一件の時、人形坂に抱きしめられキスまでされた時に自分も段々と人形坂を「一人の女」として抱きしめてしまいたい、胸に吸い付きたい、そしてそそり立つ衝動に身を任せたい・・といった気持ちになっていった時の記憶を思い出す。
授業終了後、神波は人形坂と一緒に駅近くのファミレスに入った。
「調子はどう?。大丈夫なの?。」と人形坂が訊いてくる。
「ああ、今は何ともないよ。それより俺の近くにいて、まっちんこそ気持ちがその・・・昂ったりしないよな?。」
「大丈夫よ。授業中、様子を見てたけどおかしな所は無かったわ。」とやや顔を赤らめながら人形坂。
(それでオレを観察してたのか)と思いつつ、「今日の授業以前の所で俺が休んでいた時の講義のノートとか見せてくれる?。」とニューギニアでの件の話には極力触れないよう、話題を切り替えた。
しばらく、2人は神波が休校していた時の講義や宿題の話に時間を割いていたが、突然人形坂が「そういえば、早瀬君と連絡が取れないのよ。」と言い出した。
「早瀬と?。何時からだい。」
「おとといからだわ。スマホやメールで連絡しても全然出なくて困ってるのよ。何かあったのかな。」
「恋町とかにも後で訊いてみよう。ま、俺も連絡入れてみるよ。それとパーティの活動資金もう少し貯めたいから、今度新たなクエスト応募を企画してるんだけど、まっちんもまた行くか?。」すると人形坂の目が輝いて、
「もっちろん!。アタシもパーティの一員に正式に加入したんだし、今度は報酬有りでお願いねっ!。」と嬉しそうに応じるのだった。
夕方、帰宅途中で2人は一緒に帰っていた。家路も途中までは同じルートなのだ。高校時代は、神波の実家と人形坂の家とは隣あわせだったが、今は神波が家を出てアパートを借りているので途中から別れることになる。初夏が近いとはいえ暗くなるにつれ、少しずつ肌寒さが迫ってきた頃のことだった。どこかで「ああ~」と誰かが呻くような声が微かに聞こえてきた。
「今、変な声がしなかったか?。」
「うん、なんだろうね。」2人は立ち止まって声のする方角を定めようとキョロキョロと辺りを見回す。声は右手の森の中から聞こえてくる様だ。この辺りは緑化地域に指定されていて、公園や森林が所々に点在している地域だった。今、彼らが歩いて向かうのはその内の一つの森の中だった。森の中を歩いていくと声はだんだんと大きくなってくる。しばらく進むとプレハブ小屋が1軒見えてきた。
「あの中みたいね。」「うん。」2人は怖さとかよりも好奇心の方が勝ってしまい、見つからない様に足音を潜ませながら窓の方に近づいて行く。辺りは既に暮れかかっていて、加えて森の中はただでさえ薄暗くプレハブ小屋の中も最初はよく見えなかったが、窓から中を覗き込んでみると異様な光景が目に飛び込んできた。
黒い長い髪を腰まで伸ばした1人の若い女が佇んでいた。真っ白な着物を着て、顔はよく見えないが背はスラリと伸びた痩せている女だった。女の前には半袖シャツに短パンを履いた体操着姿の中学生初学年か小学生高学年位の男子が、やはり立ちすくんでいた。こちらは何かに怯えるような恐怖の表情が張り付いている。女に魅入られたかのように男の子は声をあげることもできない感じだった。やがて女がゆっくりと細い腕をすーっと挙げて指先を男の子の方へ指し示したとたん、女の指先から突然シューツと白い粉がほとばしり出た。
「うわーっ。」と男の子は叫んで、粉を躱して横から後方へと逃げる。しかし、もう後が無い。じりじりと追い詰められていった。苦悶する表情の男の子を見て、女は不気味にもニンマリとほほ笑むと再び片手を挙げる。シューツ。
白い粉が逃げ場を失った男の子の全身に吹きかけられていく。男の子は顔も体も手足も真っ白な粉だらけになりながら、2本の腕で懸命に振り払おうとしていたが、そのうち腕も動かなくなって彫像の様になったまま、粉を浴びせられてしまった。
「ウフフフフ。もがいたってムダよ。ウフフフフ・・・。」女は、なおも粉を少年に浴びせ続ける。
「ううっ、か、固まっていく・・く、苦しい・・・。」少年はもはや体が固まって動けなくなり、もはやなすすべも無い様で、それでももがこうと苦しんでいる。どうやら粉を浴びた人間は、体が固まって動けなくなってしまう様だ。
「ウフフフ、さあ気持ちよくしてあげる。」と女は動けなくなった少年に近寄ると、かがんで自分の長い髪を片手でかき上げたかと思うと、いきなり少年の口に自分の唇を重ねてしまった。
「うぐぐう・・。」声も出ずに女のディープキス攻めにさらされる少年。女は恍惚とした表情で、少年の白くなった短パンの鼠径部をまさぐりだした。
「ううっ、ボ、ボクをどうする気なんだ・・・。」と迫りくる妖しい快感の中でやっと声をあげた少年だったが、もう後の祭りだった。
「ウフフフフ、お前はアタシと一つになるのよ。」と冷たい声で言い放つと、女は片手で少年の半ズボンを下着ごと足下へとずり下ろしてしまった。
「うわあー。い、いやだあ~、た、助けてえ~っ。」とたまらずに叫ぶ少年。
「やめろっ!。」とその時、大声で制止させた者がいた。ドアが開いて神波たちが入ってきたのだ。くるっと振り返る女。凄まじい形相だ。
「なんで、こんな事をしているんだ。」と神波。すると女はクククッとせせら笑うと、
「コイツからイロイロと頂戴するのさ。」
「何をもらおうと言うんだ。それにここはもう警察に通報したぞ。逃げられないぞ。」と神波が叫んだが、女は全く意にも介さなかった。
「フン、それより見たな。そこを退け。退かねばこうだ!。」と言うなり、女の腕の先から粉が噴出した。よく見ると細いノズルの様なものが着物の袖口から見える。神波は咄嗟に躱したものの、逃げ遅れた人形坂に粉が降りかかった。
「き、キャーッ。」とうろたえる人形坂。慌てて駆け寄る神波を尻目に、滑るように小屋から出ていく奇怪な女。
神波は女の後を追いかけたが、すぐにその行方は杳として知れなくなった。仕方なく引き返すと、人形坂が少年を介抱している所だった。少年は顔も髪も真っ白に粉だらけになったまま、意識が無い。まもなく警察と救急車がやって来て、神波たちはいろいろと事情を訊かれることになった。
それにしても、あの女は一体何者なのだろう。女はあの少年から何かを奪おうとしていた様子だったが、何を目的にしていたのだろう。疑問は募るばかりだったが、今の神波達には全く分からないことや不明な点が多く立ちはだかっていくだけに過ぎなかった。
メンデルの法則。これも不思議と言えば不思議な法則だ。というのも、以前も神波が言っていた様に「有性生殖」というメンドクサイやり方でヒト等の場合子供を作るわけだが、わざわざ手間暇かけて作った子供には両親からの遺伝子のどちらかの性質(これを「生物学」では形質という。)しか発現されない。つまり2人の親からそれぞれ遺伝子をもらっても、どちらか一方の片方の親の遺伝子からしか、ヒトとしての性質は現れないのだ。必ずしも全てではない(「中間雑種」の場合)が、2つの親の性質のうちどちらか1つの性質しか発現しないので、イイトコ取りはできないし、もちろん自由にどちらか選択もできない。折角、遺伝子を2つも貰って持っていても、宝の持ち腐れとなる場合があるのだ。
これを掟づけているのがメンデルの法則の一つである「優性の法則」と呼ばれているものだ。1対の対立する形質の遺伝子に着目し、例えば♂AAと♀aaという2つの遺伝子型での組み合わせは、全てAaの1種類のみ(Aaを「ヘテロ接合」と呼んだりする。)となる。しかしAの性質とaの性質が両方いっぺんに現れることはなく、この場合Aのみの性質しか現れない。aの方は「劣性形質と」呼ばれ、Aは「優性形質」と呼ばれる。
そして、対立する1組の形質にはいろいろある。有名なのは、エンドウマメの場合、草丈が「高い」「低い」とかマメの皮の色が「緑色」「黄色」、マメの形「丸」「しわ」等々である。問題なのはどれが優性でどれが劣性なのか、どの形質とどの形質が対立する関係にあるのかを決めている「基準」がよく分からないということだ。種にとって生存に有利な形質のみが優性形質になるんじゃないかと思われがちだが、必ずしもあながちそうとも限らないからややこしい。加えて、何をもって対立形質とするかはよく見極めないと誤解を産むだけだ。例えば相応しくない例をあげると、仮定として「知能指数が高い」「知能指数が低い」というのが対立形質であるとするなら、そして「知能指数が高い」が優性となるのなら、世の中の大多数(もちろん「知能指数が低い」者も雑種第2代、3代と世代を重ねれば一定数出ては来ると思われるものの)は「知能指数が高い」者が占めるはずだが、そもそも「知能指数が高い」つまり何をもって高いというのかは、ヒトの間での一指標に過ぎず、どの程度の知能指数の高さが優性になるのかの客観的な基準を意味しない。知能指数自体も遺伝的というよりは、個人の環境や努力という後天的な原因による高低の違いも大きい。なので世界には知能の高い者も低い者もありふれていっぱいいるけれども、それらの平均値から「高い」「低い」を言っても、それが形質として優勢か劣性かを決める基準にはなりえていないのだ。それにそもそも「知能指数が高くなる」遺伝子とか逆に「低くなる」遺伝子とかいうものがあるとは、聞いたことがない。
次に問題なのが、現在の生物の授業では、突然変異は進化にとって必要な過程とか進化の原動力とか教わるけれども、変異した染色体や遺伝子による形質というのは残念ながら、特にヒトの場合、種の進化や生存にとっては中立か不利なものばかりが多いという事実(不利な例としてダウン症候群とかフェニルケトン尿症等々。様々なガンも遺伝的変異としての一例とも言える。)。
つまり変異が進化にとって必要と言うのは、「多大なる犠牲や無駄を要求するけれども」というリスク条件付きの必要性を意味するのだ。このことは、少なくとも今を生きる生物にとって遺伝子や染色体の変異は「百害あって一利なし」と考えても、決して過言ではないかも知れない。
神波もそんな事を考えながら授業を受けていたが、ふと視線を感じて横を向くと人形坂がこちらに視線を向けている。慌てて目をそらしたが、自分でもなぜか顔が赤くなるのを感じざるを得なかった。
(オレもいつかは、誰かと生殖行為や交尾をするのだろうか・・・。)何となく恥ずかしさと共に自分の魂が汚れてしまう様な罪悪感にも似た感覚に襲われる。それを嫌だと思う自分と思わない自分とが混じりあった妙な気持になるのだった。
(オレも本能のままに生きる野生動物と同じなんだろうか・・・。)時々、体から無性に異性と「やりたい」という欲望に駆られることがある。この前のニューギニアでの一件の時、人形坂に抱きしめられキスまでされた時に自分も段々と人形坂を「一人の女」として抱きしめてしまいたい、胸に吸い付きたい、そしてそそり立つ衝動に身を任せたい・・といった気持ちになっていった時の記憶を思い出す。
授業終了後、神波は人形坂と一緒に駅近くのファミレスに入った。
「調子はどう?。大丈夫なの?。」と人形坂が訊いてくる。
「ああ、今は何ともないよ。それより俺の近くにいて、まっちんこそ気持ちがその・・・昂ったりしないよな?。」
「大丈夫よ。授業中、様子を見てたけどおかしな所は無かったわ。」とやや顔を赤らめながら人形坂。
(それでオレを観察してたのか)と思いつつ、「今日の授業以前の所で俺が休んでいた時の講義のノートとか見せてくれる?。」とニューギニアでの件の話には極力触れないよう、話題を切り替えた。
しばらく、2人は神波が休校していた時の講義や宿題の話に時間を割いていたが、突然人形坂が「そういえば、早瀬君と連絡が取れないのよ。」と言い出した。
「早瀬と?。何時からだい。」
「おとといからだわ。スマホやメールで連絡しても全然出なくて困ってるのよ。何かあったのかな。」
「恋町とかにも後で訊いてみよう。ま、俺も連絡入れてみるよ。それとパーティの活動資金もう少し貯めたいから、今度新たなクエスト応募を企画してるんだけど、まっちんもまた行くか?。」すると人形坂の目が輝いて、
「もっちろん!。アタシもパーティの一員に正式に加入したんだし、今度は報酬有りでお願いねっ!。」と嬉しそうに応じるのだった。
夕方、帰宅途中で2人は一緒に帰っていた。家路も途中までは同じルートなのだ。高校時代は、神波の実家と人形坂の家とは隣あわせだったが、今は神波が家を出てアパートを借りているので途中から別れることになる。初夏が近いとはいえ暗くなるにつれ、少しずつ肌寒さが迫ってきた頃のことだった。どこかで「ああ~」と誰かが呻くような声が微かに聞こえてきた。
「今、変な声がしなかったか?。」
「うん、なんだろうね。」2人は立ち止まって声のする方角を定めようとキョロキョロと辺りを見回す。声は右手の森の中から聞こえてくる様だ。この辺りは緑化地域に指定されていて、公園や森林が所々に点在している地域だった。今、彼らが歩いて向かうのはその内の一つの森の中だった。森の中を歩いていくと声はだんだんと大きくなってくる。しばらく進むとプレハブ小屋が1軒見えてきた。
「あの中みたいね。」「うん。」2人は怖さとかよりも好奇心の方が勝ってしまい、見つからない様に足音を潜ませながら窓の方に近づいて行く。辺りは既に暮れかかっていて、加えて森の中はただでさえ薄暗くプレハブ小屋の中も最初はよく見えなかったが、窓から中を覗き込んでみると異様な光景が目に飛び込んできた。
黒い長い髪を腰まで伸ばした1人の若い女が佇んでいた。真っ白な着物を着て、顔はよく見えないが背はスラリと伸びた痩せている女だった。女の前には半袖シャツに短パンを履いた体操着姿の中学生初学年か小学生高学年位の男子が、やはり立ちすくんでいた。こちらは何かに怯えるような恐怖の表情が張り付いている。女に魅入られたかのように男の子は声をあげることもできない感じだった。やがて女がゆっくりと細い腕をすーっと挙げて指先を男の子の方へ指し示したとたん、女の指先から突然シューツと白い粉がほとばしり出た。
「うわーっ。」と男の子は叫んで、粉を躱して横から後方へと逃げる。しかし、もう後が無い。じりじりと追い詰められていった。苦悶する表情の男の子を見て、女は不気味にもニンマリとほほ笑むと再び片手を挙げる。シューツ。
白い粉が逃げ場を失った男の子の全身に吹きかけられていく。男の子は顔も体も手足も真っ白な粉だらけになりながら、2本の腕で懸命に振り払おうとしていたが、そのうち腕も動かなくなって彫像の様になったまま、粉を浴びせられてしまった。
「ウフフフフ。もがいたってムダよ。ウフフフフ・・・。」女は、なおも粉を少年に浴びせ続ける。
「ううっ、か、固まっていく・・く、苦しい・・・。」少年はもはや体が固まって動けなくなり、もはやなすすべも無い様で、それでももがこうと苦しんでいる。どうやら粉を浴びた人間は、体が固まって動けなくなってしまう様だ。
「ウフフフ、さあ気持ちよくしてあげる。」と女は動けなくなった少年に近寄ると、かがんで自分の長い髪を片手でかき上げたかと思うと、いきなり少年の口に自分の唇を重ねてしまった。
「うぐぐう・・。」声も出ずに女のディープキス攻めにさらされる少年。女は恍惚とした表情で、少年の白くなった短パンの鼠径部をまさぐりだした。
「ううっ、ボ、ボクをどうする気なんだ・・・。」と迫りくる妖しい快感の中でやっと声をあげた少年だったが、もう後の祭りだった。
「ウフフフフ、お前はアタシと一つになるのよ。」と冷たい声で言い放つと、女は片手で少年の半ズボンを下着ごと足下へとずり下ろしてしまった。
「うわあー。い、いやだあ~、た、助けてえ~っ。」とたまらずに叫ぶ少年。
「やめろっ!。」とその時、大声で制止させた者がいた。ドアが開いて神波たちが入ってきたのだ。くるっと振り返る女。凄まじい形相だ。
「なんで、こんな事をしているんだ。」と神波。すると女はクククッとせせら笑うと、
「コイツからイロイロと頂戴するのさ。」
「何をもらおうと言うんだ。それにここはもう警察に通報したぞ。逃げられないぞ。」と神波が叫んだが、女は全く意にも介さなかった。
「フン、それより見たな。そこを退け。退かねばこうだ!。」と言うなり、女の腕の先から粉が噴出した。よく見ると細いノズルの様なものが着物の袖口から見える。神波は咄嗟に躱したものの、逃げ遅れた人形坂に粉が降りかかった。
「き、キャーッ。」とうろたえる人形坂。慌てて駆け寄る神波を尻目に、滑るように小屋から出ていく奇怪な女。
神波は女の後を追いかけたが、すぐにその行方は杳として知れなくなった。仕方なく引き返すと、人形坂が少年を介抱している所だった。少年は顔も髪も真っ白に粉だらけになったまま、意識が無い。まもなく警察と救急車がやって来て、神波たちはいろいろと事情を訊かれることになった。
それにしても、あの女は一体何者なのだろう。女はあの少年から何かを奪おうとしていた様子だったが、何を目的にしていたのだろう。疑問は募るばかりだったが、今の神波達には全く分からないことや不明な点が多く立ちはだかっていくだけに過ぎなかった。
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