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1.訪れの時

6.バイオ汚染の恐怖

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 外へ飛び出した神波を待ち受けていたのは、あらゆる異性からの集中的なストーカー攻撃だった。バスとか電車の様な閉鎖された空間では、およそ10分足らずでありとあらゆる女性(人種、老若を問わず)が彼に視線を集中させ、そのうちに後をつけられたり、追いかけられたり、果ては待ち伏せされて暗がりでキスをされそうになったりと散々な目に逢いながらも、やっと自宅のアパートへたどり着くことができた。
しかし考えてみると中務の言う通り、彼本人には人体的な影響は直接には無いが、他人それも女性には絶大な影響を及ぼすこの薬の効果には恐るべきものがある。もし、彼に好きな相手がいてこの薬の効果を悪用しようと考えたら、それこそ相手を「性奴隷」化させて意のままに操ったりしていたかも知れない。これが女性の側から男性に対して使用されていたら、逆に世の中の男はみんな1人の女性の前に全員ひれ伏していたに違いない。スバラシイというか恐るべき脅威の化学兵器になりうる薬だ。3日間とはいえ、朝、昼、晩と3日3晩飲み続けたおかげで、薬の効果が切れるのにあとしばらくは時間がかかるかも知れないと神波は考え、ここ2,3日は部屋から出ないで過ごすことに決めた。

 シャワーを浴びた後、神波は他のメンバーである人形坂や恋町、早瀬にスマホで連絡を入れ2,3日予備校を休校するとともに家へ来ない様に話をした。自宅で学習(つまり自習)することにしたわけである。自習はある意味では自己の学力を大いに伸ばすいい機会でもある。ただし、自堕落になったり他の事で意外に時間を費やしてしまう等、時間の使い方や勉強の仕方によって効果が影響されやすい学習スタイルでもある。神波も久しぶりに集中して勉強するためこの日は半日、部屋にこもって学習をした。学習した科目には数学があったが、今回は「場合の数・確率」の問題を積極的に解いたりした。
【問題1】
ある男性が、次の3人の女性のうち1人と恋人になりたいと思っている。男性が女性Aに告白する確率は10分の4、女性Bに告白する確率は10分の3、女性Cに告白する確率は10分の3だ。ただしこの男性は少しシャイな所があって時々、思ってもいないことを言ってしまう性癖があり、本当のことを言う確率は5分の4だ。
さて、この男性がある日女性A、B、Cの3人それぞれにこの順番で「オ、オレ、アナタのことが好きです。恋人として付き合ってくれませんか。」と告白した。この3人への告白のうち、女性Cに対する告白だけが実際に真実である確率はいくらか?。

この問題は、一般に「証言の確率」と呼ばれているもので現代では、「原因の確率」とか「ベイスの定理」といった確率論で学習するものだ。ちなみに3人のうち1人だけ真実の恋だから3分の1を答えとしたのでは不正解だ。
神波は考えて計算し、答えとして「19分の12」を得た。分母にはAに告白する確率10分の4にウソを言う確率5分の1をかけた50分の4、それとBに告白する確率10分の3にウソを言う確率5分の1をかけた50分の3、そして女性Cに対して告白する確率10分の3に真実を言う確率5分の4をかけた50分の12、これら50分の4+50分の3+50分の12を合計した50分の19が来る。そして分子には真実をCに告白した確率の50分の12が来て、答えの確率は19分の12、つまりおよそ63%の確率でCに真実を告白したことになる。
女性Cの立場から言えば、男性が他にAとBに告白しても「63%」自分への告白が真実だと期待・・(あるいは妄想?)して信じてもいいわけだ。
(この確率を他の人が高いと思うか、低いと思うか、月並みだと思うかは分からないが、客観的には結構イイ数字なんじゃないか・・・ウフッ。)と神波は口に手を当てて思ったりする。
「さあて、次の問題はと・・。」こうして、神波が家で楽しみながら勉強していた頃、早瀬 守の身には魔手が忍び寄っていた。

 守少年が高校の授業を終え、予備校へ向かっていた途中で彼を呼び止めた者がいた。例の中務女史である。
「マモルくん。」「あ、この前のお姉さん。」守少年は呼び止めた相手に何の不信感も持っていない様子だった。
「今、マモル君に大事なお話がしたいのよ。ちょっと付き合ってくださる?。」と中務がすてきな香りをさせながら脳をくすぐる様な甘い声で呼び掛ける。守はなぜかその甘い香りを嗅いだとたん、体が痺れるような感じに陥ってフラフラと中務の後をついていくのであった。
「はい・・・・。」中務はうっすらと妖しい笑みをたたえながら、守の手をつなぐと一緒に歩き出した。やがて、2人は駐車場に停めてあったセダンに乗って、運転を中務がする形でどこかへ走り去って行くのであった。 
30分後、2人はどこかのホテルの一室にいた。ベッドに座っているのは、白いブラウスに赤いミニスカートを履いた中務とグリーンのジャージに紺色の半ズボン、白いハイソ姿の守の姿があった。
「さあ、これを飲むのよ。」と中務が目の前に一粒の紫色の錠剤を差し出す。
「これは何なんですか?。」と守が訊く。
「駿くんに飲んでもらっていたお薬よ。カレ、逃げ出しちゃったから、代わりにマモルくんに飲んでもらいたいの。お・願・い。」と哀願するような表情と仕草で彼の手に渡す。中務の体から甘い香りが漂った。すると守は彼女がまるで聖女の様に思え、またその妖しい魅力に吸い込まれていってしまうのだった。
「お姉さん、ボク飲みます。」と言って差し出されたコップの水とともに錠剤を飲んでしまった。飲んだとたん、彼女の目が輝きだして、守の体を触り始めた。
「お姉さんがマッサージをしてあげる・・・。」中務は細くて白い腕で、彼の体をまさぐる様に触り始める。守はだんだん気持ちよくなって、ウトウトしはじめるのだった。
「ウフフフフ・・。」やがて、彼女は守を抱きしめてしまうとゆっくりとベッドへ彼の体を横たえさせた。
「さあ、お姉さんと抱き合いましょ。」女は守のジャージを脱がせ、半袖のTシャツをはだけさせると若い胸を愛撫し始めた。チュツと吸い付くような音がする。一体、何をしているのだろう。さすがに守も不安になったのか、顔を真っ赤にしながら抵抗をし始める。
「ああっ、お、お姉さん、何するの、恥ずかしいよう、や、やめて...。」とようやくかすかに声を出したが、もう後の祭りだった。
「じっとして、体の力を抜いて。そう、それでいいのよ、カワイイわねマモル、うふふふふ。」抱きついてなおも愛撫しながら、女は守の下半身に手を伸ばしていった。
「アッ、ああああっ。」少年があまりの快感に身体をのけぞらす。しかし、中務は手を緩めようとはしない。もう全裸になった女は少年に自ら覆いかぶさっていった。
「アアっ、はああ・・・。」声を出そうとした守の唇に女の柔らかい、湿った口唇が重なっていった。

 それから1時間後、中務は再び車に乗って郊外の研究施設らしき建物に入っていった。建物の入り口には『イントロン・日本研究センター』と書かれたプレートが掲げてある。
「戻りましたわ。若い男性のヒト生殖細胞が入手できましたわ。」と中務。
「上出来だ。君もイイ思いをしたんだろ?。楽しめたかね。」と陰険な眼差しで応じたのは、実験用の白衣を纏ったメガネをかけた長髪の男だ。
「ええ、また若返った気分だわ。ちょっとボウヤで物足りないけど、これからもやり続けたいわね。」とサバサバした表情の中務。
奥の研究ルームまで行くとポシェットからカプセルを取り出す。中にはまだ白濁した精液が入っていた。
メガネ長髪男はそれを受け取ると、すぐに部屋にあった装置に差し込む。カプセルは自動的に機械に取り込まれ、どこかに運ばれていく。
「これでまた研究が一歩進む。若い10代のヒトのオス生殖細胞は入手困難だからな。定期的に採取しなければ。」などと言いながら、揉み手をしつつ「ヒト作製プロジェクト36号を行う。受精開始。」と叫んだ。すると別の部屋へと通じるドアが自動的に開いて、これもまた自動的に動く廊下が現れた。廊下を進んでいくと地下へ降りるエスカレーターになり、突き当りに巨大で頑丈な鉄扉が立ちはだかる。重々しくその扉が開けられた先には、たくさんの女性の体が横たえられた部屋があった。部屋はガラス張りの空間で区切られ、女性たちは熟睡している様で目を閉じている。

 またもうひと区画の別の部屋では、白いマスクをした白衣を着た女たちが先ほどのカプセルからスポイトで精子を吸い上げ、別の試験管に何かの液体と混ぜあわせているところだった。右には大きなパネルスクリーンにいろいろな数字や英字、記号が映し出され、明らかに何らかの生物学的な研究を行っている最中の様子だ。
「精子36号とアルファ卵4号とを受精。ゲノム編集パターンはG-73にセットしろ。」とメガネ男。
「了解しました。準備OKです。」と女の1人が手を挙げる。やがて、ガラスケースの女の1人にアームが伸びていき、何かの作業をしている様だった。
どうやら、この研究施設では人間の精子と卵とをいろいろと受精させて、様々な遺伝子編集を施した受精卵を合成しそれを代理母の子宮へ移している作業を行っているらしい。まさにヒトを作製する研究実験を行っているようだ。
1人の人間の染色体は23本2対ずつあり1セット46本ある。組み合わせは2の23乗でおよそ830万通り以上もある。これにもう1人有性生殖による染色体が加わって、1組の夫婦から2の23乗×2の23乗もの組み合わせの子供の遺伝子のパターンが考えられるが、実際にはさらに組み換えや転座といった変異もあるので、さらにもっと数の多いパターンが可能性として出てくる。その中から意図的なパターンの遺伝子に編集された受精卵を作出して新たな人間を作り出そうとしているのが、ここの研究所のプロジェクトなのだった。また目指す人間の作出には、超能力や今までの人類には無かった機能や器官を持つミュータントの創造も含まれ、これら特異なヒトの受精卵を世界中の不妊に悩む女性の子宮に埋め込んだりすることなどで拡散させ、新たな人類の進化と創造とを目標とする恐るべき思惑が存在し、暗躍していることを意味する。まさに「バイオ汚染」とも言うべき恐るべき悪魔の計画が人知れず、着々と進行していると言っても過言ではないのであった。
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