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1.訪れの時
2.財団Zと大学受験者ギルド
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突然、神波が自分のクローン作製の目的のためにクラウドファンディングでネットの資金調達募集を立ち上げ、それがわずかな日時で達成できたという夢の様な快挙を成し遂げられたのも、当然といえば至極当然であった。理由は簡単、それは唯一有力な資金拠出者が現れたからだった。つまり、財団Zと名乗るある組織からの資金拠出があったからなのである。しかも拠出額が凄かった。日本円の額にしておよそ5,000億円もの金額だったのだ。財団Zからの出資を除けば他の出資者は個人からが数名で、その総額もわずかに数万円程度の金額でしかなかったのだから、いかに財団Zからの出資が大きかったかは一目瞭然だった。
神波自身も最初は我と我が目を疑ったほどだったが、時間の経過とともにこれが現実だと再認識できる余裕が出てきた頃には落ち着いて考えられるスタンスを取り戻していた。当初は悪い悪戯かとも考えたが、金額はちゃんと確実に提供されているようで、口座には確かにその金額が振り込まれているのを確認したのだった。
しかし、これほどの金額を科学者でも有名人でもない凡庸な一個人に過ぎない神波に提供する財団Zとは、一体どういう組織なのか彼には皆目見当もつかず想像すらできなかった。表向きにはどうやら科学の発展、振興を目的とした公益財団法人の様だが、住所は財団が出資した別の会社の所在地となっているし、理事の名前等も調べた限りでは判然としなかった。不明で謎な点は多かったもののともかくも資金を受け取った以上、企画どおりプロジェクトを進行しなければならないわけで時間が経つにつれ、こちらの企画をどう具体化していくかが俄かに現実味を帯びてきたのだった。神波は早速、投資家会議を開催して企画書の内容とスケジュールの実行とを説明する機会を設けた。もちろん、投資家へのメリットやリターン、リスクなどをも説明することになったわけだが、投資家会議にはなぜか財団Zの関係者は一人として現れなかった。
神波は自分が通う予備校の生物講師である真岡の伝手を頼った結果、国内のバイオ産業界において筆頭格の企業である『イントロン・バイオテクノロジーホールディングス』という持株会社の研究部門を紹介してもらえることになった。ここの企業のバイオ技術研究は世界的にも最先端を行くもので、遺伝子操作や組み換え技術を応用した分子生物学研究の実施から最新の生化学研究成果の治験を取り入れた医薬品や食品等の製造、販売に至るまで幅広く手掛けているグローバルな複合企業体だった。4月の、とある晴れた日に神波がイントロン・バイオテクノロジー本社ビルの一室にて真岡講師と先方の相手方を入れ、一同に会している姿が見られた。
「クローン技術は今までヒト以外の生物においては成功例が結構多く、もうかつての様に難しいものではありません。ヒトに関する研究もいろいろと倫理的・人道的な問題や課題、制約を乗り越え、実は幾多の部分的な研究は成果を挙げているものも少なからずあるのです。ただ、ヒト由来の全身的なクローン作製の実験例というのは、表面上はありません。あくまでも水面下という条件付きでのお話を除いてのことになるのですが・・・。」と企業側の担当者が語る。
「もちろん国内の法や規制も緩和され、今ではヒトクローンの作製実験の承認もいくつも許可が下りていることは分かっています。ただ、今回は実験とはいえ人一人の新たな生命誕生を人為的に、しかも生殖細胞ではない体細胞の核を使って独立的な人体形成に至る所まで「完成」したものを目指す実験になります。極論すれば失敗は許されないということを大前提にお願いしたいのです。」と真岡。
「趣旨はよく分かりました。我が社としてもこのプロジェクトには総力を挙げて全面的に協力させていただきます。なお、今回御提示いただいた金額で実験の遂行は可能です。実験の場所は日本国内ではなく、我が社のブラジル研究センターで行う予定となります。使用する対象細胞は神波様の体細胞を使用させていただきます。採取部位と量に関しましては・・・。」と言った具合に手順や日取りが決まっていく。ほとんど神波が意見等を差しはさむ余地は無かった。企業側としても実験の成果を早く入手したいらしく、さしたる障害もなく話は進行していったのだった。
企業との打ち合わせが済んだその日の夜、真岡講師と神波は繁華街のファミレスのテーブル席で食事を兼ねた対話をしていた。
「しかし、君がこんな大それた企画を本当に資金調達までやれたとは信じられないよ。まさにサプライズだね。」
「驚いているのは僕の方ですよ。まさかこのプロジェクトにこんなに多額の資金を投資してくれるパトロンがいるとは思いも寄りませんでしたからね。正直、今でも夢を見ているんじゃないかって。」
「でもその夢がこうして現実にかなってるんだ。素晴らしいじゃないか。しかもこの企画は成功すれば、間違いなく日本の、いや世界の生物学界において画期的な研究成果となる実証例になり得る。私も嬉しいよ。」
「ええ、ですがマスコミ対策もしませんとね。いろいろとうるさくなるんでしょうね。記者会見とかも開かなきゃならないんですかね。」
やがて時間も過ぎ他愛も無い話を続けながら、ふと神波は真岡の顔をじっと凝視していた。いつもは男勝りな性格の真岡しか見たことがなかっただけに、少しだけ女としての真岡 花美を意識したのかも知れなかった。それはともかく、神波は質問したいことをこの場で真岡に訊いてみることにした。
「先生、今までクローン技術が成功してきたのはどんな例があるのか教えてください。」
そこで真岡が話したのは以下の様なことだった。
そもそもクローンというのは、有性生殖の様なある種の生物体の配偶子が作られ用いられる生殖方法ではない。その意味では無性生殖の一つの方法がクローン技術とも言えるだろう。そして細胞のレベルで言えば、単一の細胞が分裂して生じた娘細胞の集団を、遺伝子の場合には特定の遺伝子をクローニングによって増幅させたものを「クローン」と呼ぶ。ここで「娘細胞」というのは、細胞分裂をする前の1個の細胞が分裂によって2個となった場合の新しくできたその2個の細胞のことを娘細胞若しくは嬢細胞とも言う。また、「クローニング」というのはある特定の遺伝子を増やすことを意味する。
クローンの先駆けとなった有名な実験として、1962年にイギリスのガードンが行ったアフリカツメガエルの核移植実験がある。これはまず、野生型ツメガエル(核小体が2個)の成熟した未受精卵に紫外線を照射して、核を破壊したものを用意する。次に変異したツメガエル(核小体が1個)のオタマジャクシの小腸上皮細胞から核を取り出し、先ほどの核を破壊した未受精卵にその変異したカエルの核を注入する。そして卵が卵割を開始し、細胞に核小体を1個持つ変異型のカエルが発生し、やがて1匹の変異型ツメガエルの成体として成長したというものである。この実験では、当初野生型のツメガエルだった未受精卵の核から変異型のツメガエルの核を取り換えただけで、その後の卵からは、変異型のカエル(つまり変異型のクローンガエル)が誕生したことを意味する。
それともう一つこの実験で興味深いのは、必ずしも生殖細胞ではない体細胞の核であっても(この場合は小腸上皮細胞の核)受精卵の核と同様にカエルとして完全な1個体を形成するのに必要な遺伝情報を有しているという事実が明らかとなったことだ。この性質を生物学では「全能性」と呼んでいる。この実験の場合、核が全能性を示したことが分かったわけだが、体細胞の様にすでに分化した細胞の核が全能性を示すということは、分化は不必要な遺伝子を捨てて起こるわけではなく、(分化にとって必要な)特定の遺伝子の情報だけが発現するように調節されて発生するものであることを意味しており、非常に興味深い性質であることが理解できるのだ。
次に有名な過去の実験として、クローン羊「ドリー」の誕生(1997年)が挙げられるだろう。クローン作製の技術には大きく分けて2つの方法があるが、ドリーの例はそのうちの一つである「体細胞クローン」作製技術と呼ばれるものだ。体細胞の核を電気融合により移植した卵が電気ショックで発生を開始した段階で、別の代理母ヒツジの子宮に戻して誕生させたのがドリーだ。完全に体細胞の核を提供した羊の遺伝子のみがクローニングされた体細胞クローンである。しかもドリー自身は生殖機能も持っており、有性生殖による繁殖も可能だったことが判明している。哺乳類においてもクローン作製がこの実験で実現可能の道が開かれたわけで、まさに画期的な技術だと言えるだろう。
ここまで話を終えて、神波は真岡と別れて一人家路に着いた。翌日は結構、予備校でも有名人になった神波だったが、なるべく自分からは積極的に会話をしないように努めたつもりの様子だ。この話で騒がれるのは彼にとって正直、辟易としていたからである。特にうるさいのは、幼馴染の人形坂に付きまとわれることだった。彼女の執拗な「口撃」には精神的にも肉体的にもホトホト参ってしまう。他にも見知らぬ人物とかから声をかけられたりもしたものの、ほとんどスルーしていた。
さて、神波としてはこれからの予備校ライフでやっておきたいことがまだあった。いろいろと受験が近づくにつれ試験や模試やらで忙しくなるし、その一方でプロジェクトの経過や進行役を務めなければならない状況もある。そこで彼にとっての伴侶となるべきパートナーや協力者が一人は欲しかった。
所属予備校の相談室に立ち寄って「サークル募集」について相談をしたところ、「大学受験者ギルド東京支部」を紹介された。大学受験者ギルドというのは、受験生たちの生活や学習の支援をしている団体で世界的な規模の組織だ。生活の悩みに関する相談から奨学金の貸付け、就職やアルバイトの紹介、病院施設の運営や賃貸住宅のあっせん、食料品や生活必需品、書籍等の割安価格での販売、さらには旅行事業や生命保険の加入手続代行業等々、幅広く支援活動を行っている組織団体だ。まずはギルドの東京支部へと足を運んだ神波は、窓口で早速サークルの募集をしたい旨の相談を持ち掛けた。窓口には事務員風のお姉さんがいて、「それでしたら、ギルドにまず加入の手続きをしてください。ギルドでは、サークルではなく、同じ目的のために集まって活動する対象をパーティ、その構成員をパートナーと呼んでいます。同じ活動のパーティの募集ということで手続きを進めていただくことになります。」と言われた。ギルドの加入手続を済ませ費用を支払うとパーティ募集手続に必要な事項を端末に打ち込んでいった。あとは数週間単位で募集期間が設定され、同じギルドの加入者たちに募集のあっせんが行われて応募者が現れれば、ギルドの方から連絡が来るとのことだった。パーティの目的として「理科系科目の勉強及びそれに関する活動」というキャッチフレーズで募集をかけてみることにした。
一週間後、二人の予備校生が応募してきた。一人は神波と同じ浪人1年生で名前を恋町 美沙と名乗った。女子である。なにかサッパリと垢抜けした感じの子で、あらゆる物事を達観視している様な落ち着きがある。ヨーロピアン風の眼鏡をかけた寡黙な女だ。もう一方は現役の高校3年生で男子だが、どう見ても小学生高学年か中学初学年にしか見えない風貌だ。上半身はライトグリーンの下地に黒のストライプの入ったパーカーに下はネービーの半ズボン、白ハイソ、赤いスニーカーを履いている。顔が幼さを残すというかあどけない顔立ちで、背も一般的にもあまり高くない(身長は120センチもないと思う。)。本人の言によると神波の出身と同じ高校の人間だという。趣味はテニスで体を動かすのが好きだとか宣っていた。それにしても、あまりにも小動物の様な愛くるしい容姿に、神波はつい抱きしめたくなる様な衝動にかられてしまう。思わずムギュと抱きしめたら、目を白黒させてバタついていた。小動物の名は早瀬 守とのことだ。
神波自身も最初は我と我が目を疑ったほどだったが、時間の経過とともにこれが現実だと再認識できる余裕が出てきた頃には落ち着いて考えられるスタンスを取り戻していた。当初は悪い悪戯かとも考えたが、金額はちゃんと確実に提供されているようで、口座には確かにその金額が振り込まれているのを確認したのだった。
しかし、これほどの金額を科学者でも有名人でもない凡庸な一個人に過ぎない神波に提供する財団Zとは、一体どういう組織なのか彼には皆目見当もつかず想像すらできなかった。表向きにはどうやら科学の発展、振興を目的とした公益財団法人の様だが、住所は財団が出資した別の会社の所在地となっているし、理事の名前等も調べた限りでは判然としなかった。不明で謎な点は多かったもののともかくも資金を受け取った以上、企画どおりプロジェクトを進行しなければならないわけで時間が経つにつれ、こちらの企画をどう具体化していくかが俄かに現実味を帯びてきたのだった。神波は早速、投資家会議を開催して企画書の内容とスケジュールの実行とを説明する機会を設けた。もちろん、投資家へのメリットやリターン、リスクなどをも説明することになったわけだが、投資家会議にはなぜか財団Zの関係者は一人として現れなかった。
神波は自分が通う予備校の生物講師である真岡の伝手を頼った結果、国内のバイオ産業界において筆頭格の企業である『イントロン・バイオテクノロジーホールディングス』という持株会社の研究部門を紹介してもらえることになった。ここの企業のバイオ技術研究は世界的にも最先端を行くもので、遺伝子操作や組み換え技術を応用した分子生物学研究の実施から最新の生化学研究成果の治験を取り入れた医薬品や食品等の製造、販売に至るまで幅広く手掛けているグローバルな複合企業体だった。4月の、とある晴れた日に神波がイントロン・バイオテクノロジー本社ビルの一室にて真岡講師と先方の相手方を入れ、一同に会している姿が見られた。
「クローン技術は今までヒト以外の生物においては成功例が結構多く、もうかつての様に難しいものではありません。ヒトに関する研究もいろいろと倫理的・人道的な問題や課題、制約を乗り越え、実は幾多の部分的な研究は成果を挙げているものも少なからずあるのです。ただ、ヒト由来の全身的なクローン作製の実験例というのは、表面上はありません。あくまでも水面下という条件付きでのお話を除いてのことになるのですが・・・。」と企業側の担当者が語る。
「もちろん国内の法や規制も緩和され、今ではヒトクローンの作製実験の承認もいくつも許可が下りていることは分かっています。ただ、今回は実験とはいえ人一人の新たな生命誕生を人為的に、しかも生殖細胞ではない体細胞の核を使って独立的な人体形成に至る所まで「完成」したものを目指す実験になります。極論すれば失敗は許されないということを大前提にお願いしたいのです。」と真岡。
「趣旨はよく分かりました。我が社としてもこのプロジェクトには総力を挙げて全面的に協力させていただきます。なお、今回御提示いただいた金額で実験の遂行は可能です。実験の場所は日本国内ではなく、我が社のブラジル研究センターで行う予定となります。使用する対象細胞は神波様の体細胞を使用させていただきます。採取部位と量に関しましては・・・。」と言った具合に手順や日取りが決まっていく。ほとんど神波が意見等を差しはさむ余地は無かった。企業側としても実験の成果を早く入手したいらしく、さしたる障害もなく話は進行していったのだった。
企業との打ち合わせが済んだその日の夜、真岡講師と神波は繁華街のファミレスのテーブル席で食事を兼ねた対話をしていた。
「しかし、君がこんな大それた企画を本当に資金調達までやれたとは信じられないよ。まさにサプライズだね。」
「驚いているのは僕の方ですよ。まさかこのプロジェクトにこんなに多額の資金を投資してくれるパトロンがいるとは思いも寄りませんでしたからね。正直、今でも夢を見ているんじゃないかって。」
「でもその夢がこうして現実にかなってるんだ。素晴らしいじゃないか。しかもこの企画は成功すれば、間違いなく日本の、いや世界の生物学界において画期的な研究成果となる実証例になり得る。私も嬉しいよ。」
「ええ、ですがマスコミ対策もしませんとね。いろいろとうるさくなるんでしょうね。記者会見とかも開かなきゃならないんですかね。」
やがて時間も過ぎ他愛も無い話を続けながら、ふと神波は真岡の顔をじっと凝視していた。いつもは男勝りな性格の真岡しか見たことがなかっただけに、少しだけ女としての真岡 花美を意識したのかも知れなかった。それはともかく、神波は質問したいことをこの場で真岡に訊いてみることにした。
「先生、今までクローン技術が成功してきたのはどんな例があるのか教えてください。」
そこで真岡が話したのは以下の様なことだった。
そもそもクローンというのは、有性生殖の様なある種の生物体の配偶子が作られ用いられる生殖方法ではない。その意味では無性生殖の一つの方法がクローン技術とも言えるだろう。そして細胞のレベルで言えば、単一の細胞が分裂して生じた娘細胞の集団を、遺伝子の場合には特定の遺伝子をクローニングによって増幅させたものを「クローン」と呼ぶ。ここで「娘細胞」というのは、細胞分裂をする前の1個の細胞が分裂によって2個となった場合の新しくできたその2個の細胞のことを娘細胞若しくは嬢細胞とも言う。また、「クローニング」というのはある特定の遺伝子を増やすことを意味する。
クローンの先駆けとなった有名な実験として、1962年にイギリスのガードンが行ったアフリカツメガエルの核移植実験がある。これはまず、野生型ツメガエル(核小体が2個)の成熟した未受精卵に紫外線を照射して、核を破壊したものを用意する。次に変異したツメガエル(核小体が1個)のオタマジャクシの小腸上皮細胞から核を取り出し、先ほどの核を破壊した未受精卵にその変異したカエルの核を注入する。そして卵が卵割を開始し、細胞に核小体を1個持つ変異型のカエルが発生し、やがて1匹の変異型ツメガエルの成体として成長したというものである。この実験では、当初野生型のツメガエルだった未受精卵の核から変異型のツメガエルの核を取り換えただけで、その後の卵からは、変異型のカエル(つまり変異型のクローンガエル)が誕生したことを意味する。
それともう一つこの実験で興味深いのは、必ずしも生殖細胞ではない体細胞の核であっても(この場合は小腸上皮細胞の核)受精卵の核と同様にカエルとして完全な1個体を形成するのに必要な遺伝情報を有しているという事実が明らかとなったことだ。この性質を生物学では「全能性」と呼んでいる。この実験の場合、核が全能性を示したことが分かったわけだが、体細胞の様にすでに分化した細胞の核が全能性を示すということは、分化は不必要な遺伝子を捨てて起こるわけではなく、(分化にとって必要な)特定の遺伝子の情報だけが発現するように調節されて発生するものであることを意味しており、非常に興味深い性質であることが理解できるのだ。
次に有名な過去の実験として、クローン羊「ドリー」の誕生(1997年)が挙げられるだろう。クローン作製の技術には大きく分けて2つの方法があるが、ドリーの例はそのうちの一つである「体細胞クローン」作製技術と呼ばれるものだ。体細胞の核を電気融合により移植した卵が電気ショックで発生を開始した段階で、別の代理母ヒツジの子宮に戻して誕生させたのがドリーだ。完全に体細胞の核を提供した羊の遺伝子のみがクローニングされた体細胞クローンである。しかもドリー自身は生殖機能も持っており、有性生殖による繁殖も可能だったことが判明している。哺乳類においてもクローン作製がこの実験で実現可能の道が開かれたわけで、まさに画期的な技術だと言えるだろう。
ここまで話を終えて、神波は真岡と別れて一人家路に着いた。翌日は結構、予備校でも有名人になった神波だったが、なるべく自分からは積極的に会話をしないように努めたつもりの様子だ。この話で騒がれるのは彼にとって正直、辟易としていたからである。特にうるさいのは、幼馴染の人形坂に付きまとわれることだった。彼女の執拗な「口撃」には精神的にも肉体的にもホトホト参ってしまう。他にも見知らぬ人物とかから声をかけられたりもしたものの、ほとんどスルーしていた。
さて、神波としてはこれからの予備校ライフでやっておきたいことがまだあった。いろいろと受験が近づくにつれ試験や模試やらで忙しくなるし、その一方でプロジェクトの経過や進行役を務めなければならない状況もある。そこで彼にとっての伴侶となるべきパートナーや協力者が一人は欲しかった。
所属予備校の相談室に立ち寄って「サークル募集」について相談をしたところ、「大学受験者ギルド東京支部」を紹介された。大学受験者ギルドというのは、受験生たちの生活や学習の支援をしている団体で世界的な規模の組織だ。生活の悩みに関する相談から奨学金の貸付け、就職やアルバイトの紹介、病院施設の運営や賃貸住宅のあっせん、食料品や生活必需品、書籍等の割安価格での販売、さらには旅行事業や生命保険の加入手続代行業等々、幅広く支援活動を行っている組織団体だ。まずはギルドの東京支部へと足を運んだ神波は、窓口で早速サークルの募集をしたい旨の相談を持ち掛けた。窓口には事務員風のお姉さんがいて、「それでしたら、ギルドにまず加入の手続きをしてください。ギルドでは、サークルではなく、同じ目的のために集まって活動する対象をパーティ、その構成員をパートナーと呼んでいます。同じ活動のパーティの募集ということで手続きを進めていただくことになります。」と言われた。ギルドの加入手続を済ませ費用を支払うとパーティ募集手続に必要な事項を端末に打ち込んでいった。あとは数週間単位で募集期間が設定され、同じギルドの加入者たちに募集のあっせんが行われて応募者が現れれば、ギルドの方から連絡が来るとのことだった。パーティの目的として「理科系科目の勉強及びそれに関する活動」というキャッチフレーズで募集をかけてみることにした。
一週間後、二人の予備校生が応募してきた。一人は神波と同じ浪人1年生で名前を恋町 美沙と名乗った。女子である。なにかサッパリと垢抜けした感じの子で、あらゆる物事を達観視している様な落ち着きがある。ヨーロピアン風の眼鏡をかけた寡黙な女だ。もう一方は現役の高校3年生で男子だが、どう見ても小学生高学年か中学初学年にしか見えない風貌だ。上半身はライトグリーンの下地に黒のストライプの入ったパーカーに下はネービーの半ズボン、白ハイソ、赤いスニーカーを履いている。顔が幼さを残すというかあどけない顔立ちで、背も一般的にもあまり高くない(身長は120センチもないと思う。)。本人の言によると神波の出身と同じ高校の人間だという。趣味はテニスで体を動かすのが好きだとか宣っていた。それにしても、あまりにも小動物の様な愛くるしい容姿に、神波はつい抱きしめたくなる様な衝動にかられてしまう。思わずムギュと抱きしめたら、目を白黒させてバタついていた。小動物の名は早瀬 守とのことだ。
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