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時越えの詠嘆曲《アリア》

忘却の目的

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「お、嬢ちゃん達ここにおったのか
 探したぞい」

思考に入りかけだった私に聞き慣れた声が耳に入る。
声のした方を向くと、そこには朝から聖教へ依頼の中断の話をしに行っていた
ゼーレンさんが手を振りながらこちらに向かって来た。

「ゼーレンさん? もう聖教との話し合いは終わったんですか?」

私は思考を止め、ゼーレンさんに返事をする。

「ああ、話自体は終わった
 予想通りネチネチと嫌味を言われ続けたわい」

ゼーレンさんが不機嫌そうに鼻を鳴らして言う。
権力者が粘着質気味なのもこの世界では一緒か、だから
権力者になれるんだろうけども。

「すみません、本当なら私も行くべきなんでしょうが」
「構わんよ、むしろ嬢ちゃん達に役に立てるなら
 枢機卿共の嫌味の10や20どうって事は無いわい、ははははは!!」

私の言葉にゼーレンさんは気にするなとばかりに笑い飛ばす。
ホント、女の子には駄々甘だねゼーレンさん。
まぁそれに全力に乗っかっちゃってる私も私だけど。

「じゃが、奴ら足元を見おっての
 代わりの依頼を押し付けて来たんじゃ」

だけどすぐに不機嫌そうな表情に戻るゼーレンさん。
あらま、でもまぁその辺りは予想の範囲内かな。
その手の輩は少しでも弱みを見せるとすぐ付け込んでくるからね。
となれば次はその依頼をこなせばいいのかな?

「それじゃ、次はその依頼をこなせばいいんですね?」
「いや、それには及ばんよ
 この依頼は少々面倒な上に嬢ちゃん達には不都合でな
 儂1人で片を付けて来る」

だけどゼーレンさんは私の申し出をきっぱりと断る。

「どうしてです?」
「スマンが詳しくは言えん、じゃが依頼の都合で
 ファアル連邦に数か月ほど滞在せねばならんのじゃ
 王国で暫く情報収集せねばならん嬢ちゃん達には都合が悪かろうて」

私の問いかけにゼーレンさんが少しだけ困った顔をする。
ファアル連邦って確か商業の国だっけ、ラミカが店を出したいとか
言ってた様な気がする。
……確かにそれは都合が悪い、王国にリアの手掛かりがある
可能性が高い以上、情報収集の為にもなるべく王国から
長期間離れるのは避けたい所だ。

「ファアル連邦かぁ、マリスあの辺りは数回しか行ったこと無いから
 機会があればまた行きたいとこだけど、今回は我慢かな~」

ゼーレンさんの言葉を聞いてマリスがお気楽そうな声色で呟く。
マリスホントにどこでも行ったことあるね? ホントに何歳?

「という訳で勝手で悪いがパーティを抜けさせてもらう
 個人的にはずっとおりたかったんじゃがのう……」

ゼーレンさんが至極残念そうな顔で言う。
まぁ女好きのゼーレンさんならそうだろうね、私達と一緒にいた時の
ゼーレンさんは本当に楽しそうだったしね。

「私としても残念ですよ、頼りになる人でしたし
 何より面白いお爺ちゃんでしたので」

励ましになるか分からないけど、私はそうゼーレンさんに告げる。
実際世話になりっぱなしだったし、一緒にいて楽しかったのも事実だ。

「そう言って貰えると、冥利に尽きるの」

私の意図が伝わったのか、ゼーレンさんは歯を見せてにっかりと笑う。

「……ま、私も色々と世話になったから変な目で見てた事は我慢してあげる
 貴方にはまだまだ教わらないといけない事もありそうだし
 何よりレンの役に立つんだから、変な所で死んだりしないでよ」

それまで横を向いていたフィルがこちらを見ないままゼーレンさんにそう告げる。
……なにこれ? いわゆるツンデレって奴なのかな?
よく見るとフィルの顔がちょっとだけ赤い、アレは照れてるな?
ゼーレンさんの方を見るとにやにやと笑ってる、アレは察してるね。

「勿論だとも、老い先短いとは言えまだまだやり残したごとはごまんとある
 それらを全部終わらせるまではくたばりはせんよ
 また嬢ちゃん達と旅もしたいしの」

ゼーレンさんはニカッと笑ってそう言って来る。

「名残惜しいが、そろそろ失礼させて貰うぞい
 聖教からせっつかれてての、全く年よりの扱いが荒い奴らじゃて」
「分かりました、また一緒に旅が出来る様祈ってますよ」
「バイバイゼーレン爺ちゃん、お土産宜しくね~」
「……フン」

それぞれ別れの挨拶を交わすと、ゼーレンさんは片腕を上げたまま
背を向けて雑踏の中に消えて行った。

「……何だか申し訳ないことしちゃったね
 依頼の後始末を全部押し付けたみたい」
「……いいんじゃない? 本人が喜んでやってるみたいだし
 またひょっこりと私達の前に現れて、デレデレでしながら
 付き纏って来るに決まってるんだから」
「あはははは、まぁゼーレン爺ちゃんにとっては
 若い女の子と一緒に旅できるだけでも最高の報酬みたいだからね~」

ゼーレンさんが消えた先を見つめながら私達は口々に言う。
あの人の事だ、フィルが言う通りまたひょっこりと顔を出して来るだろう。
その時を楽しみに待つとしましょうかね。
とは言え、ゼーレンさんもいなくなってしまって
益々今後の行動指針を立てにくくなってしまった、さてどうするか……

「取り合えずさ、当初の目的に戻るのもいいかも知んないね」

不意にマリスがそんな事を言う。
当初の目的? 王国来たのは帝国から逃げてくる為だったし
リアが祈祷魔法を使えるって分かったのも王国に来てからだ。
そんなのあったっけ? と頭を捻る。

「レン……ほんっとに忘れてるの?」

フィルが呆れたように言って来る。

「ゴメン、何の話?」

思わず聞き返す、するとフィルがはぁ~~~~~~っと長い溜息を吐き
心底呆れた表情で私にずいっと迫ってくる。

「あのねレン、私達がレンと一緒にいるのは
 レンが『元の世界に戻る』のを手伝う為でしょ!?
 その為に『勇者の足跡』に行くって事、ほんっとに忘れてたの!?」

あ、あ~~~あ~~~あ~~~あ~~~
うん、ほんっとにすっかり忘れてた。
完っ全にリアや他の事で頭がいっぱいになってて抜け落ちてたよ。
そんな私の表情を見てフィルは頭を抱えて再び深い溜息を吐く。

「ほんっと、何処まで自分の事は後回しなのレン……
 他人の事を優先するのは一見美徳に見えるけど、それはただの虚構よ
 自分を大事に出来ない人が他人を大事になんてできる筈が無いんだから」

再びずいっと鼻先にまで顔を近づけたフィルが
今度はお説教モードで私に言って来る。

「いや、別に人の事を優先してた訳じゃないんだよ?
 ただ単に私の事は緊急性が無かったからと言うか……」
「黙らっしゃい!!」

とっさに言い訳をしようとする私にフィルがバッサリと切り捨てる。
いやフィル黙らっしゃいって……なんかキャラ変わってない?

「レンって自分の事は無頓着だって知ってたけどここまでなんて……
 今度という今度はほんっとに頭に来たわ」

鼻先のフィルの表情がだんだんと怒りに変わって行く。
……やば、フィルってばこれ本気で切れてる!?

「いやいやいや、フィルのお陰で思い出したから!!
 よし、次の目的地は『勇者の足跡』の1つ目でけって~い!!
 みんなもそれでいいよね、ね!?」

助けを求める様にそんな事を言いながら周囲を見回す私。
だけどマリスは楽しそうにこちらを見てるだけ、そしてリーゼは
珍しく呆れたような表情で私を見てる。
……あれ? もしかして誰も助けてくれない?

「マスターの決定に異議はありません
 ですが、我も常々フィルミールと同じ事を思っていました
 なので、フィルミールの説教を受けるべきかと
 口下手な我と違いフィルミールならマスターを
 納得させることも出来るでしょう」

呆れ顔のままそんな事を言ってくるリーゼ。
ちょっ、ホントに助けてくれないの!?

「さてさて、次の目的地も決まった事だしマリスは買い出しに行こうかな~
 リーゼ、荷物持ちお願いするよ~」
「了解しました、では2人共ごゆるりと……」
「ちょっ、まっ!!」

そしてマリスはニヤニヤしながらリーゼを伴ってその場を離れようとする。
あんにゃろ、見捨てていくつもりか!?

「さて…それじゃあレン、2人きりでゆっくりお話ししましょうか?
 ふふふ、レンと2人きりでお話って久しぶりだから楽しみね♪」

そしてとてもいい笑顔を向けて死刑宣告を告げるフィル。
その美しくも恐ろし気な笑顔を見て私は逃げられない事を把握する。

「はは……はい、ヨロシクオネガイシマス……」

この後に繰り広げられる説教地獄を想像して、私は暗鬱の気持ちのまま
機械的に返事をするしかなかった……











―――そんなレン達を王都のはるか上空から見つめる2つの瞳があった。

「フン……茶番に過ぎんな
 命令とは言え下らん仕事だ、これが続くとなれば少々うんざりだな
 ならば……」

視線の主は誰と聞かれるでもなくそう呟いた。
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