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時越えの詠嘆曲《アリア》

下民街

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「……またこの臭いを体験する事になるとは思わなかったわ」

フィルが口を手で押さえながら呟く。
気持ちは解るよ、この臭いは何度体験しても慣れるようなものじゃないから。

下民街と呼ばれた区画をリーゼの先導で進みながら周囲を見回してみる。
何か大きな力……言うなれば自然災害のような力で破壊された建物ばかりで
無事な建物が1つも見当たらない、破壊された際に出た瓦礫も
そのままの状態で放置されている状態だ、そんな建物の隙間を埋める様に
申し訳程度の布を張ってある、恐らくは雨露を凌いでここで生活する為に
貼られているのだろう、中からちらほら人の気配はしてるしね。
建物の周りにも座り込んでいたり、地べたに寝転がってる人も
散見される、恐らくは生きてるんだろうけど生気のない目で
虚空を見つめいる状態の人が殆どだ、そしてその人達の殆どが
何処か怪我をしていたり、または欠損……腕や足が無い状態の人だらけだ。
これは……スラム街と言うレベルじゃない様な気がする、まるで
戦場痕の様な凄惨さだ。
その様子から見るにこの街に入った時から漂う饐えた臭いは恐らく……

「……っ、ここは一体」

顔色を若干青くしながらフィルが周囲を見回して呟く。
普段のフィルならこれだけの怪我人を見かけたら治療をしそうなものだけど
そんな余裕はないのか、それとも数が多すぎて無理なのを察してるのか
座り込む人たちに駆け寄る様子は無い。

「胸糞悪い風景を見せてすまんがの、これが王都の下民街……
 通称『終末区画』じゃ
 王都で罪を犯した者や怪我や病気で動けなくなった奴隷が
 うち捨てられてしまう、いわば『廃棄場』なんじゃよ」
「なっ!?」

淡々と語るゼーレンさんに絶句するフィル。
……この様子からそんな感じじゃないかとは思ってたけど、その通りだとはね。
全く……異世界だろうがどこへ行ってもこんな場所は存在するなんてね。
しかし王都内にこんな区画があると衛生面的にもマズいとは思うんだけど……
恐らくこんな惨状だから死体も埋葬されてないだろう、どこかに
集められて山の様になってるか最悪その場で放置されてる可能性だってある。
この饐えた臭いはという証だ、まず確実に伝染病とかの
温床になりそうだけど王都そのものにはそんな気配はない、魔法とかで
何とかしてるって感じだろうけど……

「ふ~む、始めて来たけど中々に凄い事になってるねぇ
 成程、『狂竜災害』とはよく言ったものだよ」

マリスが興味深そうな表情で辺りを見回しながら呟く。
……また何か聞きなれない単語が出て来たな。

「だからこの惨状……そして復興できる当てが無いからそこを……」

フィルが険しい顔で周囲を見回して呟く。
ふむ……言葉のニュアンスからして何らかの災害が起こって
被害が甚大過ぎたために復興もされずに放棄されてるって感じなのかな?
そしてそこを下民街と言う名前の廃棄場として使っていると。
……全く、胸糞悪い事この上ないね。
とは言え『狂竜災害』ね……自然災害なら私達も出くわすかもしれないし
ちょっと聞いてみた方がいいかな?

「えっとフィル、その『狂竜災害』って何かな?
 見たところ台風や地震クラスの大災害を受けた感じに見えるんだけど」
「大災害……確かにそうね
 タイフウ、ってのは良く分からないけど大地震クラスの災害と言われれば
 その通りね」

私の質問にフィルが険しい表情のまま、そしておもむろに
先頭を歩くリーゼに視線を向ける。

「ん? もしかして何かリーゼに関係ある事なの?」
「……そうね、リーゼ自身という訳じゃないけど」

何か含みを持った言い方するねフィル、リーゼに関係する事柄って言われても
ドラゴン関係しか思い浮かばないけど……
って、そう言えば王国ってドラゴンに酷い目に遭わされたって
話があったような。

「流石レンお姉ちゃん、察しがいいね
 数十年前に突如ドラゴンの群れが王国を襲ってきてね
 その時に破壊されたのがこの場所って訳」

私の表情を見て察したマリスが答える。
……成程ね、元々何があったかは知らないけど、ざっと見まわしただけでも
一つの町ぐらいありそうな区画だ、そこを襲われて破壊されたとなれば
ドラゴンを敵とみなしすのも当然だ。
……けど、ドラゴンってそんな狂暴な面があるんだ。
まぁ確かに逆鱗に触れたリーゼは狂暴だったけど、普段は凄い理知的だし
それに複数のドラゴンの逆鱗を触って回るって言うのも考えづらい。
正直やるとしてもメリットが無さすぎる上に普通に殺される可能性大だ。
となれば他に要因があるんだろうけど……

「狂竜病……ですか」

それまでずっと先導していたリーゼが突然立ち止まり、口を開く。

「……成程の
 一応学者達が打ち倒したドラゴンの死骸を調べて
 何らかの外的要因で理性を奪われていたのではないかと推測しておったのじゃが
 リーゼがそう言うのなら確定の様じゃな」

リーゼの言葉にゼーレンさんが納得したように頷く。
狂竜病ね、言葉のニュアンス的に狂犬病みたいな病気がドラゴンにもあるって
事みたいだけど……

「お察しの通りです
 我々が唯一罹る事のある奇病……それが『狂竜病』と呼ばれるものです
 これに侵されてしまうと強烈な苦痛を伴い、それによって我々の知性が
 失われると同時に強烈な破壊衝動に突き動かされてしまいます
 ……この国を襲ったのも、恐らくは」

リーゼが悲しそうな、だけど怒っているような表情で言う。
……何か複雑な感情があるみたいだね、まぁ力が正義なドラゴンにとって
病気に負けて暴れ回るって言うのは屈辱以外の何物でもなさそうだけど。

「成程ね~、最強種と名高いドラゴンもそんな病気にかかるとは初めて知ったよ
 となるとこないだ王都に向かってきたドラゴン達も……」
「いえ、彼らは該当しません
 目的は不明ですが変異してしまう前までは彼らとの会話は可能でしたので
 それに……狂竜病にはあんな体を変異させるような症状は
 今まで確認されておりませんので」
「ふ~ん、そっか」

マリスの疑問にリーゼが淡々と答える。
私もその可能性を一瞬考えたけど、リーゼがそう言うならその線は無いっぽいか。
となると益々あの変異は何だったって話になるんだけど……
……とといけない、今はそんな事を考えてる時じゃなかった。

「一先ずその話は置いといて、先ずは目的を果たさないと
 リーゼ、追跡は続行できる?」
「可能です、もう間もなく遭遇できるかと
 魔力の流れをからして恐らくはここに滞留している可能性が高そうです」

リーゼが視線を1つの建物に向ける、恐らくはそこに
聖女候補がいる可能性が高いのだろう。
しかし目的が全く読めないね、連れ去られた様でも無く
自分からこんな所に来たようだけど……災害救援の一環何だろうか?
それにしたって聖教に何も言わないのも変だ、ホントに何なんだろ。
それに……

「マスター、周囲に人間達が潜んでいますが如何致しますか?」
「その様じゃの、しかもご丁寧に包囲しておるの
 物取りの襲撃くらいはあるとは思っておったが、はてさて」

周囲の気配を察したリーゼとゼーレンさんが小さな声で耳打ちして来る。
囲まれてる……とはいえ5人程度かな、それなら後方さえカバーして貰えれば
問題はないかな。
しかしこの街にもまだ動けるような人がいるんだね、まぁ犯罪者も
ここに連れて来られるとか言ってたし、その手の輩が略奪等を繰り返しながら
生き延びてるって可能性が高いだろうけど。

「さてさて、何が出てくるやら……」

私は感覚を研ぎ澄ませながら、相手の出方を待つ。
それと同時に物陰から複数の人影が飛び出し、私達に襲い掛かった。
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