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帝国と王国の交声曲《カンタータ》

日の当たらない日常

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「奴隷娼婦《スレイブ・ホア》………ですって!?」

フィルがその言葉を聞いた途端声を荒げる。
まぁ声を荒げたくなる気持ちもわかるよ、直訳するとそのまんま
「奴隷娼婦」だもん、私もあまりいい気分はしないかな。

「という事は未だに帝国は奴隷制度を敷いている訳?
 有り得ない…あれは10年程前に聖教の声掛けで
 全ての国で廃止されたはずよ!?」

フィルは怒りを露にしながら喋り続ける、余程腹に
据えかねてるみたいだ。
けど、廃止された制度が未だに施行されてるって事は………

「まぁ表向きはね。けど人って今まで当たり前にして来た事を
 簡単に捨てる事なんて出来ないんだよ、例えそれがどんな事だろうとね」

マリスが苦笑しながら言葉を紡ぐ、確かにそれは真実だ。
という事は………

「確か、奴隷解放を提唱したのって【ティア派】のサイア司教だっけ
 そこから【ブラン派】が賛同して聖教内の奴隷解放の気運が高まって
 最終的に法皇が奴隷制度の廃止を各国に願い出て、それに各国が応じた
 ………って流れだったよね」
「そうよ、アンタ魔導士の癖にやけに詳しいわね」

マリスの言葉をフィルが肯定する、なんか宗派みたいな名前が出て来たね。
どうやらフィルの宗教も一枚岩ではないみたい、そう言えば2人の神様が
世界を作ったって教えの宗教ってマイーダさんが言ってたっけ。
それにしても元の世界の奴隷解放運動と違って偉く平和的だね、けど………

「なら、この状況は不思議でもないかな~
 聖教はあくまで宗教団体であって国を裁く権利なんて持ち合わせてない
 急進派な【ブラン派】は聖騎士クルセイダーで武力介入する事はあっても
 穏健派の【ティア派】が提唱した事柄なんて例え法皇の後押しがあっても
 あまり守られる事は無いんじゃないかな~」
「………」

マリスの現実を突いた容赦ない言葉にフィルは唇を嚙むも否定はできないでいる。
何と言うかまぁ、当然だけどこの世界でも政治的なアレは
あまり気分のいい物じゃないね。

「それにさ、聖教のお偉方は大義名分しか見て無いだろうけど
 奴隷解放って奴隷の中でも賛同してたのは少ないんだよ」
「えっ!?」

ん?奴隷達が自分達を開放する為の宣言なのに賛同してない?
一体どういう事だろ。

「奴隷ってさ、一般の人から見れば人間として扱わずコキ使われて
 捨てられてるって印象あるんだけど実はそこまでの扱いはされてないんだよね
 確かに人間扱いはされないんだけど、それも当然と言えば当然で
 奴隷って基本なんだよ」
「財産………ですって!?」

財産、つまり奴隷は人じゃなくて物扱いって事になるよね。
けどそれがどうして奴隷解放に賛同しないって事になるんだろ。

「フィルミールお姉ちゃんさ、物を粗末に扱ってすぐ壊したりする人間と
 可能かなぎり丁寧に扱って、長持ちさせる人間ってどっちが
 尊敬されると思う?」
「そんなの考えるまでも無いじゃない、後者に決まってるわよ」
「そだね、それに主に奴隷を使役する貴族や大商人って、大抵財産を貯めこんで
 その総量を自慢する人間達なんだよ、だから………」
「………あっ」

そう言う事か、奴隷と言う言葉に惑わされがちだけど
彼らは貴族や大商人達にとっては使用する道具の一部、そして
他者に自分の力を誇示する一種の財産バロメーターみたいなものにもなるんだ。

「気づいた様だね、大勢の奴隷をそれだけ維持管理できるって事は
 イコール自分達の力の証明って事にもなり得るんだよ。
 そんな奴隷達を、むやみやたらに使い潰す輩は自分の財産を
 自ら減らして行ってる愚か者って認識なんだよ」

そう考えれば確かにそうだね、便利な道具な上自分の力を誇示できる
物を使い潰すなんて考えなしにも程がある。

「成程ね、という事は奴隷達の待遇ってそこまで悪くは無いんだ」
「そう言う事だよレンお姉ちゃん、生きる為に必要な食事は与えられるし
 十分な睡眠時間もある、流石に動けなくなる大怪我や病気をしたら
 捨てられる可能性はあるけど、小さなけがや病気なら治療は受けられる
 まぁ、良くも悪くもなんだよ、奴隷って」
「………だから、奴隷解放に賛同はしなかった、という事なのね」
「そう言う事だね~、他に食い扶持があるなら兎も角
 奴隷がそんな潰しのきくような事柄を持ってる訳ないし
 はっきり言ってそんな状態で解放されても餓死する可能性の方が高いよね」

確かに、奴隷は人間として扱われず物としていたからこそ
生きてこれたみたいだね。それをいきなり「貴方は人間です」と言われ
奴隷主から解放されたとしてもまともに生きて行くことは出来ないのは
ちょっと考えれば分かる事だよ。

「ちなみに聖教は『解放しろ~』と言うだけ言って解放された奴隷の事は
 全く関知してなかったようだね、ぶっちゃけ解放された奴隷が
 再び奴隷になろうとどこかで野垂れ死んでも知らん顔だったらしいよ
 あくまで『今いる奴隷を解放しろ~』って事だけしかやってなかったみたい」
「………」

フィルは苦虫を噛むような表情をしてるけど何も言わない、という事は
結局奴隷解放ってただのパフォーマンスに過ぎ無かった事だね。
………あれ、でもそれならなんであの女の人達は
あんな疲労困憊した様子だったんだろ。
そんな私の表情から考えを読み取ったのか、マリスはいつもの
飄々さを潜めて真面目な表情になり

「で、ここまでが奴隷に関する表の面
 何事にも表と裏があるみたいに、当然この件に裏はあってね」

マリスの言葉に一瞬思考が止まる。
………奴隷制度の裏?

「………は?アンタ裏があるってどういう事よ」
「話してもいいけど、正直物凄く不愉快な話になるよ。それでも聞きたい?」

真剣な表情のまま口にして私達をじっと見つめるマリス。
………そう言う事か、マリスの言葉で大体納得できたよ。

「マリス、1つ聞きたいけど奴隷ってどうやったらなるの?」

確認の為にマリスに質問する、それだけで意図を汲み取ったのか
マリスは少し苦笑した後口を開き

「様々だね~、戦争や権力闘争に負けたり、商売に失敗したりして
 返せないほどの借金背負ったりだね、けどそんな奴隷達は
 になるから、財産にカウントされるんだよ」
「正当な方法で手に入れたって………まさか!!」

どうやらフィルも気づいたようだね、となるとホントに
不愉快極まりない話になりそうだけど。

「2人の想像通りだよ、そもそも前にゼーレン爺ちゃんが言った通り
 娼婦って帝国では正当な仕事って認められてるんだよ
 で、レンお姉ちゃんは知らないからついでに説明しとくけど、帝国って
 国が認めた仕事をしてれば人種問わず法に則った保護が受けられるんだよ。
 レンお姉ちゃんだって異世界人なのに冒険者って仕事してるから
 帝国が身分を保証してくれてるでしょ?」

確かにそうだ、入国はゼーレンさんのコネを使ったとは言え
冒険者となってからは異世界人だからと言って差別されたことは1度もないね。
当たり前のように感じてたけど、帝国って結構福利厚生がしっかりしてるのかな?

「帝国によって保護されてるから娼婦だからと言って乱暴を働くことは許されない
 意志に反したり酷使する事なんて以ての外だね、バレたら実行者と経営者の首が
 文字通り飛んじゃうくらいの罪に問われるんだよ
 労働者は全て帝国の所有物、雇用関係はあくまで労働者を帝国が
 貸し出してるっていう形になってるからね
 そしてその保護を受ける為に、労働者は税金を払うって関係かな」

成程、日本とは形は違えど労働者の権利はある程度守られてるんだね。

「けど、逆に言えばは帝国は保護しないんだよ
 まぁ、いわゆる非合法な仕事って奴だね
 そんであの奴隷娼婦スレイブ・ホアって呼ばれた女の人達は
 
 人達なんだよ」

マリスの告げた言葉に絶句するフィル、確かにこれは不愉快極まる話だね。

「という事は、帝国の保護がないから………」
「うん、生かすも殺すも主次第。まさに本物の奴隷だね
 当然脱走できない様にいくつもの枷を嵌められてる、そもそも身分証のない
 人間が帝都を出ようとしても警邏の兵に捕まって牢獄行きがオチだしね」

なんともはや………これは確かにデューンさんが私達に伏せようとする訳だよ。
女の身でこんな話を聞かされたんじゃたまったものじゃない。

「で…でも、非合法って分かってるならその元締めを捕まえればいいじゃない
 帝国って法を犯せば貴族でも容赦なく罰せられるんでしょ?なら………」
「それが出来ないからあの人達はいるんだよ、残念な事にね」

フィルの言葉をマリスがバッサリと切る。
これ以上無い程に残酷な現実だね。

「何でデューン兄ちゃん達があの人達の為に店を開けてるのかは分からない
 けどあの人達を受け入れてるって事は結構なリスクもあるだろうし
 その覚悟もしてるんだろうね、今のマリス達じゃ手伝ってあげる事も出来ないし
 あの女の人達を救ってあげることも出来ないよ」

更に残酷な現実を突きつけるマリス、フィルは悔しそうに視線を背けてる。

「リーゼゴメンね、ドラゴンのリーゼには全く関係ない話ばっかして」
「いえ、お気になさらず。むしろマスターの傍にいる為に必要な知識だと
 判断しましたので静聴させて頂きました」

ずっと黙って聞いてたリーゼにマリスが謝るも、リーゼは首を振って答える。

「取り合えず、忘れる事は出来そうもないけど気にしてても仕方ない
 私達は今できる事を全力でこなすしかないんだから………いいね?フィル」
「………レンがそう決めたのなら、私に異論は無いわ」

どうしようもないものをいくら考えた所でどうにかなるものじゃない
マリスの口ぶりからして彼女達………奴隷娼婦スレイブ・ホアを縛り付けているのは
少なくても組織的、そしてこの国で権力を持つものが噛んでる可能性が高い。
薄情な様だけど、私達にはそんなものと戦う力は無いしそもそも理由も無い。
そう納得はしてる筈なんだけど、もやもやは消えない。
………どうやら思ってたより私って正義感が強かったみたいだよ、お爺ちゃん。

1階の明かりはまだ消えてない、あの人達はどんな気持ちで
食事してるんだろうか。
そんな事を考えながら、私達の夜は更けていった………
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