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帝国と王国の交声曲《カンタータ》

初の休息日

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「ん~~~~っ、いい朝!!
 こんなに平穏な目覚めは久しぶりかも」

デューンさん達の依頼をこなし、思わぬ形で住む処を手に入れた一週間後
引っ越しの片付けも落ち着いたところで、私は新たに自分の部屋となった
場所で起床の伸びをしていた。
やっぱりプライベートの空間があるのとないとでは精神的な負担が全然違う
比較的慣れてたとは言え男性の視線がないのも大きいね、荒くれ者だらけと言えど
男性の目があるとどうしても出来ない事が多々あるんだよね。
それを気にする必要がないのはほんと快適だね、住居を提供してくれた
デューンさん達に感謝だよ。
ちなみにデューンさん達はここには住んでない、デューンさん達は
元々の家があって、ここは店舗を探していたデューンさんが
何かの縁で手に入れた物件らしい。
ただ、流石のデューンさんと言えど2階まで客席にすると手が回らないらしくて
1階のみを店舗として改装して2階は物置小屋になっていた、という訳だね。

部屋は大体6畳ひと間ぐらいの広さ、部屋数は6あってみんなそれぞれ個室として
使っている、リーゼは私と同室にしたいとは言ってたけどフィルが無理矢理
1部屋宛がってた、流石のフィルもその辺りは空気を読んでくれた
みたいだったね、正直フィルも押しかけて来るかと思ってたけど。
ただ、水回りの物が全くないのが少し不便だけど贅沢は言ってられない
その辺りはマリスが「何とかするよ~」と言ってたけど。

引っ越しの際に生活用品はラミカに頼んで色々揃えて貰った、最近売り上げが
落ちてたらしく、頼んだら大喜びで様々な物を取り寄せてくれた。流石に
家具とかはお店を紹介して貰ったけど。
そんなこんなで物置だった2階を片付け、住めるようになったのが昨日
ドタバタしてた日々がやっと落ち着いてのんびりと惰眠を貪ってたって
言うのが今の私の状態だ。

「さ~ってと、この世界に来て初めて予定のない日だね
 はてさてどうしよっかな」

目が覚めてしまったので服を着替え誰もいない部屋で1人ごちる。
マリス程じゃないけど私も暇が苦手だったりするんだよね。
この世界エルシェーダに来る前は学校があったし休日は
溜まった家事と鍛錬に明け暮れてたから暇って感覚は無かったね。
元の世界にいた時の様に鍛錬するって手もあるけど、自分から休日って
言い出した手前そうするのにも抵抗はある。
休む時は絶対に休めってお爺ちゃんにきつく言われてたし。

「取り合えずいつもの柔軟はやるとして………文字の勉強をしよっかな
 いつまでもみんなに読んで貰ってばかりじゃかっこ悪いしね」

そう思い立ち、私は日課の柔軟体操をする為に床にお尻をつき
足を180°開脚した状態で体を前に倒す。
鍛錬に休息は必要だけど柔軟は毎日やってないとすぐに体が動かなくなってくる
特に格闘時は体の可動域が少ないだけで攻撃範囲が狭まってしまう為死活問題だ
この辺りもお爺ちゃんに厳しく教えられた事だったり、なので柔軟体操は
余程の事がない限り欠かした事は無い。

「ん~~~………ちょっと固くなってる?
 いや、これは筋肉がついた感じかな?」

女の子として筋肉がついて行くのはどうかと思うけど、取り合えず筋肉が
ついてるって事は私の戦闘能力が上がってる証拠だ。
レベルとやらがこの世界の強さの基準だからもしかしたら私は
強くなれないのかもと少し不安だったけどどうやら杞憂の様だ。
となれば私は今のまま鍛錬を続けてればいいって事かな?
そんな事を考えてると部屋のドアが控えめにコンコン、と2回鳴る。

「ん?誰かな
 は~い、空いてるからそのまま入っていいよ~」

私の言葉に返事するかのように部屋のドアが控えめに開き、中から少し
遠慮がちに小さな体が入ってくる。

「お、お早うございますレンさん………って!?
 ど、どうしたんですかその格好!?」

部屋に入ってきたのはアイシャちゃんだった、遠慮がちにおずおずと
入って来たかと思えば私の姿を見て目を真ん丸にして驚いてる。

「ん?格好と言われてもいつも通りの服装のつもりだけど
 どこか破れてたりしてる?」
「い…いえ、そうじゃなくて
 そんなに足を開いたままベターって前に倒れて痛くないんですか!?」

ああ、この体勢を見て驚いてたのね。
そう言えば学校で体育の時も同級生に驚かれてたっけ。

「あはは、大丈夫だよ。ほら」

私は何事もなく上半身を上げる、その様子にアイシャちゃんは驚いたままだ。

「何なら背中を押してみる?どんなに強く推しても大丈夫だから」
「え…いいんですか?途中で痛くなったりは………」
「だいじょぶだいじょぶ、ほら」

私は押し易いように若干前かがみになる、それを見たアイシャちゃんは
おずおずと背中に触れ

「そ、それじゃ行きますよ?痛いならすぐに言って下さいね?」

そう言いながら恐る恐る私の背中に体重をかけて来る。
私はその力に逆らわずゆっくりと体を下ろし………

「………ね?大丈夫だったでしょ?」

完全に体が床についた状態でアイシャちゃんに告げる。

「凄い…私そんな事できません
 どうやったらそんな事が出来るんですか?」

アイシャちゃんは尊敬の眼差しで私を見る、けど正直
これってそこまですごい事じゃないんだけどね。

「難しい事は何もないよ、ただただ毎日少しづつ体を前に倒していくだけ
 まぁ結構な時間がかかるし、痛いのを我慢して無理して曲げちゃ
 いけないって事を気を付けなきゃいけないぐらいだよ」

私はそう言いながらすっと立ち、そのままアイシャちゃんの前で
I字開脚をして見せる。
ちょっと恥ずかしい体勢だけどアイシャちゃんしかいないしまぁいいかな。

「この位できないと戦ってる最中に支障が出るし、無理して動けなくなったとか
 洒落にならないからね、体は常に柔らかくなるようにしてるんだよ」

アイシャちゃんは真上に上がった私の足を感心したように見てる。

「凄いです…ガティさんを倒した時にどうやったらあんなに
 高く足が上がるんだろうって思ってましたけどそれだけ
 体が柔らかかったのなら納得です、やっぱりレンさんは凄いですね」

ありゃ、アイシャちゃんの目が完全に尊敬する人を見る感じになっちゃってる。
少し調子に乗ってやりすぎちゃったかな?

「あはは…さっきも言ったけどこれは時間をかければ誰にでも
 出来る事だから別段凄い事じゃないんだけどね。
 ………ところで今日はどうしたの?
 もしかしてマイーダさんから何か依頼があったとか?」

流石に照れ臭くなってきたので強引に話題を変える。

「いえ、依頼は相変わらず無い状態が続いてます
 と言うか冒険者間で依頼の争奪戦になってる状態でして……」

ふむ、一週間前から状況は変わってないのね。
依頼の争奪戦って、近々何か大きなことでもあるのかな?

「今日レンさんの所に来たのは、これをお渡しする為なんです」

そう言ってアイシャちゃんはキューブを取り出し、中から1本の大きな角と
50㎝四方くらいの皮を出してきた。

「ん?これってあのデカサイの角だよね?」
「デカサイ……ですか?」

おっと、サイじゃ通じなかったね。

「えーっと確か、二つ角のツインホーン・破壊槌ラムブックだっけ
 あれの素材なのかな?」
「はい、あれの解体が終わったので素材を届けに来たんです。
 勿論これだけじゃなくて牙や骨、肉も大量に摂れましたよ
 まぁ、大きい上に猛毒持ちでしたからその分解体費用も
 かなり高くついちゃいましたが………」

ふむむ、まぁあの巨体を解体するのは大変だったろうね。
しかも血液が全て毒と来てるものだからむしろ良く解体できたものだと感心する。

「その辺りは専門家に任せるよ、無茶な値段じゃなければ払うつもりだから
 もしギルドが立て替えてくれたらすぐに払うけど………」
「いえ、名在りネームドの解体費用は全てギルドが受け持つ決まりなので
 その代わり討伐した素材の一部をギルドが持ってっちゃいますが………」

成程、解体費用を全額持つ代わりにギルドが貴重な素材を手に入れるって訳ね。
それならそれで構わない、むしろ面倒な交渉をやってくれて助かったよ。

「残りの素材はギルドの保管庫にありますので早めに取りに来てください
 と言いたい所なんですが………」

そう言いながらアイシャちゃんがちょっと困った顔をする。
何か問題でも発生したのかな?

「どこからか嗅ぎ付けた商業ギルドの人達が素材を売ってくれって
 うちに押しかけてるんです、これ自体はいつもの事なんですが
 今回は討伐例のない名在りネームドなので結構な数の商人さん達が
 殺到しちゃって………」

ありゃ、そんな事になってたんだ。

「取り合えず私が持っていけるだけの素材を渡して来いとママから言われて
 こうしてレンさんの所に尋ねて来たんです」

ありゃ~、これは思わぬところでギルドに迷惑を掛けちゃってたね。
となれば暇なんて言ってる場合じゃないか、恐らくマイーダさんは
私達が素材を必要とするんじゃないかと思って商人たちを抑えてくれてるんだ。
ならすぐに行って必要分を伝えないといけないんだけど………

「参ったね、すぐに駆け付けたいとこだけど私じゃ素材の価値なんてわからないし
 せめてフィルかマリスがいてくれたらいいんだけど………」
「レンお姉ちゃん、呼んだ~?」

いきなり頭上から声がする、驚いて思わず頭上を見ると
出会った時の様に天井から逆さまにぶら下がっているマリスがいた。

「わっ!!マリスいつの間に!?」
「何だかおもしろそうな予感がしてたら案の定だよ
 そう言う事ならマリスにお任せだよ~ん」

私の問いには答えず、天井から飛び降りて私達の前に立つ。

「んじゃ行こうかレンお姉ちゃん
 さてさてどんだけ吹っ掛けてやろうかね~、あははははは♪」

呆気に取られる私達を尻目にマリスは楽しそうに笑いながら部屋から出て行く。

「え~っと、今更ですけどマリスさんって何者なんでしょうか?」
「さぁ………少なくとも只者じゃないとは思うよ?」

アイシャちゃんの問いに、私は曖昧に返事をするしかなかった。
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