127 / 134
4-27 魔王の用事が知りたい
しおりを挟む
「おばあちゃん、ただいまー!」
「おお、ユタさん。おかえりなさいませ」
「あれ、お客さん? お姉ちゃんと……お父様」
はしゃいでいたユタの顔が、急に曇った。子どもには、必要以上に恐ろしく映るのかもしれない。
「おかえりユタ」
「──おかえり、ユタザバンエ。友人とは、親しくやっているか?」
「は、はい」
「そうか」
「──? お父様、なんだか、いつもよりも、元気がないような……?」
「気のせいだろう」
なんと、勘の鋭い子どもだろうか。察しが良すぎる。
「そうですか。……失礼しました」
ユタは幼いのだから、周囲など構わず、喋り倒してくれればいいのにと思う。これで、わりと、周りの変化に敏感だ。
「ユタ、友だちは元気だった?」
「べっつにぃ? 元気だけどぉ? えっと、サリーと、ヒメルカと、ネーデリッヒと、タチアナがいてね、サリーは僕にくっついてて、ネーデリッヒとタチアナは、僕がどっちを好きかで喧嘩してた」
この通り、ユタの口からは女の名前しか出ない。そして、定期的に入れ替わる。生意気なやつだ。ただ、ヒメルカという子だけはいつも話に出てくる。ヒメルカは聞く限り、計算高い、魔性の女だ。
「ヒメルカは?」
「ヒメルカはね、トイレから帰るときに、たまたますれ違って、プレゼントくれたんだ。これ、手作りのクッキーだって。みんなには内緒だって言ってた」
ユタの好きなクマのクッキーだ。しかし、よく見ると、赤いハート形のやつが一個入っている。ヒメルカのそれは偶然ではなく、明らかに狙ってやったのだろう。あの子はそういうところがある。会ったことはないけれど。
「あとね、ネーデリッヒとタチアナを仲直りさせてたし、サリーみたいにくっついてこないし、それから──」
とまあ、いつものように、小二の可愛らしい話を聞いていた。ただ、
「ヒメルカは可愛いんだけど、いつもニコニコしてるから、なに考えてるかよく分かんないんだよね。あ、ハートだ」
クッキーを食べながら、ユタが言った。こいつが、一番、魔性だ。果たして一体、何人泣かせることになるのか……。
「あんたは、あかりみたいになっちゃ駄目よ」
「あかりぃ? ……そういえば、お姉ちゃん、今日は二人と一緒じゃないの?」
「色々あったのよ。それより、お父さん、妙に静かね?」
私は黙ったままの父へと、雑に話題を振る。父は腕を組み、真剣な顔で、
「話に入る隙を狙っていたのだが。うむ、難しいな……」
「あ、そういえば、お父様いたんだった」
「……くくっ」
ユタにさらっと忘れていた発言をされて、父は力なさげに笑った。なかなか、今のはダメージが大きい。さすがの私でも、そこにいる人のことまで忘れたりはしない。フォローはしないけれど。
「お姉ちゃん、クッキー一個あげる」
「うん、ありがとう。お父さんにもあげたら喜ぶわよ」
そんなこんなで、気を回しながら話していると、そのうちに、ユタは眠りこけてしまった。遊び疲れたのだろう。ちなみに、クッキーはチョコレート味だった。私は眠るユタの頭を撫でながら父に訪ねる。
「ユタって、いつ即位するの?」
「八年後。十六の誕生日に我が城で即位のパーティーを行う予定だ」
「後、八年。──あっという間ね」
「貴様もまだ十六だというのに、奇妙な言い方をするものだ。くくっ」
「そう? でも、まあ、今のあたしが魔王になるみたいなものなのよね──」
そうして、少し沈黙が流れて。何も言わない魔王に痺れを切らして私は問いかける。
「あんた、暇なの?」
「暇ではない」
「じゃあ、さっさと要件言ったら? あたしとユタの顔を見に来たのは嘘じゃないかもしれないけれど、他にも用事があるんでしょ?」
「……そうだな。まだ、教えられぬとは思うが、伝えられる限りのことは伝えよう」
魔王は立ちあがり、ついてこいと言った。ユタをボーリャさんに任せて、言われるがままに外に出る。
まだ外は明るく、庭には、小さなカラスがとまっていた。そのカラスは、私に気がつくと、飛んできて、肩に乗る。ずいぶん、人懐こい。よく見ると、羽に三日月の模様がついていた。
「ルークに会ったことがあるのか?」
「ルーク? ……あ、ハイガルのルナンティアね。一度、乗せてもらったわ」
聞くところによると、ル爺は昔から魔王に仕える存在で、育てたモンスターや人形の魔族に、ウーベルデンの名を与え、魔王に仕えさせるらしい。
つまり、ハイガルも間接的には、魔王の部下ということだ。それで、葬式にも参列していたわけだ。ルークもハイガルの使い魔なので、魔王の指示にも当然、従う。
「──」
「どうかした?」
「少し、思うところがあってな」
なんでも、ハイガルの件は事情が少し、特殊らしい。そこまではハイガルが教えてくれたが、詳しい内容までは聞いていない。
「今から、チアリターナの元まで行く」
「へえ」
「お前も一緒に来い」
「え、あたしも?」
「行くぞ」
私はルークの背に乗り、魔王とともにチアリタンへと向かう。夏真っ盛りでも、上空は比較的涼しい。日差しは魔王が影をつくって防いでくれた。
「それで、何の用?」
「……着いてから話す」
魔王は何かを恐れているかのように、何も語ろうとはしなかった。私も、そこに踏み込む気にはなれず、また、沈黙が続いた。
「おお、ユタさん。おかえりなさいませ」
「あれ、お客さん? お姉ちゃんと……お父様」
はしゃいでいたユタの顔が、急に曇った。子どもには、必要以上に恐ろしく映るのかもしれない。
「おかえりユタ」
「──おかえり、ユタザバンエ。友人とは、親しくやっているか?」
「は、はい」
「そうか」
「──? お父様、なんだか、いつもよりも、元気がないような……?」
「気のせいだろう」
なんと、勘の鋭い子どもだろうか。察しが良すぎる。
「そうですか。……失礼しました」
ユタは幼いのだから、周囲など構わず、喋り倒してくれればいいのにと思う。これで、わりと、周りの変化に敏感だ。
「ユタ、友だちは元気だった?」
「べっつにぃ? 元気だけどぉ? えっと、サリーと、ヒメルカと、ネーデリッヒと、タチアナがいてね、サリーは僕にくっついてて、ネーデリッヒとタチアナは、僕がどっちを好きかで喧嘩してた」
この通り、ユタの口からは女の名前しか出ない。そして、定期的に入れ替わる。生意気なやつだ。ただ、ヒメルカという子だけはいつも話に出てくる。ヒメルカは聞く限り、計算高い、魔性の女だ。
「ヒメルカは?」
「ヒメルカはね、トイレから帰るときに、たまたますれ違って、プレゼントくれたんだ。これ、手作りのクッキーだって。みんなには内緒だって言ってた」
ユタの好きなクマのクッキーだ。しかし、よく見ると、赤いハート形のやつが一個入っている。ヒメルカのそれは偶然ではなく、明らかに狙ってやったのだろう。あの子はそういうところがある。会ったことはないけれど。
「あとね、ネーデリッヒとタチアナを仲直りさせてたし、サリーみたいにくっついてこないし、それから──」
とまあ、いつものように、小二の可愛らしい話を聞いていた。ただ、
「ヒメルカは可愛いんだけど、いつもニコニコしてるから、なに考えてるかよく分かんないんだよね。あ、ハートだ」
クッキーを食べながら、ユタが言った。こいつが、一番、魔性だ。果たして一体、何人泣かせることになるのか……。
「あんたは、あかりみたいになっちゃ駄目よ」
「あかりぃ? ……そういえば、お姉ちゃん、今日は二人と一緒じゃないの?」
「色々あったのよ。それより、お父さん、妙に静かね?」
私は黙ったままの父へと、雑に話題を振る。父は腕を組み、真剣な顔で、
「話に入る隙を狙っていたのだが。うむ、難しいな……」
「あ、そういえば、お父様いたんだった」
「……くくっ」
ユタにさらっと忘れていた発言をされて、父は力なさげに笑った。なかなか、今のはダメージが大きい。さすがの私でも、そこにいる人のことまで忘れたりはしない。フォローはしないけれど。
「お姉ちゃん、クッキー一個あげる」
「うん、ありがとう。お父さんにもあげたら喜ぶわよ」
そんなこんなで、気を回しながら話していると、そのうちに、ユタは眠りこけてしまった。遊び疲れたのだろう。ちなみに、クッキーはチョコレート味だった。私は眠るユタの頭を撫でながら父に訪ねる。
「ユタって、いつ即位するの?」
「八年後。十六の誕生日に我が城で即位のパーティーを行う予定だ」
「後、八年。──あっという間ね」
「貴様もまだ十六だというのに、奇妙な言い方をするものだ。くくっ」
「そう? でも、まあ、今のあたしが魔王になるみたいなものなのよね──」
そうして、少し沈黙が流れて。何も言わない魔王に痺れを切らして私は問いかける。
「あんた、暇なの?」
「暇ではない」
「じゃあ、さっさと要件言ったら? あたしとユタの顔を見に来たのは嘘じゃないかもしれないけれど、他にも用事があるんでしょ?」
「……そうだな。まだ、教えられぬとは思うが、伝えられる限りのことは伝えよう」
魔王は立ちあがり、ついてこいと言った。ユタをボーリャさんに任せて、言われるがままに外に出る。
まだ外は明るく、庭には、小さなカラスがとまっていた。そのカラスは、私に気がつくと、飛んできて、肩に乗る。ずいぶん、人懐こい。よく見ると、羽に三日月の模様がついていた。
「ルークに会ったことがあるのか?」
「ルーク? ……あ、ハイガルのルナンティアね。一度、乗せてもらったわ」
聞くところによると、ル爺は昔から魔王に仕える存在で、育てたモンスターや人形の魔族に、ウーベルデンの名を与え、魔王に仕えさせるらしい。
つまり、ハイガルも間接的には、魔王の部下ということだ。それで、葬式にも参列していたわけだ。ルークもハイガルの使い魔なので、魔王の指示にも当然、従う。
「──」
「どうかした?」
「少し、思うところがあってな」
なんでも、ハイガルの件は事情が少し、特殊らしい。そこまではハイガルが教えてくれたが、詳しい内容までは聞いていない。
「今から、チアリターナの元まで行く」
「へえ」
「お前も一緒に来い」
「え、あたしも?」
「行くぞ」
私はルークの背に乗り、魔王とともにチアリタンへと向かう。夏真っ盛りでも、上空は比較的涼しい。日差しは魔王が影をつくって防いでくれた。
「それで、何の用?」
「……着いてから話す」
魔王は何かを恐れているかのように、何も語ろうとはしなかった。私も、そこに踏み込む気にはなれず、また、沈黙が続いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。
妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

素人作家、「自作世界」で覚醒する。~一人だけ「縛り(もしかしてチート?)」な設定で生きてます~
永礼 経
ファンタジー
自分だけどうしてか魔法を習得しない!? スキルも習得しない!? でも、パラメータだけは異常数値で伸びている!?そんな、「縛り(チート?)」な設定で冒険することに。
滑川夕日は趣味でWEB小説を書いている青年だ。ようやくのことで完結まで書き上げた一つの物語の最終話を投稿した後、疲れのあまり、深い眠りに落ちてしまう。と、思ったら、全く見ず知らずの街の真ん中に自分が立っているではないか!?
周囲には人ならないものが歩き回っている中、夕日は牛男に絡まれてしまう。ただ状況に当惑しているだけの夕日を助けてくれた若者、ルイジェン。ここは藁をもすがる気持ちで彼に助けを求めると、『魔酔い子』と勘違いされ、連れて行かれたのは国際魔法庁。
事情を説明した夕日だが、イマイチ伝わらず、結局成り行きで冒険者登録することに!?
冒険者ギルドに連れて行かれ、冒険者登録をする中で、この世界が自分が描いた物語の完結から1000年後の世界だと知ることになる。夕日はユーヒ・ナメカワとして冒険者となり、まずは創生神エリシアと対話することを目指すことにする。
これは、自分の描いた世界の1000年後に生きることになった一人の青年の、愛と感動と涙の物語(となるはず)である。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる