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4-15 女王をパシリに使いたい
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そうして、マナに押されるまま、私たちは、ユタのところへと向かった。ユタはまだ帰ってきていないはずだ。インターホンを押して、少し待っていると、自然に扉が開き、中から白髪の老婆が出てきた。笑顔が素敵な女性で、ユタの教育係に任命されている。
「こんにちは、ボーリャさん」
「あら、まなさん。お帰りでしたか」
「ええ。少し前にね」
「体調など、崩されていませんか?」
「問題ないわよ。そっちはどう?」
「今のところ、問題ありませんよ。お気遣いありがとうございます。──それで、どういったご用で?」
「えっと、特に用ってわけでもないんだけど……」
「まなさんが、生活費を稼がないといけないから、私たちと遊べないって言うんです。夏休みなのに!」
「ちょっと、マナ……!」
マナに用件を伝えられ、私は慌てる。言っていることは間違いではないし、それを言いにきたのだが、言い方というものがあるだろうに。
「まあ! 大変なことじゃないの。かっちゃん、なんでそこまで気が回らなかったのかしら」
ボーリャは、ユタやれな、そして私の祖母に当たる人だ。今さらお祖母さんと呼ぶのも気恥ずかしいので、ボーリャさんと呼んでいる。そして、魔王カムザゲスの母親だ。カムザゲスだから、かっちゃん。
「まったく、昔から本当に、あの子は抜けてて……。ごめんなさいね、まなさん。大変でしたね」
「いいえ。今までも一人で稼いできたんだから、このくらい余裕よ。……宿舎の支払いがちょっと厳しいだけで」
魔王の元から脱出した後、私は野宿していた。動物を狩るのは禁止されていたので、ギルドでの稼ぎが主な収入だった。そうして、なんやかんやお金を貯めて、なんとか必要最低限と思われる経費を稼いだわけだが。
「家って、本当に高いわね……」
水道やガスを極力使わなかったとしても、やはり、貯金だけで三年間やり過ごすのは厳しい。正直、このままでは、貯蓄を使い潰しても、あと半年、乗りきれるかどうかも分からない状況だった。
優しく頬笑むボーリャから、私は目をそらす。何か、茶々を入れられるのではないかと身構えたが、誰も何も言わなかった。
「電話をお貸ししましょうか?」
ユタの部屋には、魔法を使わなくても使える電話が設置されている。主に、私が使えるようにと、魔王が設置した。そんなことより、もっと考慮すべきことなど、他にいくらでもあると思うのだが。
「いいえ。直接は頼みづらいから、お願いできる?」
「分かりました」
私は部屋に戻ってシフトを見直す。ギルドでの依頼は、自由に取り消しができるものを優先的に選んだので、大体は取り消し可能だ。それ以外に、週二回のプール監督、キグルミでの風船配り、ユタの世話、それから──、
「治験のバイトがあるわね」
「治験!? なんて恐ろしいことを!」
「いや、そんなに危険じゃないって……」
「治験って?」
「実験台のモルモットになることです!」
「違うから。薬を販売する前に、効果があるかどうかとか、安全かどうかとかテストするの。別に危なくないわよ」
「まなさんがやるバイトではありません! しかも、プール監督なんて……肌が焼けてしまいます! キグルミなんて、熱中症で倒れるかもしれません!」
「そう言って、バイトさせたくないだけでしょ。それに、あたしは魔法が使えないから、できるバイトも限られてくるのよ」
「カルジャスに行きましょう」
「行かないわよ」
「ぴぇーん」
「よしよし、アイちゃん、泣かないでー」
あかりがマナを慰めるという茶番を意識から外し、私はカレンダーとにらめっこする。これ以上バイトを削ると、それはそれで、色々と厳しい。最低限の生活費以上を出してもらうのは申し訳ないし。
「てか、ほんと、まなちゃん、いつの間にバイトの準備してたの?」
「ギルドの受付の人に相談したの。色々教えてくれたわよ」
マナがギルドの方角をじっと見ていた。
「レイめ……!」
「レイさんっていうの? 親切な人ね。対応も丁寧だし」
「──まあ、確かに、レイは細かいところまで気が利きますし、色々と察してくれますし、少しも不快に感じるところはありませんけど?」
マナがなぜかどや顔でそう言った。まるで、自分のことのように、誇らしげだ。
「そこまで言ってないんだけど……。あんた、今日どうしたの? 色々とおかしいわよ?」
「アイちゃんはね、半年に一回くらい、情緒不安定になるよ」
「そんな習性があったのね……。まあ、年中安定してる人なんて、そんなにいないわよね。生きるって大変だから」
「まなちゃんが言うと、なんていうか、響くねえ」
「カルジャスー」
「カルジャスカルジャスうるさいわね。そんなに言うなら、一人で行けばいいでしょ」
「嫌です」
マナはぴったりと私にくっついた。身動きが取れない。これは、離す気がないときのポーズだ。
「聞いてください」
「聞くだけならいいわよ」
「エトスが、夏休みの間、ルスファにいるなら、一度、トレリアンに戻ってこいって言うんです」
「なんで?」
「……隣国の王子とお見合いをさせるそうです」
「べふっ!?」
あかりが何も飲食していないのに、吹き出して、むせた。動揺しすぎて逆にすごい。
「まなさん、結婚しましょう」
「なんであたしなのよ……」
ちらっと、あかりの方に視線を向けると、その目は何も捉えておらず、虚ろに漂っていた。これは、あかん。
「マナ、トンビアイス買ってきてくれない?」
「そしたら結婚ですか?」
「考えておくわ。ゆっくりでいいから」
マナは飛び出していった。トンビアイスごときに王女を使ってしまって、なんだか、世界の皆さんに申し訳ない。マナのことだから、真意に気づいていた可能性が高いけれど。
「こんにちは、ボーリャさん」
「あら、まなさん。お帰りでしたか」
「ええ。少し前にね」
「体調など、崩されていませんか?」
「問題ないわよ。そっちはどう?」
「今のところ、問題ありませんよ。お気遣いありがとうございます。──それで、どういったご用で?」
「えっと、特に用ってわけでもないんだけど……」
「まなさんが、生活費を稼がないといけないから、私たちと遊べないって言うんです。夏休みなのに!」
「ちょっと、マナ……!」
マナに用件を伝えられ、私は慌てる。言っていることは間違いではないし、それを言いにきたのだが、言い方というものがあるだろうに。
「まあ! 大変なことじゃないの。かっちゃん、なんでそこまで気が回らなかったのかしら」
ボーリャは、ユタやれな、そして私の祖母に当たる人だ。今さらお祖母さんと呼ぶのも気恥ずかしいので、ボーリャさんと呼んでいる。そして、魔王カムザゲスの母親だ。カムザゲスだから、かっちゃん。
「まったく、昔から本当に、あの子は抜けてて……。ごめんなさいね、まなさん。大変でしたね」
「いいえ。今までも一人で稼いできたんだから、このくらい余裕よ。……宿舎の支払いがちょっと厳しいだけで」
魔王の元から脱出した後、私は野宿していた。動物を狩るのは禁止されていたので、ギルドでの稼ぎが主な収入だった。そうして、なんやかんやお金を貯めて、なんとか必要最低限と思われる経費を稼いだわけだが。
「家って、本当に高いわね……」
水道やガスを極力使わなかったとしても、やはり、貯金だけで三年間やり過ごすのは厳しい。正直、このままでは、貯蓄を使い潰しても、あと半年、乗りきれるかどうかも分からない状況だった。
優しく頬笑むボーリャから、私は目をそらす。何か、茶々を入れられるのではないかと身構えたが、誰も何も言わなかった。
「電話をお貸ししましょうか?」
ユタの部屋には、魔法を使わなくても使える電話が設置されている。主に、私が使えるようにと、魔王が設置した。そんなことより、もっと考慮すべきことなど、他にいくらでもあると思うのだが。
「いいえ。直接は頼みづらいから、お願いできる?」
「分かりました」
私は部屋に戻ってシフトを見直す。ギルドでの依頼は、自由に取り消しができるものを優先的に選んだので、大体は取り消し可能だ。それ以外に、週二回のプール監督、キグルミでの風船配り、ユタの世話、それから──、
「治験のバイトがあるわね」
「治験!? なんて恐ろしいことを!」
「いや、そんなに危険じゃないって……」
「治験って?」
「実験台のモルモットになることです!」
「違うから。薬を販売する前に、効果があるかどうかとか、安全かどうかとかテストするの。別に危なくないわよ」
「まなさんがやるバイトではありません! しかも、プール監督なんて……肌が焼けてしまいます! キグルミなんて、熱中症で倒れるかもしれません!」
「そう言って、バイトさせたくないだけでしょ。それに、あたしは魔法が使えないから、できるバイトも限られてくるのよ」
「カルジャスに行きましょう」
「行かないわよ」
「ぴぇーん」
「よしよし、アイちゃん、泣かないでー」
あかりがマナを慰めるという茶番を意識から外し、私はカレンダーとにらめっこする。これ以上バイトを削ると、それはそれで、色々と厳しい。最低限の生活費以上を出してもらうのは申し訳ないし。
「てか、ほんと、まなちゃん、いつの間にバイトの準備してたの?」
「ギルドの受付の人に相談したの。色々教えてくれたわよ」
マナがギルドの方角をじっと見ていた。
「レイめ……!」
「レイさんっていうの? 親切な人ね。対応も丁寧だし」
「──まあ、確かに、レイは細かいところまで気が利きますし、色々と察してくれますし、少しも不快に感じるところはありませんけど?」
マナがなぜかどや顔でそう言った。まるで、自分のことのように、誇らしげだ。
「そこまで言ってないんだけど……。あんた、今日どうしたの? 色々とおかしいわよ?」
「アイちゃんはね、半年に一回くらい、情緒不安定になるよ」
「そんな習性があったのね……。まあ、年中安定してる人なんて、そんなにいないわよね。生きるって大変だから」
「まなちゃんが言うと、なんていうか、響くねえ」
「カルジャスー」
「カルジャスカルジャスうるさいわね。そんなに言うなら、一人で行けばいいでしょ」
「嫌です」
マナはぴったりと私にくっついた。身動きが取れない。これは、離す気がないときのポーズだ。
「聞いてください」
「聞くだけならいいわよ」
「エトスが、夏休みの間、ルスファにいるなら、一度、トレリアンに戻ってこいって言うんです」
「なんで?」
「……隣国の王子とお見合いをさせるそうです」
「べふっ!?」
あかりが何も飲食していないのに、吹き出して、むせた。動揺しすぎて逆にすごい。
「まなさん、結婚しましょう」
「なんであたしなのよ……」
ちらっと、あかりの方に視線を向けると、その目は何も捉えておらず、虚ろに漂っていた。これは、あかん。
「マナ、トンビアイス買ってきてくれない?」
「そしたら結婚ですか?」
「考えておくわ。ゆっくりでいいから」
マナは飛び出していった。トンビアイスごときに王女を使ってしまって、なんだか、世界の皆さんに申し訳ない。マナのことだから、真意に気づいていた可能性が高いけれど。
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