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4-3 違和感に気づきたい
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昼食の時間になり、僕たちは机をくっつけていた。ただ、その光景に、違和感を覚えた。その違和感を逃してはならないと、必死に頭を回転させて、昨日までとの違いを、はっきりと思い出す。
「あれ、まなちゃん、今日は机一つなの?」
「は? 何言ってんの? あたし一人なんだから、机は一つに決まってるでしょ?」
「いや、それはそうなんだけど……」
横目でマナの様子をうかがうと、やはり、彼女も違和感を抱いているようだった。マナはこう見えて、なんでもできる。魔力だけなら僕が勝っているが、戦い、となると、負けた数の方が圧倒的に多い。というか、一度しか勝ったことがない。それすらも、奇跡に近いものだ。それはともかく。
「いつもどうだったかしら?」
本気で覚えていない様子のまなちゃんのために、僕は前の席をこちらに向ける。
「こういう感じかな」
「そうだったかもしれないわね。まあ、どっちでもいいわ」
僕はそれが、まなちゃんが忘れてしまったことと関係があるのではないかと考えた。というか、それ以外に考えられない。
要は、まなちゃんに対する違和感について考えていけばいいのだと、気がついた。そうすれば、そのうち、何か見えてくるだろう。
「──アイちゃん、何してるの?」
「コーンをあかりさんにあげようと思いまして」
「はいはい、好き嫌いしない」
弁当の上に乗せられたコーンを、僕はマナのお弁当に返す。コーンが嫌いなのは知っているが、ケチャップライスに入っているのまで取り除こうとするのはどうなのか。せっかく、朝から作ったというのに。
「マナ、コーン嫌いなの?」
「はい。見た目と食感がダメですね。味は分かりませんが」
「ふーん」
こうは言っているが、二人ともホイサバなるものを美味しいというくらいの味覚音痴だ。マナは味覚がないとしても、まなちゃんの舌は、たいてい、何でも美味しく感じるようにできているらしい。サバの水煮にホイップクリームなんて、合うわけがない。と、僕は思うのだが、この世界ではそれが当たり前なのだろうか。
ともかく、真実がどうであれ、これは違和感とは関係のないことだろう。
「──って、またコーン避けてるし……」
「入れたあなたが悪いです」
「僕はアイちゃんの好き嫌いをなくそうと思ってだねえ……はあ……」
僕は、黄色いコーンで埋め尽くされたお弁当を渋々、食べることにした。
***
違和感といえば。まなちゃんは、よく、一つ余分にする。例えば、お弁当を食べるときの机、トンビアイスの数、極めつけは、宿舎の部屋だ。二人部屋しか残っていなかったのかと、一瞬思ったが、
「でも、あのとき、一人部屋が残ってたから、僕たちが入れたわけだし」
つまり、その頃から僕はまなちゃんを監視していたのだ。どれだけ監視しているかと言えば、実はもう、一年弱だったりする。見方によっては、まなちゃんとは、入学以前からの付き合いになる。一方的ではあるが。
「はっ、これって、ストーカーなんじゃ……。いや、僕、可愛いし、許されるか」
可愛くなかったら、危うく捕まっていた。危ない、危ない。
「可愛さは関係ありません。犯罪です」
「やっぱり!?」
桃髪の少女が、僕が淹れた紅茶のカップをくるくると回し、香りを楽しんでいた。僕一人だと監視が回らないので、いつもは手伝ってもらっているが、今、魔王から出ている指示は監視ではないので、こうして二人で過ごしている。まあ、魔王からの命令だということは、言っていなかったような気がするけれど。
いつもはここに、まなちゃんもいるのだが、彼女は結構アクティブで、絶えず動き回っている。勉強のための調査や取材、資料集めなど、色々忙しいらしい。
「あかりさん、もしかして、命の石を持っているのではありませんか?」
急に、マナからそう尋ねられて、僕は一瞬、取り繕うのが遅れる。
「──なんでそう思うの?」
「宝石の数が、一つ、足りないんです」
まさか、マナがもらった宝石の数を覚えているとは思わなかった。貰ったものが多すぎて、いちいち覚えているようには見えなかったからだ。
「返してください」
「返してって言うけどさ、君が僕にくれたんだよ?」
そう言うと、マナは差し出した手を、すんなり、引っ込めた。その様子に、僕は少しだけ安心する。
「使わなかったんですね」
「急に聞いてくるねえ……。あれは、僕のものだし、僕はお人好しじゃないよ。決してね」
そうして、一人の命が失われたわけだが。可哀想、くらいには思っても、自分と関係ない人間の死にいちいち構っていられない。まなちゃんの母親は、僕にとっては監視対象でもなんでもない。それに、
「──恐れたから」
カップを置く音が、静寂を際立たせる。本当に、彼女は僕のことがよく分かっている。それこそ、僕以上に。
「……まあ、全くもって、その通りなんだけどさ。あーあ」
僕はシャーペンを机に投げ出し、腕を伸ばす。僕の集中力の無さを、侮るなかれ。まなちゃんの違和感なんて、思いついたときに書けばいいじゃないか。やめたやめた。宿題もやってないから、暇じゃないし。まあ、やらないけど。
「もう少し、根気強く生きてください」
「無理だってえ。これでも、頑張った方だよお、ほらほら」
マナに紙を見せると、彼女はそれを鼻で笑った。
「はっ。相変わらず、汚い字ですね」
「読めればいいんだよ、読めれば!」
不思議なことに、読み返そうとすると、ところどころ読めないから、困ったものだ。生まれた土地の言葉で書いたとしても、字の綺麗さは、大して変わらない。まあ、性格が歪んでいるから、字も歪むのだろう。
それにしても、言葉すらろくに書けないで、本当によく、あの高校に受かったものだ。マナが教えてくれなかったら、確実に落ちていた。まあ、最悪、魔法で解決するつもりだった──というのは、冗談だ。
「マナも、何か書いておいてよ。僕の頭じゃ無理だって」
すると、彼女はさらさらと何やら書きつけて、僕に紙を返す。お手本を写したかのような字だ。
「えーっと? よく、見えない誰かと話している──え、そうだっけ?」
「話してますよ。お姉ちゃん、とやらと」
「そう言われるとそんな感じも……うーん?」
「私を信じればいいだけです。思い出すよりも、簡単だと思いますが?」
「そっか、そうだね」
そうして僕は、机の上に紙を置いた。
確かに、マナを信じるのは簡単だ。何が起こっても、何をされても、何を言われても、すべてが変わってしまったとしても、マナだけは信じられる自信がある。僕の、数少ない取り柄の一つだ。僕は彼女の背後に回り、桃色の頭髪を櫛でとかす。
「あ、髪の毛もあった」
「髪の毛?」
「そそ。まなちゃんって、いつも耳の上くらいで一つに結んでるじゃん? あれが、どうにも、まなちゃんの髪だと思えないんだよね」
「ほんのり色が違うとは思っていましたが、ただのキャラ付けではないのですか?」
「そういうこと言わない! とにかく、毛量的にも絶対、地毛じゃないって」
まなちゃんの髪は基本的に、色素の全くない、白髪だ。ただ、サイドテールの先からは、ピンクがかった白髪になっている。なんとなく眺めているだけだと気がつかないが、よく見ると、少し色が違うのが分かる。それに、結び目の周辺に髪の毛を寄せ集めた形跡が見られない。まるで、接着剤でくっつけたみたいに。
「よく見てますね」
「そりゃあ、僕自身が可愛いから、周りのことも気になるよね。あ、枝毛発見。髪、長いんだから、綺麗にしておかないと」
「煩わしい……」
「あと、前髪、そろそろ切った方がいいと思うよ。それから──」
「はいはい。勝手にしてください」
僕はどうしても、それが気になって気になって仕方なかったので、マナの髪を整えることにした。
「うわ、すっごい傷んでる」
「毎日洗ってはいますよ」
「きちんと乾かすまでやってよ。それか、いっそ、もう切ったら? マナならショートも──」
「失恋したみたいになるので嫌です」
「ごめんって……」
鬼のような形相をしていたので、とりあえず謝っておいた。
そのとき、机の上に白紙の紙が置かれていることに気がついた。先ほどまで、何か書いていたような気がするが、それが何だったか、思い出すことはできなかった。
「あれ、まなちゃん、今日は机一つなの?」
「は? 何言ってんの? あたし一人なんだから、机は一つに決まってるでしょ?」
「いや、それはそうなんだけど……」
横目でマナの様子をうかがうと、やはり、彼女も違和感を抱いているようだった。マナはこう見えて、なんでもできる。魔力だけなら僕が勝っているが、戦い、となると、負けた数の方が圧倒的に多い。というか、一度しか勝ったことがない。それすらも、奇跡に近いものだ。それはともかく。
「いつもどうだったかしら?」
本気で覚えていない様子のまなちゃんのために、僕は前の席をこちらに向ける。
「こういう感じかな」
「そうだったかもしれないわね。まあ、どっちでもいいわ」
僕はそれが、まなちゃんが忘れてしまったことと関係があるのではないかと考えた。というか、それ以外に考えられない。
要は、まなちゃんに対する違和感について考えていけばいいのだと、気がついた。そうすれば、そのうち、何か見えてくるだろう。
「──アイちゃん、何してるの?」
「コーンをあかりさんにあげようと思いまして」
「はいはい、好き嫌いしない」
弁当の上に乗せられたコーンを、僕はマナのお弁当に返す。コーンが嫌いなのは知っているが、ケチャップライスに入っているのまで取り除こうとするのはどうなのか。せっかく、朝から作ったというのに。
「マナ、コーン嫌いなの?」
「はい。見た目と食感がダメですね。味は分かりませんが」
「ふーん」
こうは言っているが、二人ともホイサバなるものを美味しいというくらいの味覚音痴だ。マナは味覚がないとしても、まなちゃんの舌は、たいてい、何でも美味しく感じるようにできているらしい。サバの水煮にホイップクリームなんて、合うわけがない。と、僕は思うのだが、この世界ではそれが当たり前なのだろうか。
ともかく、真実がどうであれ、これは違和感とは関係のないことだろう。
「──って、またコーン避けてるし……」
「入れたあなたが悪いです」
「僕はアイちゃんの好き嫌いをなくそうと思ってだねえ……はあ……」
僕は、黄色いコーンで埋め尽くされたお弁当を渋々、食べることにした。
***
違和感といえば。まなちゃんは、よく、一つ余分にする。例えば、お弁当を食べるときの机、トンビアイスの数、極めつけは、宿舎の部屋だ。二人部屋しか残っていなかったのかと、一瞬思ったが、
「でも、あのとき、一人部屋が残ってたから、僕たちが入れたわけだし」
つまり、その頃から僕はまなちゃんを監視していたのだ。どれだけ監視しているかと言えば、実はもう、一年弱だったりする。見方によっては、まなちゃんとは、入学以前からの付き合いになる。一方的ではあるが。
「はっ、これって、ストーカーなんじゃ……。いや、僕、可愛いし、許されるか」
可愛くなかったら、危うく捕まっていた。危ない、危ない。
「可愛さは関係ありません。犯罪です」
「やっぱり!?」
桃髪の少女が、僕が淹れた紅茶のカップをくるくると回し、香りを楽しんでいた。僕一人だと監視が回らないので、いつもは手伝ってもらっているが、今、魔王から出ている指示は監視ではないので、こうして二人で過ごしている。まあ、魔王からの命令だということは、言っていなかったような気がするけれど。
いつもはここに、まなちゃんもいるのだが、彼女は結構アクティブで、絶えず動き回っている。勉強のための調査や取材、資料集めなど、色々忙しいらしい。
「あかりさん、もしかして、命の石を持っているのではありませんか?」
急に、マナからそう尋ねられて、僕は一瞬、取り繕うのが遅れる。
「──なんでそう思うの?」
「宝石の数が、一つ、足りないんです」
まさか、マナがもらった宝石の数を覚えているとは思わなかった。貰ったものが多すぎて、いちいち覚えているようには見えなかったからだ。
「返してください」
「返してって言うけどさ、君が僕にくれたんだよ?」
そう言うと、マナは差し出した手を、すんなり、引っ込めた。その様子に、僕は少しだけ安心する。
「使わなかったんですね」
「急に聞いてくるねえ……。あれは、僕のものだし、僕はお人好しじゃないよ。決してね」
そうして、一人の命が失われたわけだが。可哀想、くらいには思っても、自分と関係ない人間の死にいちいち構っていられない。まなちゃんの母親は、僕にとっては監視対象でもなんでもない。それに、
「──恐れたから」
カップを置く音が、静寂を際立たせる。本当に、彼女は僕のことがよく分かっている。それこそ、僕以上に。
「……まあ、全くもって、その通りなんだけどさ。あーあ」
僕はシャーペンを机に投げ出し、腕を伸ばす。僕の集中力の無さを、侮るなかれ。まなちゃんの違和感なんて、思いついたときに書けばいいじゃないか。やめたやめた。宿題もやってないから、暇じゃないし。まあ、やらないけど。
「もう少し、根気強く生きてください」
「無理だってえ。これでも、頑張った方だよお、ほらほら」
マナに紙を見せると、彼女はそれを鼻で笑った。
「はっ。相変わらず、汚い字ですね」
「読めればいいんだよ、読めれば!」
不思議なことに、読み返そうとすると、ところどころ読めないから、困ったものだ。生まれた土地の言葉で書いたとしても、字の綺麗さは、大して変わらない。まあ、性格が歪んでいるから、字も歪むのだろう。
それにしても、言葉すらろくに書けないで、本当によく、あの高校に受かったものだ。マナが教えてくれなかったら、確実に落ちていた。まあ、最悪、魔法で解決するつもりだった──というのは、冗談だ。
「マナも、何か書いておいてよ。僕の頭じゃ無理だって」
すると、彼女はさらさらと何やら書きつけて、僕に紙を返す。お手本を写したかのような字だ。
「えーっと? よく、見えない誰かと話している──え、そうだっけ?」
「話してますよ。お姉ちゃん、とやらと」
「そう言われるとそんな感じも……うーん?」
「私を信じればいいだけです。思い出すよりも、簡単だと思いますが?」
「そっか、そうだね」
そうして僕は、机の上に紙を置いた。
確かに、マナを信じるのは簡単だ。何が起こっても、何をされても、何を言われても、すべてが変わってしまったとしても、マナだけは信じられる自信がある。僕の、数少ない取り柄の一つだ。僕は彼女の背後に回り、桃色の頭髪を櫛でとかす。
「あ、髪の毛もあった」
「髪の毛?」
「そそ。まなちゃんって、いつも耳の上くらいで一つに結んでるじゃん? あれが、どうにも、まなちゃんの髪だと思えないんだよね」
「ほんのり色が違うとは思っていましたが、ただのキャラ付けではないのですか?」
「そういうこと言わない! とにかく、毛量的にも絶対、地毛じゃないって」
まなちゃんの髪は基本的に、色素の全くない、白髪だ。ただ、サイドテールの先からは、ピンクがかった白髪になっている。なんとなく眺めているだけだと気がつかないが、よく見ると、少し色が違うのが分かる。それに、結び目の周辺に髪の毛を寄せ集めた形跡が見られない。まるで、接着剤でくっつけたみたいに。
「よく見てますね」
「そりゃあ、僕自身が可愛いから、周りのことも気になるよね。あ、枝毛発見。髪、長いんだから、綺麗にしておかないと」
「煩わしい……」
「あと、前髪、そろそろ切った方がいいと思うよ。それから──」
「はいはい。勝手にしてください」
僕はどうしても、それが気になって気になって仕方なかったので、マナの髪を整えることにした。
「うわ、すっごい傷んでる」
「毎日洗ってはいますよ」
「きちんと乾かすまでやってよ。それか、いっそ、もう切ったら? マナならショートも──」
「失恋したみたいになるので嫌です」
「ごめんって……」
鬼のような形相をしていたので、とりあえず謝っておいた。
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