どうせみんな死ぬ。

桜愛乃際(さくらのあ)

文字の大きさ
上 下
100 / 134

3-22 母の手紙を読みたい

しおりを挟む
 それから数日後。私は学校に復帰した。確か、一週間、休みがもらえたはずだが、とてもそんな気がしない。とはいえ、時の流れは私の心までは待ってくれない。遅れた分、より勉強しなければ。

 そうして、学校から帰宅すると、珍しく、ル爺に呼び出された。

「それで、用事って?」

 真っ白な封筒があった。表紙に手紙と書かれていた。お手本とまではいかないが、綺麗な字で、好ましく思えた。

「こりがん、まなさんど分だっち」
「もしかして、全員分あるわけ?」
「たびん」

 封筒を開け、三枚組になった紙を取り出して、冒頭を見ると、マナへ、と書かれていた。その横には、マリーゼ・クレイアより、と書かれている。母の名前だ。

「律儀な人ね」

  私はル爺に見つめられる中、手紙を読まずに封筒にしまう。

「後で読むわ」

 すぐに読みたかったが、その感情が大きいばかりに、私はそれをすぐには読めなかった。一度気持ちを落ち着かせて、と考え、どこか、一人になれる場所はないだろうかと、さまよい、電車に乗り──気がつくと、チアリタンに吸い込まれていた。まあ、半ば、意思を持ってきたのだけれど。そして、チアリターナがいる洞窟へと、私は足を向ける。

「またそちか……」

 チアリターナは私の顔は見飽きたといった様子で対応してくる。会うのは三回目だし、面倒に思われるようなことをした心当たりもないのだけれど。

「人のいない場所とか知らない?」
「──仕方ないのう」

 チアリターナがため息をつくと、クマが現れた。字だけ見るとなかなかに衝撃的な光景だが、実際に見ても恐怖しか感じない。

「先日のクマじゃ。そちがたいそう気に入ったらしい」
「え、ちょっと……」

 私はクマに首の動きだけで、背中に乗るように指示される。そうして、ゆっくり乗ると、急に走り始めた。

「うわあああっ!!」

 ジェットコースターとは、こんな感じの乗り物なのだろうか。多分そうだ。だとしたら、一生乗りたくない。

「あー、疲れた……」

 クマは私を下ろすと、すぐ森に帰った。少しの間、気を休めていると、辺りに、なんの気配もないことに気がつく。焼け残った木があるだけで、草は全て焼けていた。

「本当に一人にしてくれたのね」

 本当の静寂があった。自分の音しか聞こえなかった。血脈が鼓膜を揺さぶっていた。呼吸の音が、やけにうるさく感じられた。

 私は地面にそのまま座り、手紙を開ける。少し躊躇いながら、そこに、目を通した。



 ──マナへ。あなたと出会って、私はすぐに、あなたが私の子どもだと気がつきました。私と同じ白髪に赤い瞳は、確かに珍しいけれど、それ以上に、あなたがあなたであることを、私は心で感じたような気がします。

***

 病室の白いベッドで、なんとか意識を取り戻した彼女──マリーゼ・クレイアは、手紙に何を書こうか、決めかねていた。何しろ、それが、可愛い娘への、初めての贈り物だったからだ。

「でも、まさか、生きているなんてね」

 死んでいると思っていた娘が生きていたことを知り、そして、皮肉にも、自分の命が長くないことも悟った。

「白髪に赤い瞳の女の子の魔族は、忌み子として、産まれてすぐに殺す必要がある。そう、あの人は言っていたけれど」

 事情はどうあれ、今、マナが生きていることは事実だ。そして、産まれてから、娘に何もしてやれなかったのも、また、事実だった。マナが産まれてから十六年。娘が、本当は生きていた、なんて都合の良い知らせが来れば、どんなにいいか。そう思わない日はなかった。

「きっと、最期に、神様が奇跡を起こしてくれたのね。……ついでに、私のことも助けてくれればいいのに」

 マリーゼは窓の外をぼんやり眺める。自分はもうすぐ死ぬのだと、実感していた。そして。

 自分が死んだ後で、ユタが一人にならないだろうか。レナは寂しがったりしないだろうか。マナは、私が死んだと分かるのだろうか。

 そんなことばかり考えた。考えたところで分からないことばかりを、考えるようになった。だから、死ぬ前に何かしておきたいと思うようになった。

「マナは、一体、どんな人生を送ってきたのかしら。レナから、少しだけ、聞いたけれど」

 何も知らなかった。自分の娘だというのに、どんな性格かも、何が好きで何が嫌いかも、生きていることさえも。

 父親に似たのか、目つきが鋭く、強い瞳だった。初対面で怖がられたりしていたら可哀想だなと思った。でも、それ以上に、マナは可愛いから、きっと大丈夫だ。サラサラの髪だった。きちんと、手入れしているのだろう。まだ、少し幼さの残る、愛らしい顔つきだった。──知らない間に、幼い影は、もう、ほとんど残っていなかった。

 いつまでも眺めていたかったけれど、困っているのが分かって、私は温かい頬から手を離した。

 そして、咳き込む私の背をさすってくれた。優しい子だった。どんな風に育ってきたのか、何も知らないから、真っ直ぐ育ってくれただろうかと、心配だったけれど。杞憂だったのかもしれない。私が思うより、マナはずっと強い。

 ユタを叱ってくれた。その声が聞こえて、私はとても安心した。ユタは人より少し、調子に乗りやすいところがあって、自分の力を制御しきれていない。だから、誰かが見ていて、叱ってやらないと、ダメなのだ。それを、あの子はきっと、よく、分かっている。

 そして何より、マナには友だちがいた。だからきっと、大丈夫だ。

 ──本当は、いつまでも、三人を見守ってあげたい。けれど、私はもう生きられないから。三人で支え合ってくれたらと思う。

「それにしても、ユタを知らないなんて、私の娘は、相当、世間知らずみたいね。魔法も使えないみたいだし……大丈夫かしら」

  魔法が使えないことに関しては、さほど心配していなかった。今までそうして生きてこられたのだから、これからも、強く生きていけるだろうと。そう、信じられるだけの強さを、彼女の瞳に感じたような気がした。

 ただ、使えない理由が、気にかかっていた。もちろん、マリーゼに知る由はないし、知る権利があるとも、到底、思えなかった。心配するのは自由でも、マナが自分を信じて、相談してくれるかどうかは、別問題だ。実の母親とはいえ、マナは私を知らないだろうし、彼女からすれば、ただの他人だ。頼ってほしいけれど、信頼を築く時間もないし。

「私は、きっと、このまま、マナのことを何も知らずに死ぬんでしょうね」

 一体、今まで、何をしてきたのだろうか。何か困っていることはないだろうか。悩んだりしていないだろうか。そんなことを考えていた。

 しかし、会いに行こうにも、彼女は自由に動けない。一人では立って歩くことすら、難しくなっていた。

 だから、彼女は動く手で、絵を描くようになった。窓の外から見える雲や空、木々や、楽しそうに遊ぶ、子どもたち。

「景色ばっかりで、さすがに飽きちゃったわ。……誰か、話しに来てくれないかしら」

 カムザゲスやレナは頻繁に足を運んでくれる。ユタは最近、来なくなってしまった。マナは、一度も来ていない。まあ、母親らしいことなど、何もしていないし、そもそも、知らせてもいないのだから、来ないのも当然だけれど。

 それから、想像した。子どもたちが笑っている姿を。三人が何の憂いもなく、幸せに暮らせる世界を。姉弟の繋がりを。きっと、ユタが戦争を終わらせて、国を平和に導いてくれるだろう。レナは賢いから、人間と魔族の仲を取り持って、円滑に話を進めてくれるかもしれない。マナは、きっと、一番、差別される辛さが分かっている。

 レナが言っていた。きっと、マナは来てくれる。だから、マナのことはマナに聞いて、と。そして、期待せずに待ってあげて、と。

 ──いつまでも、待っていた。ずっと、毎日毎日、待ち続けた。ベッドの横の椅子に座って、色んな話をしているマナを想像したりもした。マナは、何を語ってくれるのだろうか。楽しみで仕方がない。

「私の可愛い子どもたち。──どうか、幸せに」



 手紙は、その一言で締めくくられていた。

 三枚目には、母が書いたと思われる絵が入っていた。それは、私とユタとレナが、三人一緒に笑っている絵だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

追放された宮廷錬金術師、彼女が抜けた穴は誰にも埋められない~今更戻ってくれと言われても、隣国の王子様と婚約決まってたのでもう遅い~

まいめろ
ファンタジー
錬金術師のウィンリー・トレートは宮廷錬金術師として仕えていたが、王子の婚約者が錬金術師として大成したので、必要ないとして解雇されてしまった。孤児出身であるウィンリーとしては悲しい結末である。 しかし、隣国の王太子殿下によりウィンリーは救済されることになる。以前からウィンリーの実力を知っていた 王太子殿下の計らいで隣国へと招かれ、彼女はその能力を存分に振るうのだった。 そして、その成果はやがて王太子殿下との婚約話にまで発展することに。 さて、ウィンリーを解雇した王国はどうなったかというと……彼女の抜けた穴はとても補填出来ていなかった。 だからといって、戻って来てくれと言われてももう遅い……覆水盆にかえらず。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...