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3-13 母を治したい
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「しゅこぉーーー」
ギルデは許容量を超えてしまったらしく、頭が沸騰していた。今にも耳から蒸気が出そうな勢いだ。
「ギルデ、ギルデ! なんとかしなさいよ!」
「なんとかって何かな!? 野性動物に魔法を使うことは禁止されていると思ったけれど!」
「状況が状況よ。みんな許してくれるわ」
「第一魔法の使えないまなさんすら止められなかった僕に自動車並の速度で走るクマを止めることなどできるとは思えないいや断言しよう無理だ絶対無理だ何があっても無理だああ!!」
「これはダメね……」
山に慣れているのなら、クマの対処法くらい知っておいてほしい。私はギルデの口を手で塞ぎ、焼け残っている木の影に背中を預ける。混乱はしていても、ギルデはちゃんと魔法を使ってくれているらしく、この辺りが燃え広がっている様子はない。
私は背中越しにそっと、クマの様子をうかがう。クマは鼻が利くので、気づかれる可能性は十分にある。気は抜けない。煙の臭いで誤魔化せればいいが。
それよりも、こんなに火に囲まれている場所に、どうして生き物がいるのだろうか。モンスターなら、魔法が使えるのでまだしも、普通のクマは魔法も使えない。その上、この辺りに他の生物の気配は感じない。そう、逃げたのだ。普通は逃げるだろうに。
クマは真っ直ぐ私たちの横を通り抜けていき──、ふいに、振り返った。
バッチリ、目が合ってしまった……。
「ギルデ、歩ける?」
「あ、あああ、足が震えて……」
「しっかりしなさい。このまま、ゆっくり離れるわよ」
私はギルデを盾にして、クマの眼を見ながら、ゆっくり下がる。双眸のうちの片方、左の目が、なんとなく、不自然な気がした。ガクガク震えるギルデの支えになりながら、私はそっと歩き、
「あ、あわわぁっ──!?」
ギルデは立っていられずに、膝から崩れた。釣られて、ギルデを見て──しまったと気づいた。クマから目がそれた。
「──っ!」
クマは地面を叩き、今にも駆け出しそうだ。咄嗟に、私はギルデの前に立ちはだかる。私の力では彼をここからすぐに動かすことは不可能だ。辺りの木は燃えてしまって、ほとんど残っていない。
向かってくる。避けられない。もろに食らえば死ぬ。と、そのとき、クマの前足が少し、浮いた。咄嗟に反応できなかったクマはその場で転ぶ。
「ナイス、ギルデ!」
「あ、あああ、よし、逃げよう──ってまなさん!?」
私はすぐには動けないクマの元に向かう。クマの大木のような腕が振るわれ、鋭い爪が私を狙うが、なんとかかわす。
「少し、じっとしてなさい」
私はクマの左目を覗き込む。やはり、人工物だった。私はナイフを取り出す。それを見たクマは暴れる。
「痛くても我慢しなさい」
私はそれを義眼に差し、無理やりほじくった。
「ギャオオオン……」
すると、クマはすっかり大人しくなった。私はくりぬいた眼球の裏を見る。そこには、魔法陣が描かれていた。
「ま、まなさんは、クマを手懐けることができるんだね?」
「できないわよ。ほら、これ」
私はギルデに眼球の裏の魔法陣を見せる。
「──操られていたということかい?」
「そうじゃなきゃ、こんな山に残ってないでしょ。燃えてるんだから」
「確かに……」
私が離れると、クマはのっそり立ち上がり、私の裾を口で引っ張る。どこかに連れていこうとしているようだ。
「ギルデ、行くわよ」
「少し、休まないか?」
「は? あんたの魔法しか頼れるものがないのに、こんな山でゆっくりしてられるわけないでしょ?」
それを聞いたギルデは、頭の中身がすっぽ抜けたような間抜け面をした。そして、少しして、中身が戻ってきた。
「何?」
「い、いや、なんでも……ひゃん!」
すると、ギルデが甲高い声を出した。
「気持ち悪……」
「い、今、何かが背中に……!」
「はいはい。ほら、急ぐわよ」
「本当なんだ、信じてくれ!」
そうして、クマに連れていかれたのは、さらに山を登ったところ。クマがなぜここに私たちを連れてきたのかは、すぐに分かった。
子グマが枝の間にすっぽりはまっていたのだ。
「ウー?」
「これはまた、綺麗に入ったわね……。ギルデ、なんとかできる?」
「僕は魔法技術の単位も落としたんだ。ははは」
「あんたね……」
私は子グマを前から引き抜こうとする。
「んーっ! ふーっ! やーっ! だあっ! 抜けない……。あんた、やってみて」
「ああ──ぐぬぬぅううっ! 無理だね」
「無理だね。じゃないわよ」
キメ顔をするギルデの頭をはたく。そうこうしているうちにも、火は押し寄せてくる。ギルデの魔力がいつまで持つか、私には分からない。
「あんた、力はある?」
「そんなには」
「この木の隙間、広げてくれる?」
ギルデに木の隙間を広げさせ、私はクマを引っ張る。少しだけ、子グマをこちらに動かせた。
「ぐぬぉおっ……おぉ」
ちらと、気の抜けたような声を出したギルデを見ると、傍らでクマが隙間を広げるのを手伝っているのが分かった。ずいぶん、賢いクマだ。
「これなら……!」
私は子グマを引っ張り、──すぽんと引き抜いた。
「ウー!」
「ぐへっ」
そして、勢い余ってそのまま倒れた。
「まなさん、大丈夫かい?」
「え、ええ……。それよりも、この子に怪我がないか見て」
無理やり動かしたので、もしかしたら、木で擦れたりしているかもしれない。親グマも心配そうに見つめている。
そして、私は、まだ、こんなところで倒れている場合ではない。
「怪我はなさそうだよ」
「そう。ならいいわ。ギルデ、行くわよ」
「まだ行くのか? これ以上はさすがに……」
「諦めるわけにはいかないの。もっと、山頂の方も探すわよ……わっ」
木で体を支えて、立ち上がろうとした私は、よろけて、地面に戻される。
「まなさん、大丈夫か!?」
見ると、右手の傷口が開き、大量の血液が包帯に染みて、流れているのが分かった。深く傷つけすぎたらしく、走ったことでまた開いたらしい。
「全然、大丈夫じゃないわ。本当に、あたしって馬鹿ね……」
「同感だ。それ以上血が流れたら、さすがに命が危ない。ほら、安静にして帰ろう」
「いいえ……帰らないわ。見つけるまでは」
色の抜けたぐらつく視界の中、私は木を支えにして、無理やり立ち上がる。
「なんでそこまで……」
「あたしが、チア草を見つけなければ、お母さん……ユタのお母さんは、死ぬの。だから、あたしがどうなろうと、あの人を助けないと」
本当のことは言わなかった。説明する時間も惜しいし、それほど、私はギルデを信用していない。
「これ、持って」
私はナイフで刺した義眼を、そのままギルデに渡す。
「まなさん……」
「あたしは死なない──」
瞬間、足を抜かれたかのようにふらつき、私はその場に倒れる。
「まなさん!?」
抗う間もなく、意識を失った。
ギルデは許容量を超えてしまったらしく、頭が沸騰していた。今にも耳から蒸気が出そうな勢いだ。
「ギルデ、ギルデ! なんとかしなさいよ!」
「なんとかって何かな!? 野性動物に魔法を使うことは禁止されていると思ったけれど!」
「状況が状況よ。みんな許してくれるわ」
「第一魔法の使えないまなさんすら止められなかった僕に自動車並の速度で走るクマを止めることなどできるとは思えないいや断言しよう無理だ絶対無理だ何があっても無理だああ!!」
「これはダメね……」
山に慣れているのなら、クマの対処法くらい知っておいてほしい。私はギルデの口を手で塞ぎ、焼け残っている木の影に背中を預ける。混乱はしていても、ギルデはちゃんと魔法を使ってくれているらしく、この辺りが燃え広がっている様子はない。
私は背中越しにそっと、クマの様子をうかがう。クマは鼻が利くので、気づかれる可能性は十分にある。気は抜けない。煙の臭いで誤魔化せればいいが。
それよりも、こんなに火に囲まれている場所に、どうして生き物がいるのだろうか。モンスターなら、魔法が使えるのでまだしも、普通のクマは魔法も使えない。その上、この辺りに他の生物の気配は感じない。そう、逃げたのだ。普通は逃げるだろうに。
クマは真っ直ぐ私たちの横を通り抜けていき──、ふいに、振り返った。
バッチリ、目が合ってしまった……。
「ギルデ、歩ける?」
「あ、あああ、足が震えて……」
「しっかりしなさい。このまま、ゆっくり離れるわよ」
私はギルデを盾にして、クマの眼を見ながら、ゆっくり下がる。双眸のうちの片方、左の目が、なんとなく、不自然な気がした。ガクガク震えるギルデの支えになりながら、私はそっと歩き、
「あ、あわわぁっ──!?」
ギルデは立っていられずに、膝から崩れた。釣られて、ギルデを見て──しまったと気づいた。クマから目がそれた。
「──っ!」
クマは地面を叩き、今にも駆け出しそうだ。咄嗟に、私はギルデの前に立ちはだかる。私の力では彼をここからすぐに動かすことは不可能だ。辺りの木は燃えてしまって、ほとんど残っていない。
向かってくる。避けられない。もろに食らえば死ぬ。と、そのとき、クマの前足が少し、浮いた。咄嗟に反応できなかったクマはその場で転ぶ。
「ナイス、ギルデ!」
「あ、あああ、よし、逃げよう──ってまなさん!?」
私はすぐには動けないクマの元に向かう。クマの大木のような腕が振るわれ、鋭い爪が私を狙うが、なんとかかわす。
「少し、じっとしてなさい」
私はクマの左目を覗き込む。やはり、人工物だった。私はナイフを取り出す。それを見たクマは暴れる。
「痛くても我慢しなさい」
私はそれを義眼に差し、無理やりほじくった。
「ギャオオオン……」
すると、クマはすっかり大人しくなった。私はくりぬいた眼球の裏を見る。そこには、魔法陣が描かれていた。
「ま、まなさんは、クマを手懐けることができるんだね?」
「できないわよ。ほら、これ」
私はギルデに眼球の裏の魔法陣を見せる。
「──操られていたということかい?」
「そうじゃなきゃ、こんな山に残ってないでしょ。燃えてるんだから」
「確かに……」
私が離れると、クマはのっそり立ち上がり、私の裾を口で引っ張る。どこかに連れていこうとしているようだ。
「ギルデ、行くわよ」
「少し、休まないか?」
「は? あんたの魔法しか頼れるものがないのに、こんな山でゆっくりしてられるわけないでしょ?」
それを聞いたギルデは、頭の中身がすっぽ抜けたような間抜け面をした。そして、少しして、中身が戻ってきた。
「何?」
「い、いや、なんでも……ひゃん!」
すると、ギルデが甲高い声を出した。
「気持ち悪……」
「い、今、何かが背中に……!」
「はいはい。ほら、急ぐわよ」
「本当なんだ、信じてくれ!」
そうして、クマに連れていかれたのは、さらに山を登ったところ。クマがなぜここに私たちを連れてきたのかは、すぐに分かった。
子グマが枝の間にすっぽりはまっていたのだ。
「ウー?」
「これはまた、綺麗に入ったわね……。ギルデ、なんとかできる?」
「僕は魔法技術の単位も落としたんだ。ははは」
「あんたね……」
私は子グマを前から引き抜こうとする。
「んーっ! ふーっ! やーっ! だあっ! 抜けない……。あんた、やってみて」
「ああ──ぐぬぬぅううっ! 無理だね」
「無理だね。じゃないわよ」
キメ顔をするギルデの頭をはたく。そうこうしているうちにも、火は押し寄せてくる。ギルデの魔力がいつまで持つか、私には分からない。
「あんた、力はある?」
「そんなには」
「この木の隙間、広げてくれる?」
ギルデに木の隙間を広げさせ、私はクマを引っ張る。少しだけ、子グマをこちらに動かせた。
「ぐぬぉおっ……おぉ」
ちらと、気の抜けたような声を出したギルデを見ると、傍らでクマが隙間を広げるのを手伝っているのが分かった。ずいぶん、賢いクマだ。
「これなら……!」
私は子グマを引っ張り、──すぽんと引き抜いた。
「ウー!」
「ぐへっ」
そして、勢い余ってそのまま倒れた。
「まなさん、大丈夫かい?」
「え、ええ……。それよりも、この子に怪我がないか見て」
無理やり動かしたので、もしかしたら、木で擦れたりしているかもしれない。親グマも心配そうに見つめている。
そして、私は、まだ、こんなところで倒れている場合ではない。
「怪我はなさそうだよ」
「そう。ならいいわ。ギルデ、行くわよ」
「まだ行くのか? これ以上はさすがに……」
「諦めるわけにはいかないの。もっと、山頂の方も探すわよ……わっ」
木で体を支えて、立ち上がろうとした私は、よろけて、地面に戻される。
「まなさん、大丈夫か!?」
見ると、右手の傷口が開き、大量の血液が包帯に染みて、流れているのが分かった。深く傷つけすぎたらしく、走ったことでまた開いたらしい。
「全然、大丈夫じゃないわ。本当に、あたしって馬鹿ね……」
「同感だ。それ以上血が流れたら、さすがに命が危ない。ほら、安静にして帰ろう」
「いいえ……帰らないわ。見つけるまでは」
色の抜けたぐらつく視界の中、私は木を支えにして、無理やり立ち上がる。
「なんでそこまで……」
「あたしが、チア草を見つけなければ、お母さん……ユタのお母さんは、死ぬの。だから、あたしがどうなろうと、あの人を助けないと」
本当のことは言わなかった。説明する時間も惜しいし、それほど、私はギルデを信用していない。
「これ、持って」
私はナイフで刺した義眼を、そのままギルデに渡す。
「まなさん……」
「あたしは死なない──」
瞬間、足を抜かれたかのようにふらつき、私はその場に倒れる。
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