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3-8 犯人が見えない理由を知りたい
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「溶けてる……」
宿舎の庭にある石が溶けていた。ここに、現在、魔法がかけられているのだ。マナが少しずらした段ボールの隙間から棚の宝石を見ると、すべて、スライムのようにドロドロに溶けていた。
「まなちゃんのは、まなちゃんがつけてるから、溶けないんだよね?」
「ええ。外したら溶けるから取らないけれど──」
瞬間、指から指輪が消えた。否、盗られたのだ。
「──!」
すると、忽然と、マナが姿を消した。さすがに、誘拐されたわけではないだろう。おそらく、犯人を追っていったのだ。犯人は窓から侵入し、私の指輪が溶けていないのを見て、命の石だと勘違いしたのだろう。それか、魔法が効いていないのを探知したか。どちらにせよ、かなりの魔法使いであることに変わりはない。
「あかり、今の、見えた?」
「いーや。全然見えなかったよ」
今まで見つからなかったのは、速くて見えなかったからだろうか。ただ、速度という面において、マナを敵に回した時点で、結果は見えているも同然なのだけれど。
「離せよ!」
「悪さをしてはいけませんよ」
「子ども……?」
数秒で戻ってきたマナに抱えられていたのは、この世のありとあらゆる色を煮詰めたような黒髪に、宝石のような赤い瞳を持った少年だった。──ただし、角と尻尾がついている。
「まなちゃんも、蜂歌祭で会ったでしょ? この子は──」
「余は、ユタザバンエ・チア・むごもご……である! ひかえおろー!」
抱えられたまま腕を組み、男の子は顎を上げる。おそらく、八歳だろう。八歳にならないと、魔法が使えるようにはならないが、彼は背が低い方らしく、かなり小さい。五歳でも通りそうだと言っては、さすがに失礼だろうが。
ともあれ、確かに、この生意気な感じ、蜂歌祭で出会った記憶がある。
「なんて?」
「だから、余は、もごもバンエ・んご・もごむご……って、おい、人間の王女! 口塞ぐなよ!」
「えー」
「えーじゃないの!」
「偉そうにしないというのなら、やめて差し上げてもいいですよ?」
「余は偉いんだぞ! 偉そうにしむごご……おい!」
私はマナに指輪を返してもらい、確認する。魔力を込められて、ぐちゃぐちゃになった上、溶かされて、また、ぐちゃぐちゃになった。もう、中の映像を鮮明な状態で確認することは、不可能だろう。──まあ、いいけど。
ユタザバンエという少年は、マナに口をぱこぱこ塞がれて、顔を真っ赤にしていた。それにしても、ピーキャーとうるさい子どもだ。ただ、一つだけ、分かったことがある。
「その子、次期魔王なの?」
「そう、我こそは! 魔王の血を継ぐ者にして、次期魔王の第一候補と評される実力を──」
「よく分かったね、まなちゃん?」
「チアって言ったら、魔王と、次期魔王の第一候補しか名乗れないでしょ?」
「そんな、常識でしょ? みたいに言われても。僕、この世界のことなんてそんなに知らないよ?」
「人の話を最後まで聞けーっ!」
「──それにしても」
魔王と言ったら、モンスターを世に生み出し、人に対する負の感情を抱かせることによって世界を混沌に陥れたという、あの魔王だ。
とはいえ、今代の魔王は、新種のモンスターなどは生み出していない。その代わりに、魔族に危害を与える人間を、数多処刑している。どちらにせよ、善良とは言いがたい。そんな彼らにも、幼少期があったわけだが、
「次の魔王がこんなちんちくりんとはね……」
「なんだお前! 喧嘩売ってんのか! 買うぞ!」
「ユタくん、かわいー! ねー、まな?」
まゆは本当に、いつも通りだ。どんな状況下でも変わらない。
「はっ。ただ自分がちょっと特別だからって、いい気になってるだけのお子様でしょ?」
「子ども扱いするな! 余はもう魔法が使えるんだぞ! クラスの中で、一番最初に魔法が使えるようになったんだぞ!」
「ただ単に、誕生日が早いだけで威張ってんじゃないわよ」
「うぐっ……くっそぉ……!」
本来、誕生日とともに、魔法は自然と使えるようになる。だから、早く使えるようになったからといって、特別優れているというわけではない。本人にもその自覚があり、何も言い返せないらしい。次期魔王とはいえ、まだまだ子どもだ。
「それで、どこから来たの? お母さんとお父さん──は魔王だったわね」
「ここが、余の家だ!」
こんなに小さな子も同じ宿舎に住んでいるのだろうか。確かに、ノア学園は保育園から大学まであり、宿舎も、保護者がいれば、小学生から入れるようになっている。その上、この宿舎は少し、特殊なのだ。そのため、あり得ない話ではないが、
「本当にそうなの?」
「はい。ユタさんは、この宿舎の最年少です。ノア学園の、小学校二年生ですね」
「おい! そこの白いちび! お前、何年生だ!」
「白いちびって、あたしのこと?」
「それ以外に誰がいるんだよ! ちーび!」
「私もいるんだけどなー」
まゆのことは気にも留めていないらしい。多分、まゆには手を出してはいけないと、本能で分かっているのだろう。そこだけは、賢い。
「あたしは高校一年だけど。あんたこそ、背の順、一番前のくせに」
「なんでそれを!? 誰にも言ってないのに……」
適当に言っただけだが、どうやら当たりだったらしい。かくいう私も、多分、一番前だけれど。背の順になったことがないから、分からないということにしておこう。
まあ、ユタの場合は、まだまだ伸びる余地があるので、心配しなくても大丈夫だと思う。ムカついたし、わざわざ言わないけれど。
「そんなことより、どうして命の石を探してたの?」
「ばーか! 言うわけねーだろ!」
それが、命の石を探していたという事実を肯定しているのだが、そこには、気がついていないらしい。
「魔法使えなくするわよ?」
「はっ、できるもんならやってみろ!」
やってみろと言われたので、私はユタの頭に手を乗せた。
「……は? 冗談だろ!? 本当に使えねー! オレのシャイニングファイヤーがあ!」
「元に戻してほしかったら、正直に言うのね」
「くっそぉ……!」
なんだか、自分が悪役になったように感じた。
宿舎の庭にある石が溶けていた。ここに、現在、魔法がかけられているのだ。マナが少しずらした段ボールの隙間から棚の宝石を見ると、すべて、スライムのようにドロドロに溶けていた。
「まなちゃんのは、まなちゃんがつけてるから、溶けないんだよね?」
「ええ。外したら溶けるから取らないけれど──」
瞬間、指から指輪が消えた。否、盗られたのだ。
「──!」
すると、忽然と、マナが姿を消した。さすがに、誘拐されたわけではないだろう。おそらく、犯人を追っていったのだ。犯人は窓から侵入し、私の指輪が溶けていないのを見て、命の石だと勘違いしたのだろう。それか、魔法が効いていないのを探知したか。どちらにせよ、かなりの魔法使いであることに変わりはない。
「あかり、今の、見えた?」
「いーや。全然見えなかったよ」
今まで見つからなかったのは、速くて見えなかったからだろうか。ただ、速度という面において、マナを敵に回した時点で、結果は見えているも同然なのだけれど。
「離せよ!」
「悪さをしてはいけませんよ」
「子ども……?」
数秒で戻ってきたマナに抱えられていたのは、この世のありとあらゆる色を煮詰めたような黒髪に、宝石のような赤い瞳を持った少年だった。──ただし、角と尻尾がついている。
「まなちゃんも、蜂歌祭で会ったでしょ? この子は──」
「余は、ユタザバンエ・チア・むごもご……である! ひかえおろー!」
抱えられたまま腕を組み、男の子は顎を上げる。おそらく、八歳だろう。八歳にならないと、魔法が使えるようにはならないが、彼は背が低い方らしく、かなり小さい。五歳でも通りそうだと言っては、さすがに失礼だろうが。
ともあれ、確かに、この生意気な感じ、蜂歌祭で出会った記憶がある。
「なんて?」
「だから、余は、もごもバンエ・んご・もごむご……って、おい、人間の王女! 口塞ぐなよ!」
「えー」
「えーじゃないの!」
「偉そうにしないというのなら、やめて差し上げてもいいですよ?」
「余は偉いんだぞ! 偉そうにしむごご……おい!」
私はマナに指輪を返してもらい、確認する。魔力を込められて、ぐちゃぐちゃになった上、溶かされて、また、ぐちゃぐちゃになった。もう、中の映像を鮮明な状態で確認することは、不可能だろう。──まあ、いいけど。
ユタザバンエという少年は、マナに口をぱこぱこ塞がれて、顔を真っ赤にしていた。それにしても、ピーキャーとうるさい子どもだ。ただ、一つだけ、分かったことがある。
「その子、次期魔王なの?」
「そう、我こそは! 魔王の血を継ぐ者にして、次期魔王の第一候補と評される実力を──」
「よく分かったね、まなちゃん?」
「チアって言ったら、魔王と、次期魔王の第一候補しか名乗れないでしょ?」
「そんな、常識でしょ? みたいに言われても。僕、この世界のことなんてそんなに知らないよ?」
「人の話を最後まで聞けーっ!」
「──それにしても」
魔王と言ったら、モンスターを世に生み出し、人に対する負の感情を抱かせることによって世界を混沌に陥れたという、あの魔王だ。
とはいえ、今代の魔王は、新種のモンスターなどは生み出していない。その代わりに、魔族に危害を与える人間を、数多処刑している。どちらにせよ、善良とは言いがたい。そんな彼らにも、幼少期があったわけだが、
「次の魔王がこんなちんちくりんとはね……」
「なんだお前! 喧嘩売ってんのか! 買うぞ!」
「ユタくん、かわいー! ねー、まな?」
まゆは本当に、いつも通りだ。どんな状況下でも変わらない。
「はっ。ただ自分がちょっと特別だからって、いい気になってるだけのお子様でしょ?」
「子ども扱いするな! 余はもう魔法が使えるんだぞ! クラスの中で、一番最初に魔法が使えるようになったんだぞ!」
「ただ単に、誕生日が早いだけで威張ってんじゃないわよ」
「うぐっ……くっそぉ……!」
本来、誕生日とともに、魔法は自然と使えるようになる。だから、早く使えるようになったからといって、特別優れているというわけではない。本人にもその自覚があり、何も言い返せないらしい。次期魔王とはいえ、まだまだ子どもだ。
「それで、どこから来たの? お母さんとお父さん──は魔王だったわね」
「ここが、余の家だ!」
こんなに小さな子も同じ宿舎に住んでいるのだろうか。確かに、ノア学園は保育園から大学まであり、宿舎も、保護者がいれば、小学生から入れるようになっている。その上、この宿舎は少し、特殊なのだ。そのため、あり得ない話ではないが、
「本当にそうなの?」
「はい。ユタさんは、この宿舎の最年少です。ノア学園の、小学校二年生ですね」
「おい! そこの白いちび! お前、何年生だ!」
「白いちびって、あたしのこと?」
「それ以外に誰がいるんだよ! ちーび!」
「私もいるんだけどなー」
まゆのことは気にも留めていないらしい。多分、まゆには手を出してはいけないと、本能で分かっているのだろう。そこだけは、賢い。
「あたしは高校一年だけど。あんたこそ、背の順、一番前のくせに」
「なんでそれを!? 誰にも言ってないのに……」
適当に言っただけだが、どうやら当たりだったらしい。かくいう私も、多分、一番前だけれど。背の順になったことがないから、分からないということにしておこう。
まあ、ユタの場合は、まだまだ伸びる余地があるので、心配しなくても大丈夫だと思う。ムカついたし、わざわざ言わないけれど。
「そんなことより、どうして命の石を探してたの?」
「ばーか! 言うわけねーだろ!」
それが、命の石を探していたという事実を肯定しているのだが、そこには、気がついていないらしい。
「魔法使えなくするわよ?」
「はっ、できるもんならやってみろ!」
やってみろと言われたので、私はユタの頭に手を乗せた。
「……は? 冗談だろ!? 本当に使えねー! オレのシャイニングファイヤーがあ!」
「元に戻してほしかったら、正直に言うのね」
「くっそぉ……!」
なんだか、自分が悪役になったように感じた。
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