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2-50 マーダーのせいにしたい
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この部屋の灯りがついているだけで、壁の内側一帯がほんのり明るく照らされる。マナは明日、忙しいので、夜更かしするわけにもいかず、早々と、光る鉱石に魔力を込めて、灯りを消した。
私のためにわざわざ用意されたベッドで横になっていたのだが、もぞもぞと、マナがこちらに移動してきた。
「来ちゃいました」
「……自分のベッドがあるでしょ?」
「えへへ」
大きくて、ふかふかのベッドだ。狭いとは思わないけれど。なぜわざわざ一緒に寝ようとするのか、分からない。
「まあいいわ。おやすみ」
「夜更かししましょう」
「あんたね……明日、忙しいんでしょ? 早く寝なさいよ」
「そんなの知りません」
私はそんなマナの発言に驚いた。いつもなら、渋々、私に従っているイメージがある。思えば、マナに反抗されたのは、初めてかもしれない。
「そういえば、マーダーが効いてるんだったわね……」
「明日のことは明日考えればいいんですよ」
「どうなっても知らないわよ……?」
マナは、くっついてこなかった。いつもなら、そろそろ、暑苦しく感じる頃なのだが。
「緊張してるの?」
「緊張? なんですか、それ?」
「多分、今、効果がピークなのね……」
「がぶり」
「うぐっ!?」
突然、首筋に噛みつかれた。普通に痛い。
「え、何? なんで噛みついたの? 痛いんだけど」
「美味しいのかなと、確かめてみたくなってしまって」
「あんた、いつもそんなこと考えてんの……?」
「味はしませんでした」
「ご報告感謝するわっ!」
身の危険を感じる。二人きりで一緒に寝るのは危険かもしれない。
「うひゃあっ!?」
今度は首をくすぐられた。変な声が出てしまった。
「ちょっと、急に何すんのよ!」
「くすぐったら、どうなるんだろうと思って」
「くすぐったいに決まってるでしょ……?」
「可愛い声でしたね」
「そりゃどうも!」
危険だ。かなり危険だ。とても危険だ。明日の朝までに、これ以上、何をされるか分からない。生きて帰れるだろうか。すると、今度は匂いを嗅ぎ始めた。
「すんすん」
「怖い……、すごく怖い……!」
「怖がる必要はありませんよ。何もしませんから」
「すでに十分何かされてるわよっ!」
くっつかれるだけでも、かなり距離感が近いとは感じていたが、あれでもまだ遠慮していた方だとは知らなかった。
「ぴたっ」
「え、今度は何?」
「心臓の音を聞いています」
「普通に動いてると思うけど……?」
マナは私の胸に耳を当て、
「とくとくとく──」
と、鼓動を数え始めた。私はもう、何が何やら分からず、困惑していた。
「すやー」
「えええ、そこで寝るの……?」
動いていいのかどうかも分からない。起こしたら可哀想だと思って、そっと離れると、追うようにして、ぴったりとくっついてきた。
「全然、寝れそうにないんだけど……」
結局、目だけは閉じていたが、ろくに眠ることもできないまま、朝を迎えた。
「──恥ずかしすぎます……! まなさんに、合わせる顔がありません……!」
翌朝、マナは毛布にうずくまって、すっかり隠れていた。正気に戻ったらしい。
「まあ、薬の効果が切れたみたいで良かったわ」
「わああぁ……! 首に傷が、まなさんの、首に、傷がっ……!」
顔だけひょっこり出して、こちらを覗いていた。
「まあ、髪の毛で隠れるでしょ」
「ひあああぁぁ……!!」
悶えていた。いい気味だ。存分に恥ずかしがるがよい。
「まなさん、ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい、申し訳ありません……!」
「別にいいわよ。あたしも気抜いてたし」
「お優しい……! なんとお優しいんですか……! しかし、それでは私の気が済みません!」
そこまで言うなら、今日歌わないでほしい──そう言いかけて、私はやめた。それは、なんだか、すごく、卑怯な気がしたから。
「そうね、じゃあ帰りに駅弁とトンビアイス、奢ってもらえる?」
「──そんなことでいいんですか?」
「すぐに帰る予定だったから、全然お金が足りなくて。駅弁があんなに高いとは思ってなかったのよ」
「まなさん、大好きです」
マナが起きるよりも早く着替え終わって、髪を確認していた私を、彼女は後ろから包むように抱きしめた。服は昨日、マナと話しているとき、使用人が洗濯して畳んだ状態で部屋に届けにきた。
「あんた、そろそろ用意とかしなくていいわけ?」
「使用人の方たちがすべてやってくれます。先に朝食ですが、このままでも問題ないでしょう」
「まあ、そうね」
「……えへへ」
「楽しそうね」
「──はい。幸せですよ」
その笑顔は、枯れた花さえ、命を吹き返しそうな、見ているだけで力がもらえる笑顔だった。
「あ、それから、もう一つ、相談なんだけど──」
私のためにわざわざ用意されたベッドで横になっていたのだが、もぞもぞと、マナがこちらに移動してきた。
「来ちゃいました」
「……自分のベッドがあるでしょ?」
「えへへ」
大きくて、ふかふかのベッドだ。狭いとは思わないけれど。なぜわざわざ一緒に寝ようとするのか、分からない。
「まあいいわ。おやすみ」
「夜更かししましょう」
「あんたね……明日、忙しいんでしょ? 早く寝なさいよ」
「そんなの知りません」
私はそんなマナの発言に驚いた。いつもなら、渋々、私に従っているイメージがある。思えば、マナに反抗されたのは、初めてかもしれない。
「そういえば、マーダーが効いてるんだったわね……」
「明日のことは明日考えればいいんですよ」
「どうなっても知らないわよ……?」
マナは、くっついてこなかった。いつもなら、そろそろ、暑苦しく感じる頃なのだが。
「緊張してるの?」
「緊張? なんですか、それ?」
「多分、今、効果がピークなのね……」
「がぶり」
「うぐっ!?」
突然、首筋に噛みつかれた。普通に痛い。
「え、何? なんで噛みついたの? 痛いんだけど」
「美味しいのかなと、確かめてみたくなってしまって」
「あんた、いつもそんなこと考えてんの……?」
「味はしませんでした」
「ご報告感謝するわっ!」
身の危険を感じる。二人きりで一緒に寝るのは危険かもしれない。
「うひゃあっ!?」
今度は首をくすぐられた。変な声が出てしまった。
「ちょっと、急に何すんのよ!」
「くすぐったら、どうなるんだろうと思って」
「くすぐったいに決まってるでしょ……?」
「可愛い声でしたね」
「そりゃどうも!」
危険だ。かなり危険だ。とても危険だ。明日の朝までに、これ以上、何をされるか分からない。生きて帰れるだろうか。すると、今度は匂いを嗅ぎ始めた。
「すんすん」
「怖い……、すごく怖い……!」
「怖がる必要はありませんよ。何もしませんから」
「すでに十分何かされてるわよっ!」
くっつかれるだけでも、かなり距離感が近いとは感じていたが、あれでもまだ遠慮していた方だとは知らなかった。
「ぴたっ」
「え、今度は何?」
「心臓の音を聞いています」
「普通に動いてると思うけど……?」
マナは私の胸に耳を当て、
「とくとくとく──」
と、鼓動を数え始めた。私はもう、何が何やら分からず、困惑していた。
「すやー」
「えええ、そこで寝るの……?」
動いていいのかどうかも分からない。起こしたら可哀想だと思って、そっと離れると、追うようにして、ぴったりとくっついてきた。
「全然、寝れそうにないんだけど……」
結局、目だけは閉じていたが、ろくに眠ることもできないまま、朝を迎えた。
「──恥ずかしすぎます……! まなさんに、合わせる顔がありません……!」
翌朝、マナは毛布にうずくまって、すっかり隠れていた。正気に戻ったらしい。
「まあ、薬の効果が切れたみたいで良かったわ」
「わああぁ……! 首に傷が、まなさんの、首に、傷がっ……!」
顔だけひょっこり出して、こちらを覗いていた。
「まあ、髪の毛で隠れるでしょ」
「ひあああぁぁ……!!」
悶えていた。いい気味だ。存分に恥ずかしがるがよい。
「まなさん、ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい、申し訳ありません……!」
「別にいいわよ。あたしも気抜いてたし」
「お優しい……! なんとお優しいんですか……! しかし、それでは私の気が済みません!」
そこまで言うなら、今日歌わないでほしい──そう言いかけて、私はやめた。それは、なんだか、すごく、卑怯な気がしたから。
「そうね、じゃあ帰りに駅弁とトンビアイス、奢ってもらえる?」
「──そんなことでいいんですか?」
「すぐに帰る予定だったから、全然お金が足りなくて。駅弁があんなに高いとは思ってなかったのよ」
「まなさん、大好きです」
マナが起きるよりも早く着替え終わって、髪を確認していた私を、彼女は後ろから包むように抱きしめた。服は昨日、マナと話しているとき、使用人が洗濯して畳んだ状態で部屋に届けにきた。
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「使用人の方たちがすべてやってくれます。先に朝食ですが、このままでも問題ないでしょう」
「まあ、そうね」
「……えへへ」
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「──はい。幸せですよ」
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