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2-47 確認したい
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扉はマナの声による解錠を基本としているが、マナが触れさえすれば開くようになっているようだ。鍵穴は見当たらない。他の人には開けられないようになっている。
ただ、私を引き留めるということは、私に扉を開けることが可能だと考えていいだろう。とはいえ、部屋は広いが、扉は1つしかない。なんとかしたくても、マナの足で追われれば、すぐに捕まる自信がある。
「……諦めるしかないわね」
諦めの良さには定評がある。マナに捕まった時点で、逃れられるはずがないのだ。次に同じようなことがあれば、まず捕まらないことを考えるべきだ。
──どうして、声を渡してくださらないのですか?
そう尋ねられ、
「死んでほしくないからよ」
と、即答した。悩むまでもなく、理由はそれ一つだ。
ここにいるのが何より安全だというのは、考えるまでもないことで、マナが狙われているのはおそらく、事実なのだから。あんな爆発を起こし、大勢を犠牲にするくらい、相手は異常なのだから。
「それに、なんとなく、だけど。渡したら、後悔するような気がして」
本当に後悔するかどうかは、やってみないと分からない。それでも、万が一にも何かあっては困るのだ。
──私は、どんな傷であっても、すぐに治すことができます。死にません。
「いいえ。それは嘘ね。少なくとも、目の傷や、遺伝子の変異、四肢の損傷には、今の魔法医療では対応できないわ。……それに、人は、いずれ死ぬのよ。みんな等しくね」
なくなった腕が生えたり、見えない目が治ったりという奇跡は起こらない。あくまでも、魔法なのだから。
──詳しいですね?
「まあ、ちょっと。……とにかく! 声を返すわけにはいかないわ」
──えー?
「えー? じゃない!」
──どうしても?
「どうしても」
──絶対?
「絶対」
──絶対の絶対に?
「しつこいわね……。何があっても、絶対に返すつもりはないわ。お祭りが終わるまでは」
──いじわる。
「拗ねた……」
例えるなら、私はシャボン玉に入っているようなもので、その中では魔法が使えない。私が鞄を抱えている限り、マナが魔法で声を持っていくのは不可能だ。マナは私から離れると、拗ねたように壁に向かって縮こまった。
それにしても──本当に、ちゃんと入っているだろうか。心配になって、じっとしていられなくなってきた。
私はマナが十分遠くにいるのを確認し、そっと鞄のチャックを開け、中を確認する。咄嗟だったので、奥の方に入れたようで、なかなか見えない。どこかに落としたり、入っていなかったりしたら、大変なことだ。
手で中をかき回すように探り、それらしい感覚が手に当たる。それを引き上げて、そこに小ビンがあることを、目で確認し──、
「あっ!」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
「マナ、開けちゃダメ!」
そう叫ぶが、マナは躊躇いなく小ビンの蓋を開けた。
──それは、声の入った小ビンではなく、別の、薬品の入ったものだった。私はすぐに、鞄の中身を確認する。
「何がなくなって……三番がないわ。三番は確か──マーダー。別名、殺人薬」
希釈したり、他の物質と反応させれば、安眠や、精神安定の効果が得られる魔法薬だ。私が触れている間は、固体になるので比較的安全だが、基本的には気体として存在する。
簡単に言えば、恐怖を取り去る効果がある。時間をかけて、少しずつ効果が現れるが、明朝までには切れるだろう。
問題はそれがどれほど危険かということ。人が殺せるほどに吹っ切れてしまう薬であり、世界の殺人事件の一割程度に、この薬が関わっていると言われている。資格を持っていないと扱うことはできないほどの劇薬だ。
「マナ、大丈夫?」
そう問いかけると、マナは私の鞄に躊躇なく手を伸ばした。そして、適当な小ビンを手に取り、躊躇いなく、開けようとする。頭がおかしくなる薬など、当然塗っていない。
「ちょっと!? 待って! 分かったわ、声を返すから──」
また何か、危険な薬のビンを開けられたら困るので、私は渋々、マナの声が入った小ビンの蓋を開けた。
「まなさん。──愛してます」
小鳥のさえずりのような声が、私の耳に、しっかりと届いた。直後、後ろから抱き締められる。
「不本意だわ」
「ありがとうございます」
「それ、返してくれる?」
マナが持っていたのは、催涙スプレーにも使ったもので、一時的な刺激は受けるが、比較的安全な、魔法でもなんでもない薬だった。唐辛子くらい安全なやつだった。
そうして私はマナの膝に乗せられて、ベッドに座らされる。マナは上機嫌に鼻歌を歌いながら、ゆらゆらと揺れていた。
「……国民のためだとかなんとかで、あんたが犠牲になる必要はないのよ」
「そうかもしれません。ですが、それが、私の望む、女王のあるべき姿なんです」
「まだ女王じゃないでしょ」
「いいえ。私は女王ですよ。心は、もう、ずっと前から」
終わりは突然やってくる。平気な顔をして、なんでもないように装って、普段通りのふりをして、突然に終わる。
とどのつまり、命を狙われているかもしれないのに、自分の危険など考えもしないマナの態度が、とても危うく脆いものに見えて、不安なのだ。
「──明日、歌わないでよ」
「それはできません。私はもう、決心したんです。そしてそれは、まなさんのおかげですよ」
「あたしは何もしてないわ。ほとんど、れなのおかげでしょ」
「そんなことありません。まなさんのおかげです」
マナは出会った頃からわりと私のことが好きだったように思う。好かれる理由は見つからないけれど、それを聞く勇気も、私には、ない。
歌うか歌わないかはマナが決めることだと、私は自分で言ったのだ。私が止めても聞かないことくらい、初めから分かっていた。油断した私のミスだ。
「明日、私の歌、聞いててくださいね」
「……ええ。もちろん」
ただ、私を引き留めるということは、私に扉を開けることが可能だと考えていいだろう。とはいえ、部屋は広いが、扉は1つしかない。なんとかしたくても、マナの足で追われれば、すぐに捕まる自信がある。
「……諦めるしかないわね」
諦めの良さには定評がある。マナに捕まった時点で、逃れられるはずがないのだ。次に同じようなことがあれば、まず捕まらないことを考えるべきだ。
──どうして、声を渡してくださらないのですか?
そう尋ねられ、
「死んでほしくないからよ」
と、即答した。悩むまでもなく、理由はそれ一つだ。
ここにいるのが何より安全だというのは、考えるまでもないことで、マナが狙われているのはおそらく、事実なのだから。あんな爆発を起こし、大勢を犠牲にするくらい、相手は異常なのだから。
「それに、なんとなく、だけど。渡したら、後悔するような気がして」
本当に後悔するかどうかは、やってみないと分からない。それでも、万が一にも何かあっては困るのだ。
──私は、どんな傷であっても、すぐに治すことができます。死にません。
「いいえ。それは嘘ね。少なくとも、目の傷や、遺伝子の変異、四肢の損傷には、今の魔法医療では対応できないわ。……それに、人は、いずれ死ぬのよ。みんな等しくね」
なくなった腕が生えたり、見えない目が治ったりという奇跡は起こらない。あくまでも、魔法なのだから。
──詳しいですね?
「まあ、ちょっと。……とにかく! 声を返すわけにはいかないわ」
──えー?
「えー? じゃない!」
──どうしても?
「どうしても」
──絶対?
「絶対」
──絶対の絶対に?
「しつこいわね……。何があっても、絶対に返すつもりはないわ。お祭りが終わるまでは」
──いじわる。
「拗ねた……」
例えるなら、私はシャボン玉に入っているようなもので、その中では魔法が使えない。私が鞄を抱えている限り、マナが魔法で声を持っていくのは不可能だ。マナは私から離れると、拗ねたように壁に向かって縮こまった。
それにしても──本当に、ちゃんと入っているだろうか。心配になって、じっとしていられなくなってきた。
私はマナが十分遠くにいるのを確認し、そっと鞄のチャックを開け、中を確認する。咄嗟だったので、奥の方に入れたようで、なかなか見えない。どこかに落としたり、入っていなかったりしたら、大変なことだ。
手で中をかき回すように探り、それらしい感覚が手に当たる。それを引き上げて、そこに小ビンがあることを、目で確認し──、
「あっ!」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
「マナ、開けちゃダメ!」
そう叫ぶが、マナは躊躇いなく小ビンの蓋を開けた。
──それは、声の入った小ビンではなく、別の、薬品の入ったものだった。私はすぐに、鞄の中身を確認する。
「何がなくなって……三番がないわ。三番は確か──マーダー。別名、殺人薬」
希釈したり、他の物質と反応させれば、安眠や、精神安定の効果が得られる魔法薬だ。私が触れている間は、固体になるので比較的安全だが、基本的には気体として存在する。
簡単に言えば、恐怖を取り去る効果がある。時間をかけて、少しずつ効果が現れるが、明朝までには切れるだろう。
問題はそれがどれほど危険かということ。人が殺せるほどに吹っ切れてしまう薬であり、世界の殺人事件の一割程度に、この薬が関わっていると言われている。資格を持っていないと扱うことはできないほどの劇薬だ。
「マナ、大丈夫?」
そう問いかけると、マナは私の鞄に躊躇なく手を伸ばした。そして、適当な小ビンを手に取り、躊躇いなく、開けようとする。頭がおかしくなる薬など、当然塗っていない。
「ちょっと!? 待って! 分かったわ、声を返すから──」
また何か、危険な薬のビンを開けられたら困るので、私は渋々、マナの声が入った小ビンの蓋を開けた。
「まなさん。──愛してます」
小鳥のさえずりのような声が、私の耳に、しっかりと届いた。直後、後ろから抱き締められる。
「不本意だわ」
「ありがとうございます」
「それ、返してくれる?」
マナが持っていたのは、催涙スプレーにも使ったもので、一時的な刺激は受けるが、比較的安全な、魔法でもなんでもない薬だった。唐辛子くらい安全なやつだった。
そうして私はマナの膝に乗せられて、ベッドに座らされる。マナは上機嫌に鼻歌を歌いながら、ゆらゆらと揺れていた。
「……国民のためだとかなんとかで、あんたが犠牲になる必要はないのよ」
「そうかもしれません。ですが、それが、私の望む、女王のあるべき姿なんです」
「まだ女王じゃないでしょ」
「いいえ。私は女王ですよ。心は、もう、ずっと前から」
終わりは突然やってくる。平気な顔をして、なんでもないように装って、普段通りのふりをして、突然に終わる。
とどのつまり、命を狙われているかもしれないのに、自分の危険など考えもしないマナの態度が、とても危うく脆いものに見えて、不安なのだ。
「──明日、歌わないでよ」
「それはできません。私はもう、決心したんです。そしてそれは、まなさんのおかげですよ」
「あたしは何もしてないわ。ほとんど、れなのおかげでしょ」
「そんなことありません。まなさんのおかげです」
マナは出会った頃からわりと私のことが好きだったように思う。好かれる理由は見つからないけれど、それを聞く勇気も、私には、ない。
歌うか歌わないかはマナが決めることだと、私は自分で言ったのだ。私が止めても聞かないことくらい、初めから分かっていた。油断した私のミスだ。
「明日、私の歌、聞いててくださいね」
「……ええ。もちろん」
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