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2-32 屋台が見たい
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翌朝。予定より早くに目が覚めた私は、すぐ、まゆが起きていることに気がついた。
「いつ起きたの?」
「みんなが寝てたとき」
それは先刻までの間の一体いつのことだろうかと思いつつも何も言わなかった。横で寝るれなを置き去りに、私はまゆを連れて、洗面台で顔を洗う。まゆは洗面台に背が届かないので、お風呂場で洗わせた。
「あー、強力な睡眠薬だった」
「お姉ちゃん、その後一回起きてたじゃん……」
「んー、そうだっけ? まあいーじゃん、お腹空いた!」
私は昨日、冷蔵庫に入れさせてもらったトンビアイスを取り出す。
「こぼさないようにね」
「はーい」
適当なお皿とスプーンを使わせてもらい、アイスを棒から外し、その上で食べさせる。
「子どもみたいね……」
「私まだ子どもだもーん」
「あんたもう十八でしょ」
「見た目は十歳だもーん」
「中身は五歳ね」
「何とでもどうぞー」
私もスプーンを借りてきて、隣からつついて食べる。スプーンでのんびり解している間に、ほとんど溶けてしまった。一体、どれだけ口に入っただろうか。
「ほとんど溶けちゃったねー」
「絶対こぼすから、飲んじゃダメよ」
「えー、もったいないー!」
溶けた汁を台所に捨て、食器を洗って棚にしまう。
「アイス、鼻についてるわよ」
「えー、拭いてよー」
「はあ……」
私はポケットからハンカチを取り出し、拭いてやる。小さな子どもみたいだ、まったく。
そのハンカチを水で洗い、固く絞って浴槽の縁に広げておく。
「まな、散歩しようよー」
私は自分たちが追われている身であることと、今がまだ人通りの少ない、朝の四時台であることを考慮する。
「……仕方ないわね。少しだけよ」
「やったあ!」
私はフードをかぶり、肩掛けの鞄だけ持つと、散歩に行ってきますと、書き置きを残す。そして、玄関の横にかかっている鍵を取って、部屋を出た。
「お日様、もう出てる! 空綺麗ー!」
太陽に近い方から、赤、黄、緑、青と空が彩られている。早起きしなければ見られない光景だ。
真っ直ぐ歩いて大通りに出ると、すでに今日の屋台の準備が始まっていた。
「みんな朝早いねー」
準備しているのが珍しいからか、まゆはそれを、楽しそうに眺めていた。
「まな、見て見て!」
まゆが指差す方向には、空があった。そこに浮かぶ雲が魔法で集められ、小瓶に吸い込まれる。これが、食べられる雲らしい。
「雲ってどんな味がするんだろう?」
「水とほこりと魔力を混ぜたみたいな味がするんじゃない?」
「うう、きちゃない……」
とはいえ、屋台で出されているものは、さすがに洗浄されて、味付けまでされているようだから、ふわふわのスイーツみたいなのではないだろうか。
「宝石、だいぶ減ってるね」
「店に出したまま放置って、盗られても文句言えないわね……」
となりの宝石すくいは、昨日のままになっていて、片づけもされていなかった。ふと、指輪のことが思い出されたが、盗るつもりはないので、私たちは先へと足を進める。
「まな! あれ、シャボン玉に入れるんだって!」
「へー」
「反応薄いー」
「どうせ、魔法でしょ? あたし入れないじゃん」
「でも、まなも鞄で飛べるんだし、すっごく分厚い服とか着たらできそうじゃない?」
「そうね。魔力非活性の効果はあたしに触れてて、近いほど高くなるから、服で打ち消そうと思ったら……肩掛け鞄の紐の分くらいの分厚さがないと、無理だと思うけれど」
「じゃあ、キグルミ着れば大丈夫だね!」
「着ないわよ」
「えー……。あ! 見て見て! 人の心が読めるんだって!」
屋台の名前は、ヨメルンデス。その下に貼り紙があり、人の心が読めます、と書いてある。しかし、トンビアイス五十個分は、はさすがに高い。
「怪しすぎるわね……。って、魔法効かないんだってば」
「でもでも、間接的になら使えるんだよね? それなら、何とかして心読めたりして」
「頭の中身をどこかに移すってこと?」
「発想が怖いねー」
「それなら、非活性を打ち破るくらいの魔力をかけるとか? 一昨日のマナみたいに」
「それ大丈夫なの?」
「別に問題なかったわ。でも、心は読まれたくないわね」
「そっかー。じゃあ……あ、あれは?」
次の屋台には、カタヌキ(魔力板)と書かれていた。
「何それ?」
「うーんとね、多分、魔力をかけすぎるとダメな型抜きだと思う」
「魔力を抑えながらやるわけね。……それで、型抜きって、何?」
「型抜きは型抜きだよー。知らなーい。あはは」
「だと思ったわ……」
後で調べておこうと、密かに思った。
「そろそろ戻るわよ」
「はーい──あ。占いだ」
そういえば、まゆが昨日も気になると言っていた。私は鞄から財布を取り出し、中身と相談する。帰りのトンビアイスをまゆに我慢させれば問題なさそうだ。
「やりたい?」
「うん!」
「……仕方ないわね」
私は覚悟を決め、財布を握りしめて店の前までやって来た。
「でも、この時間、やってるかなあ?」
まゆに言われて、まだ早朝であることに気がつく。準備のいる露店は準備に取りかかっているが、準備のいらない占いは、普通に考えれば、まだ誰もいないだろう。
「一応、確認してみるわ」
私は、すみません、と一声かけてみる。紫の布に覆われた、四角いテントだ。いかにも、中に水晶玉が置いてあって、怪しげな呪文を唱えていそうな気配がある。偏見だけれど。
「どぞー」
聞き覚えのある声だなと思いつつ、私はカーテンをくぐる。正面には想像通りの狭い空間があり、真ん中に水晶、その周りに蝋燭が焚かれていた。
「おめでとー! あなたは記念すべき百人目のお客様です! なので、お代は無料です!」
歓迎の声に、私は困惑し、まゆの顔を見る。
「よかったねー!」
まゆはこういうことは気づかないらしい。どこからどう見ても、これは、れなだ。ローブで顔は覆われているし、それがなくても、私は顔を知らないけれど、声までは変えられない。魔法で変えたとしても、私には効かない。
「本当にあたしたち百人目なの? 昨日、お客さん全然入ってなかったけど?」
「うげっ……ほ、ほんとほんと、マジマジ大マジ。だから、お金はいりませーん」
なんとなく嘘っぽいが、私にお金を払わせないようにという配慮だろう。ありがたく受け取っておく。
「……それよりも、なんでこんな時間から?」
「それは、昨日、暇だなーと思って占ってたら、この時間にお客さん来るって出てたから」
やっぱり暇だったらしい。
「それで、お客さん、何を占いますか?」
「……考えてなかったわ」
「どうしようねー?」
「うーん……あ」
私は少し考えて、一つだけ、占ってほしいことがあったのを思い出す。
「昨日、スリにあったんですけど──」
「それを探してるってことね。オッケーオッケー。はい。これ」
占い師、もとい、れなは机の下から紙を取り出して私に差し出す。
「……水晶、使わないの?」
「ほえ? 昨日暇だったから占っておいたって、言わなかったっけ?」
「じゃあ、なんで聞いたのよ……?」
「急に紙差し出されても、何これってなっちゃうでしょ? あたしは先に占っておくタイプだけど、お客様への配慮があるから」
「相当暇なのね……」
その場で紙を開いてみたが、蝋燭しか灯りがないのでよく見えない。すると、れなが指を鳴らして指先に光を灯し、紙を裏から照らしてくれた。
「なんて書いてあるのー?」
「えーっと……、木の葉を隠すなら森の中へ。死体を隠すなら死体の山へ」
「どういうこと?」
「……なるほどね。そういうこと」
私は紙を蝋燭の火に近づけ、燃えていく様子をじっくり眺める。たちまち、狭い室内には煙が充満していくが、それを、れなが風で外に追い出す。
「まな、分かったの?」
「──ええ。でも、それは後回しよ。まずは、マナを助けに行かないと」
私は席を立ち、財布をしまって、まゆの手を掴む。
「れな、小屋に帰るわよ」
「うげっ。あ、あたしは、れなじゃないデスヨー?」
「あっそ。じゃあ、置いていくから。お姉ちゃん、帰りましょう」
「はーい」
「ま、待ってよ、まなちゃー!」
近くにある屋台を睨みつけ、私は小屋へと戻った。
「いつ起きたの?」
「みんなが寝てたとき」
それは先刻までの間の一体いつのことだろうかと思いつつも何も言わなかった。横で寝るれなを置き去りに、私はまゆを連れて、洗面台で顔を洗う。まゆは洗面台に背が届かないので、お風呂場で洗わせた。
「あー、強力な睡眠薬だった」
「お姉ちゃん、その後一回起きてたじゃん……」
「んー、そうだっけ? まあいーじゃん、お腹空いた!」
私は昨日、冷蔵庫に入れさせてもらったトンビアイスを取り出す。
「こぼさないようにね」
「はーい」
適当なお皿とスプーンを使わせてもらい、アイスを棒から外し、その上で食べさせる。
「子どもみたいね……」
「私まだ子どもだもーん」
「あんたもう十八でしょ」
「見た目は十歳だもーん」
「中身は五歳ね」
「何とでもどうぞー」
私もスプーンを借りてきて、隣からつついて食べる。スプーンでのんびり解している間に、ほとんど溶けてしまった。一体、どれだけ口に入っただろうか。
「ほとんど溶けちゃったねー」
「絶対こぼすから、飲んじゃダメよ」
「えー、もったいないー!」
溶けた汁を台所に捨て、食器を洗って棚にしまう。
「アイス、鼻についてるわよ」
「えー、拭いてよー」
「はあ……」
私はポケットからハンカチを取り出し、拭いてやる。小さな子どもみたいだ、まったく。
そのハンカチを水で洗い、固く絞って浴槽の縁に広げておく。
「まな、散歩しようよー」
私は自分たちが追われている身であることと、今がまだ人通りの少ない、朝の四時台であることを考慮する。
「……仕方ないわね。少しだけよ」
「やったあ!」
私はフードをかぶり、肩掛けの鞄だけ持つと、散歩に行ってきますと、書き置きを残す。そして、玄関の横にかかっている鍵を取って、部屋を出た。
「お日様、もう出てる! 空綺麗ー!」
太陽に近い方から、赤、黄、緑、青と空が彩られている。早起きしなければ見られない光景だ。
真っ直ぐ歩いて大通りに出ると、すでに今日の屋台の準備が始まっていた。
「みんな朝早いねー」
準備しているのが珍しいからか、まゆはそれを、楽しそうに眺めていた。
「まな、見て見て!」
まゆが指差す方向には、空があった。そこに浮かぶ雲が魔法で集められ、小瓶に吸い込まれる。これが、食べられる雲らしい。
「雲ってどんな味がするんだろう?」
「水とほこりと魔力を混ぜたみたいな味がするんじゃない?」
「うう、きちゃない……」
とはいえ、屋台で出されているものは、さすがに洗浄されて、味付けまでされているようだから、ふわふわのスイーツみたいなのではないだろうか。
「宝石、だいぶ減ってるね」
「店に出したまま放置って、盗られても文句言えないわね……」
となりの宝石すくいは、昨日のままになっていて、片づけもされていなかった。ふと、指輪のことが思い出されたが、盗るつもりはないので、私たちは先へと足を進める。
「まな! あれ、シャボン玉に入れるんだって!」
「へー」
「反応薄いー」
「どうせ、魔法でしょ? あたし入れないじゃん」
「でも、まなも鞄で飛べるんだし、すっごく分厚い服とか着たらできそうじゃない?」
「そうね。魔力非活性の効果はあたしに触れてて、近いほど高くなるから、服で打ち消そうと思ったら……肩掛け鞄の紐の分くらいの分厚さがないと、無理だと思うけれど」
「じゃあ、キグルミ着れば大丈夫だね!」
「着ないわよ」
「えー……。あ! 見て見て! 人の心が読めるんだって!」
屋台の名前は、ヨメルンデス。その下に貼り紙があり、人の心が読めます、と書いてある。しかし、トンビアイス五十個分は、はさすがに高い。
「怪しすぎるわね……。って、魔法効かないんだってば」
「でもでも、間接的になら使えるんだよね? それなら、何とかして心読めたりして」
「頭の中身をどこかに移すってこと?」
「発想が怖いねー」
「それなら、非活性を打ち破るくらいの魔力をかけるとか? 一昨日のマナみたいに」
「それ大丈夫なの?」
「別に問題なかったわ。でも、心は読まれたくないわね」
「そっかー。じゃあ……あ、あれは?」
次の屋台には、カタヌキ(魔力板)と書かれていた。
「何それ?」
「うーんとね、多分、魔力をかけすぎるとダメな型抜きだと思う」
「魔力を抑えながらやるわけね。……それで、型抜きって、何?」
「型抜きは型抜きだよー。知らなーい。あはは」
「だと思ったわ……」
後で調べておこうと、密かに思った。
「そろそろ戻るわよ」
「はーい──あ。占いだ」
そういえば、まゆが昨日も気になると言っていた。私は鞄から財布を取り出し、中身と相談する。帰りのトンビアイスをまゆに我慢させれば問題なさそうだ。
「やりたい?」
「うん!」
「……仕方ないわね」
私は覚悟を決め、財布を握りしめて店の前までやって来た。
「でも、この時間、やってるかなあ?」
まゆに言われて、まだ早朝であることに気がつく。準備のいる露店は準備に取りかかっているが、準備のいらない占いは、普通に考えれば、まだ誰もいないだろう。
「一応、確認してみるわ」
私は、すみません、と一声かけてみる。紫の布に覆われた、四角いテントだ。いかにも、中に水晶玉が置いてあって、怪しげな呪文を唱えていそうな気配がある。偏見だけれど。
「どぞー」
聞き覚えのある声だなと思いつつ、私はカーテンをくぐる。正面には想像通りの狭い空間があり、真ん中に水晶、その周りに蝋燭が焚かれていた。
「おめでとー! あなたは記念すべき百人目のお客様です! なので、お代は無料です!」
歓迎の声に、私は困惑し、まゆの顔を見る。
「よかったねー!」
まゆはこういうことは気づかないらしい。どこからどう見ても、これは、れなだ。ローブで顔は覆われているし、それがなくても、私は顔を知らないけれど、声までは変えられない。魔法で変えたとしても、私には効かない。
「本当にあたしたち百人目なの? 昨日、お客さん全然入ってなかったけど?」
「うげっ……ほ、ほんとほんと、マジマジ大マジ。だから、お金はいりませーん」
なんとなく嘘っぽいが、私にお金を払わせないようにという配慮だろう。ありがたく受け取っておく。
「……それよりも、なんでこんな時間から?」
「それは、昨日、暇だなーと思って占ってたら、この時間にお客さん来るって出てたから」
やっぱり暇だったらしい。
「それで、お客さん、何を占いますか?」
「……考えてなかったわ」
「どうしようねー?」
「うーん……あ」
私は少し考えて、一つだけ、占ってほしいことがあったのを思い出す。
「昨日、スリにあったんですけど──」
「それを探してるってことね。オッケーオッケー。はい。これ」
占い師、もとい、れなは机の下から紙を取り出して私に差し出す。
「……水晶、使わないの?」
「ほえ? 昨日暇だったから占っておいたって、言わなかったっけ?」
「じゃあ、なんで聞いたのよ……?」
「急に紙差し出されても、何これってなっちゃうでしょ? あたしは先に占っておくタイプだけど、お客様への配慮があるから」
「相当暇なのね……」
その場で紙を開いてみたが、蝋燭しか灯りがないのでよく見えない。すると、れなが指を鳴らして指先に光を灯し、紙を裏から照らしてくれた。
「なんて書いてあるのー?」
「えーっと……、木の葉を隠すなら森の中へ。死体を隠すなら死体の山へ」
「どういうこと?」
「……なるほどね。そういうこと」
私は紙を蝋燭の火に近づけ、燃えていく様子をじっくり眺める。たちまち、狭い室内には煙が充満していくが、それを、れなが風で外に追い出す。
「まな、分かったの?」
「──ええ。でも、それは後回しよ。まずは、マナを助けに行かないと」
私は席を立ち、財布をしまって、まゆの手を掴む。
「れな、小屋に帰るわよ」
「うげっ。あ、あたしは、れなじゃないデスヨー?」
「あっそ。じゃあ、置いていくから。お姉ちゃん、帰りましょう」
「はーい」
「ま、待ってよ、まなちゃー!」
近くにある屋台を睨みつけ、私は小屋へと戻った。
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