どうせみんな死ぬ。

桜愛乃際(さくらのあ)

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2-7 正体を知りたい

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 宿舎の扉を開けようと手をかけ、力を込めると、扉が逃げるような感覚がして、勢いよく開いた。それに驚きつつも、目の前に人がいることに気がつく。どうやら、扉を開けたのが同じタイミングだったらしい。

「あ、えっと……悪かったわね」
「……いや、こちらこそ、すまない」

 青いサファイアのような髪に、マホガニーの木のような茶色の瞳の男。髪は肩の辺りまで伸びており、前髪は鬱陶しそうに流してある。その奥に覗く肌は病的に白い。

 私が道を譲ると、その男も同時に道を譲った。

「先に通りなさい」

 そう言うと、男はぺこっと頭を下げて、うつむきがちに歩いていった。その間、一度も目が合わなかった。

「今のは?」
「多分、ハイガルくんだね。ハイガル・ウーベルデンくん。一階の真ん中の部屋に住んでるよ」
「へえ……」

 ふらふらと歩くその背中を、私はなんとなく、じっと見ていた。彼の隣で猫が茂みを揺らすと、過剰に驚き、後ろに下がった。むしろ、猫の方がそれに驚いたようで、フーッと威嚇していた。ハイガルはそれにペコッと頭を下げる。

「どうかした?」
「……いいえ。なんでもないわ」

 少しだけ、頭が疼くような感覚があったが、気のせいだと振り払い、あかりと私の部屋に入った。まゆは先に帰っていたらしく、寝ていた。しかも、私のベッドで。

「そういえば、言ったっけ?」
「何を?」
「僕が人に触られるのが無理だって話」
「……今聞いたわ」

 つまり、先ほどの発作は、私が腕を触ったせいだということか。明らかに普通ではない様子だったため、何か相当なトラウマがあると思われる。まあ、わざわざ聞かないけれど。

「ま、人とか、触る場所にも寄るんだけどね。まなちゃんは完全に無理」
「完全に無理」

 とはいえ、出会って二ヶ月ほどの付き合いなのでそんなものだろう。私にはトラウマというものはよく分からないけれど。傷つく必要はない。うん。大丈夫だ。

「これからは気をつけるわ。──とりあえず、マナを魔力探知で探してみて」
「はいはい」

 魔力探知では、どのような視界になるかというと、全部、白黒で見えるらしい。そう本に書いてあった。魔力のより強いところがより黒く、ないところはより白く見える。つまり、マナを見つけるといっても、シルエットとか、魔力の濃さとか、そういうもので判断しなくてはならないらしい。マナが強いのは何となく分かるが、魔力は使い果たしたと思われるため、見つけられない可能性は高い。

「やっぱり、分からないなあ」
「そう。まあ、元から期待してなかったわ」
「酷っ……!」
「その人、何か特徴はなかったの?」

 あかりはマナが連れ去られるところを見たらしい。つまり、相手を見ているということだが、

「なーんか、見たことあるんだけど、誰か思い出せないんだよねえ」
「その頼りない記憶に頼るしかなさそうね……」

 見覚えがあるというのなら、さっさと思い出してくれればいいものを。なぜ思い出さないのだろうか。まったく。本当にマナを取り返す気があるのか。

「そもそも、あんたってそこそこ強いんでしょ?」
「ん? そうだけど?」
「それでも逃げられたってことは、あんたより強いってことなんじゃないの?」
「……はっ! 確かに! 僕より強い人なんて、この世にいないのに、絶対おかしいって!」
「その自信はどっから来るのか知らないけど……。見当はついた?」

 あかりは口を手のひらで覆い、必死に頭を働かせているようだった。そして、五秒後、

「沸騰する……!」
「はあ……。たった五秒でしょ。脳が焼き切れても思い出しなさいよ」
「だって、僕より強い人なんていないし」
「でも、いくら魔法が得意でも、さすがに負けたことくらいあるでしょ?」

 あかりは私の顔を真っ直ぐ見て、切れ長の瞳をパチパチさせる。まさか、ないなんて言わないだろう──、

「あるよ」
「……そう、よね。さすがにあるわよね」
「軽く千回以上は」
「そう──って、千!?」
「うん。これは嘘じゃなくてほんと」
「それ、全然強くなくない?」
「いやいや、僕、その二人にしか負けてないし、最後にどっちにも一回ずつ勝てたし、僕が最強っていう事実は変わらないよ」
「しかも二人」

 そこまでいくと、勝てたのはまぐれではないだろうか。そして、二人で千回とは。よく心が折れなかったものだ。さすが、負けず嫌い。

「それで、その二人って?」

 あかりは言いづらそうに、躊躇っていた。そのどちらかが犯人かもしれないからだろう。そして、それを、あかりは疑いたくないのだろう。

「一人はアイちゃんだよ」
「なんとなく、そんな気はしてたわ。だって、強そうだし。……それで、もう一人は?」
「もう一人は──レックス」

 それは、知らない男の名前だった。
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