28 / 134
2-7 正体を知りたい
しおりを挟む
宿舎の扉を開けようと手をかけ、力を込めると、扉が逃げるような感覚がして、勢いよく開いた。それに驚きつつも、目の前に人がいることに気がつく。どうやら、扉を開けたのが同じタイミングだったらしい。
「あ、えっと……悪かったわね」
「……いや、こちらこそ、すまない」
青いサファイアのような髪に、マホガニーの木のような茶色の瞳の男。髪は肩の辺りまで伸びており、前髪は鬱陶しそうに流してある。その奥に覗く肌は病的に白い。
私が道を譲ると、その男も同時に道を譲った。
「先に通りなさい」
そう言うと、男はぺこっと頭を下げて、うつむきがちに歩いていった。その間、一度も目が合わなかった。
「今のは?」
「多分、ハイガルくんだね。ハイガル・ウーベルデンくん。一階の真ん中の部屋に住んでるよ」
「へえ……」
ふらふらと歩くその背中を、私はなんとなく、じっと見ていた。彼の隣で猫が茂みを揺らすと、過剰に驚き、後ろに下がった。むしろ、猫の方がそれに驚いたようで、フーッと威嚇していた。ハイガルはそれにペコッと頭を下げる。
「どうかした?」
「……いいえ。なんでもないわ」
少しだけ、頭が疼くような感覚があったが、気のせいだと振り払い、あかりと私の部屋に入った。まゆは先に帰っていたらしく、寝ていた。しかも、私のベッドで。
「そういえば、言ったっけ?」
「何を?」
「僕が人に触られるのが無理だって話」
「……今聞いたわ」
つまり、先ほどの発作は、私が腕を触ったせいだということか。明らかに普通ではない様子だったため、何か相当なトラウマがあると思われる。まあ、わざわざ聞かないけれど。
「ま、人とか、触る場所にも寄るんだけどね。まなちゃんは完全に無理」
「完全に無理」
とはいえ、出会って二ヶ月ほどの付き合いなのでそんなものだろう。私にはトラウマというものはよく分からないけれど。傷つく必要はない。うん。大丈夫だ。
「これからは気をつけるわ。──とりあえず、マナを魔力探知で探してみて」
「はいはい」
魔力探知では、どのような視界になるかというと、全部、白黒で見えるらしい。そう本に書いてあった。魔力のより強いところがより黒く、ないところはより白く見える。つまり、マナを見つけるといっても、シルエットとか、魔力の濃さとか、そういうもので判断しなくてはならないらしい。マナが強いのは何となく分かるが、魔力は使い果たしたと思われるため、見つけられない可能性は高い。
「やっぱり、分からないなあ」
「そう。まあ、元から期待してなかったわ」
「酷っ……!」
「その人、何か特徴はなかったの?」
あかりはマナが連れ去られるところを見たらしい。つまり、相手を見ているということだが、
「なーんか、見たことあるんだけど、誰か思い出せないんだよねえ」
「その頼りない記憶に頼るしかなさそうね……」
見覚えがあるというのなら、さっさと思い出してくれればいいものを。なぜ思い出さないのだろうか。まったく。本当にマナを取り返す気があるのか。
「そもそも、あんたってそこそこ強いんでしょ?」
「ん? そうだけど?」
「それでも逃げられたってことは、あんたより強いってことなんじゃないの?」
「……はっ! 確かに! 僕より強い人なんて、この世にいないのに、絶対おかしいって!」
「その自信はどっから来るのか知らないけど……。見当はついた?」
あかりは口を手のひらで覆い、必死に頭を働かせているようだった。そして、五秒後、
「沸騰する……!」
「はあ……。たった五秒でしょ。脳が焼き切れても思い出しなさいよ」
「だって、僕より強い人なんていないし」
「でも、いくら魔法が得意でも、さすがに負けたことくらいあるでしょ?」
あかりは私の顔を真っ直ぐ見て、切れ長の瞳をパチパチさせる。まさか、ないなんて言わないだろう──、
「あるよ」
「……そう、よね。さすがにあるわよね」
「軽く千回以上は」
「そう──って、千!?」
「うん。これは嘘じゃなくてほんと」
「それ、全然強くなくない?」
「いやいや、僕、その二人にしか負けてないし、最後にどっちにも一回ずつ勝てたし、僕が最強っていう事実は変わらないよ」
「しかも二人」
そこまでいくと、勝てたのはまぐれではないだろうか。そして、二人で千回とは。よく心が折れなかったものだ。さすが、負けず嫌い。
「それで、その二人って?」
あかりは言いづらそうに、躊躇っていた。そのどちらかが犯人かもしれないからだろう。そして、それを、あかりは疑いたくないのだろう。
「一人はアイちゃんだよ」
「なんとなく、そんな気はしてたわ。だって、強そうだし。……それで、もう一人は?」
「もう一人は──レックス」
それは、知らない男の名前だった。
「あ、えっと……悪かったわね」
「……いや、こちらこそ、すまない」
青いサファイアのような髪に、マホガニーの木のような茶色の瞳の男。髪は肩の辺りまで伸びており、前髪は鬱陶しそうに流してある。その奥に覗く肌は病的に白い。
私が道を譲ると、その男も同時に道を譲った。
「先に通りなさい」
そう言うと、男はぺこっと頭を下げて、うつむきがちに歩いていった。その間、一度も目が合わなかった。
「今のは?」
「多分、ハイガルくんだね。ハイガル・ウーベルデンくん。一階の真ん中の部屋に住んでるよ」
「へえ……」
ふらふらと歩くその背中を、私はなんとなく、じっと見ていた。彼の隣で猫が茂みを揺らすと、過剰に驚き、後ろに下がった。むしろ、猫の方がそれに驚いたようで、フーッと威嚇していた。ハイガルはそれにペコッと頭を下げる。
「どうかした?」
「……いいえ。なんでもないわ」
少しだけ、頭が疼くような感覚があったが、気のせいだと振り払い、あかりと私の部屋に入った。まゆは先に帰っていたらしく、寝ていた。しかも、私のベッドで。
「そういえば、言ったっけ?」
「何を?」
「僕が人に触られるのが無理だって話」
「……今聞いたわ」
つまり、先ほどの発作は、私が腕を触ったせいだということか。明らかに普通ではない様子だったため、何か相当なトラウマがあると思われる。まあ、わざわざ聞かないけれど。
「ま、人とか、触る場所にも寄るんだけどね。まなちゃんは完全に無理」
「完全に無理」
とはいえ、出会って二ヶ月ほどの付き合いなのでそんなものだろう。私にはトラウマというものはよく分からないけれど。傷つく必要はない。うん。大丈夫だ。
「これからは気をつけるわ。──とりあえず、マナを魔力探知で探してみて」
「はいはい」
魔力探知では、どのような視界になるかというと、全部、白黒で見えるらしい。そう本に書いてあった。魔力のより強いところがより黒く、ないところはより白く見える。つまり、マナを見つけるといっても、シルエットとか、魔力の濃さとか、そういうもので判断しなくてはならないらしい。マナが強いのは何となく分かるが、魔力は使い果たしたと思われるため、見つけられない可能性は高い。
「やっぱり、分からないなあ」
「そう。まあ、元から期待してなかったわ」
「酷っ……!」
「その人、何か特徴はなかったの?」
あかりはマナが連れ去られるところを見たらしい。つまり、相手を見ているということだが、
「なーんか、見たことあるんだけど、誰か思い出せないんだよねえ」
「その頼りない記憶に頼るしかなさそうね……」
見覚えがあるというのなら、さっさと思い出してくれればいいものを。なぜ思い出さないのだろうか。まったく。本当にマナを取り返す気があるのか。
「そもそも、あんたってそこそこ強いんでしょ?」
「ん? そうだけど?」
「それでも逃げられたってことは、あんたより強いってことなんじゃないの?」
「……はっ! 確かに! 僕より強い人なんて、この世にいないのに、絶対おかしいって!」
「その自信はどっから来るのか知らないけど……。見当はついた?」
あかりは口を手のひらで覆い、必死に頭を働かせているようだった。そして、五秒後、
「沸騰する……!」
「はあ……。たった五秒でしょ。脳が焼き切れても思い出しなさいよ」
「だって、僕より強い人なんていないし」
「でも、いくら魔法が得意でも、さすがに負けたことくらいあるでしょ?」
あかりは私の顔を真っ直ぐ見て、切れ長の瞳をパチパチさせる。まさか、ないなんて言わないだろう──、
「あるよ」
「……そう、よね。さすがにあるわよね」
「軽く千回以上は」
「そう──って、千!?」
「うん。これは嘘じゃなくてほんと」
「それ、全然強くなくない?」
「いやいや、僕、その二人にしか負けてないし、最後にどっちにも一回ずつ勝てたし、僕が最強っていう事実は変わらないよ」
「しかも二人」
そこまでいくと、勝てたのはまぐれではないだろうか。そして、二人で千回とは。よく心が折れなかったものだ。さすが、負けず嫌い。
「それで、その二人って?」
あかりは言いづらそうに、躊躇っていた。そのどちらかが犯人かもしれないからだろう。そして、それを、あかりは疑いたくないのだろう。
「一人はアイちゃんだよ」
「なんとなく、そんな気はしてたわ。だって、強そうだし。……それで、もう一人は?」
「もう一人は──レックス」
それは、知らない男の名前だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
落ちこぼれ盾職人は異世界のゲームチェンジャーとなる ~エルフ♀と同居しました。安定収入も得たのでスローライフを満喫します~
テツみン
ファンタジー
*この作品は24hポイントが0になりしだい、公開を終了します。ご愛読ありがとうございました。
アスタリア大陸では地球から一万人以上の若者が召喚され、召喚人(しょうかんびと)と呼ばれている。
彼らは冒険者や生産者となり、魔族や魔物と戦っていたのだ。
日本からの召喚人で、生産系志望だった虹川ヒロトは女神に勧められるがまま盾職人のスキルを授かった。
しかし、盾を売っても原価割れで、生活はどんどん苦しくなる。
そのうえ、同じ召喚人からも「出遅れ組」、「底辺職人」、「貧乏人」とバカにされる日々。
そんなとき、行き倒れになっていたエルフの女の子、アリシアを助け、自分の工房に泊めてあげる。
彼女は魔法研究所をクビにされ、住み場所もおカネもなかったのだ。
そして、彼女との会話からヒロトはあるアイデアを思いつくと――
これは、落ちこぼれ召喚人のふたりが協力し合い、異世界の成功者となっていく――そんな物語である。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~
ことのはおり
ファンタジー
渡会 霧(わたらい きり)。36歳。オタク。親ガチャハズレの悲惨な生い立ち。
幸薄き彼女が手にした、一冊の辞典。
それは異世界への、特別招待状。
それは推しと一緒にいられる、ミラクルな魔法アイテム。
それは世界を救済する力を秘めた、最強の武器。
本棚を抜けた先は、物語の中の世界――そこからすべてが、始まる。


成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる