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2-5 助けたい

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「ああくそっ……!」

 マナの言いつけ通り、紙を読んだ。そして、もっと早くに読んでおけば良かったと後悔した。今も、まさに後悔しているところだ。

 マナから渡された、ノートの小さな切れ端には、お手本のように綺麗な文字で、『テレビでニュースを見てください』と書かれていた。そして、アルタカが燃えているのを知った。

 外を見れば黒煙が上がり、青い空を黒で満たしていくのが見えた。アルタカまでは空を飛んでも三十秒はかかる。その時間すら、惜しい。瞬間移動をしたかったが、上空からの映像が流れているということは、ヘリコプターが飛んでいるということ。瞬間移動するのは危険だ。

「ちょっと、そこの君!」

 アルタカにたどり着くと、地上から何やら声をかけられたが、知ったことか。僕は消火中の消防隊の近くへと降り立つ。魔法で水を出せば消火できるが、体力が尽きればそれまでだ。そうならないために、消防車も用意してある。ただ、威力は魔法の方が圧倒的に強い。

「待ちなさい!」

 そんな制止も聞かずに、僕は全身に水をまとい、口と鼻を袖で多い、煙を風で払いながら中に侵入する。テレビの情報を信じるなら、かなりの人数が巻き込まれているようだが、幸い、燃え始めてからそこまで時間は経っていない。

 一度目の爆発は比較的、被害も少なかったそうだが、二度目が酷かった。子どもに爆弾の入ったリュックを背負わせて、二階の中央に立たせたらしい。一階と三階も吹き飛んだ。元より、避難するためには、客は一階と三階から向かう屋上を利用するしかないので、その混雑をあえて狙ったとも考えられる。

「マナー!!」

 魔力探知が効かないほど、彼女の魔力は使い果たされていた。それでも、ここにいることだけは、分かった。人々が魔法で避難させられていたからだ。こんな大人数を一度に移動させようと思えば、可能な人物は限られてくる。

 呼びかけても返事がない。心臓は早鐘のように鳴り、炎に焼かれる肌がじわじわと痛む。酸素が薄いのか、呼吸が苦しい。と、足元に気配を感じて、僕はそれを見る。そこにあるのが、桃色の頭髪だと気がつき、僕は咄嗟にしゃがむ。

「マナ!」

 顔を確認しようと、手を伸ばしたそのとき、倒れていたはずの少女の姿が一瞬で消える。

「えっ……!?」

 すぐに探知で周囲を確認し、怪しい人影を見つけた。その人物は視線の先にいた。目が乾いて痛い。熱さで涙が出そうだ。しかし、そんなことよりも、マナの安全の方が優先だ。

「警備員や消防隊、ってわけじゃなさそうだね」

 僕は魔法で距離をつめ、その後頭部に拳を食らわせる。が、片手で容易く受け止められた。それに驚くのを後回しにして、蹴り上げ、と、抱えられている少女を盾に使われて、それ以上、手出しができなくなる。僕はなんとか隙を突こうと、その背格好を観察し──、

「……君、どこかで会ったことある?」

 そうして、こちらの意識がそれた、その一瞬に、魔法をかけられた。──それは、瞬間移動の魔法だった。気づいたときには、もう遅い。振り向けば、遠くにアルタカが見える。つまり、飛ばされてしまったということだ。

「くそっ!」

 周りに当たれるようなものがないかと、半ば無意識に探して──、白髪に赤い瞳の少女が走っているを見つける。向こうもこちらに気がついたらしく、息を切らして向かってくる。

「マナが巻き込まれたかもしれないの! 助けて!」
「そんなことは分かってるさ」

 少女の推測を僕は冷たい声で肯定する。問題はすでにそこにない。彼女は、誰かも知らない人物にさらわれたのだから。

 見覚えはあった。だが、それが誰か思い出せない。

 そんな僕に何か思うところがあるのか、まなちゃんは瞳に恐怖を刻み、すっかり、竦んでいるらしかった。

 気遣う余裕はなかったが、これも、契約のためだと、僕は一度目を閉じて、リセットする。もう、いつもの笑顔だ。

「いやー、実はさ。アイちゃん、僕の目の前で誘拐されちゃって」
「は? 本当に?」
「ほんとほんと。……ほんとに、困ったなあ」

 誰か、だけでも分かれば、それを取っ掛かりにして、マナの行方を追える。だが、何一つ、情報がなければ、動くことはできない。今さら戻っても、逃げられているに決まっている。強いて言うなら、敵は男性のように見えた。それ以外に情報はない。

「誘拐されたってことは、今は無事ってことね。それなら早く、他の人たちを助けに行きましょう」

 そのとき、まなちゃんは僕の手を掴んで引いた。僕にしては珍しく考え事をしていたせいで、反応が遅れた。

 ──その手を咄嗟に振り払う。

「──あかり?」
「こんなときに……っ!」

 理性と本能は、時に、異なる反応を一人の人間に要求する。

 まなちゃんはただ、足の遅い僕を、より早く連れていこうとしただけだ。何も恐れることはない。大丈夫、大丈夫だ。しかし、先を急ごうとすればするほど、足は震えて、動かなくなる。

「何かの病気? 薬とか持ってる?」
「……大丈夫。大丈夫、だから、ちょっと、離れてて」

 肺が重い。空気が入っていかない。僕はその場にうずくまる。辛い、ダメだ、無理だ。このまま、酸素を失って、あるいは、血管の損傷により、死にそうだ。無理、無理。本当に無理。生理的に無理。気持ち悪い。胃が焼けるように痛い。吐きそうだ。大丈夫、大丈夫、大丈夫。落ち着け、落ち着け。来るな、こっちに来るな。ごちゃごちゃした感情は全部、腹の底に戻ってくれ。僕を支配しようとするな。理性を失うな。今は、呼吸だけに集中しろ。余計なことを考えるな──。

「……ごめん。もう大丈夫だから」
「顔、真っ青だけど──」
「うん、もう落ち着いた。……どのくらい経った?」
「十分くらいかしら」
「じゃあ、早く行こう──」
「いいえ。その必要はないわ」

 僕はまなちゃんに指差された方向を見る。そこには、アルタカがあり──片側半分が、なくなっていた。炎は消えていたが、煙はまるで、その火事を忘れることを許さないかのように、いつまでも残り続けていた。

「すぐに、もう一度、爆発があったの。中にいた人は全員亡くなったでしょうね」
「え……」
「直感でそうだと思ったわ。全部、吹き飛ぶくらいの威力で、すごい音だったから」

 間に合わなかった。マナを助けるどころか、他の人たちの救助さえできなかった。途中、眼下に人の集まりを見た。あれは、マナが救った命の数だ。そして、残りを、僕は救えなかった。

「──またかよ」
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