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2-3 お願いされたい
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なかなかに良くない状況だ。まさかノープランとも思うまい。マナが何も考えていないはずがないと、僕は過信していたのだ。つまり、本当に、睡魔に負けてしまったということなのだろう。
「おそらく、まなさんはアルタカに行ったと思われます」
「ああ、近場のショッピングモールね。でも、なんで?」
「ボールペンのインクが切れたと仰っていました」
「確かに、文房具屋を探すよりよっぽど簡単か」
それだけでも情報としては十分だ。魔法が使えないまなちゃんを魔力探知で探すことはできないが、行き先さえ分かっていれば、なんとかなるだろう。多分。
「でも、せいぜい、三十分で帰ってくるでしょ」
「徒歩で十分ですからね」
それきり、マナは静かになった。僕に見せる表情は、あの日から一貫して変わらないが、今だけは、なんとなく、落ち込んでいるように見える。
「紅茶でも飲む?」
「お菓子も食べます」
「いや、三十分じゃ無理だって」
「お菓子と紅茶」
彼女が譲らない性格なのは知っているので、僕はお湯を沸騰させながら、クッキーを焼くことにした。
それから、一時間後。
「いや、まなちゃん、全然帰ってこないんだけど?」
「帰ってきませんね」
「だってさ、あのまなちゃんだよ? 絶対に寄り道とかしないじゃん。どう考えてもおかしいよね?」
「もう少し、待ってみましょう。すぐに帰ってくるかもしれませんし」
「まあ、マナがそう言うなら……」
そして、さらに一時間後。
「絶対におかしいって!」
「でも、行き先はショッピングモールですよ?」
「だとしても、あのまなちゃんが、二時間近くも時間潰せるわけないって!」
「それに関しては、私も同感ですが」
まなちゃんは、遊びと無駄を省いたような女子高生だ。そこに何が残るのか、果たして、一体、何が楽しいのか、僕としては疑問でしかないが。本人は至って平気そうだ。
「探しに行こう、マナ」
すると、マナは少し、考えるような素振りを見せて、
「私が見てきます。入れ違いになるかもしれませんし」
彼女が譲らない性格なのは知っているが、それにしても、今回は違和感がある。
「マナさ、僕を行かせないようにしてない?」
「そんなことありませんよ」
「そのくらい分かるって。何か知ってるんだよね?」
「知りません」
「マナ──」
「行かないでください」
立ち上がって行こうとする僕の袖を、彼女は掴む。知っていること自体を隠す気はなく、ただ、何を知っているかは隠し通す決心をした目だった。
「それは、君の立場が関わってるとか?」
「そうです」
冷えきった瞳から、彼女が感情を悟らせないことのみに集中しているのが分かった。だから僕に、その言葉の真偽を確かめることはできなかった。
「私が見てきます。だから、あかりさんは、ついて来ないでください。私からのお願い、聞いてくれますよね?」
それはお願いではなく、命令に近いものだった。他の誰でもなく、彼女にそう言われてしまっては、僕はそれを無視するわけにもいかない。
「……なぜ、そんなに心配そうな顔をするんですか?」
「気のせいじゃない? マナにそう見えてるだけだよ」
「そう、ですか。分かりました。はい。もし、私が出てから十分、連絡がなかったら、この紙を見てください」
ただ、分かったと返事をして黙って送り出すこともできたが、僕は、どうにかして、彼女を引き留めたかったのかもしれない。
「……あーあ。結局、僕って、いつもマナの言いなりだよね」
「それはこちらの台詞です」
「どこが!」
それだけ聞くと、マナはいつもと変わらない表情で、自分の部屋から出ていった。
それから十分が経っても、彼女から連絡はなかった。
***
「レシートはご入り用ですか?」
「結構です」
「ありがとうございましたー」
早々とインクを買い、私は店頭のパネルを観察していたまゆを回収する。
「お姉ちゃん、帰るわよ」
「えー! もっと色々見たいー!」
「最初からその約束でしょ?」
「えええええ」
子どものように駄々をこねるまゆと、それを叱る小さい私。──周りからの視線が痛い。とはいえ、まゆはおそらく、十歳くらいに見えているだろうから、微笑ましい姉妹、くらいに思われているかもしれない。実際は十八の姉と十六の妹だとは誰も思わないだろう。
そのわりに、皆、目が笑っていないけれど。
「仕方ないわね……。本当に、少しだけよ?」
「やったー!」
ショッピングモール、アルタカ。その文房具売り場を離れ、私たちは適当な店を見て回る。いつもいつも、妹である私の方が譲っている気がするのだが、そんなことを言っても、何かいいことがあるわけでもないので、心の内にしまっておく。私は特に行きたいところもなかったので、まゆに引っ張られるまま、その後をついていく。
「それにしても、無駄に広いわね」
三階建てで横に連なるショッピングモール。屋上と一階に駐車場があり、店舗数は五十を超える。出入り口は、屋上に五ヶ所、一階に三ヶ所の計八ヶ所。ここより広いモールなどいくらでもあるだろうが、私からすると、これでも広すぎるくらいだ。服を売っている店や小物を売っている店が多数あるが、まったく違いが分からない。
「まな、これ着てみたら?」
それは、白い服が返り血を浴びたようなTシャツで、随所にリアルな虫が各種、緑色でプリントされていた。
「赤と緑……なかなかいいセンスね」
「お、買っちゃう?」
「今月はこれ以上無駄遣いできないわ。見るだけにしましょう」
「はーい」
「おそらく、まなさんはアルタカに行ったと思われます」
「ああ、近場のショッピングモールね。でも、なんで?」
「ボールペンのインクが切れたと仰っていました」
「確かに、文房具屋を探すよりよっぽど簡単か」
それだけでも情報としては十分だ。魔法が使えないまなちゃんを魔力探知で探すことはできないが、行き先さえ分かっていれば、なんとかなるだろう。多分。
「でも、せいぜい、三十分で帰ってくるでしょ」
「徒歩で十分ですからね」
それきり、マナは静かになった。僕に見せる表情は、あの日から一貫して変わらないが、今だけは、なんとなく、落ち込んでいるように見える。
「紅茶でも飲む?」
「お菓子も食べます」
「いや、三十分じゃ無理だって」
「お菓子と紅茶」
彼女が譲らない性格なのは知っているので、僕はお湯を沸騰させながら、クッキーを焼くことにした。
それから、一時間後。
「いや、まなちゃん、全然帰ってこないんだけど?」
「帰ってきませんね」
「だってさ、あのまなちゃんだよ? 絶対に寄り道とかしないじゃん。どう考えてもおかしいよね?」
「もう少し、待ってみましょう。すぐに帰ってくるかもしれませんし」
「まあ、マナがそう言うなら……」
そして、さらに一時間後。
「絶対におかしいって!」
「でも、行き先はショッピングモールですよ?」
「だとしても、あのまなちゃんが、二時間近くも時間潰せるわけないって!」
「それに関しては、私も同感ですが」
まなちゃんは、遊びと無駄を省いたような女子高生だ。そこに何が残るのか、果たして、一体、何が楽しいのか、僕としては疑問でしかないが。本人は至って平気そうだ。
「探しに行こう、マナ」
すると、マナは少し、考えるような素振りを見せて、
「私が見てきます。入れ違いになるかもしれませんし」
彼女が譲らない性格なのは知っているが、それにしても、今回は違和感がある。
「マナさ、僕を行かせないようにしてない?」
「そんなことありませんよ」
「そのくらい分かるって。何か知ってるんだよね?」
「知りません」
「マナ──」
「行かないでください」
立ち上がって行こうとする僕の袖を、彼女は掴む。知っていること自体を隠す気はなく、ただ、何を知っているかは隠し通す決心をした目だった。
「それは、君の立場が関わってるとか?」
「そうです」
冷えきった瞳から、彼女が感情を悟らせないことのみに集中しているのが分かった。だから僕に、その言葉の真偽を確かめることはできなかった。
「私が見てきます。だから、あかりさんは、ついて来ないでください。私からのお願い、聞いてくれますよね?」
それはお願いではなく、命令に近いものだった。他の誰でもなく、彼女にそう言われてしまっては、僕はそれを無視するわけにもいかない。
「……なぜ、そんなに心配そうな顔をするんですか?」
「気のせいじゃない? マナにそう見えてるだけだよ」
「そう、ですか。分かりました。はい。もし、私が出てから十分、連絡がなかったら、この紙を見てください」
ただ、分かったと返事をして黙って送り出すこともできたが、僕は、どうにかして、彼女を引き留めたかったのかもしれない。
「……あーあ。結局、僕って、いつもマナの言いなりだよね」
「それはこちらの台詞です」
「どこが!」
それだけ聞くと、マナはいつもと変わらない表情で、自分の部屋から出ていった。
それから十分が経っても、彼女から連絡はなかった。
***
「レシートはご入り用ですか?」
「結構です」
「ありがとうございましたー」
早々とインクを買い、私は店頭のパネルを観察していたまゆを回収する。
「お姉ちゃん、帰るわよ」
「えー! もっと色々見たいー!」
「最初からその約束でしょ?」
「えええええ」
子どものように駄々をこねるまゆと、それを叱る小さい私。──周りからの視線が痛い。とはいえ、まゆはおそらく、十歳くらいに見えているだろうから、微笑ましい姉妹、くらいに思われているかもしれない。実際は十八の姉と十六の妹だとは誰も思わないだろう。
そのわりに、皆、目が笑っていないけれど。
「仕方ないわね……。本当に、少しだけよ?」
「やったー!」
ショッピングモール、アルタカ。その文房具売り場を離れ、私たちは適当な店を見て回る。いつもいつも、妹である私の方が譲っている気がするのだが、そんなことを言っても、何かいいことがあるわけでもないので、心の内にしまっておく。私は特に行きたいところもなかったので、まゆに引っ張られるまま、その後をついていく。
「それにしても、無駄に広いわね」
三階建てで横に連なるショッピングモール。屋上と一階に駐車場があり、店舗数は五十を超える。出入り口は、屋上に五ヶ所、一階に三ヶ所の計八ヶ所。ここより広いモールなどいくらでもあるだろうが、私からすると、これでも広すぎるくらいだ。服を売っている店や小物を売っている店が多数あるが、まったく違いが分からない。
「まな、これ着てみたら?」
それは、白い服が返り血を浴びたようなTシャツで、随所にリアルな虫が各種、緑色でプリントされていた。
「赤と緑……なかなかいいセンスね」
「お、買っちゃう?」
「今月はこれ以上無駄遣いできないわ。見るだけにしましょう」
「はーい」
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