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0-5 砂糖

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 六日後の日曜日。私のところにやって来たのは、緑髪のカタコトの女性だった。

「オ食事、オ持チシマシタ!」

 また、ピンクの液体だ。もう飽きた。うんざりだ。上から下まで全部甘い。それがジョッキ一杯出されて、全部飲めと言われるのだ。毎日毎日、味は変わらない。

「味覚なんて、知ろうとしなければよかったわ」
「オットット? オ礼、忘レテマスヨ?」
「ああ、そうね、ありがとう」
「イヤン! 照レマス! 止メテクダサイヨ!」
「どっちなのよ」

 私は鼻で笑って、食事を口に含み、よく噛んで食べる。

「傷ハ、ドウデスカ?」
「は? ……ああ、これね。まあ、大丈夫よ。じきに治るわ」
「ゴ飯、オイシイデスカ?」
「美味しくはないわね」
「ダッショーネ! あはは!」

 不愉快に笑う緑髪から意識を外し、私はまた、三十回噛んで、飲み込む。

「外に出るのを、諦めようと思うの。……外に出るって話は、してたかしら?」
「ハイ、シテマシタ。諦メル、デスカ?」
「ええ。みんな、あたしを外に出したくないって、そう思ってるから。あたしのせいで、みんなを困らせるわけにはいかないわ」
「ミンナッテ、ダレデスカ?」
「青髪と緑茶とワサビと梅干し、それから、ローウェル。昨日のダイヤの人は知らないけれど」

 五人もいれば十分だろう。私が関わるほぼすべての魔族が、私が外に出ないことを望んでいるのだ。きっと、私は外に出ない方がいい。それが正しい。秩序を保つために、私はここにいた方がいいのだ。

「アタシハ、ソウハ思イマセン。ミンナ、外二出テホシイ、思ッテマス」
「嘘よ。だって、みんな助けてくれなかった。きっと、あたしのことが嫌いなんだわ」
「アタシハ、マナガ、好キデスヨ?」
「信じない。──もう、誰も信じない。期待もしない。あたしは、一人で、この狭い檻の中で生きるしかないのよ。あたしが悪いの。全部、あたしのせいなの。どうすればいいか分からないから、あたしが悪いの」

 なんとか、最後まで飲み終わって、私は水を飲み、甘ったるさを流した。

 すると、緑髪は私をそっと抱きしめて、頭を撫で始めた。

「何?」
「……ソンナニ寂シイコト、言ワナイデクダサイ」
「寂しい?」
「ハイ、寂シイデス」

 別に、寂しくなどない。ただ、やっと事実に気がついたというだけだ。どうすればいいか分からない。聞いても答えてもらえない。誰も助けてくれない。それが、本当の世界だ。

 それでも、知りたい。私はまだ、外の世界を知りたいと思っていた。それが、一番、怖かった。

「どうして、あたしは、外に出ちゃいけないの? やっぱり、あたしが悪いから?」
「マナハ悪クナイデス! 外、情報一杯デス。ソノ中二、マナ二知ラレタクナイコト、タクサンアリマス」
「辞書で塗りつぶされてたとことか、あたしが魔王の娘とか、世界の秩序とか、そういう話?」
「オオ! ヨク知ッテマース! 偉イデスネー!」

 そうして、頭を撫でられる。なんとなく、嬉しい。

「約束だから、誰から聞いたかは言わないけれど。多分あたしは、お父さんのせいでここから出られないのよね?」
「……アタシ、ヨク分カリマセン。デモ、れな、言イマシタ」
「れな? 誰それ?」
「マナノ、オ姉サンデース!」
「あたしに、お姉ちゃんがいるの?」
「ハイ! マナ、兄弟、タクサン、イマース! ヒャクニンクライ……デショウカ?」
「百人!?」

 私は驚いて、思わず叫ぶ。緑髪は、構わず続ける。

「オ父サン恨ム、間違ッテマス。恨ムベキハ、国ノ歴史デース」
「歴史……ね。でも、歴史の本って、一冊もないのよね。どうせ、隠したいこととやらが含まれてるんでしょ」
「ソノトーリ!」
「ザッツライトとかじゃないのね……」

 絶対に、彼女はすらすら話せると思う。わざとらしいカタコトだからだ。

「コノ本読ム、マナ、イツカ、コノ国ノ歪ミ、知ル、デス」
「ふーん……」

 そうして、私は差し出された本を受けとる。それは、絵本だった。表紙には、魔族と人間と書かれていた。

「ソノ本、書カレタコト、注意必要デース」
「なんで?」
「魔族ノ考エ、押シツケル、ダカラデス」
「どういうこと?」
「人間、ワルイクナイ、デス。分カリマスカ?」
「……人間?」
「アナタ、角、尻尾アリマース。ソレ、魔族、証拠デス」

 私の頭には角がついていて、背中からは、先の尖った尻尾が生えている。当たり前だと思っていたから、気にしたこともなかったけれど。

「でも、あんたにはついてないわね?」
「アタシモ、魔族デース。デモ、角ト尻尾ハ、練習スレバ、隠セマース」
「へー……。初めて知ったわ」

 それから、緑髪は私を離して、ポケットから、赤い石のようなものを取り出した。

「何それ?」
「アメデース! ナメテクダサーイ。噛ムノト、飲ミ込ムノハ、ダメデース。イイデスカ?」
「……ふーん、食べ物なのね」

 私はそれを口に放り込まれる。下の中で転がすと、いつもの嫌な甘さではない、幸せな甘さを感じた。

「美味しい……」
「ソレガ、本当ノ甘イデス。イツモノハ、薬ノ甘サデス。アンナノハ、甘イトハ言イマセン」

 少しずつ、小さくなっていく。口の中で溶かされて、小さくなっていく。

「ナクナリマシタカ?」
「……うん」

 少しだけ、名残惜しく感じた。

「世界、モット、オイシイモノ、イッパイアリマス」

 きっとそうなのだろう。私が知らないだけで、世の中には塩や飴よりも美味しいものがたくさんあるに違いない。

 ──やっぱり、私は、外の世界が見たい。

「オットット。ソロソロ、帰リマース。頑張ッテ!」
「ええ、ありがとう」

 その次の週から、緑髪は姿を見せなくなった。
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