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プロローグ
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──その世界には一人に一つ、願いが与えられていた。
どんな願いをも叶える力──願いの魔法。
八歳になれば、等しく全員に、その願いを使う権利が与えられた。
しかし、その願いは、八歳の時点で「魔法の存在を知っている」場合、魔法の力へと還元される。この世界で魔法と関わらずに生きることなど、到底、不可能だった。
そのため、この世界では「八歳になれば魔法が使えるようになる」と考えられていた。
──しかし、八歳になったとき、あの子は魔法の存在を知らなかった。
黒くなった血の臭いが、息苦しいほど満ちている。小さな窓が一つだけ用意された、そのうす暗いその部屋で、わたしは初めて「願い」を持った。
何もかもが、どうでもよくなり始めていて、思考を放棄しかけている自分に気がついた。それでも、また、あの苦しみが繰り返されるのだと思うと、怖くて仕方なかった。
だが、わたしを満たしているはずの恐怖は──凍傷のように冷たくひりひりとして、わたしを内側から溶かして、飲み込んで、埋め尽くそうとする、無視することのできないはずの恐怖が──今はずっと遠く、とても遠くて、自分のことなのに、客観的な感情で、他人事のような、まるで、テレビの向こう側にある世界のことみたいに感じた。それを遠く感じても、傷つくのはわたしの心に違いなかった。
それならば、いっそ、消えてしまいたかった。もし、本当に、「願い」が一つ叶うのなら。もう何もなくていい。こんなことがこれからもずっと続くのなら、わたしは、
「──死にたい」
掠れた声でそう呟いた。それが人生で最初の望みだった。落日の中に見た、薄暗い希望だった。
また、外側から扉が開かれて、暗い部屋に光が射し込み、見覚えのある影が姿を現す。しかし、それは決して一筋の希望ではない。正反対の、絶望。永久に続き、未来永劫変わることのないもの。
途端、長い間、鎖で繋がれている手が、思い出したように痛みを訴え始め、自分では抑えられないほどに震え始める。
しかし、その痛みも、震えの原因さえも遠く感じていよいよ考える気力も感じる心も薄れて自分が目を開けているのかどうかさえ分からない暗闇に包まれてもう、何もかも全部全て、どうでもいい──
「これ以上、傷つけないで!」
その声に殴られたような衝撃を受け、わたしははっと目を開ける。そして──思い出した。
わたしは決して一人ではなかったのだ。
隣には綿雲のように柔らかく、白い髪の少女が、わたしと同じようにその細い腕を鎖で繋がれていた。彼女の瞳は、窓から見える、沈む前の夕焼けのように真っ赤で、力強い輝きを秘めていた。
死ぬのはまだ早い、なんて、そう思ってしまいそうなほどに、彼女という存在はわたしにとっての、希望だった。窓から射し込む陽光のように、暗闇に満ちた未来を明るく照らしていた。
気がつくと、わたしの手枷は外れていた。じんじんと痛んでいたはずの手首からは、痛みが消えており、随分と体が軽い。
ひょっとして、死んでしまったのかとさえ思ったが、隣の少女の赤い瞳は、わたしの瞳をしっかりと射抜いていた。
わけも分からずにいると、彼女の手枷も外されたようで、彼女はわたしの存在を肯定するように、抱きついてきた。
「死ぬなんて言わないで……」
──ああ、そうか。彼女の『願い』がわたしを救ってくれたのだ。
それに気づいたわたしは、彼女の手を引いて走った。足がもつれて、ろくに走ることもできない彼女を、背負って逃げた。この軽い体なら、二人でどこまでも行けそうだと、そう思った。
──彼女の願いを叶えたい。
沈みゆく夕焼けに向かって、わたしと彼女はこれからの明るい未来を想像し、笑いあった。
──大きな「願い」には、代償が伴う。
外の世界を知らなかったわたしたちに、この先、何が待ち受けているのかなんて、知る由もなかった。
どんな願いをも叶える力──願いの魔法。
八歳になれば、等しく全員に、その願いを使う権利が与えられた。
しかし、その願いは、八歳の時点で「魔法の存在を知っている」場合、魔法の力へと還元される。この世界で魔法と関わらずに生きることなど、到底、不可能だった。
そのため、この世界では「八歳になれば魔法が使えるようになる」と考えられていた。
──しかし、八歳になったとき、あの子は魔法の存在を知らなかった。
黒くなった血の臭いが、息苦しいほど満ちている。小さな窓が一つだけ用意された、そのうす暗いその部屋で、わたしは初めて「願い」を持った。
何もかもが、どうでもよくなり始めていて、思考を放棄しかけている自分に気がついた。それでも、また、あの苦しみが繰り返されるのだと思うと、怖くて仕方なかった。
だが、わたしを満たしているはずの恐怖は──凍傷のように冷たくひりひりとして、わたしを内側から溶かして、飲み込んで、埋め尽くそうとする、無視することのできないはずの恐怖が──今はずっと遠く、とても遠くて、自分のことなのに、客観的な感情で、他人事のような、まるで、テレビの向こう側にある世界のことみたいに感じた。それを遠く感じても、傷つくのはわたしの心に違いなかった。
それならば、いっそ、消えてしまいたかった。もし、本当に、「願い」が一つ叶うのなら。もう何もなくていい。こんなことがこれからもずっと続くのなら、わたしは、
「──死にたい」
掠れた声でそう呟いた。それが人生で最初の望みだった。落日の中に見た、薄暗い希望だった。
また、外側から扉が開かれて、暗い部屋に光が射し込み、見覚えのある影が姿を現す。しかし、それは決して一筋の希望ではない。正反対の、絶望。永久に続き、未来永劫変わることのないもの。
途端、長い間、鎖で繋がれている手が、思い出したように痛みを訴え始め、自分では抑えられないほどに震え始める。
しかし、その痛みも、震えの原因さえも遠く感じていよいよ考える気力も感じる心も薄れて自分が目を開けているのかどうかさえ分からない暗闇に包まれてもう、何もかも全部全て、どうでもいい──
「これ以上、傷つけないで!」
その声に殴られたような衝撃を受け、わたしははっと目を開ける。そして──思い出した。
わたしは決して一人ではなかったのだ。
隣には綿雲のように柔らかく、白い髪の少女が、わたしと同じようにその細い腕を鎖で繋がれていた。彼女の瞳は、窓から見える、沈む前の夕焼けのように真っ赤で、力強い輝きを秘めていた。
死ぬのはまだ早い、なんて、そう思ってしまいそうなほどに、彼女という存在はわたしにとっての、希望だった。窓から射し込む陽光のように、暗闇に満ちた未来を明るく照らしていた。
気がつくと、わたしの手枷は外れていた。じんじんと痛んでいたはずの手首からは、痛みが消えており、随分と体が軽い。
ひょっとして、死んでしまったのかとさえ思ったが、隣の少女の赤い瞳は、わたしの瞳をしっかりと射抜いていた。
わけも分からずにいると、彼女の手枷も外されたようで、彼女はわたしの存在を肯定するように、抱きついてきた。
「死ぬなんて言わないで……」
──ああ、そうか。彼女の『願い』がわたしを救ってくれたのだ。
それに気づいたわたしは、彼女の手を引いて走った。足がもつれて、ろくに走ることもできない彼女を、背負って逃げた。この軽い体なら、二人でどこまでも行けそうだと、そう思った。
──彼女の願いを叶えたい。
沈みゆく夕焼けに向かって、わたしと彼女はこれからの明るい未来を想像し、笑いあった。
──大きな「願い」には、代償が伴う。
外の世界を知らなかったわたしたちに、この先、何が待ち受けているのかなんて、知る由もなかった。
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