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22.七海の決断(6)
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ごめん、晴太郎、ごめんね、と嗚咽を漏らしながら何度も何度も謝る彼女に、どうしていいかわからなかった。なんで謝るのだろうか、別に姉が謝るようなことは何もないのに。
——話さないといけないことがある。謝らないといけないことがある。
そう言って何度も何度も謝る彼女の話を聞けたのは、その日の夜のことだった。
七海が仙台に異動になったのは、自分のせいかもしれないと、香菜子は言った。
二年ほど前の冬、晴太郎の大学受験直前にあったクリスマスパーティでのこと。
飲み物を取りに行った晴太郎と七海を追いかけた香菜子は、二人が会場から出て行くのを見つけた。二人の様子がどことなくおかしかったので、心配になった彼女は二人を追いかけて会場を抜け出したのだ。
そして、そこで七海と晴太郎がキスしているのを見てしまった。
——まさか、自分の弟が、男同士で。
動揺した彼女はその場を逃げ出し、偶然幸太郎に会った。何かあったのかと心配そうに尋ねてくる幸太郎に、香奈子は見たことをすべて話した。
それから間もなくして、七海が仙台へ異動したことを知った。だから、彼女は自分のせいだと思ったのだと言った。
『ごめんね、晴太郎』
少し前の自分なら、香菜子のことを責めていたかもしれない。けれども、今は違う。
『……大丈夫だよ、姉さん。話してくれて、ありがとう』
離れた場所に居ても気持ちは通じ合っている。それがわかった今なら、堂々と胸を張っていられる。
思えば、この冬休みの出来事で色々なことが変わった。多くのことを知った。
七海が傍にいないということは変わらないから、一緒にいたいという本当の望みは叶えられていないが、冬休みの前と比べると気持ちが全然違う。寂しくないわけではないが、それを包み込んでしまうような温かい感情が、晴太郎の中に新しく芽生えた。だから、大丈夫。
「……中条、調子いいな」
一通り曲を弾き終えると背後から声が掛かった。練習室には自分以外誰もいないと思っていたので、驚きで肩が跳ねた。
「っ、うわ! か、神崎か……びっくりした……」
「……ごめん、驚かせるつもりはなかった」
そう言って申し訳なさそうにしているのは、デュオのパートナーである神崎だ。彼とは今日ここで一緒に練習をする約束をしていた。急に現れたので驚いてしまったが、彼がここにいるのは何もおかしいことではない。
「……音」
「うん?」
「……変わった。すごく、良くなった。」
驚いた、といつもの淡々とした調子で彼が呟いた。
「……いいこと、あった?」
彼にはたくさん相談していたし、休み前の元気のない姿を見せていた。きっと、心配してくれていたのだろう。静かに尋ねてくる彼は相変わらず無表情でわかりにくいが、仲の良い晴太郎には充分に伝わる。
「うん、あった。なあ、聞いてくれるか?」
もう大丈夫、心配かけてごめんな。
そういう意味も込めて笑顔で返すと、神崎はほっとしたように穏やかに笑った。
晴太郎の傍に七海がいなくても、七海の隣に晴太郎がいなくても、時間は止まらない。学校で学ぶ日々、会社で仕事をこなす日々は次から次へと進んでいく。いつになったら隣で過ごせる日が来るのかはわからない。けれども、心は繋がっているから大丈夫。
寂しくない、と言えば嘘にはなるが、離れた場所で想いあっている今の日々は嫌いではない。でも、いつか隣で過ごせる日が来たらいい、と心の隅で願うことくらいは許してほしい。
心の隅でも、願い続けていたらいつかは転機が訪れる。
そう遠くない未来、晴太郎のもとに『七海が会社を辞めた』という知らせが届くことは、まだ誰も知らない。
——話さないといけないことがある。謝らないといけないことがある。
そう言って何度も何度も謝る彼女の話を聞けたのは、その日の夜のことだった。
七海が仙台に異動になったのは、自分のせいかもしれないと、香菜子は言った。
二年ほど前の冬、晴太郎の大学受験直前にあったクリスマスパーティでのこと。
飲み物を取りに行った晴太郎と七海を追いかけた香菜子は、二人が会場から出て行くのを見つけた。二人の様子がどことなくおかしかったので、心配になった彼女は二人を追いかけて会場を抜け出したのだ。
そして、そこで七海と晴太郎がキスしているのを見てしまった。
——まさか、自分の弟が、男同士で。
動揺した彼女はその場を逃げ出し、偶然幸太郎に会った。何かあったのかと心配そうに尋ねてくる幸太郎に、香奈子は見たことをすべて話した。
それから間もなくして、七海が仙台へ異動したことを知った。だから、彼女は自分のせいだと思ったのだと言った。
『ごめんね、晴太郎』
少し前の自分なら、香菜子のことを責めていたかもしれない。けれども、今は違う。
『……大丈夫だよ、姉さん。話してくれて、ありがとう』
離れた場所に居ても気持ちは通じ合っている。それがわかった今なら、堂々と胸を張っていられる。
思えば、この冬休みの出来事で色々なことが変わった。多くのことを知った。
七海が傍にいないということは変わらないから、一緒にいたいという本当の望みは叶えられていないが、冬休みの前と比べると気持ちが全然違う。寂しくないわけではないが、それを包み込んでしまうような温かい感情が、晴太郎の中に新しく芽生えた。だから、大丈夫。
「……中条、調子いいな」
一通り曲を弾き終えると背後から声が掛かった。練習室には自分以外誰もいないと思っていたので、驚きで肩が跳ねた。
「っ、うわ! か、神崎か……びっくりした……」
「……ごめん、驚かせるつもりはなかった」
そう言って申し訳なさそうにしているのは、デュオのパートナーである神崎だ。彼とは今日ここで一緒に練習をする約束をしていた。急に現れたので驚いてしまったが、彼がここにいるのは何もおかしいことではない。
「……音」
「うん?」
「……変わった。すごく、良くなった。」
驚いた、といつもの淡々とした調子で彼が呟いた。
「……いいこと、あった?」
彼にはたくさん相談していたし、休み前の元気のない姿を見せていた。きっと、心配してくれていたのだろう。静かに尋ねてくる彼は相変わらず無表情でわかりにくいが、仲の良い晴太郎には充分に伝わる。
「うん、あった。なあ、聞いてくれるか?」
もう大丈夫、心配かけてごめんな。
そういう意味も込めて笑顔で返すと、神崎はほっとしたように穏やかに笑った。
晴太郎の傍に七海がいなくても、七海の隣に晴太郎がいなくても、時間は止まらない。学校で学ぶ日々、会社で仕事をこなす日々は次から次へと進んでいく。いつになったら隣で過ごせる日が来るのかはわからない。けれども、心は繋がっているから大丈夫。
寂しくない、と言えば嘘にはなるが、離れた場所で想いあっている今の日々は嫌いではない。でも、いつか隣で過ごせる日が来たらいい、と心の隅で願うことくらいは許してほしい。
心の隅でも、願い続けていたらいつかは転機が訪れる。
そう遠くない未来、晴太郎のもとに『七海が会社を辞めた』という知らせが届くことは、まだ誰も知らない。
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