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17.彼の場所へ(4)
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大きなピアノが二台ある練習室は限られている。今日は運良く予約出来たので、この機会を逃すわけにはいかない。
しかし、気が乗らない日はどうしてもうまくいかない。
二人で話して、一通り合わせて弾いてみようという話になった。
発表会で演奏するのは、プーランクの「シテール島への船出」。幸せ、そして愛を想い描いた楽しげでハッピーな曲。
今の晴太郎の気持ちとは真逆の曲。うまく弾けるわけがない。
鍵盤が指に全く馴染まない。まるで、ピアノの鍵盤が晴太郎の指に触れられることを拒否しているようだ。
そんな晴太郎の気持ちも知らず、曲は流れていく。自分の音に夢中になり過ぎて、パートナーの音が聴こえない。頭に入ってこない。音が、合わせられない。
晴太郎の音とは違い、テンポよく弾んできた彼の音が、不意に止まった。演奏をやめてしまったのだ。
「……一旦、ストップ」
パートナーの制止する声が聞こえ、晴太郎も手を止めた。あまりに酷い演奏に、呆れてしまったのだろうか。
彼は自分のピアノの前から立ち上がり、晴太郎の方へやってきた。
彼もわざわざ時間を作ってここに来ているのだ。晴太郎がしょうもない演奏をしているせいで、限られた練習時間が減ってしまう。無口で無愛想な彼から感情を読み取るのは難しいが、もしかしたら怒っているかもしれない。
「……どうしたの?」
彼の声に籠っていたのは、怒りではなく心配。鍵盤を見つめていた顔を上げると、彼の綺麗な顔の中にほんの少し戸惑いが見えた。
「ごめん、次はちゃんとやる」
「……何かあった?」
「え、いや、そんな……何もないよ。大丈夫」
「……目、腫れてる」
「あ、これは……昨日の夜、映画見て泣いて……」
「……ふーん」
彼は眉間に皺を寄せる。これは、晴太郎の言うことを信じていないときの顔だ。
「……俺には、話したくない?」
彼はそう言って目を伏せた。これは、晴太郎の力になれなくて悲しんでいる時の顔だ。
しゅんとした彼の顔を見て、ようやく晴太郎は、彼が励まそうとしてくれていたことに気付く。それを今、自分は気付かずに無下にしようとしていた。不器用で分かりにくいが、なんて良い奴なんだ。
「ごめん、ごめんっ、神崎! 神崎に話したくないとか、そういうんじゃないんだ。ただ、理由がちょっと、かっこ悪くて……恥ずかしかっただけ」
「……あの人のこと?」
「うん……そうだよ」
彼が言う"あの人"は、七海のことだ。
気を許せる友人である彼——神崎には、七海のことをすべて話してある。
大きなピアノが二台ある練習室は限られている。今日は運良く予約出来たので、この機会を逃すわけにはいかない。
しかし、気が乗らない日はどうしてもうまくいかない。
二人で話して、一通り合わせて弾いてみようという話になった。
発表会で演奏するのは、プーランクの「シテール島への船出」。幸せ、そして愛を想い描いた楽しげでハッピーな曲。
今の晴太郎の気持ちとは真逆の曲。うまく弾けるわけがない。
鍵盤が指に全く馴染まない。まるで、ピアノの鍵盤が晴太郎の指に触れられることを拒否しているようだ。
そんな晴太郎の気持ちも知らず、曲は流れていく。自分の音に夢中になり過ぎて、パートナーの音が聴こえない。頭に入ってこない。音が、合わせられない。
晴太郎の音とは違い、テンポよく弾んできた彼の音が、不意に止まった。演奏をやめてしまったのだ。
「……一旦、ストップ」
パートナーの制止する声が聞こえ、晴太郎も手を止めた。あまりに酷い演奏に、呆れてしまったのだろうか。
彼は自分のピアノの前から立ち上がり、晴太郎の方へやってきた。
彼もわざわざ時間を作ってここに来ているのだ。晴太郎がしょうもない演奏をしているせいで、限られた練習時間が減ってしまう。無口で無愛想な彼から感情を読み取るのは難しいが、もしかしたら怒っているかもしれない。
「……どうしたの?」
彼の声に籠っていたのは、怒りではなく心配。鍵盤を見つめていた顔を上げると、彼の綺麗な顔の中にほんの少し戸惑いが見えた。
「ごめん、次はちゃんとやる」
「……何かあった?」
「え、いや、そんな……何もないよ。大丈夫」
「……目、腫れてる」
「あ、これは……昨日の夜、映画見て泣いて……」
「……ふーん」
彼は眉間に皺を寄せる。これは、晴太郎の言うことを信じていないときの顔だ。
「……俺には、話したくない?」
彼はそう言って目を伏せた。これは、晴太郎の力になれなくて悲しんでいる時の顔だ。
しゅんとした彼の顔を見て、ようやく晴太郎は、彼が励まそうとしてくれていたことに気付く。それを今、自分は気付かずに無下にしようとしていた。不器用で分かりにくいが、なんて良い奴なんだ。
「ごめん、ごめんっ、神崎! 神崎に話したくないとか、そういうんじゃないんだ。ただ、理由がちょっと、かっこ悪くて……恥ずかしかっただけ」
「……あの人のこと?」
「うん……そうだよ」
彼が言う"あの人"は、七海のことだ。
気を許せる友人である彼——神崎には、七海のことをすべて話してある。
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